03.無媒聖別
彼らは全員がそこに身一つで降り立ち、周囲を確認する。
そしてまず呟いたのは、強健極まる壮年の啓蒙者――捧神司祭が一人、トイトニー・カトゥオーイ。
「これで全部か?」
「そのようねえ」
曲がちな髪をした豊満な女司祭――ナイア・レヴァタインが、その問いをおっとりと首肯する。
もう一人、七色に輝く七枚もの翼を持った別の女司祭が、悔しげに口にした。
「それにしても、あの黒衣の汚染種、私の幻覚にかなり堪えたわ……ネフェルタインが"手"を広げて隙を作ってくれなかったら、気づかれたかも」
「それは……幸いだった」
名を呼ばれて答えたのは、長い白髪の青年だった。
一見普通の啓蒙者のようではあるが、その翼をよく見れば羽根の隙間に青白い指がわさわさと蠢いている。天船を覆う"手"の群との関係性は瞭然だった。
そこから、先ほどまで周囲を覆っていた青白い"手"の群を生み出していたのか。
彼は、やや疲れたように傍の少女をねぎらう。
「汚染種の戦士たちも、真の王国が到来すれば救われよう。神獣たちに任せても構わなかっただろうに、よくやってくれたね。カルノクォトル」
その啓蒙者の娘カルノクォトルは、見る者によっては彼の妹のように見えたかも知れない。
彼ら五人は、啓蒙者の最高位、捧神司祭。
諸事情で二名が欠けていたとはいえ、この地上で最も強大な力を持つ啓蒙者が全員、この地に集結したことになる。
ただ、彼女の目はいささか不満げだった。
「あの汚染種の巣がまだでしょう、ネフェル。あれは愚かにも身を守っています。防御もろともに破砕することなど、私たちの総力を以ってすれば――」
「ダメよカルノ。ロメリオがそれでやられたのを見ていたでしょう? 彼は信徒の模範たる戦士だけれど、信仰を急ぐあまり汚染種の戦力を弱く見積もっていた」
七枚の翼の女が異形の翼の少女を優しく窘めると、トイトニーが分析した。
「彼らの船がネフェルタインの"手"にここまで耐えているというのは想定以上だ。だが、都市ネットワークへの妨害干渉をやめさせることが出来た。他の都市との連絡も回復したから、ガヘナやシバルヴァーから援軍が到着次第、反撃に移ることも出来るだろう。俺の秘蹟も使えるようになった」
すると、彼の背後の神殿の一角が変形し、内部に格納されていた大型の自動巨人が姿を現した。
それは巨体に似合わず、ごとりと軽そうな足音を立てて神殿の床を踏みしめ、歩いてくる。
全高は純粋人たちのそれより遥かに巨大で、20メートルほど。右腕が電磁加速砲になっており、重迎撃ユニットとして機能する型だ。
汚染種の船による妨害が解けて、出動可能となったのだ。
そこに合流を目指していたかのように、アムナガル神殿の外壁を登ってきた四足歩行の巨大な獣が現れた。
第三の神獣、全身から長大な刺を生やした四足獣型の個体だ。
「私の神獣たちも、保護房室から出られたわ。お行きなさい、衝角神獣」
「イシュヌフェボシュ、衝角神獣を援護しろ」
ナイアとトイトニーがそれぞれ命じると、神獣と自動巨人は歩き始めた。
汚染種の船がアムナガル神殿に穿った巨大な穴の隙間――それでも二体の守護者が余裕を持って通行できる大きさがあった――を通り、始原の立坑へと降りてゆく。
「侵入者には、暫定措置としてこれで。先ずは彼らの船を破壊しましょう」
彼ら五人は、先ほど汚染種の聖地の近海で重傷を負っていた所を回収されたロメリオ、そしてスウィフトガルド王国で法王を兼任するククラマートルを合わせて七名、捧神司祭の位にある。
高度で総合的な資質に見合う最高位の権能と、それを守るために与えられた最強の戦闘能力。
最大権威と最大武力の二つを併せ持つそれは、通常の文明であれば長期的な絶対専制となりかねない、文明社会にあるまじき存在だ。
だが、神聖啓発教義領ならば、全ての市民が最大限の理性と信仰を持つ啓蒙者の社会ならば、それは暴走することなく存在できる。
そのような超文明世界の申し子とも言える五人を前にして、立ち上がる存在があった。
「させねえ……!」
捧神司祭たちのやり取りを聞いていたか、瓦礫の海から白い影が立ち上がる。
黒鳩神獣の強分解性粘液の直撃を受け、火剣神獣によって完膚なきまでに砕き潰されたはずの、汚染種が。
銀色の装甲を装備していた方は、すでに跡形もない。
だが一方こちらは、全身に轢断一歩手前の損傷を受けていながら、まだ全ての五体が繋がっていた。
いや、繋がったと表現すべきか。
「殺す……!」
呪詛か怨嗟か、汚染種の体表面が赤と銀の二色に染まってゆく。
そして周囲に爆炎と電光を撒き散らしながら、彼らに向かって疾走を開始した。
「うぅ……」
