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霊剣歴程  作者: kadochika
最終話:霊剣、霊(くし)ぶ
140/145

15.戦い続ける空に











 激しい閃光が収まると、雲によって視界を遮られない場所からは、戦果が確認できた。

 時刻は深夜2時近くになっていたが、始原者の中腹部には既に、東の地平線の彼方に登る朝日からの光が差しつつあったためだ。

 始原者の南側、仰角から計算しておよそ高度150キロメートルほどか。

 遠目にはなめらかに見えるそこに、爪の先ほどの大きさではあるが、確かに黒い穴が生じている。

 直前の日没までは無かったものだ。


「“巨大物体”に穴が空いた……!?」


 誰かが、何かをしたのだ。

 漠然極まることではあるが、スウィフトガルド王国の騎士たちは、それを見て沸いた。

 魔女たちも、間接的にではあるがそれを知り、僅かながら希望を抱いた。

 あの巨体の土手っ腹に、見かけの上ではやや小さくはあるものの、傷が穿たれたのだ。

 更に、威力偵察によって始原者の軍勢の動きが鈍っていると判明する。

 西と南に展開した啓発教義連合軍、北と東に展開した大陸安全保障同盟軍は、深夜ではあるが再度の攻撃に踏み出した。

 多少の犠牲を厭わぬ大反撃は、多少の数や性能差であれば覆してしまった。

 魔女たちの手で戦場の空に無数の照明弾が散布され、これが太陽には及ばないものの、月明かりよりは遥かに強く、戦場を照らしだした。

 そして超音速で飛ぶ翼魚を、空中騎士団は新型の燃焼推進型の飛行機や、啓蒙者の供与技術で試作された可変型の空戦自動巨人で仕留めた。

 魔女の空軍は、超音速が可能な飛び手を中核として打ち破った。

 陸を蹂躙する巨大なフナムシの群れも、強固極まりない巨大原人も、列車よりも太く長く、地平線まで続く黄金の植物大蛇も。

 故郷と世界を滅亡から救わんと、士気が臨界を迎えた兵士たちの結束の前に駆逐されていった。

 旧式化しつつも運用を熟成された射撃指揮装置が、啓蒙者たちが人類のために熱意を込めて設計した徹甲弾が。

 血塗られた部族闘争の歴史と共に進化してきた魔法術が、ネットワーク化された動物や人工生命たちが。

 時に間接的に、時に直接。

 故郷と世界を滅ぼそうとする、神の僭称者の尖兵を打ち破っていく。

 両軍に参加していたごく僅かな啓蒙者や、出撃を渋っていた妖族たちも、戦いを支援した。

 このまま巨大物体に、始原者メトに、牙を突き立てる。

 だがその流れが、地鳴りと共に再び反転の兆しを見せた。

 隕石霊峰(ドリハルト)を吸収した始原者メトが、再生を開始したのだ。

 もはや外部の誰であろうと知る由のない事実だが、内部では、多国間特務戦隊(フォンディーナ)が敗北し、始原者メトの中枢が新たな形態のものに置き換わっていた。

 メトがその中腹部分に負った傷も極めて速い速度で修復が始まり、更に強力な尖兵が生み出された。

 100億年の古来から勃興した星間文明にして、また多数の強力な星間文明を相手取り、それを滅ぼしてきたメト。

 その来歴からすれば、発見した敵の文明の性質に見合うよう、兵器の威力を加減し、資源を節約するのは当然のことと言えた。

 滅ぼすべき文明の中には、当然ながら、先程から大型の迎撃体を相手に戦っていたカイツ・オーリンゲンたちも含まれる。

 上空から新たな敵が降下を始め、地表での戦闘が始まって急激に激化してゆくのを見ると、魔人の内心にも不安が鎌首をもたげてくる。


「てか、それどころじゃねぇか……!」


 彼らが迎撃していた巨大な敵も、その数を大幅に増やしていた。

 低空に魔女たちが撒いた照明弾の輝きが夜景のように広がっているが、その光の照らしだす異形の群の姿形は、それこそを終末と呼ぶべきであるように思われた。


「30、31……まだ増えるのか!?」


 なおも、なおも降下を続けてくる巨大な敵増援に、カイツは初めて、始原者の底知れない物量に恐怖を感じた。

 同時に灰色の濁流のようなものも麓へと落下を続けており、灰色の泥をバケツから乱暴にぶちまけたような有様が大地に広がると、そこから更に、無数の異形の怪物が出現し、地表に展開した騎士や魔女たちに襲いかかってゆく。


『ジル、地上部隊が再び押されだしています。この物量は、恐らくあと2時間以内に地表の軍を壊滅させる可能性が高い』

「まずいじゃん……!? ど、どうしよう……カイツ、レヴリスさん!」

「俺に言われても……!」

「大叔父上たちが――突入部隊がどうなっているか、全く分からんのではな……

 しかし俺たちが援護しようと地表に降りても、今度はこいつらを連れて行ってしまう!」


 念動、魔弾、放電、熱核、重力爆砕。

 大きさにおいても脅威においても、先に出現した三体に全く劣らない多数の怪物と、そこから放たれる波状攻撃。

 苦戦の様相も色濃い地表の戦線にこれを連れ帰ってしまうことだけは避けなければならないが、しかし、敵はまだ増え続ける。

 天の方向を見れば、多数の星ではない光点がゆっくりと動き、それが陽光を反射した敵増援の影だと分かった。


「(まだあんなに大量に……!)」

(極大劣勢。戦闘続行)

