表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霊剣歴程  作者: kadochika
第14話:盲目の鷹、哭く
115/145

08.黒い白鳥

 コグノスコは機械だ。

 だが、確保できている演算資源(えんざんしげん)の大半を啓蒙者の少女の身体の再建に振り向けるという、人間で言えば集中するのに近い行為を行っていた。

 それでも優先度の高い警報が生じれば即座にそちらに対応することができるのが、プログラムである彼の利点ではあったが。


『(カイツ……)』


 迎撃に協力してれた魔人の無事を回路(こころ)の片隅で案じながら、コグノスコは問題に取り組み続けた。

 既に生命維持槽の中のジル・ハーは無残に焼け縮れた半死半生の姿ではなく、健康だった彼女の姿を模した強化生体で喪失箇所を補われている。

 強靭な準細胞――啓蒙者の傷病兵などが、本人の希望によっては置換治療を受けることが出来る医療物資だ――で形成された義体を喪失部分に合致するように加工し、あてがったのだ。

 あとは、 液中に散布した微生物のような微小機械群(ミクロビオイド)が、残された彼女のオリジナルの細胞部分と義体の強化準細胞部分とを接合・順応させてくれるのを待つばかりだ。

 そして、そのような時にこそ邪魔が入るのを、コグノスコは人間じみた忌々しさと共に実感した。

 老朽化した消火設備を作動させて目くらましにし、非常隔壁や簡素な自動装置で以って妨害もしている。

 だが、啓蒙者――いや、取得出来た僅かな情報によれば黙示者か――は、それらを物ともせずに施術室へと到達してしまった。

 無造作に貫き手が突き入れられ、多層合金が急速に歪む破壊的な音と共に、重厚な扉が左右へとこじ開けられる。

 その隙間が両手を広げて出入り出来るほどの広さまで拡大された時には、敵の全身が姿を現していた。

 神域の清流を象徴するかのような流麗な銀髪に、視線を覆い隠す宇宙の如き黒い眼鏡。

 そして啓発教義を知らぬものであれば神そのものと見違えたかも知れない、巨大な黄金の翼。


『(黙示者……!)』


 コグノスコは極めて差し迫った緊張を感じつつ、それでも最大限の慎重さで以って、彼女の残された純粋な生体を義体と馴染ませていった。

 施術が完了してからすぐにでも動けるよう、脳に電極を接触させ、彼女の意識に語りかけていく。











 漠然とした不満と、無力感。

 体細胞の8割近くを熱で破壊された今の彼女に出来る思考は、単純極まりない快か不快かを判別することだけだ。

 ――いや、本当にそうだろうか?

 徐々に、少しずつ、次第と、彼女の意識は明瞭になって行く。

 それを意識できたのは、問いかけをされたからだった。


(意識はありますか?)


 ……あるね、そう言えば。


(自分の身に起きたこと、覚えていますか?)


 …………嫌になって、逃げようとした気がする。


(自分の名前は思い出せますか?)


 ……ジル・ハー・シンディス。


(ジル・ハー・シンディス。あなたの望み、教えてください)


 ……叶えてくれるの?


(あなたの覚悟次第です。私は人工人、コグノスコ。教義に疑問を持って追われたあなたの、同類と言えるかも知れない)


 コグノスコ。覚悟って、何?


(残念ながらも大きく傷ついてしまったあなたの体を、別の素材で作り直すのです。

 済まないと思っています。覚悟とは、私があなたを助けるためにそれしか出来ないという事実を、受け入れる覚悟)


 だんだん思い出してきたかも……わたし、外の世界に行きたかったんだ。どうやって行こうとしてたんだっけ……

 そうだ、あの人……まだ名前聞いてなかったな。忘れてるだけなのかな?


