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霊剣歴程  作者: kadochika
最終話:霊剣、霊(くし)ぶ
137/145

12.始原者の園










 歩行騎士団サンティス大隊の壊滅から8時間ほどが経過し、既に東部戦線に降臨した始原者メトの周辺には多数の部隊が展開しつつあった。

 周辺とはいっても、サンティス大隊を全滅させたものと同様の攻撃が再び始原者から発せられる恐れがあったため、その外縁から30キロメートルほど離れた位置に布陣している。

 具体的な作戦としては、まず、転ばせることに主眼が置かれた。

 サンティス大隊が壊滅する前に送ってきていた報告で、少なくとも始原者メトの下部、深い伏せ皿のようになっている部分は、数百メートル程度の厚みしか無いことが明らかになっている。

 ここを野砲と空爆の集中で破壊し、始原者の本体と思しき地上50キロメートルから300キロメートルの部分が、数億トンはあろうかというその自重で地上へと転がり落ちるのだ。

 倒す方向としては、魔女諸国側の北に向かって実施するのが妥当とされた。

 西や南に倒しては、始原者の降臨で破壊されなかった自治体が下敷きになる可能性がある。

 東に倒しても、ベルゲ連邦などから報復を受ける恐れがあった。

 北であれば原生林がいまだに多く、攻撃作戦の内容を知ったベルゲ連邦も――恐らくは極めて不承不承といったところではあろうが――了承した。

 つまり、布陣としては歩行騎士団が始原者の北西に展開し、野砲で攻撃。

 南の海上からは海上騎士団が、ヴィトアータを始めとする生き残った最近接の飛行場からは空中騎士団が、積載量限界までの爆弾を搭載した攻撃機を発進させ、時計回りに始原者の北を迂回しながら根元部分を爆撃していく。

 そして今度こそ、本体と目される部分に全ての火力を叩き込んで破壊する――という作戦だった。

 魔女諸国も、北東からの攻撃を行うことだろう。

 調査大隊が壊滅し、その報がもたらされた東部戦線司令部が抗戦を決意した時点で、始原者の予告した滅亡までの刻限は48時間を切っていた。

 その残された時間をどのように準備に費やし、実際の作戦時間に費やすかは、難しい問題だった。

 果たして、破壊しきれるのか?

 無論、実行は早ければ早いほど良い筈だ。

 だが、始原者には少なくとも、その周辺に強烈な分解液を散布する能力を備え、これを外殻の破壊調査を進めていたサンティス大隊に使用したらしいことが、聖トルアーレの証言から明らかになっている。

 高度8000メートル部分からの侵入を試みて音信不通となった自動巨人部隊についても、同様か、それに類する反撃を受けた可能性が高い。

 つまり、攻撃に反応した始原者がより強力な反撃に出ない保証がないため、出来る限り準備を整えた上での一気呵成の攻勢に出たい、という目当てもあったのだ。

 東部戦線側は、すぐにでも野砲の有効射程まで進軍して砲撃を開始したいという意見が極めて強かったが、啓蒙者の参戦の知らせと、その準備が完了するまで待てという本国からの指示で、辛うじて踏みとどまっていた。

