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霊剣歴程  作者: kadochika
最終話:霊剣、霊(くし)ぶ
129/145

04.サイレント・ヴォイス









 スウィフトガルド王国特設部隊第13号、通称“聖者宣教師団”。

 戦闘行動のために最適化する人体改造を施された特別な戦闘員を擁する部隊として、連合の一部ではその存在を知られている。

 だが、大陸戦争が再び始まった現在、その多くは大陸中部で展開した東部戦線、そしてはるか西の海に浮かぶ妖族の聖域である島を攻撃する西海派遣艦隊に随行する要員として振り分けられていた。

 しかし、西海派遣艦隊は敵の反撃で大きな被害を受け、東部戦線は天空から降臨した焦熱地獄により部隊の2割が戦闘不能、あるいは消滅した。

 まさか、そこを狙ったのか。

 そうとしか思えなくなるほどに、それは戦線の中心付近に聳え立っていた。


「許せない……」


 起伏に乏しい感情で、しかしトルアーレはそう呟く。

 彼女は聖女と呼ばれた、宣教師の一人だ。

 抜きん出た秘蹟の力と引き換えに、全身の随意筋の機能をほぼ失っている。

 だが、そんな欠陥を抱えた聖女が前線で戦うための専用装備の調整が遅れ、そしてその不都合が自分の命を救う結果となった。

 光と熱と爆風で東部戦線が薙ぎ払われた時、彼女は輸送飛行機の中にいた。

 突如激しい振動に襲われて翼をもがれた鋼鉄の鳥は、聖女たる彼女の秘蹟の力で一人の死者も出さずに不時着に成功する。

 だが、機外に出て外の状況を知った彼女たちが見たのは、変わり果てた大陸中部の有様だった。

 通信は引き裂かれ、巨大な物体が膨大な土煙をまといながら、天地を貫いて立っていた。

 味方の多くが開戦初日に死亡したらしいことが徐々に明らかになり、介助なしではまともに歩けすらしない自分はこうして生きている。

 彼女は今は、介添えの騎士によって車椅子を押されながら、己の胸中に湧き出す無念と呼べそうな感情を弄びつつ、虚しく問いかけた。


「(この出来事を思し召したのですか、名を呼べぬ原初の主人)」


 元より、教義を体現する以外のことは考えていなかった筈だった。

 だが、この惨状はいかなる教えに基づくものか。

 彼女は自分を前線へと輸送する任を負っていた飛行騎士隊長の名を呼び、尋ねた。


「汚染種は死にましたか、ローフェリフ隊長」

「は、恐らくは多数……滅されたかと」


 言葉を注意深く選ぶようにして、彼が答える。

 トルアーレは続けた。


「それを成したと思しいあの巨大な影が、最初の御方なのかしら」

「……不明です……味方の音信は復旧を始めていますが、いまだ混乱深く……」


 答える彼に、更にただす。


「ローフェリフ隊長。我々の信じる最初の御方が、勇敢な騎士たちを汚染種もろともに殺したのだと思いますか?」

「聖トルアーレ、その」

「私には分かります。あなた方の怒りと不安が。私たちの感覚は欺けな――」

「恐れながら、それ以上は!!」


 背筋を伸ばし、彼女とは目を合わせないようにして、騎士隊長がやや、声を荒らげた。

 悪意すら疑われたかも知れないと危ぶみつつも、トルアーレは彼に陳謝した。


「……ごめんなさい。でもね、ローフェリフ隊長。私は聖者と呼ばれて敬われているけど……このような、あまりに巨大な不条理を目の前にしてただ祈るだけなんて、糞食らえだと思っています」

