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霊剣歴程  作者: kadochika
第14話:盲目の鷹、哭く
119/145

12.復刻の太陽

御座(みざ)より極光(きょっこう)雷霆(らいてい)出づ!」

「恵み無き沙漠(さばく)の底へ!」


 通路に絶縁破壊の文様を描きながら疾走する真紅の大電流を、キルシュブリューテの創りだした厚さ7メートルにも達する吸収障壁が吸収する。

 魔法物質は莫大な電圧に晒されながらも分解されることでそのエネルギーを浪費させ、術者たちを守っていた。

 だが、啓蒙者たちの方が魔法術戦闘においては霊剣の戦士よりも長じているということなのか、紅衣の啓蒙者が秘蹟の出力をあげると、彼女の作り出した魔法の壁は性質(たち)の悪い嘘のように急激に蒸発させられてゆく。


「あ、ぐ……!」


 だが、そこで黒衣の妖王子が飛び出した。


「構わん、障壁はそのまま維持しろ!」


 障壁は通路を塞ぐように生成している――激突するつもりか。

 だが、キルシュブリューテが呼び止める前に、セオ・ヴェゲナ・ルフレートは彼女の創りだした障壁の中へと吸い込まれていった。


「……!?」


 電離された大量の荷電魔法物質を吸蔵して防ぐための障壁は、決して流体などではなく、硬い。

 そこにするりと入り込むことが出来るのは、纏っていた黒衣の魔具――墨焉綾(ぼくえんりょう)とか言ったか――の作用か。

 しかし、そうした事態が起きたからといって障壁を解除すれば、船外活動服を着た魔女にすぎないキルシュブリューテは一瞬で魔女の炙り焼きと化すだろう。

 そのまま、彼女にとって見えない位置で、セオは障壁をすり抜けて地獄の雷電に身を晒した。

 生身とあらばやはり灼き抜かれざるを得ない、荷電粒子砲(かでんりゅうしほう)に匹敵する威力の中を、しかし妖王子は物ともせずに突進し、一瞬で距離を詰める。

 そこを狙って紅衣の啓蒙者が高速で繰り出した迎撃の短剣が、セオの繰り出した蹴り足に突き刺さった――かに見えたが、何とその(かかと)に仕込まれていた短剣型の暗器によって弾かれる。

 この時点ではまだ、啓蒙者は片腕で荷電粒子流の秘蹟を維持してキルシュブリューテを押さえつけていたが、セオが頭部に向かって突き出した短騎兵槍(オクスタン)を障壁で受け止めるために荷電粒子流の秘蹟が止まる。

 その隙を捉えられぬキルシュブリューテではない。


()()無き彼方へ!」


 魔法術で一気に加速した赤みを帯びた金色(ピンクブロンド)の迅雷が、隙の生じた啓蒙者をその紅衣もろともに切り裂いた。


「離れろ!」


 セオに警告されるまでもなく、彼女はその勢いのまま離脱する。

 妖王子が懐から取り出した大ぶりな魔具銃から、そこを狙って爆裂魔弾もかくやという威力の魔弾が連射された。


撃星(げきせい)炸爆火(さくばっか)!!」


 既に致命傷を負っていたはずの啓蒙者だが、無防備になったところに魔弾の連射を浴びて、更に無残な屍となる。

 酸素などはないので、まばゆい爆炎は設備機材に引火するなどということもなく、すぐに収まった。


「ふぅ……手こずらせてくれた」


 大秘蹟を防御して穴だらけになった墨焉綾(ぼくえんりょう)の布地をたなびかせて、セオがゆっくりと漂いながら戻ってくる。

 キルシュブリューテはその姿を確認しながら、船外活動服の中でひとりごちた。


「トリノアイヴェクス、ちょっと壊しすぎちゃった……ごめん」

『いえ。敵の排除へのご協力感謝します。こちらの誘導に従って、他の皆さんと合流して下さい』


 船外活動服の通信機材から、天船(トリノアイヴェクス)の合成音声が聞こえてくる。


「了解、今は……右前腕のあたりかな。このまま砲身になってる左腕に向かう? それとも戻ってグリちゃんと合流しようか」

『船外でグリュク・カダンさんが強力な敵と戦闘中です。彼女も戦闘を続行しつつそこに近づいて行っているので、まずは戻るのが良いかと。その後どちらに加勢するかはお任せします』