「! ……分かってるじゃねえか!」


 カイツの体内の電気知性も、始原者の専横を許せば自分たちの故郷であるマントルの世界さえ脅かされると感じているのだろう。

 怯みかけた魔人は、その闘志に応えて再び拳を握る。

 一方、ジル・ハーを内部に収めた純白の聖別鎧(スヴァルティスヴァン)は特殊な非反動推進を全開にして大量の敵弾を回避し、人工人コグノスコが推論を告げた。


『啓蒙者の神話に登場する生物と形態の一致するものが複数……

 恐らくは始原者メトの中にある、太古の始原文明の神話か伝承に登場するものを模してもいるのでしょう』

「そんな情報いらなくない!?」

『弱点も模している可能性が』

「あたしだったらそんなことしないよ!?」

『むう、言われてみれば……』

「君たちもう少しまじめにやりたまえよ!」


 内部の着装者と制御人格の気の抜ける会話に、レヴリスが注意を飛ばす。

 三名全員が、もはや限界であるように感じられた。

 その時。


「カイツ!?」


 魔人が、食われた。

 最初に出現していた、手のひらを思わせる五頭の蛇のような怪物の指の内の一つに、背後から飲み込まれたのだ。

 銀灰色の人馬鎧をまとったレヴリスは、状況を知って舌打ちした。

 あのカイツの気性にしては、数秒が経過しても敵の体を突き破って出てくる様子がない。

 それが出来ない状態なのだ。


「カイツ!」


 既にジル・ハーが、彼を救出しようと五頭の蛇の方に全速で突撃していた。

 レヴリスは彼女の後見人らしき人工人に呼びかける。


「コグノスコ! 彼女に助言を頼むぞ!」

『了解です、レヴリス社長』

「…………ここは何とかするしか無いか……!」


 だが、そんな移民請負人を嘲笑するかのように、突起物を生やした小さな天体が、彼を横合いから直撃した。

 空中を大きく吹き飛ぶ、銀灰色の人馬鎧シクシオウ・ケンタロウ

 レヴリスは鎧の四肢の噴進光で体勢を立て直しつつ、自分を襲った存在の位置と被害を確認した。


「(盾をやられたか!)」


 そしてそこには、銀髪の人影が滞空していた。

 相対距離は50メートルほど、棘の生えた金属球と剣の先端が鎖で接続されたような、啓発教義の司祭にしては時代がかった武器を右手に携えて、宇宙のように黒い遮光器で双眸を覆い、肩からは黄金の翼が大きく広がる。

 彼の周囲に多数存在する怪物たちとは、翼以外のすべてが異なる趣をしていた。


「宇宙で戦った黙示者とかいう奴らの……生き残りか!」

「再臨は完遂し、我らの任も(つい)を迎えり。残るは――雪辱のみ」

「随分と人間臭い動機を白状したな、大司祭……!」


 すると、黙示者はそれ以上何も言わず、レヴリスに向かって黒く光る円盤を複数、投射してきた。


「!」


 特段の危機に陥ることもなく、弾く。

 距離を詰めて手に持った得物――見た目通りの中世期の作りでないのは明白だ――を振りかぶるのも、受け止めるのは決して至難という程ではない。

 しかし、それは彼の手が塞がるということを意味した。

 気づけば、城よりも巨大な多数の怪物たちが、地表に向けて降りてゆく。


「外道が……!!」


 それも雪辱とやらの一環ということか、レヴリスは兜の中で激しく苛立つ。

 このまま無数の怪物で大地を埋め尽くすのが、始原者の言う地上滅亡なのか?

 多国間特務戦隊(フォンディーナ)隕石霊峰(ドリハルト)で見たという一瞬の滅亡の未来とは違うようだが、レヴリスにとってはなんであれ、防ぐべき事態だ。

 しかし、目の前の黙示者は、それを許さない。


「(たとえ世界の滅ぶ間際であろうと、足掻いてみせる……!)」


 それがレヴリスの、数多い矜持(きょうじ)の一つではあった。

 実際に直面してみれば、それは少しばかり寂しすぎるものだったかも知れないが。











 怪物の腹に向かう狭い道の中で、カイツは難儀していた。

 口から取り込まれて胃袋に落とされる途中の、食道のような場所に、腕に収納されていた短剣を両手に持ち、四肢を突っ張って飲み下されないように踏ん張る。

 だが、


「くそぁぁぁぁぁ、しかも刺さらねぇ!!」


 突き立てるようにしている短剣が、刺さらない。

 分厚く、分泌液に覆われた弾力のある食肉のような手触りに苛立つ。


「ちくしょう、対魔法装甲とか言ってたか!? 何が装甲だよ無駄にぶにぶにしやがって!」


 外皮に対して念動力場や魔弾が通用しなかったことは先にも確認していたが、よもや内側までとは。

 カイツの乏しい生物学の知識としては、確かに消化管の内壁も、表皮同様に免疫防御が強固になっているらしいが。

 こうなってしまっては、灼熱の魔人(カロリオン)の火炎や紺碧の魔人(ギオ)の魔弾、銀嶺の魔人(クインゾッド)の高圧電流どころか黒曜の魔人(ノクティス)の冷気も、効果を発揮するのが難しい。

