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霊剣歴程  作者: kadochika
第14話:盲目の鷹、哭く
108/145

01.始原への肉薄

これまでのお話――





 結婚し、職を得て、それなりに生活が軌道に乗り始めていたグリュク・カダン。

 そこに、かつて出会った諜報員・ギリオロックが接触してきた。大陸戦争が開戦しかねない状況になったため、状況打開のための特殊部隊に加わってはくれないかという要請だった。

 それを引き受けたグリュクは、多国間戦隊フォンディーナの一員となり、再び西の啓発教義の国々へと向かう。

 計画にどうしても必要な、特異な霊剣を持つ少女だというアダ・オクトーバを救助した彼らは、そこで大陸戦争が勃発したことを知る。

 だが、以前グリュクに敵対した妖魔領域(ヴェゲナ・ルフレート)の王子タルタスが、遥か東方の沖合に浮かぶ隕石霊峰ドリハルトへの増援を要請してきた。

 啓蒙者がその島を占領することは、何としても阻止したいのだという。

 多国間戦隊(フォンディーナ)は、彼らに協力する数少ない啓蒙者であるカトラ・エルルゥクの提案もあり、天船トリノアイヴェクスに搭乗して隕石霊峰(ドリハルト)へと進路を取る。

 戦闘の末、タルタスの霊剣である道標の名を持つ霊剣(パノーヴニク)が覚醒し、そして行方の知れなかった二振りの霊剣使いキルシュブリューテとアリシャフト、亡きフォレルの霊剣ウィルカまでもが合流した。

 霊剣同士の共振によって未来視が発動し、隕石霊峰(ドリハルト)に集まった全ての知能を持つ者が、そこに降臨する始原者メトによって世界が滅ぼされる未来を知ってしまう。

 流れは止まらず、隕石霊峰の地下に眠っていた太古の超大型文明播種船である”エメト”のエネルギーが地上に吹き出し、天船(トリノアイヴェクス)の人工知能までもが覚醒する。

 グリュクと天船(トリノアイヴェクス)隕石霊峰(ドリハルト)を吹き飛ばしてメトの材料にしようとする大陸間弾道弾を撃墜し、その勢いで啓蒙者たちの根拠地、神聖啓発教義領(ミレオム)の首都エンクヴァルまで進行を開始するのだった。

(前略)

 我々のよく知る、啓蒙者と呼ばれる人々がそれだ。

 彼らは我々と酷似した生態、体格、器官などを持つ。

 その何よりの証拠として有名なものは、ヒトの食事と啓蒙者の食事は互いに交換して食べても栄養学的には何ら問題がないということが第一に挙がるだろう。好みはあるが、各種の必須栄養素を欠けば、啓蒙者もヒト同様の症状を発することは注目に値する。

 ヒトでは発現しにくい多様な原色をした毛髪、熱帯人種のような褐色の素肌。ここまでならば風変わりな民族ということで説明もつこうが、彼らには肩口から生えた巨大な翼があった。

 それ以外は四肢動物であるヒトとほとんど同様の――内蔵や分泌腺の配置、生殖器の形状すら同じだ――形態をしていながら、ここだけが啓蒙者以外のいかなる哺乳動物とも異なる。

 人間同様に幼体を母乳で養育することが一般的でありながら、翼と手足とで合わせて六の肢を持つ生物は、他に例がない。

 彼らの文化を背景とする超科学力も十二分に不可思議な存在ではあるが、生物学の見地から見た彼らも、また極めて興味深い存在であると言えるだろう。

 だがそれ以上に重要だと思えるのは、啓蒙者もヒト同様に日常の悩みも抱える個々人の集合のはずだということだ。

 時には機械的、没個性的と言われている彼らの人格だが、実際にはそうでは無い。

 筆者は当局に許可を得て、ある啓蒙者の女性の日常を取材することが出来た。

 彼女もまた、時に悩み、時に笑う、どこにでもいる普通の少女だった。ヒトも啓蒙者も、同じなのだ。

 献辞が遅れてしまったが、親愛なる匿名の、悩める一人の少女に、本書を捧げる。


――『うら若き司祭の悩み エンクヴァルより愛を込めて』謝辞より抜粋。






 以上は、反啓蒙者世論への懐柔政策として教会資本の通信社の出版部門より発行された、複数の広報的書籍の一つである。

 初期には「啓蒙者実録」といった比較的質実な仮題が付けられていたが、のちに現行の、少々扇情的なものに変更されている。

 当時17歳の啓蒙者の少女に前述の通信社が取材を行い、精神障害が原因で希望の軍務に就けない彼女の苦悩と努力を著述した。

 これはそれまであまり詳らかにされることがなかった啓蒙者の私生活を記述したという点で大きな反響を呼び、啓蒙者と密接に触れ合う機会の少ない啓発教義諸国の市民感情を大きく変化させた。

