08.抗体反応
場所は王都から遥か東、始原者メトの降臨地点から120キロメートルほど西の都市、ヴィトアータ。
秋も深まりつつある季節、涼し気な高原の大都市は物流の要衝として古くから栄えてきた。
そこに隣接する大規模な飛行場は、空中騎士団の基地として使用されている。
ヴィトアータもこの飛行場も、始原者の再臨に伴い打撃を受けた。
高速でやってきた大小の瓦礫や土砂による被害も無視できないものだったが、それ以上に灰のような大量の降下物が市街や農地に降り注ぎ、住民の生活を阻害したのだ。
時刻は午前6時を回っており、本来であれば東から昇り始めた太陽が眩しい時間帯なのだが、現在のヴィトアータはまるで、日の沈みきった冬の夕刻のように暗かった。
これは、出現した巨大構造物が位置、大きさ共に太陽を遮ってしまう規模だったこと。
そして、その出現にともなって発生した大陸規模の灰や塵といった大量の降下物も、ただでさえ少ない光を更に奪っていることによる。
東にそびえ立つ大柱――聖典に登場する語句から、距離が近く、輪郭が分かりにくいヴィトアータではそう呼ばれていた――が、弱々しい陽光を浴びている様子が、薄ぼんやりと伺える程度だ。
平坦さが命である空中騎士団ヴィトアータ飛行場では、稼働可能な車両や自動巨人に人力まで投入し、降り積もった土埃や塵の除去に全力を傾けていた。
降下物の量は、大柱が出現してからというもの多少弱まっているように見えることこそあれ、止む気配はない。
前線から撤退してくる味方機を収容するため、ヴィトアータ飛行場は滑走路の機能を維持する必要があり、そのための作業は夜を徹して続けられていた。
アマダはもはや悪態も出なくなった状況であくびをしつつ、自動巨人に持たせた手押し除雪車の角度を変える。
すると、無線機に通信が入った。スイッチを入れ、応じる。
「こちら除雪4号、どうした」
『こちら格納庫、灰取り一旦中止! 重爆がそっちに出る!』
「この灰でかよ……了解、一旦離れる」
アマダが機体を反転させて格納庫に向かうと、北側の飛行機用大格納庫から巨大な影が滑りだしてくるのが見えた。
まるまると太った胴長の魚のような機体の左右に、幾つもの推進器が取り付けられた長大な翼。
それは翼幅40メートルを超える大型爆撃飛行機だった。
本来は戦闘飛行機の護衛などを得て敵領土に侵入し、軍事施設、あるいは市街地などを爆撃浄化するための兵器。
その出撃の理由など、アマダは知らない。
先行して走り出てきた誘導員が、アマダの自動巨人に向かって誘導灯を振り回し、爆撃機の進路に入らないよう指示する。
「うっせーな、撤収済むまで待ってろっつの……」
舌打ちしつつも、機体を後退させる。
未だ灰の降りしきる中、アマダは普段滅多に見ることのできない大型爆撃機が複数、機体各部の外部灯を光らせながら続々と滑走路に進出してくる有様を眺めていた。
大陸中央に佇む、高度300キロメートルにも及ぶ巨大な影。
そこに、三台の大型の機影が近づきつつあった。
先端を丸めた細い丸太のような胴体から、発動機が複数取り付けられた長大な翼が左右に伸びている。
爆音を立てて航空を東に向かって巡航するのは、スウィフトガルド王国空中騎士団の戦略爆撃機、通称・フォコエーナ。
現在の純粋人類が保有する最大の戦闘用飛行機である。
高度は海抜1万メートル付近。本来は腹部の弾薬庫に爆弾を多数搭載し、爆撃任務を行うために製造されている。
しかし今は爆弾庫の内部に応急換装を受けて、別の物資を積み込んでいた。
『距離6万! 目標まであと10分!』
爆撃機はその性能の限界近い高度を飛びながら、微粒子で満たされ不明瞭な視界の中を、既に壁と見紛う広さで行く手に広がる巨大物体に向かって突き進む。
その弾薬庫だった腹の中では、装甲された人間を象った巨人が待機していた。
全高4.5メートル、装備を含めた重量は合計9トン以上。
フォコエーナ戦略爆撃機で運べる限界近い大きさと重量。
『これより旋回し接近、近傍を通過する! 自動巨人展開準備!』
フォコエーナ重爆撃機は進路をずらし、壁のごとく立ちはだかる前方の巨大物体に対し平行に飛び始める。
