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霊剣歴程  作者: kadochika
最終話:霊剣、霊(くし)ぶ
144/145

19.最終収束







 戦い止まぬ、光る風の中。

 啓発教義連合はなおも戦力を再編し、聖堂騎士団を中核として始原者の台座を破壊しようと試みていた。

 大陸安全保障同盟も、それに倣って寵能軍を先鋒に戦闘を続けた。

 妖族たちはエイスハウゼン将軍こそ戦闘続行が難しくなったが、数少ない超音速竜に乗った竜騎兵部隊がなおも高高度で抗戦を続けている。

 啓蒙者の放った大陸間射程を持つ兵器は打ち止めになったが、代わって神獣軍団を伴った捧神司祭たちが到着し、大型の尖兵を駆逐し始めていた。

 100キロメートルほども離れた雪山に吹き飛ばされたカイツも、己の上に堆積した雪を高熱で融解させて立ち上がる。

 南西の樹海の土深くに埋葬されかけたジル・ハーとコグノスコも、柔らかな土壌と植生が若干ながら緩衝材となり、角度の浅さも相まって破砕されるのは免れて、再び飛び立とうとしていた。

 まだ、戦える。

 少年はその時初めて、戸惑ったような、狼狽したような表情を見せて呻いた。


「あなたは……!」


 グリュクも、気づいていた。

 彼とはかつて一度、出会っている。

 その時は、グリュクは無礼極まることに、救ってくれた彼の前から逃げ出した。

 思い出して苦笑し、伝える。


「宣教師サルドル・ネイピア、あの時は失礼しました。本当に、ありがとう。

 エンクヴァルの地下でも、会ってたと思いますけど」

「う……うぅ……」


 グリュクが立つのは始原者の膠着によって焼き払われ、今や始原者の尖兵の残骸や、地上の戦士たちの亡骸で溢れかえろうとしている死の荒野。

 少年が位置しているのは、高度3000メートルほどの虚空。

 二人の間の距離は、およそ10キロメートルほど。

 だが、そのやり取りに障害はない。

 戦場に流れる黄金の旋風の作用で、グリュクは目の前の少年の成り立ちさえも把握していた。


「……やっぱり、あの人じゃないんですね。前の大戦で力を使い果たしたあなたはあの時、俺たちの突入で地下に落ちた彼の体を乗っ取って月の裏まで行って、そして再臨を果たした。

 恩人の体を奪ってこんなことをした()()()を、俺は許さない」

「これは……彼の意思でもある」

(ほう、それは(まこと)か、始原者よ?)

「…………!?」


 その声に、少年の姿を借りた始原者が驚愕する。

 グリュクは己の右掌を突き出すと、少しだけ力を込めた。

 すると、そこから粘土をひねり出したかのように何かが出現し――そして瞬く間に、手に握られた両刃の剣の形状に変化した。

 そして、のたまう。


(驚くことでもなかろう! 霊剣ミルフィストラッセは魔女グリュク・カダンと共にある。

 主がこうして再び形を成したならば、吾人もまた、共に!)

「あなたがドリハルトを取り込んだから起きた、奇跡みたいなものだ。

 始原者の中で分解された俺とミルフィストラッセを、あなたは魔力線として吸収した。

 そこに、ドリハルトに残っていた俺たちの記憶と……100億年前から続いて、以前からそこに蓄えられていた記憶が合わさった。

 それが吸収された霊峰結晶(ドリハルトヴィジウム)を使って、こんな風になったってところかな」

(本当のところは分からぬがな。これまでの長い旅路の果てに得た、一つの余録か、役得と思っておこうか)

「………………!」


 始原者が無言で生成した直径3000メートルの巨大な魔弾が、グリュクの頭上から亜光速で落下した。

 だが、彼はそれを左手一本で受け止める。

 次の瞬間には、小さな太陽のごとき巨大魔弾は光の粒子の群に分解され、金色の風吹く大気に消えた。

 そこに残ったのは、黒ずんだ焦土の大地と、衣服に焦げ跡すらない赤い髪の剣士――正確には、その形状と記憶を持つ()()()


「…………」


 剣と剣士は無言のままゆっくりと空中に浮かぶと、加速し、少年の姿をした始原者へと突撃した。


(分かっているとは思うが、今や再生を果たしたとはいえ御辺の体は、魔女の肉体ではない。

 はっきり言って吾人にもよく分からぬ、吾人と同様にヴィジウムとも呼べぬような性質の何かで出来ている。

 もはや吾人の助言は意味をなさぬ。感じるがままに、戦え!)