 一体、いつになったら合図が出るのか。

 聖堂騎士団に所属する騎士たちも、任務につきつつそれを待っていた。


「それはいいんだけどよ……」


 聖堂騎士団は、赤と白を基調とした、儀典用にも見える制服を採用していた。

 神授聖剣を授与された神剣騎士のそれは、遊撃任務を命じられることが多いため、敵の目を引くよう、野戦服でも近い色合いになっている。

 さすがに彩度はかなり落とされていたが、それでも明るい灰色と、血のような色合いの戦闘服は、焦土となった始原者周辺の土地ではかなり目立つ。

 ネスゲンは、化学戦部隊で使用されている手袋をはめた指をわななかせながら、叫んだ。


「何で俺らが、巨大物体とやらの標本回収なんてしなきゃならんのだ!」

「文句をいうのが1時間ほど遅いですよネスゲン先輩」


 細い切れ長の目をした青年が、うんざりしたように呟く。

 ネスゲンと同様、彩度を落とした聖堂騎士団の象徴色をした野戦服に、手袋、前掛けに長靴を履いて、随分と不格好になっていた。


「ロァムよ、前から思ってたんだけどお前、俺が何か言うとその逆張ること多くね?」

「よーく統計を取ってみてください。せいぜい5回に4回位のはずですよ」

「多すぎだろ何がせいぜいだよ!」


 場所は、巨大物体の外縁部分から西に1000メートルほど。

 直径100キロメートル余り、推定標高300キロメートルのその規模からすれば、至近距離と呼んでもおかしくはないほどの近さだ。

 周囲には、他にも神授聖剣を与えられるほどの練度に達した使い手達が、めいめいに散らばって、しゃがみこんでは地面からごみのようなものを探しだし、容器に収めるといった作業を繰り返していた。

 教義の守護者、人類の剣と呼ばれた栄光の聖堂騎士団のイメージに、似つかわしくない作業ではあっただろう。

 その中の一人、長い黒髪をまとめて保護帽に収めたルオ・ファンが、ネスゲンとロァムに向かって呆れたように呻く。


「人類が滅びるかどうかの瀬戸際かもしれないってのに呑気ねあなた達は……」

「それ言ったらこんなとこで土ほじくり返してる神剣部隊全員に当てはまっちまうだろ」

「とはいえ、もう“分解液”の標本は十分じゃないですかね。調査隊が“基部”を掘り返して出てきた“泥”の方は、彼らが全滅前に送ってくれた分があるわけで」


 ネスゲンがぼやくと、ロァムも同調する。本人の証言によれば5回に1回の、貴重な場面だ。


「彼らを殺した謎の分解液ってやつが何なのか調べたいから、またそれが降ってきても即座に離脱できる、身軽な神剣使いの私達が選ばれたわけでしょう。

 アーサーが見切りをつけるまでは、もう少し集めないと」


 ルオの口から名前が挙がったのは、神剣使いの中から今回の標本採取のために選抜と編成を行った、聖堂騎士団の参謀だった。

 本人も神授聖剣を授与されるほどの強力な戦士であり、今は彼女たちから200メートルほど離れたところで周辺を警戒しつつ、作業の様子を見ている。


「へいへい……もう少し()()に寄るか? あっちの方がもっと濃いのが落ちたはずだろ。

 溶け残りの死体とか出なきゃいいが――」


 更にぼやきつつ、ネスゲンは無造作に巨大物体の方向に歩いて行った。

 が、10メートルと歩かないうちに、彼は異変に気づいた。


「何だ、地震……!?」


 足元から伝わってきた振動にネスゲンは、巨大物体が極めて弱いながらも地震計で計測可能な振動を続けているという報告を思い出した。

 そこで気づき、空を見る。


「……何も落ちちゃこねえな」


 少なくとも、調査騎士団を溶かし去ったという灰色の粘液の海が落ちてくる前兆――という訳ではないようだ。

 だが次の瞬間、一際大きな轟音が空気を伝わって来た。


「――――!!」


 くぐもった、特大の弦楽器を乱暴に掻き鳴らしたかのような重低音。

 聖堂騎士たちが音の方向へと目を向ければ、そこにはいつの間にか、その向こうの巨大物体ほどではないが、巨大な物体が出現していた。


「は……?」


 それはまるで、進化論の教科書に載っていた化石人類のようだった。

 全身は長い体毛に覆われているように見える。

 頭部の形状も、有史以前、超古代の人類の想像図を思わせた。

 粉々に破砕され、地獄の熱と光に晒された東部戦線の死の大地を踏みしめて、二足歩行でやってくる。


「……おい、あれは……何だ。マジで」


 そしてその体長は、50メートルほどもあった。

 信じられないことは、まだあった。

 誰かが、声を上げた。


「あれは……!」


 体長50メートルの巨大原人――と呼ぶのが、果たして適切かどうかは分からない――の100メートルほど後ろか、粘性の高そうな灰色の液体が大量に、瀑布のような音を立てて落着した。

