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霊剣歴程  作者: kadochika
最終話:霊剣、霊(くし)ぶ
136/145

11.切り札











 大陸の東部に勢力を広げる魔女諸国と、西部に領土を持つ啓発教義の諸国。

 そういった配置であるから、啓発教義の国々が“東部戦線”と呼ぶ戦場を、魔女たちは“西部戦線”と呼んでいた。

 その戦場に、天空から巨大物体が降臨してから33時間あまり。

 時刻は、経度を同じくするオステン大公国の標準時間と同じものを適用するならば、午後6時を回っている

 夕日が西に向かって落ちきる直前の、深い青から白を経て赤へのグラデーションが広がる空。

 しかしそこに今は、始原者メトという巨大な障害物の影が大きく差し込んでいた。

 場所は、降着物体の北に200キロメートルほどの、焦熱地獄による焼失を免れた森林地帯だ。

 時折、啓発教義の国の飛行機の編隊が、低い駆動音を響かせながら航空灯を点滅させて、遠方を飛んでいるのが見える。

 それを見て、偵察魔女のアリウスは小さく嘆息した。


「やーれやれ……こっちを見張るより先に、あの馬鹿でかいのをどうにかした方がいいだろうに」

『それはこっちも同じだろ……もう敵の領空に近いんだから、気を引き締めなさい』


 肩に停まった使い魔のツバメが、偵察隊長の声を届けてくる。


「申し訳ありません、隊長」


 内心で再び嘆息しながらも返事をすると、ほぼ沈みつつある夕日の方角に小さな影が見えた。


「ん……?」


 また、連合の飛行機か。

 影はやや遠いが、基本的にこの時間帯は、西日でこちらの体が光を反射して見つかりやすくなるため、高度を下げる。


『停止、高度下げ、20!』


 恐らくは向こうも偵察任務に着いているため、遭遇戦といったことは早々ないはずだが――

 彼らは隊長の指示と同じだけ高度を下げて、森の樹冠に入り込んだ。

 だが、その影は驚異的な速度でこちらに接近を続けた。

 戦闘飛行機のように見えたが、そうではないようにも見える、それは。


「――!?」


 あっという間に彼らの上空へ到達し、通り過ぎていった。

 直後、圧倒的な突風が、樹冠に紛れた魔女たちを襲う。


「……今のは!?」

『一機だけか!?』


 彼らの知る飛行機というものは、大抵は定規のような翼が葉巻タバコのような胴体に対して垂直に生えているものだった。

 しかし今通り過ぎた高速の機体は、鼻先は鋭く、見間違いでなければ後ろに向かって傾いた翼が生えていた。

 後方からは何らかの原因で出火でもしているのか、炎を引いていた。

 

『本部、こちらヴェルナデッダ隊、降着体・北200キロメートル! 敵の高速機がスエメリの山の方に飛んだ!』


 連絡員が使い魔に向かって報告事項を告げるのが聞こえ、アリウスも自分の役割である周辺索敵を再度行った。


「周囲に他、敵影無し――!」

『浮上、出来るかぎり奴を追跡する!』


 隊長の号令で箒にまたがった4名の魔女は一斉に浮上し、その後を追った。

 通常、魔女は箒を補助的な魔具として使用することで、揚力と推力を生み出すための、やや複雑な念動力場を形成して飛ぶ。

 その速度は最高で亜音速、更に魔法術に長けた技能者は衝撃波から自分と箒を保護しながら音速に数倍する速度を叩き出す事も出来る。

 偵察魔女もまた、速度が命であるため超音速飛行が可能な者を主体に構成されている。

 しかし、追いつけない。

 十分に加速して突っ切ってきた敵に、一旦停止してしまった魔女飛行隊が追いつくのには時間がかかる。

 その間に、敵の攻撃は完了する。


『クソ――』


 隊長が毒づくと、彼方にケシ粒のように見えた光点から何かが投下されるのが見えた。

 敵が何かを攻撃したのだ。


「あれ、でも……」

『アリウス、あそこに何かあったか?』

「……心当たりありません」


 使い魔を通して隊長が尋ねるが、アリウスにも覚えがない。

 彼らの行く手にはあと200キロメートル近く、人口のまばらな未開発の森林地帯が伸びているのだ。

 橋か、線路でも壊したか?