 匿名とは言え容姿の写った写真は頻繁に使用され、特に男性有権者には大きく訴えることとなった。何より司祭服を脱いだ私服姿で砕けた姿勢を見せた彼女の姿に、寛容なれども堅苦しい司祭の種族ではなく、等身大の人格を見出されたことが大きいだろう。

 捏造された宣撫(せんぶ)広報に過ぎない、あるいは一人の少女を世論操作報道(プロパガンダ)の道具にしているという批判もあったが、それら全てが事実であったにせよ、大衆の支持をかき消すにはあまりに無力な指摘だったと言える。

 それほどまでに、情感的な筆致と写真で語られる健気な少女の印象は強烈だった。寛容ではあるが閉鎖的・禁欲的というものが支配的だった啓蒙者に対するそれまでのイメージが、一変したのだ。

 これもそもそもは、大陸戦争の再開に向けて純粋人諸国の国民感情を啓蒙者に対してより肯定的なものにしたい啓蒙者自身、及び啓発教義諸国の利害が一致したためではあった。

 神聖啓発教義領(ミレオム)や星霊教会も、当初こそその効果に懐疑的であったが、これを機に従来は忌避していた一部の市民に関する取材などの制限を緩和している。

 今でこそ当たり前になりつつあるが、以前は一個人であろうと啓蒙者に対して取材を行うなどということは、民間の通信社などには許可されてはいなかったのだ。

 彼女の存在にどれほどの影響力があったか、その一点だけでも知れるというものだろう。


――『王立印刷媒体研究所編 大陸広報戦略史』より抜粋。











「では、最初の御方のご加護がありますように」

「はい……」


 憂鬱な気持ちで処方薬を受け取り、ジル・ハー・シンディスは病院を出た。

 月に一度、彼女は病院を訪れて、脳疾患用だという薬剤の処方を受ける。

 以前、無翼人の記者から特例で許可の降りた取材を受けたことがあったが、あれだけ洗いざらいを告白したというのに、彼女が軍用機を操ることは許可されなかった。


「(……まぁ、だから何だって話だよね)」


 病院を出て、自宅のある区画へ。

 彼女の自宅は、極めて一般的な集合住宅の中にある。

 全ての啓蒙者が一定年齢に達すれば居住が認められるものだが、彼女の場合は以前にいた会社から独立して個人の航空運送会社を設立する前から、空港に近い場所に目星をつけていたのだ。

 落としていた肩を上げて、翼を開く。

 その肩口から生えた啓蒙者の翼は無意識の内に秘蹟を発動する生態を持っており、先天的に一部の障害を抱えた啓蒙者以外は問題なくこれを行うことが可能だ。

 ジル・ハーは軽く膝を曲げて伸ばし、その勢いを切っ掛けに手荷物ごと空中高く舞い上がった。

 彼女の部屋は地上13階にあるが、啓蒙者の翼が羽ばたきと共に生み出す秘蹟は軽々とジル・ハーの体重――啓蒙者の平均体重は、無翼人のそれの3/5程度しかないが――をその高さまで押し上げる。