 そして次の瞬間、その中から前方を歩く巨大原人と同じような怪物が姿を現す。


『総員、後退! 西へ距離を取りつつ警戒、射撃許可!』


 隊長を務めていたアーサーが声を張り上げてそう指示するのと、どちらが早かったか。

 純粋人類で唯一、神授聖剣を用いることで秘蹟を扱う事を許された精鋭である聖堂騎士団は、一斉に行動を開始した。

 随伴していた三輌の兵員輸送車はゆっくりと発車し、聖堂騎士たちを乗せて加速する。

 二体の巨大原人も、防御態勢を取りつつ西へと移動を始めた聖堂騎士たちに向かって、疾走を始めた。


「(速い――!?)」


 人間のような形状をしていたことと遠距離のために速度感がやや狂った。

 それでも恐らく、人間のそれよりは遥かに速いはずだ。

 30秒もそのままの速度を維持できるなら、先行を始めた車両に追いつくことだろう。


「各自、臨機射撃! 触媒を惜しむな!」


 秘蹟で飛行して車両に追いつくことが可能な団員は、先行する車両を援護するためにその場に残って秘蹟弾を放つ。

 砲戦騎士隊に匹敵する火力が、突進してくる二体の巨大原人に向かって炸裂した。

 速度は半分程度に落とされながらも、二体の巨大原人は止まらない。

 練度によって多少の火力差はあるが、それでも直撃すれば60トンの装甲自走砲の正面を貫通する威力のある秘蹟団の嵐の中を。


「ってか、探針儀は何してやがったんだ……!」


 兵員輸送車の他にも、彼らには新式の電波探信儀――既に修理は完了している――を載せた車両が随伴していた。

 あのような巨大な物体、特に最初の一体のように徒歩で接近してきたであろうものを捉えられなかったはずがないのだが、機械の故障か、それとも。

 ネスゲンは舌打ちしながらも、腰の神授聖剣を抜いて構えた。

 彼が授与された特別改修型は採取任務に携行するには大きすぎるため、今回持ってきたのは代用の通常型だ。

 巨大物体の降臨でバラバラに破砕された地殻の表面を、全力疾走で更に踏み砕きながら急速に接近する巨大原人。

 そこに向かって、秘蹟を行使する。


「アスタルム・アダマントゥス!」


 彼に制御できる、射撃系秘蹟の最大火力。

 試験測定では重砲艦の副砲に匹敵する威力を発揮した架空物質の弾丸が、輸送車の後方500メートルほどに迫った巨大原人の一方の胸板を直撃した。

 だが、金属塊同士を激しく打ち合わせたような甲高い爆音が響いたにもかかわらず、巨大原人は仰け反っただけだった。

 体長約50メートルはあろうかという巨大な体躯の、重心より上に直撃を受けたにもかかわらず。


「どんだけ重てぇんだ……!」


 だが、その視線がネスゲンの方を向いた。

 その顔面には人間同様の器官らしきものが配置されているが、歯を剥きだした怒りの形相で固定されている。

 体表には、良く見ればウロコのような大小の小片が並んでいた。

 秘蹟弾が直撃したと思われる部分のそれがボロボロと脱落し、その下から新しい物が生えてきているように見える。

 巨人を手招きし、呻く。


「オラ、来い!」

「インヴィシイ・インヴェーストゥム!」


 ネスゲンと同じく乗車せずに残ったロァムが、巨大で平坦干渉念場を発生させて足元を狙った。

 その巨体を完全に封じ込めるのではなく、転倒させる目的だろう。

 だが、巨大原人は、まるでその不可視の純粋な運動エネルギーの力場が見えるかのように視線を動かすと、そのまま跳躍して干渉念場を飛び越えた。

 そのまま、干渉念場を発生させていたロァムにむかって、ハエでも潰すかのように平手を叩きつけ――その直前、間に合った!

