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霊剣歴程  作者: kadochika
第14話:盲目の鷹、哭く
117/145

10.黙示する者

 同じ合体天船(トリノアイヴェクス)の船内だが、こちらは人体で言えば肩の当たりに相当する位置。

 グリュクが属するレヴリス班の四名は、天船の情報に従って左腕へと向かっていた。

 グリゼルダたちのセオ班は右腕。これは、内部に侵入した始原者側の無人兵器たちが特殊砲の破壊を意図しているらしいと分かったためだ。


『少なくとも、被害は侵入された腰部からそちらへと進んでいます。今のところ船外に出た無人機は全て破壊しましたが、未だに200機を超える数が健在のようです。船内の監視装置も破壊されてきています』

「まずいな……」


 レヴリスが舌打ちする。

 班を率いる指揮者の彼は、最前方を行くグリュク、その次のアダと最後尾のタルタスに挟まれた位置にいた。


「このまま特殊砲が壊されたら、軌道レンズを壊す手段がなくなっちゃうんですよね?」

(予想される形状からして、完全破壊までは至れずとも、ある程度の威力をぶつければ機能を低下させることは可能だろう。吾人らの切り札も恐らくは有効だが、手札は多い方がいい)


 アダの質問に、グリュクの右手に抜かれた意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)が答える。

 通路の擬似重力も空気も、地上に近い状態で保たれており、霊剣はともかく、アダは肉声を発していた。

 いくら適応力が高い霊剣使いがいるとはいえ地上の環境と全く異なる真空の無重力環境は行動に支障があるということと、擬似重力を切ると無人兵器たちの移動をより容易にしてしまうためだ。

 味方のいない区画では擬似重力の強度を上げるなどして、合体天船(トリノアイヴェクス)も精一杯の抵抗を続けている。


『次の隔壁の向こうに敵無人兵器がいます。相手もあなた方を探知しているようですので、気をつけて接触してください。足止めをしていますが、扉を開けばすぐにそちらを攻撃することでしょう』

(うむ、心得た)

『なお、無人兵器の使用する光束兵器は肉眼では見えません。殺傷力が非常に高いので、こちらも警戒を密に』

(いいだろう、主よ)

「フン」


 道標の名を持つ霊剣(パノーヴニク)の台詞に鼻を鳴らすと、全身を深海色の鎧(カテナ・デストルエレ)に包んだタルタスが、鎧の副腕に抜かせた重剣――十二柱艦隊の指揮剣(ザッツェルイクス)で扉を貫いた。

 そのまま、蝶番で連結している柄の装飾を下方にばくりと開き、自らの腕で脇腹の小物入れから取り出した翠玉色の短い棒を挿入し、再び剣を閉じる。


鹿蟲柱(かのむのはしら)よ!」


 超高圧の電流が迸る音が、扉の向こうから僅かに聞こえてきた。確か、あれは内蔵した柱状の魔具の種類に応じて剣先から様々な種類の魔弾を射出できる魔具剣だったか。伝説の艦隊を支えた十二人の妖族が化身したとも伝えられる宝柱(ほうちゅう)の力を行使するための、まさに指揮剣。

 タルタスはすぐさま剣の柄を開き、翠玉色の柱を紅玉色のものと交換し、再度閉鎖。


獅子柱(ししのはしら)よ!」


 今度は鋭い硬質の物体が、同じく硬質の物体に突き刺さる音が無数に響く。

 再び宝柱が交換され、タルタスが吠えて。


雄牛柱(おうしのはしら)よ! 白鳥柱(しらとりのはしら)よ! !勇魚柱(いさなのはしら)よ!!!」


 爆裂魔弾の群れが、凍てつく地獄の冷線が、数千度で燃焼する焼夷液の奔流が、次々と踊り出ては扉を隔てた通路の敵を引き裂く。

 十二回の一方的な攻撃が完了すると、今度は十二柱艦隊の指揮剣(ザッツェルイクス)を引き抜き、両肩の複腕が保持していた吟巨人(ぎんきょじん)の剣と哲巨人(てつきょじん)の剣を扉に突き刺す。