「よし、戻るぞ」


 それが図らずも、彼らの命拾いとなった。













『このまま通路を道なりに。閉鎖されている分岐は安全が確認されていますので、無視してください』

『了解』


 天船の指示に答え、聖女であった――今は身体はともかく、精神と記憶はそうではない――二人の女達が広くはない通路を進んでいる。

 アイディスは、己の携える長大な宣教(せんきょう)防御(ぼうぎょ)長剣(ちょうけん)を覆う鞘が、天船内部の通路の壁に当たるのを感じた。

 だが、既に減圧された通路に音は生じない。

 聖者改造手術を受けたとはいえ、アイディスたちが投入される線状として想定されていたのはあくまで呼吸可能な大気の存在する地上であって、重力の(くびき)と大気の加護の失われる漆黒の宇宙ではないのだ。

 だが、水中や有毒の化学物質の充満する空間などでも活動できるように施された、魔力線を電力に変換して代謝のエネルギー源とする措置が彼女たちを活動可能としていた。

 声帯が振動させる大気がないので、アイディスは鎧に付属する陸上用跳躍補助推進器(モーター)を利用して前方を掛けるアンネラに、改造手術で付加された電子文書で以て語りかけた。


『各種検知器官も働いているようですね、アンネラさん』


 彼女の元上官だった女も、一拍置きつつ、やはり電子文書で応答する。


『以前、秘蹟で重力を中和された部屋で低重力活動訓練をやったこともありましたね。もしかしたら星霊教会がこうした作戦を想定していたから……かも知れません。恐ろしいのか、幸いなのか』


 かつては味気のない作戦遂行用の文面の往復でしかなかったその機能も、今ではこうした私語を飛ばし合うことだって出来た。

 戦いが終われば、その意味を考え直したい。アイディスはそのような考えが自分の脳に発生したことに驚き、同時にほぼ反射的に、そのような戦闘に無用の思索で自分に隙ができてはいなかったかと周囲を再警戒する。

 アンネラが、アイディスにも内容が分かるように天船へと電子文書――天船が通信方式を彼女たちに合わせてくれている――を送信した。


『トリノアイヴェクスさん、こちらの位置は把握できていますか? 今、人間で言えば左肩甲骨の辺だと思うのですが』

『把握しています、この先が左肩関節に相当しますね。駆動機関(アクチュエータ)を迂回する可動通路を曲がった先に、無人兵器が六体以上。監視装置はほぼ全て破壊されてしまいましたが、左上腕に相当する直線通路を制圧射撃が可能な配置のようです。慎重に進んでくださ――』


 天船(トリノアイヴェクス)が説明し終える前に、大きな衝撃と熱風、破片の群が通路を曲がって彼女たちを襲う。

 アイディスは体内に貯蔵されていた発声用の窒素を放出し、秘蹟の行使に必要な声を発した。


「城壁よ!」


 たとえそれを聞く者がいなくとも、声帯によって流体が振動することでそこに意味が宿り、変換小体が空間から抽出した魔力が自然界へと出現する通路となってくれる。

 破片や気化した高熱の冷媒流体を防ぎながら、アイディスたちは天船の呪詛を聞いた。


『左腕と右腕の接合部付近で特殊砲が破壊されました……反文明主義者どもめ!!』











 グリュクも、限りなく感情のこもった天船のその呻き声を聞いた。

 彼の左腕、軌道レンズを破壊する必殺の弓矢となるべきはずの、超対称性(ちょうたいしょうせい)粒子加速器(りゅうしかそくき)の崩壊を目撃しながら。

 天船の左上腕が、表面の灰化した燃えさしのように、宇宙に赤く輝いていた。

 さしもの彼の相棒も、悲鳴を上げる。


(加速器が!)

