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霊剣歴程  作者: kadochika
第13話:神廟、開く
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13.星間歴程








 かつて、全ては一つの原点にあった。

 やがてそれは膨張し、拡散し、希薄化し、冷えて行った。

 暗く広大な空間に、一粒の砂を更に細かく砕いて撒いたが如く。

 それが、宇宙という世界の有り()めだった。

 少しして、宇宙は少しだけ、騒がしくなった。

 生命が文明を形成したのだ。

 彼らは徐々に、扱いうるエネルギーと情報の量を増やしていった。

 食物を焼くことに始まり、絵や文字を表した。

 金属元素の加工を覚え、数と論理の世界への理解を深めた。

 機関を発明し、印刷で情報共有を強めた。

 原子核の力を手に入れ、通信で世界を結んだ。

 対消滅と空間相転移の威を知り、情報だけならば時間を越えた。

 それにつれて、彼らは徐々に、遠くへ行くようになった。

 隆起した地殻の向こうへ、広大な青い海を越えた世界へ。

 大気と重力の軛を克服し、衛星の向こうへ、外の軌道を回る惑星へ。

 自分たちの太陽とは違う、別の太陽が照らす星々へ。

 更に遠くに渦巻く、別の銀漢へ。

 だが、ある日彼らは、気付くこととなる。

 探せども探せども、本当に見つけようとしていたものが見つからないのだ。


「他の文明はどこにいる?」


 彼らは、早く生まれすぎたのだった。

 その時点では宇宙にはまだ、惑星の外へと飛び出す力を持った文明が、彼ら以外には一つもなかった。

 惑星の重力を離脱しない未成熟な文明たちは、既に何億年もの歴史を持つ宇宙飛行文明である彼らに肩を並べる前に、自滅、あるいは衰退してしまっていた。

 今発展し始めている文明たちの成長を待っても、同じことだろう。

 これほどまでに、宇宙飛行は難しいのか。

 彼らは議論した。

 ある一派はこう言う。


「共に宇宙を駆けることが出来る文明を育てるべきだ。朋友との交流と多様性こそが、更なる豊穣を生むことだろう!」


 だが、やはりある一派は、こう主張した。


「新たな宇宙飛行文明が我々を脅かさないとは限らない。むしろ我々は、未熟な文明が無謀な宇宙進出を試みて自滅しないよう、監視者となるべきだ」


 科学と倫理が調和し、安定と協調によって宇宙を踏査し尽くしたはずの最初の文明が、数億年ぶりに大きく対立した。

 そしてある日、自分たち以外の宇宙飛行文明を育成しようと主張した一派が、星間文明育成を助けるシステムを反対派に秘密裏に建造していたことが発覚し、両者は互いが妥協できないことを悟った。

 その後は、両者は静かに争った。

 直接の戦闘ではなく、自分たち以外の文明を育てることの是非を巡っての、相反する性質のシステムの建造競争。

 資源の制約など、太陽系一つを全て物資化することが可能な超星間文明にとっては無いに等しい。

 ガス・ジャイアントを改造した拠点となる母船と、それに付随する派遣船、そして無数の護衛用機器が宇宙に散らばって行った。

 宇宙に遍く小さな文明たちを、彼らと切磋琢磨できる友として育てるために。

 また一方で、それを破壊するためのシステムもまた、後を追って宇宙に散らばって行った。

 文明を宇宙飛行化するシステムはエメトと呼ばれ、それを追って滅ぼそうとするシステムはメトと呼ばれた。

 両者は宇宙に拡散し、そして争いが生まれた。

 エメトが文明を探して宇宙飛行化を始めると、メトはそれを探し出して滅ぼした。

 メトが文明を探して宇宙を駆け回れば、エメトは星間飛行レベルに育て上げた文明たちを糾合し、その情報交換と撃滅に力を注いだ。

 そうして、数十億年の年月が流れた。

 宇宙はその間に大きく膨れ上がり、星と星、銀河と銀河の間の距離も、彼らが生み出された頃よりも大きく広がってきていた。

 エメトとメトを作り出した最初の文明は、宇宙の膨張によって既に光速限界の彼方。発端となった彼らがどうなったのかは、もう殆どのエメトとメトたちにとっても分からなくなっていた。

 そんな折、あるエメトが惑星と、そこに芽生えつつあった文明を発見した。

 作業肢()で道具を扱い、夜空の星々に興味を覚え、群の仲間を愛して守ろうとする生物たちの間に芽生えた、文明の(きざ)し。

 充分に宇宙飛行が可能になるように少しずつ技術を教え、あとは宇宙に進出したこの文明に、文明の使命として彼らなりのエメトの複製を作ること、そして来たるべき文明の破壊者に対抗することを教えればいい。

 エメトは軌道上から多種の端末を送り込み、文明の宇宙飛行化に着手した。

 まずは、長期の星間飛行で世代を重ねても使命と脅威を見失わない長命を。

 そして宇宙のどこにいても得られるエネルギー――魔力線と永久魔法物質を扱える生態を与えよう。

 そのエメトは既に、そうやって三つの文明を星間化していた。

 エネルギーも残り少なく、直接の自己複製は出来ないようになっている。彼の使命はこれで最後になるだろう。

 既に世界中に分布していた人類の半数がエメトの力によって短期間の間に遺伝子改造を受けた。これが、現在の妖族である。最初にその活動に出くわした妖族は比類なき魔力を持つこととなり、のちに狂王ゾディアック・ヴェゲナ・ルフレートを名乗ることとなる。

