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霊剣歴程  作者: kadochika
第14話:盲目の鷹、哭く
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05.聖体継承

 一方、カイツは。

 赤と銀の魔人となった彼は、加減速能力と飛行能力、熱エネルギーと電気エネルギーを同時に行使可能な極めて攻撃的存在となって、守りたいものを守ろうと疾駆していた。

 魔人の超感覚は、泣き喚きながら連行されようとしている啓蒙者の娘の声を、形状を。そしてわずかに大気中に発散する生体電流をも検知した。

 彼に気づいて止めようとする啓蒙者は念動力場で吹き飛ばす。

 迎撃を行おうとした無人の自動巨人は、炎と電流を放って蒸し焼きにした。


「どけ、どけェッ! 当たっても知らねえぞッ!!」


 神獣は、味方への巻き添えを恐れてかカイツを攻撃する様子がない。

 少々都合が良すぎるような気もしたが、これに便乗しなければ、助けを求める声を救うことなどできはしない。


「ぅアらぁッ!!」


 なおも暴れる啓蒙者の娘に手枷や翼枷を嵌めようとする二人の兵士を一撃で吹き飛ばし、更に自分と彼女だけを取り囲む竜巻を作り出して他の啓蒙者たちを遠ざける。

 架せられた拘束具でバランスを崩して尻餅をついた啓蒙者の娘を、赤と銀の体色の魔人が守るような格好だ。いや、カイツとしては確かに守るつもりではいても、客観的にどう映ったかはわからないのだが。

 彼女が、怯えた声を発する。


「だ、誰……!?」

「……アルクース!」


 守るつもりだけで話すことなど考えてもいなかったというのは、間抜けな話ではあった。

 しかし、誠意を見せるつもりで名乗る。二人を囲む竜巻のせいで、聞こえたかどうかは怪しいが。


「汚染種……じゃないの……?」

「どうだろうな」


 露出の多い服装のところどころに軽度の火傷を負って、目元は涙でふやけきっている。


「助けて、くれる……の?」

「ああ、助ける!」


 カイツは、周囲を警戒しつつ、混乱して動けないらしいその啓蒙者の娘にずかずかと近づいた。

 その手首と、翼の根本を拘束する器具を掴み、彼女の身体を傷つけないよう破壊する。

 (くびき)だった破片はがらりと音を立てて床に転がり、魔人は自分が開放した啓蒙者の娘を軽々と抱き上げた。

 拒絶されるかとも思ったが、意外なことにしなやかな肉感が抵抗も無く、彼に体重を預けてくる。


「(汚染種(おれ)に抱き上げられても抵抗しないっていうのは……)」


 もしや、何かの罠の類か。

 だが、飛び立ってみてそれは考え過ぎだと分かった。

 彼の腕や首筋にしがみつく彼女の表情は真剣で、決意をしたのだと思える。


『連れ去るつもりか!』

『我々の同胞に手出しはさせん!』

「うるせえ!」


 竜巻に強引に割り込んで来た二台の自動巨人を、高圧電流の魔法術で撃墜する。

 霊剣ミルフィストラッセの発した金色の粒子の力で強烈な宗教体験を受けておきながらも、仲間を助けるために危険な行為を実践する。彼らはかなりの実力を持った戦士なのだろう。

 だが、だからといって彼女を渡す訳にはいかない。

 カイツは飛び上がって竜巻を割り、エンクヴァルを離脱し始めた天船に合流しようと試みた。

 しかし、それを許さない存在があった。


(高エネルギー接近)