 ネスゲンは肉体加速の秘蹟を行使し、ほとんど体当たりじみた体勢で彼を突き飛ばし、自身も体をひねりながら巨大原人の指を切り飛ばした。

 焦土に大きな血肉の花を咲かせることもなく、ネスゲンは加速を解かずに同僚を脇に抱えて離脱する。

 平手落としが空振りに終わった巨大原人は一旦速度を落としたが、今度はもう一体がそれを追い抜き、速度を落とさずに大きく跳躍した。

 その先には、騎士たちを乗せた兵員輸送車。

 体の密度が人間に近いと仮定するならば、巨大原人の重量は推定で2000トン前後か。

 踏み潰されればひとたまりもないところだが、神授聖剣を与えられた騎士たちは毛筋ほどにも動揺しない。

 兵員輸送車が急停車し、乗車していた神剣使いたちが一斉に愛剣を構え、干渉念場の秘蹟を複数同時に発動する。


「インヴィシイ・インテグルス!」


 巨人の重量は空中20メートルほどの高さで不可視の運動エネルギーによって受け止められ、その力場がぶつかり合うことで、白い波紋を思わせる干渉模様が薄っすらと光った。

 ネスゲンは同僚を解放すると、加速を解除して一旦停止し、叫んだ。


「そのまま頼む!」


 巨大な剣の形状を念じ、剣を通じて解き放つ。


「グランディス……グラディアぁッ!」


 誓文に応えて神授聖剣が秘蹟を顕現し、柄の排気口からは役割を果たした触媒が熱い気体となって噴き出す。

 そしてその剣身を核として、輝く巨大な剣身が出現した。

 架空物質で生成された、刃渡およそ100メートル、全幅2.5メートルほどの超・長剣。

 それを重力に任せて大地に向けて振り下ろすと同時、巨大原人は両断された。

 架空物質の刃は味方が維持していた干渉念場まで同時に破壊し、およそ1000トンずつに断ち割られた敵の両半身が、短く低い轟音を立てて焦土に落ちる。

 血しぶきが飛んで来る程度は想定していたのだが、見ればその断面には、不気味なまでに色彩を持たない灰色の液体を滴らせる器官――らしきものが詰まっていた。

 もう一体の位置を確認しようと周囲を見回すと、そちらは既にルオの電子砲の秘蹟で黒焦げになり、死んだらしかった。

 いや、果たして”死んだ”という表現は正しいのだろうか?

 改めて、巨大原人に自分が作った鋭利な切断面を見る。

 焼け焦げた土埃の臭いとともに、甘い香料のようなそれが鼻に漂ってくるのが、なおさらに不気味に感じられた。


「(……こいつ、そもそも生物か)」


 動物でなければ、機械でもなく。

 ましてや人類の近縁種などでは、絶対になかった。

 周囲を見回しながら、ロァムが近づいてくる。


「助かりましたよ先輩。しかし……何ですかこりゃ。随分と解釈に困りますね」

「……片方は空から落ちてきたぜ。“溶解液”と同じ所からしたたり落ちてきたんじゃないのか?