 柔軟で強靭な内壁は土色の魔人(フォリス)の削岩錐でも貫けず、月光の魔人(ゲウィート)の伸縮する手足は敵を引き寄せるのには使えても、ナイフを持ったまま槍のように突き刺すことは出来ない。

 今のところは外に出られないこと以外の問題は生じていないが、順当に行けばこのまま消化されるなどの末路が待っていることだろう。

 人類史研究所の数々の実験に耐えた魔人の耐久力を以ってすれば、王水の海に投げ込まれようと溶かされることはないが、始原者の尖兵であれば予想もしない強い作用を持っているかも知れない。

 よしんば耐え切ったとして、このまま糞として排出されるとも限らない。排出されるのだとしても、何時間かかるのか。


「(人間が食った固形物を出すまでどのくらいかかるんだっけか……いやいや)」


 レヴリスとジル・ハーに敵を任せたまま、こうして何時間も待つ訳にはいかない。

 自分の不手際で飲み込まれた怪物の腹の中なのだから、当然照明などなく、彼は再び魔法術の光を、それが内壁に触れてかき消されないよう慎重に生成した。


「…………?」


 消化管の蠕動(ぜんどう)というもの同様に、弾力のある管の中を絞り出されるがごとく、己が奥へ奥へと押し出されてゆくのが分かる。

 そして、どうやら胃袋に到達した食物同様の立場になったのだろう、カイツはかなり広大な空間に放り出された。

 藻を刻んで大量に溶かしたスープのような、まとわりつく流体に腰まで浸かって、カイツはその液体に確かな浸食作用があることを確認した。

 単なる鉄の合金などであれば、ごく短時間で溶けてしまったことだろう。


「(試してみるか)」


 現在の形態は、基本形である白日の魔人(ティエント)と名付けられたものだ。

 手元にあった照明の魔弾を天井付近まで軽く投げると、やはり魔弾は消失し、付近は暗闇に戻った。


「……まぁそうだよな……」


 先程まで彼は“食道”に当たる場所にいたのだろう。今は恐らく“胃”なので、もう一度、残る7つの形態を一通り試してみることにした。

 すると、そこに。


「……誰か……誰かいますか……?」

「!!?」


 突然聞こえた音声言語に大いに驚いて、カイツは声の聞こえた方に慌てて向き直った。

 深緑の魔人(オクソム)ならば暗視も効くが、今回彼は再び照明魔弾を形成し、周囲を照らす方を選んだ。

 見れば、消化液(?)の中から、いつの間にか顔らしきものが出てこちらを見ている――ように見えた。

 ように、というのは、それが人間の顔ではなかったからだ。

 眼窩らしきものは確認できるが、口元や鼻孔らしきものがない。


「…………誰」


 しいて言えばカイツ自身――魔人アルクースの姿に少しだけ、似ているような気がした。

 それは、どうやらカイツと体格も似ているらしく、よろよろと立ち上がりながら、やや腐食が進んだ甲冑のような上半身を見せる。


「エウォルキオンと……名付けられています」

「え、エウォルキオン!?」


 それは、カイツには因縁のある名だった。 

 魔人となった直後の数ヶ月の間、グルジフスタン共和国に所在する人類史研究所の地下で、彼はそれと同じ名で呼ばれ、管理されていたのだ。


「突然ですみませんが、あなたに頼みます……私は力を使い果たして限界が近い。

 私の残った力と命と……魂を、あなたに預ける。それを使えば、あるいはここから……魔法物質を無力化するこの中から出られるかも知れない」

「お、おい! いきなり何言って……!?」


 そこまで言い終えるなり、エウォルキオンと名乗ったもう一人の魔人らしき誰かは、膝を折った。

 ざばざばと流体を蹴って駆け寄るカイツの喉元に、エウォルキオンの強烈な貫手が突き刺さる。


「は……?」


 事態を飲み込めずにいると、エウォルキオンは見る間に形状を失い、ぼんやりと光る粘液の塊のようになってしまった。

 そして自分の手で開けたカイツの喉の傷口から、彼の体内へと入り込んでいってしまう。

 奇妙な現象が終わってみれば、彼が貫いたはずのカイツの首には、毛筋ほどの傷も残ってはいなかった。











 カイツを救出しようと五頭竜の怪物に接近しようとするジル・ハーとコグノスコも、増え続ける敵の攻撃に手こずっていた。


後退(フィートル)砲、連続射撃!』


 透明な魔法物質の鞘に包まれた超重量の針状の弾丸は未だに効果的ではあったが、規模の上でも、数の上でも圧倒的に劣勢の状況を打開するには不足極まるものだった。

 しかも弾体が通常物質で出来ているため、弾数に限りがあった。強力なれども扱いとしては非常時の防御用に近いため、残りは50発を切っている。

 三人の黙示者すら退けた純白の聖別鎧(スヴァルティスヴァン)の力を以ってしても、滅亡をもたらす軍勢には抗いきれないというのか。


『ジル、レヴリス社長が突破されています!』

「うぇ!?」


 コグノスコの示す方向を見れば、レヴリスはジル・ハーがエンクヴァルの地下で出会った銀髪の黙示者と交戦していた。

 彼の手が塞がったのをいいことに、始原者の軍勢が大挙して、西に展開した騎士団を攻撃しようと降下を始めている!