「あぁ、やってやる!」


 言って左手で放った拳は、少年の繰り出した蹴り足に迎撃された。

 だが、吹き飛ばされたのは始原者の方だった。

 その小さな体に秘められた530万トンの重量が、勢いを殺しきれずに空中を大きく後退する。


「このくらいじゃ何ともないか……!」


 彼らは再生の際に、メトの降着体に吸収されていたエメトの永久魔法物質(ヴィジウム)の大部分を吸収したようだった。

 メトの力の一部を奪い取ったことになるが、それでも始原者の力は期待ほどには衰えていないらしい。

 グリュクは霊剣を振りかぶり、追撃。

 始原者も体の一部から剣のようなものを生成して、これを受け止めた。 

 同時に炸裂する、超常的な念動力場。

 ごく狭い領域で台風よりも巨大なエネルギーが発散されて、グリュクも、メトも数千メートルの直線を吹き飛ばされた。

 しかし、両者ともに怯まず、空中でのぶつかり合いを繰り返す格闘戦に移行した。

 人間同士の至近距離での掴みあいではなく、飛行機と飛行機が空中で演じるような、そうした格闘戦だ。

 今や金色に染まった空で、視力の良い者が観察すれば、二筋の飛行機雲のような白い線が、鋭い折れ線や螺旋を描きながら時にぶつかり合い、追いかけ回し合っているのが見えた筈だ。

 そして始原者の軍勢を構成していた怪物たちはその巻き添えを食らい、ある者は即座に破壊され、またある者は機能が弱まったところを妖竜騎兵や捧神司祭、あるいは魔女たちによってとどめを刺された。

 始原文明の抑制派が遺した力の凝集体であるメトと、播種派とその育てた文明たちの遺した記憶の結晶したグリュクの戦いは、時に火球を飛散させ、雷となってそびえ立つ始原者に落ちる。

 それに応じて旋風の運ぶ金色の粒子も、緩やかにではあるが、まだ増えてゆく。

 拒絶を壊し、理解を繋ぐ。

 無論、それは無条件の相互の肯定を意味するわけではない。

 時には、溝がますます深まりもするだろう。

 だがそれも、無理解に基づいた対立よりはいい。

 暫定的ながらそうした結論に至ったのが、銀河(ミルフィストラッセ)という銘を刻まれた霊剣の系譜だった。


「ならば――」


 十分ほどのぶつかり合いで戦闘力の落ちる様子を見せないグリュクに対し、始原者が別の手段に出た。


「ッ!」

(これは――!?)


 全天を覆い尽くす、巨大な火球の群。

 最初にグリュクが無効化したものより大きく、数にして数百。

 それが一斉に、彼ではなく、周囲で地上の戦士たちが戦う大地を目掛けて急速に降下を始めた。

 止めるために、グリュクも飛ぶ。


(主よ!)

「間に合え!」


 そう叫ぶと、剣士と霊剣は分裂した。

 複数に分かれた彼らは着弾地点の上空に転移し、それらを全て、次々と、一弾として破裂させることなく消滅させた。


「…………!!」


 さしもの始原者もこれを被害を出さずに止められるとは思っていなかったのか、少年の顔のまま、驚愕を隠さない。

 分裂した剣と剣士たちの姿は、良く見ればそれぞれが違っていた。

 35人と、35振り。

 始原者メトにとっては知るところではなかったが、手に持った意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)の形状こそ同じ、しかしその全てが、歴代の持ち主の姿を象っていた。

 その中でメトに最も近い場所にいた女剣士が、空中で霊剣を掲げて号令を発する。


「行きましょう、師父! と! 34人の後輩たちッ!!」

「応!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 唱和と共に、意思の系譜が一斉に、始原者へと襲いかかった。

 一発一発が超重艦砲(ちょうじゅうかんぽう)に匹敵する威力の無数の魔弾による、高速連続・集中砲火。

 霊剣を用いた切れ間のない連携に伴う、前後左右、上下方向からの強烈な波状斬撃。

 そして極超音速で投げつけられた35振りの意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)が、少年の姿を借りた始原者の体を切り裂き、時に突き刺さる。