 普通の啓蒙者の成人ならば誰でも出来るこの行為を、彼女も問題なく遂行した。

 だが、ジル・ハーにはそれ以外のある点で、普通の啓蒙者とは異なる――少なくとも当局によってそう判定される要因があった。


「(どうしよう……このまま一生薬を飲まなきゃいけないのかな)」


 啓蒙者の持つ遺伝子治療技術は、先天的な障害であっても個人の遺伝子を修復して疾患を改善、もしくは完治させる事が可能だ。

 だが、これが脳にだけは適用を許されていないため、脳疾患を持つ啓蒙者はその度合を問わず、軍務に着くことが出来ない。

 聖典に、脳に対する外科的・内科的なあらゆる改変措置を禁じる記述があるためだ。

 それでも原因の特定は可能なため、彼女は薬を受け取るために病院に行く際、必ず脳神経の走査を受けている。

 その際にある種の神経伝達物質の分泌量が少ないということは判明したが、それに対する対処は”脳に対する改変”とならない対症療法的な薬剤のみ。

 根本的な治療はそもそもが”改変”に相当するので、不可能なのだ。

 彼女は、今の自分の気分が沈んでいるのも、その症状のためだと知っている。


「(……飲まないとね)」


 それもまた、仕方のない事だ。

 啓蒙者は、無翼人に啓発教義を授け、彼らの未来を導くために生まれた種族なのだ。

 そのような運命の元に生まれた種族がそのために生きるならば、彼女も運命に従うのが()ということになる。

 各階に設置されている昇降口にいつも通りの着地をして、翼を畳んで自室に入る。

 散らかった自室は、とても誰かを招待できるような状態ではなかった。

 昨日、自分で荒れて散らかしたのだ。

 衣類、什器、典礼祭具。多少冷静になって見ると、酷いものだ。


「(…………片付けないとね)」


 薬を飲めば、この気分も多少は楽になるのだ。

 昨日も飲んでいながらこの有り様なわけだが、彼女の疾患には周期があった。

 今日は昨日ほどにはひどくないといいのだが。

 薬は膠嚢(カプセル)剤なので、服用のためには水が必要になる。

 台所に水を取りに行くと、彼女の装甲端末に警報が鳴り響く。


「……!?」


 警報の内容は、彼女のいる首都(エンクヴァル)へと急速に、重大な脅威が迫りつつあるというものだった。

 彼女の住む集合住宅の屋上に設置された2基の対空飛行爆弾射出架(ミサイルランチャー)が起動し、順次発射する音が聞こえる。

 思わず外に飛び出すと、非番だったらしい他の住民たちが、緊急事態を受けて所定の持ち場へと飛んで行くのが見えた。

 自分だって、義務が果たせる。果たせるはずだ。

 そう願って、彼女も飛ぶ。

 するとジル・ハーの耳を、自分の聴覚を疑うほどの大きな爆音が(つんざ)いた。











 雲もまばらな月明かりの夜空。

 そこに向かって開けた競技場は天候にも恵まれ、時刻にもかかわらず多くの観衆で満席となっていた。

 普段は陸上や球技の競技会などが開催されることの多いモルク・ベルジョ競技場だが、今日に限っては、聖俗を問わない多くの国民を収容している。

 中央に設けられた演説壇と、遠巻きにそれを取り囲む観客席。

 観衆が視線を向けているのは、演説を行うスウィフトガルド王、カルナオン・クウェル・スウィフトガルド。

 こうした時のみ使用を許される拡大投影装置――無論、啓蒙者の技術だ――によって、王の姿は巨大な立体映像となって、競技場を睥睨(へいげい)する巨人のように佇んでいた。

 世俗の最高位を意味する白い位袍(いほう)(まと)い、傍らの架柱(かちゅう)には菱型の国章をあしらった杖が立てかけてある。

 競技場の各所に設置された拡声装置で拡大されてはいるものの、その声には決して、扇情的な力強さはない。

 だが、厳かで一言一句をしっかりと発する演説は、競技場の全ての観衆が静かに耳を傾けていた。


「――私は、ミレオムおよび啓発教義連合けいはつきょうぎれんごう諸国の総意を受けて、人類勢力が可能な最大限の防衛を図るべきであり、邪悪な生態系が存在すべきではないことを明らかにする時が来たと、確信しました」


 壇上の国王を警護するのは、儀仗装備を施された聖者と自動巨人たちだ。

 既にはるか東の東部境界で妖魔領域が拡大したという信じ難い情報が入っており、カルナオンは内心では大きく動揺していた。


「今や状況は極めて逼迫(ひっぱく)しており、諸国民の信仰および財産への侵害は、このままでは不可避であろうこと。それはまた、親愛なる国民の皆様にとっても、翼ある人々にとっても、偽り得ぬ事実です。

 主権のため、命のため――平穏な明日とお子さん、お孫さんのため、血への恐怖を克服する時が来たのです」


 彼は国王ではあったが、一部の反教義的な思想を持つ者達からは、軟弱な傀儡(かいらい)王と言われていると知ってもいる。

 自分でも、そう思っていた。

 だが、ここで彼が不用意に取り乱すようなことがあってはならない。

 そうなっては、妖魔の地で戦っているであろう兄から受け継いだ王位に恥じる行いとなると、信じているから。


「――これを以って、国民と(てん)使()たちと、全ての信仰ある者たちの悲願であった聖伐(せいばつ)再開(さいかい)……そして新たな時代の到来を、今ここに宣言します」


