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霊剣歴程  作者: kadochika
第13話:神廟、開く
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12.天船、目覚める








 幸い、島全体から吹き上がる光の本流には物理的な影響力は無いようだった。

 直撃を受けたトリノアイヴェクスも特に損傷は無く、操船していたトラティンシカは一先ず、安堵していた。

 一方、このような状況でも船の機能の解析を続けていたカトラは蒼ざめていた。


「(相対座標修正……敵対反応検出……? 『文明保全モード』……!?)」


 啓蒙者なればこそ、純粋人や魔女、妖族などよりは科学の知識も遥かに多く、操作盤に溢れ始めたこれらの語句の一端が理解できた。


「(両の目(わたしたち)の仮説が――証明される!?)」


 だが、その高揚はトラティンシカの悲鳴で中断された。


「出力が!?」


 解析画面を脇に追いやり、彼女の操作している部分の状況を呼び出す。

 操船や出力の項目を見て、カトラも衝撃を受けた。


「(出力向上比35……!?)」


 真に受けて良いならば、それは単純に炉の出力が35倍になったということだ。

 もしや、と思考が具象化する。

 今の光は、トリノアイヴェクスの本来の性能を復活させるためのものではなかったか。

 航宙船(こうちゅうせん)として、あるいは大気の海を泳ぐ潜気艦(せんきかん)として、気圏の底から重力を振り払い、惑星間宇宙、恒星間宇宙へと進出する力を取り戻させるための。

 そして、そんな船が敵対するという相手と言えば。

 それを証明するかのように、トリノアイヴェクスは次々と情報を見せてきた。

 その一つが、曲線の組み合わさった図像に添えられた、啓蒙者文字の表示。


『弾道飛行兵器を迎撃、撃墜』

『次弾観測、緊急迎撃。各乗員は必要に応じて対衝撃、対閃光防御』


 グリュクと意思の名を持つ霊剣ミルフィストラッセが迎撃した一発だけではなく、後続する脅威がある。

 それを見つけたので、迎え撃つということらしい。

 機械が状況を、戦術を判断しているというのか。

 カトラは慌てそうな自分を律しながら操船者に告げる。


「トラティンシカさん、落ち着いて!今この船は、自動で脅威を排除しようとーー」

超対称性(ちょうたいしょうせい)粒子加速器、投射開始』

「特殊砲がー!?」


 見れば彼女は、強行攻撃を行う巨人の砲撃者の形態となったトリノアイヴェクスの状況を、縮小された図像として表示している画面を見ていた。

 大きな図像なので、やや離れたカトラの位置からもそれが見える。

 合体天船は、今や頭上高くへと右腕を掲げた態勢を取っており、トラティンシカや乗組員たちの操作もなしに、更なる脅威へと威力を解き放とうとしているらしい。

 いや、既に解き放っていた。

 カトラは直接見てはいなかったが、やはり発掘された兵器と思われる空中要塞を撃った時に数倍する威力が、音速の20倍の速度で飛翔する巨弾を撃ち落とすため、天空へと放たれたのだ。

 それが2発、3発、まだ終わらない。


「これが……これがわたくし達の船……!?」


 トラティンシカは、もはや呆然の表情で脱力していた。

 フェーアやヴィットリオ、他の乗員たちも、自分たちの頭上へと吹き上がり続ける破壊的な光に声を出せないでいるようだ。

 カトラは、高揚を忘れて畏怖していた。


「(これが……宇宙飛行に達した文明の力……!)」


 15発を数えた時点で、ようやく砲撃は止まった。

 明快な図像が表示され、遠く離れた陸地から放物線を描いて投射されたらしい飛行物体を、簡略化された強攻形態のトリノアイヴェクスから針のように伸びた15本の直線が到達して破壊したことが分かる。

 トラティンシカならば理解しただろうか、しかし一部の妖族にとっては今の状況は彼らの文明や認識のレベルからかけ離れすぎていて、理解できなかったかも知れない。

 そうして弾道飛行を行う脅威の排除に成功したことを告げて、天船は再変形を開始し、先ほどまでの巡航機動形態へと戻った。

 ドリハルト島からの光はそれを見届けたということか、急速に消えてゆく。

 光の柱も、飛行爆弾による着弾煙も、天井を覆う魔法物質の障壁や異空間への入り口なども無い静寂が、霊峰の聳える島に残った。

 総船室には直接は届いていないが、カトラの見ている画面の一角にも、トリノアイヴェクスから見た島の様子も映しだされている。


「(集まった霊剣による粒子の相互作用が引き金になって、自分の未来を知ったドリハルトが目覚めた。

 そして霊剣による迎撃行動に触発されて、ドリハルトは最も手近なしもべである天船に指令を与えて、脅威を迎撃させた……?)」


 彼女たちの『仮説』に対して、辻褄が合わないことも無い。

 そう考えていると、画面に別の表示が現れ、更に音声が聞こえた。


『文明保全モード休止。はじめまして、乗船者たち』


 男とも女ともつかず、強いて表現するなら中性とでもなるのか。

 ともかく、そんな声が挨拶をしてくるのが聞こえた。


『本船は、本船の乗船者を仮に、文明の継承者と認証します。文明の継承者に対し、本船は敵性拠点への強襲攻撃を提案します』


 画面に表示された提案に、カトラは面食らった。

 文明の継承者、敵性拠点。

 それぞれ妖族と、エンクヴァルのことだろうか?

