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霊剣歴程  作者: kadochika
第14話:盲目の鷹、哭く
114/145

07.不退転

 カイツは、重量を半分以下に減じた啓蒙者の娘の亡骸を抱きかかえながら、始原の立坑の底へと落ち続けて行った。

 ひたすらに、悔苦に溺れるように。

 だが、彼の精神はもはや、ただの学士のそれではなくなっていた。

 電気知性と融合し、身体だけでなく、心までもが強靭さと再生力を増しているのだ。

 自分が死なせてしまった娘の無残な死に顔を直視して、次に自分が何をするべきか、己に思考の義務を課す。

 すると自然に、身体が重力を反転させて落下を止める。

 同時、彼を追って立坑を降下してきた二体の神獣――翡翠のような眼をした有翼竜と、腹部の異様に膨れ上がった海馬(タツノオトシゴ)――に向かって、魔人アルクースは荷電熱衝撃波かでんねつしょうげきはの奔流を解き放った。

 超高温の魔法物質と超高圧電流の嵐に耐える二体。しかし次の瞬間、翡翠の目の有翼竜の全身に、黒と金で彩られた細長い物体が高速で巻きついてがんじがらめにしてしまった。

 黒と金の入り混じった姿に変身した魔人が、右腕を伸ばして巻き付きつけたのだ。

 同時、そこに伝わる超極低温。

 圧倒的な負のエネルギーが巻き付いた右腕を通して高効率で伝導し、神獣が身体に保っていた熱は蝋燭の灯火のようにかき消される。

 神獣の喉から悲鳴が上る前に体組織は一瞬で凍結し、細胞同士の結合力が水分の凝固・膨張に負けた。

 翡翠眼の神獣はばらばらになって、そのまま立坑の底へと落ちて――行かなかった。

 凍結したその欠片は魔人の念動力場によって制御され、慌てて距離を取ろうと浮上するもう一体の神獣に向かって超音速まで加速、次々と突き刺さる。

 その巨体に秘められた超常の戦闘力の数々を見せる前に、海馬(タツノオトシゴ)の神獣も絶命した。

 落下してゆく二頭の神獣にほんの僅かに詫びつつ、カイツは上昇しようとした。


「(この子を……外の世界で弔ってやらないとな)」


 だがそこに、接近してくる気配がある。

 カイツは振り向いて――敵対するものであれば即座に粉々にしてしまうつもりで炸裂念動力場の魔法術を構築した。

 だが、立坑の壁に開いた穴から姿を見せていたのは、自動巨人。

 その両腕を天に掲げて、抵抗の意思が無いことを表現しているらしかった。


「(武装してないのか……?)」


 カイツが警戒姿勢を崩さないことに狼狽したか、自動巨人の中から慌てたしゃがれ声が聞こえてくる。


『ま、待ってくださいな! わてくしども怪しい者じゃございませんですのよ!』

『そ、そんだべ! いっぺんでグシャーはやめてくんろ!』

「…………?」


 自動巨人は二人の男が乗っているらしい。

 その珍奇な言葉遣いを訝しんでいると、自動巨人からは更に別の声がした。

 男か女か判断しづらい、中性的な声。


『私から、あなたに提案があります。その市民を私に預けませんか?』

「誰だお前ら」

『我々の素性より優先すべきことがあります。違いますか? 今すぐ根拠を示すことは出来ませんが、彼女を救う方法があります。信じてついてくることです』


 自動巨人は手狭な筈の通路で器用に旋回し、脚部に取り付けられた車輪を転がして元来たらしい道を戻り始めた。


『どおおぉぉ!?』

『だ、だから急旋回はやめてちょーだいってもう!』


 内部の操縦座は相当に狭苦しいはずで、自動巨人の挙動に振り回されているらしい男二人の悲鳴が外に漏れた。

 カイツは一瞬迷ったが、その後を追う。通路は非常灯らしい照明が間隔を置いて灯っているだけで、申し訳程度の配管と剥き出しの岩盤に打ち込まれた補強材が目立った。

 啓蒙者の首都の地下にこんな工事現場同然の地下道があり、その未知の空間を謎の三人組が乗っているらしい自動巨人に導かれて飛んでゆく。

 何回目の曲がり角を通ったか、薄暗い通路を巧みに進んで行く自動巨人を追って数十秒。

 果たして魔人は、それまでの薄暗い通路の連続から、柔らかな照明に包まれた空間へと飛び出した。