 タルタスは二振りの巨剣で扉を強引にこじ開け、


「仕上げ!」


 そのまま二振りの巨人の剣の刃の間に生じた揺らぎの塊を前方に発射する。

 破壊の風が吹き荒れ、通路を飲み込んだ。

 見れば、腰の複腕が握った剣を後ろの床を突き刺して、自分の起こした破壊の余波で吹き飛ぶのを抑えこんでいる。


「多少は通路が傷んだだろうが、加減しろなどとは言うなよ」

「いや加減はしろって……」


 一方のグリュクたちは抗議しつつ、扉の陰に隠れて余波を免れた。

 爆風が収まると、タルタスは鎧の膝の位置の複腕に魔具剣を抜かせ、扉を切り裂いてその残骸を前方に蹴飛ばす。

 通路の床と天井、内壁が様々な威力でひどく破損しているにもかかわらず、敵はほとんどが健在だった。


「何……!?」


 驚愕を隠せない妖王子が防御態勢を取る前に、その横合いから放たれた弾丸の嵐が、爆音を立てながら敵を撃ちぬいた。

 見れば、アダが両腕から復活せし名を持つ霊剣(エスティエクセラス)を露出させ、3メートルはあろうかという長砲身の機関砲を構えて撃っている。

 発砲炎と無数の火花で通路が輝き、グリュクの被っている船外活動服の兜を通しても激しい爆音が聞こえてくる。

 タルタスの連続攻撃よりも明らかに威力に劣るはずだが、無人兵器たちは反撃を放つことも出来ずに蜂の巣のように孔だらけになって擱座していった。

 射撃が止むと、通路に溢れていたであろう敵は全てガラクタ同然になっている。

 天船が、グリュクたちの後方の、タルタスの攻撃の余波を受けずに無事だった音声装置から礼を言った。


『ご協力感謝します。このまま左腕部に進んでください』

「分かった。しかし凄いな……」


 レヴリスが周囲を確認しながら進みつつ、残骸を足でつついて呟く。


「……そうか、対魔法装甲とでも言う物……!」


 タルタスが肝を冷やしたように呻くと、意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)が考察を述べ始めた。


(魔法物質の結合を破壊する力場……そんなものが機体の周囲に張られているのやも知れぬな。

 魔法術による電流や念動力場も、魔法物質同様に擬似的なそれでしかない。機体に被害が及ぶ前に魔力線に還元してしまうことさえ出来れば、十二柱艦隊の指揮剣(ザッツェルイクス)の連続行使にも耐えぬくことが、理屈の上では可能ではないか?)

「お前たちも分解されちゃうってことか……?」


 グリュクはその点に思い至り、以前の悪夢を思い出して口にした。

 だがすぐに、アダの腕の中に戻った復活せし名を持つ霊剣(エスティエクセラス)が――機関砲は既に変形を解除されて、熱で歪んだ扉に戻っていた――反駁する。


(えー、わたしたちの機関砲の弾丸も魔法物質みたいなものだけど、通りましたよ?)

「維持強度の違いかな」


 先頭を進むレヴリスが、後ろを振り向くことはせずに分析する。


「念動力場や小さな魔弾なんかは分解されてしまうが、アダ君の自由変形のように、擬人体の演算能力で緻密に創製した、本物の物質に近いものならかき消される前にダメージを与えられる……ってことかもな。単純にでかくて重い魔弾を撃っても、効果があるかも知れない」

『船内の別の場所における戦闘でも、それを裏付ける結果が出ています』

「なるほど……基本的には近接戦闘用の魔具は大丈夫か。ん?」


 途中で数回の分岐があったが、天船の出してくれる案内表示に従って進んでいると、そこでレヴリスが声を上げた。

 再び、一本道の途中が隔壁で閉鎖されていた。


「トリノアイヴェクス、もしかしてあの扉の向こうにも……」

『はい。申し訳ありませんが、肩関節と粒子加速器が近いのであまり強力な火力は――』


 天船が言葉を終える前に、扉の手前の壁が破壊され、そこから真鍮色の何かが飛び出してきた。


(奴も啓蒙者か――!?)


 もっともそれは、啓蒙者と呼ぶに似つかわしくない異質な姿だった。

 両肩から生えた翼こそ共通していたが、他はまるで、太古の遺跡から掘り出した真鍮(しんちゅう)製の魔神像とでも(たと)えるべき風情。

 肩幅は広く、(くび)は長く。胴は細く、四肢は太い。

 そして頭部は、人面を真似びた魚類にも見えた。ただし表情は穏やかで、この奇怪な啓蒙者らしき敵――現に攻撃してきている――の有様を一層不気味なものにしている。

 そして、魔神像を思わせるその敵は、一瞬で魔法術――いや、秘蹟を構築して開放する。

 霊剣使いでもなければ看破出来ぬであろう、緻密で大規模な内容を把握して、グリュクは短く息を呑んだ。


「(空間をぶち壊す術……!?)」


 破術が、何とか間に合う。

 そう判断して魔法術を行使しようとすると、銀の流星が真鍮色の魔神像へと突撃した。


『レヴリスさん――!?』


 銀灰色の鎧(シクシオウ)をまとった移民請負人の体当たりで真鍮色の巨体は動きを止め、そして次の瞬間、二者は天船の通路から消滅した。


「…………!?」

(今のは……空間転移か!)