その間に数分が過ぎ、伝声管からの通達を聞いたナルカムは座席に戻り、安全帯を締めて自動巨人の搭乗口を閉鎖した。
「了解、展開準備!」
『60秒前!』
与圧された庫内で、庫内管制員が誘導灯を振りつつ声を張り、カウントダウンを開始した。
「30秒前!」
ナルカムは防寒着の装着を再度確認し、待機状態にあった自動巨人の機体を本格的に稼働させるべく各部のスイッチをバチバチと切り替えていく。
「準戦闘行動、移行準備。
各部異常なし」
重量や駆動液、各種外付け装備の点検は搭乗前に完了している。
「開扉! 10! 9! 8――」
合図と共に爆弾庫の扉が下方へと開き、庫内にうつ伏せに吊り下げられていた自動巨人が1万メートル離れた荒野を睨む格好になる。
「――5! 4! 3! 2! 1! 分離!」
「分離!」
背部の装備を挟んでいた保持器がゆっくりと開き、重量9トンの巨体が落下して大気の奔流――地表付近の1/3程度の薄さになっているが、それでも速度のためかなりの風圧がある――に煽られ、後方へ流れていく。
同時、フォコエーナ重爆撃機は右へと機勢を傾け、始原者から離れる進路を取る。
そうして、都合三台のフォコエーナ重爆撃機からそれぞれ一台、自動巨人が巨大物体へ向けて放出された。
一方、放出された自動巨人は。
「くそ、踏ん張れ! 発動機!」
空中に放り出された三台の自動巨人――通称ガルフォルド――は、背部に懸架された空挺降下装備から巨大な落下傘を広げ、数百メートル落ちた所で落下速度を大きく低減する。
そして、今度は腰に装着された二基の発動機が猛烈な勢いで回転し、プロペラが唸る。
金属製の網目の覆いで落下傘との接触を防止する措置が施されたそれは、大気が薄いので効果も小さくなっている。
それでも落下傘から吊るされた三台のガルフォルドは徐々に、巨大物体の垂直面へと近づけていった。
既に先行して行われていた飛行爆弾による攻撃で、“大柱”の表面は大きく抉られている。
全体から見れば引っかき傷より小さい損傷かも知れないが、重爆撃機から飛び出した自動巨人が何とか飛び込めるほどの大きさはあった。
そこに入れれば、少なくとも一時的な余裕が出来る。
ナルカムは音波測距儀を確認し、自機と壁面との距離が50メートルを切ったことを確認した。
そして、
「登攀索射出!」
両肩の射出ユニットから、炸薬式の銛が2本、鋼線で繋がれたまま下方に打ち出される。
先の爆撃の手応えから、外壁の強度もガルフォルドに搭載された登攀用装備であれば取り付くことが可能な材質で出来ていると判断されていた。
銛が、小さくも鋭い音を立てて壁へと突き刺さる。
「発動止め、鋼線回収!」
ナルカムは自動巨人の腰の発動機を停止させ、逆に肩の発動機を低速で作動させる。
落下傘の作用で落下速度の落ちたガルフォルドが、鋼線で接続された目的箇所へと接近し、そして衝撃が彼を襲う。
「く!」
機体の総重量は9トンに達する。
いかに落下傘で速度を低減しようと、それでも時速数十キロメートルで衝突するのと違わぬエネルギーが自動巨人と、内部のナルカムを揺らした。
だが、それで終わりではない。
ナルカムは急いで機体の脇の下に装備された対障害物剣を抜くと、機体を通りすぎて落下し逆に錘になろうとする落下傘を切り離した。
帰還の際はもう一つの予備落下傘を使うのだが、そうと分かっていてもやはり肝が冷える行為だ。
それ自体にもそこそこの重量があり、切り離された落下傘は風に煽られつつも比較的垂直に落下していった。
そして、機体の右手に握ったままの対障害物剣を足下に突き立てると、上手く爆撃機の穿った溝に飛び込んだことを確かめる。
左右を見渡せば、僚機の二輌も飛び込みに成功していた。
「……取り付き成功!」
目論見は見事に成功した。
通信機から、部下の気遣いの声が届く。
『ナルカム隊長、無事ですか!』
「あぁ……全機、第一段階突破だ!」
空中騎士団自動巨人部隊は、快挙の初手を遂げた。
戦線を天から蹂躙したと思われる巨大物体の調査のために、戦略爆撃機と自動巨人を使用する。
先行する大規模爆撃で取り付きを助ける穴を穿ち、そこに掘削機と炸薬を搭載した自動巨人を放り込む。