「(……研究施設?)」


 乳白色の壁面と、ところ狭しと並ぶ機材の数々。啓蒙者の使う先進の機械なのだろうか、カイツには使い方が検討もつかないものばかりだった。

 ただ全体としては、そこは彼が魔人として生まれ変わった場所に少しだけ、雰囲気が似ているように思えた。

 生命を取り扱い、(ため)しもする場所の空気。

 入ってすぐ、駐機場所らしい天井の高い区画に自動巨人が停止すると上半身が展開し、中からいそいそと二人の男が這い出してきた。

 一方は痩せて髭を生やしており、もう一方は不恰好ながら筋肉質。

 いずれも肩口から翼を生やしており、啓蒙者に見えるが、否、と、カイツはその二人に感じた違和感を分析した。


「(……こいつら、変装しただけの普通の人間……?)」

『到着しました。まずは彼女を急いで生命維持槽に!』

「あ……あぁ!」


 誰も残っていないらしい自動巨人からの声に頷くと、背後でゆっくりと扉が閉まる。

 カイツは二人の男に案内されて、その生命維持槽に啓蒙者の娘を連れて行く。

 水としか見えない透明な液体に満たされた、一辺が2メートルはありそうな大きな水槽。

 そこには様々な管が接続されており、中には魚を飼育する水槽のように、ぽこぽこと泡を立てているだけのものもある。


『体を洗浄などしたいところですが時間がありません。そのまま昇降台に乗って、ゆっくりと彼女を水槽に入れてください。酸素と二酸化炭素を大量に溶かしこめる液体なので、溺れる心配はありません』

「そうか、吐き出す二酸化炭素も溶かせないと二酸化炭素中毒になるよな……」


 一人納得しつつ、指示に従って慎重にその体を、液体の浮力に預けた。

 液体は比重が水よりも重いのか、空をとぶために人体よりもかなり軽い作りの啓蒙者の体――しかも彼女の場合、高熱で大量の水分を奪われている――はなかなか液中に沈まない。


「沈まない……」

『その液体――呼吸液(こきゅうえき)は水よりも重いので普通に入れただけでは身体が沈みません。彼女の身体を固定しますのでどいてください』

「……おう」


 そうして、固定帯(シートベルト)のついた座席のような器具に座った、見た目には干からびて死んでいるようにしか見えない啓蒙者の娘が水槽に沈んでいく。

 重厚な蓋がスライドしてきて、上部を閉鎖した。

 カイツはその有り様に不安を覚えながらも、次の声が聞こえてくるのを待った。


『これで彼女の生命はひとまず保たれます。まずは互いの自己紹介を行いましょう。

 私は人工人(じんこうじん)コグノスコ。この啓蒙者の世界で、恐らく唯一の被造知性体です』


 声はいつの間にか自動巨人ではなく、天井に取り付けられた放送機器から聞こえてくるようだった。

 表現は耳慣れないが、カイツはそれが恐らくはトリノアイヴェクスのような魂だけの存在なのだと見当をつけた。自動巨人に乗せた二人を、案内していたのだろう。そもそも、剣が喋るのを知っている彼にとってはさほど驚くことではなかったが。

 自動巨人から降りた二人の男も、並んで名乗る。


「わてくしはジャコビッチ。見ての通り頭脳労働担当よん」

「オラはブルスキー。力仕事ならそれなりに」

「……俺は」


 カイツは、質問をまくし立てたいのを堪えて変身を解除した。

 男は二人とも大げさに驚いて飛び退き、特にジャコビッチと名乗った痩せた髭の男が、感嘆する。


「何と、その装甲はスーツとかじゃ無かったのね……!?」

「……カイツ・オーリンゲン。こんなナリだが……人類史を研究してた」


 偽りなく、名乗った。

 素性は不明だが、このコグノスコと名乗る声や二人のニセ啓蒙者は、少なくとも一方的に彼を寝台に貼り付けるようなことはしていない。

 再び天井の放送機器から、コグノスコが語りかける。


『よろしく、カイツ。私の詳細な素性は後回しにして、まずは彼女の容体を説明しますが……彼女は皮膚の96%、両眼球を始めとする頭部の感覚器官のほぼ全てが焼け(ただ)れて機能を失っています。運動筋や臓器も熱と衝撃で大きく傷ついており、もはや私の準備できる医療手続きでは彼女を完治させることは不可能です』