 霊剣が分析する。

 銀灰色の鎧(シクシオウ)が先だってエンクヴァルで発現させた機能を、レヴリスが再び使用したのだろう。

 敵を巻き込んで、どこかへ移動したか。


『いや……転移を仕掛けたのは敵だ。レヴリス・アルジャンは、たった今襲ってきた異形の啓蒙者によって、どこか別の空間へと引きずり込まれたようだな』

『本当なんですか……!?』


 殿(しんがり)の位置から進み出てきたタルタスがそう言うと、アダが信じがたいといった様子で聞き返す。

 そこに、合体天船(トリノアイヴェクス)が補足した。


『確かなようです。微弱ですが、本船近傍に複素数空間が維持され、その通常空間との接続点が本船に追随して移動しています』

(う、うむ……?)

「助けに行けるって解釈していいのかな?」


 グリュクの問いに、天船はやや苦ったような口調で答える。


『本船は今だ飛行爆弾を狙撃中ですので、レヴリス班長を救助するには空間を変形させる術に長けた術者が必要となります』

「……!」


 その答えには、心当たりがありすぎた。隕石霊峰(ドリハルト)で記憶を共有したため、アダも自分の後ろにいた青い全身具足の男を振り返って見ている。

 その表情は頭部全体を覆う鬼面のような兜で確認出来ないが、タルタスの側から何かを提案するつもりはないようで、グリュクは意を決して口を開いた。


「……タルタス、あなたはレヴリスさんを助けて船内に連れ帰ってくれ。俺はアダさんと、特殊砲を壊そうとしている無人兵器を倒しに行く」

「俺に命令をするな、魔女の霊剣使い」


 彼はグリュクを睨んで不機嫌そうに吐き捨てると――やはり実際の表情は分からない――、妖術を念じて呪文を唱えた。


寂滅(じゃくめつ)する乾坤(けんこん)よ」


 すると、月の裏側まで飛んでいる最中の天船の内部にもかかわらず、無数の枯れ葉の群のようなものが飛来し、グリュクたちの周囲を嵐のように舞い踊った。

 それが収まってみれば、荒れ狂う木の葉の群も、全身具足に身を包んだ妖王子も、彼らの目の前から忽然と姿を消していた。

 気を取り直して、アダに指示を出す。


「アダさん、俺が敵の攻撃を防ぐから、君は武器を作って攻撃を。行こう!」

「は、はい!」

『次の区画を減圧し、隔壁を開放します』

(任せた!)


 天船が隔壁の向こうの空気を抜き――そうしないと、グリュクたちは気圧差で生じた突風に押し戻されてしまう――、急速に隔壁を開く。

 霊剣の戦士はすかさず、魔法術を構築して呪文を唱えた。


「惑わせ!」


 ゼロ気圧の真空中でも拡散しない濃密な魔法物質の煙が、姿を現した無人兵器たちを押し包む。

 これならば、対魔法装甲とやらで威力が無効化されても関係がない。

 そこに、アダが天船の破片――真鍮色の啓蒙者が破壊した内壁の構造材――から創りだした多砲身(たほうしん)速射(そくしゃ)徹甲砲(てっこうほう)が再び火を噴いた。

 反撃の光束兵器が照射されるが、グリュクの生成した濃密な魔法物質の霧に阻まれた。更に耐熱性能も高い船外服を着用している霊剣使いには、軽度の火傷を負わせることさえも出来ない。

 射撃が無効と判断して突進してきた者はアダの徹甲弾の連射に蜂の巣となり、アダの砲が弾切れを起こす直前にグリュクが強固な不透明の防御障壁を張った。障壁はグリュクが維持し続けるので、光束の照射で多少蒸発させられても、すぐさま厚みを取り戻す。

 その隙にアダは機関砲を再変形させて、残弾が充分な機関砲を再生成する。

 障壁を霧に変形させた後、再び撃つ。

 一方的な攻撃を三度繰り返して、同じ区画に集結していた無人兵器たちは壊滅した。


(よし、行ける! 主よ!)

