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霊剣歴程  作者: kadochika
最終話:霊剣、霊(くし)ぶ
125/145

EX:サルドル・ネイピアの物語EX

 これまでのお話――





 地上の生物と文明を滅ぼそうとする巨神、始原者メトの復活を阻止するため、多国間特務戦隊フォンディーナは天船に乗り込み、始原者の所在する神聖啓発教義領(ミレオム)の首都へと強行突入を行う。

 だが、地下深くに隠された始原者は既に抜け殻になっており、始原者確保作戦は失敗。更に撤退の間際にカイツ・オーリンゲンが離脱する。

 次の手段として、始原者復活のための重要な祭器である軌道レンズの捜索を行った多国間特務戦隊(フォンディーナ)は天球の観測を行い、月の裏側にそれが隠されている可能性が高いという結論に至る。

 月の裏側へと向かった彼らを襲う無数の飛行爆弾、黙示者の迎撃。

 天船に大きなダメージを受けつつも、裁きの名を持つ霊剣(レグフレッジ)が第2の特異能を発現し、意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)と共に軌道レンズを破壊する。

 しかし、破壊直前に放たれた復活の大秘蹟によって、メトは月面に復活してしまう。

 手を尽くし、命を賭けて食い下がる霊剣使いたちだが、戦いの最中で切り札は失われ、ついには始原者メトを名乗る少年によって、グリュク・カダンと意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)は消滅させられてしまった。

 果たして始原者は降臨し、地上の全ての生命に対し、3日後の世界滅亡を宣言する。









 始原者の再臨から、遡ること三年。

 スウィフトガルド王国東部のとある地方都市で、簡易審問が実施された。

 簡易審問とは、教会の権限で行われる一種の警察行為であり、文字通り簡単な尋問として執行されることが多い。

 正審問と異なり庶卿(しょけい)以上の聖職者の立会が義務とされておらず、処理に要する手間も少ない。

 結果的にこれは、審問庁による事実上の取り調べとして機能し、そして多くの人々からそのように認知されていた。

 審問官が人通りの多い地区を巡邏(じゅんら)し、不審を感じた人物に対し路上で任意に――つまりほぼ強制的に教会へと連行して執り行うものだ。

 グリュクは安宿を追い出されて裏通りをふらふらと歩いていて、それに出くわした。

 唐突に、やや大きな声が聞こえる。


「そこの、止まれ」


 最初はそれが自分にかけられた言葉だと思わず、強引に左腕を掴まれて痛みを感じた時点で、初めて気づく。

 空腹で手足の動きも鈍っており、意識も反応が遅れた。

 強引にフードを剥ぎ取られ、彼はいつの間にか三人の審問官に囲まれていた。

 一人が短棍を腰から抜き、グリュクの顔の方に差し向けて言う。


「名前は。どこから来た」

「え……」


 言い淀むと、横合いから足を蹴られた。


「答えろ」

「った……ぐ、グリュク・カダン、この街にはプリドから……」


 理不尽な痛みに唸りつつ、答える。

 彼が出会ったこの三人の審問官は、簡素な動きやすい法衣からして巡羅審問官というものだと判断できた。

 地域によっては場末のごろつきと大差のない人間が役目についていることもあるが、逆らえば審問官権限でさらに重罪として強引な手に訴えてくるだろうと見当がつく。

 そのグリュクの返答を聞いて、一人が鼻を鳴らした。


「プリドなあ。俺あそこ臭えから嫌いだわ」


 そして残りの二人も続き、こちらに罵声を浴びせてくる。


「そういやそこ、魔女の子を引き取ったとかいう偽善司祭が追い出されてたよな、あれ笑ったわ」

「それじゃお前が例の魔女のガキ? マジかよ」


 故郷と養父と両親とを一度に辱められて、弱りつつある彼の体に最後の怒りが充満した。

 せめて一人でも顎の骨を砕いてやろうと拳に力を込めた瞬間、彼らの下品な台詞とは全く違う方向――グリュクの背後から、凛とした声が掛けられた。


「待ってください、歩く人々」


 振り向くと、そこには幼い啓蒙者が立っていた。

 年の頃は13、4歳といったところか。翼を隠す白い法衣と、真昼の太陽のような白く艶のある髪をした少年だった。

 彼はグリュクと審問官たち全員に向けて、人類社会でも審問許可証となる首飾り――二枚の翼を生やした目を意匠化したもの――を掲げてみせた。


「彼への審問は、僕が引き継ぎます。みなさんは、巡羅任務に復帰してください」


 巡羅たちとグリュクとの間に割って入ると、彼はそう言って巡羅たちの側を向いて立った。


「さ、最初の御方の栄光あれ……!」


 三人の巡羅審問官は、微動だにしない啓蒙者の視線から逃げるように表通りの方へと去っていった。


「……大丈夫でしたか、僕は宣教師サルドル・ネイピア。差支えなければ、お名前を教えていただけますか」

「……あ、グリュク……カダンです」


 グリュクの上背は高い方だが、サルドルと名乗った彼は頭一つ、いや一つと半分以上に小さい。

 そんな少年に自分を助けさせてしまったことに対する羞恥と自己嫌悪はあったが、それでも彼は巡羅たちに対してより、素直に名前を言えた気がした。

 しかし。


「信徒グリュク、何かお困りでしたら、力になりますよ。僕はまだまだ若輩の身ですが――」


 グリュクは、彼がそのまま言い終わる前にその場を離れた。

 もし自分の身の上を尋ねられた場合、答えなければ失礼に当たる。

 だが、今の自分の置かれた状況をそのまま口にするには、彼はあまりにも、心身ともに弱りすぎていた。

 生まれてすぐに、魔女から生まれた純粋人の子どもとされて話題の渦中にあり、思春期を過ぎてからは養父の失脚で住んでいた教会を追われた。

 彼自身の落ち度に拠るところは一つもないが、口にするのは耐え難く。

 それ以上に、少年の真っ直ぐな目に射抜かれるのが怖かった。

 グリュクは涙を目に溜め、洟をすすりつつ弱々しく走った。

 彼が追いかけるのを諦めてくれたのが、せめてもの救い。

 後に辺境の騎士団に志願し、神秘の霊剣ミルフィストラッセと出会い、彼の人生は激変する。

 これはその前にあった、ささやかな邂逅。

 そして、今や始原者の後継としてこの大地に降臨したサルドルの巨体の片隅に残された、ちっぽけな記憶の一コマに過ぎない。











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