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霊剣歴程  作者: kadochika
第14話:盲目の鷹、哭く
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11.転移妨害

 霊剣使いは、初めて重力も大気もない戦場へと赴く。

 敵の交差した両腕から放たれる高密度の電磁波の嵐が、帰るべき船を傷つけるのを避けるためだ。

 宇宙空間に飛び出した最初の霊剣使い、グリュク・カダンを襲ったのは、そのように災害じみた秘蹟の嵐だった。

 無に近い虚空を迫り来る、亜光速の電子の濁流。眩い閃光こそ伴わないが、浴びれば魔女の肉体など一瞬で炭化するエネルギーが秘められている。


「研ぎ澄ませ給え!」


 魔女の知覚でその前兆を捉え、グリュクは呪文を唱えて身体統合強化の魔法術を行使する。

 大気や重力のない空間でも、神経の交感間隔を早める魔法術は問題なく作用した。彼が着用している船外活動服が内部に呼吸のための空気を保持しており、音声がそこを伝導するためだ。

 大気や重力、障害物などのある地上ではこれに加えて身体機能を大幅に強化する統合身体強化とうごうしんたいきょうかを使用することで絶大な威力を発揮するが、それらの殆ど無い船外空間では、筋力による縦横無尽の跳躍や疾走などは出来ない。

 そこで併用するのが、念動力場だった。

 運動方向を変える度に行使しなければならなかったが、グリュクは高密度の、質量を伴わない純粋な運動エネルギーを自分の体に作用させることで宇宙空間を飛翔していた。

 重力の微弱なこの場所では重力作用転移はあまり意味が無く、船外活動服に付属している推進器では、啓蒙者の攻撃を回避するような運動が出来なかった。

 敵の啓蒙者――いや、本人の名乗りによれば黙示者か――は、肩口から生えた黄金の翼が空間推進を行う装置にでもなっているのか、グリュクよりも自在に天船の周囲を飛び回っている。

 そして、誓文。


「最初の御方は雷と雹を贈られ、火は地に向かって馳せ下った!」

(避けろ、主よ!)

「避けなきゃ死ぬだろッ!」


 グリュクは叫んで、念動力場の強度を上げた。

 今度は広範囲を灼く高熱の魔法物質の火線の雨がばら撒かれ、その驚異的な射界と射程は天船の装甲にも被害をもたらす。


「クソ、俺とトリノアイヴェクスとの間に割り込もうとする動きを止めろって……!」


 霊剣使いは船外活動服の中で歯噛みした。

 グリュクとしては敵と位置を替わり、自分の攻撃が自動的に天船に向かわない射線を取るようにしたいところだが、強引に転移を使用してそうした位置取りをしてしまうと、今度は天船を狙われてしまう危険がある。


灯火皿(ともしびざら)を造りて火を灯し載せ、前方を(てら)さしむべし!」

「護り給え!!」


 黙示者の手先から、巨大な円盤状の魔法物質の塊が大量に射出される。

 空気がないため遠近感覚が掴みづらかったが、それぞれの直径はおよそ、50メートルほどもあるか。

 視認性を下げるための色だろう、巨大円盤は漆黒の魔法物質で形成されていた。それだけではなく激しく回転もしているらしく、それらがグリュクの展開した直径10メートルほどの大型障壁に当って火花を上げた。


「遷し給え!」


 さすがに霊剣で弾くことなどできない大きさなので、座標間転移で回避し、回転の中心を狙って叩き割ろうと試みる。

 だがその前に、漆黒の楕円が軌道を変えて天船へ向かった。


「食らいつけッ!!」


 呪文によって解き放たれた複数の魔弾は高速で天船へと突進する漆黒の円盤に追いつき、ごく薄い構造だったその中心近くを叩き割った。


(取りこぼしたか!)


 迎撃できなかった一部が、合体天船(トリノアイヴェクス)の放った光束によって蒸発する。


『間も無く月の裏側が射程に入ります!ご注意ください!』

(主よ、急げ!特殊砲発射時の隙は絶対に狙われよう!)

「グリゼルダたちは……あっちにも厄介なのが行ってそうだな」


 思わず、唸った。

 音が伝わらないため、自分と霊剣の声や息遣いを除けばほぼ無音の攻防が続く。


(それにしても……!)