「分かってる! アダさんも!」

「はい!」


 最も古い霊剣を持つ剣士と、最も新しく誕生した霊剣使いの娘が、弾痕と無人兵器の残骸に溢れた通路を通過する。


「(……グリゼルダたちは大丈夫かな)」

『彼女たちのいる船体右舷の無人機はほぼ一掃できたようです。少々危険ですが、肩関節区画を通過して左腕へ移動してください』

「了解――」


 そこに衝撃がやってきた。

 足元の床が消滅したかのような急速な落下感に気付いて周囲を見回すと、周囲の光景は何ら変わりがないことに再び驚く。


『擬似重力維持系統にダメージを受けました。船外からの攻撃です、ご注意を。何者かが本船の近くに隠れていたようです』

「君の監視をすり抜けてか」


 合成音声の発言から状況を考えるに、敵は無人兵器だけで合体天船(トリノアイヴェクス)を制圧しようとしていたわけではないようだ。レヴリスを船外に連れ去った謎の敵は、その司令塔の役目でもしていたのかも知れないが。


(無人機部隊は単なる露払いということ……主よ、本命が来る!)

「!」


 グリュクは飛び出して、全力でアダの肩を蹴り飛ばした。

 彼女は悲鳴を上げ、復活せし名を持つ霊剣(エスティエクセラス)は抗議する。


「ぁ(いた)ぁ!?」

(何すんですか!!)


 そして、体重が90キログラムはあるというアダを蹴り飛ばした反動で自分も後ろに飛ぶと、たった今まで二人がいた場所を、船外側から大威力の一撃が貫いた。


「!」

(何奴……やはり啓蒙者か!)


 高速で船外へと引き戻されていったそれは、鎖に接続された有刺(ゆうし)鉄球のようにも見えた。

 大きく開いた孔から外を窺うと、そこにはグリュクにとっては初めて出会う啓蒙者が漂っていた。

 黒い眼鏡で視線を隠し、清流を思わせる銀髪を湛えた男。

 それが、霊剣に似た、音ではない声で以って言葉を発する。


『否。我らは黙示者……生命の(おお)いを(ひら)く者』

(黙示者……啓蒙者の教義にある、伝説上の最高位司祭の名か!)


 紛うことなき大敵。

 それを霊剣使いの培った本能で確信し、グリュクは真空と無重力の最中で息を呑んだ。













 彼がいるのは、上下左右の区別がつかない場所だった。

 空の向こう、宇宙と呼ばれる空間ならば、重力が無いためそのようになると聞いてはいた。

しかし、今はそれだけではない。

 前後左右に上下の六方を見渡しても、何も見えないのだ。

 レヴリスは思案する。


「(空気と引力が無くとも、星明かりくらいは見えると聞いていたが……

 実際はこんな暗闇なのか?)」


 銀灰色の鎧(シクシオウ)の腰部分に設置された、(けん)なる灯火(ともしび)を引き抜いて起動する。

 光の剣として扱う目的のものだが、刃を出さずに懐中電灯として使用することも、先端に短い光刃を発生させて松明のように使用することも出来た。それこそが、この魔具の名の由来でもあるのだが。

