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霊剣歴程  作者: kadochika
第13話:神廟、開く
107/145

EX.サルドル・ネイピアの物語5

※今回は文量が少ないため、2部同時更新となっております。

最新話の表示からこちらを表示した方は、直前の部を飛ばしてしまっている可能性がありますので念のためご確認ください。








 スウィフトガルド東部の小さな村だったソーヴルが、解体された隣村からの住民を受け入れてから半年が過ぎようとしていた。

 啓蒙者の少年、サルドル・ネイピアは、その入口の小高くなった丘からソーヴル村全体を眺めている。

 真昼の太陽のような白い髪に、褐色の肌。啓蒙者ならば肩口から大きな翼が生えているところだが、彼のそれは他の同胞と比べるとひどく小さかった。


「(収穫も終わったし……あとは冬支度だな)」


 未だに電化されていないソーヴルでは、夜間の照明や暖房に燃料を必要とする。

 人口がにわかに増えたため、木炭や保存食をいつもより多く作っておく必要があるのだが、食料については即座に増産とも行かない。

 そのために啓蒙者の権限で当座に必要と思われる保存食を神聖啓発教義領(ミレオム)から輸送してきているが、これも徐々に減らし、いずれはヴォン・クラウスの住民たちを迎えたソーヴル村が以前のように自治体として健常に運営されていけるよう指導する必要があるだろう。

 彼はそのために、ここにいるのだ。


「終わったね、サルドル」


 亜麻色の髪を肩の上で切りそろえた少女が、彼の横にやって来て感慨深げに呟いた。

 ペーネーン・アールネ。廃止された村の住民の一人で、彼らがソーヴルへと馴染む手助けをしてくれた協力者の一人だ。

 サルドルの秘書のようなことをしてもいて、その余録で医師になるための勉強を続けていた。

 彼女の言葉に答えて、サルドル。


「刈り入れはね……これからソーヴル単独でもやっていけるようにするには、まだまだ色々なものが足りないよ。食料の自給も追い付いていないし、村議会の議席はどのくらい増やすのかとか……まだ全然決まってないし」

「そーねー……まあ、今は収穫祭を楽しむべきだよ。みんな初めて食べるんじゃないかな、ミレオムの工場食物なんて!」

「……あれ、栄養はあるけど味付けは純粋人にはあんまり評判良くないんだよね……」


 苦労はあるが、やりがいのある楽しい時間だった。

 彼が努力すればしただけ、それは実っていくように思われた。

 サルドルは懐の装甲端末からの電子音で新しい情報が入ってきたのを察知し、画面を見た。


「……は?」


 新たな命令だった。


『ミレオム統制府よりの最重要指令。

 以下の市民に、可及的速やかな首都業務への復帰を命ずる。

 宣教師サルドル・ネイピア、並びに宣教師オリョーシャヤ・アメイ』


 ソーヴルに来ているサルドルともう一人の啓蒙者の同僚に、ここを離れて首都(エンクヴァル)に戻れという意味だ。他の解釈の入る余地はない。


「(後任者の名前が書いてないってことは、このまま支援は打ち切りってことか……そんなことあっていいのか、人類種を導く啓蒙者に!)」

「何て書いてあるの?」


 サルドルは己の目を疑いつつも、尋ねるペーネーンに事実を告げた。


「僕達に……ミレオムに戻れって」

「え、何で……?」


 首を傾げるペーネーンに、サルドルもやや苦って答える。


「理由は書いてない……ってことは、多分よっぽど重大な事態なんだろうけど。もしかしたら、連合全土の啓蒙者が呼び戻されてるかも知れない」


 しかし、どれほど重大な任務だとしても、サルドルには彼とオリョーシャヤ、それにペーネーンたちとで一年近く見守ってきた村人たちを放って帰国するなど、出来ない相談だった。