軽聖別鎧の内側に広がる鈍痛に呻く自分の声で、サルドルは意識を取り戻した。
「ここは……」
記憶を辿れるだけ辿ると、自分が教義を疑うという恥ずべき行いをしながら錯乱し、そこに生じた謎の破壊で神体区画へと落ちていったことまでが思い出せた。
変換小体の疲労の度合いから、恐らく自分の軽聖別鎧が自動で彼の体を使って秘跡を発動し、天よりも深い立て坑への落下の衝撃を和らげたのだろうと分かる。
「そうだ……ここは神聖な場所なんだ……」
サルドルはつぶやき、最上級の執行者である捧神司祭などのごく限られた啓蒙者でなければ、この最深部へは立ち入れないと教わったことを反芻していた。
「(そうすると……僕は教義を侵犯したことになるんだな)」
だが、不思議と罪悪感は軽かった。
故意でないこともあるが、何より啓蒙者として、最初の御方のおわす場所にいるということが嬉しくもあった。
すぐそこにおわすならば、恐悦なれども拝謁を望んでしまうのが信仰者というものだ。
ただ、周囲は闇だ。
サルドルはしばし迷ったが、体の痛みを忘れる高揚、拝謁を試みたいという欲望が勝った。
「照らし賜え」
秘跡で小さな照明球を生成すると、輝く仮想物質の灯火はゆっくりと彼の掌の上に浮かび上がって周囲の光景を浮かび上がらせた。
啓蒙者の歴史を表す絵物語が刻まれた壁の様子がすぐ近くに浮かび上がり、サルドルの位置が外縁に近いことを教えてくれる。
きめ細やかな文様を刻み込まれた強化石材のタイルを組み合わせた床はほぼ一面が同じ高さになっており、中心から外縁に向けてがやや高くなるよう複数の段差や階段を設けられていた。
そしてそこに大量に落ちている大小の瓦礫と砂塵。
一般信徒に向けて公開されている写像で見たことはあったが、荘厳で密やかな筈の広大な至聖の空間は、今や破壊されたアムナガル神殿から落下した破片に塗れていた。
「(酷いな……あれは事故か、それとも汚染種の奇襲だったのかな)」
軽聖別鎧に取り付けてあった装甲端末の表示を見ると、ネットワーク接続先が見つからない、とある。
先ほどの事故との関連でネットワークに不調が生じたのか、そもそもこの始原の立坑の底ほど距離が離れてしまうと交信が不可能なのか、そこまでは分からなかった。
「(でも……最初の御方なら、こんなことで)」
そう。こんなことで信仰の化身が抑圧されはしないはずだ。
根拠など無いが、それを不要にするのが信仰というものだ。
見れば、半球状の空間のほぼ中心に、全高10メートルほどの巨大な像らしき物体が突き出ている。自身の位置している広大な空間と比べれば、それもまた小さく思えてしまったが。
あれが、最初の御方の筈だ。おいそれとはその名を呼べぬ、最も偉大な存在。
サルドルの愚かな疑問にも、何らかの光を投げかけてくれるかも知れなかった。
瓦礫を避けて歩き、近づいていくと、その姿の詳細が見えてきた。
尊顔の中心に長大な操作肢と、放射状に並べられた169の探査器官を持ち、体表には無数の発光器官が配列されている。
体は啓蒙者のそれに似て肩口から翼が生えているが、頭部は間違いなく、超越者を表現していた。
そんな親しみ深さと神々しさを併せ持つ始原の存在の、この世界における象徴である神の像。
「……あぁ……!」
そこに照らし出されたのは、朽ち果てた神。
長大な肢と169の探査器官――その内、中心線上にある一つの目だけは大きく、啓蒙者や人間のそれに似ていた――には鉄骨が突き刺さり、あるいは大型の瓦礫が衝突して見る影もなく崩れ果てている。
それは始原者メトが力を失い、世界から信仰が失われたという悪夢を表しているように見えた。
「偉大な方、おいそれとは名を呼べぬ方……!」
思わず走りだし、もどかしくも軽聖別鎧の兜を放り捨て、その巨大な至尊の聖体に縋りつく。
砂埃に塗れた表面に触れれば、微細な粒子が跳ねて目鼻を襲った。
「お示し下さい、最初の先頭者……僕は信仰を疑いかけました」
サルドルは、もはや感情の溢れるまま、無我夢中で問いかけた。
「正しい信仰を持っているはずの少女が汚染されてしまったら、焼却して魂を救うべきでしょうか? 信仰こそが救いなのではないでしょうか?
お尋ねします、最初に死して最後に再臨される方……僕は揺らぎました。
その身を汚染種に近しいところまで落としてなお、信仰のために戦う人は救われるのでしょうか? 汚染は救われねばならないのではないでしょうか?
なおもお訊きします、我らが父にして母なる方……僕は迷っています。
僕たちと共に苦楽を分かち合った人々が、汚染に飲み込まれました。彼らを……助けてください。出来れば焼き清めることなく!