 今回は敵の奇襲を受けた直後の不可解な状況ということで、即座に迎撃も可能なように、剣状に光刃を展開して、周囲を照らす。

 その瞬間、彼に襲いかかってきた真鍮の魔神像の姿が、灯火の光に照らしだされて闇に浮き上がった。


「!?」


 そのまま、末端の肥大化した拳が高速で銀灰色の鎧(シクシオウ)の装甲へと叩きつけられる。


「ぐッ……!?」


 剣なる灯火での防御は間に合わず、胸部と頭部に直撃を受けた。

 重力がないために、レヴリスは後ろに向かってぐるぐると回転しながら吹き飛ばされーーそこに立て続けに与えられる、連打。

 秘蹟を用いた加速状態にあるのか、真鍮色の閃光が閃いては銀灰色の鎧(シクシオウ)の銀色の装甲を激しく殴打し、離脱する。

 特殊な永久魔法物質(ヴィジウム)であるイスターベルク固体で形成された装甲が、単なる高速の打擲(ちょうちゃく)によって損壊していった。

 着用時に装甲の表面に展開される念動力場の防壁も、不意打ち同然の攻撃の嵐に晒されては、十分な性能が発揮できない。

 背部と踵、手首に設置された噴進装置を噴かせて回避運動を行っても、こうした空間での動きを十分に心得ていない彼では目覚ましい効果は出なかった。


「(せめて攻撃の来る方向が分かっていれば……!)」


 そう歯噛みした途端、彼は頭上に向けて猛烈な勢いで引き寄せられた。

 そして、がつりと堅い平面に向かって叩きつけられる。

 彼はいつの間にか生じていた重力によって、見知らぬ場所へと墜落したのだ。


「(……どういうことだ、上下の区別が発生した……?)」


 不可解極まることではあったが、銀灰色の鎧(シクシオウ)のお陰で体にはそこまでのダメージはない――一次装甲がかなりやられているので、完全に無傷とは行かなかったが。

 身を起こせば、そこは黒黒とした、冷え固まった溶岩が延々と広がる未知の土地。

 何よりも、雲の流れる青空に驚愕する。


「(一瞬で、地上に戻ってきたっていうのか!?)」


 見覚えの全くない場所なのだから、戻ったという表現にはいささかの誤りがあったが。

 一歩踏み出せば、鎧の靴底が脆い岩石を踏みしめる音がざくりと響く。

 見上げてみれば太陽はかなり高い角度で昇っているにもかかわらず、血のように赤かった。


「(音が聞こえるということは、空気はあるのか……)」


 いや、今の状況ではそのような考察は二の次とすべきだろう。

 再び周囲を見回して状況を確認していると、レヴリスは不意に右から飛んだ痛みに吹き飛ばされた。


「!!」


 全身を貫く痺れは、電流か。いや、ただの高圧電流や雷ならば、こうして吹き飛ばされるようなことはないはずだ。

 吹き飛ばされながらも体制を立て直そうと、背中と踵の噴進光を作動させたその瞬間、レヴリスの周囲の風景が一変する。

 そのままならなさに、鋼鉄の職業倫理を持つ移民請負人も思わず毒づいた。


「ッ、何なんだ……」


 今度は、滅びた都市の遺跡と思えるような、紫色の空の広がる薄暗い土地だった。

 ただし上下が入れ替わっている。彼は今、大地に向かって速度を上げてしまっていた!


「く!?」


 危うく地面に激突するところだった軌道を強引に変えて、レヴリスを包む銀灰色の鎧(シクシオウ)は苔むした遺跡らしきものをかすめる。

 すると、再び電撃。

 今度は遺跡をもろともに攻撃、破壊するような放射状の放電で、レヴリスはやはり吹き飛ばされながらも敵の攻撃を分析した。


「(恐らく主体は強烈な念動力場……濃密に生成しすぎて一部が物質化した――そこを経路に余剰エネルギーが電流となって流れて雷に見えるってところか……)」


 副産物として電流による焼灼作用もあり、また宇宙空間でも行使が可能というところだろうか。

 だが、輝く電撃念動場の範囲が広くかつ放射状であることに気づき、レヴリスは術者の位置を探った。

 見れば、森に張られていた蜘蛛の巣の如き一撃の中心であっただろう場所に、真鍮色の魔神像の姿。

 彼は背部の推進器の出力を高め、上下左右の動きを織り交ぜて接近した。


「シクシオウを舐めるなよ!」


 正面から突っ込み、投射される念動力場を剣なる灯火で切り裂く。


「(一部が物質化するほど濃厚な力場なら、物質同様に切り裂いてしまえばいい!)」


 果たして、念動力場を切り裂いて突撃した移民請負人は、しかし敵に一撃を加える前に急激に軌道を変えられ、今度は上空へと勢い良く吹き飛ばされた。


「……!?」


 啓蒙者の前方で急速に密集した念動力場に運動方向(ベクトル)を激しく撹乱され、回転しながら真上に放り投げられている状態。

 姿勢を回復できずにそのまま落下し、そこを狙った真鍮色の魔神像の鉄拳の直撃を受けて、銀灰色の鎧(シクシオウ)は装甲を剥落させながら再三吹き飛ばされた。

 土砂と瓦礫と樹木とを噴き上げて大地を抉る衝撃からも、ぼろぼろの全身鎧型魔具は更に破損しつつ、それでも装着者を守り抜いた。


『…………』


 反撃がないことを確認するためか、啓蒙者が真鍮色の翼を羽ばたかせて飛び上がり、レヴリスの上空へと飛来する。

 レヴリス・アルジャンは辛うじて意識こそ繋いでいたが、既に全身がばらばらになったかのように言うことを聞かず、動けない。

 着地し、一歩また一歩と間合いを詰めてくる啓蒙者の足音を聞きながら、彼は虚空を見つめた。

 以前狂王の息女を相手取って戦った時よりも、状況は悪い。

 