 もしかしてもう片方も、俺たちから見えない場所に落ちて、そこから歩いてきたんじゃ――」


 そこまで口にして、巨大物体を一瞥する。

 ネスゲンは、見てはならないものを見てしまったという後悔めいた感情が胃の腑のあたりに落ちるのを、確かに感じた。


「おい、ロァム」

「………………!?」


 視線の先にあるものに同僚も気づいたらしく、息を呑む音が聞こえた気がした。

 他の騎士たちも、ざわつき始める。


「探針儀が壊れてたわけじゃなさそうですね……!」


 彼らは全員が、巨大物体の麓を注視していた。

 そこに広がっていたのは、悪夢。

 上方から巨大な瀑布のような音を立てて、膨大な量の灰色の液体が流れ落ちてきたのだ。

 10秒経ち、20秒経っても途切れない無彩色の粘液の幕。

 30秒ほども立ってそれがようやく途切れると、そこから急速に、大量に、何かが盛り上がり、生まれ出で始めた。

 そして姿を現したのは、彼らが今しがた倒した巨大原人、それに同じと思しき無数の影。

 それ以外にも、大小多数のおぞましい異形の姿が並んでいた。

 啓発教義に伝わる天地創造の有様も、実際に目にすればあのような醜いものだったのかも知れない。

 それらは無数にひしめき、ゆっくりとこちらに進んでくる。

 その、津波にも見える群れに、切れ間は見えない。


『――総員、全速後退!!』


 その、隊長アーサー・メネロスの拡声器を通した絶叫で、騎士たちは我に返った。

 いかに精鋭といえど、神授聖剣と若干の随伴車両以外は徒歩に等しい軽装備の神剣使いの部隊だけでは、手に負えないことは明白だ。


「一旦ずらかりましょう、先輩」

「あぁ、ありゃやべぇな……!」


 単独で飛行の秘蹟が使用できる者は、それを使って空中に浮揚し、一気に西へと加速する。

 探針儀搭載車や兵員輸送車も急いで乗員を回収し、全力で同じ方向へとエンジンの回転を上げた。


「どういうこったかな……滅亡を前倒しにする気にでもなったか、始原者様は!」

(バチ)が当たりますよ! いや、あれがそうなのかな……」


 聖堂騎士団、標本採集部隊。

 彼らは任務中に謎の敵との間に生じた不意の戦闘を切り抜け、こうして撤退を果たした。

 だが、無数にも思える巨大物体からの敵性体の増派はとどまるところを知らず、ここにこうして、未知の敵との戦端が開かれてしまった。

 始原者メトが地上の抹消をすると宣言した時刻まで、24時間を切った時点での事だった。











 サルドル・ネイピアはままならない夢を見る。

 地に立つ自分の足――卑小な一人の啓蒙者である彼の、小さな足を、おぞましい虫達が登ってこようとしている。

 サルドルには、それがこの世ならぬ恐ろしさに思えて、思わず手でそれを払ってしまった。

 頭のどこかでは、分かっているはずなのに。

 自分が既に小さな啓蒙者の体ではなく、天地にそびえる巨大な文明滅殺体となっていることを。











 始原者、全方位への侵攻を開始。

 再三に渡って始原者の偵察に来ていたミドウ・ユカリ少佐と人工霊魂のシロミは、超音速で後方へと戻り、これを伝えた。

 既に前線近くで警戒を続けていた他の魔女部隊からの複数の使い魔などによって同様の情報は寄せられていたが、実際に撮影された写真が決定的な戦慄をもたらした。

 時刻は、午前9時45分。

 王国を始めとする啓発教義の国々も、応戦を開始しているらしい。

 ベルゲ連邦政府も、大陸安全保障同盟の盟主として、迎撃を開始した。

 それが、騎士団領の聖堂騎士たちが始原者の麓で巨大原人の二体を倒してから、約一時間後のこと。

 末端の平氏の一人ひとりに至るまでが高い機動力を持つ魔女諸国合同軍の動きは早かったが、全くの未知の戦闘体による侵攻は大きな混乱と動揺をもたらした。

 高圧電流こそ有効なものの、徹甲弾でなければ艦砲規模の魔法術すら防ぐ巨大原人。