(あなたの望みを、改めて教えてください。

 知性と感情を持つ生物として、あなたはただ逃げ出したかったわけでは無いはずです)


 そうだった……わたしは……自分が邪魔者扱いされない世界が欲しい。

 自分にも何かの価値があるって、信じたい。

 外の世界に出たら、そんな風になれるかもって、思えたから……彼の手を取ったんだ。


(彼。そう、彼も今、あなたのために戦っています。それを無駄にしてしまわないためにも、私はあなたに決断して欲しい)


 うーん……そういえば、まだ名前も知らないんだった。彼のこと……

 お礼、言わないと!


(あなたの意思と選択を、祝福します。

 ジル、あなたはどうか、逃げてください。それが彼と、私の望みです。あなたが自由と心の安らぎを求めるならば、それを――)


 え、逃げるってどういう……こと?


 ――そこで、彼女に対して語りかけてきた言葉は途切れてしまった。











 万事休すか。

 コグノスコがそう思った時、駆動音を響かせて自動巨人が接近してきた。


『旦那に手は出させませんのことよー!』

『離れろっつの、この色眼鏡!』


 ジャコビッチとブルスキーだ。

 大きく振りかぶった自動巨人の腕で黙示者を捕えようとするも、複合装甲の巨体は念動力場に阻まれて、周囲の機材を撒き散らしながら反対側の壁まで吹き飛んで行った。


『やっぱりダメだったのねん……』

『許してくんなまし旦那……』


 擱坐して動けなくなった自動巨人の中から二人が声を上げるが、黙示者は微動だにしない。

 コグノスコは意を決して、黙示者に音声通話を試みた。


『彼女は現在治療中です。危害を加えるのですか』

「無認可の医療行為である。市民の奪還と共に、社会を騒擾(そうじょう)する人工人格を正常へと更新する」


 それは、コグノスコを不具合を生じたプログラムとみなし、改竄、あるいは消去するという意味だった。

 神聖啓発教義領は人工人格にある程度の人権を主張する機能を与え、そしてそれを認めているが、いくつか制限されている部分がある。

 意思に反して改竄されない権利というものがそれで、コグノスコはこれを拒んだがために今、こうしているのだった。


「しかし、廃棄機材の無認可使用、特に自動巨人を使用しての強襲……もはや酌量(しょあくりょう)の余地は無し」


 黙示者が、懐から金色に輝く装甲端末を取り出し、無事だった機材の接続口に黄金の端子を挿入する。

 激烈な処理信号が流れ込んできて、コグノスコの展開した防壁はなす術もなく蹴散らされた。

 冗長を承知で設けた18段階の認証も超新星爆発のごとき侵食能力によって1秒で突破され、彼はユニットの一つを放棄する。

 だが、黙示者は装甲端末を引き抜くこともなく、呟く。


「物理切断を行っても無駄だ。秘蹟行使プログラムは完全独立ユニットに対しても侵入経路を作り出す」

『――!?』


 コグノスコは、プログラム上の人格にもかかわらず驚愕した。

 プログラム自体が秘蹟を行使して、隔離したはずの経路に魔法物質の回線を形成し、そこを伝って再び侵入してきたのだ。


『(こんなことが――!?)』


 まだ、彼女の施術は完了していない。


『させません』


 彼は、切り札を行使した。

 黙示者がこじ開けた扉の向こうから、純白の閃光が飛び込んで来る。


「!」


 魔人ではない。

 細身の魔人よりは重厚で、肩口から、啓蒙者のそれを象った白い機械の翼が生えている。

 彼が自身の脱出のために、廃棄された試作聖別鎧を元に改修を加えたものだ。


「このようなものまで――!」


 これ一体しかない、最終手段。

 だが次の瞬間、純白の聖別鎧は黙示者の蹴りでばらばらに吹き飛んだ。

 四肢双翼の形状を失った装甲が飛散し、衝突して室内の機材を破壊する。


『…………!』


 区画ごと自爆して敵を葬りされるような炸薬や燃焼剤などは、揃えることが出来なかった。

 彼はもはや、自己消去する他に自由を守る術がない。