「(こんなよく分からない場所で、俺は死ぬのか……)」


 (アスミ)長女(シロガネ)長男(ジン)移民請負社(ハダル)の部下たち、多国間戦隊(フォンディーナ)の仲間たち。

 このまま今度こそ、彼は孤独に死ぬしか無いということか。

 朦朧とする視界に映った巨大な拳が彼にとどめを刺す直前、唐突に輝いた。


「……?」


 敵の拳自体が発光したのではなく、そこに何かが高速でぶつかる事で生じた閃光だと分かると、レヴリスの意識が粘りを取り戻す。

 真鍮色の啓蒙者を襲っているのは、複数の乱数軌道を描いてその周囲を飛び回る何か。


『〜〜〜〜ッ!!』


 啓蒙者が奇怪な声をあげて念動力場を発生させ、その動きを止めると、それが様々な形状の剣を握りしめた深海の色の六つの籠手だと判明する。

 真鍮の色の魔神像はそのまま圧力を更に上げて、この未知の敵対物体を破壊しようとした。

 だが今度はその隙をついて、全長2.5メートルはあろうかという巨大な肉厚の剣が飛来する。啓蒙者はこれも受け止めた――その瞬間、その背に別の剣が突き刺さる。


『ギャッッ!』


 敵が身を捻ったためにレヴリスにも見えたが、さほど大きな剣でもない。啓蒙者が己の背にその大木のような手を伸ばして抜こうとすると、その前に、細身ながら無骨さも併せ持つその剣身から無数の細い根のようなものが生えて、剣身同様に啓蒙者の背に突き刺さった。


『ギァアアアアアアァァ!!』


 立ち上がるレヴリスは、それまで無言で穏やかな笑みを湛えていた敵の不気味な表情が、苦悶に歪んで絶叫するのを見た。人面の魚のようだった顔は、今や教義伝道の種族の名に似合わぬ獰悪(どうあく)ぶりとなっていた。

 だが、真鍮色の啓蒙者を襲う苦痛は終わらない。

 背中に刺さった剣が、閃光と爆音を発して炸裂したのだ。

 

『――――――――――!!?!?』


 重傷を負ったのか、啓蒙者が膝を付き、更に身悶えしている。

 その向こうから悠々と歩いてきたのは、深海の色の全身具足と、それをまとった妖王子タルタス・ヴェゲナ・ルフレート。


「高度に身体を機械化した啓蒙者よ、熱砂の刻印の剣(メナシェヌス)の味は如何かな」

『黙れぇッ!!』


 金切り声と共に――この啓蒙者が意味の分かる言語を発するのは、彼の前では初めてではないか――、再び破壊的な念動力場が発生する。

 だが今度は、タルタスの鎧の左肩から飛び出した吟巨人の剣がレヴリスの眼前に突き刺さり、その広い剣腹から発生した破術で念動力場を中和し、レヴリスを守る。

 タルタス自身も、多数の魔具剣の加護によって完全に防護されているようだった。


『こぁぁぁッ!!』


 他の秘蹟での攻撃を試すこともなく――それともその剛拳こそが最大の武器という自負があるのか――、真鍮色の魔神像が妖王子へと突撃する。

 五対の複腕全てに魔具剣を抜かせて、タルタスがほぼ全ての火力を見舞う。

すると、突如周囲の光景が消失した。

 レヴリスは再び浮遊感に襲われて、周囲を見渡す。今度は、しかしそれが重力の存在を意味する落下の感覚だと分かる

 青、白、黒の三色に別れた世界が広がり、青は彼の左方向に垂直の大壁となって、白は下方に果てなく渦巻く雲、そして黒はそれ以外の全てを占め、黒は星々をちりばめた宇宙にも似ていた。

 思わず噴進光を噴かせて落下を止めると、呻く。


「何だこれは……!?」


広大な宇宙空間に広がる無限の雲海、そしてそこから垂直に伸びる、伝説の世界樹さえ思わせる至大の水柱。

レヴリスにも、突拍子も無いながら、自分がどのような状況に置かれているのか推測できるような気がしてきていた。


(こんな超現実主義じみた場所など、妖魔領域にも無い)

「……どうやら、この醜悪な啓蒙者は敵を異世界に連れ回し、環境の違いによって惑わせて殺す戦い方を好むようだな」


 見ればタルタスと道標の名を持つ霊剣(パノーヴニク)も、彼の右前方で噴進光を噴かせて浮かんでいた。

 そして上空から急降下してきた真鍮色の魔神像に向かって、嘲る。


「さすがの私もここまで悪趣味ではない」

『没せよォォ!!』


 タルタスはその攻撃を受け止めはしたものの、左方に立ち昇っていた青い大壁――垂直であることが信じ難いが、どうやら海に近いものらしかった――へと共に激突、水没してしまった。