僕は彼らを失いたくない! 正しく素晴らしい信仰を分かち合いたい!!
正しいことへと、僕をお導きください……うぅ……!」
最後まで述べ立てる頃には、声に嗚咽が混じっていた。
分かっている。ただ胸の内から湧き出るに任せて言葉を浴びせた所で、始原者はそのような言葉に回答を教えてくれることはない。
ここにあるのは恐らくは世歴初期あたりに作られた尊像であって、本当の至尊ではないのだろう。
そもそも、最初の御方の降臨される時期は誰にも知らされていないのだから。
「(でも、それじゃあ…… いつになったら世は救われるんだろう……?)」
このまま、正しい人たちが死んでいくべきなのか。
死者を保存する技術が解禁されつつあるというが、それは全ての死にゆく信仰者を掬いきれるのか?
そもそも、最初の御方の降臨は、本当に事実として確定しているのか?
それが何百年何千年、何万年も先のことだとしたら、無翼人たちの信仰は、果たして持続できるのか?
そう。彼は到達しようとしていた――始原者メトの作った枷の外側へと。
サルドルにとっては知り得ないことだが、始原者メトは、この惑星に到達した際に現地に先行して惑星改造を進めていたエメトとの戦闘で、巨大な機体の大部分を失っている。
だが、それでも宿敵であるエメトの制御中枢の破壊に成功し、エメトが保持していた大量の惑星改造用の資機材の一部を手に入れてもいた。
残された脳や人格とも言える制御中枢とそれらを使用して、”彼”は自分の創りだした啓蒙者という種族を異種原子波とその増幅装置――アムナガル神殿とその内部の特殊な内壁を持つ垂直回廊によって制御していたのだ。
一挙一動を操るわけではなく、思考の筋道を操作するようなこともないが、それはゆるやかに成長する木々に掛けられた枷のように、確かにその形状を制御していた。
ただひたすらに、自然の中で進化した生物とは程遠く、悪を成さず、朋友と礼節を重んじ、道徳に溢れた極めて理性的な――ただし汚染種は原則として憎む種族となるように、緩やかな枷を架し続けていたのだ。
1400年に渡る精神操作の末、しかしメトは遂に、エネルギーの限界に達した。
啓蒙者を善良極まる種族に規定し続けてきた異種原子波は停止し、”両の目”のカトラ・エルルゥクたちのように、徐々に信仰に疑問を抱く啓蒙者が現れ始めたのだ。
そして、サルドル・ネイピアもその一人だった。
「最も偉大な方……あなたがみんなを、今、救ってくださらないのなら……」
サルドルは、その小さな翼を震わせて呟いた。
微かに、しかし確固たる意志を込めて。
「たった一人だけでも僕は、救いたい人を救う方法を探します……あなたの再臨が、何億年先になっても!」
決意して、始原者の像に深々と礼をする。
そして地上へ戻る方法を模索しようと周囲に通路を探そうとしたその時、サルドルの口の中へと何かが侵入してきた。
「!?」
そのまま喉の奥、そして脊髄へと衝撃が走る。
動かない筈の尊像の聖貌の中心から、操作肢が伸びていた。
滑らかだが、冷たく硬い。
そんな機械の感触が、彼の口腔の奥へと突き伸ばされている。
「ご……!」
それは、あるいは痛みだったかも知れない。全身を貫く稲妻に、意識が揺らいだ。
「(これが……無媒聖別!?)」
媒無き、直接の祝福。
始原者から直接与えられる、最大の信仰の証とされている。
だが、これが本当にそうなのか?
その疑問に対する回答を得られる前に、サルドルのはるか頭上――始原の立坑の上方から、多角錘形の巨弾が飛来した。
『外気温度、圧、組成問題なし。船体閉鎖を開放します。突入部隊はすみやかに展開してください』
果たして突入艇は140秒ちょうどで立て坑の底へと着陸し、六基の強力な探照灯で周囲を照らし出しながら展開を始めた。
突入艇は同時に周囲の地形を探査して情報収集をしているらしく、画面の端に小さな窓が生じ、突入艇が空間に占める位置が簡略化された図像で示されている。
比率で言えば細長い米粒のような形状の物体が、人の頭ほどもある大きさの半球状の空間の底に、ちんまりと突き刺さっていた。
突入艇は立坑の底にあった半球状の空間の中心から、やや外れた場所に着地したことになるか。
グリュクたちは突入艇が再び放射状に開ききると同時に一斉に飛び出し、タルタスは片手を天に掲げて呪文を唱え、深海色の鎧を召喚・装着した。
鎧を身につけたタルタス以外の全員が、支給された無線通信機をベルトで胸元に装着している。
フェーアと太陽の名を持つ霊剣だけは残り、6人の霊剣使いたちが暗い立坑の中でも行動できるように点灯された突入艇の探照灯の光から、木の葉のような大きな耳で目をかばっていた。
「あの単眼で鼻の長い機械のお化けが始原者?」
防御用の魔法術を構築していつでも開放できるようにしながら走るグリゼルダに、胸元の無線装置を通じて突入艇が答える。
『本船に残った他のメトのデータと形態が一致します。位置関係から見て、地下に埋没した本体に繋がる端末と判断していいでしょう』
「アダちゃん!」
キルシュブリューテが己の顔にかかる赤みがかった金髪を払いながら、擬人体となった娘の名を呼ぶ。
「了解!」
彼女はそれに答えて、右腕の内部に格納されていた復活せし名を持つ霊剣を展開した。
彼女たちこそ、メト掌握の切り札。
擬人体にして霊剣と合体している彼女は、図面さえあればあらゆる無生物を変形させる特異能、”自由変形”を使用し、機械であるメトと唯一物理的な接続が可能なのだ。
アダは右手から展開した復活せし名を持つ霊剣を脇に落ちていた一抱えほどの瓦礫に突き刺し、叫んだ。
(復活せし名の元に! 瓦礫よ!)