「聖トルアーレ、貴女の口からそうした表現は……」

「啓発教義の大原則です。

 同胞、これと愛を放て。

 不条理、これに必ず打ち克て。

 悪行、これより袂を分かて。

 最初の御方の教えは正しいものです。ゆえに、あれは降臨すべき至尊の御姿では有り得ない」

「……しかし……」

「あれが最初の御方かも知れないという、あなた方の懸念は分かります。皆に聞こえたあの謎の声は、そう名乗っていましたしね」

「…………」

「栄光の啓発教義連合が、このような事態になってもまだ汚染種絶滅の戦を続けるのかどうか、それさえ不明です。

 されど、まずは独断ではありますが、宣教師トルアーレがあなた方に命じます」


 すると、それまで何事もなかった部隊の車両が一台、後部をごわりとどよめかせた。

 装甲で覆われた荷台が左右に割れて、中から全高4メートルほどの人型の巨体が起き上がる。

 聖者の中でも秘蹟の力に抜きん出てはいるが、代償として自力で歩行する事がほとんどできない聖トルアーレの、字句通り手足となる機構。

 それが、のっそりと静かに輸送車の荷台を降りる。


「着装」


 聖女が号令をかけると、騎士達が唖然として見守る中、大型の宣教装甲は巨大な両腕で彼女の体を優しく掴んで持ち上げた。

 するとその胸部装甲が開いて人一人がまるまる入りそうな空洞が現れ、体重の軽い聖女はその中にすとんと降りて、全く収まり切ってしまう。

 装甲が閉鎖され、無骨な頭部が音もなく周囲を見渡す。


『私はこの14式特装宣教装甲と共に、あの巨大物体との思念通話を試みます。あなた方は指揮系統に合流し、この事を報告してください』

「…………!」

『復唱を、ローフェリフ隊長』

「……理解いたしました。キンプ・ローフェリフ以下、司站(したん)大隊は指揮系統に合流し、聖トルアーレの行動を報告します」

『では、良き運と巡り会いのあらん事を』


 巨大な宣教装甲の中から、聖女が別れを告げる。


「聖女に敬礼!」


 騎士隊長の号令で、騎士や従士たちが手を所定の敬礼位置に当てると、宣教装甲も内部の聖女の操作か、右腕を同じ位置へと動かしてみせる。

 脚部の走行装置を展開して助走をつけ、背部からは啓蒙者を思わせる大きな固定翼が延びた。

 聖トルアーレを内部に収めた宣教装甲はそのまま不安定な荒地の短い距離を滑走、飛び立ってしまった。

 彼方にそびえ立つ、不気味な巨大物体に向かって。











 昼下がり、今は主のいない(ほこら)

 アニラ・リオーリは人の気配のないそこで、小さな屋根に落ちていた鳥の糞を洗い落とし、大量の土や小石を掃き出した。


「ひどいなぁもー」


 二時間ほど前に、彼女の村も“もう一つの太陽”に照らされた。

 “もう一つの太陽”はやがて地平線の向こうへと沈んでゆき、その後、かなり大きな地震が村を襲った。

 その数分後に大きな突風が数十分も吹き荒れて、村は一時、蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。

 今でこそ近くの陸上騎士団の基地から駆けつけてくれた騎士たちがいるが、村人全員が謎の悲しげな声を聞いたことなどもあり、アニラも宣教師たちの言う終末がやってきたのかと、半ば本気で心配したものだった。

 だが、一先ずは喫緊の不安はなくなったらしいということで、彼女は騎士たちに村はずれの畑を見てくると偽り、この祠に来ている。

 突風や地震で壊れてはいまいかと心配だったが、土埃や木の葉にまみれただけで済んだのは幸いだった。

 それを15分ほど念入りに掃除をしたか、彼女はふと、太陽の方向にそびえる啓発教義の神を仰ぎ見た。


「(あれが、教士の人たちの言うメトの神様か……)」


 巨大な半球の上から、極めて巨大な柱かなにかを思わせるものが天へと伸びて、そして雲へと飲み込まれている。

 恐らくは、あれによって――悲しげな“声”を直接心の中に語り届けられたのを思い出し、アニラは独り、呟く。


「グリュクさんは霊剣さまの声が聞こえるって言ってたけど……わたしも聞きたかったですね」


 祠には、かつて村を守って死んだ魔女の形見が収められていた。

 意思を持ち、魔女と言葉を交わせるというその神秘の剣は、たまたま村の近くで倒れていた青年を新たな主人に選び、旅立っていった。

 もしも聞くことが出来たなら、霊剣の声も、あのように心に聞こえたのだろうか?