 カイツを追うように、黄金の色の鎧をまとった啓蒙者がどこからか飛来した。

 全身の装甲が、傾きつつある陽の光を反射してまさしく光り輝いており、肩口から生えた翼を覆う保護装甲と頭部の単眼が、高速で動いているカイツの目にも印象的に映った。

 彼には知る由もないが、装着者はトイトニー・カトゥオーイ。岩山を思わせる大巨人を操っていた捧神司祭が、脱出して聖別鎧(ヴィグセル)による戦闘を挑んできたのだ。

 精密かつ大胆な軌道でカイツに迫るその黄金の鎧は、彼に向かって光で出来た網のようなものを連射してきた。


「(絡め取ろうってのか……!)」


 それは、不思議だった。

 カイツを汚染種として処分するつもりならば、捧神司祭というものの圧倒的な力で押しつぶすのが理にかなっている。

 天船を封じ込めた青白い蠢く手の群や、神獣、天地を揺るがす雷などだ。

 造作も無いとまでは言わせないが、複数で共同されれば、カイツが生き残るのは至難だろう。

 だが、そうした殺傷力に優れた手段ではなく、こうして非致死的であろう光の網で彼の動きを止めようとしている。


「(この娘を取り戻そうとはしてるのか……クソ、どっちが悪役だよ!)」


 やはり伝聞に聞く通り啓蒙者は、啓蒙者と純粋人に対してだけは底知れない友愛を発揮する。

 同胞が敵に囚われれば命をかけても助けだすし、その際に払った犠牲が救出できた人数より多くとも、それをこと更に厭うこともない。

 見れば、天船は親指の爪ほどの大きさにまで遠ざかろうとしていた。


時機(じき)

「(あぁ……悪いが今は、それを利用させてもらう!)」


 カイツは両腕に抱いた啓蒙者の娘の体を傷つけないよう、急激な角度を取らずに軌道を変えた。

 それでも、念動衝撃波で強引に光の網を吹き飛ばし、エンクヴァルを離れた天船に追い付くことが出来るという確信が胸の内に固まる。


「外の世界へ行く。いいか!」

「うん……!」


 彼女も、頷く。

 連れ出した後で考えるべきことは、山ほどあるだろう。グリュクたちの同意が得られるとも限らない。だが彼女を救うのならば、今はこれしかない!

 決意を新たに加速を強めた瞬間、カイツは上空から放たれた極長音速の魔弾に打たれ、叩き落とされた。


「!?」


 魔人の強固な装甲と表面を覆う念動力場は、不意をついて放たれた魔法物質の弾丸が彼の体内へと入り込むことを防いでくれた。

 だが、代わりに衝突エネルギーの大半が熱に変化し、爆発となって彼を打ちのめす。

 彼がそこで最後に見たのは、己の両腕に抱えた、まだ名前も聞いていない啓蒙者の娘の、生身の姿。

 そして、魔弾の爆発で生じた高熱によって、その全身から沸騰した水分が一瞬で蒸発する光景だった。

 啓蒙者によって、攻撃されたのか。

 カイツが、彼らの種族愛を盾にするようなことをしてしまったからなのか。

 やりきれなさと自責の念に全身を沈めながら、魔人は力なく、立坑の底へと落ちていく。

 それでも彼は、啓蒙者の娘の干からびた体を手放さなかった。











 アルスリィたち捧神司祭は、驚愕と共にその光景を見ていた。

 啓蒙者の娘を誘拐しようとした汚染種が、撃墜された。

 彼女たち自身は、汚染種の発した金色の風で恐慌を来した戦士たちの平常と指揮系統の復旧を主眼に置きつつ、あくまで同胞を汚染種から救出することを優先していたにも関わらず。

