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霊剣歴程  作者: kadochika
最終話:霊剣、霊(くし)ぶ
141/145

16.飛翔






 一方、高度150キロメートル付近、始原者に穿たれた傷跡の底。

 天船を殺され、霊剣を砕かれた一行の中で、まだ戦意の残っている者達は、なおも始原者を倒す策を討議していた。

 平行して、両断された上に制御人格が消滅した天船の、その内部に閉じ込められた人員を救助する作業も行われている。

 照明が途絶えたため、現在はトラティンシカの部下数名が交代で照明の魔弾を打ち上げ、維持を続けていた。

 ただし同時に敵の襲撃もなくなったため、現在は半壊した甲板のまだ無事な部分に、多国間特務戦隊(フォンディーナ)の首脳陣とでも呼ぶべき面々が顔を揃えていた。

 天船の責任者であるセオとトラティンシカ、“両の目”からはカトラとその部下二名、狂王の子女たちの代表としてタルタス、魔女の霊剣使いの中では最年長のためかいつの間にかまとめ役らしき立場に収まっていたキルシュブリューテ、聖女部隊の指揮官であるアンネラ・スタンテ――元・聖アッシェンブレーデル――という顔ぶれだ。


「天船が死んだと言っても、制御人格が失われただけで、まだ各種の船内の維持系統は完全には死んでいないわね。

 人間でいえば恐らく、大脳だけが機能を停止して、残った小脳や脳幹で反射や呼吸を行っているようなものと考えられるかしら」


 カトラの分析に、キルシュブリューテが反応した。


「復活の可能性があるってことですか? それとも、機能している部分をなんらかの目的に活用するべきということ?」

「人格の必要ない小さな脱出艇なんかは多分、試せば動くはずよ。

 最悪の場合、人員だけでも載せて外に出ないと……このままじゃ全員、メトに吸収されてしまうわ」


 話し合いをしている今現在も、天船は始原者に穿たれた巨大な貫通創の中に着底している。

 そこから始原者の内部機器が再生を始めており、無数の針が天船に突き刺さるのを、グリゼルダやアリシャフト、他の聖女たちが破壊して回っている状況だった。

 深海の色の鎧(カテナ・デストルエレ)を失い、船外活動服の予備を着用したタルタスが発言した。


「生存者を連れて脱出するか――いや、来た時点ですでに始原者の周囲は怪物の巣窟だったな。

 あの超大型の怪物の類似品が増えていないとも限らん。脱出艇程度では攻撃に無防備だ。

 理想としては、やはり天船の復活を試すべきだな」


 アンネラ――彼女だけは聖女として真空中でも活動できる手術を受けているため、聖女用の戦闘衣姿のままだった――が、啓蒙者に尋ねる。


「カトラさん、ミレオムの技術でなんとかなりません?」

「私、一応元の専門は社会学なのよ……“両の目”じゃ技官技師の出身者が足りなかったから、少しは勉強したけど……エメト系の技術を短時間でどうこうできるっていう見込みは全然ないわ。

 端末に頼ってやってはみるけど、期待はしないでね。ケティアの方も、いわゆる警察特殊部隊の出だから……」


 彼女が名を挙げたケティアルクも、天船の防衛に回っている。

 警察組織の出身とはいえ、本格的で十分な戦闘の訓練を受けた啓蒙者の秘蹟の威力は、義手と義翼の性能も相まって聖者たちにも劣らないものだった。

 カトラの左右に控えていた二人の男が、残念そうに声を上げる。


「コグノスコの旦那がいたら良かったわねぃ……」

「そうでんなぁ……旦那だったら代わりに動かしてくれたかも分からんわ」

「今は外よ……残念だけど、呼びに行く手段がない」


 小柄な痩せぎすの、細筆のような髭を生やした方がジャコビッチ。

 大柄ではないが筋肉質のがっしりした体格の方が、ブルスキーといった。

 二人は“両の目”に所属する純粋人――啓蒙者のような翼をつけていたが、神聖啓発教義領(ミレオム)で活動する際の変装なのだという――であり、カトラの助手のような立場らしい。

 