「今日はオリョーシャヤと一緒に、本国に連絡してみる。信じて欲しいんだけど、啓蒙者は普通なら、こんな一方的に通知を飛ばしてくるなんてことはしないんだ」

「分かってる。まぁ、任せられることは任せてよ。分からないことは聞くからさ」


 すっかりサルドルの副官的な扱いになっている臨時宣教補(せんきょうほ)の少女が、両親の力になる機会を伺っていた幼い子供のように胸を張る。

 その有り様が頼もしくもあり、心苦しかった。


「ごめんね、頼むよ」


 その後ほぼ終日、手の空いた時間全てをオリョーシャヤと共に本国への確認連絡に費やしたが、復帰の指令を覆すことは出来なかった。

 純粋人への愛情に溢れる啓蒙者とはいえ、それよりも優先するのが教義の使命だ。

 サルドルとオリョーシャヤは、ともかく早急に帰国して、全力を尽くしてソーヴルの支援に戻れるよう交渉しようと決めた。






 収穫祭は、サルドルが自分たちの離任を公表すると同時に送別会へと変わってしまった。

 間者が潜んでいたり、悪質な汚染種影響評価企業(アセッサ)に脅迫を受けたりと、一年に満たない帰還で事件が起きたものだ。

 そうしたことを乗り越えて、村は再び軌道に乗ろうとしている。

 村人たちは啓蒙者製の合成食料を美味いと口にし、サルドルたちとの別れを惜しんでくれてもいた。

 それでも、彼にとっては自分が重大な裏切りを働いているように思えて、喜べないのだった。

 サルドルとオリョーシャヤを乗せてソーヴルを離れる輸送機が到着して、二人はペーネーンやソーヴルの村長、ヴォン・クラウスの筆頭役などと別れの言葉を交わす。


「お二人とも、ご協力ありがとうございました。これからも、村の繁栄のために協調を崩されないようそれと……ペーネーン」

「うん」

「君が僕たちに協力してくれたおかげで、僕も自分の本分を忘れず働けたと思う。ありがとう」

「きっと、あなた達に今までの苦労に見合う幸せがもたらされますように」


 サルドルに続いて、オリョーシャヤが結ぶ。彼女の辞はペーネーンが未だに異教であることを配慮してか、普通は啓蒙者はあまり用いない表現を使っていた。


「うん!」

「せめて、手紙を書くよ。ミレオムからなら、二週間あれば届くだろうから」

「言っとくけど、あたし筆魔(ふでま)だからね! 返信途絶えたりしたら内容証明送ってやるから!」

「私信にそんなもの使うなよ!?」


 そして、サルドルは一年に満たない時間ではあったが愛着の籠もったソーヴルを離れた。






 首都業務に復帰して二週間。サルドルはよく、ヴォン・クラウスとソーヴルのことを思い出す。

 帰国してすぐに、サルドルとオリョーシャヤは母国が戦闘準備に入ったことを知った。

 遂に、汚染種と汚染領域を本格的かつ完全に浄化する目処が立ったのだ。

 啓発教義連合けいはつきょうぎれんごう各地に散らばっていた啓蒙者はごく一部の例外を除いて本国へ召喚され、最終戦争へと備えた体制に入るのだ。

 サルドルはそれを知って喜ばしい気持ちになりつつも、どこか己の体に棘が刺さったようにも感じられていた。

 それは決して、こうして地下深くの神体管理に従事しているからでも、神体防衛兵として纏った軽聖別鎧(ヴィグセル)の重みのせいでもないはずなのだが。


「(つい二週間前に帰国してきた僕が神体管理の一部を任されるなんて、思ってもみない栄誉ではあるけど……)」


 帰国してすぐに、彼はスウィフトガルド王国のソーヴル村、ペーネーン・アールネに手紙を書いた。開戦のことは極秘であるので書けなかったが、早ければ、今頃はソーヴルに到着しているかも知れない。

 だが、返信が来る前に凶報が届いた。

 ()され縁というものか、サルドルと共に神体防衛の予備戦力として配備されたオリョーシャヤが、端末の着電を彼にも見せてきた。

 見れば、自分の端末にも同じ情報が届いている。


「汚染領域が拡大……?」

「緩衝領域も若干汚染されてたけど……それが王国本土の東部にまで……!」


 聖典によれば、世暦(せいれき)が始まって以来、つまり啓蒙者がこの世界に降臨して以来、汚染領域は最初の御方の聖護(せいご)によって拡大を止めたと聞く。

 そして、汚染種は汚染された領域に住んでいた哀れな生命だからこそ、汚染されてしまったのだと。

 サルドルは戦慄した。


「(ペーネーンが……ソーヴルとヴォン・クラウスのみんなが……汚染される!?)」


 いや、それならば、まだいいかも知れない。

 キリエ・アールネのように汚染種の体であっても信仰を保つものや、クォート・エクイッシュ非常勤審問官のように、むしろ信仰によって汚染種に近い所までその身を落とす教徒もいる。

 信仰さえあるならば、肉体を滅ぼさずとも浄化の余地はあるのではないか?