 防御は弱いものの、歩兵による迎撃をアリを思わせる数で蹂躙しようとする、体長一メートルほどの無数の巨大なフナムシ。

 そしてそれらの後ろでは、妖獣とも妖植物ともつかない長大な繊維の集合体らしきものが、大蛇のように暴れていた。

 箒で上空に留まりながら、ユカリは神経の痛みに喘ぎつつ呻いた。


「これが……啓発教義にいう終末ってやつなのかよ……!?」

「ユカリさん、無理しないで! これ以上は飛べなくなっちゃいますよ!」


 偵察任務のついでに、彼女は地を行く無数の始原者の軍勢に多数の魔弾を放っていた。

 だが、魔法術を短時間に連続行使すると、変換小体から発生した毒素が神経にダメージを与え、過度にそれが続くと壊死することもある。

 ユカリの全身の神経に溜まった疲労は、空軍でもとっくに戦闘不能と判定される段階に達していた。周囲に衛生兵がいれば、飛行も禁止される状態だ。

 かぶりを振って、呪詛を吐く。


「あぁ、クソ! 宣言の刻限までまだ1日近く残ってるだろうが……

 啓発教義の神さまってな、騙し討ちをするのかよ……!」

「知りませんよぅ……とにかく一旦下がりましょう!」


 魔女たちは戸惑いつつも、圧倒的な物量で押し寄せる始原者の軍勢を懸命に押しとどめた。

 地上を滅ぼすなどと宣言する存在の言うことを、信じるべきではなかったのか。

 その時、彼女を気遣っていたシロミが始原者の方を見て表情を急変させた。


「ユカリさん、何か飛んで――」


 あるいは、それも始原者から飛来したものか。

 翼の生えた魚という形容が似つかわしいような、しかし牛よりも巨大な飛行物体が、神経の苦痛にあえぐユカリを目掛けて一直線に飛んで来る。

 それが彼女の華奢な体をばらばらに吹き飛ばす直前、別の角度から更に高速で飛来する何かが、逆にそれを砕き散らした。

 軽微な衝撃波がユカリの頬を撫で、小さな飛沫が飛んだが、それきり。

 彼女がそちらを振り向いた時には、迫っていた危険を排除した何者かは、すぐに始原者の方角へと飛んでいってしまった。

 残像だけがユカリの網膜に残り、まさしく瞬く間に、豆粒よりも小さな影となる。

 それが音速を突破する時の白い円錐を発生させて空での戦いを始めるのを、ユカリは少しづつ離れながら見ているしかなかった。


「空を飛ぶ敵が出てきたってのか……ていうか、あれは……!?」

「カイツさん……だったような気もしました。見間違いかも知れませんけど」


 一瞬だけ見えたその姿は、あの魔人とどこか似ていた。

 色形が変わるようなので、同一人物ではないと断言することは出来ないが、しかし。


「あいつなら一言くらい何か――いや、んなこと断言できるような仲でもなかったな……

 下に敵はいないな。たった今落ちた新しい敵の死体だけ確認して、いったん下がるぞ」

「了解ですよ」


 今は友軍や敵軍の奮戦で、彼女たちの周囲の大地に敵はいなかった。

 シロミを本体である自分の懐の護符の中に戻らせると、彼女は高度を下げ、森に落ちた目当ての物を探しにかかった。











 進化(エウォルキオン)と名づけられたその身体と魂に、人間でいう性別と呼べるようなものはなかった。

 魔導従兵と呼ばれる単純な人工生物を短時間のみ生成する技術を応用し、ベルゲ連邦から供与された最高純度の永久魔法物質(ヴィジウム)と、過去の作戦で神聖啓発教義領(ミレオム)から奪取した高密度の集積構造、通称“ユニット”を核として生成されたものだ。

 そして、その魂=人格に当たるものとして、人類史研究所で研究が続けられていた人工霊魂、即ちシロミ・ユーレン・トウドウの後継でもある存在が封入されている。

 仮に彼とするが、彼はいわば、先例の擬似的な再現と呼べる存在だった。

 かつて同じ人類史研究所において、研究生の肉体と永久魔法物質(ヴィジウム)の合成体を器に、地殻の奥底に存在していた人類とは異なる電子の知性が入り込むことで完成した、七色の魔人の。