高度は約一万メートル、ナルカムたち調査部隊は、既に人類のいかなる登山家も到達したことのない高度にいるのだ。
小さな安堵と共に通信機のマイクを手に取り、一先ず通信を繋ぐ。
「投下部隊、聞こえるか。こちら登攀部隊。モグラは穴に入った! 三人とも成功だ!」
『こちら投下部隊、よくやった! 』
第ニ段階が成功したならば、次は試料の採取、そして更に可能な限り穴を掘り進めて侵入を試みる。
ナルカムは、機体の左腕に括りつけられていた大型削岩機を取り外し、ガルフォルドに構えさせる。
「掘削準備!」
88式大型手持掘削機。
猛烈な速度で杭を往復させることで岩石を砕くための機械を、自動巨人に相応しい大きさまで拡大したものだ。
まずは比較的小さな穴を穿ち、そこに炸薬を詰めて爆破。
より深く穿孔を行い、内部へと進入する。
彼ら自身は見ていないが、“大柱”の内部には、少なくとも地上に近い部分にはおびただしい量の“泥”が詰まっていたという報告があったと聞いている。
穴を開けて内部を調査しようとすると高温・高圧のそれらが凄まじい勢いで吹き出すために、地上ではまともな内部の調査が出来ないのだ。
地上の調査部隊が何度か穴を開けて噴出量や速度などを測定したところ、高度数千メートルほどの高さならば、噴出する高温の泥に阻まれずに内部を観察できる可能性があるという。
「見てろ、必ず正体を暴いてやる……!」
ナルカムがガルフォルドの右手で削岩機を発動させると、取り付けられた打撃ロッドが唸りを上げて往復し始めた。
時刻は午前7時を過ぎようとしている。
地上の滅亡まで、あと50時間17分。
サルドルが少しだけ違和感を覚えて僅かに意識を覚醒させると、それは地上抹消前の最初の1日が終わろうとする頃だった。
眩しい朝日が、もうじき焦土になってしまう惑星の生態系と気圏を照らし出す。
あまりに巨大になった体は、多少の異常は自動で修復してしまうために、彼にはそれを明確に知覚することは出来ない。
それはあたかも、乙女が抜け落ちたたった一本の髪を気に留めぬが如く。
ただ、早くも滅亡に抗おうとしている人々がいるのは、まどろむサルドルにも何となく理解できた。
彼らの懸命さを想像して、始原者は出来ることなら、それを妨げることなく見守りたいと感じていた。
しかし、人間の生理現象と同様に、意識するだけでは止められないことがある。
例えば、免疫機構などだ。
臓器で作られた酵素が、身体に有害な化学物質などを分解する。
骨髄で生まれた抗体が、体内に侵入した病原体などを破壊する。
始原者の巨体においても、そうした人体の働きに相当する機構が存在し、今まさに動き出そうとしていた。
翌朝、今回は高度を5000メートルほどに落とし、ミーシアたちは切り札の一つを行使することにした。
昨日に続いて再び巨大物体に接近したミーシアは、そこでローマイネの行使する魔法術の、恐るべき破壊力を見る。
彼女が自慢の魔具を振るう度に、ばくり、ばくりと音を立てて、白い素焼きの陶器を思わせる壁が大きく抉り取られていった。
「抉れ、飲み込め、世は並べて汝が厨……!」
伝統的な黒い装束に身を包んだ、未だ幼いとさえ言える年齢の魔女。
それが呪文の一節を呟くごとに、巨大な肉厚の包丁を思わせる剣を振り回す。
そしてその一振りごとに、巨大物体はおよそ直径20メートルは下らない大きさの穴を開けられていた。
ばくり、ばくりと、何度も小気味よく、それはいっそ爽快ですらあった。
物体としては何らの接触もしていない対象が、虚空へと抉り取られてゆく。
彼女が振り回しているのは、移動用の箒と戦闘用の兵器を兼ねる滅尽の剣、“ハイヴァルエッヂ”。
ベルゲ連邦がその設立当初に諸王家から没収した無数の魔具の中から、攻撃に関してはおよそ最強であると見定めて彼女へと授けたものだ。
その伝説には、古代の名匠、金游のイドラと呼ばれた魔女が鍛え上げた魔性の剣とある。
7つの山と7つの湖を飲み込んだとされる異形の大剣の、超常的な破壊性能。
標高300キロメートルの巨体に対してはいささか規模が小さいものの、しかしローマイネとその剣は確実に、東部戦線を焼き払ったであろう未知の巨大物体を掘り進んでいく。