「接続端子と記憶領域に、なあれっ!」
そして、その右手と小振りな霊剣に灰色の不定形と化した瓦礫がまとわり付き、あっという間に金属の端子と記憶領域になる大容量集積回路を備えた重厚な篭手へと変化する。
カトラがもたらした神聖啓発教義領の製品の複製だが、人類の技術に比べて非常に複雑だったため、アダがこの設計図を読み込むのにほとんど一昼夜を要した。
グリュクは重要な作業を行う彼女に呼びかける。
「アダ、任せた!」
「はい!」
霊剣使いたちは半球状の空間の中央に突き出たメトの本体――へと直接繋がる端末にたどり着くと、円陣を組んで周囲を警戒した。
自分の右手に生成した端子を差し込み、メトの情報を吸い出そうとするアダ。
彼女を守るように周囲を警戒する、5人の霊剣使い。
「ありました!」
アダが始原者の端末に設けられた接続口を探しだし、篭手の掌に設置された端子を差し込む。
「エスティエクセラス!」
(吸い出し開始!)
主の命に応じて、霊剣が宣言する。
これで、メトの内部に残された、メト自身の人格を含む内容が全て吸い出せるはずだった。
啓蒙者を通じて純粋人の国々を操り、魔女や妖族へと絶滅戦争を仕掛けさせた原因の複製を確保し、今後のためにも経緯を明らかにする。
また、宇宙に散らばったという無数のメト、エメトに関する情報があれば、それも利用させてもらう。
その後、霊剣使い6名の総力で以って、この立坑の底に埋まっているであろうメト本体を破壊し、啓蒙者への影響力を断つ――筈だった。
「あ、あれ?」
「どうしたの、アダさん!」
(何か不都合があったか)
狼狽えるアダに、グリゼルダと裁きの名を持つ霊剣が尋ねる。
他の霊剣使いも、上方や外周を警戒しつつ、意識の一部は彼女の方に向けている。
「……このメト様、中身が空っぽです!」
「空っぽって……」
怪訝そうに彼女の台詞を繰り返すのは、アリシャフト。
「記憶も人格も、何も見つけられないんです……」
「規格は合ってるのよね?」
(何度も確認したじゃないですか!)
「その筈なんですけど……」
キルシュブリューテの問いに答える、復活せし名を持つ霊剣。
呟くアダの表情は、不安げだった。
「端末を本体から切り離す余力が残っていたのか、それとも自己を抹消したのか……。
機械なのだから、自分でそうする手続きが設けられていてもおかしくはないな」
タルタスが推測するが、実際のところを検証する手段は無い。
彼女が致命的なミスを犯しているという恐れも無くはないだろうが、彼はまず、提案した。
「トリノアイヴェクスとも記憶を共有できた。高度な機械とならそれが出来るっていうことなら、俺はミルフィストラッセの金色の粒子をここで使って、メトの記憶を引きずり出してみようと思うんだけど……あまり深くに埋まってるとそれも難しいから、まずは本体の位置を特定しよう。そのためには――」
そこまで告げて、意思の名を持つ霊剣が何かに気づいた。
(主よ、大型の瓦礫の影だ!)
