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霊剣歴程  作者: kadochika
第03話:道化師、揺蕩う
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6.伏魔兵器











 そろそろ日が傾きつつあった。

 村民を陣地に呼び集めるというので何事かと思えば指紋採取だというので、ペーネーンは胸中で騎士という人種に対する心象の格を更に下げた。

 普段は無いもの同然に扱っておいて、自分たちの都合で必要な時だけ寄って来るのが気に入らない。

 どうせ彼らは非公式の村の戸籍などは把握していないのだから、臥せっている母と騎士団領の運転手はそのままに、自分だけ赴いて適当に済ませたかった。

 村の中央の広場に着くと、人当たりのよさそうな若い騎士が――実際は騎士より下の階級群に位置する従士なのだが、ペーネーンは軍隊のそうした瑣末な呼び分けに興味は無かった――、何やら不恰好な器具を使って列に並ばせた村人たちの指を軽く挟みこんではすぐ離し、次の指を咥えさせてはまた離しを続けていた。あの機械で、指紋を調べているらしい。

 ペーネーンの番が来て、彼女は精一杯の不承の表情を作りながら、指を差し出した。

 男が彼女に指の力を抜くよう指示して手の中の器具で人差し指を挟むと、器具から小鳥の囀りに似た音が鳴った。

 ただし音量はかなり大きく、周囲の騎士たちが弾かれたように反応して、即座に二人が彼女を両脇から羽交い絞めにして引きずりつつ、手錠と首輪をはめ込んできた。


「ちょっと……何するのよこのバケツ野郎!!」


 首に嵌められた環がかなり太く重いため、声が出しにくかったが、ペーネーンはそれでも彼女を易々と運ぶ男たちに精一杯の罵声と蹴りを浴びせた。

 一緒に指紋を取られていた周りの村人たちは、騎士たちを恐れて目を逸らすばかりだ。致し方のないことではあるが、それでも少女は悔しさに浮かぶ涙を流さないよう歯を食いしばりながら、足掻いた。

 両腕を掴まれたまま連れ込まれたのは幾重にも幕の張り巡らされた重厚な深緑色のテントで、どうやら騎士たちの本陣のようなものらしい。

 複数の幕で間取りのように仕切られてはいるが、地面はそのままで、村の荒れた地肌が直接床になっていた。

 やや狭く仕切られた区画に運び込まれると、今度は粗末な木の椅子に縛り付けられた。周囲の物々しさと慌しさはいや増すばかりで、騎士たちが入れ替わり立ち代り訪れては、何か使い道の分からない機材を置いて去ってゆく。

 虚空を睨んで何とか気を張っていたが、どこまでそうしようとも、手錠と首輪で自由を奪われた十五歳の非武装の少女に対して、周囲に溢れているのは最低でも短棍で武装した従士たちだった。

 歯噛みしつつも足を上ってくる震えを止めることが出来ないでいると、一角から他の騎士と多少毛色の違う二人組が歩いてくるのが見える。見た所、二人とも四十歳の前後といった印象だ。


「この娘がか」

「はい、小麦粉の袋から出た指紋が一致しました。袋には触れていますが、ご覧の通り、魔女ではないようで」

「ふーむ」


 太り気味の騎士の方が立場が上らしく、やや背の高い方が小難しい言葉を伝えていた。そういえば先ほどから何か大型の電灯のようなものが四基ほど、青い光を鈍く点したままこちらに向けられているが、魔女かどうかを判別する装置ということだろうか?

 小麦粉には心当たりがあるが、それでどうして騎士団が動いているのか?

 分からないことばかりだったが、一つ、気に触ることがあるのははっきりしていた。"ご覧の通り、魔女ではないようで"。

 魔女ではない? 当然だ、なのに何故手錠まで嵌めるて椅子に縛る必要があるというのか。

 魔女などよりも、この騎士たちの方が味方である筈の分余計に憎い。

 ペーネーンは、何があったのか鼻の負傷に手当てを受けているらしいこの位の高そうな騎士を強く睨みつけた。


「尋問は私が直接やろう……君は調査の指揮を続けてくれ」


 その台詞に悪寒を覚えると、他の騎士たちが青い電灯を持って立ち去り、小太りの騎士と二人でその場に残された自分の顔から血の気が引くのが分かる。


「……ペーネーン・アールネというそうだね。我々は騎士団領の民間トラックを襲った魔女を追っているんだが……君と魔女との関係を聞かせてもらおうか」

「魔女なんて知りませんッ」


 出来る限り憎々しげにに吐き捨てたつもりだったが、身動きすら碌に取れない彼女に対して、目の前の男の優位は明らかだった。物理的にも、精神的にも。

 それをよく分かっているのだろう、騎士はじっとりと薄気味悪く張り付くような、厭らしい視線で彼女の全身を舐めつつ、言ってきた。


「でもねぇ、小麦粉の袋から君の指紋が出ている。あの小麦粉は、騎士団領の民間企業のトラックの積荷だったんだよ。そして、村のすぐ西の沢にはそのトラックが壊されて打ち捨ててあった。調べてみたら、魔女の仕業と出た」