 誕生して一年と経ってはいなかったが、彼は自分の中核にして根本である“ユニット”の力で学習は極めて迅速だった。

 通常の魔女の平均の200倍以上で言語や規範を学習し、魔法術を行使する軍事教練の受講まで半年とかからず、人類史研究所の秘蔵っ子として開戦の時を待っていた。

 かくしてエウォルキオンは魔女諸国の、いや文明世界の危機に際し、出撃したのだ。

 その高い知性で、生みの親であるシェーニヒ教授がそのような意義など一切気にかけてはおらず、自身がただ己の業績の一つとしてしか見られていないことを知りながらも。

 戦場に高速で飛び込んだ彼を迎撃するためか、次々と飛来する“翼魚(よくぎょ)”。

 その数、方向、速度を一瞬で確認し、エウォルキオンは魔法術を行使した。


「念動衝撃・最大発振!」


 質量を伴わない運動エネルギーが、彼を中心半径1000メートル近くに渡って膨れ上がる。

 自身の運動と正反対の方向に急激に強い念動力場を叩きこまれた10体ばかりの翼魚の群れは、その突撃の威力を一瞬にして殺され、そして次の瞬間――


「爆砕!」


 全て、見えない手で握り潰される果実のようにちぎれ飛んだ。

 エウォルキオンはすぐさま速度を上げて、今度はベルゲ連邦のものらしい走行自走砲部隊が交戦している巨大原人の一団に目をつけた。


「切断剣!」


 巨大な黒曜石の切片を思わせる荒削りな魔法物質製の長剣が虚空に出現し、彼はそれを固く握りしめた。

 幅は0.5メートル、長さはおよそ10メートルほど。細長い漆黒の魔法物質の刃を振り下ろしたまま加速し、2000メートル以上開いていたその距離を即座に詰める。

 速度は亜音速。斬りつける直前に重心をずらし、巨大原人を一撃で上下の胴切りにできる態勢で突撃、4体全てを破壊した。

 何だ、あれは。

 そう言って驚愕する陸軍の魔女たちの視線や訝る声は、エウォルキオンの超感覚にも届く。


「(しかし)」


 そう。振り返っている暇はない。

 彼に向かって飛来する他の翼魚の群れを適宜撃ち落とし、無数の列を成して人類の領域を侵食しようとしてゆく大フナムシを次々と魔弾の乱れ撃ちで射潰す。

 戦場で苦しむ友軍を探しながらも、エウォルキオンは始原者へと近づいて行く。

 その行く手を塞ぎ、鎌首をもたげて彼を飲み込もうとするのは、黄金の植物大蛇。


「圧縮魔弾・高速分裂!」


 しかし、口らしき孔に向かって高速で分裂する度に侵轍を繰り返す新式の魔弾魔法術を打ち込まれると、ぼこぼこと熱で表面を盛大に泡立てた後、爆裂四散した。


「大型の敵、一体を撃破」


 頭部に身につけた無線機に向かって淡々と報告すると、彼は再び始原者に向かって進む。

 友軍からすれば奮迅する獅子のごときその戦いぶりは、遠くから見る魔女たちに、とある伝説の存在を思い起こさせた。


「炎の魔女……かな?  あれってさ……?」

「大昔のお伽話だろ、真に受けるわけ――」

「でもさ、ほら……バニアンの映画みたいだ……!」

「作り話なんだよホラ下がるぞ!」


 何とか抵抗を続けてはいたが、無制限に湧き出ているとも思える無数の怪物の群れに、両軍は疲弊していた。

 そして、最後の希望の光かと思えたエウォルキオンの死闘にも、陰が差し始めた。


「まだ未確認の敵種が出てくるか……!」


 既に降着から3日近くが経過し、始原者の周辺に立ち込めていた土煙は殆ど無く、代わって尋常な白雲がその周囲に浮かんでいた。

 それを切り裂き、更に巨大な飛行体が降下してきたのだ。

 街一つを覆い尽くすような、巨大な掌のようにも見える五頭の竜。

 また、どこまでも落ちる真っ白な滝のように見える蛇、いや、ムカデか。

 そして、長大で巨大な顎、それ単独で空中を移動するらしいものが一つ。

 始原者ほどではないが、それぞれ全てが常識を超えた巨体。

 もはや既知の生物や兵器との類縁は到底感じられない、超自然の神話的存在とでも呼ぶべきものだろうか。


「教授……そちらからも見えますか。恐らく敵性。質量は同盟国最大の電波塔より巨大と思われます」

『見えておる。高度を上げて反物質の魔弾を使え。友軍が敵に追われてごちゃごちゃと物を言えん今が好機よ』

「はい。それでは……!」


 そう言って、彼は未知の巨大敵性がこれ以上降下してくる前に、空高くへと突撃した。