 さすがに機能が低下したのか、メトは防壁を張りつつ、ゆっくりと大地に降下していく。

 グリュクは気を緩めず、とはいえかつての恩人と同じ姿をした始原者を追って、声をかけた。


「……もう、この星を諦めてくれないか。

 文明が宇宙に出ても滅ぼさず、それを見守って、過ちを犯しそうな時には止める。

 たまにはそんなメトがいたっていい筈だよ」


 そのような言葉だけで、100億年を戦い続けた文明抹殺機構の翻意を促すことが出来るとは思ってはいなかった。

 もしかしたらと願う、生ぬるい夢想にすぎないのだろう。

 グリュクは一度分身の先達たちを消して、始原者を観察する。


「…………」


 霊剣の分身も消滅し、始原者に生じた傷は瞬時に消滅した。


(……力は低下している。しかしこのまま押しきれるとも考えにくい。何か……ある)


 少年の姿をしたメトは、神々しげな形状の大剣を生み出し、同じく地上に降りたグリュクに対し、構えを取った。

 やはり、地上を滅ぼす意思を失われていないようだ。

 だが、その時。


(メトの降着体が……! )


 少年の姿を取った始原者の背後で、翼を広げた巨大な猛禽の形状をしたもう一つの始原者――意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)の表現通り、降着体と呼ぶべきか――が、土台を崩されて北に向かって転倒しようとしていた。

 騎士や魔女、妖族に啓蒙者たちが台座の破壊に成功したのだろう。

 既にグリュクと意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)が復活したことで、メトがその土台――衝撃反射板(リフレクタ)部分で吸収していた隕石霊峰(ドリハルト)永久魔法物質(ヴィジウム)は、ほぼ全てが流出してしまっている。

 一定の損傷さえ与えてしまえば、自重に耐え切れなくなった空っぽの土台は崩壊し、その上部に鎮座していた降着体本体も転げ落ちる。

 核爆発による推進を行って悪あがきをするのではないかとも懸念したが、それは無いようだった。

 とはいえ、あまりに巨大な構造物だ。

 その本体と思しき、猛禽を模した部分が大地に落着するまで残り、1分半足らずといったところか。

 完全に機能を停止してしまうとは思えないが、自分の質量で大地に激突することで、少なからぬ損傷は受けるはずだ。

 そのはずだった。


「…………!?」


 彼方に沈みつつあった降着体は瞬く間に輪郭を失い、朝焼けに輝く雲のように形状を変えた。

 その下で押しつぶされ、物質資源として吸収された土壌や地殻の断層が顕わになる。

 すると、それまでの形態を失った降着体は、きらめく気体の奔流のようになり、恐ろしい速度でこちらに押し寄せてきた。


(警戒せよ!)

「分かってる!」


 グリュクは霊剣を構えつつ跳躍して大きく後退し、メトも同様に下がる。

 そして警戒を最大限に霊剣を構えた瞬間、グリュクの眼窩から上、頭部の左半分が吹き飛ばされた。


「う……!!」


 魔女の肉体ではなくなってしまったので即死することは無かったものの、警戒の姿勢を貫通する一撃に、剣と剣士は僅かに動揺する。

 残った右目や第六の知覚で視ると、殺到した輝く気流はメトの周囲に集結し、その形態を変えていった。

 人間や魔女と同様の骨格に、人間でいえば肩から生える翼が配置されているのが、啓蒙者の解剖学的な特徴だ。

 たった今しがたまで始原者メトが借りていたサルドル・ネイピアの姿も、先天的な矮翼(わいよく)の症状を呈していたとはいえ、そこから逸脱することはなかった。

 しかし今や、グリュクの眼前の始原者は、四肢の全てが、鳥類と同様の形状の翼へと変形している。

 肩口に元から存在していた翼も大型化し、その全てが無色の、透明感すらある六枚の翼と化していた。

 

「あれは…………!?」

(あの巨大な降着体を分解して……吸収したというのか!)