 だとすれば、元々この船は陽動をかけつつそうする予定だったので、それ自体は構わない。

 だが、問題はそこではなく。


「……あなた、誰ですの」


 音声で尋ねるべきか迷っていたカトラの胸中を覗いたわけでもないはずだが、トラティンシカが操船席の画面に向かって尋ねた。


「(推測するならば、操船補助のための人工知能と考えるべきだろうけど……)」

『名乗り遅れました。当船は星間戦闘艇トリノアイヴェクス303。あなたが解読した呼称はかなり正確に復元されています、ペレニス船長』


 いきなり過ぎる。トラティンシカを船長に認定している上、カトラたちの目的も把握しているようだ。

 まさか、このように話しかけてくる機能が復旧する前から、意識自体は存在していたというのか。

 カトラは疑念とともに口を挟んだ。カトラの見ている画面はトラティンシカの話しかけたそれとは別だが、特に問題は無いだろう。


「……強襲攻撃というのは、このままエンクヴァルに突入することだと思ってよろしいのかしら?」

『はい。正確には、超対称性(ちょうたいしょうせい)粒子を戦闘レベルで照射して敵の首都を破壊します』


 問題なく答えが帰ってきたが、カトラは思わず悲鳴を上げた。


「それはダメ!」

『具申します。先ほど、大陸間弾道弾を15基撃墜しましたが、敵の技術レベルは未だ星間飛行水準には達していないようです。生産能力も、恐らく限定されています。今ならまだ、本船一隻だけで致命打を与えられる可能性が高い』

「そういう問題ではなくて……」


 カトラも啓蒙者だ。多国間戦隊(フォンディーナ)がエンクヴァルに突入し、メトを拿捕(だほ)して神聖啓発教義領(ミレオム)を降伏させるのが目的であって、宗教と科学とを高度に発達させた啓蒙者の文明を地上から消し去りたいわけではない。

 もしもこの合体天船(トリノアイヴェクス)神聖啓発教義領(ミレオム)の首都を焦土に出来る性能を持っていたとして、それがこちらの意図を無視して啓蒙者の絶滅を図るというならば、それを認める訳にはいかない。


「トリノアイヴェクス303! 船長として命じます。船体下方の島に位置する突入要員を回収するまで、敵首都突入は延期。そして敵首都突入はあくまで、制圧を目標とします。

 わたくしを船長と認めるならば、指揮を受け入れなさい」


 ”宝物庫”の発掘事業を取り仕切る家系の長ということもあるのだろうが、啓蒙者の社会ではそうした態度で物ごとを命じるということは、機械相手でも考えられないことだった。

 市民にとって司祭からの命令は受け入れるものであり、また司祭は市民にとって受け入れがたい命令を下さないものだからだ。

 毅然(きぜん)と呼ぶものか、カトラにとってはそれが、魔女や妖族と遣り取りをするようになってから受けた異文化からの衝撃(カルチャー・ショック)ではあった。


『船長命令を受諾します。武装救助艇を降下させ、突入要員を回収します』


 それが有効だったのかは分からないが、天船――トリノアイヴェクス303は従うようだった。


「(……一応、こちらに従おうという意思はあるのね)」


 腹の部分から無限軌道(キャタピラ)を生やした、やや不恰好な航空機のような機体が四台、トリノアイヴェクスの腹部に開いた出入り口から島へと降下して行った。

 そうして、20分ほどで全ての降下艇が帰還し、グリュクにグリゼルダ、セオ、アダ、そして島に展開していて生き残った妖族の戦士や魔女の傭兵たち、昏倒した聖者たちまでが回収されたのを確認した。