「カイツは……!? ど、ど、どうしようコグノスコ!?」

『……彼ならば今しばし耐えると信じましょう、西側に急行します!』


 コグノスコは純白の聖別鎧(スヴァルティスヴァン)の出力を上げ、目標地点に急行した。

 直径約100キロメートルの始原者をやや迂回しながら、南東から西へ向かって、降下する始原者の軍勢に先回りするように飛ぶ。


『ジル、スヴァルティスヴァンの最大の破壊兵器を使用します!

 装甲の一部が展開するので、ご注意を!』

「うん? 了解!」


 速度はおよそ音速の10倍。

 大気を鋭く切り裂き、推力重量比の違いも相まって、純白の聖別鎧(スヴァルティスヴァン)は僅か30秒ほどで、始原者の軍勢から騎士たちを守る位置へと遷移した。


「何だ――あれは!?」

「啓蒙者……? 増援に来てくれたのか!?」


 警戒を解けないため、兵器の照準を合わせる彼らに包囲されても、ジル・ハーとコグノスコは空中に立ちはだかる。

 そして、高まるエネルギー。


『ジル、首の後ろの取っ手を左手で掴んで、引いてください』

「掴んで、引く?」


 言われた通り、左手を首の後に回すと掴める箇所があったため、それを引っぱる。

 すると、背中から突き出ていた重厚な反応炉と、そこから肩甲骨付近の装甲を介して突き出していた両翼までもが外れる。

 ジル・ハーの白い翼が露出して、僅かに硝煙や血の匂いの漂う戦場の大気に触れた。


『反応炉、分離』

「ちょ、コグノスコ!? 羽取れちゃったよ!?」

『高度は維持しています! それをそのまま左手に持って、前方に突き出す! 弓矢の要領です』

「ユミヤって何!?」

「古代の投射兵器です。図像と同様に構えてください」


 慌てるジル・ハーに、コグノスコが兜の内側の投影装置へ図像を表示する。

 弓に矢を番える、古代の弓射戦士の絵画だ。

 確かに、相転移反応炉(フェイザーファーネス)と装甲で繋がれた巨大な翼は、その形状に似ていなくもない。


「こうかな……?」

『各部安定期、展開』


 彼女が空中で構えを作ると、コグノスコによる呪文のような言い回しと共に、ジル・ハーの体を覆っていた純白の聖別鎧(スヴァルティスヴァン)の装甲の大部分が剥がれ落ちた。