 腹立たしいことに、レヴリスを巻き込みながら。


「(次々と、手品のようなことを……!)」


 移民請負人は焦った。

 水深は浅いはずだが、重力が作用している影響なのか途轍もない圧力が掛かっているのだ。

 銀灰色の鎧(シクシオウ)が限界を迎えつつあった。


「(まずい、転移を……!)」


 しかし、ここに至って転移機能が発動しない。

 レヴリスは焦りながらも、水面からさほど遠くないためか比較的明るい水の中でタルタスと敵を探した。

 発見できたのは、遠雷のような轟音が聞こえてくる方向へと泳いでいったためだ。

 タルタスは、見る限りでは苦戦していた。

 真鍮色の啓蒙者はその翼といい末端肥大の手足といい、とても抵抗が少ない形状には見えなかったが、それが高圧の水中を目まぐるしく動きまわって妖王子を翻弄している。

 激しい轟音からして抵抗しているのは分かるが、水中では殆どの妖術や魔具の威力が減衰するためか、こちらも芳しくは無いようだった。加速は液体の中では無意味、座標間転移をしようにも、銀灰色の鎧(シクシオウ)のそれが不発に終わったように、恐らくは何らかの妨害が働いている。

 助けに入っても、戦力的に劣るレヴリスでは大した足しにならない。

 傍観していても、いずれはタルタスが敗れ、レヴリスも死ぬことだろう。

 ならば、


「(どちらを選んでも死ぬというなら、そこで足掻いてやるのがレヴリス・アルジャンだ……!!)」


 意を決して、踵の噴進光の出力を最大に上げる。

 だがその時、


「(近づくな、移民請負人!)」


 脳に直接聴かせられるような声に驚きつつも、聞き取れた内容に従い止まる。

 音声とは違うにもかかわらず判別できるのが不思議だったが、それはタルタス・ヴェゲナ・ルフレートの声だった。


「(鎧の機能による念話だ。奴には聞こえない。そこで私の勝つ様を眺めていることだ)」

「(こ、こうか……? こんな機能があるとは、兄弟の具足だからなのか……)」


 念じつつも、こうして考えることで会話するという行為は、実は他の動作をしながら口を動かすよりも難しいのではないかと実感する。

 いや、それよりも、とタルタスの様子を見ると、彼は真鍮色の魔神像の如き啓蒙者になおも翻弄されている。

 本人の希望はともかく、やはりレヴリスは加勢すべく噴進光を作動させる。

 だが、それ以上速度を上げる前に、タルタスへと何十度目かの攻撃を仕掛けようとしていた啓蒙者の動きに変化が生じた。

 それまでは魚か何かのように器用に泳ぎまわって、タルタスに対して攻撃と離脱(ヒットアンドアウェイ)を繰り返していた啓蒙者が、速度を減じてゆく。

 よく観察すると、彼は自分の両手で比較的短い剣を持ち、その柄の部分を兜の口元に相当する部分へと当てていた。

 それは横笛を吹く動作にも似ており、そう認識してみれば甲高い音色が、水中だというのにレヴリスの耳にも聞こえるような気がしてくる。


「(……怪音を聞かせて聴神経から敵を無力化する魔具ーー諸刃の魔笛ってところか……だから俺を遠ざけたのか)」


 だが、力を失っていた啓蒙者が最後の力を振り絞ってか、絶叫する。


『コアァァァァァアァァァ!!!』


 すると、その世界から三者の姿は消え、レヴリスもタルタスも啓蒙者も、また異なる場所へと共に転移していた。

 空に雷雲の広がる、荒涼とした不毛の岩場。


『……!?』


 だが今度は、啓蒙者の表情が違った。

タルタスがせせら笑う。兜で表情は見え無いにもかかわらず、レヴリスにもその浮かべた表情が眼に浮かぶようだった。


「どうした啓蒙者? 貴様は今こう思っているな。”ここは自分の知らない世界だ”、と」

『――――!!』


 それは図星なのか、啓蒙者の動きがこわばる。

 妖王子は、もはや傍らのレヴリスそっちのけで敵を挑発するつもりのようだった。


「よくも訳のわからない世界から世界へと引き回してくれた。

 礼だ、隕石霊峰(ドリハルト)の土産に見るがいい、貴様の、異世界を渡って敵を混乱させるでたらめな秘蹟を破った我が秘奥妖術を」


 そこで言葉を区切ると、彼と啓蒙者との間の地面の下から、光る何かがせり出してくる。

 青白く輝く液体が内部を循環する細い繊維を、固めて長さ2メートルほどの円柱状の物体に整形したような形状の物体だった。

 レヴリスは初めて見るが、啓蒙者もまた、その異様な光景に目を瞠っているように見える。