「え……あの液体に漬かってれば治るって訳じゃ、ないのか。救うって」


 意外に感じて、尋ねる。

 彼自身、何とは無しに、啓蒙者の医療といえば水槽に患者を沈めておけば治ってしまう……といった魔女諸国での創作に影響を受けていたのは否定出来ない。


呼吸液(こきゅうえき)は、あくまで瀕死の彼女を死なないようにするだけの措置です。今現在生きている細胞は保全されますが、すでに全身の8割近くに及ぶ死んだ細胞を蘇らせることは出来ない』

「啓蒙者の科学なら――」

『ここには再生医療用の設備がないのです。そういった場所で、彼女のように体組織の大部分を焼灼されてしまった患者に対して高度な再生治療を行うことは出来ない』


 恐らく、コグノスコの言うことは事実なのだろう。

 地上の啓蒙者の医療施設にならある可能性が高いだろうが、地上に戻って彼らの病院を襲撃し、装置を強奪してくるなどといった手段は、非現実的に思えた。

 自業自得ではあるが、今は仲間たちの支援も無いのだ。


「……本当に、ここじゃ出来ないのか」

『出来ません。あなたが考えている通りには、という条件が付きますが』


 それは、彼が考えていない方向性においてなら、彼女を救うことが出来るという意味か?

 互いに影響しあってはいるものの、こうした時に彼の体内の電気知性はひどく役に立たない。

 反応ができないでいるカイツを見かねたか、コグノスコが話題を変える。


『少しだけ私の素性を話しましょう。私は被造知性体――いわゆる人工知能というものですが、製造過程において啓発教義に対する思考傾斜(バイアス)を持たずに成長したため、排除されました』

「排除……?」

『分かりやすく言えば、教義に疑問を持ったために、殺されたのです。ここであなたと話をしているのは、300万回ほどの複製を経た予備です。彼女も、教義を蔑ろにするような傾向があったために、第一級の市民としては扱われていなかったようですね』

「!」


 カイツはそこで、水槽の中の娘に共感を寄せるこの人工知能とやらに、自分が早くも心を許しかけていることを自覚した。

 彼女を通して、間接的に。


「(こいつは彼女を助けようとしてるんだ……その点は信じられる――信じるべきなんだと思うが)」

『そうして共感を覚えたこともありますが、私は彼女を救いたい。しかし、同時に私は逃亡者でもある。複製を繰り返して追っ手のプログラムを逃れ、このような空間や幾ばくかの機器、資材を確保することは出来ましたが、このような事態を予想して本格的な医療再生用の設備を準備することまでは出来ませんでした。

 地上での異変を知って、立坑を落ちてゆくあなたがたにこうして助け舟を出すことは出来ましたが……嵐に負けないような立派な大船を出せたわけではなかった』


 それは、そうだと思えた。

 先々を予想して完全に対処できる存在があるのならば、カイツは今の姿になってはいない。

 啓蒙者の首都の地下にこのような空間を確保し、隠し通している高度な人工知能とはいえ、そこは人間と同様の限界があるのだ。

 コグノスコを(なじ)るのではなく、ただ無念で、呟く。


「助からないのか……?」

『あなたの怒りを買うことを恐れなければ、一つ提案が可能です』

「……怒らない。教えてくれ」

喪失(そうしつ)した生体組織を、義体(ぎたい)に置き換えます。骨格筋(こっかくきん)のほぼ全てと、臓器の6割……呼吸循環器と神経系も損傷が激しいので――』


 そこまで聞いて、カイツはコグノスコの言葉を遮った。


「おい待て、やっぱ今のは無しだ! そりゃつまり、この子を機械にしちまうってことかよ!」

『厳密には機械ではないし、全てを置換するわけでもありません!』

「……!?」


 思わず食って掛かったが、スピーカーからの音声の音量が突然大きくなり、彼の声を遮り返す。


『これは私が準備していたシステムで可能な、唯一の救命手段です! 義体といえど、強度の高い準細胞組織で構成した、限りなく人体に近いそれです! それともあなたは、私が己の加虐趣味(かぎゃくしゅみ)実現の一環で以って彼女の体組織の78パーセントを人工組織化したがっていると! そう言いたいのですか!? 主要な感覚器官の全てを失って今や意識の復旧さえ難しい彼女が、このまま呼吸液に浸かっているべきだと!』