 カイツの安否は不明。飛翔案内板も、戦闘に巻き込まれて破壊されてしまったようだ。

 悔しい限りだが、抵抗を尽くしたとしても、終わる時はこのように呆気ないのが残酷な現実だということかも知れない。


「――そうかな」


 声と共に、破壊音。

 接続が生き残った唯一の監視カメラを向ければ、そこには生命維持槽の強化樹脂を突き破って流れ出てきたジル・ハーが立ち上がるところだった。

 その視線も、声も、まっすぐに、彼女の眼前の黙示者を射抜いている。


「現実は残酷かも知れないけど、それでもあなたはわたしに、ここまでのことをしてくれた」


 流出を続ける呼吸液の流れが弱まり、床に手を突いていた彼女だが、そこで羽化した蝶のように翼を伸ばし、言葉を紡ぎ続ける。


「ありがとう、コグノスコ」

『――お互い様です!』


 その台詞に応えるように、人工人コグノスコは撒き散らされた聖別鎧を再起動させた。


「!」


 黙示者の一撃でばらばらにされたはずの、聖別鎧の各部の装甲や保護衣がジル・ハーを目掛けて一斉に突進する。

 純白の甲冑が、超科学の理に従って啓蒙者の娘に群がるように取り付き、つま先から翼の先まで全身を覆い尽くして防護した。

 そのまま鎧の制御系統内部に自らを転送し、コグノスコは内部の彼女に語りかける。


『聞こえますか、ジル・ハー。人工人コグノスコはこの聖別鎧に移動し、あなたと共にここを脱出します。黙示者――目の前の司祭の戦闘力は未知数、無闇な戦いは避けたい』

「あの……彼は?」

『先ずは探さなくてはなりませんね。が、その前に、あの自動巨人の中にいる私の友人たちを助けだしたい。手伝ってくれますか?』

「そうだね、やろう」


 純白の聖別鎧を纏ったジル・ハーと、今やその鎧に宿ったコグノスコは、歩調を合わせて軽やかに踏み出した。

 装甲と駆動補助系統がそれのみで鎧の自重を支えられる構造になってもいるため、彼女の身体に加わる重さは無い。

 そしてそのまま、二人は黙示者の横を素通りする。


「――!?」


 そこで初めて、黙示者が表情を変えた。

 まさか、この状況で自分の横を通り過ぎる者がいるとは思わなかったのかも知れない。

 純白の鎧の背中に折り畳まれていた機械の翼が素早く展開し、黙示者の放った秘蹟の速射弾を弾いた。

 追撃として放たれた超音速の貫手――扉を破壊したのもこれだ――を、しかしジル・ハーとコグノスコは鎧の左手で的確に掴み取って止める。

 次いで右前腕を覆っていた装甲が指先の方向へと移動し、強固な護拳(ごけん)となった。

 ジル・ハーは装甲で覆われた右拳を振り抜き、その先端が黙示者の下顎へと強かに衝突する。


拳砲(プグナ・グナエ)


 それは瞬きよりも短い刹那、黙示者は吹き飛び、呼吸液が流出しきった水槽へと叩きつけられた。

 背後で起こった破壊音を顧みることもなく、ジル・ハーは擱坐(かくざ)したままの自動巨人へと歩み寄り、胸部装甲の縁に手をかける。

 無造作に力を込めて横へと開くと、強固な閉鎖機構が破壊されて弾け飛び、どんと音を立てて装甲が転がり落ちた。

 服座席に座りながらもぐったりとしている二人の男。

 啓蒙者のような装束を身に纏い、翼まで備えているが、鎧を通したジル・ハーの目には、彼らが特殊な扮装をしただけの無翼人だということが即座に見て取れた。

 鎧の拡声装置を使って彼らに呼びかけるのは、コグノスコ。


『ジャコビッチ、ブルスキー! 無事ですか!』

「し、死ぬかと思ったわ、んもぅ……」

「助かっただぁ、旦那もご無事で」


 装甲が開かなくなっていただけのようで、二人は特に外傷なども無かった。

 だが、


『背後!』

「!」


 人工人の警告で、ジル・ハーは背後から投射された爆裂弾の秘蹟を、鎧の翼を広げて防ぐ。


『二人とも、出来る限りそこを動かないように! ジル!』


 コグノスコが二人の偽啓蒙者に勧告すると、ジル・ハーの視界の隅に意匠図(アイコン)が表示された。


「手のひら――?」


 五指を広げた(てのひら)の中心に、黒い線で円が描かれた意匠図(アイコン)