「……!」


 まず、左腕に行ったグリゼルダたちの安否が気にかかり、次に最大の火力を失った多国間特務戦隊(フォンディーナ)が軌道レンズ破壊を達成できなくなったのではないかという危惧が沸き起こる。


「まだだ……まだ何か手はないか、トリノアイヴェクス!」

『…………』


 天船は答えない。

 彼らが受けた打撃は、敵にとっても明白なものだ。勢いづいたか、銀髪の黙示者が拳を突き出し、無数の火球を乱射した。


「集まれ!」


 深まる頭痛に舌打ちしながらも、グリュクは薄い念動力場を展開して火球の位置を把握すると、密度を上げながら力場を縮小し、投網に魚群を捉えるがごとくに全ての火球を収束させて破壊する。

 天船が、それは深刻な悲観によるものか、かなりの間を置いてグリュクに答えた。


『……残った戦力では、全てを叩きつけたとしても、軌道レンズの収束力の1パーセントも奪うことは出来ないでしょう。これより本船は、乗員を脱出させて出来るかぎり加速し、軌道レンズに突入します。あなたがたに、あの惑星(ほし)の未来を託します』

「待てって!」

(天船よ! そこまで近づくつもりなら、吾人らの切り札を試させてはくれぬか!)


 投射された漆黒の回転円盤を叩き割りながら、一人と一振りは一隻を説得しようと試みる。


『明確な照準器もなしに300キロメートルを隔てた大陸間弾道弾を破壊する精度は認めますが、射程も威力も足りません。

 始原者の再現に必要な軌道レンズの直径は最大なら1500キロメートル、厚さは100キロメートルにも及びます。仮にあの100倍の威力を発揮できたとしても、細い針金で大岩に微細な孔を穿つようなものです。エネルギーの浪費は避けるべきです。

 ……既に本来ならば加速器の照射を行っているポイントを通過しました。脱出を推奨します。乗員全員が脱出可能な突入艇を準備中です』

「レンズがあっても、魔力線が大量になきゃいけないんだろ! それを生み出す還元弾を見つけ出して破壊すれば、まだ始原者の再臨を防ぐことは出来るんじゃないか!」

『本船は既に内部にも被害が出ています。フォンディーナが侵入した敵の全てを排除しきれていない以上、本船が破壊される恐れもある。よって、そうなる前に行使可能な最大の破壊力をレンズにぶつけるべきだと判断します』

「トリノアイヴェクス! あぁ――ったくもう!」


 天船は決意を固めたらしく、グリュクはその名を呼びつつ、翻意させるのは難しいと結論した。

 本来であれば無数の似たような兵器群の一つであったらしい彼女は、限られた少ない戦力で何とか粘ろう、毛筋ほどの勝機を見出してみせようという意地のようなものには欠けるのかも知れない。

 グリュクと意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)とて、目の前で希望を破壊されて心拍を早めてしまってはいたが、それでも闘志を失ってはいなかった。

 何とか目の前の銀髪の黙示者を撃破する手段を考えるが、そこに再度、黙示者の最大威力らしい、濃密な電磁波の嵐が構築され、即座に放たれる。


「護り給えッ!!」


 漆黒の防御障壁が電磁衝撃波を防ぐが、追い打ちに放たれた有棘鉄球が魔法物質同士の、仮初(かりそめ)とはいえ強固な結合を破壊する。

 障壁はそのまま貫通され、霊剣を盾に辛うじて直撃を防いだグリュクはしかし、天船に向かって大きく吹き飛んだ。











 グリュク・カダンが彼女と天船に被害が及ぶのを防ぐべく船外に飛び出していってしまい、取り残されたアダ・オクトーバ。

 彼女も当初は自身とヴィットリオを助けてくれた恩人であるグリュクを援護しようと機を伺っていたが、すぐに残存していた無人兵器が複数やってきて、単独だった彼女は天船の左の鎖骨のあたりまで押し返されてしまった。

 敵の主砲である光束兵器は当然ながら収束した光線なので、いくら加速装置を起動して超音速で動けるアダでも相性が悪い。

 物陰に隠れざるを得ない上、弾数の制限される武器しか扱えないので、その隙を魔法術で補ってくれるグリュクのような魔法術士がいなければ手数で押し負けてしまうのだ。

 天船が閉鎖してくれた非常隔壁に隠れつつ、思索する。当然の事ながら、身体が無敵の擬人体になったからといって、多少訓練を受けた程度の自分では急に有効な戦い方が思い浮かぶわけではないと痛感もした。


「ど、どうしよう……このままじゃ」

(慌てない! 絶対誰か来てくれるから!)