 誰がこのような攻撃を行ったのか、アルスリィはその出所を探ろうと空を見回した。

 そこに、触手のような翼を生やしたカルノクォトルが、何やら遠方を見ながら何事かを呟く。


「あれは……誰ですか」


 アルスリィがその視線を追って、未だ混乱が収まりきらないアムナガル神殿の東の入り口を見ると。

 そこには四つの影があった。

 真昼の太陽のような、眩い白い髪の少年司祭。

 そしてそれを取り囲んで(はべ)るかのような、異形たち。

 いや、アルスリィの見慣れた型式ではないが彼らは全員が法衣を着ていた。

 それに何より、肩口から伸びた翼は間違いなく啓蒙者の特徴だ。


「!」


 アルスリィの第六の知覚に感があり、異形の啓蒙者たちが無形思念(むけいしねん)の秘蹟を放つのが分かる。

 彼女やアムナガル神殿に集まった啓蒙者や人工知能たち全ての精神に、直接語りかけようというのか。

 声が脳裏に直接ひびく。


『我々は、黙示者(もくししゃ)(おお)いを外し、隠された真実を開陳(かいちん)する存在である』

「黙示者、だと……!」


 アルスリィの近くへと着地した黄金の鎧のトイトニーが、信じられないといった様子で口にした。

 それは、伝承だった。

 啓蒙者のさらに上位者として、メトとの間を(なかだち)する者。

 これまで、それは捧神司祭のことを表す雅語(がご)であると考えられていたが、それは違ったのだ。

 三人の黙示者たちが、彼らよりはるかに小柄な啓蒙者の少年を指して、宣言する。


『そして、こちらにおわすのは、最初の御方の新たな器――没したる始原者の空位を襲い、我々と翼なき人々を導く。

 今やこの方こそが、最初の御方の写せ身となった!』


 アルスリィにも、少なからず混乱したままだった啓蒙者たちが更に当惑するのが分かった。

 純粋人であれば、これは体制転覆の宣言と見なされる可能性が高いだろう。

 敵の奇襲を退けた直後に、神が没し、無名の少年がその跡を継ぐなどと言っているのだ。

 猜疑心(さいぎしん)に乏しい啓蒙者とはいえ、その頂点として高い能力を持つ捧神司祭だからこそ、こうした疑念を抱くことが出来る。

 恐らく、ネフェルタインやナイアも同じ心情だろう。

 黒い眼鏡をかけた銀髪の黙示者が、淡々と、しかし誰にも聞き逃し得ない重厚な言葉を発し続ける。


『あまりに信じ難くはあろう。されど、我ら黙示者が目覚めたるのも、かの方の御閉眼を()ればこそ。ここにそれを惜しみ、しかしまた聖言が再び紡ぎだされることを宣言する』


 疑うことを苦とする啓蒙者の本能を完全に消すことは出来ない。

 アルスリィは強い忌避感に伴う吐き気をこらえて脳内端末を起動し、網膜に写った少年の像を検索機関に投げ込む。

 出てきた情報は、平和極まりないものだった。


「(……サルドル・ネイピア。父は技師、母は聖別鎧(ヴィグセル)戦士。先天性矮翼(わいよく)を患って生まれるも市民として有望な成長を見せ、宣教活動の道を進む、か……)」


 捧神司祭などの一部の権限者にしか閲覧できない生体基盤情報まで確認し、アルスリィはそこに重大な一文を見出した。


「(10月1日付で神体区画の警衛に異動……まさか!)」


 だが、そこまで閲覧した時点で、情報が消滅した。

 アルスリィの脳内の端末に確保した分を含めて、全てが。

 言い忘れていたが、といった調子で、青い仮面を被った黙示者が告げた。


『なお、聖体の継承以前の情報は不可触(ふかしょく)とする』


 アルスリィは思わず衝撃を受けた。他の捧神司祭も同様らしい。

 黙示者には、ネットワークを通じて捧神司祭の個人領域にまで影響を及ぼすことが出来るのか。

 捧神司祭であっても、他の啓蒙者に対してそのようなことは出来ないというのに。

 今度は全身を鮮血の色の装束で覆った黙示者が、右手を大きく虚空に掲げた。


『揺るぎし者は奇蹟を()よ。信仰を強めるのだ』


 すると、それまでじっと佇んでいた少年が一歩を進み出て、瓦礫や小砂の散らばるアムナガル神殿の床を指差す。

 彼がそのまま天へと指を向ける方向を変えると、大量の砂や建材の破片が音も無く舞い上がった。


「……!?」


 破片は半壊したアムナガル神殿の各部へと吸い込まれていき、何と元あったらしき箇所へと戻って結合・復元を始めたようだった。

 およそ15秒ほどか、神殿は汚染種の襲来の前と全く同様の姿を取り戻した。飛散した瓦礫や衝撃波で傷ついた周辺施設も、細かな配管・配線や調度に至るまで、全く修復されきってしまった。