「ほわ!?」


 頭全体を覆っていた兜は前後に分割、変形して首周りを覆う。

 二の腕と太もも、胴体の装甲の大部分は展開・変形し、彼女が構えていた弓へと合体する。

 残されたのは、両肘と両膝から先の部分、そして首周りと頭部の一部、腰と胸部を覆った小さな装甲だけ。

 下に着用していた普段着と合わせて、どちらかというと戦闘用ではなく、儀式用の祭祀衣のような形態に変化していた。


「何これ!?」

『名づけて、震天(しんてん)超弓(ちょうきゅう)――アムノマギウム!』

「そういう意味じゃないってば!?」

『出力既に最大、照準完了。ジル、左手はそのまま、右手で弦を限界まで引き、放す!』

「人の話聞け!!」


 喚きつつも、迫る敵へと彼女は魔法物質で作られたらしい弦を引く。

 敵群は照準が不要と思えるほどに多数密集していたが、狙いはコグノスコがつけていた。

 きっと、最も効果的な狙い所を定めているのだろう。

 指を放すのと、その夜空の彼方に一筋の光がきらめいて消えるのが、ほぼ同時だったようにも思える。


『効果観測!』


 一瞬遅れて、始原者の軍勢から放たれた無数の熱線・飛翔体は、彼女やその背後の啓発教義連合軍に当たる前に、不可視の圧力に阻まれたかのように霧散する。

 更に一瞬の後、その空白に白と黒の無数の粒子で出来たような、不自然なまでの無彩色をした渦が巻き起こり、天の向こうへと突進していった。

 激しい落雷のような轟音と地鳴りが大気と大地を揺らし、灰色の嵐が通りすぎた後だけ、ぽっかりと空白が広がっていた。

 そこで、ジル・ハーは気づいて、人工人に尋ねた。


「あ、倒しちゃうのってまずいんじゃ――」

『これ以上は支えきれません! いずれ始原者がこちらを滅ぼすつもりなら、こちらで少しでも暴れ、突入部隊の負担を減らすべきと考えます!』

「そ、そうかも……でもこれ、あと何発撃てるの!?」

相転移反応炉(フェイザーファーネス)の触媒を消耗するので、あとおよそ17発……』

「多いような……少ないような?」

『触媒は動力源のようなものですので、それを使い切ると、当機も完全に行動不能になります』

「……でも、やるしかないか……!」

『私も注意しますが、誤射は極めて危険なので慎重に!』

「うん!」


 聖別鎧を着た啓蒙者の娘は、その純白の巨大な弓を再び背中に背負い、滅亡の使いたちの群へと再び飛び込んでいった。

 その姿を見た、ごく僅かな兵士たちは、衝撃から身を守るために伏せていた顔を上げて呟く。


「……今の啓蒙者の娘、見たことない?」

「あぁ……すげぇカッコしてたけど……何かで見たような」

「私語は慎めェ! 今の内に負傷者を回収しろ!!」

「り、了解!」


 分隊騎士長の怒声で話題は中断されたが、ジル・ハーとコグノスコが戦場を飛んで友軍を援護するたび、彼女の存在を思い出す騎士・従士たちが増えていった。

 それが、かつて消極的ながら協力した世論操作用の出版物による影響だと、彼女は知らない。











 ミーシアは、もはや絶望しかないのではないかと思っていた。

 ベルゲ連邦寵能軍(ちょうのうぐん)は、総勢五名で一軍に匹敵するがゆえに、軍と呼ばれた最々精鋭である。

 たった五人という生理的な限界を考えればその表現は正確ではないが、それでも時間あたりに発揮できる能力で見れば、彼女たちは突出していた。

 ゆえに、始原者に対する最後の反攻作戦に際し、その全力を発揮する許可が降りている。


「寵能軍は、念話にて始原者メトを名乗る巨大物体を攻撃し、陽動を行う。これによって、友軍の攻撃を支援せよ」


 そうした命令が、大統領府から直接下されていた。

 ミーシアの特技は、思念感応や情報取得に関するものだ。

 その卓越した魔法術は、戦場におけるあらゆる事象の断面を切り取り、重ねあわせて分析することが出来る。

 しかし、その力もこのような絶望的な戦場では、自分たちがあとどの程度生きていられるのかを察せるだけに終わるのではないか。

 そうした懸念が、強まるばかりだった。

 異教の神話の神々のような形状の怪物が、雲霞のごとく無数に舞い飛ぶ、終焉の始まる空。

 それでも、彼女の同僚たちは戦意も衰えず、彼女の情報を元に戦い続けている。

 それは、辛かった。


「弱気は禁物だよ、ミーちゃん!」


 先頭を行くローマイネが、彼女を励ます。

 その乗騎にして得物でもある、大型魔具剣・ハイヴァルエッヂを振りかざし、接近してくる巨大な怪物の一部を抉り取っては戦闘不能にしていた。

 生半可な魔弾は無効化してしまう強力な反魔法の処置が施されているらしいそれらを破壊できるだけでも、この伝説の魔具剣の恐ろしさが分かる。


「うん……」

「お前が脱落して四人に減ろうと、私は撃つのを止めないぞ」


 左翼に展開する魔銃砲術の熟練者、ジジが彼女を突き放す。

 五人の中では最も小柄で、ローマイネに次いで年若いが、箒から吊り下げた巨大な棺桶に多数の魔具銃を収納しており、単純な威力だけならばローマイネを上回る魔弾を無数に放って敵に損害を与えていた。

 魔法術で増速されただけの銃弾だが、敵の表面を貫通する十分な威力を持っている。


「いつもの調子、出ない? あたし、つらくて自己中毒になっちゃいそう……」


 右翼のチャルスフィッシュは毒の扱いを得意とする。何より恐ろしいのは人体には一切無毒でありながら、未知の敵にもある程度作用する数種の魔法毒を既に調合し終えている点だ。

 友軍や啓発教義連合の軍も展開しているのであまり広範囲には使えないが、それでもローマイネやジジの攻撃で損傷を受けた怪物の中には、びらん剤が傷口から循環系に入りこんだか、変調を来してそのまま友軍に駆逐されるものまで出ていた。