 カトラたちが安堵する間も無く、待ちかねていたといった様子でーーそんな感情を感じ取ったのは、カトラの気のせいだったかも知れないがーー天船が宣言する。


『突入要員その他を緊急回収しました。これより敵性拠点への強襲攻撃に移ります』

「ちょっと、お、お待ちなさい!」

『事態は一分一秒を争います。東の沖合には未だ水上艦隊が展開、電波情報の解読によれば、惑星の対蹠(たいしょ)では技術レベル比で大規模な戦闘が行われているようです』

「その艦隊と交戦している味方がいますのよ!彼らを回収ーー」

『これ以上は猶予がありません。彼らの幸運を祈りましょう』

「この……!」

『全ては文明の継承者であるあなた方を存続させるためです。ご了承願います』


 艦隊と交戦している味方というのは、レヴリス・アルジャンとカイツ・オーリンゲンのことだろう。

 カトラはトラティンシカと天船とのやりとりにしばし唖然としていたが、要するに、艦隊の足止めに出撃した二人を置き去りにして、エンクヴァルに突入すると言っているのだ。

 二人からの提案で、カトラもトラティンシカも、彼女の夫で多国間戦隊(フォンディーナ)の戦闘指揮者でもあるセオも承認した作戦だったが、本来は隕石霊峰(ドリハルト)を防衛した後、援護しつつ回収を行う予定だったのだ。

 その目論見を、船自身に否定されようとしている。


『トリノアイヴェクス303は気圏内速度で強襲へ移行します』

「止まりなさい、トリノアイヴェクス303!!」

『現在文明保全モード。行動修正には船長と副長、および本国権限者の同時認証が必要です』

「ふざけた真似を――!?」

「トラティンシカさん! 外が!」


 それまで状況を見守っているだけだったフェーアが、声を上げた。

 カトラもそれに応じて、画面に映し出された外部の様子に目を向けた。

 これまでの波乱まみれの戦闘で雲は散らされてしまっていたが、ドリハルト島が西に向かって動き出している。

 トリノアイヴェクスが、加速を始めたのだ。













 僅かに覚醒していたその意識は、小さく驚いた。

 敵は、確かに休眠していたはずだった。

 しかし、残った余力でなんとか作らせた弾道飛行弾は全て、撃墜されてしまったようだ。

 この世界の文明のレベルと現地生物の能力では、報告のあった遺物が加わったとしても実現出来ないはずの性能と言える。

 もはや、自分の寿命が残っているうちに目的を達成することは難しいだろう。

 その意識は、鈍痛のような悔しさと共に、最後の休眠へと入った。

 もしかしたら、次の覚醒は無いかも知れないと危ぶみつつも。










 トリノアイヴェクスから降下してきた飛行機ーー腹に履帯を付けた飛行機というものがあれば、ではあるがーーに急いで乗り込み、グリュクたちは隕石霊峰(ドリハルト)の上空に佇む巨体へと戻った。

 急のことにやや戸惑いはしたが、トラティンシカかカトラが気を利かせてくれたのだろうと考えて、すぐに乗り込んだのだ。

 彼の母を含めた聖者たちはアダが回収してくれたようで、戦闘で死亡した者以外は全員が回収されたようだった。

 グリュクたちだけではなく、妖族たちも、少数の魔女たちも、そして意識を失っている聖者たちも、既に霊剣の粒子の未曾有の氾濫状態を経験し、全員が互いの境遇を知ってしまっている状態だ。

 そこには、極めて微妙な空気が漂っていた。


「(……死んでしまった聖者も弔ってあげたかったけど)」

(ドリハルトを防衛出来たのは束の間に過ぎぬ。記憶と身体を弄ばれた身の上には同情するが、今は啓蒙者を降伏させ、ドリハルトを充分に安全な状態にすることを考えるべきであろう)