 すると、敵機は急速に上昇し、大きく旋回して取って返す。

 そしてそのまま、彼らのことなど意に介さないように高空へと遷移し、再び西へと戻っていった。

 太陽は既に沈みきっている。


『ひとまず爆撃地点を確認する。このまま速度を維持して巡航!』

「了解――!」


 そして、そこで彼らが見たのは、山あいを流れる川と、その上を渡る鉄橋と――


「……これを全部、あの敵機が?」


 紙、紙、紙。

 到着したアリウスは、鉄橋の周辺に広く、大量に散布されたそれを見て、呆気に取られながら周囲を見回した。

 風は少なく、大量の紙は線路に落ちているものもあれば、今も木々の間からパラパラと滑り落ちるものもある。

 厳密には、何かが印刷されているようなので、恐らくは何か、こちらの士気をそぐ目的の内容を印刷したものだろう。

 高度を上げながら投下されたためか、紙はかなりの広範囲に渡って散布されていた。

 かなりの遠方からでも、シイの樹林の一角が粉砂糖をまぶしたように白んでいるのは視認性が高かった。

 それにしては、こんな人口のまばらな地域に落としていくのは手落ちとしか言いようが無いが。

 川辺に落ちたもの、流されたもの、一枚一枚の大きさはベルゲ連邦で一般的な書類に近い寸法だ。

 周囲に危険は検知できず、四人は一旦集結し、線路脇で箒を降りる。

 隊長が、怪訝そうに鉄橋の下の流れを見やりつつ、嘆息した。


「そりゃばら撒いていったんでしょうよ。ひとまず確認。

 似たようなことが他の地域でも起きてるかも知れない」


 隊長はそういうと、紙を一枚を拾って内容を読んだ。


「スウィフトガルド王国軍東部戦線司令部より、東部戦線の全友軍への通達。

 我が軍は、前線時間にて9月29日午前0時より、前線に降下した巨大物体への総攻撃を……実施する……?」

「何なんですかね、これ……」


 現在時刻は、9月27日の18時。

 “前線時刻”という表現が、西部戦線と経度を同じくする国々と同じ時間帯を示すならば、あと27時間後ということになる。

 本文は、全兵力の参加が必要とされるすること、全人類の命運がかかっていることなど、なにやら大仰な内容が主だった。

 大きな見出しとやや小さな文字で構成された、視認性重視の広告のような内容。もっとも、印刷も紙も、質はかなり粗末だ。

 アリウスが見ても、これは味方部隊への通達用のものを誤って投棄した――というのは、位置関係からしても考えられないことだった。

 しかも、これを散布したのは、樹冠に退避した彼らの上空を超高速で通り過ぎた、あの謎の敵飛行体だ。

 推測が正しければ、啓発教義の国々が啓蒙者から更なる技術供与を受けた段階で投入するであろう、先進兵器だった可能性もある。

 そんなものを使って、敵地のこのような人口過疎地帯に紙をばら撒く意図とは。

 部隊の中で一番若い魔女――今年になってようやく教育課程を終えた新人だった――が、不思議そうに呟く。


「もしかして、間違えたふりでもして私たちに教えたいんですかね。

 向こうは使い魔のネットワークになんて入れないし、空軍(うち)はあんまり無線電波使わないし」

「あんまり考えたくないけど、こんな事態だしその線もありかもなぁ……都市に落とすのはこっちに無用な反撃をさせると思ったか」

「私が報告する。お前たちはひとまず、見張りを立てつつ周囲に紙以外に何か落ちてないか探しなさい」

「了解!」


 隊長が使い魔を使った遠距離交信を開始すると、アリウスたちは周辺捜索に移った。











 東部戦線からの提案は、既に法王と国王によって体制が動き始めていた王国の首都でも承認された。

 未明に届けられた調査部隊壊滅の報は朝には共有され、指導者層の敵愾心(てきがいしん)を強める結果となった。

 “10-34項”の発令により、6日間の期限付きで、陸海空の三騎士団とそれを統括する騎士団省の権限が極大化された。

 星霊教会に所属するため騎士団省の指揮下になかった騎士団も、騎士団省が教会に対して様々な要請を行えるようになったため、間接的にではあるが単一の指揮系統に組み込まれた。

 通常時であれば軍部の専横を許しかねない程のものだったが、東部戦線に降臨した巨大な物体の写真が空路で届けられると、騎士団省は社会的な混乱は承知で、これを即座に公開した。