異変が生じたのは、その時だった。
周辺警戒のために展開していた気体状の使い魔・早期警戒被使役体が警告を発すると、ミーシアは僚友に向かって叫んだ。
「ローマイネ、上!!」
「!」
現代最強の魔女であろう彼女の生存能力を信じ、ミーシアは上方からの脅威から遠ざかるべく、全力で箒の房を天へと向けて全力を掛けた。
体に強烈な加速の反動がかかるが、ちらと後ろを窺えば、一瞬遅れてローマイネも大地に向かって離脱するのが見えた。
正体は分からないが、早期警戒被使役体の警戒網には、直径1メートルほどの球状の物体が多数落下してくる感触があった。
降りるに連れて徐々に巨大物体から離れるように機動に修正をかけ、使い魔の感知した脅威から遠ざかる。
その時、落下してくるであろう物体を見定めようと天を仰いだミーシアの目に写ったのは。
「(――面積が広がってる!?」
見えるはずの青い空が、見えなかった。
球体の群れはパン生地のように変形して互いに結合でもしたのか、ところどころ穴の空いた巨大な影となって落下を続けていた。
既に地上までの距離は数百メートル。
地上との激突を避けても、面積を広げて落ちてきた謎の影に押し潰されるだろう。
魔女の飛行で振りきれない落下速度から見て、羽毛のように軽い材質ではあるまい。
逃げきれない。
そこで、
「ぶ……!?」
脇腹を殴られるような衝撃と共に、再び周囲が明るくなった。
寵能軍の仲間たちと比べて直接戦闘はあまり得意ではないミーシアだったが、自分の今の状況はかろうじて理解できた。
箒にまたがったままローマイネに脇腹を抱え込まれ、そのままハイヴァルエッヂの空間断裂を作動させた彼女が間一髪、上空からやってきた影の一部を抉り抜いたのだ。
その穴を通過したので、彼女たちは無事。
眼下を見下ろせば、くすんだ土色だった大地が光沢のある灰色に染まっている。
「また来る、いったん逃げるよミーちゃん!」
ローマイネは言うと、右脇に抱えていたミーシアを放り出して加速する。
ミーシアも、再び上空からあれが降ってくる前にその後を追った。
調査に関する速報がもたらされ、啓発教義連合、東部戦線司令部に動揺が走った。
「調査部隊が、壊滅……!」
随伴していた聖女、および彼女によって救出された数少ない生存者からの報告で、上空から降り注いだ粘液の海に飲み込まれ、歩行騎士団サンティス大隊は有意な戦力を全て喪失した。
粘液の海は、酸かそれに類すると思しき極めて強烈な分解力を備えており、飲み込んだ物全てを急速に溶かした後、潮が引くように巨大物体の根本へと戻っていき、消えたという。
また、高高度で掘削を行っていた自動巨人部隊からも定時連絡が来ていなかった。
憶測でしか無いが、上空から降り注いだ強分解性の粘液は、彼らが穿孔作業で開けた穴から溢れだしたものではないかとする見解も出た。
それが何らかの意図の元に建設された構造だとするならば、防衛機能が存在していてもおかしくはない。
「なら誰が作ったと言うんだ、あんなものを!!」
東部戦線司令部の緊急会議では、誰もが頭を抱えていた。
戦闘中に頭上から致命的な熱戦と光を浴びせて何十万人もの命を奪い、無数の人間の心に3日後の滅亡を語りかけ――
そして今日、調査任務を帯びた騎士たちを殺戮した。
こうした時こそ頼りたかった啓蒙者は、既に24時間以上沈黙したままだ。
緊急会議で顔を合わせた各兵科の長たちが言葉を失い俯く中で、比較的若い新任の工作科長が独り言のように呟いた。
「本当にあれは神……始原者なんでしょうか。聖典の記述によれば、始原者は世暦が始まる前に地上に降り立ち、人類を導く啓蒙者を生み出したと」
「……どういうことだね」
工作科長は、父親ほどに年齢の離れた戦線司令の疑わしげな視線にややたじろぎながらも、続ける。
「あれは、始原者メトを自称していましたよね。それが事実だとしたら、始原者は1400年ぶりに、再び降臨した。
1400年前の降臨では、直後に人類を導くための啓蒙者を生み出したとされています。
つまり、神の降臨にはその目的を果たす使者の出現が伴うと仮定すると……
