15.白昼の客星
太陽光と月光が降り注いでいるため、始原者メトの後部――便宜上そう表記する――に突き刺さった天船トリノアイヴェクスの威容は、水銀の湖に突き立った牙を思わせた。
強靭で耐久性に優れた衝撃反射板に穴を穿ったことでその先端は大きく変形してしまっていたが、それでもセオ・ヴェゲナ・ルフレート夫妻の誇る地上最大の機動兵器は、巨大な始原者の内部への入り口を切り開いていた。
迎撃などは思いの外鈍く、徹甲魔弾や念動力場で問題なく無力化出来てしまう程度でしか無かった。
どちらかと言えば、監視装置に申し訳程度の牽制用の装備を施した、というような。
(気にはなるが……始原者にも既にそのような余裕が無いとも取れよう。今は中核を特定するのだ!)
「分かってる!」
核衝撃推進を阻止して、始原者の地上への降臨を遅らせているタルタスと狂王の血族たち。
そちらとは別に、五人の霊剣の戦士と五銘の霊剣にその随伴員たちが、遂に始原者の内部に突入を果たしていた。
「切り裂け!」
「刃は此を二つに!」
グリュクとグリゼルダで、それぞれ二撃ずつ。
二振りの霊剣が閃いて、極めて強靭に作られているはずの、始原者内部の通路の隔壁を二メートル四方の方形に切り取った。内部は暗く、大気が無いにもかかわらず巨大な生物の体内を思わせる生温さが感じられた。
そこに、アダが左腕から展開した復活せし名を持つ霊剣を突き刺し、叫ぶ。
(隔壁よ!)
「荷電超重金属粒子砲に――なぁれッ!!」
両腕に装着した篭手のようなものは、カトラと天船から与えられた新装備だった。
内部には啓蒙者製の強力な兵器の情報が入力されており、アダはこれを参照することで、スウィフトガルド王国やベルゲ連邦の技術力を大きく上回る強力な兵器を行使することが可能になるのだ。
そしてそれを、すかさず隔壁の向こうに向かって撃つ。
一条の光が多数の隔壁や機材を貫通し、閃光と爆炎が膨れ上がった。集結しつつあった敵の内部迎撃戦力を一気に殲滅した。
始原者の内部は減圧されていて大気がないので、爆炎に見えるものは全て、アダの放った一撃で赤熱化・膨張飛散したメトの構造材ということになる。
跳ね返ってくる爆轟は、霊剣使いたちが防御障壁を展開して防いだ。
「……!」
(凄まじき威力……)
擬人体なので人間のような青ざめ方はしないはずだが、グリュクから見えた彼女の表情は新兵器のあまりの威力に冷や汗を垂らしているようにも見えた。
だが、圧縮魔弾にも匹敵しそうな威力であっても――たとえその1000倍の威力があろうとも、長径300キロメートルにも及ぶメトを仕留めるには不足極まる。
全ての兵器、魔女と妖族の魔法術・妖術をかき集めても、果たして破壊することが出来るかどうか?
だが、ここにその可能性があった。
粒子砲の一撃で半径数百メートルほどを”食いちぎられた”その一角に、霊剣の戦士たちが飛び出す。
アリシャフトとキルシュブリューテを中心に、グリュク、グリゼルダ、アダ、そして加勢を申し出てくれた彼の母アイディスと、その聖女時代の同僚であるアンネラ・スタンテが護送のように緩やかに取り囲んでいた。
元聖女二名が携行していた大型の探照灯を起動すると、眩い光が内部を照らす。
そこはすでにアダの粒子砲で完膚なきまでに焼き払われてはいたが、広がる残骸は巨大な機械が無数に組み合わさったものが稼働していたのではないかと思わせた。恐らくは、推進力として使っている小型核爆弾の生産施設だったのだろう。
適当に広そうな足場を探して留まり、キルシュブリューテが相棒を鞘から抜き放った。
「行くよオリアフィアマ、アリシャフト、ヴェクテンシア!」
アリシャフトも同じく相棒を抜き、応える。
「そうだね……抗う名の下に!」
(ここが弓引き、刃向い、楯突き続けた旅路の一区切り!)
「そして輝ける勝利の名の下に――」
(我ら凱歌をもたらす! 正にその銘に相応しかるべく!)