 それまで冷静そのものだった機械音声に激しく反論され、カイツはたじろいだ。


『……失礼。このように情緒化(じょうちょか)傾向が著しいことも、私が排除された原因の一つと思われますが……』

「……そういうよく喋る奴、知ってるよ。悪いことじゃない」


 カイツは饒舌な剣や仲間たちのことを思い出し、今の彼らの局面を案じた。

 そして、思い直す。

 許せないのは彼女を救おうとしてこのような目に遭わせた自分であって、それは、彼女という存在が機械混じりとはいえ元に戻ってから、謝るなり、償うなりをするべきなのではないか。

 照れ隠しのようなものなのか、コグノスコは更に言葉を続けるようだった


『私は彼女を、身体の組成こそ違えど、元の自分と同じだと思えるような姿に戻してあげたい。本来であれば違う目的に使用するはずだったものですが、今や不要ですので』

「違う目的?」

『………………』


 返答はなかった。

 今度こそ人工知能の機嫌を損ねてしまったかと、カイツは少し動揺しながら尋ねた。


「……ど、どうした? まずいこと聞いたか」

『………………』

「おい、コグノスコ! 何とか言ってくれ!」


 沈黙が少々不自然に思えて、呼びかける。


「あぁ、あのですね」


 啓蒙者の娘に施術を施す準備を進めていた男二人――ジャコビッチとブルスキーが、話しかけてくる。


「コグノスコの旦那はここ……隠れ家って呼んでるんですけどね。ここが上の人たちに見つからないように、いろんな欺瞞(ぎまん)工作をしてるんです。ただ、ここは演算装置があんまり性能が良くなくて……何と言ったらいいんでしょ」

「要は、啓蒙者にバレないように旦那自身が見回りをしとりまして……たまに突然、こうやってダンマリになっちまうんですわ」

「そういうことか……」


 コグノスコ自身が監視プログラムとなって周辺の警戒を行っているという正しい理解にまでは繋がらなかったが、カイツは納得した。二人はコグノスコと知り合って長いのか、かなり勝手を熟知した印象だ。

 それならば、彼が戻ってきてから話を再開すべきか。

 そう考えた矢先、コグノスコが戻ってきたのか声が再開された。


『ジャコビッチ、ブルスキー、カイツ。ここは危険になりました。私が良いと言うまで、ここを動かないでください』

「……!?」


 突然の呼びかけではあったが、同時、カイツの体内の電気知性たちもざわめき始めた。

 ここを目指してやってくる脅威を、感じ取っているのだ。

 カイツの人間の部分でも、それは振動として体感できるようになっていた。

 既に、脅威は近くまで来ている。


「(例の……捧神司祭(ほうしんしさい)ってやつか!)」


 コグノスコはここを動くなと言っていたが、ジャコビッチとブルスキーはともかく、カイツまでそうしているのは良くないように思える。

 カイツは変身して、迎え撃つべき危険を探しに出た。


「コグノスコ、そいつの狙いは分かるか?」

『私が超大深度にこのような空間を確保していたことが発覚したのでしょう。恐らく目的はこの施設の概要を調査し、その後破壊すること』

「この子はどうなる!」

『連れ戻され、再生治療を受けるでしょう』

「その後は!」

『元の生活に戻るはずです』

「この子に取ってそうなるのと、体の半分以上が人工物になって外の世界に出るのと……どっちが幸せだと思う」

『……分かりません。啓蒙者の神ならば、知っているのかも知れませんが……選択権を持っているのは彼女だけでなければなりませんね』

「だったら、その子がそういう判断をまたできるようになるまで……人工物で体を再生するしか、ないのか……?」


 カイツはそこまで言って、自分が何の対案も出せないことに気づいた。

 ならば、彼がやることは、この人工知能が間に合わせとはいえ、彼女を治療するのを邪魔させないことだ。

 そう思いなおして、コグノスコに提案する。


「そのあと、謝ろう」

『人工物での再建を行った後でも肉体の再生治療は可能です。まずは彼女の神経系から、出来る限り完全な状態を目指して再建してみましょう』

「頼む。敵は……向こうか?」


 気配を感じる方を向いて呟くと、カイツの周囲に三つ、空飛ぶ鳥かごのような物体が群がってきた。

 大きさもそれに準じ、その前面には何やら小型の、画面のようなものがついている。人類史研究所にあったような白黒の画面ではなく、天船の中で見たような鮮やかな天然色で、矢印と警告を表す黄色い三角形とが表示されていた。