 大きな字体と、赤いインクで記された注釈が溢れる台本に一瞬だけまた目を落とし、彼は演説の最後を結んだ。


「国民の皆様には一刻も早き安寧と、健やかで、より確かな信仰の日々がもたらされんことを、願います」


 万雷の拍手が巻き起こる。

 恭しく礼をすると、立体映像が静かに消えて行く。

 壇を降りるカルナオンの視線が、演説壇の右翼に設置されたやぐらのような席から手を振る、老啓蒙者のそれと重なった。

 

『カルナオン・クウェル・スウィフトガルド陛下による、聖伐再開についての嚮導(きょうどう)演説でした。続きまして、ククラマートル法王閣下による教理衍義(きょうりえんぎ)を拝聴します』


 二人の聖者に左右から付き添われ、老啓蒙者がやぐらに設けられた螺旋(らせん)階段をゆっくりと降りてくる。

 ゆったりとした袖から覗く骨ばった手首に、垂れ下がったまぶた。

 だが、カルナオンは一度だけ、この法王が首都(ドゥーガル)の大聖堂にまで入り込んだ反教義の暗殺者を返り討ちにしたところを見たことがあった。

 この痩せこけた司祭種族の老人――カルナオンも52歳というそれなりに衰えを実感する年齢ではあったが――は、近距離で撃たれた榴弾砲の弾頭を掴み取って無力化し、それどころか射撃者に向かって正確に投げ返し爆殺する力があるのだ。

 そう知っていれば、そのまぶたから覗く視線は無力な老人のものではなく、老獪(ろうかい)な異能者の眼光にも見える。

 ククラマートル法王は、壇上をすれ違うカルナオンへと教義に由来する手話のような挨拶をした。カルナオンも、それに応じて最上級の挨拶を返す。


「陛下、信仰ある人々を、頼みます」

「は、閣下」


 ククラマートル法王はそれ以上何かを語ることなく、演壇へと歩いて行った。

 それ自体は、今までも何度か式典などで体験したことだ。

 だが、今回は、ここ二十年間啓蒙者たちが言い続けていた最終戦争の勃発(ぼっぱつ)を国民に対して説明するための式典だった。

 啓蒙者たちは人類に説明することなく、戦いの火蓋を落としたのだ。

 もしもこの度の戦いで、本当に魔女と妖族を滅ぼしつくし、”教義の両道”の一方――汚染の根絶――を成し遂げたなら、啓発教義に従えば、残るは”信仰の成就(じょうじゅ)”のみとなる。

 それが、彼には怖かった。

 本当に、”携挙(けいきょ)”――全ての信仰者が、最初の御方の祝福を受けて天上に存在するという”真の王国”へと物理的に引き上げられるという教義だ――が起きるというのか。

 2万メートル以上の海抜高度での飛行を禁じる教義と、何か関係があるのか。

 正しく全ては、神のみぞ知るということか。


「(それを……やれ浄化後入植じょうかごにゅうしょくだ、極東資源開発だと……)」


 一部の資本家などは、妖族が絶滅したあとの妖魔領域に開発事業を広げたり、地下で手付かずのままの化石燃料や鉱物資源が手に入ると吹聴しているものもいる。

 また、啓蒙者もそれを積極的には否定しない。

 この薄ら寒い予感を感じているのは、真実に近しい所にいる一握りの者だけだろう。

 最初はそれも元首の義務と思っていたが、今となっては身の毛がよだつだけだ


「(父さん、兄さん……あなた方が王位を僕に譲った理由が、少しだけ分かった気がするよ)」


 カルナオンはククラマートル法王の演説を背中に聴きながら、やぐらに設けられた席に戻る。

 腰を下ろせば、立体投影された巨大な老啓蒙者の姿が夜空の月を覆い隠しているのが見えた。











 現地時間では昼を大きく過ぎていたが、夕刻と呼ぶには早過ぎる。

 乾燥した低緯度地域に特有の、強烈な日差しが大地と空気を炙り続けていた。

 空を飛ぶ鳥の視点からそこを見渡せば、岩石と砂が果てしなく広がる砂の海原と、そこに横たわる黄金の都市が目に入ることだろう。

 神聖啓発教義領(ミレオム)の、全ての情報と物質、そしてエネルギーの循環中心。

 幾何学図形を描いて配置された区画と道路網、そして天を衝く無数の高層建築。

 人類を正しい教義に導くために生み出された種族が住む、超科学都市エンクヴァル。

 平素は隣接した空港に航空機が発着し、無数の物資が放射状に伸びる磁力輸送線で行き来する、科学と宗教の融合した理想郷だ。

 だが、今は様子が違った。

 中央に位置する巨大なアムナガル神殿には全長1200メートルの(くさび)が突き刺さっており、夥しい数の対空火器で武装していた神殿も今は殆どの機能が沈黙している。

 今は武装した啓蒙者たちと、電子通信網(ネットワーク)から切り離されても単独で行動が可能な一部の無人機械たちだけが、神殿の周囲に集結しつつ事態の把握と対処に奔走していた。