二人の闘志に応じて、二振りの霊剣が変形した。
「静けく更ける闇夜を!」
柄と刃が同じ長さの霊剣は、柄と刃の中間点に回転軸を生じ、鋏のように開いた。
「全て束ねて勝利へ!」
身幅のやや細くすらりと伸びた霊剣は、柄飾りが刃の先端へとスライドして儀仗か戦槌を思わせる形状となる。
彼女がそれを頭上に掲げると、先に啓蒙者の首都で見た白い月が浮かび上がってきた。
「さーて……トリノアイヴェクス、始原者の中枢を、こいつで叩く! 可能性の高い推定位置を教えて!」
『風防に表示します』
「来た……アリシャフト!」
「あぁ」
一方、鋏のように変形した抗う名を持つ霊剣を握るアリシャフトが、二つに別れた刃の一方の先端を支点にして、器用に円を描く。
「(あ、それ鋏じゃなくて円規なんだ……)」
隔壁に描かれた円形の傷はにわかに輝き始め、その内側から無数の、やはり先だってエンクヴァルで見た淡い翡翠色の羽毛の嵐が吹き出した。
噴き出す嵐は、キルシュブリューテの頭上の銀色の月を、見る間に肥大させていく。
最初は直径が10メートルほどかと思えたものが、今では数百メートルにもなっていた。
そしてその周囲を照らしだす銀色の月と翡翠色の羽毛の嵐の輝きが、迎撃者の襲来をグリュクたちに伝える。
(来るぞ、主よ!)
念動力場などを発生させているらしい黄金の翼を羽ばたかせてやってくる、様々な異形たち。
下半身から無数の砲口を生やした者、肥大化した装甲で全身を覆った者。
「ここは通しません!」
アダが左腕の武装を変形させて、奇妙な形状の機械で無数の光の針をばら撒く。
グリゼルダは魔法術、アイディスとアンネラもかつては秘蹟と呼んでいた力を発動して敵を迎え撃った。
グリュクも、呪文を唱えて誘導魔弾を解放した。
「食らい付け!」
解放と同時、念じたものよりもかなり巨大な魔弾が出現し、始原者の尖兵を一撃で爆砕する。
牽制弾のつもりだったグリュクは、翡翠の羽群の効果を思い出して呻いた。
「すごいな……」
アリシャフトと抗う名を持つ霊剣の描いた円から放出され続けている翡翠色の羽毛は彼らの頭上の銀月を肥大化させているのみならず、グリュクたちの魔法術も強化していた。
銀月は敵の秘蹟を弱め――敵味方の識別が働いているのは、エンクヴァルで合体天船を押し包んだ”手”の群だけを退けたことからも明らかだ――、翡翠の羽群は味方の魔法術を極大化し戦力を跳ね上げる。
キルシュブリューテが、グリュクの方に振り向いて解説した。
「元々は、敵の目を引き付けて出来るだけ大暴れするための使い方なんだけどね」
意思の名を持つ霊剣が、感嘆を発する。
(この運用方を秘匿していたのだな……オリアフィアマ!)
(そう。始原者を相手に思わぬ切り札となったが、金色の粒子を通して知られるわけには行かなかったのでね。悪いとは思ってる)
(黙れ、そして行け! 全ての霊剣の系譜を代表して、始原者を討て!)
(言わずもがな――表舞台から隠れ続けてきた我々の、面目躍如だ!)
意思の名を持つ霊剣の檄――の、ようなもの――を受けて、抗う名を持つ霊剣までもが吠えた。
そこで、アリシャフトが真剣そのものの表情で告げる。
「キルシュ、そろそろ限界だよ!」
「了解――」
それを受けて、赤みがかった金髪の魔女は戦鎚の形状に変形した己の相棒で打撃の姿勢を取り、頭上に向かってそれを高速で振り上げた。
「――行っけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
実測したわけではないが、ともすれば1キロメートルを超えるかも知れない直径の巨大な銀月。
無論実物よりは遥かに小さいのだが、それでもグリュクたちの頭上を覆い尽くす大きさがあった。
それが彼女の打撃で弾かれたように、始原者の体内の奥底へと吸い込まれていく。
その後を付いて、まるでその月に当たった箇所だけが消し去られたかのように、直径数百メートルほどの筒状をした鋭利な破壊痕が伸びていた。
(食い荒らしているというのか、永久魔法物質で構成された始原者の体を!)