 黙示者は爆裂魔弾を連射し、今度は手足や翼だけでは余波を防ぎきれそうもない。

 戦闘用の秘蹟の習熟度も低い彼女では、障壁の防御も間に合わない――たとえ間に合った所で破られる――のは確実だった。

 だがそこに、コグノスコの声が飛ぶ。


(てのひら)を広げて突き出す!』

「っ、こう!?」


 その瞬間、威力が前方に向かって爆発した。

 手の平の中央に設置された念場干渉発振器から、物質化寸前の濃密な念動力場が急速に発振される。力場は爆裂弾の秘蹟をやってきた方向へと追い返し、秘蹟弾と共に黙示者へと衝突する。

 熱エネルギーと運動エネルギーの暴威が炸裂し、防御が間に合わずその直撃を受けた黙示者は再び後退――どころか、今度は分厚い隔壁を破壊してその向こうにまで吹き飛んでいった。


『そして追撃!』

「ちょ、ま――」


 それを追いかけて、鎧の翼はジル・ハーの背後に噴射炎や爆風を噴くこともなく、無音で彼女と鎧の質量を加速する。

 破壊跡の広がる風景があっという間に背後に遠ざかっていく。

 そして吹き飛ぶ敵を追って新たな空間に飛び出した彼女が最初に見たのは、銀髪の黙示者の姿では無かった。

 昇降路の壁に多数の槍で(はりつけ)にされた、親愛なる魔人の姿。


「…………!!」


 コグノスコは、鎧に搭載された着用者の身体検査機能によって、ジル・ハーの心拍数と代謝が大きく上昇するのを検知した。

 そして今まさに、深紅の装束を纏った黙示者が、手に握った短剣で魔人の胸郭の装甲を切り裂いて解剖(かいぼう)しようとしている。

 その光景を見て、鎧の内部に激情がほとばしる。


「離れろぉぉッ!!」


 鎧には、内部の無痛投薬針(むつうとうやくばり)を通して装着者に鎮静剤などを投与し、戦闘に必要な冷静さや判断力を保つための機能があった。

 だがコグノスコは今はそれを使わない。命に関わる状況でない限り、それをすることは啓蒙者社会から否定された彼女の感情の起伏を、コグノスコ自身が再び否定することになるからだ。

 人工人コグノスコは啓蒙者の作り出した知性体だが、彼にはそうした、機械らしからぬとでも形容されうる理念があった。

 だから、それ以外で可能な限りの補助をする。


『ジル、牽引光(けんいんこう)を!』


 視界に表示される、(てのひら)に三方から矢印が向かう意匠図(アイコン)