 そこから、形勢が逆転した。

 特異な再生を果たしたグリュクの身体は、狂王の一族ですらありえない程の知覚とその処理、そして身体の強度を持っていた。

 それを以ってしても、守り切れない速度と質量が彼を襲う。


「――――!?」


 翼の一振りで態勢を崩され、防御した右腕は霊剣ごと破砕された。

 転移で距離を取るが、より高速で高精度の空間転移で先行され、今度は防御をする間もなく大地に叩き落とされる。

 彼が叩きこまれたのは、始原者の降着帯が消滅したことで三日ぶりに大気に触れた、降着地点の底の部分だった。

 同時に腹部へと突き刺されていたらしい、一枚の透き通った羽。

 残った左腕で掴んで引き抜こうとすると、抜けない。


「……!」


 彼の胸に突き刺さったまま、それは変形して透き通るような美しい剣となり、彼を直径100キロメートルあまりの深い窪みの底へと縫いとめた。

 心臓のごとく脈打つその剣は、グリュクの今の体を構成する超常の物質を吸収し、彼が魔法術を行使するのも阻害しているようだった。


「(……転移で回避できない!)」


 空間に遍く流れていた金色の粒子も、薄まり始めている。


「無理に動かない方がいい」


 動けなくなった彼に次々と打ち込まれる、メトの羽。

 羽は刺さった直後に様々な形状の剣や槍へと変化し、やはり彼から物質とエネルギーを奪う。

 彼が吸収され尽くして消えてなくなるまで、それは放たれるだろうと思えた。

 だが、その途中でメトは表情を変え、彼から視線を外した。

 北西の空から飛来した影が、六枚の無色の翼の姿となったメトに急速に接近し、しかし衝撃によって停止させられる。


(破壊者……! 抹殺……!)


 装甲が破壊されて露出した無人の運転席、腐蝕の広がった装甲。

 かつてグリュクをダム湖で襲った、自動巨人カリタスだった。

 彼を助けるために飛来したというわけでもなかろうが、グリュクは何とか己の力を抜き取ろうとするメトの羽から逃れようともがいた。


(滅亡……阻止……!!)


 だが、カリタスはメトの翼の一振りで、あっけなく粉砕されてしまう。

 粉々になった機体の破片が、グリュクに向かって降り注いだ。


「――!」


 だが次は、虹色の光条と、白と黒の粒子の渦が始原者を飲み込む。

 視界の端に、姿は変わっていたが魔人と分かる虹色の影と、翼を模した弓を構えた啓蒙者の少女の姿。

 二人とも直径100キロメートルのすり鉢の底近くまでやってきて、滞空しつつ、メトを睨んでいる。


「(カイツ……それと彼が助けた啓蒙者の子か……)」


 今度は重く鈍い音を立て、黄金の翼を生やした人間大の物体メトの近くに落ちた。

 彼が宇宙で交戦した、黙示者の遺体だった。

 それを投げ込んだのは、やはり上空に浮かぶ、満身創痍の銀灰色の人馬鎧。


「少しばかり手を焼いたが、お前の手先はあらかた始末したぞ、始原者……

 逃げ場のない滅亡を全人に強いる貴様を、俺は断じて許さんッ!!」


 そしてその背後の更なる上空には、鋼鉄の色の天船の影が見えた。

 かなり高度を下げてきており、その外殻となっていたアムノトリヌスを、軌道上に置いてきたのだと分かる。

 危険だった。

 もはやメトの攻撃力は常軌を逸しており、たとえ魔人や天船であろうと矛先を向けられれば死は免れない状況だ。


「(なのに……!)」


 それを伝えることが出来ない。

 このままでは、彼を案じてくれた者たちが全員、殺されてしまう。

 メトは彼らをどうするべきか迷っているとでもいうのか、ゆっくりと、周囲を見回していた。

 しかし、更にそれだけに留まらず、声が聞こえる。


「グリュク・カダン!」

「グリュク!」


 何とか視線を動かすと、そこにはパピヨンと彼女の再生成したらしい不動華冑、そしてその手に掴まったグリゼルダの姿があった。転移の連続で、この距離をやってきたのだろう。

 そして彼女の懐から何かが飛び出し、彼の傍へと突き刺さった。

 それは一目で美しいと思わしめる、怜悧な片刃の剣。しかし今は中程から無残に折られ、仮止めを施されたらしき状態だった。


「(レグフレッジ……折られたのか……!)」


 ほとんど途切れつつあった金色の粒子だが、意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)以外の霊剣が全て、始原者の内部での戦いで破壊されたことを伝えてきた。