 新聞やラジオなどの媒体も、東部戦線壊滅の続報として、再度号外や緊急番組を作成して情報を拡散した。

 新聞は、引き伸ばされた大判の写真を掲載して専門家の見解を掲載した。

 ラジオ番組は、複数の証言を元に再現された“声”の検証を行った。

 どちらの媒体も、教会系の企業が運営する方はこれを「試練」と形容し、貴族系の資本で設立された方はあからさまな反啓蒙者の言説をぶち上げるところもあった。

 情報の浸透が早い都市部では、こうして人々の脳に直接届けられた“声”とその情報が結びつき、人心においては危機感を、経済においては資産の回収にともなう急速な恐慌をもたらした。


「二日後に、メトの神が世界を滅ぼす」


 半信半疑の者も少なくない一方で、敬虔な信徒たちの中でも見解は割れた。

 これは純粋人によって構成されている騎士団も同様で、神に銃を向けることは出来ないとして作戦行動を拒否する騎士が、決して多くはないが重騎士階級からも現れた。

 教会の指揮系統の中にある騎士団は特に士気の減退が目立ち、3騎士団の合計で一個大隊に相当する人数が戦闘不能状態となっていた。

 本来であれば騎士団長や更に上の騎士団省などが指令を下して命令拒否者を隔離・あるいは懲罰などの措置を行うのだが、今回については予告された時間まではあと48時間も残っていない。

 該当する騎士や従士の処置については各現場の裁量に任せ、一刻も早く、より多くの戦力を東部戦線に兵力を送り込むことが至上命題とされた。

 スウィフトガルド王国の中で、東部戦線から最も遠い最西端の基地から、重輸送機でおよそ12時間。

 歩行騎士団の戦力は東部に集中しているのでこれはさほど問題にならないが、痛いのは海上騎士団の艦載砲が一切使用できないことだ。

 巨大物体の降着地点が内陸部であり、最も距離が近い沿岸地域から500キロメートル以上離れているため、重砲艦の主砲や飛行爆弾が届かないのだ。

 開戦直後に妖魔領域を攻撃するために西に向かって出撃した先行艦隊が打撃を受けていたが、それでも各地の海に、合計排水量に換算して100万トン以上の砲撃艦が配備されているにもかかわらず――人類を滅亡させようとする巨大物体を破壊するための戦いに、これらを投入できない。

 飛行機を搭載した滑走路艦はほとんどが妖魔領域攻撃に向かっており、全速力で帰還しても西の大洋を横断するのに1日を要し、更に燃料の補給で啓発教義の国の港による必要がある。

 それらを計算に入れると、大小含めて16隻あったうち、艦載の飛行機を滅亡前に東部戦線に送り届けられるのは、魔女諸国近海に残しておいた4隻のみとなる。

 歩行騎士団は属州の準騎士団などで使用されていた旧型の火砲までもを引っ張りだし、渋る民間航空会社を説得して輸送力を確保したが、それでも、2日という短い時間で東部戦線に運搬できる数には限界があった。

 全てが順調以上に動いたとしても、東部戦線に残存した兵器の頭数の1割に届くかどうか。

 これに空中騎士団の38の航空騎士隊が加わるが、心許なさは否めなかった。

 字句通り、山よりも遥かに巨大で不気味な威容の巨大物体に対して、啓蒙者から授けられただけの人智は通用するのか?

 殆どの人員を本国に引き上げたまま何の表明も行わない啓蒙者に対する不信は高まり、警察や諜報騎士団はかねてから少なくなかった反啓蒙者主義者などによる突発的な武力行使に神経を尖らせた。

 ただ、こちらは殆どの国民には極秘とされたが、同じく法王と国王からの承認が降りたため、東部戦線は後方からの指弾を気にすること無く、敵であった魔女諸国へと情報提供を行えた。