 いや、それどころか、汚染種たちとの戦闘で傷ついた啓蒙者、破損した装備や自動巨人、神獣たちまでもが傷を癒やされた。

 亡骸を残して死亡した者は、復活した。

 生存者も復活者も等しく、唖然として言葉を失う。生き残りの神獣たちでさえ、困惑しているのが分かるようだった。


『まずは受け継がれて最初の奇蹟』


 再び、銀髪黒眼鏡の黙示者が言葉を発して補足する。


『信ぜよ。彼こそ名を発せられざるべき方。

 信ぜよ。今や彼だけが、我らと翼なき人々と、汚染種たちとを救う者』


 そして、三人の黙示者が一斉に両の拳と片膝とを地に付ける姿勢を取った。

 するとそれまで一言も発しなかった少年が、一歩を踏み出して口にする。


「行こう、(ともがら)たちよ。生命の(おお)いを(ひら)く使命を果たすために」


 その言葉が決め手になったのかどうかは分からない。

 だが、啓蒙者たちは戸惑いつつも、一人、また一人と同じ姿勢で信仰を示していき、1分と経たずに全てが少年――新たな体へと移った始原者に向かって膝まづいた。

 アルスリィたちも、それに従う。

 少年が何かを羽織ってひるがえす動作を見せると、それまで簡単な薄手の法衣しか身につけていなかった彼の肩に、翼を象った白い装束が覆いかぶさった。

 今度は、啓蒙者たちもどよめくほどの余裕が回復してきていた。

 そして新たな始原者より、また一言。


『感謝する。これより、我らは真の聖体の降臨を執り行う』


 新たな体を得た始原者から異種原子波が放出され、啓蒙者たちの精神に、一人一人の役割が直接伝達されて行く。

 神命により発動する、大計画。

 アルスリィたちはその内容に驚愕すると同時に、畏怖を覚えた。

 その立ち振舞いの一つ一つが、神話じみてさえ見える。











 敗北を喫したとは思えないほど、その速度は大きい。

 航空力学とは厳密には異なる理論に基いて滞空を続けているトリノアイヴェクスは、啓蒙者の首都(エンクヴァル)から見て西に向かって飛び続けていた。

 これは、沈んで行こうとする太陽を追いかける形になる。

 半壊していた推進場生成(エンジン)単位格子(グリッド)も急速に修復が進み、およそ9割が修復を完了した。高度は現在海抜1万メートルほどを飛行している。

 本来であればもっと高度を上げた方が消費も少ない――トリノアイヴェクスのような先史文明の遺産であってもだ――のだが、これは高度を2万メートルより上に取ると啓蒙者のものらしき巡航爆弾が飛来したためだ。

 先ほど飛来したものはトリノアイヴェクスが撃墜した。強攻形態に変形して特殊砲など起動せずとも、衝突進路を取る星間塵(せいかんじん)を破砕するための比較的小威力の武器が搭載されているのだ。

 啓発教義には「高度2万メートル以上からの眺めを望んではならない」という意味のよく分からない教義が存在したが、その根拠となるのが、恐らくは高度2万メートル以上を飛行する物体を攻撃する巡航爆弾だったのだろう。

 そして合体天船(トリノアイヴェクス)とトラティンシカは、それらを迎撃し続けることよりも、高度を下げてやり過ごすことを選んだ。

 船内で、カトラが分析を口にした。


「恐らく、それより高い場所に飛ばれると困るものがあるか……本当は一切の飛行を禁止したいところだけど、魔女たちが箒一つで航空戦力になるから、それに対抗するためやむなく制限を緩めた……ってところかしら」