(私はあれを、”幟る銀月”と名付けた。啓蒙者の神殿で披露した通り、アリシャフトとヴェクテンシアの協力がなければ、あそこまで大きく強烈にはならないがね)
「並の魔法物質や念動力場はあの輻射光に当たるで分解されちゃうんだけど――始原者様の制御中枢はどうかな? 通常物質でも直撃したら分解されちゃうはずだから、無事じゃ済まないと思うけど」
(吾人らの光の矢とは違う意味で恐ろしい威力……だが、こうして近接して敵の心臓を狙える距離でなくては必殺たり得ぬことも確かか)
キルシュブリューテの解説に、意思の名を持つ霊剣が所見を述べる。
「本当は後を追いかけていきたいところだけど、危なすぎるから……トリノアイヴェクス、加害観測と次の補正、よろしくね」
『銀月はメトの内部構造を分解しながら加速・微縮しつつ直進中。制御中枢と思われる箇所までおよそ160秒で到達します』
トリノアイヴェクスは、グリュクたちの船外活動服に付属した観測機器を通じて情報を得ているようだった。
キルシュブリューテが、アリシャフトに呼びかける。
「それじゃ今の内に、第二打!」
「あぁ……!」
(それと……君たちの光の矢もそうだったが、実を言えば銀月にも時間当たりの行使限界がある。もう一度だけ打ち出すが、それが終われば丸一日は出せない)
(悪いが、しっかり守ってくれよな)
そこについては、始原者に致命打を与えうるこうした切り札を、乱れ打ち出来るなどという方が都合の良すぎる話だろう。
グリュクは頷いて魔法術を発動し、、意思の名を持つ霊剣も意気込んだ。
「あぁ……護り給え!」
(心得ている!)
『到達までおよそ140秒――いえ! 銀月、停止しました』
天船の発したその一言は、勢いづこうとしていた霊剣の戦士たちの意識に、小石のように波紋を広げる。
最初に声を発したのは、アダだった。
「……停止?」
(気をつけろ、何かが転移してくる!)
抗う名を持つ霊剣が叫ぶと、彼らの頭上から再び、銀色の月光が降り注いだ。
「――――!?」
(あれは……!?)
良く見れば、それは銀月が戻ってきただけではなかった。
その真下に、まるで”幟る銀月”を受け止めて頭上に掲げているかのような姿勢で浮かんでいる、啓蒙者の少年の姿があった。
真昼の太陽のように白く輝く髪、小さな鷹色の翼。
エンクヴァルの地下深く、始原の立坑のそこで出会った少年と、同じ姿をしていた。
「君は!」
「………………」
啓蒙者の少年の面持ちは、あらゆる感情が抜け落ちたかのごとく。
そして、霊剣の戦士たちに向ける言葉の代わりとでもいうのか、彼は掲げた右腕を無造作に振り下ろし、巨大な銀月を下方のグリュクたちに向かって叩きつけた。
彼らを逆に襲う巨大な銀月は、まるで自分たちがその天体に向かって墜落しているかのように錯覚させる。
「く!」
キルシュブリューテがその相棒を再度変形させて頭上に掲げ、急速にもう一つの月を生成した。
アリシャフトも同様に、円規に変形させた抗う名を持つ霊剣で円を描いて翡翠の羽群を発生させる。
ただし今度は、キルシュブリューテの掲げる月が金色に輝いている。
「”償う虧月”へッ!」
恐らくは、”幟る銀月”を強制的に消滅させることが必要な事態が生じた時のための、本当の隠し玉だったのだろう。
銀の月と金の月は衝突し、迫り来る直径未だ数百メートルの巨大な銀月を、十数メートル程度の金月が支える形になる。その境界面から生じる黒い光が、じりじりと周囲から明るさを奪った。
アリシャフトが小さく呻くのが、通信機能を通じて船外活動服を着た全員の耳に届く。
「まさか投げ返してくる奴がいるとはね……!」
自分や霊剣の意思で消すことは出来ないのか、キルシュブリューテが小さく悲鳴を上げる。
「みんな離れて、支えきれない!」
「あなたたちは……!?」
彼のその問いに、赤みがかった金髪の魔女は静かに頭を振ることで答える。
グリュクは一瞬、言葉を失った。
「――――!!」
グリュク、グリゼルダ、そして元聖女であるアイディスに、恐らくは同じ境遇のアンネラも、座標間転移の魔法術で危険な銀月の威力から退避することが出来る。
通常の魔法術を扱えないアダは、グリュクたちが接触して転移すればよいだろう。
彼らの足元の向こうで始原者の推進を阻止しているタルタスたちにも、天船が警告を出している。
アリシャフトとキルシュブリューテも、恐らく退避するだけなら造作も無いことだろう。
だが、恐らくそうする者はいない。
ここで彼らが退いてしまえば、もはや始原者を止める術は無くなってしまうだろう。
メトの中枢を破壊する手段が失われ、いずれはグリュクたちも、衝撃反射板で戦っているタルタスたちも駆逐される。
文明の破壊者はその後時間をかけて推進力を取り戻し、隕石霊峰に眠るエメトの残骸を取り込んで地上に降臨することだろう。
未来視は再現され、星と文明は滅ぶ。
グリュクは飛び出した。
「グリュク――!?」
無数の営みによって堆積した記憶と、その未来を守るため。
(行くぞ、吾が終の主よ!)