 そう考えれば、アニラは心で以って直接の声を聞くという初めての体験を、彼方に屹立する不気味な威容の物体によって遂げてしまったことになる。

 それが少し、悔しかったのかも知れなかった。

 どこにいるとも知れない剣士と剣の行方をぼんやりと想いながら、彼女はもう(まつ)られるものの無い祠に、ささやかな供物を献じてその場を去った。











 良く晴れた海の上、ただし太陽は西の海に沈みつつある。

 周囲を見渡しても島影ひとつないそこを高速で飛ぶのは、啓蒙者の飛行機だった。

 前後長は10メートル程度、平たいパンのような胴体の左右には翼ではなく、啓蒙者が使用する弓状の魔力線エンジンが付き出しており、近くを飛んで耳を澄ませばそれ特有の小さな高音が聞こえたことだろう。

 海面に明確な影が落ちるほどの低空を飛んでおり、その高度は10メートルもあるまい。

 音速の半分以下の速度で飛行しており、その後部には荷捌きや展望の用途に使用すると思しき甲板が設置されていた。

 ジルはそこの手すりに掴まり、ただ過ぎ去る殺風景な青い景色を見つめている。

 今は、純白の聖別鎧(スヴァルティスヴァン)は着装していない。


「……………………」


 ジル・ハーやコグノスコたちは、エンクヴァルの地下にあったコグノスコの秘密の工房を出て、“両の目”のメンバーだという啓蒙者と接触した。

 彼らの協力で、点検のために沈黙しているという神聖啓発教義領(ミレオム)の監視ネットワークの隙を突き、こうして移動用の飛行機を調達することさえ出来たというわけだ。

 だが、その途中で彼女もメトの“声”を聞いた。


「(三日後に滅ぼす、か……)」


 ジル・ハーはその体質上、啓発教義において名誉があるとされる職――軍事、宣教に関するもの――につくことが禁止されており、日頃から教義についても反発を感じてしまう事が多かったのは事実だ。