「人の手の中から気楽に言ってくれるなぁ……!」

(わたしまで慌てたらホントにどうしようもないでしょ!!)


 再び噴進炸裂弾発射筒(ロケット・ランチャー)を形成して打ち出すが、殆どの弾頭が光束兵器で撃墜されてしまい、1機の足の一本を吹き飛ばしただけに終わる。

 急いで自由変形を解除して、右手に装着した残弾ゼロの噴進炸裂弾発射筒(ロケット・ランチャー)を船内の瓦礫に戻し、そしてまた最大装弾の噴進炸裂弾発射筒(ロケット・ランチャー)に変形させる。

 だが、ふとその時疑問が脳裏を過る。


「(あれ、でも機関砲の方が足止めにはいいのかな……?)」

(あ、馬鹿!?)


 自由変形には想起の具体性が必要となる。

 余計な思考が混じったために変形のイメージが鈍り、噴進炸裂弾発射筒(ロケット・ランチャー)でも機関砲でもない、中途半端なガラクタが手の先に形成されてしまった。


「嘘!?」


 慌てて撃とうとするが、そもそもイメージが不完全で引き金すら生成できておらず、銃口らしき箇所からは煙さえ立たなかった。


(さっさと解除して再変形、早く!!)

「(そんなに急かさないでよ!?)」


 その明白な隙を敵が見逃すはずもなく、無人兵器たちが無音で重力の働かなくなった通路を滑るようにこちらにやってきた。

 仕方なく、機構が比較的単純な耐爆殻(たいばくかく)を生成して後退しようとするが、そこでちらと後ろを窺うと、見たことのないものが視界に映った。

 いや、良く見れば、一部は見たことがある。


(坊っちゃん……!?)

「……!?」


 鈍い金色、とでも言えばいいのか。翼に比べて本体はやや輝きに劣る、といった色をした――啓蒙者なのだろうか?

 ともかくそうした魔人の像のようなものが、決して広々とはしていない通路をヴィットリオを抱え、こちらに飛んで来る。


「あっ!?」


 その丸太のような手に握られていた剣で切りつけられ、アダは慌ててまだ解除できていなかった出来損ないの武装で防御する。

 不格好な武器もどきは簡単に破壊され、彼女もその勢いで吹き飛ばされて通路の壁で頭を打った。

 ただ、やってきたのはそれだけではなかったらしい。


「アダくん!」


 今度は銀色の輝きが彼女の視界に入り、そしてそれは、味方として同行していた逃がし屋の社長が来ていた鎧だと分かる。


『止まれ! そこからそれ以上動くな!』


 金切り声が聞こえ、手足に装備していた姿勢制御装置で体全体をそちらに向けると、足裏から逆噴射をして停止したレヴリスが彼女の隣で停止する。

 そこに相対しているのが、ヴィットリオを抱えて剣を突きつけている、くすんだ金色の啓蒙者という形になる。


(こ、これって……)

「すまない、奴は俺が倒したはずだが、隙を突かれてヴィットリオ君を人質にされてしまった……!」


 謝るレヴリスに、アダはようやく状況が飲み込めたが、何か言う前に、啓蒙者が握っている剣から音ではない声が聞こえた。


(考え直さないか、司祭よ)

『黙れ!』

「(あ、グリュクさんの奥さんが持ってたコピー霊剣さんか……)」


 そこでアダには合点がいった。確か、太陽の名を持つ霊剣(ウィルカ)という銘の、妖族の王子が霊剣を参考にして鍛え上げたとかいう代物だ。


(その子は純粋人だ。お前さんたちが常日頃短波放送(ラジオ)で導くと(のたま)っている、本来守るべき存在……ってやつじゃないのかね)

『黙れと言っている!!』

(そもそもお前さん方、神聖啓発教義領(ミレオム)の啓蒙者連中とはどこか違う気がするな。(やっこ)さんらもセオたちを人質を取るくらいのことはしたが、それもセオたちが”汚染種”に当たる相手だったからじゃないのかね?