「演習ならまだしも、世界の命運がかかっているのよ。孫の顔を見るまでは死ねないわ!」

「お子さんまだ5歳とかでしたよね……?」


 最年長、後方に位置するズゥマは最も得意とする高速での座標間転移を繰り返し、ローマイネやジジの攻撃で損傷した敵に近距離から魔法術を撃ちこむのに専念していた。

 いざとなれば、大規模攻撃から彼女たち全員を転移させ、守ることも出来る。

 彼女たちの得た情報はミーシアとその使い魔によって友軍へと送られ、共有される。

 高い機動力・火力・防御力を兼ね備えた少数精鋭が敵を攻撃しつつかき乱し、友軍を有利に導く。

 通常の魔女が大隊規模で集まっても出来ないことを、寵能軍はやってのける。

 だが、それでも勝てない。敵の壁の厚さに、始原者に近づくことが出来ない。

 ミーシアは既に、始原者の内部に、今後人類が何千年存続しようと集めることの出来ないほどの膨大なエネルギーが溢れだしつつあるのを感じていた。

 あれが解き放たれれば、始原者の宣言した通り、地上の文明は跡形もなく消え去るだろう。

 ひょっとしたら、今すぐにでも。

 ふと西の方を見ると、赤と白の戦闘衣を着た騎士たちが始原者の軍勢に応戦していた。

 彼らはすぐそこに迫っている滅亡が見えないから、ああして希望を抱いて戦うことが出来るのではないか。


「……?」


 その時、そこから更に少し離れた場所で、膨大な力が収束する感が、ミーシアの知覚に引っかかった。

 視野を拡大して見てみると、啓蒙者らしき影が巨大な弓を引き絞り、殺到していた巨大な怪物たちを一掃する。

 高速で飛来してきた翼魚をハイヴァルエッヂに喰わせつつ、ローマイネが喝采を上げた。


「うわぉ、すごい!」

「あれは今のところ、敵じゃないんだよな?」

「多分……」


 尋ねるジジに、ミーシアは言葉を濁した。

 彼女の情報には、啓蒙者の参戦は確認できなかった。名前も立場も知らないあの啓蒙者は、一体何者だろうか?

 早期警戒被使役体(ドラウグル)を飛ばすより早く、彼女――遠目にではあるが、女の横顔だと思えた――は既にその場所を離れてしまっていたが。

 ミーシアは気を取り直して、戦況を確認した。


「――!」


 彼女が明瞭に把握できる半径30キロメートル強から、やや不確実にはなるものの更に遠く、半径100キロメートルを超えるまで。

 明るい見通しの材料を見つけたためか、解像度が上がっているような気もした。調子のいいことだ。

 彼女は仲間たちに提案した。


「ローマイネ、あの啓蒙者が作った隙を突いて、始原者を攻撃しよう。

 低い部分に穴を広げてやるだけでも、敵を引き付けることが出来ると思う」

「うん、ミーちゃんの案なら試してみるよ」

「ジジは敵を防いで。ローマイネが減る分大変になるけど、出来る?」

「誰に言ってるつもりだ」

「チャルスは、穴が開いて中身が見えたら、そこに毒を。植物で言えば根に当たるはずだから、そこに毒を注入されたら多少は反応があるはず……

 それまではジジの援護」

「……やってみる価値はありそうね」

「ズゥマさんは、私と一緒に警戒を。いざとなったら全員を集めて転移してもらいます」

「気力が戻ったわね。いいわ!」


 上方から急降下してきた巨大な種子――いや、もしかしたらサナギだったかもしれない――のような形状の怪物を、ローマイネが先だって粘液の海に対してしたように、ハイヴァルエッヂで垂直にくり抜く。

 巨大な怪物の屍体に開いた大穴を通り抜けると、ミーシアは一応の指揮官として、たった五人の軍に号令をかけた。


「行こう! 寵能軍、改めて始原者の足元を叩く!」


 それぞれの乗騎にまたがった魔女たちは、なおも迫り来る敵増援をいなしつつ、一直線に始原者へと飛んで行く。











 マグナオンという存在を中心に公転する大重量の有棘金属球が、野砲でも貫通出来ない巨大原人の頭部や胸板を破壊する。

 その軌道の内側に展開した複数の聖堂騎士たちは強固な障壁を生成し、始原者の軍勢の放つ無数の熱線や魔弾を防いでいた。

 恐らく、始原者の高高度部分には軍勢を送り出す、産道のようなものがあるのだろう。

 宣言を反故にして周囲に集結した騎士や魔女たちを攻撃し始めたその異形の群は、苦心の末倒しても、それよりさらに多い数が上空から降下してくるという始末だった。

 このような化け物を、後方に通すわけには行かない。

 だが、激しい魔弾や熱線の雨に、戦闘飛行機や装甲自走砲などの機械化部隊は回避や装甲の防御が及ばず、既に多数の犠牲を出しつつ後退しているのが現状だった。

 魔女に近い機動性能を持つ空戦用の聖別鎧(ヴィグセル)が、辛うじて食らいついているといったところか。

 ただしそれも、戦場に降下してきた敵の数が推定で100を越えた今では駆逐されるのは時間の問題だった。

 騎士団領の飛行爆弾は対空、つまり空中で素早く移動する魔女に当てるためのものが主流で、運動性が高いが炸薬量は小さく、始原者の表面を大きく破壊することは出来ない。

 榴弾砲や高射砲は最大射程が20キロメートルに届かず、始原者の外縁から30キロメートル近く離れている状況では当たらない。

 南の海上の滑走路艦からやってきた海上騎士団の航空隊は、破壊力の高い爆弾を搭載してはいるがそれゆえ運動能力が下がっており、始原者の軍勢に落とされるか、撃墜を避けるために帰投してしまう。