「コグノスコというのは……確かカイツが連れ帰った、あの啓蒙者の娘の鎧に入っていた人格の事だったな」


 セオが確認すると、カトラが頷く。


「そうです。彼はミレオムで生まれた人工知能ですが……教義に懐疑的な点があるということで消去されかかったところを、気の遠くなるような自己複製を繰り返して生き延びた歴戦の猛者。

 メト系の技術で創り出されたとはいえ、エメト系の機械であるアムノトリフォンの制御人格を代替できる可能性がありましたが……

 現在ジル・ハーさんは御存知の通り、始原者の外で戦っていますので」

「まずはここから出ないことには、呼んでくるのも現実的ではないということか……」


 そう言ってセオが少し視線を上げた先には、親指の爪ほどの大きさの、薄ぼんやりとした青色の円。

 彼らが切り札を用いて、始原者に開けた穴だ。

 距離にしておよそ50キロメートルほど離れて、まだ残存している。

 ただし、始原者が急速に復元を開始している今、それが塞がってしまわない保証はない。

 一秒とまでは言わないが、一時間ほどもぼやぼやしていれば、塞がってしまうかも知れない。

 そこに、新たな声。


「出る役割でしたら、私たちが!」


 幼い娘の声。全員がそちらに振り向くと、二人の妖女が甲板に上がってきていた。


「タルタスお兄様はご存知ですね。私の“不動華冑”の力を」


 パピヨン・ヴェゲナ・ルフレート。

 先程までは妖星渦動砲の、いわば弾込めと照準の役を担っていた。

 今は傍らに、魔具の戦闘衣をまとったフェーア・ハザクを連れている。

 タルタスは彼女たちがやろうとしていることに思い及び、推察を口にした。


「二人で外に出て、天船に必要であろう人工人格を連れ帰ってくると」

「そうです。ただ、もう一つ考えがあります」


 そう告げて、フェーアが抱えていた物品を差し出す。


「それは……!?」


 カトラが、目を丸くする。

 フェーアの持っているそれは、方形の板だった。

 複数の部品から構成されているところを見ると、何らかの役割を果たす機械なのだろうが。


「エンクヴァルの大穴に突入した時に一緒だった、突入艇さんの魂です。お別れの間際に、これを持ち帰るようにと。

 トリノアイヴェクスさんの魂を株分けして作られた、と言ってましたので……もしかしたら」


 カトラが背を落として、何やらげんなりとしながら呻く。


「何でもっと早く教えてくれなかったの……」

「すみません、いろいろあって忘れてまして……」


 しかしすぐに背筋を伸ばし、フェーアからその板を受取って微笑んだ。


「分かったわ、コグノスコを呼びに行くのはちょっと待ってて!