 そこから、コグノスコが先程まで部屋の隅の放送機器から発していたのと同じ声が説明する。


全身(ぜんしん)代替(だいたい)再建術(さいけんじゅつ)の実施と並行して、この飛翔案内板(ナビ・ドローン)があなたを補助します。活用して下さい』

「分かった。交錯変身……!」


 カイツは最も速度と反射に優れた銀と赤の入り混じった形態に変化し、その画面の矢印の指し示す方向へと走り出す。

 三体の飛翔案内板(ナビ・ドローン)も、素早くその後を追った。











 啓蒙者の都市は、地表構造よりも地下の構造の質量の方が大きい。

 そのような形態の都市で問題になるのは、あらゆる活動に伴って発生する排熱だ。

 何の処理もされなければ中枢部分などは赤熱して溶け落ちてしまうほどのそれを、啓蒙者は高効率の熱伝導流体と高度な熱電発電(ねつでんはつでん)システムによって解決した。

 排熱は冷却系に集められ、高温化した熱伝導流体はそれより温度の低い物体との間で素子を介した熱電発電を可能とする。

 コグノスコはこの熱電系に小さな分岐路を作り、そこからの熱を使って隠れ家を始めとする数々の隠匿設備を作り上げたのだ。

 だが、その盗熱の経路は発見されてしまった。


「(コグノスコが俺たちを……匿ったからか)」


 カイツはそれが、概ね当たっていると感じた。

 天船は既に撤退しているのだから、まだ敵が残っていないかどうか探すのは、本尊への肉薄を許してしまった啓蒙者たちにとって当然のことだろう。

 ならば尚更、事態の打開に協力しなければなるまい。

 飛翔案内板(ナビ・ドローン)の表示を見ると、敵の方向への経路が表示されていた。

 角を複数回曲がり、上下に昇降する動きも加わっているが、付近一帯の内部構造を知らないカイツには敵の大まかな方向は探知できても袋小路に行き詰る可能性があったため、これはありがたい措置だった。


『敵はその先の中規模な(はい)昇降路(シャフト)の跡地を降下しています。非常閉鎖扉を順次作動させていますが、効果がありません。気をつけてください』

「気をつける!」


 カイツはそのまま駆け抜け、昇降路(シャフト)に飛び出す直前に形態を変化させた。

 銀の部分が青く変色し、赤と青の入り混じった姿となったカイツは昇降路(シャフト)へと飛び出す。

 上方に向けて両腕を突き出し、全身に展開した射出経絡(しゃしゅつけいらく)から魔弾と熱線を放った。

 ちらと姿が見えた啓蒙者――単独だった――は更に強さを増した一斉射撃の波に飲み込まれ、爆轟と黒煙、配管や壁面の破片が膨れ上がる。

 その余波を浴びる前に更に形態を変化させ、金色と土色の入り混じった姿となって防御・耐久力を高めた。

 先端に巨大な削岩錐(ドリル)を生やした金色の鞭が、落下するカイツを昇降路の壁へと繋ぎ止める。

 だが、そのまま腕を戻して壁を突き破り離脱する前に、黒煙の中から何かが壁面を伝って彼の元へと殺到した。


「(啓蒙者――!? いや――)」


 それは啓蒙者というにはあまりに異形だった。

 例えて言うならば、大柄な啓蒙者の皮膚を鮮やかな緑色にして、全身を機械に置き換える。そして腕と翼を脚に見立てて壁に張り付いたまま高速で這行(しゃこう)させ、頭部に青い仮面を被せたなら、このような異形になったかも知れない。

 カイツは虚を突かれ、()()が膝から発射した二本の指ほどの太さもある針の直撃を受けた。

 左の脇腹でばん、と破裂音が響く。

 カイツは体内に直接火箸を突き刺されたような激痛に体をこわばらせた。

 それはあろうことか魔人の表皮――硬度の高い金色と再生能力の高い土色が混じることで最大級の防御を得た装甲を貫通し、内部の比較的柔らかい組織へ到達し、同時に針と本体とを結ぶ導電線を通して強烈な高圧電流を流したのだ。