 霊剣が苦々しげに呟くのは理解できた。

 黄金ぬ翼で宇宙空間を自在に飛び回り、圧倒的な火力の秘蹟を行使し続ける啓蒙者――否、黙示者の姿。

 なかなか接近できないために姿をつぶさに観察するというわけには行かなかったものの、しかしそれは、神々しくさえあった。

 いや、むしろ啓発教義というものが、彼らのこうした姿に畏怖を覚える心を育てるように作られたものだったのかも知れないが。


「――退けぇッ!」


 その神々しさに押しつぶされないよう、赤い髪の剣士は宇宙に向かって呪文を叫んだ。











 それに遡ること、15分ほど前。

 合体天船トリノアイヴェクスは、戦況の不芳(ふほう)に焦りを覚えていた。

 軌道レンズの予想静止宙域まであと30分もない状況で、還元弾を含むかも知れない多数の飛翔体が惑星突入軌道に向かって投入されている。

 混じっているであろう還元弾を一つでも逃せば、恐らく地上には海水や表土を”還元”して生まれた莫大な魔力線が膨れ上がり、簡単に資源者の身体の復活を許してしまうことだろう。

 軌道レンズさえ破壊してしまえばそれも適わないはずだが、始原者再臨の危険を少しでも下げるならば、資源は惜しむべきではない。

 彼は元々、始原者(エメト)と相討ちになった文明拡散者(エメト)を護衛する超星間艦隊の、その三千億隻の内の一隻に過ぎないのだ。始原者が完全な状態で復活してしまえば、その圧倒的な力にたった一隻では為す術がない。

 そうなる前に、始原者再臨の鍵である軌道レンズを破壊する。

 少しでも勝つ――文明を守る可能性を上げるために、出来る限りのことを。

 機械工作室で、アダの体の予備部品の製造工程を学んでいた少年ヴィットリオ・ヒルモアが、天船へと尋ねた。

 彼の目の前の工作台には、強いて言えば腕輪か何かのような、しかし断言はしかねるようにも感じられる物体が載っている。


「トリノアイヴェクス、これは……?」

『アダさんの戦力を上げるための装備です。専用の記憶領域に、多少取り回しを重視して火力や重量は抑えましたが、それでも十分に強力な武器の情報を書き込みました。これを両腕に装着して霊剣を展開することで、人類製の武器を大きく上回る戦力になれることでしょう』

「……そうか」


 トリノアイヴェクスは、少年の胸中を忖度して小さく歓んだ。

 彼がアダ・オクトーバの戦うことを積極的に望む立場ではないこと、しかし自分たちが選んだ立場に責任を持とうとしていることを察したためだ。

 そのような献身の心と責任感とを持つ生物にこそ文明の恵みがもたらされるべきだと、確信を深めもする。

 また、彼らを文明守護の尖兵として戦わせているのだから、せめて可能な限り守りたい。そう考える本能のようなアルゴリズムも、天船は持っていた。

 ヴィットリオの監視ではないが、機器に触れて怪我などをする危険がないかと見守るのも兼ねて来ていたカトラ――啓蒙者用に翼を覆う部分が追加された船外活動服を着用している――が、発言する。


「護衛の機材は出せますか、トリノアイヴェクス。私がアダさんに、届けに行きます」

『助かります。これより先、長距離射撃と防御に割く演算領域は、僅かでも多く確保したい』

「あ、あの!」


 遠慮がちながらも発言しようとするのは、ヴィットリオ。

 カトラは少年の発言したいであろう内容をうっすらと予想しながら、その先を促した。


「どうぞ」

「僕も一緒に……行ってもいいでしょうか」

「気持ちは分かるわ。好きな子が戦いに出ているのを助けに行きたいと思うのは、自然な感情よ」

「す、好き、とか、そういうのじゃ……!?」


 赤面する少年に向かって、語調を強めて諭す。


「でも、ハトロ・ヒルモアの遺伝子を受け継ぎ、更にその教育を受けて意伝子(ミーム)さえも受け継いだあなたなら、今が自然な感情に任せるだけではいけない状況であることも、分かってくれると思う」

「! はい……」


 自らの過失で生前のアダを死なせてしまった少年の心の傷を抉るような諭し方になってしまったことに、カトラは不注意を自責しつつ、しかし少年の心の強さを信じた。


「……ただし、アダさんの自由変形では、彼女自身の傷は治せない。万一の時のために、予備部品を持って行ってあげるのは必要ね。独立稼働できるようにしておいた起重作業服(キャリア)があるから、それで届けに行きましょう」