 果たして、あの捧神司祭の連中に純粋人の子を人質に取る今のお前さんの行状を見せたら、どう思うかな)

『剣のくせにべらべらと……!』


 そうして太陽の名を持つ霊剣(ウィルカ)が言葉を弄しているうちに、何やら小型の重機に乗ってやってきたカトラや、太陽の名を持つ霊剣(ウィルカ)の持ち主だったはずのフェーアが追いついてきた。


「アダさん、大丈夫?」

「諸事情で転移できなかったので、遅くなっちゃいました」


 そこで、くすんだ金色の魔神像がカトラの姿を見て呻く。


『お前、啓蒙者か!』

「……見たことのない司祭ね。私が閲覧できた公式の一覧には、あんな魔神像みたいな司祭はいなかったわ」

『我らは黙示者、生命の(おお)いを(ひら)く者よ。汚染種と共にいるということは、情報にあった背教者というのはお前のことだな……!』

「私達が伝道すべき教義は、幸福が満ちる真の国へと翼なき人々を導くことであったはずよ。武器を突きつけて人質にすることじゃない」

『――死ね!』


 彼女の指摘に対して司祭にあるまじき激昂を見せた啓蒙者――自称に従うなら黙示者――は、(おびただ)しい数の魔弾の群を生成する。

 そのままアダたちに向かって投射するつもりらしいが生成が早く、少なくとも彼女の防御は間に合わない。


「迅速なる固辞へ!」


 そこに、更に声――大人たちよりは高く、しかし変声期を迎えていないヴィットリオよりは低い。

 アダとは面識を持って間もないが、隕石霊峰(ドリハルト)で一向に加わった霊剣使い、アリシャフト。

 突然転移の魔法で現れて、そこから即座に防御障壁を広げて彼女たちを守ってくれたのだ。


「今だ!」


 そして防御障壁を解除しながら少年が叫ぶと、アダの後から彼女の頭上をすり抜けて、何かやや大きな物体が飛ぶ。


『!』


 黙示者が太陽の名を持つ霊剣(ウィルカ)を振るってそれを叩き落とすと、それは別の啓蒙者の死体だった。


『何……!?』

(今!)


 復活せし名を持つ霊剣(エスティエクセラス)が叫ぶと、アダは加速装置を最大倍率で起動した。

 口元には強化冷却剤、両の腕には復活せし名を持つ霊剣(エスティエクセラス)。その意識は常温に晒された液体窒素のように、沸騰してもなお怜悧に冴え渡っていた。

 凍結した湖面のような硬質の怒りが全身に漲り、彼女と相棒以外のあらゆる世界は鈍化する。


「許さない! 坊ちゃんをまた、人質に取る人!!」


 黙示者にとってはまずいことに、彼が選んだのは最悪の組み合わせだった。

 最高倍率ならば音速の10倍以上の速度で走行可能な体を持つ少女相手に、彼女が世界で最も重要視する少年を人質に取ってしまったということなど、知る由もないことではあったが。

 まずは腕。

 霊峰結晶で形成された二振りの短剣が、少年と太陽の名を持つ霊剣(ウィルカ)を固定していた左右の腕を切断する。

 続いて装備も含めて重量100キログラムを超える少女の形をした爆撃が、人質と武器を失った黙示者を滅多打ちにした。

 そして頃合いを見て打撃をやめて、アダは加速を解除。

 空中に放り出された少年を抱きとめて、天井を蹴って停止した。


(よし! 坊っちゃん確保!)


 アダはそこで気を抜かず、許せない敵を睨む。するとそれとは無関係に、どこからか金色の粒子が通路に溢れ始めた。


「え、これは……!?」

(近くでグリュクさんが粒子を使ってるのね)


 そこに更に、深海色の鎧から多数の腕を生やし、多数の剣を携えた戦士が現れた。


「試してみたいことが出来た」

(タルタス王子……まさか!?)