 だが、神殿の根本に突き刺さった巨大な楔の中では動きがあった。

 楔の名は、トリノアイヴェクス。

 西の海から放たれた反攻の一撃。はるかな古代から蘇った、天を行く船。

 その腹の一部が割れて、大樹から突き出た枝葉を(かたど)るようにせり出した。

 放射状に推進器の配置された、舞台のような形状の設備。

 そこには、六人の男女が佇んでいる。

 その彼らを守るように、白い体色の魔人や、銀灰色の鎧を纏った魔女、黒衣の妖王子などが周囲を警戒していた。

 中心には何に使うのか、放射状に並んだ複数の座席。

 六人の戦士たちは皆、各々が相棒である剣を抜いて、座席の環を中心に思い思いの姿勢で構えている。

 まずは艶やかな黒髪を腰まで伸ばした少女、グリゼルダ・ジーベ。


「行くよ、裁きの名を持つ霊剣(レグフレッジ)

(やるしかないね)


 礼装に身を包んだ狂王の息子、タルタス・ヴェゲナ・ルフレート。


道標の名を持つ霊剣(パノーヴニク)

(いくさ)(まつりごと)も速度こそが肝要。言うまでもない)


 落ち着いた物腰の銀髪の少年、アリシャフト・エントリア。


抗う名を持つ霊剣(ヴェクテンシア)、僕達も」

(分かっている。今更逃げ隠れは無しだ)


 赤みがかった金髪(ピンクブロンド)が異彩を放つ女、キルシュブリューテ・ソウトリィ。


耀ける勝利の(オリア)名を持つ霊剣(フィアマ)?」

(みなまで言うな、これも使命さ)


 両腕から直接剣を生やした機身(きしん)の娘、アダ・オクトーバ。


「私たちちょっと場違いじゃない、復活せし名を持つ霊剣(エスティエクセラス)……」

(そうかも……)


 所々に装甲の張り付いた、戦闘服とドレスの中間のような衣服を纏った妖族の娘、フェーア。


太陽の名を持つ霊剣(ウィルカ)さん……次の(あるじ)を選んだりはしないんですか?」

(俺は他の霊剣とは唯一製作者が違うし、その製作者であるフォレル・ヴェゲナ・ルフレート以外の持ち主と記憶を共有した経験がない。今の時点で何が起こるか分からないことは軽率に試す訳にはいかない。そうだろう)

「あなたがそう考えるなら、それを尊重します」

(……ありがとう、フェーア・ハザク)


 そして、彼、グリュク・カダン。


「頼むぞ、意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)!」

(その台詞、そっくりそのまま返し申す!)


 彼らは全員が、特異な鉱石から打ち出された人格を持つ剣を携えていた。

 それが、霊剣。

 様々な経緯で霊剣の継承者となった彼らは、700年の時を経て今、初めて力を合一し、一つの目的を果たそうとしていた。

 気迫を込めて、心を凝らす。

 七の剣と六の使い手が共鳴し合い、そこに人為の織り成す奇跡が弾けた。


「はぁッ!」


 彼らを中心として、金色の旋風が、赤い雨が、青い花々が、そしてほとんどの者は初めて見るであろう翡翠の色が軽やかに舞い踊る。


「(羽毛……?)」


 大気の中を流れる淡い緑の色の粒子と粒子の間を結んで、その粒子と同じ色をした無数の羽毛が、周囲の空間に乱れ飛んでいた。

 そう、この初めて見る粒子は。


「アリシャフトと抗う名を持つ霊剣(ヴェクテンシア)か!」

「そうです。僕達の霊剣も、あなた方同様、長い歴程の中で特異能を発現させてきました。

 ヴェクテンシアの特異能は、他の霊剣の粒子の作用を強化すること」

(単独では、魔法術の威力を増幅する程度の意味しか持たないがね)


 銀髪の少年とその相棒が、構えながらも淡々と答える。

 アリシャフトが口を動かすまでもなく、グリュク自身、意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)から発生している金色の粒子の旋風の作用で彼とも記憶を共有して知りはしたことだが。