 だが、遺伝子改造が全土の半分まで進んだところで、惑星はメトの強襲を受けた。

 そのメトも、既に幾つもの文明を滅ぼし、星間宇宙を飛ぶエメトを破壊していた。

 だが、余力を振り絞っての戦いの結果は、相討ち。惑星にはほとんど被害は出なかった。

 エメトは制御中枢を大きく損傷して海に落ち、メトは残り少なかったエネルギーの大半を喪失して地表に落下した。

 これがそれぞれ、のちの隕石霊峰(ドリハルト)とエンクヴァルとなる。

 これを期に惑星の半分を妖族化――後の妖魔領域に変えていたエメトは活動を停止し、妖魔領域も拡大を停止した。

 中枢と僅かなエネルギーのみを残したメトは、方針を転換した。

 機体の殆どを失った自らの代わりに動く文明種族を創りだしたのだ。

 彼らの創造主である最初の文明の支配者たちに似せて、彼は落着した地域の生態系を改造した。

 のちの啓蒙者世界、神聖啓発教義領(ミレオム)と啓蒙者である。

 なお、この時世暦(せいれき)も開始している。

 メトは啓蒙者と共に、啓発教義を布教した。

 この惑星の支配的な種族であったはずが、純粋なヒト種は妖族に押され、更に妖族とヒトとの混血である魔女との競争にも晒され、啓蒙者の庇護下に入ることとなった。

 かくして、休眠したエメトとその力で生まれた妖族・魔女。

 そしてわずかな余力を残して啓蒙者と純粋人達に技術を授け、エメトと妖族・魔女を滅ぼそうとするメト。

 今やメトは啓蒙者と人類を使役して最終決戦を仕掛け、エメトも目覚めたが、グリュクが身を置いているこの戦いの根は、遙か数百億光年の彼方にあったのだ。

 それが、霊剣に秘められた記憶の全容だった。

 グリュクは感慨を弄びつつも結ぶ。


「で、エメトの残骸の殆どは霊峰結晶ドリハルト・ヴィジウムになった。古来からたまに掘り出されていて、ビーク・テトラストールの手で霊剣に加工されたいくつかがお前たちになったって訳だ」

(数奇なり)

「そうだな……」


 短く述べる霊剣にわずかに拍子抜けしながらも、頷いた。

 今や、その記憶は彼らのものだった。

 七百年どころか一気に数十億年の彼方へと巻き戻されながら、しかしグリュクの魂と細胞は23歳の魔女のそれでしかない。

 霊剣と出会って別れ、再開してこうなった。

 これが数奇でなくて 、何であろうか?


『敵性拠点の対空防衛網を確認。強行突破します』


 突入艇の中で待機しているグリュクたちにも、その映像を小さな画面で見ることが出来た。

 砂漠の中に、異物のように広がる都市。信じがたい爛熟を誇ることが遠目にも分かる超文明の象徴から、無数の火線がこちらを目掛けて投射されているのが分かる。

 ただ、隕石霊峰(ドリハルト)へと発射されたような還元弾は混じっていないようだった。

 あれが生産能力の限界だったということか、それならば付け入る隙はそれなりの大きさがあるということかも知れない。

 通信機からカトラの声が聞こえてきた。


「それでは、皆さん、よろしいかしら。これより本船トリノアイヴェクスは、エンクヴァルに突き刺さる楔となります。そして特殊砲以外の持てる火器の全てを用いて、地下深くに眠るメトへの突破口を開きます」


 特殊砲――超対称性粒子加速器ちょうたいしょうせいりゅうしかそくきなどという物々しい正式名称があるようだったが――まで使って、余波でエンクヴァルに住む啓蒙者たちを皆殺しにしてしまうことを避けたいのだろう。

 その代わりと言ってはあまりに性質が違うが、差し渡し15メートルほどの平坦な空間に、多国間戦隊(フォンディーナ)の突入要員全員が待機していた。

 グリュク、グリゼルダ、カイツ、レヴリス、セオ、アダ。

 急遽新たに加わった二人の霊剣使い、アリシャフトとキルシュブリューテ。

 そしてタルタスに、緊急退避要員として魔闘衣を着装したフェーアが加わり、全10名となる。

 霊剣の粒子によってメトの本体の位置を暴き出し、一気に制圧、場合によっては破壊する。


「私たちは信じる神も、姿形も境遇もばらばら。しかも互いに知り合って、日も浅い。

 それでも、こうして協力しあえるという今を作り出した目に見えない力が、きっとあなたたちの運命を守り、日常への帰還を導いてくれると信じています」

「カトラさん……そういう台詞は全滅フラグっぽくてちょっと」

「これは失礼……つい感極まりそうになっちゃってね」


 グリゼルダの指摘に、画面の中のカトラは小さく照れて目を伏せながらも言った。


「とにかくみんな、無事に戻ってきてね!」

「ええ」

「はい!」

「当然さ」


 ほぼ全員が、思い思いのタイミングで頷く。

 タルタスだけは無言だったが、視線は真剣だった。

 天船はそれまで保っていた高度を急激に落とし、エンクヴァル中枢への体当たりに移るようだった。

 事前の説明で船内に反動が生じないことを聞かされてはいても、やはり想像してしまうと背筋の凍る、星間文明の遺産の所業とは思えない蛮行だ。


『突入開始。乗船員は各自祈ってください。本船も、見よう見まねで祈ります』

「え……?」


 トリノアイヴェクスの人工知能が、不意にそんなことを告げた。


『この星の文明が、無事に明日を迎えられますように』


 より濃密になる砲火を障壁でねじ伏せながら、星間戦闘艇トリノアイヴェクスはメトの喉元を目掛けて進む。

 袂を(わかつ)た同じ文明の申し子たちが、再び相見える。

 グリュクもやや遅れて、何かに祈った。











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