「照らし給え!」
グリュクは10メートルほどの高さに浮かべていた照明魔弾を気配のする方へと飛ばす。
その視線の先には垂直に床に突き立った大きな瓦礫と、その影から姿を見せた一人の啓蒙者が佇んでいた。
軽装の鎧に、肩口から覗く小さな翼。
真昼の太陽のような白い髪と、グリュクを射抜くような不思議な視線。
霊剣使いたちに気配を察知されずに潜んでいたのだとしたら、何らかの特殊な秘蹟を使っていたか、少年のような容貌にもかかわらず特異な技術を持っているのか。
だが疑念以上に、その啓蒙者の姿を見て何かが引っかかるような気がして、グリュクは戸惑った。
「破壊する弾丸よ」
「弾け!」
地下に爆音がこだます。
突然、隣のタルタスが啓蒙者に向かって爆裂魔弾を放ち、グリュクがそれに念動力場を当てて軌道を逸らしたのだ。
瓦礫や爆炎が飛散するも、魔弾は目標には当たらず、啓蒙者は逃げる素振りすら無いまま彼らを見つめていた。
タルタスが、静かに道標の名を持つ霊剣の切っ先をグリュクへと向けてくる。
「邪魔をするな」
「待ってくれ、攻撃してくる素振りはないだろ!」
彼に抗議しつつ、グリュクは声が上ずりかける奇妙な興奮と共に、啓蒙者に話しかけた。
「ねえ、あなた! もしかして……俺とどこかで会ったこと、無いですか!」
神聖啓発教義領の、しかもこのような場所にいる啓蒙者。
味方の筈はない。しかしその若い啓蒙者と、グリュクはかつて会ったことのある気がしたのだ。
だが、彼がなおも言葉を続ける前に、上空から何かが飛来した。
天船が立坑に向かって投げ込んだ突入艇ではない、何者かが。
「!?」
それは装甲に身を包んだ身長20メートルほどの巨人と、長い角を体の各所から生やした巨大妖獣だった。いや、妖魔領域ではなく神聖啓発教義領にいるのだから、神獣と呼ぶべきなのか。
ともかく、巨人と神獣とはそれぞれ一体ずつ、啓蒙者の少年の左右に降下し、まるで彼を守っているかのように佇む。
グリュクたち霊剣使いも、その異様さに一瞬だけ動きを忘れた。
だが次の瞬間、二体の守護者が攻撃に移った。
「アダ!」
端末に手を触れているアダと復活せし名を持つ霊剣に照準が向けられていることを察知し、叫ぶ。
「げっ!?」
装甲の巨人は角張った長砲身砲から極超音速の弾丸を、角の獣は口の中から超高熱の魔法物質の流体を。
アダを含めた霊剣使いたちは全員が高速で身を翻してそれを回避、残されたメトの端末は無残なまでに破砕されて飛び散った。
アリシャフトが照明の魔弾を消すと、辺りを再三闇が包む。
グリュクは魔女の第六の知覚を頼りにして照準、魔法術を念じて呪文を唱えた。
「貫け!」
グリュクの開放した魔法術が大人の腕ほどの大きさの魔法物質の弾丸となって加速、音速の5倍ほどの速度で神獣を襲う。
しかし神獣は一声吠えると透明度の高い平面状の障壁を複数生み出し、魔弾を防ぎつつ上方に飛び上がった。
否、それどころか、短い尻尾に見えた尾部の突起から炎を吹き出し、その体躯からすればやや狭い筈の立坑の底を飛び回り始めた。
「天は罰を速やかに!」
「侵徹する霹靂よ!」
グリゼルダが魔法術で、タルタスが多数の魔具剣の一振りから自動巨人に向かって高圧電流を投射する。
全高にしておよそ20メートルはあろうかという単眼の自動巨人は、それに対して構えることさえしなかった。
半球状の空間を貫く二条の紫電は、その装甲の絶縁性能を超えられずに周囲の瓦礫の金属部分へと吸収される。
「マジで……!」
逆に自動巨人はその長大な極超音速砲を発射して彼女たちを狙うが、
「行く先は風と共に!」
「転換する時空よ!」
二人は即座に座標間転移を解放して距離を開ける。
(戦闘用の大型自動巨人と、改造妖獣……いや、啓蒙者の呼び方ならば神獣か!)
「どっちでもいいだろそんなの!」
意思の名を持つ霊剣が述べた見解に苦情を投げつけ、自動巨人と神獣の猛攻から辛うじて身を躱すグリュク。
だが、そこで彼の目に、何処かへと歩き去ろうとしている啓蒙者の少年の姿が映った。
慌てて、呼びかける。
「あ……待って、司祭さん!」
「グリュク、そんなことしてる場合じゃ――」
そこで声が途切れたグリゼルダの方を見た瞬間、小柄な少女は壁面を蹴って急角度で突進してきた黄金の妖獣――いや、神獣だったか――の体当たりを受けて大きく弾き飛ばされた。
極細の針金が密集したような堅牢な外皮に包まれた大質量の直撃を受けて肉塊になってもおかしくはない所を、彼女は手足で巧みに受け身を取って直撃は回避していたらしい。
受け身を取って衝撃を減殺・分散しながら着地、その動きに合わせて腰まで伸ばした黒髪が踊った。
そこに追撃をかけようとする神獣の動きを、グリュクは見逃さずに魔法術を高速で構築、
「拉げ!」
彼の眼前に一抱えほどもある灰色の質量魔弾が形成・射出され、神獣の横面を強かに殴って反対側の壁まで叩きつけた。
同時に彼を狙って放たれた自動巨人の極長音速の弾丸は、連鎖させて発動した極厚の防御障壁で弾く。
大型自動巨人は動きこそ機敏ではないが、上半身に開いた多数の射出口から大量の爆弾を射出し、神獣も一種の秘蹟を行使できるのか、全身から強力な熱衝撃波を放って周囲を攻撃した。
直径にして300メートルも無い立坑の底で、熱と衝撃が荒れ狂う。
魔法術の使える霊剣使いたちは防御障壁で、アダは復活せし名を持つ霊剣の自由変形で耐爆殻を形成してこれを防ぐが、しかし。
「突入艇、フェーアさんは大丈夫か!」
『わ、私は大……で……グリュクさ……』
無線装置から聞こえてきた妻の声にはこの距離だというのに雑音が混じっていたが、グリュクはひとまず安堵する。
少し遅れて、突入艇の声も聞こえてきた。
『一時的に……甲を再閉…………さすがに電磁加速……抗堪できませ……あれだけでも壊すか、当機への直撃は避』
(通信波が妨害されているのか? いや、立坑の内壁が通信波を吸収する素材で出来ているのやも知れぬな)
「そもそも何なんだ、このとんでもない奴らは!」
出現が唐突過ぎる。
神聖啓発教義領の戦力は、トリノアイヴェクスの妨害でほとんどが出動不能になっているはずではなかったのか?