意思の名の下に、霊剣が咆哮し、変形する。
架空の矢を架空の弦につがえるように、彼は未だ押し合う二つの月に向い、右腕を引き絞った。
彼らに残された、最大最後の切り札。
「ありがとう……俺の――!」
受け継がれた記憶と思い出。
それは遠く離れた星星の光に似ている。
一つ一つは別々に隔てられた存在だが、いかに小さな輝きであっても、どこかに受け継がれ、繋がっていく。
時を経て無数に重なった光は、やがて天に広がる河として目に映る。
(それら全てを消尽し、今ひとたびの一撃を!)
蓄積されてきた記憶の全てを、光の矢に変換し、そして、
「解き放て――」
だがその傍らに、啓蒙者の少年が転移で姿を現す。
弓に変形した相棒を支えるグリュクの左肩に手を触れ、彼は小さく何事かを呟いた。
「還るべし」
「…………!?」
その言葉の直後、グリュクの身体細胞、意思の名を持つ霊剣の器体を構成していた霊峰結晶のほぼ全てが――一瞬にして魔力線へと還元された。
「…………え……?」
慄然とする一行の視線を集める少年の周囲を、その残滓がきらきらと光って漂う。
押し合っていた金と銀の月も、同時に消えていた。
グリゼルダが、かすれた声で彼の名を口にする。
「……? グリュク……?」
「グリゼルダさん!」
アダが疾走し、グリゼルダを少年の近くから引き離した。
「この――」
息子を消されたアイディスが激昂と共に爆裂魔弾を放つが、魔法物質の炸裂弾も少年に衝突する前にきらめく砂埃のように消えてしまう。
「……!」
なおも斬りかかろうとするアイディスに向かって、少年が口を開く。
「地上へ帰りなさい、歩く人々と汚染種」
「息子を返して」
「既に還してしまった」
彼女を弄んだとも取れるその返答に、アイディスは激昂して剣を振りかぶった。
「アイディス!」
その右腕をアンネラが後ろから掴んで押さえ、電子メッセ―ジを送信する。
『不用意です、ここは皆に撤退を呼びかけましょう』
「その方がいいね。海と大地は浄化される。これ以上、犠牲を払う意味はない」
『電子通信に反応した……!?』
「そういうことも出来る。そもそもここは僕の体内でもあるし……啓蒙者は君たちにあまり強度の高い暗号化技術を教えていなかったようだけどね」
「……!」
この反応には、さすがにアンネラも身構えた。
「あなたは……何なのですか」
「僕は始原者メト――新たな肉を受け、再臨を果たした」
少年が名乗ると、一行に衝撃が走る。
「この子供が……!?」
(騙されるな、恐らくはただの端末だ)
唸るアリシャフトに、抗う名を持つ霊剣が警告する。
「少し違うね。僕は端にして核、一にして遍。帰すべし、無思慮の沼より生まれし敵よ」
「――――――!!」
アダが加速し、両腕から伸ばした復活せし名を持つ霊剣で斬りかかる。
が、
「いや、エメトの欠片が混じった子もいるようだね」
少年はアダの放った超音速の一撃を、無造作に掲げた短剣だけで事も無げに受け止めていた。
極めて急速で破壊力の高い念動力場が爆発し、彼女は肩関節に破断寸前のダメージを受けて吹き飛ぶ。
アイディスとアンネラが駆け寄り、その重量を二人がかりで受け止めた。
「でも、もう何も気にすることはない。反教義の罪は全て赦される。地上に戻って、携挙の前の最後の日々を安らかに過ごすことです」
「携挙って、つまり滅ぼすつもりでしょ! 地上の、文明を!!」
始原者に向かってグリゼルダが、霊剣を構えつつ非難する。
彼女にとってはやや意外なことに、少年は穏やかに陳謝した。
「滅ぼす……結果的にはそうなるね。すまないと思う」
「謝るくらいなら――」
「でも、将来に備えて必要なことだ」
「将来……?」
「星間文明の拡散を、防止すること。君たちは知らない方がいいと思うけど、それでも僕も、まずは言葉を尽くそう」
「ごちゃごちゃと――」
だが、そこで天船から通信が入る。