 グリュクは唯一霊剣を抜いていない、キルシュブリューテにも尋ねた。


「……キルシュブリューテさんは?」


 アダと復活せし名を持つ霊剣(エスティエクセラス)は仕方がないとして、当然特異能(とくいのう)の行使が可能なものであるかのように振舞っていた彼女の相方からは、粒子が出ていないのだ。

 彼よりもやや年上に見える女は、申し訳無さそうに答えた。


「ごめんね? 私と相棒はちょっと特殊だから、こういう状況じゃ参加できなくて」

(一応霊剣同士の共振で粒子生成の増加には貢献してるから、今はそれで許してくれよな)

「いえ、そういう事情があるなら……」

「グリュク、集中して!」


 グリゼルダに注意され、グリュクは気まずくなりつつも相棒を構え直す。

 霊剣単体で粒子を出すことは出来ないのだ。暴走して迸る事こそあれ、基本的にはそれはあくまで、使い手に選ばれた者の闘志と集中があって初めて成立する行為だった。

 風と雨と花と、そして羽毛の群を複合した嵐はトリノアイヴェクスを中心に広がって行き、エンクヴァルの半分を覆い尽くしてなおも拡大を続ける。

 複合した粒子の乱流の作用で、エンクヴァルの過去と、未来、そして現在この地にいる啓蒙者たちの記憶が全て、グリュクたちに向かって流れこんでくる。

 目的は始原者メトの捜索ではあるが、その過程で啓蒙者たちと意識を共有するのは想定されていた。メトのありかを知っている者がいれば、それを手がかりに出来る。

 だが、彼らの脳に殺到してきたのは、驚くべき真っ白な善意の清流だった。


「(邪心とか……悪意とか……そういうものが殆ど無い……)」

「啓蒙者の人たちって、そりゃいい人ばっかりでしたけど……」


 他の面々はともかく、グリュクとアダだけは啓発教義を国教とする純粋人の国々の出身なので、時折そこに勤務などしていた啓蒙者とは会話をする機会もあった。

 だが、同時に彼らも人に言えない悩みや悪意などはあるのだろう、などと、漠然と考えてもいたのだ。

 しかしそれは、間違いだった。

 彼らにあるのは、基本的な生存欲求を除けば善性ばかり。

 ほんの僅かに混じった憎しみや嫌悪も、汚染種――妖族や魔女へと向けられた、単調で屈折のない、真っ直ぐなものでしかない。


「何、これ……!?」


 グリゼルダも、通常の人間や魔女、妖族とあまりに異なる精神性に戸惑っていたらしいが、そこにタルタスが叫ぶ。


「惑わされるな、目的は始原者の居場所だ! ドリハルトの記憶では恐らく、この啓蒙者の世界を創りだしたのは奴だということだったな……このような不気味な人民を生み出したのも、奴ということ。ならば私は、メトを引きずり出して全てを吐かせることを望む!」

「さっき加わったばっかりの癖に(えら)っそうに!」


 小ぶりの曲剣を構えながらも、グリゼルダがタルタスを罵った。

 そうした個々人のやりとりはともかく、それぞれの霊剣から放出される、媒介粒子。

 あるいは過去の因果を辿って知られざる記憶を導き出し、あるいは未来を見せる。

 元々の作戦では塔の刻印の盾(グエシルト)巨神の針(アセアイネ)、そしてアダが復活せし名を持つ霊剣(エスティエクセラス)と共に生成した大型電波探査装置(レーダー)を使用して同じことを行う予定だった。

 だが、想定していなかった道標の名を持つ霊剣(パノーヴニク)の覚醒、休眠状態だった意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)裁きの名を持つ霊剣(レグフレッジ)が復活した。

 そして行方も銘も知れていなかった抗う名を持つ霊剣(ヴェクテンシア)と|輝ける勝利の名を持つ霊剣オリアフィアマまでもが合流し、最後には天船トリノアイヴェクスが本来の性能を取り戻したことで、メト確保までの計画は実現の可能性を大きく増すこととなった。

 結果として粒子はエンクヴァルを覆い尽くし、内包された知的生命体の記憶と意識の全てを一時的に共有させ、更にはその過去と未来を垣間見た。

 効力範囲は申し分ないが、しかし。


『メトの反応無し。粒子散布界(りゅうしさんぷかい)の範囲内には存在しないようです。

 また、特異な防護の形跡なし。何らかの手段で粒子の力を欺いた様子もありません』


 天船トリノアイヴェクスが、電子音声で分析結果を伝えてくる。

 彼女――天船に生理的な性別はないが、船として仮にそう呼ぶ――もまた、霊剣たちの放出する粒子でグリュクたちと記憶を共有していた。

 天船の強力な電子走査、光学観測に音響探知、熱源検出などの物理的な破壊を伴わない威力が、霊剣の粒子の嵐と共にエンクヴァルを襲う。

 それによって捕捉されたエンクヴァル全体の状況も、意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)の黄金の粒子の作用でグリュクたちに共有されていった。