「(でも――それは教義とは違う!!)」


 汚染種が住む世界が広がってしまったということは、啓蒙者が浄化しなければならない範囲も増えたということだ。

 ヴォン・クラウスの人々も、ソーヴルの村も、ペーネーンも、焼き払われなければならないということだ。

 サルドルは絶叫した。


「そんなことが! あって、いいのかっ……!!」

「ちょっと、どうしたの! サルドル!」


 サルドルは、矛盾する思考を爆発させた。

 彼の様子に気づいた仲間が止めるのも耳に入らず、転げまわるように駆け出し、狂乱する。

 教義や信仰が大事なのは当たり前のことだ、そんなことは微生物だって知っている。

 だが、それとペーネーンたちとを比べてどちらかを選ぶことなど出来ない。

 自分は狂っているのだろうか。


「だっ、誰か! この場を頼みます! 待って、サルドル!」


 信仰とは何だ。

 啓発教義とは、啓蒙者とは。


「誰か、教えてっ……メトさま!」

「サルドル! そっちは神体区画よ!?」


 知らず知らず、サルドルは同僚さえも振り切って地下深くへと進んでいった。

 そして、装甲端末にも通知されない緊急事態だったために、サルドルには知る由もなかったが、そこには危機が迫っていた。

 妖族の気圏巡航船が妖魔領域の最東端の島、ドリハルトを発進して彼らのいるエンクヴァルに突入を果たそうとしていた。

 それは対空防衛網を突破し、状況を分析した神聖啓発教義領(ミレオム)軍が警報を発する前に、首都中央のアムナガル神殿へと衝突する。

 破壊と冒涜が吹き荒れ、彼らはそれに巻き込まれた。

 サルドルの聖別鎧(ヴィグセル)が発動させた干渉念場で瓦礫の破片を弾くが、それでも大規模な力の流れには抗えない。

 巨大な瓦礫に押しつぶされそうになりながらも、市民学校時代に習った戦闘用の秘蹟を行使した。


「ま、護り(たま)え――!」


 錯乱しかけていながらも、体は身の守りを覚えていてくれたのだ。

 膨れ上がった念動力場が瓦礫を押しのけて彼の体を守るが、同時に周囲には広大な空間が開けていた。


「始原の立坑(たてこう)……!?」


 それは神体とそれを(まつ)る廟へと繋がるという垂直回廊だった。

 彼はそこに紛れ込んだいくつかの瓦礫同様に、聖典の記述では天よりも深いとされる秘奥(ひおう)へと落下していった。






 信仰の真の意味というものを、時々考えることがあるんだ。

 過去のどんな碩学(せきがく)も辿り着いたことの無い、聖典の最奥の意図。

 僕ごときに偉大な最初の御方(おんかた)のお考えを理解出来るとは思わない。

 でも、誰よりもその近くにありたいと望むのは、僕は自然なことだと思ってる。

 そりゃ、列聖されるような過去の偉人に勝る自信がある訳じゃないけど……

 もうすぐ季節も変わります。君の周りでまた、何か変化はあっただろうか?

 返信を待っています。

 君に、正義の国で待っている君の家族に、全ての歩く人々に、最初の御方の祝福がありますように。


――サルドル・ネイピアの私信より抜粋。











お疲れさまでした。

これにて「第13話:神廟、開く」は完結です。

長らくお待たせしてしまいましたが、懲りずに次回もお待ちいただければ幸いです。

遂に啓蒙者の本拠に突入を果たしたフォンディーナ。

始原者メトとはいかなる姿か?

グリュクとミルフィストラッセたちはそこまでたどり着けるのか?

また、縦穴へと落ちたサルドルは?

次回更新、「第14話:盲目の鷹、哭く」(仮)。

残すところ、あと2話です。

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