 だが、まさかあのようなことを宣言されるとは。

 何を結論付けられるでもなく、進路の後方に高度を下げてゆく太陽を見ていると、甲板に出る扉を開けて足音が近づいてきた。


「風邪引くぞ」

「……かぜ?」


 カイツだった。

 今は変身を解いて、気難しそうな翼のない青年の姿のままになっている。

 ジル・ハーが言葉を繰り返した意味に思い当たったか、視線を逸らしつつ、カイツは呟く。


「あぁ……ミレオムは暖かい国らしいな。風邪引く奴はそんなにいないか」

「体調を崩す兆候を端末が教えてくれるから……寒い地方の市民がどうしてるかはよく知らないけど」

「実際に体感した方が早いかもな。

 ……雪って、見たことあるか」

「見たことあるの?」


 オウム返しに尋ねると、彼は――これまでそうした説明をする機会は多くなかったのかも知れない――少し迷うように視線を泳がせた。

 そして、彼女の隣に立って、同じように手すりに両肘を置いて話し始める。


「俺の実家の地方だと年中降ってる――年中は言いすぎかな。

 でもやたら積もるから、屋根から落としてもそいつをまた邪魔にならないところに持っていくのが手間なんだ。

 雪のない地方の魔女は魔法で溶かせばいいじゃんなんて気軽に言うんだけどな、量が多い上に下手に溶かしたりすると後で氷になってますます始末に困るんだよ。

 うちみたいに男手がそこそこあるところはまだいいんだが、それでもひどい時は夜中に雪を掻き出さなきゃいけない時もあってさ」


 喋っている内容は、いわゆる愚痴というもののはずだ。

 だが、ジル・ハーには彼の表情が、どこか安らかなものに見えて不思議だった。

 そう語られれば、画像でしか見たことのない雪というものにも興味が湧いてくる。


「……見たいな」

「…………雪を?」

「うん……どうせ、三日後には……」


 地上が滅びるという宣言が本当に実行されるのであれば、それまでにささやかな希望くらいは叶えたい。

 そんな思いを口に出来ずにいると、カイツがそこを補足するように呟いた。


「あの“声”のことか」

「…………うん」


 それに甘えて、認める。

 カイツは短く唸ると、諭すように続けた。


「……俺の仲間たちは、それを止めにミレオムを攻めたんだよ。結果的には追い返されて……今どこにいるのかも分からないけどな」


 見慣れていた光景に、巨大な異物が入り込んできた時の恐怖。

 勇気を出して自分がやるべきと信じたことを実行したが、それも裏目に出て同胞に疑いをかけられることとなった。

 そして一度は死んだも同然となって、カイツやコグノスコと出会い、上級司祭と戦闘までしてしまった。

 その時の恐怖や負の興奮を思い出して、肌が粟立つ。


「……本当に滅びちゃうのかな……? わたしたち……」

「滅びるって、思うのか」

「分からないよ――分からないから、みんな死んじゃって、それを看取る人もいないんだとしたら……怖いじゃない」


 口から出るに任せて吐き出すと、カイツがこちらに視線を向けていることに気づく。


「……分からなくて怖いなら、俺は抵抗するよ。このクソ野郎、黙って大人しく死んでやりゃしねーぞ! ってな。

 君だって、訳の分からない啓蒙者から俺を守って戦ってくれただろ。

 あいつらのことは怖くなかったのか? よく知ってたのか?」

「……そんなわけないじゃない」

「じゃあ、メトの神様ってのが相手でも同じだ」


 彼としては、励ましているつもりなのだろう。

 ジル・ハーとしても、何か会話の弾みがつくようなことを自分から喋りたいという思いはあったが、どうにも、すぐには考えつかない。


「……自分のことを語るのは少し恥ずかしいけどな……

 俺はこういう体になる前は、国にある研究施設で研究者志望として働いてたんだ。

 使い走りをやらされて、大した研究もできてなかったけど……

 そんな時、何かの実験の失敗の余波――だか何だかで、俺は一回、グチャグチャの挽肉になって死んだって聞いた。

 それを、その事故を引き起こしたっていう静電気みたいなバチバチした謎の知性体が、自分たちの棲家の代わりに使おうとして、そこにあった永久魔法物質(ヴィジウム)と合成して、こうなった。

 考えてみたら、俺が重傷を負わせてしまった君を、コグノスコが治療してくれたのと少し似てるかもな」


 想像する以上に、その境遇はジル・ハーのそれに近かった。

 漠然とではあるが、彼が変身を行うのはそもそも、そうした生まれつきなのだろうと思ってしまっていた。

 そんな間抜けな感想を口にするべきかどうか迷っていると、手すりから手を離して、カイツ。


「それだからああしろ、こうしろ、って言いたい訳じゃないが……浮かない顔してるのを見るのが、その……つらい」


 最初に抱いた口数の少ない戦士といった印象とは裏腹に、彼は饒舌だった。

 元々そうだったのか、ただ個人的に気を許してくれているだけなのか。

 ただ、これだけは言えると思ったことを、彼女は口にしてみた。


「ありがとう。心配してくれたんだね」

「……!」

 

 気恥ずかしげに顔をそむけるカイツの仕草は、啓蒙者であるジル・ハーから見ても微笑ましく、また――その所感を知った彼が快く思うかどうかはともかくとして――かわいらしかった。

 と、そこで、懐の装甲端末が鳴った。

 今は神聖啓発教義領(ミレオム)のネットワークからは分離されており、代わりにコグノスコや神聖啓発教義領(ミレオム)の外の“両の目”が確立した視神経(ネウェス・オプチス)と呼ばれる別のネットワークに接続されている。

 相手は、コグノスコだった。


『ジル、今どちらです。カイツも一緒ですか?』

「あ、うん。どうかした?」

『そろそろ到着します。“両の目”の拠点のある無翼人の町です』


 操船室に戻って進路の前方を見ると、夜に飲まれつつある海の向うに、文明の明かりが灯る陸地が見え始めていた。











 人間が地上において生身で生活可能な海抜高度は、およそ5000メートルほどと言われている。

 短期間の滞在でなら6000~8000メートルほどが限界とされており、魔女が人口の大多数を占める大陸安全保障同盟では、これらの知見は古代から経験則として知られていた。

 大陸西部から酸素や水素といった物質元素の概念が持ち込まれてくると、大気中の特定の元素を選択的に集める魔法術が開発され、純粋酸素の吸引などを行うことで、標高1万メートル程度であれば生身による到達距離を伸ばすことが可能だった。

 気圧は地表の1/3、気温は氷点下50度を下回る。

 彼女たちも、今は防寒装備を最大限にまとい、呼吸用の酸素気密筒(ボンベ)を背負っていなければ飛ぶことは出来ない。

 大気中の酸素を集約しながら飛ぶのは、神経にかかる負担が激しすぎるためだ。

 目元以外の殆どを覆い隠して背部に大きな気密筒(ボンベ)を背負っている有様は、空色の航空迷彩を除けば啓発教義の国々で広く描かれた魔女の戯画化された姿に似ていたかも知れない。