 直接の通信で一方的に、巨大物体に対する攻撃の情報を送り込む。

 印刷も紙質も粗悪なものではあるが半日で100万枚を刷り上げ、超音速試作機で国境近くの手薄な過疎地を4箇所選定し、ばら撒かせた。

 敵地で摘発されずに活動を続けている諜報員や、国内にいる敵の間者の嫌疑がかかっている人物を通して情報を流しもした。

 複数のルートで同じ情報が流れこむほど信頼性は上がり、もし万が一、魔女たちが巨大物体の危険を軽視していたとしても、こちらの危機感は伝わるだろうと期待された。

 無論、血迷った魔女たちが、巨大物体を攻撃しようとするこちらに攻撃を続行する可能性も考えられた。

 しかし、出来ることは全てやっておくべきだという意見が勝り、これらの作戦は実行された。

 国民のほぼ全員が、それまで信仰されていた“神”の声を聞き、滅ぼすと宣言されている。

 その上、教義の権威である法王と、世俗の最高位者であるスウィフトガルド王が同時に、それを事実であると宣言した。

 啓発教義連合の加盟国でも同様の現象が報告されており、有り体に言えば、全人が恐怖し、混乱していたのだ。

 この大事件について、それが人々の信仰を狂わせ、啓発教義連合を破壊しようとする魔女や妖魔の企てだとする意見が不思議なほどに出なかったことだけは、幸いと言えただろう。











 妖魔領域(ヴェゲナ・ルフレート)では、長らく独自の時法が使用されていた。

 正確には、ヴェゲナには大陸東部で広く使われていた時法が残っており、魔女たちが啓発教義諸国からもたられた24時間制を使用し始めるようになってからも、妖族たちが必要性を感じず、古い時法を使い続けたためらしい。

 だが、先の大戦時に正式に、かつ本格的な共同戦線を張ったことから、現在ではごく一部ながら、一日を24の時間帯に分割して数える時制が併用されている。

 その時法において、およそ午後2時。

 始原者が降臨したのが、二日前のほぼ同時刻のことなので、始原者の予告した地上の滅亡まで、あと24時間ばかりということになる。

 場所は、領域の最北に位置するハロルト辺境伯領の東の沿岸地域。

 断骨山脈にある“狂王の宝物庫”から北上すること1000キロメートル以上、夏季には氷河から流れこんだ雪解け水が海へと流れ込むが、基本的には寒さの厳しい土地で、10月を目前にして早くも流氷が流れ着くような気候だ。