 マグナオンは歯噛みしつつ、何とか神剣部隊だけでも前進し、始原者に一矢を報いることは出来ないかと試行錯誤していた。

 しかし、やはり難しかった。


「(先行して展開していた小型種ならまだしも……黄金の翼を備えた、城より巨大な怪物の群……)」


 群どころか、雲霞(うんか)と呼ぶのが相応しい規模が、夜空の彼方に星のようにたゆたっていた。

 あれらがほぼ全て、海上騎士団の重砲艦に近い質量と、それを大きく上回る攻撃力を持っている。

 しかも、現在までの経緯を見るに、低高度にいる分を倒せばその分だけ補充されるようだった。

 そしていつかは、あれらが全て降りてきて地上を覆い、絶滅の地獄を開始する。


「五つ頭が来ます!」


 報告に東の空を見ると、探照灯に照らしだされた数百メートルを超える五つ頭の有翼蛇が、彼らに向かって降下してきた。

 速度は厳密には割り出せないが、かなり速い。強固な防御を維持する彼らを、一息に潰すつもりか。

 だが、散開を命じる前に、敵が軌道を変えた。


「む……?」 


 急降下から再び急上昇し、五つの首が悶えるように、てんでばらばらの方向にのたうち始める。

 そして次の瞬間、五つ頭の有翼蛇は胴体をぶつ切りにされ、体液らしきものを撒き散らしながら墜落していった。

 死骸はどど、と音を立てて死の荒野に放り出され、替わって空中には、奇妙な虹が架かっている。


「……虹……?」

「雨とか降って……無かったよな?」

「そもそも夜に虹って……」


 騎士たちが訝る。

 仰角30度ほどの夜空に、大粒の星のような輝きを中心とした、円形の二重の虹の環が出現していたのだ。

 眩しさを堪えて良く見れば、その星は、滞空している人型の影のように見えた。

 そしてそこから二条の光が伸びて、舞棍(バトン)長棍(スタフ)を振り回すように夜空を切り裂く。

 直後、暗闇に多数の爆炎が花開いた。

 謎の影は、その後も光の火花を後ろに曳き連れながら、始原者の方角へと飛んでいった。


「にしても何ですか、あれは」


 ロァムがぼやくように言うと、近くにいたネスゲンが息巻く。


「さぁな、だが好都合じゃねえか……頭上に群れてたデカブツがごっそり消えた。

 今のうちに俺たちだけでも先行して、始原者の足元を叩き割れる!」

「うむ……これを置いて他にはない好機……!」


 最高齢者でありながら、聖堂騎士団の中でも一二を争う巨漢である団長のマグナオンが、土煙にまみれた髭を撫でつつ呟いた。

 そして、号令。


「これより、聖堂騎士団の健在なる全隊! 進路そのまま! 始原者への攻撃作戦を再開する!」


 聖堂騎士団は、一つの騎士団において海上戦力以外の一通りの兵科を揃えており、団長の指令で後方に退避していた航空隊も10分と経たずに飛来し先行、生き残った装甲自走砲や自動巨人隊も合流した。

 神剣部隊や歩行騎士を乗せた兵員輸送車も準備を終え、全速力で始原者の麓へと走行を開始した。











 己を閉じ込めていた怪物の腹をぶち破り、七色の戦士が再びこの世界に生まれてきた。

 夜空に漂い、ほのかに血と硝煙の混じった大気の中、全身で生を痛感する。


「(エウォルキオン……!)」


 遺志と力が、体内に漲っていた。

 カイツの心の中に、比喩でなく、彼がいる。

 たった一年に満たなかったその一生の全ての命と、魂を宿し。


「分かる……分かる――!」


 カイツとは違い、エウォルキオンの生涯は驚きと、不思議な喜びに満ちていた。

 元が人間ではなかったこともあるが、彼は非道の老教授を父親と尊び、苦痛に満ちていたはずの無数の実験を受け、使い捨てられるための戦いに備えた訓練にさえ、ある種の快さを覚えていた。