『皆さん、まだタルタス王子たちが持ち堪えています。現在推進装置を分解して、それを原料に喪失した特殊砲の緊急再構築を行っています。一時的に帰還不能になりますが、喋らせて時間を稼いでください』
「……!」
極めて強度の高い暗号を使用しているため、復号で通信に時間差が生じていることが風防樹脂の片隅に表示されていた。
それは味方全員に伝わっているのだろう。アリシャフトやキルシュブリューテも、固唾を呑むように啓蒙者の姿をした始原者の動向を注視している。
少年はといえば、説法を聴かせるが如く、語り始めるようだった。
「まず前提として、この銀河はあと40億年ほどで、接近した隣の銀河と融合してしまう。その時、何が起こるか?」
グリゼルダには霊剣を通じた天文の知識もあったが、銀河と銀河の衝突した結果など、それを観察してきたらしい始原者よりも詳しいわけがない。
特に返答を待っていたわけではないようで、少年はさして間を置くこともなく、解説を続けた。
「膨大な星間ガス同士がぶつかりあって、最終的には新しい星系を無数に形成するんだ。
また何十億年かすれば、そのうちの幾つかにはまた、知的生命体が生まれることだろう。
そこにまた、生き残ったエメトが殺到し、次々と文明を育てていく。そもそも、彼らには軽い超新星の爆発を押さえつけて重元素の生成を促進することも出来るからね。一つの超銀河団の有力な星間文明のほとんどが連合化されて、そこから僕たちはほとんど駆逐されたこともあった。
でも、結局はその星間文明連合もいつしか、資源を巡って争うようになった。矮小銀河一つを巡って星間戦争の原因になったこともある。
そうやって十分に発達した星間文明同士の全面戦争が、どういう結果に終わるか分かるかい? 何も無くなってしまうんだ。
ある程度のレベルに達した文明なら、効率はともかく魔力線から物質を生成する事ができるのは知っているよね。でも、その魔力線すらも宇宙から抹消して、敵の手に物質資源が渡るのを防ぐ。それが、行き過ぎた星間戦争の最終形態だ。君たちも宇宙を観測してみれば、星が密集していておかしくない宙域に、いくつか不自然な空白があると気付くんじゃないかな」
「――!」
もはや、言葉や概念が想像の埒外へと羽ばたいていた。
だが、少年の姿をした始原者の言わんとしていることは分かる。
メトはエメトの介入した文明を滅ぼすが、エメトもその子たる文明同士が争って自滅することを止めるわけではない。
そこに本来ならば責任が生じるはずだと、非難しているのだ。
「巻き添えは考慮されなかった。星間レベルにはとても至らない、まだ機関も発明していない若い文明が、何億基も消えている。
僕達がエメトを滅ぼすのは、一度文明をそのような危険なことが出来るレベルに育て上げて自分の分身を製造させると、あとは知らんぷりをして次の文明を探して飛び立ってしまうからということもある。
星間文明同士が宇宙の資源を巡って争いを起こしたのは、僕を作った始原文明の人々の一派が危惧した通りだったのに」
「いずれは私たちの文明が宇宙に飛び出して、別の世界の種族と争うようになると?」
話に一旦区切りが出来たと見たか、キルシュブリューテが問う。
グリゼルダにとっては、それは天船の指示で話を引き延ばしているというよりは、純粋な疑問に見えたが。
「そう。本来なら君たちは僕たちが干渉するべき対象ではなかったけど、"彼ら"の手ほどきを受けてしまったあとでは話が別だ。
結局やることがエメトと大差がないということについては、始原文明の一員として陳謝するしかない――でも僕たちとしては、エメトとその息のかかった文明は見逃すことが出来ない」
「あたしたちはそんな力――あ……」
思わず反論しかけて、しかしグリゼルダは口籠った。
始原者が、彼女に向かって微笑さえ浮かべて言う。
「察しが良いね。君たちはすでに幾つも、忌むべきエメトの遺産に触れてしまっている。