だとしたら次――降臨から72時間後には、地上を滅ぼす新たな啓蒙者が生み出されるのではないかと」
「……!!」
その推測は、電流のように参加者たちの間を駆け抜けた。
既に、件の“声”、あるいは“宣告”については何十人もの証言を突き合わせ、大まかな文字起こしが完了していた。
「教義上で至尊とされる最高位の存在を自称する何者かが、72時間後に地上世界を滅ぼすという宣言を行った」という認識は、既に上層部から従士に至るまで、全員が共有している。
しかし、地上滅亡の宣告について、「その過程はどのようなものになるのか?」という推測は、半ば触れないようにされていた。
無言の現実逃避に近いことが行われていたのだ。
「……皆の率直な意見を聞きたい。どのような罵言を呈しても構わん、諸君はあれをどう思う?」
その問いに、まずは歩行騎士団の歩行科長が立ち上がった。
突撃銃と重火器で戦う、歩行騎士たちの指揮官だ。
「奴が落ちてきたことで、真下で戦っていた、少なくとも50以上の大隊が……10騎士団に相当する兵たちが、丸ごと焼き殺されました。
それに続いて、今度は調査に向かった大隊が、また1つ。
あれが神だというなら、その言葉は偽りです!」
「今は幸い、汚染種どもも鳴りを潜めています。私もあれを何とか出来たらとは思いますが……」
空中騎士団の通信科長が、そこに言葉を継ぐ。
砲戦科、自動巨人科、空中騎士団の長たちが、そこに続いた。
「ご命令とあらば――いや、是非にも、残存全隊、砲戦科の全弾を以って、あれに撃ち込んでやりたい気持ちです」
「自動巨人はこういう時には存在感がありませんな……まあ、自走砲隊の盾くらいにはなります」
「空中騎士団としましても、仲間たちの怨念を晴らす機会があるのならば、異存ありません」
後方部門である輸送科や経理科、技術科などからも異論は無い――否、一人、声を上げるものがあった。
「ま、待て! 待ちたまえ諸君……!」
発言したのは、騎士団内の警察行為を行う部局である守警騎士隊の騎士長だった。
守警騎士にありがちな性格で口やかましく、この時も僅かに眉をひそめたものが数名いた。
会議の様子が信じがたいといった目つきで、彼は両手を真っすぐ伸ばして議卓に突く。
「まさか……まさかあの得体の知れない山よりでかい物体を、壊してやろうと言うのか!?」
今のこの状況で彼と積極的に会話をしたいと考える者は、この場にはいなかった。
周囲を見回しながら、その反応を反論の機と取ったか、守警騎士長は続ける。
「出来ると思うのか!?
把握できている残存兵力どころか、海上騎士団と重砲艦がいたとしても……いや、啓蒙者がいたとしても……!」
「しかし守警騎士長……」
身振りを交えて唾を飛ばす勢いの彼に対し、今度は歩行騎士団側の通信科長が反駁した。
「相手は明後日には我々を滅ぼすと宣言している存在です。実際に、被害を顧みず我々の戦いを上空から炙って貶め、調査に向かっただけの大隊を皆殺しにしてもいる。
いずれ滅ぼされるならば抗うのも自由とは、あれも言っていました。確かに、少々不愉快な話ではありますが……
汚染種に怖れ屈すること無き者を騎士とするならば、あのような存在に対しても、我々騎士は無抵抗でいるべきではないと感じます」
「そこまでしても壊せはしまいと言うのだ、私は! 啓蒙者が黙り込んでいる今――」
「発言中の無礼をお許し下さい、守警騎士長どの」
そこに飛び込んできたのは、流れを止める、楔のような台詞。
守警騎士長が声の出所を睨むと、そこには他の騎士たちとはやや礼服の仕立てが異なる若者がいた。
戦線司令が、その名を思い出そうと口にする。
「……君は確か、昨日出向してきた」
「クォート・エクイッシュ特務審問官です」
青年は防諜監修としてやってきた、審問騎士団の所属だった。
本来であれば各部署の最高位者が出席しているのだが、彼らはこの事態で諜報の重要性が増したということで、ごく一部の連絡要員を残して出払ってしまっていた。
その連絡要員であったらしい特務審問官が、発言を続ける。
「守警騎士長どの、そして東部戦線の現在をご覧の方々、この場で提案させて頂きたいのですが――