 しかし、幾度も永久魔法物質(ヴィジウム)を吸収し続けてきたカイツと比べると残念ながら戦力としては及ばず、彼らに先行して始原者の軍勢に戦いを挑み、敗れた。


「(お前が見たかった世界を、絶対に守るからな……!)」


 受け継いだ彼の魂は、電気知性の呼びかけよりも遥かに希薄で、ぼんやりとしていた。

 だが、分かる。

 今の彼の体は、極光のように淡く輝いていた。

 それが、命と心を受け継いだ証なのだ。

 10分にも満たない邂逅ではあったが、しかしそれは、何よりも守るべき遺言だった。

 彼は言う。後は託すと。

 だから、行くのだ。


「――――――ッ!!!」


 その叫びは音声だけではなく、電磁波や思念の声となって周囲に発散された。

 彼の両肘から突き出した刃を限りなく伸ばし、夜空に振り回すと、それが際限なく伸びて輝く鞭のように唸り、敵を切り裂いた。

 変化した肘の短剣には、振ったカイツの意思に応じて様々な効果を発揮する能力があるらしい。

 無我夢中で戦意を爆発させた今は、切った敵の組織を構成する永久魔法物質(ヴィジウム)の組成を変成させ、全て爆破した。

 その上軟弱なわけでもなく、突けば針が紙切れをそうするように、容易く敵の対魔法装甲を貫く硬度があった。

 爆発の光を見たつけたらしい純白の聖別鎧が、彼の隣へと飛んで来る。


「カイツ! なんか変な色になってるけどカイツだよね!?」

『無事だったようですね!』


 気づけば、彼の体色はもはや何色かわからない状態になっていた。

 鮮やかな天然色ではあるのだが、赤でも、青でも、黄でもない――強いて言えば、虹の色(イリス)か。

 それはともかく、釈明する。


「あぁ……心配かけた。突入した連中の首尾も気になるが、俺たちも始原者を攻撃しよう。

 少しややこしいんで経過は省くが、力が増した!」

『始原者に攻撃を加えれば、周辺の軍勢もこちらに引き付けることが出来ると思われます。

 レヴリス社長を捜索しつつ、始原者に集中砲火を!』

「分かった!」

「行こう!」


 互いに頷き、虹色の魔人と純白の聖別鎧は飛んだ。


『触媒、残り16!』


 純白の聖別鎧(スヴァルティスヴァン)の装甲が再び展開し、内部のジル・ハーの素肌が露出すると、カイツはやや狼狽した。


「……何だその格好……弓?」

『正解です、が、今はそれよりも!』

「こっちも、詳しい説明は後でね!」


 そう言って、彼女が弓から矢を放つように手を離すと、黒と白の粒子でできた灰色の嵐が、行く手を塞ぐ敵を、まるで紙吹雪のように散らした。


「すげぇ……!」


 互いの変化に驚きつつも、始原者の軍勢、有形無形の怪物たちに被害を与え、二人は連星のように互いの周囲を回りながら始原者へと突撃、一打を見舞う。


『三点射! 穴を開けます!!』


 高度は1000メートルほど、残すところ僅か200メートルばかりという地点で、コグノスコが再び純白の聖別鎧(スヴァルティスヴァン)の弓を使った。

 素早く三度、引き絞っては放つ。

 轟音と衝撃波を撒き散らしながら炸裂する、灰色の嵐!

 それは破壊的な質量を支える強度を持つ外殻と核爆発に耐える内壁とで構成された、始原者メトの強固な衝撃反射板(リフレクタ)を抉り抜き、内部を露出させた。

 直径20メートル、厚さ約200メートルの穴が開かれ、その中から覗いたものは。


「――――!?」

「コグノスコ、あれって……? 黄金に見えるんだけど……」

永久魔法物質(ヴィジウム)です! 燃料として最も理想的な、啓蒙者でも完全に生み出すことは出来ていない、理論上の……!』

「全部壊せば、いい嫌がらせになるってことだな!」


 そう吐いて、念じる。

 己の自我と電気の知性と、エウォルキオンの魂と命とを、交錯させ、編みあげる有様を。


「うぅぉぉ……!」


 両腕を大きく横に広げると、魔人の胸部が変形した。

 装甲が複数に割れて展開し、そこから九色の半透明で鮮やかな、平たく潰れた六角柱――つまり、両刃の剣の刃に似た形状をした結晶が急速に成長する。

 九基の結晶のそれぞれの先端に生まれた魔法物質の光球はすぐに融合して一つになり、そこから反物質の魔弾が超音速で放たれた。

 純白の聖別鎧(スヴァルティスヴァン)と魔人アルクースが余波を避けるため上空に退避すると、それはジル・ハーとコグノスコの開けた穴の中に着弾。

 通常のそれとは反対の性質を持つ物質を模した魔弾は、膨大な量の永久魔法物質(ヴィジウム)と接触することで対消滅を起こし、それによって生じた熱と光は始原者の内部へと大きく膨れ上がる。

 地表近くに強力な攻撃を受けたため、今までにない激震が大地を揺らす。

 そして、読み通り――始原者の軍勢が、無数の怪物たちが、殺到を開始した。

 身体を食い荒らす病原体であろう、カイツたちに向かって。

 彼は叫ぶように、呼びかけた。 


「ジル・ハー! コグノスコ! やるぞ!!」

「うん!」

『承知!』


 虹色の魔人と純白の聖別鎧が、天に向かって駆けた。

 飛びながら、乱れ撃つ。


散乱(さんらん)――砲火(ほうか)ァッ!!」


 魔弾、熱線、念動力場、反物質。

 もはや、始原者メトに向かって撃てば当たり、始原者メトに当たらなければその軍勢に当たるという状態だった。

 始原者のそびえる大陸中部の夜空に、再び光の花が咲き乱れる。

 しかし、一方で始原者は、損傷箇所の急速な再生を始めていた。

 魔人の放った反物質砲の残した傷跡は深かったが、それで喪失した永久魔法物質(ヴィジウム)の量はせいぜいが数千トンにすぎない。

 人間にしてみれば、爪の先が僅かに剥がれた程度。

 超古代の始原文明の神話の存在を模した怪物たちがカイツたちに群がり、始原者の防衛に隙が生じていても。

 その機に乗じた寵能軍や聖堂騎士団、その他の戦力が再び攻勢に転じても。

 啓発教義の神は、その再臨の依代となったサルドル・ネイピアは、着々と滅亡の火をその(うち)に蓄え続けていた。

 反抗、未だ成らず。











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