「いいんですか……!?」

「たーだーし。忘れては駄目よ? いくら気をつけても、最悪の場合私と一緒に船内に浮かぶ血の詰まった袋になってアダさんを悲しませてしまう危険。それが絶対のゼロではないってことを」

「……分かりました」


 今度は少年がやや青ざめたのを確認して、カトラは工作室の機材運搬用に設置されていた起重作業服(キャリア)を作動させた。

 すると今度は、工作室の扉を開けて入室してくる者がいた。


「話は聞かせてもらいました!」


 白い産毛に覆われた大きな木の葉のような形状をした耳の、亜麻色の髪の娘。

 彼女は扉を閉めると、擬似重力の働く工作室をつかつかと歩き、カトラたちに近づいていく。


「フェーアさん……?」

「私もご一緒します!」


 ごつごつとした魔闘衣(まとい)の籠手部分をがしりと握りしめて、霊剣使いの妻はそんな宣言をした。








 一方、セオの率いるグリゼルダ、アリシャフト、キルシュブリューテの班。

 黒い光弾となったセオが光束の集中照射をものともせずに駆け抜け、移動銃塔(アステロイデア)に接近しては短騎兵槍(オクスタン)で破壊してゆく。

 その身に纏っている墨焉綾(ぼくえんりょう)は着用者であるセオの膨大な魔力を受けて十全に機能し、始原文明の兵器による攻撃を遮断していた。


「このまま彼に任せてしまえば良さそうね」


 船外活動服を身につけたキルシュブリューテが感心したように呟くと、その脇を進むアリシャフトが懸念を述べた。


「敵を十分引きつけているのは否定しないけど、レヴリスさんの班は大丈夫かな。こっちは手応えが小さい」

「!」


 班の中では恐らく最も感覚に優れたグリゼルダが、最初にそれを察知した。

 彼女は後ろを向き、左手に引きずっていた巨人の針を通路の壁に突き刺すと、長大な両刃の魔具剣は通路を塞ぐ格好になる。

 一見して奇行に見えるそれが、通路の角を曲がって高速で爬行(はこう)してきた緑色の影を阻んだ。


「不落の蜘蛛網(くものい)を!」


 急停止したそれに向かって、アリシャフトが念動力場を叩きつける。

 魔法術によって生成された純粋な運動エネルギーによって通路に釘付けにされた存在は、率直に言えば形容に困る形状をしていた。

 緑色の甲冑を纏った人間の形状をしたものに、無理やり昆虫の姿勢を取らせたような。

 その上、肩口らしき箇所からは金色の翼が生えていた。


「我が歩は万物の先に!」


 裁きの名を持つ霊剣(レグフレッジ)の分析を待つまでもなく、既にグリゼルダが加速して斬りかかっている。

 交感間隔が爆発的に速まった神経と飛躍的に強度を増した筋細胞が、船外服を着た小柄な少女を啓蒙者の背後へと迅速に滑りこませ、そこに霊剣の一太刀が閃いた。

 だが、その膝頭から発射された強力な矢弾が不意に頭部を狙って発射され、グリゼルダは反射的に霊剣でそれを弾く。


「あれー!?」


 超音速の弾丸で首から上を砕かれることこそ免れたが、彼女は反動でくるくると後ろに回りながら通路を吹き飛ばされていった。

 念動力場を集中させていたアリシャフトは小さく舌打ちするが、


「この――」

「始原者(いかづち)()だし、黙示者(こえ)()だし」


 高速で詠唱された誓文と共に啓蒙者の口腔から高圧電流が迸り、念動力場を変形させた半透明の障壁で辛うじてこれを防ぐ。

 念動力場が変形によって解除され、青い仮面の啓蒙者は吹き飛ばされて孤立したグリゼルダを追いかけ、元来た方へと高速で這い進んでいった。

 アリシャフトはそれを追おうと、彼女が残した巨人の針の柄を掴んでそちらへ進もうとする――が、そこに背後から強力な攻撃術が構築される予兆が走る。


(しか)らば弓矢()りて、野に出で鹿を()りて――」

(つぶて)よ静けき水底へ!」


 キルシュブリューテの防御障壁が間に合った。無人兵器を破壊していたセオも、危険を察知したか既に障壁の内側に後退している。