つまり、これは。
「トリノアイヴェクスに何かが起きたってことか……!?」
(何もなければ、カイツたちが押しとどめている筈)
不安を確かめるべく、胸元の通信機を起動して呼びかける。
「突入艇、トリノアイヴェクス本船と通信できるか!」
『現……通信不……音紋探査では、地上で戦闘が……測できます……』
突入艇の返答は、やはり雑音混じりで途切れ途切れだ。
決断せねばならない。
「仕方ない……ミルフィストラッセ!」
(承知した!)
グリュクは防御障壁を解いて相棒を正面に構え、粒子を発動した。
金色の粒子が急速に溢れ出し、霊剣使いたちと大型自動巨人、そして神獣を襲う。
しかし。
「(ん……?)」
(防ぐか、縺続性超対称性粒子の奔流を!)
大型自動巨人と神獣は、何か青い粒子の対流で形成された障壁のようなものを作り出して、金色の粒子の嵐を遮蔽しているらしい。
粒子自体は一切の破壊力を持たない現象なのだが、両者ともに未知のそれを警戒したか。
(こちらの考えが読まれてしまう危険があったが、これは好都合也!)
『思念波の共有場が形成されました。現在思考共有は明瞭。地上からの戦闘と思しき音紋を解析しました。本船に危機が迫っている可能性もあります』
「(メトの確保は失敗した。一旦トリノアイヴェクスに戻る!)」
「(ここにこうしているよりは妥当だ。いいだろう、協力してやる)」
「(減らず口叩いた分、後でぶん殴ってやるから!!)」
タルタスと彼に罵声を浴びせるグリゼルダ、そしてアダ、アリシャフトとキルシュブリューテがグリュクの周囲に集まり、そこに突入艇が告げる。
『敵の一時的な沈黙を確認しました。外殻を開放します』
「(グリュクさん、今そっちに行きます!)」
敵が粒子を警戒して守りを固めている今なら、それが出来る。
突入艇が再び花弁のようにその外殻を開き、中から太陽の名を持つ霊剣を抱えたフェーアがこちらに走ってきた。
『それでは突入部隊の皆さん、短い間でしたが、ご無事で』
「え?」
そう言うと突入艇は放射状に開いた外殻を急速にじたばたと動かし、まるで昆虫の脚のように地面に向かって踏ん張る。
次の瞬間には器用に始原者の間の床に突き刺さった部分が引き抜かれて跳躍、反転。地下から直接生えた花のようだった突入艇は一転、細い巻貝を背負ったヤドカリを思わせる形態となって自動巨人と神獣に向かって駆け出していった。
「お、おい!?」
『立坑を上がって本船に合流するには、当機は運動力に欠けます。当機が敵を足止めするので、その間に座標間転移を行使して本船と合流することを推奨します』
「君は……そうか、これが」
未だ吹き荒れ続ける金色の粒子が、突入艇の考えをグリュクに伝える。
フェーアが手渡してきた小脇に抱えるほどの大きさの方形の板を見て、彼はそれが突入艇の魂の複写なのだと理解した。
それさえあれば、彼は再生可能なのだろう。
障壁の内部に入った突入艇に対して大型自動巨人が発砲し、大音響と共に掘削殻――ヤドカリでいえば殻の部分を撃ち抜く。
『一刻も早い離脱を推奨します』
突入艇の思考はひどく淡々としており、自動巨人を6本の足で必死に押さえつけようとしているように見える姿とは対照的だった。
その脇をすり抜けてグリュクたちに襲いかかろうとした神獣の鼻面に、機体を傾けた突入艇の"殻"が衝突してその進路を阻む。
『早く』
「彼方を近く、程なく!」
突入艇が再び離脱を促した直後、フェーアがその場の全員を転移させた。
自動巨人と神獣は、それを追うため飛び立とうとする。
その隙を逃さず、突入艇は機体全体を使って自動巨人を拘束し、振り回して神獣へと叩きつけた。
すぐさま極長音速砲の反撃を受けて、突入艇の6本の"脚"の半数が爆ぜ飛ぶ。
突入艇としてはあくまで、状況の変化に応じて目的を達成しようとしていたに過ぎないが、それは外部からは、瀕死のヤドカリによる決死の抵抗に見えただろう。
突入艇はなおも離陸しようとする自動巨人の脚部に掴みかかり、その関節に自機の"脚"の先端を突き刺そうとする。