「空間妖術、精霊万華鏡(せいれいまんげきょう)……その制御核晶(せいぎょかくしょう)だ。

 不利になった貴様が我々を巻き込んで世界を移動する直前、これを割り込ませてこちらの、私が作った異空間へと引きずり込んだ。

 見事破壊すれば、通常空間に復帰することが出来ような」


 そこまで言うと、タルタスは駄目押しとても言うのか、左手で、くいくいと啓蒙者に挑発の仕草をしてみせた。

 制御核晶と呼ばれた物体がそれに合わせて、すいと前へ滑り出る。

 歩むようなゆっくりとした速度で切り札を差し出されたその光景に、啓蒙者はなおも動かない。


()く言われども動けぬか。汚染種に怯む臓器不要(ふぬけ)の者よ」

(おのれ)ェェェェッ!!!』


 激高しつつ、神秘的な妖術の柱へと向かって秘蹟を放つ啓蒙者。 

 だが、あまりの出力に超高圧の電流さえ付随する念動力場の秘蹟が当たった制御核晶は、次の瞬間には一振りの剣に姿を変えた。

 いや、元々一振りの剣だったのを、タルタスが妖術で制御核晶とやらに偽装していたということか。

 剣身が鏡のように(つや)やかなその剣は、荷電念動力場の渦の直撃を受けてばらばらになるかと思いきや、閃光を発して全ての秘蹟を反射した。

 念動力場は啓蒙者を高さ1メートルほどの空中に固定し、さらに高圧電流で傷めつける。


『ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!』

「それは私が偽装した詩と樹の鑑の剣(エスパド・エスペーユ)だ。敵の説明を信じこむとは、純真な信仰者の模範に足る行いだな」


 タルタスが左手の人差し指で啓蒙者を差すと、両肩の巨大な魔具剣を握った深海色の篭手が飛び出し、巨剣で敵の右腕右足、左腕左足をそれぞれ貫き空中に五体を広げさせた。

 その無防備な態勢に向かって、遂にタルタスは魔具剣を握った全ての篭手を発射する。

 そこで、異変が起きた。

 真鍮色の啓蒙者の頑強な両手両足が、吹き飛んだのだ。


「――!?」


 いや、手足だけで無く、体の各部の、装甲らしき部分が全て吹き飛んでいた。

 内部から現れたのはやはり啓蒙者だったが、体躯は比較的小さく、やはり真鍮色の鎧を身にまとっている。

 そして憤怒の形相でタルタスに突撃、彼の放った全ての魔具剣を紙一重で回避して接近した上、素早く背中へと取り付いて道標の名を持つ霊剣(パノーヴニク)を鞘から抜き、奪った。


(む――!!)


 妖王子が自分の相棒たる霊剣に、兜ごと頭蓋を砕かれて死ぬ――その直前に、同様にタルタスの後ろに銀灰色の鎧(シクシオウ)の機能で転移したレヴリスが、身軽になった真鍮色の啓蒙者へと踵を当てる。


「罠を蹴破る爆芯(ばくしん)となれッ!」


 最大出力で噴出した噴進光の直撃を受けて、啓蒙者は道標の名を持つ霊剣(パノーヴニク)を取り落としながら空中高く吹き飛ぶ。


「!」


 その翼で体勢を立て直される前に、二領の全身具足が同時に跳んだ。

 それぞれの腰から取り出された柄だけの剣から伸びるのは、光り輝く魔法物質の刃。


「放射する白刃よ!」

「虚像を切り裂く剣となれ!」


 二振りの剣なる灯火が、扇状の残光二つを残し、今度こそ真鍮色の啓蒙者の本体を切り裂いた。

 タルタスの作ったこの空間でも重力は働いており、二領の全身具足は軽やかに着地。

 続いてタルタスの深海の色の鎧(カテナ・デストルエレ)の方には、先ほど射出した魔具剣と篭手が戻ってきて、がしゃがしゃとやかましく元の位置に戻るところだった。

 レヴリスは上手く奇襲を迎撃できた上、それを勝利に繋げられた安堵で大きく息をついた。


「ふぅ……やったか」


 疲労と傷もかなりのものだったが、傷の方は時間がかかるものの、銀灰色の鎧(シクシオウ)が治癒してくれることだろう。

 グリュクたちと分かれて、予想外に時間を食ってしまった。早くもとの空間に戻らねばと、この空間を維持しているらしいタルタスに話しかける。


「タルタス殿下、戻ろう。グリュク君たちを待たせたくない」

「レヴリス・アルジャン。まだ終わりではない」

「え――?」


 台詞の真意を尋ねる前に、レヴリスは言葉を失う。

 見れば、タルタスの抜き放った純白の剣が、銀灰色の鎧(シクシオウ)の装甲を貫いて彼の胸に突き立っていた。










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