 同じように大脳までが機械に置き換えられていて、生身だった頃と同じなのは記憶だけというアダまでもが共有に巻き込まれるのだから、自我すら持つ高度な機械である天船も、船体全体を巻き込んでしまえば同様にそれが可能なのだろう。

 だがともあれ、グリュクたちの手応えとしても、メトと感じられる巨大な存在は感じられなかった。

 霊剣使いたちはめいめい相棒を降ろし、粒子の放出を止める。羽毛の嵐を伴った風はすぐにかき消え、未来を見せる花々も魔力線に分解して溶け去っていった。

 今度は、溢れて止まらないなどということも無いらしい。

 通信機ごしに、カトラ。


『……ならば、やはり残されたのは始原の立坑(たてこう)のようね。皆さん、準備は良い?』

(万端(なり)


 始原の立坑とは、古代、メトが降り立った時に大地に穿たれた、天よりも深いとされる垂直の穴のことだ。

 エンクヴァルを覆い尽くした粒子の結界で見つけられず、特殊な手段でグリュクたちの目を欺いたということも無いのならば、単純に粒子の届かない場所にいると考えるべきだろう。

 そして、カトラの事前の説明で、メトのいる可能性が高いのはその大深度空間であろうともされていた。


「霊剣を持っている人と、救助要員のフェーアさんはそのまま突入艇の内部に。カイツくん、レヴリスさん、セオ殿下は天船の防衛に回ってください」

「ああ」

「みんな、無事に戻ってこいよ!」

「トラティンシカ、援護は任せる」

『かしこまりましてよ』


 魔人に銀灰色の鎧を纏った魔女、黒衣の妖王子がそれぞれ舞台を離れ、天船から伸びた通路へと戻ってゆく。


『変形開始』


 天船(トリノアイヴェクス)の合成音声が告げると、グリュクたちが立っている足場の外縁が、花が蕾に戻るかのように上方に向かって閉じてゆく。

 彼らのいた舞台のような場所は、二つの円錐を面同士で貼り合わせた紡錘形(ぼうすいけい)に近い形状に変形していた。粒子放出の直前、天船の内部にいる時に取っていた形態だ。

 これはそのまま、立坑を降りる突入艇となる。

 霊剣使いたちだけでも重力作用をねじ曲げる術などを使用して立坑を降りることは可能だが、万が一途中で迎撃を受けることを考え、このような方式での突入となっている。


「急ぎましょう。首都防衛隊の攻撃が来る前に」

『その点については問題ありません』


 天船が説明を続ける。


『突入と同時に、エンクヴァルの通信ネットワーク、及び大多数の公共構造を妨害中です。高度にネットワーク化された啓蒙者の機械化戦力は、これによって作動を著しく制限されているはずですが……その代償として、敵ネットワークの抵抗をねじ伏せるために演算能力の大半を使用しています。通信は可能ですが、防衛性能は大きく低下すると考えてください』