この状況を打破するために、魔女を利用してはいかがかと」
「!」
その発想は、有無だけで言うならば、ほぼ全員の考えとしてあったものだった。
魔女勢力は歩兵の一人一人が飛行能力に支援火力までを備え、更に啓発教義諸国に伍しうる工業生産力と技術力まで兼ね備えている。
味方に出来ないまでも、その火力を利用することが出来るのであれば、大いに魅力的な存在だと言える。
しかし、背教者として指弾されはしまいかという懸念が、それを具体的に口に出させずにいた。
当然の成り行きか、守警騎士長が咎めるように声を上げる。
「何……審問官、君は法王閣下の許可もなく、こちらで勝手に汚染種と休戦――いやそれどころか! 共同しようというのかね!」
守警騎士はその任務の性格上、どうしても生真面目で口うるさい性格の者が多くなる。
また、啓蒙者が監視しているため多数派になることこそなかったものの、時折融通が利かないばかりか、保身主義に染まった俗物が混じることがあった。
この整髪料で髪を固めた男もその手合いかと、審問官は密かに値踏みしつつ説明した。
「そうではありません。あくまで、利用だけをやるのです。
先の大戦でも、かの名将デッチャー・アージュマンはキフラ峰の戦いで大胆にも敵の攻勢を利用し、勝利を収めました。
その彼も引用している聖典の一節にも、“敵を欺く策を献ずる者は、それもまた信仰者である”、と」
「そ、そうではあるが……」
青年は、そう捲し立ててこの口うるさい守警騎士長を丸め込もうとしているらしい。
他の騎士たちが内心で若い審問官を応援し始めた時、戦線司令が口を開いた。
「審問官、そう言うからには魔女たちを信用させる手段があるというのかね。
1400年前からこちらを憎んでいるであろう相手を……一時的にとはいえ欺いて味方につけられると」
「恐らく、向こうも我々と同じように“声”を聞いたと思われます。
邪悪な小体を持たない我々に強制的に聴かせるほどの強さの思念の声を、奴らが聞かなかったとは考えにくい。
ならば、恐らくは到達する結論も我々と近いことでしょう。
双方の兵力と国土と国民を蹂躙した。忌むべき巨大物体。
しかし、自分たちだけではこれを破壊することは出来ない、敵の力を利用できないか――と。
啓蒙者がほぼ完全に沈黙している今、問題が解決する間までの不干渉を匂わせるだけでも、魔女どもを動かすには充分なきっかけになるはずです」
「…………うーむ」
司令は腕を組み、唸る。
一方の守警騎士長は歯噛みするかのように沈黙すると、若い審問官が何か言おうとする前に宣言した。
「私は中座させてもらう! 仮にも治安維持を司る兵科を預かっておきながら、これ以上利敵行為じみた計画に関わるわけにはいかん!」
「守警騎士長……!」
「いい、審問官」
席を立とうとする彼を呼び止めようとするクォートを、戦線指令が止めた。
「パメド守警騎士長、追って命令を伝える。
それまでは司令部基地の治安維持、および合流する味方の受け入れを続行せよ」
「は! 東部戦線守警騎士団は司令部基地の治安維持、および合流する味方の受け入れを続行いたします! では失礼!」
そうして守警騎士長が大会議室を退室すると、戦線指令がクォートへ語りかけた。
「今のは、彼なりの気遣いだと思ってやって欲しい。不審に思うなら、諜報騎士を差し向けても構わない」
「いえ、感謝しています」
こちらに来た当初から既に差し向けておりました、などとは言わず、言葉を濁す。
「よし、それでは。
我々は欺瞞工作を以って、叛乱勢力による巨大物体への攻撃を誘発する!
そしてそれに乗じて、我々も可能なかぎりの火力を投入する――
他に意見はないか。無いのであれば、総司令部に可否を打診する。
いつでも全力攻撃が可能なように、東部戦線全騎士団および全兵科は攻撃作戦準備を進める。復唱!」
会議室の全員が、唱和する。
「東部戦線全騎士団および全兵科は、攻撃作戦準備を進めます!」
ままならぬ現実に意気を挫かれつつあった騎士達だが、かくて再び、彼らは立ち上がった。
必ずや、報復を。
願わくば、勝利を。
それがたとえ、滅ぶ間際に振りかざす破れかぶれの一撃に過ぎないのだとしても。