決して広大ではない合体天船(トリノアイヴェクス)の右腕部通路を、短槍状の無数の魔法物質が光の雨となって殺到し、漆黒の防御障壁を破壊しようとしていた。

 高射砲の連射にも匹敵する凄まじい威力だが、既に減圧されているので、爆音は殆ど生じない。

吹き飛ばされたグリゼルダを追っていった青い仮面の啓蒙者を追撃したいところだったが、今はこちらに専念するほか無いらしい。

だが、反撃に移ろうにも、攻撃は止まなかった。

 黒い防御障壁――透明な障壁ならば視界は確保されるが、(まぶた)どころか手の骨さえ透過する強烈な光で目が灼かれてしまう――は、輝く魔弾の雨の威力を吸収し続け、破裂した秘蹟の弾丸が出来るかぎり船内を傷つけないようにしていたが、


「く、やっぱり持たな――」


 障壁は限界を超えて泡立ちはじめ、間を置かずに破裂した。

 セオが急いで墨焉綾(ぼくえんりょう)の裾を伸ばしてキルシュブリューテを巻き取り防護しようとするが、アリシャフトの構築しなおした防御障壁が間に合う。


岩乗(がんじょう)の城壁を!」


 頑強さを主眼においた障壁は破裂したキルシュブリューテの障壁から彼らを守り切ったが、攻撃が止んだと思った次の瞬間、背後に転移された。


「っ!?」


 転移してきた敵は、血のように赤い衣をまとった、やはり啓蒙者だった。

抗う名を持つ霊剣(ヴェクテンシア)が閃き、アリシャフトは敵の突き出した短槍を辛うじて弾く。


(本当に転移か、構築が速すぎる!)

「(それでも、手の内が分かれば!)」


 だが更に次の瞬間、紅位の啓蒙者は二人に分裂した。


「うん!?」


 キルシュブリューテは分裂した一方からの不意の一撃を、|輝ける勝利の名を持つ霊剣オリアフィアマの細身の剣身で受け止める。

アリシャフトも、残った一方の攻撃をさらに回避する。


「分裂するとかありか、そんなの!?」


 格好としては分裂した二人に増えた紅衣の啓蒙者を挟撃する形になってはいるが、これは通路に残された三人が分断され、更に味方への誤射の可能性のある強力な攻撃を封じられる配置でもあった。

 手槍と短剣を構え、秘蹟による小威力の炸裂弾なども交えながら、一方はアリシャフトを、もう一方はセオとキルシュブリューテを押し出していく。

 既に引き離されたグリゼルダの心配どころではなくなってしまい、アリシャフトは胸中に焦りを感じつつ相棒を振るった。


「!」


 だが、そこに突然何かが転移してくる気配が飛び込んできて、彼はさらに飛び退く。敵か、味方か。

 同じように追撃を止めて後退した紅衣の啓蒙者との間に出現したのは、自動巨人を思わせる機械だった。


「あら、まずい」


 成人女性らしきその声には、聞き覚えがあった。アリシャフトの角度からは、それに乗っていたのが誰なのかは正確には分からないが、魔女の知覚で大まかに、妖族と啓蒙者、純粋人だと分かる。

 判断は一瞬。それが敵ではないと分かり、高速で壁を蹴って跳躍した。


「――!?」


 啓蒙者からすれば、あまりに唐突な邪魔者の出現で、既知の障害であるアリシャフトの動きを一瞬とはいえ見失った状況だ。

 その向こうから跳弾の如く躍り出たアリシャフトの一閃を防御することなど出来ないタイミングの筈だったが、紅衣の啓蒙者辛くも彼の一撃を短槍で弾き、跳躍して後退する。

 そして、その背後に転移・実体化した銀灰色の全身具足によって、司祭は紅の衣の上から胴体を両断された。


「ぉ……!?」

「反対側の腕の中に出てしまったようだな」


 それは、アリシャフトたちとは逆の腕に向かったタルタス・ヴェゲナ・ルフレートと、レヴリス・アルジャンだった。

 正確には、2人とも顔面までもを覆い隠す全身鎧で武装しているため、アリシャフトの着ている船外活動服が外観から同一人物と判定し、そこから発信された念話を音声に変換しているのでそう判断できるだけだが。