 さぞ、無念だったことだろう。

 だが、よく見ればその刃の中ほどに見えるのは、仮止めの痕などではなかった。

 金色の粒子の氾濫した影響なのか、僅かながら破断した箇所が再生している。

 死してなお霊剣が戦おうとしているのは、今、彼らの故郷(地上)が危機にあるためか。


「………………!」


 それを知ったグリュクは、意地や根性だけにとどまらない何かを込めて、左腕を起こした。

 彼の左腕を大地に縫い止めていた二本の剣はその勢いのまま弾き飛ばし、ついでに両足も強く跳ね上げて剣と槍を三本、同様に跳ね飛ばした。

 そして両足の踵を大地に叩きつけた勢いで体全体を揺り起こし、手足と頭以外はハリネズミのようになった体で立ち上がる。左目より上と右腕は、吹き飛んだままだ。


「まだそんな力が……?」


 メトは関心したように呟くと、再び羽を発射する。

 グリュクは彼の残った方の顔面を狙った一撃を、回避しない。

 天船から飛来した五条の光が、それを見事に弾いたためだ。

 光はそのまま、彼の足元に次々と突き刺さって姿を現した。

 やはり破壊された、他の霊剣たちだった。

 裁きの名を持つ霊剣(レグフレッジ)と同様に破損部分が僅かに再生されただけの状態でありながら、それでも彼を守るように大地に突き立つ、六振りの霊剣。

 裁きの名を持つ霊剣(レグフレッジ)

 道標の名を持つ霊剣(パノーヴニク)

 太陽の名を持つ霊剣(ウィルカ)

 復活せし名を持つ霊剣(エスティエクセラス)

 抗う名を持つ霊剣(ヴェクテンシア)

 輝ける勝利の(オリア)名を持つ霊剣(フィアマ)

 そして、彼は最後の力を振り絞り、残った左腕から再び、融合していた相棒を呼び出した。

 どこまでも手に馴染んだその柄を握りしめ、呼びかける。


「ミルフィストラッセ!」

(それこそが吾が銘! 主よ、今や為すべきは(ひとつ)!)

「やるぞ……俺たちを護ってくれた思い出と繋がりに、恥じないことを!!」


 全てが、そこに収束した。


(たば)(たま)え!」


 呪文が呼ぶ奇跡。

 破壊された霊剣たちが鋭くきらめき、大地から弾かれるようにグリュクの身体へと飛び込んで融合する。 

 同時に黄金の爆風が、先ほどにも勝る勢いで再び、周囲に広がっていった。

 すり鉢の底の一点から燃え上がる、金色の刃。


「みんな、十分遠くに離れて!」


 彼の声は溢れる縺連性(れんぞくせい)超対称性(ちょうたいしょうせい)粒子(りゅうし)の媒介する力の場に乗って、戦線全域に届く。

 いや、今や空間に溢れるのはそれだけではなかった。

 体に通う血潮を思わせる赤い雨粒や、青空のように透き通る巨木の森。

 柔らかな翡翠色の羽毛まで舞い散るその不可思議な世界を、銀色の月が照らしていた。

 始原者メトさえもが、混乱を見せていた。


「この現象は――たった七本のエメトの武器で、どうやってこんなことを……!?」

「俺にも分からない!」


 グリュクは思い切り叫んで虚空に飛び出し、右手に持ち替えた相棒を、六枚の翼の化身のごとき姿となったメトに叩きつける。

 翼で防御されるのも構わず、左手から飛び出した裁きの名を持つ霊剣(レグフレッジ)を握って追撃、そしてその翼を蹴り飛ばし、反動で離れる。


(互いに譲れぬことと、()い解ったならば!)

「あなたが死ぬまで! 俺たちは戦う!!」


 彼の体は再び復元しただけでなく、かつての姿を大きく損ないながら変化していた。

 ほぼ全身が、皮膚のようでもあり、流れる毛髪や装甲にも見える器官で覆われて、全体的にはかつての彼を再現したかのような色合いになってはいる。

 しかし破損した右腕は青く透き通る色で、左の頭髪は赤みがかった鋼鉄の色、左目は輝く金色。

 被害を受けなかった右目まで、元の碧色から銀色へと変化していた。

 ただその面影や目つきは、離脱しながらもちらとそちらを振り返ったグリゼルダにも、以前と変わらぬグリュク・カダンだと思えるものを残している。

 彼女は何かを確信し、叫んだ。


「行けぇっ、グリュクーっ!

 あたしたちの、分までぇーッ!!!」


 グリュクはメトと打ち合い、睨み合いながら、その声に応えた。


「やるさ……!」

(100億年分の因縁、僅かなりともここで清算する也!)