一方、その意図を汲んで離脱したグリュクたちは既に、立坑の底、メトのいた場所から千メートル単位で離れていた。
通常、座標間転移の射程は卓越した者が行使しても術者単独で3000メートルほどを転移するのが精一杯だ。フェーアの場合、大叔母である大妖術師エルメール・ハザクの技術をある経緯でそのまま受け継いでおり、この時は術者自身を含めて7名、2000メートル程を転移することに成功した。
だが、立坑の高さは地下35000メートルほど。
ここで、霊剣の力によって中世期から魔法術の技術を蓄積してきた霊剣使いたちの力が発揮された。
「遷し給え!」
「行く先は風と共に!」
「転換する時空よ!」
「百代の過客を!」
「限りなき高峰へ!」
座標間転移は本来、然るべき訓練を受けた魔女や妖族の戦士でさえ習得が困難な、魔法術・妖術――そして啓蒙者たちの秘蹟においても最高峰の難度の一つとされている。
だが、霊剣たちが受け継いできた魔女の戦士たちの戦いの記憶の蓄積が、それを容易ならしめていた。
複数名で連続して座標間転移を行い、一気に立坑の中程までを進む。
「グリュクさん!」
立坑の中盤でフェーアが夫の名を呼び、彼もそれに応えて唱えた。
「砕け散れ!」
呪文によって解放された八個の爆裂魔弾が、彼らの眼下の暗闇へと飛び込んで行く。
それが立坑の側壁を破壊し、大量の瓦礫が落下した。大型自動巨人と神獣がどれほどの機動性を持っていたとしても、大質量の瓦礫の群れは回避できず、重量に負けて埋め尽くされるだろう。
だが、そこに霊剣使いたちとは別の使い手による座標間転移の予兆が走った。
降り注ぐ大量の瓦礫を転移で回避した自動巨人と神獣が、内壁を破壊するために動きが止まった彼らに追い付いてきたのだ。
裁きの名を持つ霊剣が驚嘆する。
(機械と改造妖獣が秘蹟を使うか!)
大型自動巨人が足と背部から、神獣が四肢の付け根から炎を噴射して姿勢を制御しながら空中のグリュクたちに攻撃を放つ前に、彼の背にしがみついたフェーアの妖術が発動した。
「戒めを固く、揺るぎなく!」
回避された瓦礫の海にも劣らない、大量の翡翠の柱の群が彼らの眼下に出現し、大型自動巨人と神獣を襲う。
彼女が以前移動都市での戦闘の際に使用したものだが、今回は柱の形状が細く、短い。しかし、生成数の桁が違った。
長さは1メートルほど、一掴み程度の太さの数千本に及ぶ柱は、転移直後の敵に向かって殺到し、フェーアの思念による命令で一斉に爆発した。
そこに大きく隙が生じて、
「ミルフィストラッセ!」
(心得た!)
意思の名を持つ霊剣が変形し、弓の形状となる。
その周囲に急速に渦巻き始めた金色の粒子を矢の如く引き絞り、グリュクは下方へと解き放った。
「射、抜、けぇッ!!」
そしてすかさず、グリゼルダが再度の座標間転移を行使する。
「行く先は風と共に!」
立坑の底では放てなかった威力の直撃を受けて消し飛ぶ、二体の守護者。
そして霊剣の光が立坑の底に届いたか、立坑の底で大きな残光が爆ぜるのが見えた。
そこから上がってきた爆音が彼らの耳に届く前に、タルタスが再び呪文を唱えて魔法術を解放する。
「転換する時空よ!」
再び連続転移が再開され、霊剣使いたちは更に2万メートル程の距離を突破した。
そのまま暗かった立坑の垂直の壁が途切れて、彼らはトリノアイヴェクスの突き刺さったアムナガル神殿の内部に出現する。
だが、そこには敵が待ち構えていた。
目を瞠る間も無く、高速の念動力場が伸びて彼らを空中に拘束する。
言い訳にもならないことだが、転移直後で全員の反応が遅れた。
「何、だ……!?」
(これは……!?)
意思の名を持つ霊剣が驚愕するのが伝わってくる。
いきなり潰されなかったのが不思議なほど、強固な力場だった。
「遷し給――」
霊剣使いたちは反射的に座標間転移の術を構築しようとするが、ほぼ同時に、それが出来なくなっていることに気づく。
「(……転移できない!?)」
(空間傾斜が変動を繰り返している……やはり啓蒙者には、空間構造へと大規模に干渉する術があるというのか!)