 内部の彼女がそれに向かって念じると、鎧の右掌から伸びた反運動エネルギーが深紅の黙示者を捉えた。

 まるで自分から飛び退いたかのように、黙示者は魔人から急激に引き剥がされてジル・ハーとその鎧へと飛んでゆく。

 そして、純白の聖別鎧は光を放って爆散した。


「!」


 正確を期すなら、爆散したのは装甲だけだった。

 彼女は激情のあまり気づかなかったが、コグノスコが鎧の装甲を猛烈な勢いで外側へと分離し、その飛散に巻き込まれた黙示者たちが撃墜されたのだ。

 赤い黙示者は激しく負傷し、接近しようとしていた青い仮面の黙示者と銀髪の黙示者も大きく弾き飛ばされた。


「――っ!」


 まだ名前を知らないので、ジル・ハーは声にならない悲鳴と共に彼へとはばたく。

 鎧が飛散してしまったため、今の彼女は――身体の大半が強化準細胞に置き換わったとはいえ――生身の啓蒙者だった。

 先ほどまでの光の如き移動速度と比べると、自分の翼は何とももどかしく、頼りない。

 だがそれ以上に、傷ついた魔人の姿を見て、彼女の精神は共感の痛みに慄いた。

 全身に突き刺さった短槍はその体を(むしば)み続けているらしく、肉を焼くような音を立てて小さく煙っている。

 毒か、高熱か。


「痛んだらごめんね!」


 わずかな躊躇いがあったが、それでも彼女はそれを引き抜こうと掴む。


「う!」


 手のひらに激痛が走るも、強化準細胞で形成されたジル・ハーの手はその刺激に耐え、魔人の向い肉体の向こうの壁にまで食い込んだ短槍を引き抜いた。

 虹色に光を反射する液体は、魔人の体液か。それらと組織片(そしきへん)とがこびりついた槍を捨てて、次にかかる。

 それに対して身をよじることもせずに、微かな声で魔人が呻いた。


「く……君は……体は大丈夫なのか」

「ジル・ハー・シンディス」

「……? ああ、名前か……」

「前より頑丈になったかも、コグノスコと、あなたのお陰で、ね……!」


 槍が一本、もう一本と引き抜かれる。


「そうか……なら、これ以上戦うことはねえよ。逃げ――」

「違うでしょ!?」

「……、何が……?」


 苦悶(くもん)とは違う何かにまぶたを歪める彼に、ジル・ハーは苛立ちつつも続けた。


「名前、教えて! 私を助けてくれた、あなたの名前! 私は名乗ったよ!

 アルクース、じゃないんでしょ!」

「あ……か、カイツ・オーリンゲン」


 おずおずとだが、彼が名乗る。


「カイツ・オーリンゲン……カイツね! いい名前だと思う!」


 素直に本名を名乗ってくれなかった可能性もあったが、彼女はそれでも、その名を復唱して破顔した。

 にやけただけに見えはしなかったかという懸念を、今は忘れて。

 そこへ。


『ジル!』


 青い仮面の黙示者が法衣の下から焼夷炸裂弾の雨を生身のジル・ハーへと降らせるよりも、コグノスコの方が速かった。

 背部装甲およびそこから背後に突出した反応炉(フェイザーファーネス)と右腕の装甲が、彼女の体の対応する部分だけを覆い、炉からの出力が右腕で変換されて手のひらから迸る。

 放射状に発振された念動力場が焼夷炸裂弾を弾き返し、破裂させた。

 それが合図かのように、腰を落として右手を突き出した姿勢の彼女へと、飛散した純白の装甲たちが再び集結して自動装着を行う。


「コグノスコ!」


 左手が、脚が、胴が、翼が、強靭な駆動組織と傾斜複合装甲とに覆われて行き、内部のジル・ハーが吼える。


「わたしはこいつらを許さない……力を貸して!」

『存分に!』


 最後に頭部の防護兜が彼女の怒りの表情までを覆い隠して、そこにあしらわれた碧色(へきいろ)の眼窩が鋭く輝く。


『これより当機を絶対視への反逆(スヴァルティスヴァン)と呼称します。人工人コグノスコは、当機を使用して全力であなたの戦いを補助します』

「スヴァスティルヴァン!」

『スヴァルティ、スヴァンです!』


 両翼に搭載された多数の微小な質量推進機構が、聖別鎧スヴァルティスヴァンを一気に超音速へと加速する。

 ジル・ハーは長槍を彼女へと投擲しようとしていた深紅の黙示者を、全体重と鎧の質量を乗せた鉄拳で撃墜した。

 鎧の中で、吐き捨てる。


「カイツの分の、二千分の一くらい!」

斥力場(せきりょくば)防御(ぼうぎょ)!』


 続いて上方から全ての火器を開いて射撃してきた青い仮面の黙示者には、純白の聖別鎧の両前腕の装甲が展開して巨大な斥力場を形成する。炸裂弾の一発一発、熱線の一条一条に至るまでが軌道を曲げられて着弾し、火炎と黒煙が地下昇降路を駆け抜けた。