 再び始まる応酬に、天地が震えた。

 大気は余波で雷鳴が轟き、大地は抉れて地形を変えた。

 メトがその三対の翼から再び羽を飛ばすと、中にはグリュクが肉眼で見た覚えもある黙示者たちの姿を模した形状を取り、霊剣の戦士に襲いかかった。

 グリュクはそれに応じて、やはり分身を出現させる。

 今度は170人余り、中にはグリゼルダやタルタス、フォレルにアダ、アリシャフトとキルシュブリューテ――無論当人ではないが――の姿もあった。

 これまでの歴史で霊剣を握った全ての戦士たちの姿と、その時間的背後に無数に広がる記憶の力を借りて、彼は神の軍勢を迎撃する。

 そして自分自身はメトに向かって転移し、再び斬りかかった。

 無数の魔弾とエネルギー、空を切り裂いてぶつかり合う刃。

 閃光と爆音、炎と嵐。

 二人を除いた地上のあらゆる強者や兵器の介入を拒む速度と威力が、始原者の残した窪みの内側に荒れ狂っていた。

 今となっては意味のある数字ではないが、メトの予告していた地上滅亡の刻限まで、四時間を切っている。


(吾人らはそれを先延ばしにするだけではなく、反故にさせねばならぬ……出来ると思うか、主よ!)

「出来る!」


 そう言って解放した大量の圧縮魔弾は、すぐさま始原者によって防がれる。

 障壁として出現した全高2000メートルほどの、降着体の縮小版らしき巨大な永久魔法物質(ヴィジウム)の塊が、次々と出現する。

 そのうえその全てが、翼を広げて膨大な量の魔弾を吐き出した。

 大気を巻き込んで爆炎と衝撃波が広がり、さすがに防御すると、全ての小型降着体が羽ばたいて離陸し、グリュクから遠ざかり始めた。

 一体でも逃せば、そこから増えて世界を滅ぼすだろう。


「――逃がすか!!」


 彼が手をかざすと、夜空の彼方から、天を切り裂いて巨大な剣が猛烈な速度で降下してきた。

 否、それは正確には剣ではなく、全長1200メートル余りの――


「アムノトリヌス……!?」


 離れたところに退避していたアムノトリフォンの操船指揮室では、トラティンシカが目を剥いていた。

 メトやその近衛の黙示者との戦闘で相当に破損していたにもかかわらず、今やその船首を天に向け、グリュクの剣のように、光り輝きながら戦場の中心にそびえ立っていたからだ。

 船尾には、意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)が申し訳程度に刺さっている。


「切・り・裂・けぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 だが、その柄を握って振り回すと、グリュクを中心に、400万トンほどの質量があるはずのアムノトリヌスが軽々と、悪夢じみて旋回した。

 その船首からは、極大強化された特殊砲――正式名称:縺続性(れんぞくせい)超対称性(ちょうたいしょうせい)粒子加速器(りゅうしかそくき)からの一撃がほとばしり、世界に散らばろうとしたメトの分身を、その一薙ぎで、全て破壊した。

 無数の光球が、夜空で破裂する。

 もはや魔法術と呼ぶべきかも怪しい規模の超自然現象が、自然界を脅かし始めていた。

 グリュクはその威力を見届けると、アムノトリヌスから霊剣を引き抜き、クレーターの底にゆっくりと着底させた。

 そして彼に迫るメトの剣を霊剣の刃で防ぎ、弾く。


「あなたの思い通りにはさせない。俺たちはこのまま、いつかは宇宙にだって出てみせる!」

(それを阻む御辺は……ここで吾らが、永久(とわ)に沈めよう!!)

「…………!」


 降着体が本体に吸収され、再び遮る物の無くなった夜空が、白み始めていた。

 ここより東では、既に朝が来て、昼を迎えた土地も多いはずだ。

 だが、この大陸中部は、あの昇る太陽を見ることが出来るだろうか?

 もはや戦いに割って入る者は無く、周辺に展開していた始原者の軍勢も、ほとんどがこの大陸中部に集まった意思ある戦士たちに駆逐されていた。

 彼らは、一息をつきつつも見守る。

 金色の粒子の作用で知った、霊剣の戦いを。

 未だ夜の土地もあったが、この地上の、ほぼ全ての人々も、純粋人、魔女、妖族、啓蒙者、老若男女、貧富貴賤に軍農工商を問わず、それを知った。

 もっとも、だからといってほとんどの者は、日々の生活の中、会ったこともない剣と剣士の勝利を一心に祈るなどということはしない。

 それが当然で、普通だった。

 彼らはただ何故か、不思議な力によって、遠いところで起きた事実を知っただけ。

 しかし、それだけで十分だった。

 地上を滅ぼすと宣言した者に対して、それを止めようと戦ってくれる誰かがいた。

 漠然とした不安は、それだけで和らいだ。


(その安らぎが、吾人らの力となる!)