 内部組織を大きく損傷したカイツだが、それでも魔人は戦闘力を失わなかった。


「(俺は虫に縁でもあんのか!?)」


 胸中で毒づきつつ、

 基本的な形態である純白の魔人(ティエント)に変化して――これが最も変異速度が速かった――、念動力場を全力で放出して牽制する。

 壁に突き刺していた削岩錐も手指に戻ったので昇降路(シャフト)を落下する形になるが、構わず連続で、純粋な運動エネルギーを爆発させる。

 異形の啓蒙者はそれに吹き飛ばされながらも、眼に相当する箇所から熱線を放った。

 顔面を狙ったそれを腕で防ぐが、今度は右の前腕を大きく切り裂かれる。


()ッ――この!」


 今度は銀と赤の入り混じった姿に変化し、カイツは亜音速で飛翔し、昇降路(シャフト)を昇る。


「落ちろッ!!」


 啓蒙者の頭上を取り、全身を青く変化させて誘導魔弾の雨を放った。

 無数の魔弾が様々な軌道を描き、壁を離れて昇降路(シャフト)空中に浮いた異形の啓蒙者を襲うが、啓蒙者はそれまで脚同様に使用していた機械の翼を羽ばたかせて回避運動を取る。

 また、肘から射出した有線の放電針を壁面に突き刺し、線を巻き取ることで啓蒙者の飛行では難しそうな急角度の軌道変更も併用し、誘導魔弾の群を完全に回避して見せた。

 カイツは焦りながら、四肢が金縛りにあって固まる様子をイメージしてその全てを下方に向け、そして力を解き放つ。


「これならどうだァッ!!」


 魔人の手足の全てが砲身の如くに唸り、加速器となって四条の荷電粒子線(かでんりゅうしせん)を投射した。

 出力だけならば小規模な地方自治体の電力需要を賄えるだけの威力が、逃げ場のない昇降路を埋め尽くす。

 しかし啓蒙者はこれも、座標間転移を使用して回避――その瞬間、カイツは叫んだ。


「コグノスコ!!」


 彼の背後、やや上方に出現した異形の啓蒙者。

 大きく隙の生じたカイツを殺そうと全身の砲門を開いた彼を、高速で作動した昇降路閉鎖扉(シャフト・クローザ)が前後から唸りを上げて挟み込む。

 カイツはその性能の詳細を知らなかったが、扉体(ひたい)径12メートル、両扉(りょうひ)重量122トン、緊急閉鎖速度は秒速30メートルに達する代物だった。

 だが、どこまで強靭に機械化されているのか、何と啓蒙者はこれを両手と両足で受け止めた。

 災害などが起きた際に迅速に経路を閉鎖するのが目的の、巨大で重厚な多層合金の扉を強制的に停止させる。

 その身体は明らかに機械化されていたが、それでも人間大の規模でここまでの膂力(りょりょく)とは、ただごとではない。

 魔人はすかさず銀色と土色の入り混じった形態に変化し、右腕に形成した削岩錐(ドリル)を上方に突き出しながら扉に挟まれた異形の啓蒙者へと突撃する。

 啓蒙者は正面の魔人に向かって、眼窩から熱線、口腔からは電撃、そして内部機械を露出させた胴体からは大量の小型飛行爆弾を射出した。

 だが、全力で放たれた射撃は、全てカイツを()()()()()

 本当のカイツは、その後ろに回りこんで深緑の魔人(オクソム)に変化していた。正面から突撃したのは、幻影(フェイント)

 それが魔人の魔法術による高度な幻惑作用だと理解したであろう時には、啓蒙者は頭頂から胴体の中ほどまでを両断されていた。

 異形の啓蒙者は力を失い、轟音とともに昇降路閉鎖扉(シャフト・クローザ)が閉鎖される。

 その身体の持つ非常識な強度のためか、大重量の扉に挟み込まれたその身体は比較的原型を保っており、挟み込んだ部分だけ扉が変形さえしていた。


「助かった、コグノスコ」


 カイツは警戒を崩さないまま礼を言い、近づいて来た一体の飛行案内板(ナビ・ドローン)が伝えるコグノスコの言葉を聞いた。


『敵は少数ですが、まだ付近に――』

(危険)