 ペーネーンは、トラックなどは知らなかった。

 沢に落ちていた小麦粉を目立たぬ所に隠し、ラヴェル老人に食事を届け、家にけが人が運び込まれて、キリエが何処かへ行ってラヴェル老人と共に戻ってきて、そしてここにいる。


「でも、君が魔女じゃないということは分かっているからねぇ、最低もう一人、君と何らかの関わりのある魔女がいないと、話が繋がらないんだよ、ペーネーン?」

「気安く呼ぶなブタッ!」


 元から騎士という人種をあまり好きでなかったこともあったが、馴れ馴れしく名を呼ばれ、思わず罵る言葉が飛び出してしまった。騎士の表情が一気に崩れ、


「ガキが! 優しく扱ってやればこうも調子付く!!」


 こちらに掴みかかってペーネーンの髪を強く引き掴んで持ち上げてきた。

 やはり男の腕力は強く、上げるまいと思っていた悲鳴が漏れてしまう。


「うぅ……!?」

「お前みたいな粋がる小娘に大人しく言うことを聞かせる方法を、幾らでも心得ているんだ……先に躾けておいた方が良さそうだな」


 他に誰も居ない空間で一方的に浴びせられる男の怒気と、荒い吐息が横から顔にかかる。

 泣けば余計にこの男を興奮させるだけだと、頭では分かっていたのに。


「よっこいしょ……」


 すると、声と共に、室内で何かがゴトリと音を立てるのが聞こえた。騎士も驚いたのか、彼女を掴む手を僅かに緩め、辺りを見回していた。

 ペーネーンも音の出所を探ると、男の向こう、ペーネーンから五メートルと離れていない距離で、地面から赤い何かが突き出ていた。よく見れば、赤い髪の男。

 確か今日の朝、妹が怪我人と共に連れて来た青年だった。

 その彼が、口を開いた。

 

「あれ、ペーネーンちゃん?」











 重い石蓋を持ち上げて目に入った光景は、またも彼の常識から外れていた。周囲の状況の確認も忘れ、管の内側の梯子を上りきって地上に全身を晒した。

 さほど広くないその部屋は、四方を幕で仕切られているテントか何かの中だろうか。机が一つ、椅子が二つ。椅子の一つにはペーネーンが拘束されており、その傍に立つ騎士が彼女の髪を引き掴んで寄せている。

 そして、どう見ても少女を虐げているその小太りの騎士には見覚えがあった。鼻の負傷は見紛う筈もなく、グリュクは激怒した。


「あんた……キリエちゃんを辱めようとしてた騎士だな!?」

「キリエが……!?」


 グリュクの言葉に弾かれたように、ペーネーンは髪を掴まれつつも驚きながら騎士と彼とに交互に視線を振っていた。


(主よ、一刻も早く、この邪智暴虐の人非人を退治するのだ!)


 霊剣までもが酷く怒っているのが、その言葉と、柄から伝わってくる脈拍のような力の流れで理解できた。普段泰然を心がけているように見えて、意外と激情家なのかも知れない。


「何を……!」


 騎士は呻くとペーネーンを突き飛ばし、懐から取り出した拳銃を構えて引き金を引いてきた。

 グリュクは一足で間合いを詰めて左足を蹴り上げ拳銃の照準を天井へとずらし、そのまま足を下ろす反動を利用して上体の勢いを増し、騎士の左頬に渾身の右正拳を見舞う。

 騎士は悲鳴も上げずに吹き飛び、部屋の隅に頭から飛び込んだ。

 霊剣から流れ込んでくる戦いの呼吸の記憶あっての芸当だったが、そうと分かっていても、流れるように動いた己の所作は信じ難かった。


(よし、でかした!)


 霊剣が喝采を叫ぶが、それには取り合わずにペーネーンを気遣い、話しかけた。


「ペーネーンちゃん、無事か!?」

「……ちゃんは付けなくていいです」

「あ、そう?」


 どのくらい先程の状況でいたのか分からなかったが、取り敢えずは彼女の手首の手錠の鎖と椅子に縛りつけていた堅い樹脂の紐とを霊剣を抜いて切断した。

 慎重な処置が必要そうな首輪以外はペーネーンの身体の自由は確保できたことになる。

 キリエと彼女を連れた老人を探す筈が、魔女とは無縁の筈のペーネーンが――確かに、彼女の身の回りには今の所三人も魔女がいる計算になるが――そこで延びている騎士に虐げられていた現場に出くわすというのはあまりにも予想外だった。

 若干どころではなく目算が狂ったが、この際彼女を危機から救えたことは成果として良いだろう。

 だが、魔女の知覚を働かせて周囲を観察すると同時、グリュクの後頭部から背面に掛けてを強烈な痛みが襲った。


「ぐ――!?」


 先日妖獣の返り血を浴びた時以来の、身を裂くような激痛だ。

 意識は保てたものの、堪えることは叶わずくずおれる。


「グルクさん!?」

「……君もその発音かよ……」


 四肢の自由を取り戻したペーネーンが彼に駆け寄りながらその名を呼ぶと――キリエと同じ発音なのは姉妹だからか地域の特徴か――、グリュクは何とか舌を動かし、愚痴を言って見せた。