 その銀灰色の方、レヴリスが、泣き別れとなった紅衣の啓蒙者の上下半身を見ながらたじろぐ。


「お、思わず斬ってしまったが……これ、啓蒙者か――敵か!?」

「あー、大丈夫です、助かりました」


 事情説明が面倒だなと胸中でぼやきつつ、移民請負人の疑問に曖昧に答えたが、そこで大きな違和感がアリシャフトの視野に入る。


「ていうかレヴリスさん、胸から突き出したその剣みたいなものは……」

「ああ、その、これはだね」


 痛みはないのか移民請負人が言葉を濁していると、傍らのタルタスがその柄を無造作に握り、一気に引き抜いた。


「そろそろいいか」

「ぐああぁぁぁぁぁぁ――」


 だが、盛大に噴き出すはずの血しぶきは無く、レヴリスの壮絶な悲鳴がアリシャフトたちの船外活動服に伝わってくるだけだった。

 その悲鳴も、何かに気付いたようにしぼむ。


「――ぁぁぁぁ……うん……?」


 終わってみれば、レヴリスの胸郭を覆う装甲には傷ひとつなく、引き抜かれた純白の剣の方は無残な刃こぼれに塗れていた。

 鎧の胸のあたりをこつこつと撫でて確認する音まで聞こえてくるので、船外活動服の音の再現はかなり幅広く行われるらしい。


「説明しただろう……殺創剣(せっそうけん)()()()()()()()。この剣の今にも折れそうな無数の刃こぼれは、貴様がどれだけ肉片のごとき瀕死の状態だったかを示しているのだ」

「いや何か……かたじけない」


 妖王子が、説明を交えつつぼろぼろになった純白の剣を慎重に腰の後ろの鞘に収める。

 レヴリスが兜の上から頭を掻くと、その小さな音までも船外活動服は捉えて再現した。どうでもいいことではあろうが、生体が発するたいていの音は再現するつもりなのかも知れない。

 アリシャフトは雑念を放り出し、タルタスに尋ねた。


「それより、他の二人は……」

「グリュク・カダンとアダ・オクトーバとははぐれてしまったな……両名、別の啓蒙者との戦闘に突入したはずだ」

「じゃあカトラさん、急いで向こうの腕に行かないと――」


 起重作業服に乗った少年がそう提案すると、周囲が揺れた。

 アリシャフトも壁面に手をついていたので、そこからの反動で僅かに身体が反対側へと漂いだす。


(まずい、この振動は……”腕”に何かあったかもな)


 抗う名を持つ霊剣(ヴェクテンシア)が呟くと、破裂音と悲鳴が上がった。声はフェーア・ハザクだ。


「あっ……ちょっと!?」


 見れば、タルタスたちと共に転移してきた真鍮色の啓蒙者ーー死体だとばかり思っていたが、擬死機能でも作動させていたかーーが、起重作業服に乗っていた少年を連れ去るところだった。

 しかも一瞬のことだったが、彼の首筋にはフェーア・ハザクの所持していた太陽の名を持つ霊剣(ウィルカ)の刃が押し付けられていのが見えた。

 霊剣を奪われると同時に彼女も秘蹟で攻撃されたようだが、こちらは船外活動服の上から身にまとっていた衣服型の魔具で防いだようだ。

 アリシャフトたちが来た方向、肩や胴体に向かって。


「待ちなさい!」


 白耳の妖女は座標間転移で先回りをしようと妖術を発動するが、しかし。


「あ、あれ!?」


 何があったか、彼女は一瞬姿を消して、すぐ近くの場所に姿を見せた。

 焦りもあらわに、もう一度呪文を唱える。


「か、彼方を近く、程なく!」


 そして、またすぐ近くに出現した。


「うそ……!?」

「百代の過客を!」

「シクシオウよ!」


 アリシャフトだけでなくレヴリスも、状況に疑問を感じて座標間転移で啓蒙者を追おうとするが、結果は同じだった。


「転移の座標改竄を妨害している者がいるな」


 タルタスに言われるまでもなく、そこはその場の全員に――唯一の純粋人であるヴィットリオが連れ去られてしまったのだから、それは確実だろうが――分かっていたことではあるが。