 そしてそれまでは巨大な翼に格納されていた細身の砲が二門、彼女の両脇をくぐって前方へと大きく突き出す。

 そこから発射された架空物質の弾丸は瞬時に極超音速にまで達し、異形の胴体に衝突して背後へ抜ける。


『二名排除……やってきたのは本当に、黙示者三名だけのようですね』


 青い仮面の黙示者が昇降路の壁面から剥がれ落ちていくのを見届ける間も無く、彼女は飛び退きながら両掌の干渉念場発振装置を発動する。

 昇降路の上方から放たれた複数の小型の円盤の一つが、彼女を狙って高速で降下してきた。


斥力場(せきりょくば)防御(ぼうぎょ)――』


 白く濁ったような力場が生み出され、これは実体を持つ秘蹟弾はおろかエネルギー系の秘蹟――熱線や高圧電流さえ防ぐ、筈だった。


『――!』


 円盤は念場など無いかの如くに彼女たちに迫り、コグノスコは翼に格納されていた二振りの小剣を取り出した。

 後ろ向きに離陸しながらそれを両手に把持して暴れるように振り回すと、彼女を装甲ごと切り裂こうと飛来した多数の円盤が破壊されて飛び散る。

 が、


『右、防御!!』


 コグノスコの警告は間に合わず、その通りの方向から旋回してきた巨大な棘だらけの天体――少なくとも、その時ばかりは本気でそう感じられた――に激しく打ちのめされ、昇降路の壁へと激突する。

