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霊剣歴程  作者: kadochika
第04話:英雄、荒ぶ
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1.空腹の儀式

 そして私が許しがたいと思う最たることは、弾も魔術も飛んではこない後方からああ撃てこう撃てと指図しておいて、上手く行けば我が物顔、不首尾に終わればお前の撃ち方がなっておらんからだと責任逃れに走る人々です。

 命を掛けて戦う男たちを、時には不具となり、時には棺となって祖国に戻ることとなった若者たちを尻目に、そんなことはさておいて税は軽くしろ、年金は増やせと平然におっしゃる人々です。

 彼らの命を守る鎧の厚みと弾丸の数を減らして、後方の我々が飯を食らっているという事実には目もくれず、省みない、それでいて口だけは出させてもらうぞ、そんなことで戦えますか、命を張れますか!

 聡明でおられる皆様にはご理解を頂いておりますが、それでも戦い、命を張っているのが、彼らなのです。

 どうか帰還した男たちを、声援など結構、まずは暖かい食事と寝床とでご歓迎頂けますことを、願って止みません。


――ある騎士団出身の代議院議員の公開講演録より抜粋、書き起こしたもの。





 結局は、バランスなんだと思います。もしもそれが行き過ぎれば、軍人が体を張っていることを理由に無制限に文民を虐げても良いようなことになりますから。

 先生の仰る通り、お互いを理解しようとする姿勢に基づいた連携こそが、前線と後方、戦闘員と非戦闘員との関係に求めうる最良の解でしょう。最良ゆえに、最難なのですが。

 機械だなどと揶揄されがちな啓蒙者たちの方が、私たちより的確にそれを実現できているというのが、何とも皮肉な話に思えてきます。


――ある学生の私信より抜粋。





 飛行試験は順調だった。機体全体が彼に全てを委ね、機動に操縦を反映する。

 機体の半分以上が啓蒙者製と聞いて最初は乗り気ではなかったが、彼は少々考えを改めることにしていた。この新型の飛び心地は最高といって良く、啓蒙者たちの中にもこうした素晴らしい機械を作り出す気骨の持ち主がいるらしいことが分かったからだ。

 高度を渓流近くまで落とすと対地効果で大きな水飛沫が上がるが、秘蹟で防御された機体が濡れることはない。啓蒙者たちは標準で使っているという光る文字が表示されるガラス盤に次の試験項目が表示され、それに従って急上昇と高度限界仕様の実証に移った。

 操縦席のバタールが操作桿を引き絞ると、機体は機首を上げた。加速度対策にあつらえられたこの飛行服――鎧のようだが着心地は悪くない――がなければ押しつぶされているような加速で一気に急上昇し、矢となって天空へ駆け上って行く。尤も、今の機体は矢とは比べ物にならない超音速を叩き出しているので、せめて弾丸と形容すべきか。

 計器群の横に位置する後部カメラに映っていた渓流とそれを挟む深い渓谷があっという間に遠のき、各種計器の針が揺れて機体の状況を知らせてくる。雲の海さえ背後に抜き去り、遮光バイザー越しに見える太陽までもを手に取れそうに思えた。

 秘蹟装置の出力も良好で、一分足らずで啓蒙者の定める限界近い高度まで到達することが出来た。理論上は(そして実際に操縦した手応えとしてもそう予感していたが)気圏を越えることも出来るらしいが、二万メートル以上の海抜高度での飛行は戦時・平時を問わず、啓蒙者たちが厳重に禁止しているのだ。現在高度計が指しているのは1万9000メートル前後、これだけでも一部の観測事業などを除けば前人未到の領域ではあったが。

 啓蒙者たちがそう決めた科学的な根拠は不明ながら、時間さえ許せば月にも到達できるであろうカリタスの持つ可能性を試せないのは何とも惜しい。太陽の位置と南西の空に浮かぶ残月の形とが、確かにあそこに巨大な球体が存在することを示しているというのに。

 その分だけ、例え時間を少々超過しても、この機体を大気の中で思い切り泳がせてやりたかった。だが、そこに横槍が入る。


「こちら管制室、システィノヴォ上騎士応答してください」

「こちらシスティノヴォ、管制室どうぞ」


 地上に設置された管制室からの通信だ。兜に内蔵されたマイクで応答すると、管制を担当する女性騎士が淡々と告げた。


「撤退命令です。上騎士は速やかにカリタスを下降させ、収容準備に入ってください」

「何だと?」


 試験項目の追加でも来るかと期待していたのだが、当てが外れた。王国が制圧している筈のこの地域で撤退というからには、大方、魔女たちに試験の情報が漏れたのだろう。邪術を扱う魔女たちの諜報能力は侮りがたく、王国どころか啓蒙者までもが、時折煮え湯を飲まされていた。