「いやさすがにそんな都合のいい事実はないだろ……」

(ええい、盛り上がりに水を差すな!)


 慣れた呼吸が、戻ってきた気がした。

 それに不審を覚えたか、メトが言葉を発して次撃を放つ。


「僕こそ、君たちの思い通りにはならない」


 六枚の翼の隙間から射出された、鋭く尖った短剣のような形状の羽を回避――した筈が、誘導能力を持たされたらしいそれらはグリュクの背後などに回りこんで、彼の体に突き刺さろうとする。

 羽の数は増えてゆき、刺さらなかったものも強烈な爆発を起こしてグリュクを足止めした。


「う……!」


 何度も遠距離を転移して逃れるが、それは追随転移して攻撃を加えてくる。

 防ぎきれない。


「それなら――」


 グリュクは霊剣の戦士たちの写し身を、それぞれの相棒の霊剣の形状に変えた。

 相対していた始原者の分身たちの元を離れ、彼らは一斉にグリュクの元に戻る。

 既に生物ではなくなってしまった彼を守るように、170余の霊剣たちがその周囲を飛び回し、メトの剣を叩き落とした。

 すると一箇所に集まった彼らを狙い、メトと残った敵から無数の破壊力が放たれる。


「護り給え!」


 呪文に応じて、多数の霊剣が元の七振りに戻る。

 虚空の一点を中心に切っ先を合わせた霊剣の周囲に強大な念動力場が形成され、正面から来た攻撃も、側面や上下を迂回した魔弾も受け止める。

 そして累算すると小規模な核爆発にも匹敵する威力を、破裂する前に撃ち返した。


「弾けろ!」


 直径100キロメートルのなだらかな谷底を、急速に膨張した爆炎が飲み込む。

 防御したのだろう、そこから高速で飛び出してきた分身の黙示者たちを、両手に霊剣を構えて迎え撃つグリュク。

 右手に意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)、左手には太陽の名を持つ霊剣(ウィルカ)

 他の五振りは自分の周囲を護衛するように旋回させ、敵を迎撃する。

 蹴散らし、切り伏せ、打ち破り、眼下の始原者に向かって更に巨大な魔法術を解放した。


「凍てつけ!」


 吹き昇り始めた巨大な爆炎が瞬時に凍結され、視界が明瞭になる。

 その最深部で、彼を迎撃すべく六枚の羽に力を蓄積していたメトに向かって、グリュクは両手に握った意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)の周囲に残りの全霊剣を付随させ、全力で振り下ろした。

 しかし紙一重、間に合わず、剣士の一撃は始原者の解放したエネルギーとぶつかり合う。

 周囲に強烈な光と熱、爆音と衝撃波が破裂して、巨大なクレーターは更に大きく抉られた。

 グリュクと霊剣はその直撃を受けて大きく損傷するが、すぐに復元して爆炎の外に出る。

 メトも同様に、彼から50キロメートルほど離れた空中に退避していた。


(それにしても、埒が開かぬな……)


 霊剣がこぼすと、彼らの頭上を、何かが再び覆い尽くす気配が広がった。

 巨大で透明な、無数の球体。

 わずかな光の屈折で、ようやくその輪郭が判別できる程度ではあったが、それは秘蹟で再現された、万物を消し去る最終兵器だった。


(還元弾……!)


 地平線の果てまで、空一面を覆い尽くす数。

 それが意味するのは、この惑星ごと彼を消し去る意思。

 始原者も、グリュクたちの抵抗で事態が膠着しているのを感じていたらしい。


(だが、この量は……!)


 恐らく、始原者による最後の一撃。

 たとえ破壊されようとも、この星の文明が宇宙に進出する可能性をゼロに消し去ることだけは完遂するつもりなのだろう。

 彼は思わず悲鳴をあげて、空へ飛んだ。


「何で――何でそこまでするんだよ!?」


 始原者が翼を振り下ろすと、全天を埋め尽くす数の還元魔弾が、大地へ落下する。

 グリュクはこれまでで最大の規模の魔法術を構築し、呪文を唱えて解き放った。


「芽吹け――!」


 大地に降り注ぐ魔力線だけでは足りず、グリュクと霊剣たちは自分自身を構成する記憶を分解し、威力を増す。

 一発一発が数兆トンの超重の質量を持つ物質を模した、直径わずか3メートルの黒い物体――縮退魔弾。

 地表の全てを魔力線に分解しようと放たれる数千数万の還元魔弾を、グリュクは同じ数の縮退魔弾を撃ち出して、相殺する。

 還元魔弾によって分解された縮退魔弾がエネルギーに変わり、膨大な光と熱と、魔力線となって発散した。

 天空を覆い尽くす、閃光の華々。

 しかし、


「まだだ……!」


 なおもメトは、還元魔弾を創りだす。

 グリュクと霊剣たちも、それに抗い再び縮退魔弾を撃ち出した。


「言っただろ!