蓋然性(がいぜんせい)は比較的高い)


 道標の名を持つ霊剣(パノーヴニク)がそれに答えて音ではない声を発すると、その主タルタスが、船内合議室に集まった面々を見回しながら話を遮った。


「本題は神聖啓発教義領(ミレオム)をどう攻略するかだろう、横道に逸れるな。

 一度こうして強襲に失敗した以上、同じ手は使えまい」

「あなたはどう出ますか、タルタス王子」


 カトラの問いに答えて、タルタス。


「戦力の立て直しと言いたいところだが、論外だな。魔女が主体となるベルゲ連邦の空軍で攻め落とせるような敵ではないし、妖族は一部を除いてばらばらだ。領域全体で連携できれば別かも知れんが、父上があれではな」


 妖族を統べるはずの狂王ゾディアック・ヴェゲナ・ルフレートは、この事態になっても動くどころか声明などを発することもしていない。

 元々が無聊(ぶりょう)を弄ぶ冷笑家といった性格であり、この地上で何が起ころうともせせら笑いながら大玉座で頬杖をつき続けているというが、まさかこのような事態になってもその態度を崩さないとは。


「何か案があるならが隠すな。(たと)え霊剣があろうとも、啓蒙者の智慧(ちえ)こそがこの地上で最も優れていることに変わりはない」


 グリュクは意思の名を持つ霊剣ミルフィストラッセと共に、少し離れた席でそのやり取りを聞いていた。


「(まぁ……正論だよな)」

(うむ)


 今は多国間戦隊(フォンディーナ)の主要な面々が集まり、今後の方針を協議しているところだ。

 作戦実行前は、失敗した場合、可能な限り戦力を温存して撤退することになっていた。

 ただ、実質的にメトはエンクヴァルに存在しなかったということが判明し、グリュクたちはカイツ・オーリンゲンを失って何も得られず、こうしている。


(そも、啓蒙者はこれからどうするつもりであろうな。ドリハルトで、吾人たちは彼らの神の降臨を阻止したが……粒子の嵐の中で見たあの未来。啓蒙者は、自分たちまで地殻もろともに消し飛ばすような乱暴者を信仰していたのであろうか?)

「聖典に書かれてる最初の御方っていうのは、もうちょっと手心があったと思ったけどな……少なくとも、あんなことをするなんて、書いてなかった。そんなこと書けるわけ無かっただけかな。そもそも聖典って誰が書いたんだろう」


 止めどなく思考が溢れ、口をついて出る。

 だが、それが何故かを察したか、霊剣が指摘した。


(……カイツのことを気に病むなとは言えぬ。何百年経っても、別れは堪えるからな)

「…………ああ」


 その(なぐさ)めに、曖昧に答える。


「啓蒙者の智慧と呼べるかどうかは分からないけど……まだ再臨は起きていないわね。ならば、本体を探し出すより見込みの高そうな方法があると考えます」


 カトラの発言に、それまであまりやり取りに参加できていなかった霊剣使いたちが姿勢を変えた。


「それは、つまり?」

「私も、ドリハルトでグリュクくんとミルフィストラッセさんの粒子を浴びました。あなた方の垣間見た悪夢の未来視を共有し、始原者の再臨と呼ばれる現象が、恐らくはこの惑星の生命を根こそぎ滅ぼす大悪行(だいあくぎょう)であると理解した。ただ、あの未来視を見た人は覚えているわね?