 もしかしたら、手間が省けるかも知れない!」

「あっ待ってくださいよ姉御!」

「わてら飛べませんねん!」


 啓蒙者の女は船外活動服の翼を羽ばたかせると、操船指揮室へと飛んでいってしまった。

 啓蒙者ではない二人の部下が、ばたばたと不格好に走って後を追う。

 タルタスは、天船の人格の予備とでも呼ぶべきものを持ってきた二人に尋ねた。


「天船が確実に復旧するという保証もない。エルルゥクはああ言ったが、お前たちにはこのまま始原者の外に向かい、人工人を連れて来てもらいたい。出来るか」

「タルタスお兄様に貸しを作るというのは、悪い気分ではありませんので。

 ではフェーア――」


 パピヨンが言いかけた時、更にその場への闖入者があった。

 その場の全員が、攻撃の術が使用される予兆を感じて構える。

 破壊された甲板の隙間から飛び出してきたのは、黒髪を船外活動服の兜にしまった魔女の娘。


「グリゼルダさん!?」


 そして、血のような色をした、やや小柄な全身具足の姿だった。


「リーンか!」


 タルタスが名を呼んだその全身具足の着装者について、知識があったのはセオ、トラティンシカ、キルシュブリューテとフェーアの四名。

 アンネラについては隕石霊峰(ドリハルト)で強制的な記憶共有が行われた時に、おぼろげながら記憶の本流に挟まっていたかどうか、という具合だった。

 追われる側であるグリゼルダは無言で待ち構えており、それを追う側であるリーンは飛びかかるタイミングを伺っているらしい。

 それを見たフェーアとパピヨンが、グリゼルダに呼びかける。


「グリゼルダさん!」

「グリゼルダ、追われているのですか!」


 問われたグリゼルダは、しかし答えない。

 その様子を見て取ったか、リーンは彼女を威嚇するように叫んだ。


「答えられる訳がねェよなァ、子メス猿! てめェは俺のダチを殺して、俺に追われる身なんだからよォ!」


 タルタスが、そこに言葉で割って入った。


「リーン!」

「話しかけるんじゃねえ汚物ダヌキ!!」

「聞け。奴がこのまま地上を蹂躙すれば、お前の母君(ははぎみ)の墓所も辱められるのだぞ」

「……!!」


 全く考えていなかったという訳ではないだろうが、それでもその言葉は、リーンの動きを一瞬止めた。

 動きを見せたのは、フェーアとパピヨンだった。


「殿下!」

「ええ!」


 二人が念じ、共同して妖術を発動すると、二本の角の巨大な甲冑の上半身が出現し、リーンに向かって鉄拳を振りかぶる。

 既に両脇に大きく剣を広げて戦闘態勢に入っていたリーンは、護拳付きの巨大な拳を僅かに受け止めつつ交代した。


「グリゼルダさんっ!」


 フェーアが名を呼ぶと、少女は床を蹴って彼女の元へと飛ぶ。


「クソがッ!!!」


 リーンが発射した速射魔弾も、不動華冑が空いた方の手で打ち払う。

 そしてその手でパピヨン、フェーア、グリゼルダの三人を抱きかかえて、巨大な上半身だけの甲冑は甲板から離脱した。


「く……クソザコがァッ、てめェもそいつの肩を持ちやがんのかァッ!!!」


 もはや泣き叫ぶがごとき咆哮を上げて、リーンも鮮血の色の鎧(ヴァイスリーア)の全身の噴進光を発振してそれを追う。

 三人と一人は、あっという間に始原者に穿たれた傷口の方へと飛んでいってしまった。

 僅かな時間とはいえ、タルタスもセオも呆然としていたが、すぐに気を取り直す。


「……ひとまず、厄介払いにはなったか。セオ、夫婦でエルルゥクを助けて天船の具合を診てくれ」

「ああ。行くぞ、トラティンシカ」

「はい、セオさま」


 夫婦に続き、アンネラも所用を告げた。


「私は始原者の侵食を遅らせる作業を交代してきます。すぐに代わりの者が操船指揮室に向かいますので」

「了解した」


 白い鎧の聖女は甲板を飛び降り、仲間を呼びに行く。

 夫婦もカトラの後を追って操船指揮室へと向かい、そこに残ったのはタルタスとキルシュブリューテのみ。


「お前は少し眠っておけ。苦楽を共にした霊剣を殺された無念は察するところだ」


 その口ぶりに反感を覚えたキルシュブリューテは、今や多くの魔具と霊剣を失った妖王子に向かい、口を尖らせた。


「あなたの方がよっぽど傷ついてると思うんだけどね」


 彼に至っては、道標の名を持つ霊剣(パノーヴニク)だけでなく、兄と慕っていた男の人格が宿った太陽の名を持つ霊剣(ウィルカ)さえ失っている。

 キルシュブリューテとアリシャフトは、かつてルフレート宮殿で行われた決闘の際に混乱に紛れて太陽の名を持つ霊剣(ウィルカ)を秘密裏に回収しており、多国間特務戦隊(フォンディーナ)に合流するまでの道中でその話を聞いてもいた。