「叛乱地域の強行部隊が当地域に接近中です、急いでください」

「馬鹿な」

「確かな情報です」


 呟くと、融通の利かなさそうな管制騎士の声が淡々と補足してくる。彼としては、別に味方の情報を疑っている訳ではない。


「……試験員たちの離脱はどうなっている」

「現在離脱中です。カリタスの収容準備も進行中」

「いや、私はカリタスで魔女を迎撃する。武装は無くとも、本機には秘蹟がある」

「既に最寄の基地から救援部隊が発進準備を整えています。戦闘運用は許可されておりませ……あ、計画長――」

「いいから戻れ上騎士! 君とその機体にいくら使ったと思ってる! 全て王国民の血税だぞ!」


 管制騎士からマイクをもぎ取ったらしい計画長の怒声が、機器の向こうから飛んできた。このカリタスの試験操縦に起用してくれた事には感謝しているが、所詮は技術屋であるだけの男だったか。


「王国民の血税の注ぎ込まれたればこそ、本機の性能は本物です。慣らしが浅くとも、時間稼ぎ程度は問題ありません」

「カリタスはまだそれ一機しかねーッつってんだ、聞いてんのかこの出撃野郎!!」

「計画長、全ての通信は記録に残って――」


 バタール・システィノヴォ上騎士は煩く喚く計画長に告げると、兜のスイッチを切り替えて通信を遮断した。

 自分でもやや違和感を覚える程、機体を信頼している。地上での一連の試験こそほぼ終わっていたとはいえ、まだ飛行試験の二日目に過ぎないこの試作機をここまで信じることなど、出来るものだろうか?

 否ーー今必要なのは思索ではなく、戦意と判断だ。一抹の疑念をかき消して機首を下げ、降下を開始した。ここまで上昇するのに一分足らず、秘蹟を全開にすれば二十秒強で地表まで到達できるだろう。

 これが、有人空戦自動巨人・カリタスの初陣となる。






 卓を挟んだ椅子にかけ、赤い髪の青年が嘆息する。腰掛けている上に背を丸めているが、身長は高い方だろう。何があったものか、やや垂れていた目尻が更に弱々しくなっていた。


「グリさんは心配し過ぎなんですよ」


 対面する黒髪の少年がそう呟いた。少年はそのまま、水とは別に注文した飲み物のグラスに残った氷を戯れにスティックでかき混ぜながら続ける。


「言い方は悪いですが、お客ってのは金蔓、お金を引っ張ってきてくれる有り難い蔓なんです。こっちの握る手に棘でも刺さない限りは大事にしなきゃなりません。細かい事故や手違いだってあるでしょうし、何が何でもの絶対を求められても困りますが、心配は無用です。お金さえ頂けるなら」


 二人は、ヴォン・クラウスを出て一日半の場所にある、ウェンナハーメンと呼ばれる鉄道駅にいた。

 より正確には、その近くに建っている小さな食堂の一席に。昼時だというのに客入りが不自然に良くないのだが、その原因は分からない。駅は騎士団領有数の規模を持ち、同じく騎士団領有数の大都市であり交通・物流の焦点として人口も多い場所なのだが、一歩人通りの死角に入ればこの有様ということか。立地以外には食事が不味いという可能性が思い浮かぶが、それを自分で確認するのに必要なものが不足していた。

 まぁ、それも空腹の前ではどうでもいいことだが。


「お、お金……?」


 グリュクは、やや青ざめつつも単語を口にした。食堂にも関わらず、目前の卓には水の入ったグラスしか載っていない。最初は氷が入っていたらしくグラスとその足下を水滴が覆っていたが、今は小さく水面に残った泡がその名残を留めるだけだ。


「ええ、任せてください」

「はい……」


 彼の気掛かりを余所に、少年はそう断言すると目前のグラスから解けた氷で薄まった茶を飲み干した。少年の前には他にも料理の皿が二つ、ソースや小さなかけらを残して空になっている。特に不味そうな素振りも無く平らげていたので、料理が良くないという可能性は小さいか。

 ソーヴルで役人から渡された出国許可証で、街道の国境検問は難なく通過できた。違う盟主を仰ぐ緩衝諸国同士の国境線が本当の前線であるため、王国とその衛星国家との間の行き来はさほど厳しく取り締まる必要などないのだと、少年は言っていた。

 それについては、世話になった魔女から聞いている事でもあったが、偽造許可証でここまであっさりと通過できるとまでは思っておらず、少々拍子抜けではあった。


「ていうかグリさん、お腹空いてるんじゃないんですか?」

「え……いや……そんなことないよ」


 こちらを案じたか少年が尋ねてくるが、グリュクには言葉を濁すことしか出来なかった。


「ならいいんですけど」

(惨めなり吾が主よ……)


 マントに包まれて傍らに置かれた剣が、鞘の中から彼以外には聞こえない声で呆れたように呟いてくる。とある事件で彼の相棒となった霊剣、銘ミルフィストラッセだ。精神に直接語りかけるその声は、この場では魔女である彼のみに届いていた。


「それじゃ、もうそろそろ行きましょうか」

「あ、ちょ……」

「お勘定お願いしまーす」


 少年が薄い紙に書かれた勘定書きを厨房前まで持っていくと、店の女給が出てきて勘定台の機械に数字を打ち込む。


「リンデル……先に出てる」

「どうぞ」


 剣を帯び直して少年にそう告げると、グリュクは暖簾をくぐり、傍の壁に背をつき溜息を付いた。


「(ああ……どうやって切り出したものか)」

(素直に言えば良いではないか。”実はお金が無くて注文出来なかったんだ”、“昼飯奢って”、と)