物質化した力であるヴィジウムに、駆逐艦レベルとはいえ知性化航宙船。君たちが妖族と呼ぶエメト化した種族の天才たちが集まって、実際に星の世界へと飛び出そうとしたこともあった。その時は僕の力で企みを潰すことが出来たけど、君たちの中にも何人か、彼らの遺した空間戦闘用の機動装甲服を使っている者がいるし……」
それは、レヴリスとタルタスのことか。
推進機能といい、空気のない場所でも意思疎通を助ける言語媒介機能といい、中世という製作年代にそぐわない空間戦闘を意識した機能が幾つも存在することは天船が指摘していたが、まさか始原者がその成立の端緒からを認識していたとは。
「それに何より君たちの祖先は、エメトと最も有り様が近い世代間経験記憶継承システムを構想し、実際に作ってしまった。
そっくりだよ。剣と星間文明育成システムという違いはあれど、高密度のヴィジウムに複数の人格を写し込んで蓄積・発展させていくというのはね。
既に変形を始めているようだし、いずれはそれを改良して発展型を生み出すものが現れて、最終的にエメトになるまで1000年とかからないだろう。
それは星間距離が十分に近い今の時代には、まだ早い。星々の間の距離が十分に遠くなり、星間文明が存在できなくなるまでのあと1000億年ほどは、僕達は活動を続けるつもりだ」
「…………!」
グリゼルダは、少年の背景に潜む怨念のような宿意の歴史に射竦められたような気がして、背筋に寒気を覚えた。
この少年は、自分の意思かどうかは断言出来ないものの、確かな使命を帯びてそう話していると感じられたためだ。
「分かってもらえるとは思わない。生命観も宇宙観も、僕たちは異なり過ぎているから……ただひたすらに謝りながら、可能な限り短時間で殺すしかない」
それは、たとえ相手にも理由があるのだとしてもなお、一人の女剣士を師と家族の仇と八年間追い続けた彼女自身に、どこか重なる部分がありはしなかったか。
『皆さん、準備が完了しつつあります。帰艦してください』
「!」
魔女どころか、彼女の故郷の大地の全てを滅ぼそうとする敵に対してほんの僅かでも気を許しそうになった己を戒め、グリゼルダは天船の言葉を意識した。
キルシュブリューテが右足を引くと、その音を船外活動服が再現する。
その場の味方全員が、彼女の方を見た。
「悔しいけれど、戻りましょう。今のままでは、いずれにせよ彼を止めることは出来ない」
霊剣使いと聖女たちの合同部隊は、無念を忍びつつ後退を始めた。
グリゼルダが眩惑の閃光を、アリシャフトが擾乱気体を生成する魔法術を、それぞれ発動する。
「閃光は世界に!」
「八尋の霧中へ!」
二人の聖女は肩が破壊されかかったアダを気遣いつつ、両脇から彼女を支えながら。
三人の生身の霊剣使いは追っ手がないことを確認しつつ、始原者に霊剣の切っ先を向けながら後ずさる。
「そんなことをしなくても、追撃も、撤退の妨害もしないよ。始原文明の都合で君たちを滅ぼしてしまうことに対する、せめてもの譲歩だ」
「後悔することね……!」
グリゼルダはそう吐き捨てると、メトの内部に突き出した天船の先端部への退路に向かった。
一度は仲間に対する以上の感情を抱いた男を目の前で消し去られてなお、彼女は撤退の提案に従った。
それが、堪らなく悔しかった。
『健在な突入部隊の全員の帰艦を確認』
グリゼルダたちの突入班、そしてタルタスたちの推進妨害班――こちらはメトを名乗る少年が戦力を引いたせいか、犠牲者は無かった――が帰艦すると、各部が気密された。
そして天船が"脚"だけを引き出し、上半身を引き抜くようにして船体を抜出する。
天船が自らをメトの衝撃反射板から引き抜いているために生じたらしい、不規則な振動が船体を伝わってくる。
本来ならば乗員保護のためにそうした衝撃を減殺する機能があるのだが、そこに使用するエネルギーも特殊砲に回しているのだろう。
「……このまま逃げて構わないなどと、それが勝者の――いや、宇宙の開闢以来最初に芽吹いた星間文明とやらの余裕なのだろうかな」