 それを思い出せば、相棒と兄弟とを再び失う辛さは彼女たちこそ、察するところだった。

 だが、彼は額に手をやり――本来ならば眼鏡の位置を直す動作だったのだろうが、船外活動服の兜が邪魔で失敗したのだ――、吐き捨てる。


「口答えをするな、貴様らごとき魔女とは魔力の量が違う。

 せめてまともな戦力として、世界が最後を迎えるその瞬間まで戦えるようにしておけと言っているのだ」

「お気遣いに感謝するわ。でもあなたはその、何を言うにも憎まれ口に変換する悪い癖を直すべきね」


 彼女も霊剣の使い手としての経験で、恐らくはこの妖王子が自分の感情を隠すために高圧的に出ていることは察しがついた。

 霊剣の粒子の作用である“月”を行使しすぎた反動で、大きな疲労が押し寄せてくるのを感じてもいる。

 素直に従いその場を後にしようとすると、タルタスが急に、摯実めいた調子で告げるのが聞こえた。


「忘れるな。たとえ霊剣が滅ぼうと、その系譜の末裔(すえ)たる我々は、彼らの意思を受け継いでいるのだからな」


 それには、果てしなく同意するところだ。


「……そうね」


 だが、キルシュブリューテの胸には疑問もあった。

 始原者は、既に地上を滅ぼそうと動いている。

 眠って休む時間など、残されているものだろうか。











 巨大な上半身だけの甲冑が、高速で飛んでいた。

 無論、巨大といってもその周囲そのものである始原者メトには及ばないが、グリゼルダとフェーア、そしてパピヨンを抱えて飛ぶ様子は、空を駆ける勇ましい守護者を想像させる。

 速度にして、時速800キロメートルほどか。グリゼルダは不動華冑の左の手のひらに乗り、その指に捕まっている状態だった。

 フェーアは右手に同様に、パピヨンは胸部の装甲が開いて座席のようにも見える構造があり、そこに腰掛けている。

 彼女はかつてと異なり、既に単独で不動華冑を精製・維持できるようになっているらしかった。


「このまま、私が制御を維持します! 二人は援護をお願いします!」

「ど、どうすれば……!?」


 固まりそうなフェーア。グリュクの死に打ちひしがれるばかりではなくなっていたのは幸いだったが、今度はグリゼルダが、相棒の死に心胆を砕かれそうだった。

 しかしそれを堪え、彼女は魔法術を構築し、呪文を唱えて開放した。


「盾は我が背後に!」


 すると、出口を目指して飛行する不動華冑の後方に差し渡し10メートルほどの大きな円盤が出現し、それは空気抵抗に負けて即座に後ろへ流されていった。


「ちィッ!!」


 鮮血の色の全身具足を着たリーンは、装甲各部の推進器を噴かせて軌道を急激に変更し、これを回避する。


「みみっちいけど、下手に強力な魔弾を使うより消耗が少ない。

 あたしの真似を続けてれば、攻撃の魔弾も防げるから!」

「わ、分かりました! えーと、お土産を丸く、大きく!」


 すると、フェーアは的確な照準で、鎧の出力を上げて追いすがろうとするリーンに向かって円盤状の障害物を投射し続けた。

 単純な魔弾であれば回避するか、強引に装甲で弾いて接近されてしまうが、ある程度の面積と質量を持つこれを回避するにも軌道を大きく変えねばならず、剣で切り裂いても速度が落ちる、対処できずに直撃を受ければ更に速度が落ちる。まさに嫌がらせだった。