 黙示者が振り回した金属鎖の先に接続された巨大なトゲ付きの金属球が、純白の聖別鎧(スヴァルティスヴァン)を直撃したのだ。直径はおよそ、彼女の身長ほどもあった。


「ぐ……!?」


 純白の聖別鎧(スヴァルティスヴァン)の緩衝・慣性中和機能でも衝撃を殺しきることが出来ず、内部のジル・ハーは痛みに呻いた。

 コグノスコは追撃に備えて防御を試みるが、その隙を見逃さず、銀髪の黙示者は落下する彼女に向かって両腕を交差させ、突き出す。


「全人の手は彼に(ぎゃく)し、彼は全ての同胞に敵して住まん」


 誓文(せいもん)と共に秘蹟が開放され、時空構造を破壊する超自然現象と、それに伴う余波としてのまばゆい光が迸った。

 強固な傾斜複合装甲に干渉念場の0(ゼロ)次装甲、次元斥力場の発生装置さえ備えた強力な聖別鎧も、空間の一時的な崩壊に巻き込まれれば破壊されるしか無い。

 そして、銀髪の黙示者は槍のように伸びた一撃に殴打され、姿勢を崩した。

 紅蓮と黄金の色をした影が現れて、彼女をさらって走り去る。


「コグノスコッ、どういうことだ! こいつら殺す気満々じゃねぇか!」


 純白の聖別鎧をまとったジル・ハーを間一髪で救出し、カイツは喚いた。

 黙示者が吹き飛ばされながらも放った反撃の秘蹟弾を回避しながら、金色の部分の体色を銀色に変え、昇降路を上昇する。


『不明です。極めて上位の権限を持っていることは確かですが』

「同族を間引く権限ってことかよ!」

「危ない――」


 純白の聖別鎧の外部発声機能を通したコグノスコの見解に呻く彼は、次の瞬間猛烈な勢いで弾き飛ばされた。


「!?」


 二人がたった今までいた場所を閃光が飲み込み、見ればそれはジル・ハーが咄嗟に魔人を突き飛ばしたからだと知れる。

 反動を利用して、自分も危険な秘蹟の範囲外へと逃れたのだ。

 精密な工事作業で削りとったかのように滑らかな半球状の断面に戦慄しながらも、悪態をついて魔法術を放つ。


「危ねえだろうが!」


 カイツの放った電撃は右掌で防がれた。

 それどころか黙示者はその掌を握りしめ、そこから無数の小さな秘蹟弾を連射する。

 見た目通りの小さな威力、ではないことは魔人の感覚には明白だった。


「やべぇ!!」


 カイツは体内に共生する電気知性のため、ジル・ハーは技能の不足のため、コグノスコは変換小体を持たない人工知能であるため。

 三者三様の理由で、彼らは転移して逃れるということが出来ない。

 機関銃を思わせる勢いで射出された小型圧縮秘蹟弾が狭隘(きょうあい)な昇降路で次々に威力を発散させ、三人は逃げ惑いながらも突破口を探す。

 ただ、と、ジル・ハーはコグノスコの懸念を聞いた。


『このままではジャコビッチとブルスキーが……』

「諦めちゃダメ!大事な仲間なんでしょ!」

「だったら、こいつを倒さなきゃな……」


 やや疲れたように呟くと、魔人が体色を黒く変えた。


「離れて隙を窺ってくれ、コグノスコ」

『了解しました』


 純白の聖別鎧がその場から後退すると、黒曜の色の魔人の全身から冷気が噴き出し、瞬く間に昇降路に生じた炎をかき消して行く。

 その能力をより脅威と見たか、銀髪の黙示者が秘蹟を行使し、カイツのいる空間を崩壊させた。魔人もそれに巻き込まれ、消失したかに見えた。

 だが、黙示者は背後に捉えた気配に向かって、再び空間崩壊の秘蹟を放つ。

 今度はより大きな、余波で突風さえ発生する規模だ。直撃を受けて、黄金と深緑の色をした魔人は消えた。

 そこで、黙示者は気付く。

 気配が増えている。


「どうした」


 戦闘で激しく損傷し、穴だらけになって原形をとどめぬ昇降路に、何故かはっきりと聞こえる声。


「戦意喪失か?」


 声の出どころは、一つだけではなかった。


「俺が永久魔法物質(ヴィジウム)とブレンドされただけの魔女だと思ったか」

「この体を巡ってるのは、血液と魔力だけじゃねえ」


 黙示者の視線に映る魔人の姿が、二つに増えている。

 緑と、金。


「時には月影に姿を変えて――」

「惑わす(ごと)くに木霊(こだま)する――」


 否、まだ増える。四人、八人、十六人。

 黙示者はそこに向かって放射状に空間崩壊の秘蹟を放ち、空間ごと破壊された大気や昇降路の構成材が輝いて消失してゆく。

 だが、魔人の増殖は止まらない。


刃金(はがね)(いかづち)――」

火難(かなん)となりて――」

「全土の果てまで(とどろ)き渡る――」


 倍、倍、更に倍。深緑と黄金の色をした魔人は、昇降路の壁面に重力を無視したように佇みながら増え続ける。