セオが感慨深げに、そう呟く。グリゼルダたちの報告を間接的に聞いただけで、彼は始原者メトを名乗る啓蒙者の少年のことは、天船がグリゼルダたちの船外活動服に付属した小型撮像機で撮影した画像でしかその姿を知らない。
本当に追撃や妨害の類はないらしく、グリゼルダは悪寒と熱病に同時に苛まれたのような屈辱に打ち震えた。
隕石霊峰の破壊を阻止し、本尊の喉元まで肉薄し、軌道レンズを破壊し、再臨した始原者の内部への侵入を成功させたというのに。
それでもなお、彼女たちは仲間を失い退いている。
たとえ天船が復活した特殊砲で仇を討ってくれても、心は晴れまい。
だが、管制室に戻った彼女たちが最初に聞いたのは、トラティンシカの悲鳴だった。
「使用不能!?」
『現在原因を特定中です』
天船が淡々と告げる内容は、それだけで状況を把握するには十分だった。
そして、本来ならば様々な情報を映し出すはずの中央の画面に、映像が映し出される。
それは、先ほどであった少年の姿だった。
映像は、それにとどまらず語り出す。
『君たちの挨拶でこういう時に何というのか、実はよく知らないので間違っていたらごめん。
でもこんにちは』
「!!」
実際に撮影装置の向こうで話しているのかどうかはわからなかったが、少なくともこちらと会話の続きをするつもりでいる訳ではないらしく、画面の中の少年は言葉を続けた。
『早速で悪いけど、君たちの使おうとしている兵器は、君たちの船が僕に突き刺さっている間に使えないようにさせてもらった。
単一戦闘ユニットの防護としては十分なものだけど、それでも僕は文明播種船団殲滅艦隊の最中核だ。
武器だけを使えないようにすることに、問題はなかった』
控えめに表現しているだけで、恐らくは「造作もなかった」というのが本当のところだろう。
後ろの船長席ではトラティンシカが天船を難詰していたが、グリゼルダとしては、始原者がやはり、彼女たちを積極的に殺すつもりになったのかと、半ば捨鉢な心持ちでその映像を眺めていた。
『君たちは故郷の地上に戻るといい。じきに地上の人々にも同じことを話すけど、地表に到着してから72時間後、僕は地上の人々とその痕跡を一掃する。でもそれまでは、せめて自分の大切な人と、大切な場所で過ごせるよう祈っている。最初の文明を代表して、心からお詫びします』
「あいつ――!!」
指が吊るほどの憎しみを込めて、グリゼルダは拳を握りしめた。
本心で言っているように見えるのが、尚更に、許せない。
あんたがそれを奪ったのよ、と、怒鳴り散らしたかった。
フェーアの前に引きずり出して、最大級に屈辱的な謝罪をさせてもやりたかった。
だが、まだ続く憎き少年の述べ立てごとを、彼女は聞き届けた。
『ただ、君たちは早く推進系を再建した方がいい。僕も君たちのことを侮っているわけじゃないから、出来るだけ早く地表に降りて、最後の時を待ちたい』
「――!」
トラティンシカが、再び悲鳴を上げる。
「トリノアイヴェクス、推進系の再生は!?」
『現在78パーセント、すでに稼働中ですが――』
天船は、まだ衝撃反射板から船体を引き抜いただけに過ぎず、直径100キロメートルに迫る巨大な銀色のすり鉢の内側にいる。
その始原者の衝撃反射板がどのような用途に供されるものだったか、忘れた者はいない。
『つまり、核爆発を再開するから、早く爆発の効力範囲から出た方がいいということ。
君たちの最後の時が、安らかであることを祈っている』
「総員、耐衝撃防御!!」
トラティンシカが叫ぶと、始原者の核衝撃推進機構が機能を取り戻し、推進用の小型核爆弾が射出されて天船の右舷を通過した。
そしてそれは眩く破裂し、莫大な量の光や熱、放射線に素粒子などを発散させた。
膨大なエネルギーは衝撃反射板で受け止められ、反動で始原者の軌道を変えてゆく。
2兆8千億トンに迫る巨体を地表に落とすため、それは何度も、秒単位の間隔で爆発した。
天船を巻き込んで、何度も、何度も、何度も。
地上から見ればそれは、昼の空でも鋭く輝き続ける新しい星として映ったことだろう。