()()ェェェェァッ!!!」


 当然ながらやられた方は激怒するが、フェーアはそれでも円盤状の魔弾をリーンに向かって投射し続けた。

 数分も飛び続けたか、ようやく見えた出口には、既に繭のような膜が、薄っすらとそこを覆い始めているのが見えた。

 グリゼルダはパピヨンに言う。


「力場を張ります、そのまま進んで!」

「はい!」


 グリゼルダは、今度は前方に向かって念じ、呪文を唱えて魔法術を解放した。


「傘は我が前に!」


 直径約5メートル、長さ約10メートル。

 術者であるグリゼルダの体躯に比して非常に大きな円錐状の念動力場が展開され、永久魔法物質(ヴィジウム)の繊維で出来た膜を貫いた。

 だが、予想以上に強度が高く、亜音速に近い速度で飛んでいた不動華冑に急激なブレーキがかかる。

 グリゼルダは更に魔法術を変形させて、槍の穂先のイメージを花に変える。


「穂先は花に!」


 変形した念動力場が永久魔法物質(ヴィジウム)繊維の薄膜に出来た裂け目を押し広げ、不動華冑は再び加速して夜空に飛び出した。

 高度はなおも海抜約150キロメートル、南側から飛び出したグリゼルダたちの左手には、既に太陽が昇っている。

 そこで、外部の状況を知らなかった彼女たちは驚いた。

 戦場に天船で駆けつけた際には三体しかいなかったはずの大型の怪物が、見える範囲だけでも数十は滞空していたからだ。

 始原者によって生み出されたものか。しかしそれに怯むこともなく、不動華冑の主は告げた。


「降下しますよ、二人とも!」

「はい!」

「お願いします!」


 間一髪、彼女たちが急速に降下した直後、リーンが渾身の力を込めた大規模妖術を放って始原者の()()()()を焼き払い、飛び出してきた。

 彼女は更に強力な妖術を構築し、グリゼルダたちを焼き払おうとする。


「死にさらせァッ!!」

「彼方を近く、程なく!」


 灼熱の魔法物質の液体の奔流はフェーアの転移で回避されたが、その威力で彼女たちの存在に気づいたらしい怪物たちが、滞空するような動きを止めてこちらへと接近を始めた。


「……!? デカブツども、汚えツラで俺に寄るなッ!!」


 どうやらリーンに対しても見境はないらしく、魔弾や熱線の雨と思しき攻撃が始まった。

 フェーアはなおも下方への転移でそれを避けながら、グリゼルダに言う。


「このまま転移を続けます! グリゼルダさんは状況に応じて障壁で防御を!」

「分かった!」

「わたしはこのまま、不動華冑の空気抵抗を減らします!」


 パピヨンがそう言うと、不動華冑の腰から下に、鋭い円錐状の障壁が生成された。

 三人を抱えた上半身だけの巨大な甲冑は、自由落下で加速しつつ、断続的な座標間転移で距離を稼ぎながら大地を目指す。


「…………!?」


 そこで、グリゼルダは気づいてしまった。

 その表面から1000メートルと離れていないため分かりにくいが、始原者の形状が変化している。

 元々、この大地に膠着した始原者メトは、半球状の伏せた深皿の上に停まった猛禽にも喩えられる形状をしていた。

 頭部や鋭いくちばしを思わせる意匠が上部には存在し、今は亡き意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)が“盲目の鷹”と捉えたのも分からなくはない。

 だが、今やそれは、本当に鳥を思わせる形になっていた。


「(翼を……広げてる……?)」


 南に向かい、大きく翼を広げる神の鳥。

 それは本来の鳥に例えれば威嚇の姿勢であるようにも、求愛を示す行為であるようにも思えた。











 それを見た人々の様子は、神秘か畏怖か、的確な言葉に換えるのが難しいと言うべきか。

 たった三日ほど前から大地に鎮座し、見える範囲に生きるものからは特定の方角に目を向けるだけでそれが見える――被害の少なかった地域では早くも日常として馴染んでさえしまいつつあった始原者メト。

 それが、翼を広げたのだ。

 時間にして30分ほどをかけて、見た目にはひどく緩慢な広げ方だったが、“翼”の先端の速度は音速にも達していた。

 南に向かって翼を広げた巨鳥。その翼は、地平線の向こうに昇った朝日を反射し、光り輝いてさえ見えたことだろう。

 そしてその翼が、陽光の反射よりも更に輝きはじめる。

 最も距離の近いその麓であっても、それは謎の輝きにしか見えなかっただろう。

 だが、もしそこに近づき観察する存在があったならば、それが世界滅亡の予兆と知るかもしれない。

 翼に並んで生えた光輝く巨大な羽の正体は、超高温・超高圧の状態で固定された縮退物質だ。

 その表面からは、長さ数十メートルの細い棘のような枝が無数に伸びている。

 抵抗の強い物質――つまり海や、大地――に触れれば、縮退状態が解除されて爆発的な質量と熱が開放され、半径数十kmを焼き尽くす。

 一つ一つはタルタスたちが放った一撃よりも規模で劣るが、縮退物質の棘の数は数千から数万に及ぶ。

 全ての地上の地図は、降着する前に取得している。

 ここから惑星の対蹠(たいしょ)にある無人の島にさえ、彼は絶滅の一撃を狂いなく当てることが出来る。

 罪深き一撃。

 これから何度も、何万度も、何億度でも繰り返す一撃。

 今からサルドルは、それを放つ。











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