 還元弾の炸裂直後、再臨の直前に何が見えたか」


 グリュクと同時にグリゼルダも、それを思い出したのか口にする。


「そうか、空に浮かんだ透明な、円みたいな……」

「恐らく、還元弾の炸裂によって生じた膨大な魔力線を収束・再構築可能な機構と思われます。

 発生した大量の魔力線に形状を与えて、一瞬にして始原者の再臨を行う……魔弾を作る魔法術の、超、超、超拡大版といったところかしらね。

 だからそれを見つけ出せれば、あるいは攻撃を行って、破壊出来るかも知れない」


 カトラのその推測を受けて、トラティンシカが天船に尋ねた。


「トリノアイヴェクス303、この提案、どうかしら」


 天船は答えて、


掃天観測(そうてんかんそく)を行います』


 地表から見える全ての天空を観測し、情報を取得するという意味だ。


『その際、この惑星で撮影された夜間天測の画像も可能な限り供出を願います。撮影日時が判明していればそれらも添えて』

「やってみましょう。時間の見込みは?」


 再び尋ねるカトラに、天船。


『高度400キロメートルの軌道への上昇許可を頂ければ、2時間で完了します。

 一気に惑星を周回し、迅速に全天の情報を取得しつつ、再び地表に帰還します』


 トラティンシカが不安げに、その数字を復唱した。


「400……危険は無くて?」

『未知数です。高度2万メートル――20キロメートル以上に上昇すれば啓蒙者の巡航爆弾が飛来しますが、先刻程度の密度であれば迎撃しつつ、上昇可能です。ただし、周回軌道に乗るまでの過程でより強力な攻撃に切り替えられないという保証もありません。

 本船も、修復にエネルギーを消費しておりますので絶対の無事は保証しかねます』

「高度を上げずに観測したの所要時間は?」

『ミレオムの防空圏を通らないのであれば、惑星の自転を待つので約6時間。通って構わなければ約3時間半で天球の全ての情報を取得可能です』


 トリノアイヴェクスの解説と共に、全員が見られる位置に設置された投影装置の直上に、直径2メートルほどの青い球体の立体模式図が表示された。

 次いで、その球体の上を這いまわる、2通りの経路が光の曲線として図示される。

 一方は啓蒙者大陸の上空を通過しながら惑星の表面を螺旋を描くように巡航し――高度2万メートル以下に留まる場合、赤道を一周するだけでは北極と南極の方面の空が惑星の丸みに隠れて観測できない――、もう一方は啓蒙者世界を迂回する奇妙な一筆書きの模様を描いている。良く見れば経路から枝が生じているのは、観測用の機材を放出するということだろうか。


「仮に軌道レンズと呼びましょう。これが、始原者再臨の要である可能性は高いわ。ミレオムが、始原者メトの人格や還元弾の予備(バックアップ)を秘匿していないとは言い切れないけど、それらがあっても、大量の魔力線を始原者の体として再構築する手段が失われれば、意義の大半を失う」

「人格の複製、ですか? 私が元の体から、今の擬人体に魂を写したみたいに?」


 アダが尋ねる。

 人格の複製・複写という概念は霊剣を扱うグリュクたちには馴染みがあったが、より印象的な関わりを持つのは彼女以外にいないだろう。

 カトラが、アダの疑問を肯定する。


「その可能性は高いわ。恐らく、ミレオムはメトの人格の複製を作って、元々の人格は消去してしまったか……もしくはメト自身の指示でそうしたか。あなたたちが立坑の底で見つけた端末がもぬけの殻だったのも、そのせいかもしれない」

(その複製された始原者メトの人格……今はどこにあるんだろうね?)


 これは、裁きの名を持つ霊剣(レグフレッジ)

 霊剣のような存在と実際に接触して日も浅いはずのカトラだが、彼女はむしろ生気を増したようにも見えた。

 脳に直接響くような声で意思疎通をする剣ともなれば確かに興味深くはあろうが、カトラは首を横に振る。


「分からないわ。それこそ、あなた方が持ち帰ってくれた突入艇の人格記録媒体(メディア)のように、いかに始原者とはいえ、その魂はかなり小さい容積の媒体に収めることが出来る。啓蒙者にとっての神なのだから、みだりに複製されないとは思うけどね」