「(言ったが最後出国を手伝ってくれなくなりそうで言えない……)」

(出国した後はもっと言い出しにくいというか、文無しが露見した際の追求がより厳しくなると思うのだが……)

「(……そうなんだよな)」


 グリュクは一層うなだれた。

 騎士団領は南北に長く、対“東部反乱勢力地帯”の最前線だった。

 有り体に表現すれば、王国とそれに連合する諸国が魔女や妖族と戦う際に盾を務める国家であり、その為なのか他の経緯があるのかは霊剣も知らないらしいが、騎士団一つに対して領土が与えられているのだ。

 正式名称、聖堂騎士団領ヌーロディニア。

 一応は独立国という扱いになっているが、非公式ながら緩衝諸国と呼ばれているとおり王国の一部のようなものである。小規模な国家ながら、一騎士団として見れば連合最大の軍備を誇る。

 そんな物々しい言葉で語られるこの戦闘国家も、内を一つ歩けば鉄道もあり、人の入りの悪い食堂もあるということなのだろう。

 支払いを終えたらしいリンデルが表に出てくると、


「グリさん、次の便で国境近くのダムまで行けるんで、もう乗っちゃいましょう」

「え……もう乗るの」

「出国したいんでしょう」

「そりゃ……もちろんそうだけど」


 さすがに公道で平然と密出国の話などをする訳には行かないのだろう、リンデルは声を潜めてそういってきた。だが、鉄道を利用すると言うことは乗車料金が発生するということであり、さすがにこれ以上誤魔化しは効かないということでもある。

 グリュクは決心した。


「リンデル、実は言わなきゃならないことがあるんだけど……」

「何ですか?」

「実は…………」


 重大な決意を込めてさらけ出したはずの事実を聞くと、少年は事も無げに答えてきた。


「ああ、それなら大丈夫ですよ」

「え」


 見ると、リンデルは何か小さな紙切れをグリュクに差し出してきている。文面を見ると、乗車券と分かった。


「さっきのお店、うちの騎士団領支店でして……会計の時に行動資金を補充しました。余裕は持たせてあるんで、グリさんの分の乗車賃くらい払っておきます」

「え、えー……」

(出国幇助業者の活動拠点であったか。道理で客入りの少ない筈)

「…………いいの?」

「その代わり、無事に旅が終わったらうちでしばらく働くといいです。割も悪くないし、僕が口利いて衣食住つけます」

「えー、しゅ……君の所の仕事をか?」

「ここで僕がグリさんを置いて手ぶらで帰るよりは、お互い得だと思いますけど」

「……まぁ、それでいいならいいか。ありがとう」


 そこで、遂に腹の虫が声を上げる。


「……じゃあさっき何も食べてなかったのって」

「……はぃ」

「…………何か買いましょうか」

「ありがとう……」


 礼を言うと同時に再び腹が鳴った。


 食堂の人の入りが少ない理由は予想外だったが、行動資金と言うことは、少なくともこれから彼に世話になった分については返済せねばならないだろう。早くも負債を抱えてしまったらしい。詳しく聞くのは場所柄避けた方がいいだろうが、少年の言う“うちでしばらく”の具体的な内容次第では、まずいことも覚悟しなければならないのかも知れない。

 出国幇助業者、一部に呼ばれる“逃がし屋”とは、王国と王国に同調する国々から出て、それらに敵対するベルゲ連邦やその傘下の国々に入る行為を支援・補助することで収入を得る人々のことだ。逆に連邦から王国へと逃がす場合も無いではないが、需要の少なさから専門に行うのは少数だという。

 何故そちらの需要が少ないのかと言えば、具体的には降水量に応じて掛かる税金や徴税機関の越権行為の常態化、祖先崇拝・精霊信仰などの土着宗教に対する苛烈な弾圧など、要するに住み辛いのだと云われている。グリュクも物心つく前とはいえ家族の多くが、啓発教義を推進する宗教政策の犠牲になっており、政争の煽りで十八歳まで過ごした故郷も出て行く羽目になってはいた。それに対して何も感じなかったということはないが、魔女になってしまうまでは出国などは想像の埒外だったと言える。

 かのゾニミアは連邦出身でありながら王国へと移り住んだ奇特な部類に入るが、その彼女が手配してくれた業者がグリュクの許に派遣したのが、彼より四つか五つは年下の、この少年だった。

 グリュクは出国幇助業者の業務内容というものをよく知らないなりに想像して不安を覚えながら、券を受け取った。


(素直に明かして良かったであろう)

「(…………こんな年下の子に世話になりまくりなのが情けないというか……)」

(情けないのは元より承知なり。今更何を気兼ねすることがあろう)

「(……何でそこまで言われなきゃならないんだ)」


 グリュクは霊剣によって婉曲に罵倒された憤慨を何とか胸の奥にしまいつつ、歩き出した少年について行った。

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