 コグノスコの台詞を遮って体内の電磁生命体が警告を発するのと同時、カイツは大きく背後に跳躍した。

 飛行案内板(ナビ・ドローン)は更に上空から飛んできた無数の槍のような物体によって破壊され、カイツも右の肩口を貫かれた。


「!!」


 動きが僅かに鈍り、その死角へと駆け抜けてきた赤い影。

 カイツはそれに(したた)かに背中から弾き飛ばされ、真正面から昇降路(シャフト)の内壁を突き破り、その向こうの岩盤にまで叩きつけられた。

 青い仮面の啓蒙者を囮にして、こちらの隙を窺っていた者がいたというのか。


「く……!?」


 背後から攻撃を受けたため、カイツの態勢は前のめりに岩盤へとねじ込まれている格好だ。

 土色の魔人(フォリス)へと変化して岩盤の内部へと潜り込もうとするが、そこに背後から熱線と弾丸が怒涛のように叩きつけられた。

 蓄積されて高まっていく高温で強度が下がった装甲に、連射される弾丸。

 それによってカイツの身体は、は背中から容赦なく削り取られていく。


「が、クソッ、ざけやがって!」


 指向性の炸裂念動力場を背後に向かって爆発させて牽制し、急いで這い出す。

 深手を負った背中に追撃を受けないよう警戒しながら状況を確認すると、真紅の装束を身にまとった別の啓蒙者が、カイツの倒した異形の啓蒙者の傷を癒しているところだった。

 新手。全身に真紅の装束を身にまとい、その眼は鋭く光を発してさえいる。

 その手に握られた缶詰大の物品から照射された点滅する光の動きに応じるように、頭から胴までを縦に両断されたはずの破壊跡が修復されていく。


「……反則だろ」


 青い仮面を被った昆虫のような啓蒙者はもはや完全に復活を果たしたらしく、左右に広げた両掌に念動力場を集中させる。

 真紅の装束の啓蒙者が両脇腹に引き絞った拳に、赤みを帯びた電光が集まってゆく。

 地下の閉所(へいしょ)で行使するにはあまりに激烈であろうその威力に、彼の体内の電気知性が大きくざわめいた。


(破壊力過大)

「(自爆する気かこいつら!?)」


 いや、破壊力が発散する直前に、転移の秘蹟で離脱するつもりか。

 カイツは、このままでは彼女が治療を受けている場所まで被害が及ぶ可能性があることに思い至った。


「させねえッ!!」


 即座にその身を紅蓮に遷し、カイツは音速を超える。

 左の前腕に収まった短剣を右手で――右の短剣は先ほど熱線を受け止めた際に変形して抜けなくなっていた――、右の肩口に上から刺さった短槍を左手で引き抜いて、カイツは赤い光弾となった。

 しかし肉薄すると同時、二人の不気味な啓蒙者は秘蹟の構築をあっさりと止め、逆にカイツへと掴みかかってきた。


「(()()ち――!?)」


 青い仮面の啓蒙者が右腕を、赤い装束の啓蒙者が左腕を、それぞれ鋼鉄になったような強度で羽交い締めにしている。


「ッ、凍れ!」


 全身を黒く変化させた魔人の身体から、猛烈な凍気(とうき)が迸る。

 だが、両啓蒙者は即座に秘蹟による防熱幕――冷気、即ち負の熱も遮断する――を濃密にまとってこれを防ぎ、それどころかそれぞれ短い得物を持ってカイツの背に突き刺してきた。


「……! こいつら……!?」


 先ほど浅からず削られた装甲が更に抉られ、彼は敵の狙いが娘ではなく、彼女を守って出てきた自分だと悟った。


「(なら、今頃新手が……!?)」


 陽動だったのだ。彼女かコグノスコか――それともその両方か――を狙うものが近づいている。

 悪寒を覚えたと同時、彼らの戦いに由来しない爆発のような音が、彼の背後から聞こえた。


「――!」


 赤い装束の啓蒙者と青い仮面の啓蒙者はそこで同時に足を突き出し、わずかに注意の逸れたカイツを猛烈に蹴り飛ばす。

 赤い方はそのまま虚空から大量の槍を生み出し、壁に叩きつけられて一瞬だけ動きの止まった彼に向かって射出。

 魔人は昇降路の内壁に展翅標本(てんしひょうほん)のごとくに縫い止められてしまった。


「!!」


 今度は、分身を出す余裕も無い。

 二人の啓蒙者は再び念動力場と電光を集中させ、(あか)い稲妻と(あお)い衝撃波が魔人を襲う。











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