 あなたが!!

 諦めるまでやるって!!!」


 そして光の中を、彼は加速し、突き進んだ。

 清流のように透き通る六枚の翼を持つ、始原者メトに向かって。

 果たしてそれは意外な行為だったか、始原者はグリュクの肉薄を許す。

 強固な翼が霊剣の刃を完全に防ぎ、彼の周囲を旋回していた残りの六振りの霊剣による刺突も、同じように表面で止められた。

 反撃を受ける前に、グリュクは切り札を発動する。


「解き放て!」


 呪文と共に、世界に現出する魔法術。

 七振りの霊剣から噴出した黄金の粒子が、始原者を貫きながら炙った。


「う……!? これは――!!!」


 かつて自動巨人カリタスに宿った執念を鎮め、フェーア・ハザクに憑いた妄念を浄化した術と、同じもの。

 それは今また、啓蒙者サルドル・ネイピアの身体に入り込んだ始原者の真の核を暴きだす。


「俺は思い出したよ……!」


 彼がかつて、宿も持たないグリュクに善意を向けてくれた数少ない相手だったことを。

 人々を思いやり、信仰との間で苦悩しながらも善であろうとした、心優しき司祭。

 自分と霊剣の中の全てを捧げる気持ちで、彼は叫んだ。


「だから、君も思い出してくれ!

 サルドル――ネイピアッ!!!」


 戦場の中心に、最後に残った光。

 その中に更に内包されながら、二人はゆっくりと、大穴の底へと降下していった。

 着底する頃には、決着が付いていた。

 六枚の翼の異形の神の後ろに、小柄な啓蒙者の少年の身体が、まるで蛹から脱皮する蝶のようにゆっくりと、仰向けに倒れてゆく。


(主よ……!)

「……あぁ」


 グリュクは、魔法術を解いた。

 そこには、目を閉じて倒れている啓蒙者の少年と、霊剣の戦士。

 そしてその間に、サルドル・ネイピアという依代を抜き取られた、ただのメトが居た。

 それは、グリュクにも聞き取れる言語を、途切れ途切れに呟いた。


「君たちは宇宙の平穏を……乱す……」

「あなたは敵だったけど、俺達の戦いを尊敬すると言ってくれた。それには、ありがとう。

 俺も、あなたの戦いを尊重して、理解する」


 メトの真意については、隕石霊峰(ドリハルト)でも聞いていた。

 いまだ戦場に満ちる数多の粒子の力で、始原者が最後の最後までその理想を信じて、戦っていたことも。

 長く、時には辛い出来事もあっただろう。

 グリュクは始原者に突きつけていた剣を引き、言った。


「でも、それはあなたの言うままに滅びを受け入れるって意味じゃない」


 七刀八断(しちとうはちだん)


 七振りの霊剣の刃が、メトを寸断した。

 永久魔法物質(ヴィジウム)の結合が破壊されたのか、その断片はばらばらと散らばる前に、蒸発して大気に消える。

 グリュクはそれを見届けると、空に向かって魔弾を発射した。


「貫け」


 一条の光る魔弾は音速の30倍の速度で真っ直ぐに飛翔し、還元魔弾の連射に紛れて宇宙に脱出しようとしていた始原者の最後の核を撃ち抜いて破壊する。

 小さな光点が、朝焼けの空に灯って消えた。


「今度こそ、終わったな」

(うむ。見事也)


 意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)も含めた全ての霊剣は、再びグリュクの中に潜り込み、姿を消す。

 彼は荒れた大地に倒れた少年に駆け寄り、身体を抱き起こして容体を確かめた。


「サルドル!」


 昏睡状態にあるだけで、身体機能は全てが正常のようだ。

 今やそれさえも一目で分かってしまったのは、この身体になった影響だろう。

 だがグリュクは、かつての恩人の無事に、深く安堵の溜息をついた。

 ふと視線を上げれば、様子を見に戻ってきたらしい仲間たちの姿や、天船の船影が近づきつつあるのが見える。

 既に姿を現した太陽が、彼らを照らしていた。










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