 だが、周囲に気を配ると、先ほど魔女の老爺と刃を交えた時のようなことも無い筈なのに、魔女の知覚が働かなくなっていた。

 他の五感に類似を求めるとすれば、耳元で爆音を鳴らされた直後の聴覚、眼球に閃光を浴びた直後の視覚に似ているか。

 知覚が撹乱されるだけならばともかく、そのものを封じられては魔法術を使うことも出来なかった。


「ふ、ふ……やはり魔女だったか!」


 興奮した男の声が聞こえてきた。見れば、先ほど殴り飛ばした騎士だ。

 手の中に納まった青く光る灯を抱え、グリュクがどけた下水道通路の石蓋に片足を乗せつつ、彼に向かってそれを照射している。

 思った以上に早い復帰と思わぬ反撃に、音にならない舌打ちをした。

 この場にいるのは勝ち誇りながら小さな青い電灯の光で照らしてくる騎士とペーネーンだけだが、それでも彼が魔女であることが知れてしまったのだ。


「どうだ、動けまい……携帯用の審問照別灯だ! 魔女なら近くで浴びれば激痛で動けなくなる代物さ」

(……永久魔法物質を含むある種の鉱石や結晶体を使用して特殊な光線を照射し、魔女や妖族の神経に刺激を与える……いわば魔女を炙り出すための装置だ!)

「(こんな時に解説しなくてもいいって……)」


 感覚を共有しているはずだが、主と異なり特に苦痛を覚えている様子も無く解説する霊剣の言葉を聞きつつ、グリュクは尚も動けずにいた。炙り出すというよりは、拷問の機械なのではないか。確かに、光を魔女に当てれば倒れ付す電灯というものは、魔女狩りには好都合だろうが……

 続く激痛に尚ももがきながら、少女に呼びかける。完全に無力化されたグリュクだが、何とか、彼女だけでもこの騎士から離れた所へ逃がしてやりたかった。


「……ペーネーン……逃げるんだ……そこに、下水道が」

「グルクさん……」


 その場に、極めて唐突に。


「その石蓋はわしの特等席じゃ。空けてもらうぞ」

「っ!? 誰だ!!」


 しゃがれて煩わしげなその声と共に、グリュクの周囲に出現するものがあった。


「…………!?」


 目で見る限りは、黒い金網というのが最も近いように思えた。

 だが目が錯覚でも起こしているのか現実感がなく、一瞬幻覚を見ているのかと疑うほどだった。

 しかも、それで確かに青い光が遮断されているのか、体中を苛む激痛が嘘のように消えうせる。

 黒い何かの向こうで騎士が笛らしきものを咥えるのが見えたが、それも、既に駆け出していたペーネーンの体当たりで妨害された。

 ペーネーンの体重では倍以上に重い彼に対して効果など多寡が知れているだろうが、それでも彼に咥えた笛を取り落とさせ――恐らく吹けば従士たちが殺到しただろう――、その掌中から青く光る電灯を奪い取ることに成功する。ほぼ同時に、彼を囲む黒い金網状のものも消失した。


「グルクさん!!」

「ああ!!」


 既に魔法術は生成済みだ。彼女の呼びかけに応答する言葉で念動の魔法術を開放し、騎士が踏みつけていた下水道の石蓋を高速で跳ね上げた。


「ぶふ!!?」


 20キログラムを超えるであろう石蓋は、その淵で騎士のやや突き出た腹を強かに打って引っ繰り返し、重い音を立てて落下した。

 倒れた騎士は頭でも打ったのかピクリとも動かないが、胴が上下している所を見ると、どうやらしぶとく生きているようだ。

 結果として同じ相手に一日で三度も危害を加えてしまったが、相手が相手なのでさほど罪悪感などは無い。

 立ち上がって、ペーネーンに下水道を通って逃げるよう指示しようとすると、また変化があった。見覚えのある、黒い靄のような何か。それがどこから現れたものか彼らの周囲を渦巻き、喰らう様にテントの幕を消し去って行く。


(主よ、この黒い流体は……!)

「(ああ……あれは忘れられそうにないよ)」


 布は壮絶な勢いで上方に向かって食い破られてゆき、後に残ったのはグリュクとペーネーン、そして気絶したままの騎士。

 暫し忘れていた寒気が頬を撫で、既に大分下がりつつあった太陽が、彼らと彼らの周囲で唖然としている騎士、従士たちを照らしていた。


「首輪が……!」


 次いでと言わんばかりに、ペーネーンの首に巻かれていた重そうな首輪がひび割れ、欠片も残さず砕け散る。

 驚いている二人の前に、キリエを伴った隻腕の老人が音も立てずにゆらゆらと降って来た。











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