「……人格の複製や弾道弾程度ならば隠しようはあるが、地表からも観察しうる巨大な構造物は、透明度が高いとはいえ難しいということか」


 今までやや要領を得ないようだったレヴリスが、口を開いた。

 霊剣の粒子さえ弾いてしまう鎧の作用で知識の共有から取り残されることが多かった彼だが、慣れもあるのだろう。

 カトラも頷く。


「その通りです。皆さんにも、可能であれば観測情報の提供をお願いしたいところだけど……あったとしても受け取る手段がないわね」

「時間もありません。可能な限り迅速に軌道レンズとやらを補足し、破壊しましょう」

『ただ一点、問題があります。本船はこれから高速で惑星を周回し、推進装置と観測機器、演算系を最大出力で運転します。しかし軌道レンズを捕捉した後、これを遠距離から破壊するにはエネルギーが足りません。

 本船はまずはドリハルト群島へ向かい、動力源となる恒久仮想物質――ベルゲやヴェゲナでいう霊峰結晶ドリハルト・ヴィジウムの採取を希望します』

「……特に反対する要素はなくて、皆様?」

「とりあえず、俺達の後援者であるベルゲ連邦や協力関係にある妖族たちには伝えた方がいいと思うけど……」

『本船は二値化符号(デジタル)方式で通信を行っていますが、この惑星で主流の電波通信とはかなり符号化方式が異なるようです。変換器を作成してこの惑星の文明の主流に合わせますが、この場合減衰が激しいのでドリハルト島からでは満足に届きません。掃天観測で上空を通る際に記録装置を投下し、統治体関係者によって再生するよう要請しましょう』

「……そうしてくれ」


 そこまで来ると流石に用語が分からなくなってきたか、セオが後頭部を掻きながら天船に委任する。

 意味としては、トリノアイヴェクスの故郷からすれば原始的なこの星でも再生が可能な記録媒体に、グリュクたちの行動の結果とこれからの予定、そして恐らくは事態が極めて急を要することを記すということだろう。

 ベルゲ連邦などの上空を通過した際にその記録機械は投下され、トリノアイヴェクスはそれが戦闘の状況などを記したものであることを電波放送で伝え、すぐに飛び去っていく。

 ベルゲ連邦や妖魔領域(ヴェゲナ・ルフレート)の辺境伯領の手の者達がそれを回収して再生した時には、既に天船は掃天観測の最中というわけだ。

 いちいちベルゲ連邦や妖魔領域(ヴェゲナ・ルフレート)に許可を取ってから軌道レンズを探しに行く、などという余裕は無かった。

 今この瞬間にも、天から降臨した巨大な盲目の鷹によって、地上は滅亡するかも知れないのだ。

 多国間戦隊(フォンディーナ)などという巨大な力を容認し、政治権力などで束縛することもなくここまで自由に行動させてくれたベルゲ連邦には悪いが、ここは事後承諾をしてもらう他ないだろう。

 天船による未知の用語の嵐に呆然としたように、グリゼルダが呟いた。


「何か、至れり尽くせりね……霊剣の記憶じゃ推測こそ出来てもよく分からない単語ばっかりだし」

『恐縮です』

「褒めてるわけじゃないんだけど……」


 どこか自慢気な天船に、少女はぼやく。

 グリュクはやや離れて佇む、啓蒙者の女司祭に語りかけた。


「関係各所に俺たちの行動の事を連絡できるなら、あとは問題ないんじゃないでしょうか。カトラさん」


 聞かれて、彼女は武装したままの妖王子に視線を向ける。


「我々の行動に反映するわけには行かないのが残念だけど、ドリハルトに行くならあなたの意向は聞いておきたいわ。タルタス殿下?」

「……事態が事態だ、致し方あるまい」


 彼が降参するのを待っていたかのように、天船がアナウンスを行う。


『ちょうどいい具合に上空に差し掛かりつつあります。

 これより本船は減速、降下態勢に移ります。各乗船員は可能な限り各種の作業を中断し、体を船体に固定してください。繰り返します。

 これより本船は減速、降下態勢に移ります――』











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