「分かった」


 それは、天船トリノアイヴェクスがたったの一隻で啓蒙者の首都の通信を陥れてしまう力を持っているということだった。

 引き換えに自身の能力も低下するらしいが、小都市に匹敵する質量があるとはいえ、この天船の性能は戦慄に値する。

 その証拠と言うべきか、グリュクの左方から遠い爆音が聞こえた。

 見ると、啓蒙者の街の一角から煙が上がっている。


『啓蒙者の使う機械はほぼ全ての機能が麻痺しています。彼らはネットワーク化された危機への依存度が高いため、このまましばらくは無力化出来るでしょう』

「そのネットワークっていうの、よく分からないけど……」


 恐らく交通機関や、物資やエネルギーの流通基盤の動きを止めたということだろう。

 自動化された乗り物が制御を失えば、死者も出たかも知れない。

 そこに思い当たったか、フェーアが眉根を寄せつつ呟いた。


「……私たちのやろうとしてるのは、そういうことなんですよね」

『ご理解に感謝します。もっとも、彼らには秘蹟――あなた方と同質の、魔力線を使う超常力も残されています。滅多なことで死にはしない筈です。作戦を急ぎましょう』


 タルタスが、わずかに苛立ちをにじませて(なん)じる。


「急げ。惑星の裏側で戦っている啓蒙者たちにもこの事態は間接的に伝わっているはずだ。奴らが取って返してくる前に済ませねばならん」

『はい。降下を開始します。突入要員は着席・結帯(けったい)し、振動に注意してください』


 アナウンスが終わって各自が空間の中心の座席に座り、備え付けられていた強靭な繊維で出来ているらしい(ベルト)で体を座席に固定する。

 すると、神殿に突き刺さっていた天船の本体、その先端の一部が変形した。

 先端の一部――強攻形態の際には、腕と超対称性粒子ちょうたいしょうせいりゅうしの加速器になる部分――が分割されて、空中に尾部を向けた天船の中腹部分に固定されている突入艇をがっちりと把持する。


「え?」


 やや大きな衝撃がグリュクたちにも届き、そして船体に比べてほっそりとした五指――それでも一本一本は人間一人よりはるかに巨大で太い――に力強く固定された突入艇が、アムナガル神殿の一部が崩落してできた穴に差し込まれる。

 防衛上の観点からは信じ難いことだが、どうやら巨大な垂直トンネルである”始原の立坑(たてこう)”の直上に、これまた垂直の吹き抜け構造を持つアムナガル神殿が建立(こんりゅう)されていたらしい。

 理由は不明だが、本尊までこのような直通侵攻が出来てしまうことを考えれば、この構造は異常だ。

 それとも、宗教上の理由で残されているだけで、本尊には戦略・戦術上の価値は一切ないということなのか。


『降下開始まで5秒。4……3……』

「こ、このまま落とす気!?」


 グリゼルダが悲鳴を上げるが、天船はその程度でカウントダウンをやめる気は無いようだった。


『……2……1……今!』


 トリノアイヴェクスの指が突入艇を離すと、下方を向いた多角錐のような形状の突入艇は天を向いた六基の噴射口に点火、猛烈な加速を開始した。

 アリシャフトが、霊剣使いたちを取り巻く壁面に表示された、刻々と増えつつある数字――負の数を表す符号(マイナス)が付いているので、恐らく地表からどれほど下に降りたかを示している――を指して言う。


「これが高度計みたいです。確かにかなりの速度で落下しているようですが」


 だが、グリュクたちの体にはそうした加速を示す実感はないに等しい。


「……本当に落下しているのか?」

『はい。慣性を蓄積しつつ、緩やかに放出していますが』


 タルタスが呟くと、彼の近くの発音機(スピーカー)から音声が発信される。


「誰?」


 座席に(ベルト)で縛り付けられながらも髪をいじりつつ、キルシュブリューテが問う。

 先ほどまで喋っていたトリノアイヴェクスの音声よりもやや高く聞こえるその声は、わずかに疑念を持った面々を差し置いてそのまま語り続けた。


『ある意味では初めましてと言うべきでしょうか? 私はトリノアイヴェクスから分離された副人格です。皆さんが本船より離れて突入する間、案内を務めます。よろしくお願いします』

「分離って、あなた自身がトリノアイヴェクスと同じだったってこと?」


 グリゼルダが怪訝そうに尋ねると、やはり声は回答する。


『そう考えていただいて結構です。帰還すれば本体と統合されるので、ご心配なく。

 このままメトの本体まで、一直線に参りましょう』

「何だかあなた、少し性格変わってませんか?」

『思考アルゴリズムは同一です。気のせいです』

「そ、そうスか……」


 疑問を一蹴されて、尋ねたアダは納得がいかないような表情をしながらも黙ってしまった。


『ただいま深度1万メートルを通過しました。受動探査に感なし。光波測距儀(こうはそっきょぎ)による予想最大深度は3万5千メートル。

 あと140秒で到達予定です。突入要員は戦闘準備を怠りなく』


 グリュクは、かつてカイツを追って地下深くの巨大妖虫の巣へと突入したことを思い出していた。速度も深度も、あの時とは比較になるまいが。


(言わば地獄に相乗りという訳だな、主よ!)


 意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)が、軽口を叩く。

 少し考えて、グリュクはそれに答えた。


「……お前たちの過去の記憶を含めれば、何十人かで乗ってることになる。そう思ったら、怖くはないよ」

(主よ、あまり真面目に返されると反応に困るのだが)

「面倒くさいやつだな知ってたけど!」


 神の待つ地底へと突入する紡錘形(ぼうすいけい)の弾丸が、霊剣とその主、そして彼らが現在までに結んだ記憶の全てを乗せて、残り短い疾走を続けた。











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