 抗う名を持つ霊剣(ヴェクテンシア)が、信じられないといった声を発する。

 だが、既に周囲に満ち溢れつつあった金色の粒子の作用で、彼の考えていることがアダにも分かってしまった。

 アダにとってもこのタルタスという狂王の息子はあまり気軽に信頼できそうな存在ではなかったが、互いの考えが手に取るように分かる今なら、協力してみる価値があるとも感じられていた。

 既にタルタスはアダが奪い返した太陽の名を持つ霊剣(ウィルカ)を手に取り、通路の端に漂っていたもう一つの啓蒙者――生きていれば、彼も黙示者を自称したかも知れない――の屍に突き刺している。

 アダも決して乗り気ではないながら、そこに近づき右手の霊剣を突き刺した。

 そして念じる。


(復活せし名の下に!)

「死したる啓蒙者よ、フォレル・ヴェゲナ・ルフレートに、なぁれッ!」


 条件は、揃っていた。

 100年ほど前に分岐したとはいえ、フォレル・ヴェゲナ・ルフレートの原人格を宿す太陽の名を持つ霊剣(ウィルカ)

 弟であり最も彼を敬愛していたタルタス、妃として迎えられようとしていたフェーアの二人がこの場におり、天船の装甲を隔てた外には彼女を巡ってフォレルと殺し合いまで演じたグリュクがいた。

 タルタスの霊剣である道標の名を持つ霊剣(パノーヴニク)に、更にこの場にはいないがそこそこの交流があったセオの記憶までもが加わり、その全てが意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)の発した黄金の旋風で繋がれている。

 灰色の流体に変化した啓蒙者の屍が変形を開始し、それは瞬く間に指先と足先から形状を取り戻して行った。

 頭頂部に頭髪の先端までが完全に形成され、そこには半年前にルフレート宮殿で死亡した妖魔領域の大英雄、フォレル・ヴェゲナ・ルフレートの姿が復活していた。

 姿だけは寸分たがわぬはずのその偉丈夫は、死に際の婚礼服とは異なる出で立ちで霊剣を握って宣言する。


(太陽の名の下に――ここに仮初めの血肉を得て(なお)――我が銘、ウィルカ!)


 そしてそのまま亡きフォレルと同じ形状の存在となった新霊剣は、両腕を失ってたじろぐ黙示者を一刀両断した。

 そのまま遅ばせながら黙示者を助けようと動き出す無人兵器たちのただ中へと切り込んで、なおも彼は声ならぬ言葉を発する。


(勇敢なる(わらし)と娘。お前さんたちのお陰で、俺は嬉しい。今少し暴れて――フェーアのために役に立てそうでな!)

「ウィルカさん……!?」


 その言葉に最も強く反応したのは、礼を言われたアダやヴィットリオではなく、名を呼ばれたフェーアだった。

 彼女は霊剣の銘を呼びつつ、目の前の出来事が信じ切れない様子だ。


(フォレルは死んだが、もしも奴に正気が残っていれば、こうして自分の写しがお前さんのために戦うことを歓迎したことだろう。お前さんはなんだかんだでエルメールの生き写し――別人と分かっていても、奮って助けになりたくなる!)


 無人兵器たちは先ほどまでアダが手を焼いていたのだが、フォレル――太陽の名を持つ霊剣(ウィルカ)は魔法術で敵の集団に黒色の煙を浴びせかけた。

 霧は粘性を持っているのか、たちの悪い悪夢のような黒く泡立つ粘液となって光束兵器を封じ込めてしまうものらしい。

 無力化した敵を、屈強な妖王子の分身が次々と破壊して行った。


(うわー何かすごく立場がないねわたしたち)

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ……坊ちゃんが無事で良かった」

「アダ、ちょっと痛い」

「あ、ごめんなさい!」


そんな一言二言を交えているうちに、無人兵器たちをも完全に破壊し尽くし、破片の漂う無重量の通路を戻ってくる太陽の名を持つ霊剣(ウィルカ)

 要は、死者が生前に人格を写した霊剣がアダの力で生前同様に近い肉体を手に入れ操っているということなのだが、どうにも実感は薄い。


「改めて礼を言う、アダ・オクトーバとヴィットリオ・ヒルモアよ」


 それは、金色の粒子で共有したタルタスの記憶の中のフォレルの雄姿そのままでありながら、どこか少しだけ違って見えた。











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