 ただ、およそ空に関する限り、超科学を操る啓蒙者といえど負けはしないというのが、魔女たちの自負だ。


「少佐の報告通りね……本当にとんでもない」


 ミーシアは防寒着の中で、そう溜息をつく。

 推定全高300キロメートル。

 あの巨大な物体は、魔女が生身で到達できる高度の30倍を超える高みに、地上から聳えるだけでたどり着いてしまっていた。

 報告と念写写真をくれたミドウ・ユカリ少佐は憤っていたが、まあ、彼女は特殊な部類だろう。

 ミーシアとしては、どちらかと言えば畏怖すべき自然を眺める気分に近い。


「そろそろ念話には充分な距離かな、ミーちゃん!」


 10メートルほど離れて飛行していた同僚のローマイネが、箒を近づけながら彼女に呼びかける。


「そうね。そんじゃやってみますか」


 ミーシアは滞空飛行に移った同僚の背後に移動すると、飛行の魔法術を解除してその箒に同乗した。

 一つの魔法術に専念するためだ。

 魔法術を想い描き、収束する魔力を呪文に乗せて解放する。


「……以って伝えよ。精と、神とを――!」


 ミーシアは、ベルゲ連邦の軍に所属する魔女の中でも、精神や情報収集に関連する魔法術に卓抜した技能を持つ。

 極めて強力な魔法術を扱う突出した魔女だけを抽出・編成された、ベルゲ連邦寵能(ちょうのう)軍に所属するたった五人の特異魔法術技能者の一人である。

 西部戦線に降着した巨大物体が、啓発教義の神を名乗って72時間後の世界滅亡を宣言した事に対し、ベルゲ連邦を始めとする魔女諸国では、啓発教義諸国よりもその受容と理解が早かった。

 思念波を用いて極めて広範囲に言葉を送り届ける存在であるならば、当然意思があり、思念会話の魔法術を用いたコンタクトが可能だ。

 彼女たちは、ベルゲ連邦政府のそのような判断に基づき、こうしてここに派遣されている。

 少数精鋭主義の極北たる連邦寵能(ちょうのう)軍の構成も、迅速な出動には有利に働いた。

 

「(聞いて下さい、そびえ立つあなた!

 私はベルゲ連邦軍、ミーシア・スミストートス寵佐(ちょうさ)です――)」


 つぶてを投げかけるように、ミーシアは思念を凝らして語りかけた。

 ただ、通常の魔女相手であれば神経痛を受けて悶絶するほどの規模の思念を投げかけても――防寒着を介してとは言え彼女と密着しているローマイネは、念話遮断の魔具を使用している――、巨大物体は応答する気配がない。

 