霊剣が、そう分析する。
彼らが今まさに拘束されているのは先ほど入った立坑の入り口の直上で、その上をアムナガル神殿の構造がすっぽりと覆っていた。
そして直径300メートル前後の穴の周囲を、啓発教義の聖典に登場する太古の聖人や神聖な生物たちの巨大な像が、取り囲むようにずらりと並んでいた。
その一部はトリノアイヴェクスの突入によって崩壊し、焼け焦げたような跡が伺える。やはり、戦闘があったか。
天井については、トリノアイヴェクスの先端が立坑に向かって突き出したままになっていた筈だが、今はそれは、青白く蠢く何かに覆い隠されている。
そして、それに驚く彼らを、多数の像の周囲に陣取る無数の啓蒙者と、複数の巨大な神獣たちが取り囲んでいた。
「(トリノアイヴェクスの妨害も、破られたってことか……!)」
啓蒙者たちの中には、火器の付いた鎧を身につけた者もいる。
啓蒙者用と思しい有翼の自動巨人や、複数の脚部を持つ自動砲台なども彼らに火砲の照準を合わせていることから、間違いあるまい。
霊剣使いたちは立坑の直上に縛り付けられたまま、四方八方から狙われていた。
上位の司祭の命令があれば、すぐにでも殺されることだろう。
「(メトの捕捉は出来ずに、帰艦直前で完全に包囲された……)」
(即ち、敗北か……!)
強烈な念動力場で全身を固定されているので、グリュクには周囲の敵の全てを視界に収めることは出来なかった。
だが、彼のほぼ正面の、特に目を引く啓蒙者。
七色七枚の異様な翼を持つ美貌の女司祭が、仕草も優美に踏み出すのが見えた。
「ようこそ我らがミレオム、我らが首都エンクヴァルへ、汚染種一同。汚染された体と魂で神聖なる啓発教義の総本山を汚されたのは、偶発的な事例を除けば初めてのこと。
その行為への評価として、あなた方の変換小体反応のデータを取りつつ、真の王国への引導を渡して差し上げましょう」
「(……まだだ!)」
失敗したとしても、そのままで終わらせはしない。
グリュクは首を捻れないながらも、傍らのフェーアに目配せをした。
彼女もそれを理解してくれたか、隣のグリゼルダに同様の合図を。
グリゼルダはキルシュブリューテに、彼女はアリシャフトに。
そうして意図を伝えあい、合図で一斉に念動力場を行使するのだ。転移が出来ないだけで、この強大な力場を中和さえしてしまえば。
だが、読まれていたのか、女司祭が手で合図をする。
その合図で、彼女の背後で白い衣をまとい佇んでいた有翼の自動巨人が、両腕を高く掲げた。
「……?」
そこには重厚な火砲が懸架されており、天に向けられたその砲身に、何かが括りつけられている。
それは変身の解けた神経質そうな眼鏡の青年と、黒衣の妖王子だった。
「(カイツ、セオ殿下……!?)」
「抵抗をやめることです。彼らの命をまだ、保っていたいならば」
七翼の女司祭は、極めて真面目な面持ちでそう発言した。そこに侮蔑や嘲笑の色はない。
彼女の言葉に一瞬だけ、グリュクは戸惑ってしまった。
降伏する必要が、あるのかどうか。
魔女の知覚によって二人が辛うじて生きていることは分かるが、啓蒙者の集団の最中にあのように晒されていては、意識を取り戻しても自力で逃げることは難しいだろう。
彼の背後から、力場に締め付けられたグリゼルダが苦しそうに声を上げる。
「ていうか、レヴリスさんは……?」
(まさか……)
裁きの名を持つ霊剣と同様の懸念を、グリュクも抱いていた。
移民請負人は、死んだのではないか。上手く逃げることが出来たのだとも思えたが、逃げたのだとしたら、啓蒙者の首都であるこのエンクヴァルのどこか。
もしくは今も青白く蠢く何か――よく見ると、衝撃的なことに無数の腕だった――に覆われた合体天船の中に戻った可能性も、皆無ではないだろう。
だが、グリュクがそれ以上の思索を巡らせる前に、転機が到来した。
「!!」
どこからか飛来した、啓蒙者のものと思しい航空機。
細長い角ばった胴体の前方から、左右にそれぞれ後方へと弧を描くように出力機関が突き出ている。
それは魔力線転換炉の発する旋律のごとき駆動音を上げて、こちらへ一直線に向かってくるように思えた。
ところが、どのように操作を誤ったか、それは七翼の女司祭のいる辺りを目掛けて墜落を始めた。
既にそれに気づいていたらしい司祭と周囲の啓蒙者や自動兵器たちは素早く退避し、機体は大破して破片が飛び散った。
直接の被害はないのだろうが、啓蒙者の軍勢に動揺が広がる。
墜落機は、距離を取る彼らの目の前で急速に炎上を始めた。