「ならば俺が!」

「ちょっと、レヴリス社長!」


 カトラの呼びかけに止まることなく、移民請負人は銀灰色の鎧(シクシオウ)の背から四条の光を噴射して、通路の向こうへと消えてしまった。


「我々も追うぞ、急げ!」


 タルタスがそう言うと、彼の鎧から六基の深海色の籠手が飛び出し、起重作業服をレヴリスと同じ方向へと押し出して行く。

 だが、言葉とは裏腹に彼の動きは鈍い。

アリシャフトは不審を覚え、あまり親しい間柄では無い妖王子に話しかけた。


「奇妙ですね。あなたがレヴリス社長と一緒に異世界から帰還してきたのは、グリュクさんたちの居場所ではなく僕たちのいる"右腕"だった。転移の妖術に長けているはずのフェーアさんも、なぜか間違えて同じような位置に転移してしまった」

「そう、奇妙だな。何故だと思う」

「例えば……転移者を引き寄せてしまう要因が存在するとか」

「具体的には何だと感じる」

「……座標間転移は物理改竄に属する術の中でもかなりの高難度の部類です。空間質の対称性を破壊する術の中では、理論上は初歩に位置しますが……啓蒙者の技術ならばその出がかりを妨害できるのは、先刻証明された通り。

 でも、転移したあとにその転移先の座標を強制的にずらしてしまうような介入は、それすら超えている。時空構造に対する相当な知悉と習熟がなければ、不可能でしょう」

「回りくどい。言いたいことを言え」

「あんたみたいな陰険な霊剣使いが、手ぐすねを引いてるんじゃないかってことさ!」


 彼が胸中をそのまま声に出して飛びかかると、タルタスはそちらに向かって六振りの魔具剣を複腕ごと射出した。

 魔具剣は少年を切り裂くことなくその脇をすり抜ける。

アリシャフトはその後を追わせるように、抜き身の相棒の霊剣を素早く振りかぶって後ろへと投げつけた。

 霊峰結晶ドリハルト・ヴィジウムの刃が、硬い防護を突き破って肉へと深々と突き刺さる音を、船外活動服が耳へと届ける。

 それは彼の背後に迫っていた、これまた異形の啓蒙者から生じたものだった。


「!」


 巨大な腕と、胸郭から伸びた二対の腕。それらが全て、タルタスの投射した魔具剣によって、翼もろともに展翅台(てんしだい)の昆虫のごとく、壁面へと縫い止められていた。

 そのような姿勢に陥った啓蒙者が何らの動きも見せないのは、アリシャフトが(なげう)った抗う名を持つ霊剣(ヴェクテンシア)によって、頭部から胸郭の中程までを一気に断ち割られていたためだ。

 既に死んだらしい敵を魔具剣で壁に固定したまま、タルタスは六基の籠手だけを自分の鎧に戻す。


「……運良く一息に殺してしまえたが、私はこいつが転移を妨害していたと推測している。正確には、転移後の座標を捻じ曲げて自分の近辺に集めてしまう……我々がこの"右腕"付近の出てしまったのも、そういうことだろう」

「じゃあ、もう正常に転移できるってことか……」


 相棒を啓蒙者の胴体から引き抜きつつ――相変わらず、見事な切れ味だった――付着した血液を拭き取ると、アリシャフトは座標間転移の魔法術を念じる。

 タルタスも啓蒙者の死体に近づき、自分の六振りの魔具剣を引き抜きながら、右肩の複腕に握らせた巨人の剣を伸ばした。

 そのまま死体を横合いから串刺しにして持ち上げるのだから、霊剣の戦士であるアリシャフトもさすがにたじろぎそうになる。


「何を……!?」

「この啓蒙者は死んだが、転移妨害の機能が完全に停止したとは限らない。念のために奴の死体も持ち運ぶ。貴様は先に転移で合流を試みろ」

「嫌な人だな、僕はあなたの手下じゃないんですよ!」

(そうだ、この際だからもっと言ってやれ! このむっつりメガネ!)


 敵とは言え、死体を弄ぶような行為に覚えた嫌悪感も交えて抗議すると、彼の霊剣も同調した。


「貴様の言う”陰険な霊剣使い”の言辞(げんじ)としては、これ以上なく相応しかろうが」

「ちゃんと途中で意図に気づいて協力した相手にその嫌味か!」


 どこ吹く風といった表情の妖王子を睨みつつ、罵声を呪文にアリシャフトは転移した。











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