 より正確には、「昨日までは」という但し書きが付くが。

 ここで、タルタス・ヴェゲナ・ルフレートの率いる狂王の子女たちによる、“共同妖術”の試みが行われているのだ。

 その結果として、湾の浜辺から視界に入る全ての流氷は消え去り、遠方の一点を中心として、海に巨大な穴が空いた。直径数十キロメートルはあろうか、

 超高熱、超高圧。

 それによって海水とそこに溶けていた無機物とが急激に気化・膨張し、遠く離れた彼女たちのいる沿岸部にまで、熱く磯臭い颶風(ぐふう)となって届いた。

 その威力を見て、パピヨンは恐怖した。


「これが、タルタス兄さんの考えた“共同妖術”……!」


 極度に集中したためか、小さな膝が笑っていた。

 片膝を突いて後ろを振り返れば、他の兄弟達も、この世ならざるものを見ているかのごとくに瞠目している。

 狂王の血を受け継ぐ子女たちは、妖魔領域に暮らす他の妖族たちよりも、遥かに強大な魔力を持つ。

 しかしそれは、父である狂王の伝説にあるような、天変地異にも等しい業ではない。

 力の限りに破壊力を発散するようなことをしても、短時間ではせいぜいが、町一つを焼きつくす程度に終わるものなのだ。

 だが、今回タルタスの指揮した妖術は違った。

 高台に陣取った、色眼鏡をかけた礼服の男――タルタス・ヴェゲナ・ルフレートが、岸辺に集まった異母兄弟たちに声を張り下ろす。


「素晴らしい。私の言葉では不服もあろうが、諸君らは見事に、私の構想を実現してくれた。

 我らは勝つことだろう。傲慢なる、始原の自称者に!」


 それを聞いた フランベリーゼが、へへ、と乾いた声を漏らす。

 その表情は、全く笑っていなかったが。


「何だよお兄ちゃん……やけに素直に褒めるじゃねえかよ」

「ふん。本番で失敗した時は、世界が滅ぶ最中だろうと罵倒の限りを尽くしてやるからそのつもりでいろ」

「ありがてぇこって……」

「これより、8時間の休息に入る! 各自、宿に戻って食事を取り、眠れ」


 食事と小休止は取りつつも、昨晩からほぼ通しで共同妖術の練習に取り組んできた狂王の子女たちは、これを聞いて大いに脱力しながらも喜んだ。

 子女の人数は、タルタスを含めて33人。通常の妖族を大きく上回る妖術の力を持つ技能者を、これだけ集めて発動する極大の妖術だった。

 あまり派手な運動こそさせていないが、始原者を打ち倒すのに必要と想定される威力を出すために、彼らの体内の変換小体は神経組織に大きな負担をかけているはずだ。

 魔女以上に全身にそれらが分布している彼らは、人間でいえば全身が筋肉痛に苛まれているに近い状況だといえる。

 三々五々、のろのろと高台の向こうに準備された宿へと、坂道を登り始めた彼ら。

 それを眺めるタルタスに、声をかける者がいた。


「全く……手配師気取りだな君は」


 ヤクネ・ヴェゲナ・ルフレート。

 彼女も共同妖術の行使要因として、もちろん参加していた。


「口入れをするだけに飽きたらず、こうして共同妖術の勘所を担っております」


 タルタスが彼女を必要としたのも、生まれの早かった強力な子女を組み込むことで、より成功率と効果が上昇すると考えてのことだ。

 殆どの子女たちと同様に妖術に魔力を注ぎこむ役割だが、密林の高地で話したように、始原者のような巨大な物体をどうにかしようという時に、いかに精妙絶類とはいえ、剣術では話が成り立たない。

 そこについては彼女も、納得してくれているようだった。


「これだけの威力を物にして、君はこの後どうするつもり?」

「始原者を討つのです」

「討った後の話だよ、はぐらかすな」

「…………身の振り方はわきまえねばなりますまい」

「亡き兄の意志を継ぎ、おぞましき異教の神を討てし英雄タルタス王子……とは、ならんだろうしね」


 もしもタルタスの指揮する切り札が、首尾よく始原者を倒せた場合。

 その暁には、彼は暫定的とはいえ、この星で最大の武力を手に入れたと看做されることだろう。

 フォレルという巨大な光の背後に隠れていたために、妖魔領域の有力な伯や候たちは、タルタスを疎みこそすれ、何としても排除しようというところまでは考えていなかった。

 だが、今やフォレルは隕石霊峰(ドリハルト)へと還り、最長男であるラキュソは行方不明、最長女であるヤクネには狂王位を継承する気がない。

 そうした状況で、現在最有力の狂王位の継承候補者は、他でもないタルタスなのだ。

 ヤクネですら、タルタスに弱みを握られ支持に回った――少なくとも、状況はそのように解釈される。

 そんな彼が他の子女たちを指揮して妖魔領域を救ってしまえば、本人の意図にかかわらず、次の狂王はタルタスであるという大義名分が完成してしまう。

 大宰相や将軍は、これまで嫌っていた彼を次の狂王として扱うつもりになるだろうか?

 まさか、有り得ない。

 狂王本人は、有史以来崇められてきた神であるにしても、その息子までそのように絶対視されるわけではない。

 彼らがタルタスを殺す気になったとしても、何の不思議もないのだ。それを必ず退けられるとは、限らない。

 また、気がかりはそれだけではなかった。


「(これから先も、母上の一族を養わねばな……)」


 彼の母も、マリ氏族に栄光をもたらすために狂王に身を捧げ、彼を産んだのだ。

 狂王の血を引くタルタスと異なり、通常の妖族同様の命しか持たない彼女は、500年以上前に隕石霊峰(ドリハルト)へと旅立った。

 タルタスがフォレルに近づいたのも、本来は一族のために、自分の傀儡として利用する目的だったのだが――いや、もはや今はこれ以上考えまい。

 背後でヤクネが、細い声であくびを漏らすのが聞こえた。


「私も宿で休む。仲の悪い子たちもいるから、喧嘩してるのを見かけたら注意はするけど……君も気を配った方がいい。

 それじゃ、先に失礼するよ」

「はい。お疲れでございました」


 彼女のように、己の望むことに没頭できたなら、幸福だっただろうか。

 もっとも、ヤクネの場合は母親の素性が一切知れない――父上が戯れに孕ませた剣から生まれた、とは本人の弁だ――故に可能なことではあったが。

 異母兄弟たちが全員岸辺を離れたことを見届けると、タルタスも宿に向かって歩き始めた。

 地上滅亡まで、残すところ24時間あまり。











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