 雲の向こうで眩い閃光が三回きらめき、そして、そこで進化(エウォルキオン)と名付けられた人造の戦士は行方知れずとなった。

 彼らは10分ほどもそれを見守っていたが、通信は完全に途絶した。

 更には三体の巨大な飛行体が再び雲を割り、ゆっくりと降下してきたのを見て、シェーニヒ教授が溜息をつく。


「失敗――いや、あまりに淘汰圧(とうたあつ)が高かったか……

 全員、解散せよ。人類史の敗北だ」

「シェーニヒ教授!? 一体何を仰るのです……!?」


 魔女兵が尋ねると、彼は忌々しげにもごもごと、口を動かした。


「見て分かれ。あれはヒト属の創りだした最強の兵器――いや、後継者と言っていい存在だった。

 それが、あのようにあっけなく始原者の尖兵に敗れた。

 完敗と認めずしてなんとする」

「――そんな」


 それから12時間あまりで、ベルゲ連邦を始めとする大陸安全保障同盟軍は東に、スウィフトガルド王国などの啓発教義連合軍は西に、それぞれ大きく押し返された。

 以後も、始原者の外郭から30キロメートル――中心と思われる地点からは約80キロメートル――ほどの圏内に侵入を試みた両軍の部隊はことごとく、無数の異形たちからの反撃を受けて壊滅するか、退却した。

 ただし、それ以上に離れたものは、いかなるものもそれ以上の追撃を受けなかった。

 それはまるで、12時間後に迫った地上滅亡の時を、静かに待てと説くかのごとく。

 始原者の無数の眷属。

 それこそが、新たなる世界を想像するための、新たな啓蒙者なのだろうか?

 地に、空に、蠢き続けるそれら以外の全てが排除されたその地は、まさしく、始原者の(その)

 











 魔女の国々では、文字記録を辿れる限りではそのごく初期から、社会の構成員のほとんどが箒を補助具として使った飛行魔法術で移動が可能だった。

 たとえ一切の資産を持たなくても、適度な太さ・長さの木材に植物の枝や繊維があれば容易に作成が可能な箒は文化に深く根ざした道具であり、また流星の別名である“箒星”という言葉に代表されるような、信仰の対象ともなる特別な存在でもあった。

 これと己の体さえあれば、魔女は獣や鳥よりも――一部の妖獣や妖族などは除外されるが――早く、遠くへ移動することが出来た。

 とはいえそれは、地上の交通の整備が未発達であるということを、必ずしも意味しない。

 例えば、鉄道である。

 これは有事の際、妖魔領域からの戦力を迅速に前線へと運ぶ役割も期待されており、実際に今回の開戦でも、魔女諸国に好意的な一部の妖族の戦力が鉄道輸送によって先行して参加している。

 そして、始原者の宣言した滅亡時刻までおよそ12時間という頃になり、ようやく魔女諸国が待望していた妖魔領域(ヴェゲナ・ルフレート)軍、通称・“総軍(そうぐん)”の第一波が前線に到着した。

 始原者の圧倒的な戦力に抵抗むなしく敗退した魔女たちは、強力な妖族たちで構成される陸戦軍の到着を歓迎したが、そこで総軍司令が攻撃要請を拒否したことで魔女と妖族の間に亀裂が走った。

 妖魔領域軍の拒否の理由としては、後続が参集するまで逐次投入を避けるべきだというもっともなものではあったが、魔女たちもあと12時間という限られた時間で敵を叩かなくてはならないため、たとえ被害が拡大する恐れがあろうともすぐさま次の攻撃を行いたいという希望が強まっていた。

 そこに、再攻撃準備の指令が下る。

 先行して攻撃を行う特務戦隊が動くので、その攻撃に応じて進出、攻撃を加えるというものだった。

 だが、極秘に設立された――天船でベルゲ連邦の議事堂上空に強行占位したとはいえ――その存在を知る者は少なく、疑問も挙がった。


「その……先行するという特務戦隊とやらは、一体何です?」

「知るか。この状況で出任せもなかろう、お手並みを拝見するだけだ。

 陸軍も空軍も、啓発教義連合軍も蹴散らしたような化け物どもを相手に、どこまでやれるか――」


 すると、既に始原者の降着の余波で廃墟となっていた町まで退却していた彼らの上空を、何か大きな影が通りすぎた。

 時刻は、深夜一時過ぎ。

 探照灯を向けるも既に遅く、周辺空域を哨戒していた一部の兵の目に、各所に航空灯らしき光をちらつかせながら西の始原者に向かって飛んで行く巨大な機影が見えたに過ぎない。











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