「(先刻の宣言についての説明を求めます。名乗った通り、あなたは始原者なのですか。

 返答は念話でなくても構いません。しかし、先刻の宣言を実行する意思に変化がないのであれば、我々はそれを絶対に看過しません)」


 持ってきた酸素量には限界があるので、これを一時間続けて変化がないようであれば、彼女たちは一度帰投する。

 そして六時間後、状況の大勢に変化がないようであればもう一度接触を試みる。

 時刻は現地時間で午後2時半を回っているため夜間の飛行となるだろうが、それも任務だ。

 だがその時、ミーシアの精神に向かって思念の波を打ち返してくる存在があった。


「(今思念で以って語りかけている人、応答を求めます)」

「――!」


 感があった。

 そのあまりに明瞭な思念の出所を感じた方角――南西を見ると、上昇しつつこちらに接近してくる影が視認できる。 


「(こちらはスウィフトガルド王国軍、聖者宣教師団の宣教師、トルアーレです。交戦の意図はありません)」


 自動巨人のように見える機影は、念話を放ってそのように名乗った。


「(このような状況ではありますが――いえ、ゆえにこそ情報交換を希望します。こちらは単独です)」


 率直に言って、判断に迷う。

 スウィフトガルドが自動巨人の飛行化に成功し、標高にして10000メートルの高度まで送り込んできた――それどころか、思念通話の機能を備えているかもしれないのだ。

 彼女の体と装備の重量を預かっているローマイネが、普段の開放的な話し方とは真逆の、じっとりと押し殺した声音で尋ねてくる。


「ミーちゃんどうする、この距離ならやれるけど」


 彼女もミーシアと同様に、連邦寵能(ちょうのう)軍に編成された魔女だ。

 弱冠16歳にして、攻撃型の技能錬成を極めた魔女として連邦軍の頂点に立つその才覚は、炎の魔女の再来とも噂されている。

 彼女がやれるというのなら、一切の躊躇なく、全く未知の相手といえど仕留めるだろう。

 それらを全て勘案し、答える。


「……ローマイネ、乗ろう。随伴がないのは本当みたいだし、教義側の状況も知りたい。嘘ならあたしが見破るから」

「分かった」

「矢の如く飛ぶ。東へ西へ――」


 ミーシアはローマイネの箒から飛び降りると自分の箒にまたがり、姿勢制御を再開した。

 そして高度を更に上げ、彼女たちと同程度まで上昇してきた自動巨人らしき機影に向かって、ゆっくりと箒を進めていく。

 世界滅亡まで、あと66時間25分。











 始原者メトが西の戦線に降臨した事態を受けて、ベルゲ連邦を始めとする魔女諸国も大きく動揺していた。

 ベルゲ帝国の崩壊以来、ほとんどの国家が王権を廃して共和制か立憲君主制に移行したため、事実上の独裁を行っている少数の国を除けば、ほとんどが未だ、軍や災害対策組織の出動を除けば議会の招集が完了したかどうか、という段階に留まっていた。

 最大の構成国であるベルゲ連邦といえども、その例外ではない。

 降臨のあった時刻、ベルゲ連邦標準時では正午を回ったばかりの状況だった。

 第二次大陸戦争の開戦に及び、戦時立法を行うために集まっていた大半の議員は、昼休憩の最中に件の“声”を聞いたことになる。

 純粋人である議員と、念話の概念にある程度実感的な魔女の議員との間の認識の差を理解しあうのにやや時間は要したが、それでも議会はそれなりの冷静さを取り戻し、更に各地を経由しての前線からの報告を受け、災害時立法の体制へと移行したのだ。

 しかし、日没に差し掛かろうとする頃、更に異変が生じた。

 首都圏の防空監視網に引っかかった巨大物体が、まっすぐに首都を目指して進んでいるという報告が入ったのだ。

 その速度は夜間警戒中の飛行機や防空魔女の部隊をあっさりと振りきり、箒を持っていた元軍人の魔女議員数名が業を煮やして屋上から空に上がろうとした時、既に官庁街の上空に飛来していたほど。

 影の正体は、ベルゲ連邦が大統領と内閣の承認を元に発足させた多国間特務戦隊、通称フォンディーナの保有する空中機動艦――正確にはその脱出用中核となる部分だった。

 夕日の照らしだすその威容、全長約400メートル、推定質量16万トン。

 叶うならば自分たちで力及ばずとも迎撃を行うつもりだった年かさの議員たち――辛うじて、戦中世代だった――は、箒の高度は維持しつつも戦慄した。


「よ、妖魔艦! 月に向かったと聞いていたが――」

『大統領、副大統領、並びに閣僚・議員のご一同!』


 拡声器を通して投げかけられた男の声と共に、天船アムノトリフォンの船底から議事堂へと四条の光条が投げ落とされて、路面で重なりあう。

 その中を、複数の人影がゆっくりと降下してきた。

 重力作用を偏向する。高度な魔法術だった。

 小銃を構え、あるいは攻撃魔法術の行使準備態勢を取る衛視や警邏魔女が周囲を取り囲む議事堂前の広場。

 そこに優雅に着地したのは夫婦らしき礼服の男女と、礼服をまとった三人の若者。


「お騒がせした。多国間特務戦隊フォンディーナ、嘱託(しょくたく)指揮官セオ・ヴェゲナ・ルフレート」


 漆黒のマントを、今は隠し持つ武器などがないことを示すために両肩で括り上げ、傍らには先日婚姻を発表した妻らしき妖女と腕を組んでいる。

 現在は妖魔領域の狂王位継承権第十二の位にあるその男は、堂々と宣言した。


「残念ながら任務は不首尾に終わったが……月で得た敵情を報告しに参上した」


 衛視や議員で耳の良い者の中は、この緊迫した状況で、礼服をまとったセオ王子の護衛らしき若者たち――よく見れば、二人はごく若い娘だった――がぼそりと漏らした台詞を聞いたかも知れない。


「(なんであたしたちが彼の手下みたいな扱いになってんのよ……そりゃ一応指揮官って扱いだけど)」

「(まーまー、これも大人の段取りってやつよ。面倒な話は全部殿下ご夫婦がやってくれるわけだし)」


 セオ王子が姿を現した大統領に向かって敬礼すると、彼もベルゲ連邦式らしき敬礼をしてみせた。

 妖王子夫妻は質問に詰め寄る議員たちに――更にその周囲を議事堂の衛視たちに――囲まれながら、議事堂へと迎え入れられていく。

 地上滅亡まで、あと66時間14分。











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