 黙示者の視力や精神力でも無効化出来ないほど強烈な幻惑であることは理解できていたが、その源を辿って叩くことが出来ない。

 声はなおも、止まずに広がっていった。


水面(みなも)に映る形象(かたち)は――」

日輪(ひのわ)(もと)に架かる虹――!」

「そして()を欠き(かげ)とも()るもの――」


 銀、赤、土。魔人の幻影の色合いが変化し、構成色を増やしてゆく。


「謎々だ。何のことだか分かるかな」

超電磁魔導生命体(アルクース)を舐めるなよ。お前らの知らない、無形の力だ」


 青、白、黒。

 今や七と一色に分かれた無数の魔人が、銀髪の黙示者に向かって一斉に襲いかかっていった。

 だが、超越位(ちょうえつい)にある司祭は怯まない。


「我らは軍勢の将として来たれり!」


 誓文も高らかに共にその全身から秘蹟が迸り、破壊を撒き散らしてゆく。











 啓蒙者の扮装をした、痩せぎすの男がカイツに尋ねた。


「いいんですか放っておいて」


 カイツはあまり広くない地下通路をゆっくりと飛行しつつ、答える。


「あんなデタラメな司祭を相手に、あんたたちを守りながら戦うのは無理だと思った。まさかあそこまでやって逃げ打つとは思わないだろうしな」

『前段については同感です』


 それに同意するのが、傍らを同じように飛ぶ純白の鎧から聞こえてくる声。

 今頃、黙示者はカイツの生み出した分身の全てが魔法術で生み出された幻影だと気づいた頃だろう。

 消耗は大きいが、完全に出し抜くことが出来た。

 既にあの昇降路からの距離は相当に離れており、何度か通路を破壊しながらやってきたカイツたちの足取りを追うのは難しい筈だ。

 対してこちらは、それなりの期間を地下の廃棄区画の把握に努めたコグノスコがいる。


『この場は、死者を出さずに撤退を成功させた我々の勝利です。このまま廃棄区画を進んで、二人を無事に防空圏の外まで連れ出す方法を探しましょう。

 無人兵器などがあれば緊急用の操縦席などが使えるので、それに乗ってもらって二人で牽引して、と考えています。

 東部から啓発教義連合に抜ければ、多少の危険はありますが”両の目”の仲間たちに接触することが出来るはずです』

「分かった」


 彼はコグノスコの分析に頷くと、おずおずと言葉を口にし始めた。


「それと……あー、ジル?」


 すぐには言い出せないことと見て、ジル・ハーは先を促した。


「? 何?」

「君に謝りたい。俺が君を連れてミレオムを出ようとしなければ、君はその、今の体にならずに済んだ」


 少し言葉を選んで――軽率に「気にしないでよ」などと言っては、失礼になると感じたのだ――、口を開く。


「……この体は、カイツとコグノスコが取り戻してくれたものだよ。

 むしろ私が、お礼を言う側。ありがとう。カイツ」

「……あ、あぁ……どう……いたしまして」


 魔人が、その硬質の装甲で覆われた顔を赤らめたような気がした。

 通路は緩やかに湾曲しながら右奥に向かって伸びており、魔人アルクースと聖別鎧スヴァルティスヴァンはそれぞれ一人ずつ、コグノスコの仲間――ジャコビッチ、ブルスキーを背に乗せる形で飛行している。

 速度は時速にして40キロメートル程度か、通路がさほど広くない――カイツとジル・ハーが飛んで通るには差し支えがないとはいえ――ため、不測の事態を考えるとあまり高速で飛ばす、ということも出来ないのだった。

 純白の聖別鎧(スヴァルティスヴァン)をまとったジル・ハーの背にまたがる大柄な男が、彼女に尋ねる。


「てか、わい目方(めかた)80キロありまんねんけど、(おも)ないんでっか?」

「大したことないですよ。どういう訳だか燃料を噴射して飛んでるわけじゃ無いみたいだから」


 肩口から左右に伸びた、装甲に包まれた翼。

 それを特に羽ばたかせることもなく、純白の聖別鎧は飛び続けている。


『そもそも、スヴァルティスヴァンの翼部装甲に搭載しているフュストリオン推進機構は、推進剤などを噴射して運動エネルギーを得る機関ではないのです。本来、質量には正と負が――』

「コグノスコ、まずは道案内を優先でお願いね」

『……承知しました』


 ジル・ハーとコグノスコのやり取りを見たか、カイツが小さく笑うのが聞こえた。

 彼の普段の表情――今の姿が戦闘形態のようなものなのは、説明を聞いて理解したつもりだ――はまだ知らないが、叶うことなら早くそれを見たい。

 そんな恋慕に似た思いを巡らせつつ、彼女はゆっくりと飛び続けた。











評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