「……そうだな」


 純粋人は恐らく、この場には居ない。

 グリュクは霊剣との会話を秘密にする意味がないことを思い出し、ため息とともに相棒に同意した。


「グリュクさん!」


 疲労の重なる心身にフェーアの声が届く。

 彼女を危険に晒すことを嫌って置き去りにしようとしていながら、こんな状況で再び声を聞いて安堵してしまう。

 グリュクは苦笑しながら、返事をした。


「何かありましたか」

「トリノアイヴェクスの魂が覚醒して、このままエンクヴァルへ行くと言ってるんです!それでーーレヴリスさんとカイツさんのことは置いて行くって!」

「……!?」


 置き去りにされてすぐに死ぬような二人ではないだろうが、そもそもが撹乱して足止めをするという目的での出撃なのだ。

 鎧の魔女に虹色の魔人とはいえ、啓発教義連合の艦隊を相手に押しきるような真似までは出来ない。啓蒙者の兵器も混じっているだろうから、尚更だ。

 予定通りに離脱していたとしても、グリュクたちは天船もろとも、既に合流予定地点だったドリハルト島を去っている。


「(ここで回収しないと……!)」


 格納庫には透明な窓が無い。

 グリュクは左腕に装着していた塔の刻印の盾(グエシルト)の機能を発動して、船外の様子を窺った。

 視界が多層化し、格納庫の中の面々の様子を見渡しながらも、同時に視線の焦点が天船の隔壁を貫いて外部へと届くかのような錯覚を与える。

 塔の刻印の盾(グエシルト)が知覚している複数の領域が、グリュクの体細胞の変換小体を通して彼自身の脳に知覚されているのだ。

 重層的でいて、明瞭な視界。

 そこには下方に広がる海原と、炎上する、あるいは破壊されて沈没しようとしている戦闘艦の群。

 その周囲には大量の脱出用と思しき小さな船、空中には対空砲弾や撃墜された飛行機などが残したと思しい黒煙が残っていた。


「(カイツとレヴリスさんが戦った跡か……)」


 艦隊は数十、数百平方キロメートルもの面積に渡って展開していたが、魔人と鎧の魔女の奮戦によって数十隻が損傷、あるいは戦闘不能――想像できる艦隊の元々の規模からすればその被害は一割にも満たない所だろうが――に陥ったようだ。

 グリュクたちが隕石霊峰(ドリハルト)にいた間も足止めとして立った二人で抵抗を続けていたのだろう。撃墜されて死んでいるのでもなければ、彼らはこの海のどこかにいるはずだ。

 トリノアイヴェクスが真っ直ぐに啓蒙者の首都を目指して速度を上げている以上、この広い海もあっという間に通りすぎてしまうことだろうが。


(いずこか、カイツ! レヴリス!)


 意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)が叫ぶ。

 グリュクは総船室に転移してトラティンシカに床の隔壁を破壊して捜索を行う許可を得ようとするが、魔法術を構築して口を開く前に、天船からの呼びかけがあった。


『異常警報。船体下部、主格納室(メインハンガー)出入口の緊急整備を行います。船体下部主格納室(メインハンガー)内部の乗船員は発生する気圧差にご注意ください。繰り返します――』

「……?」


 すると、彼らのいる格納室の床の3分の1が、ごくりと重苦しい音を立てて沈み込み始める。

 一秒ほどで、それが格納室の出入口を外部へと開放する行為だと分かる。


「開けてくれるのか!?」

主格納室(メインハンガー)出入口の緊急整備中。危険ですので乗船員は離れてください』

(という訳だ主よ、行くぞ!)

「ありがとうトリノアイヴェクス!」


 機械である天船が、何とか気を利かせてくれたということか。

 グリュクは霊剣と共に迷わず走り、気圧の低下で発生する耳鳴りも構わずに外を見た。

 格納室の床の3分の1を占める巨大な出入口が後方へと口を開けてゆき、そこから覗く海と、遠ざかってゆく艦隊が見えた。

 カイツとレヴリスの撹乱で混乱しているのか、それとも超音速から更に速度を上げつつ頭上を過ぎ去りつつある超大型の飛翔体に対して何をすべきか判断がつかなかったか、攻撃はなかった。

 ただ、何か、その青一色の背景に光点が混じる。

 

「!」


 光点は徐々に大きさを増し、こちらへと近づいてきて。

 そしてそれが、銀灰色の鎧(シクシオウ)を装着したままのレヴリスに肩を貸しながら超音速で飛翔する魔人アルクース――カイツなのだと分かるのに、さして時間はかからなかった。


「カイツ!」


 その体は、何やら発光を続けていた。

 先ほどまでの隕石霊峰(ドリハルト)からの光と関係があるのだろうか、今の彼は極光を纏いながら突き進む銀の流星だ。

 ますます速度を上げつつある天船に並んで飛んでいるだけでも驚異的だが、カイツはそこから徐々に進路をずらして格納室の下部昇降扉(ハッチ)に飛びつこうとする。

 だが、わずかに速度が足りないらしい。


「掴め!」


 グリュクが念動力場を発動すると、柔らかな不可視の運動エネルギーがカイツとレヴリスへと絡みつき、推力全開で飛び続けていたカイツたちはその勢いで格納室内に超音速で飛び込んできた。


「その帰りを優しく!」

「子らは我が(かいな)に!」


 フェーアとグリゼルダの念動力場が素早くそこに加わり、格納室内に被害が出ることは避けられた。

 その場にいた医療担当の妖族たちが駆け寄り、容態を確認していく。


主格納室(メインハンガー)下部昇降扉(ハッチ)、緊急整備完了。乗船員は閉鎖する扉にご注意ください。』


 下部昇降扉(ハッチ)の閉鎖が始まり、銀色の二人の戦士は乾いた声で呻いた。


「な、何とか帰ったぞ……」


 カイツは魔人の姿を解除して神経質そうな学士青年に戻り、レヴリスの銀灰色の鎧(シクシオウ)も装甲の結合を解いて分解、亜空間へと帰還する。

 普段着に戻ったレヴリスが、苦悶の混じった声で告げた。


「それよりもグリュク君、すまない。俺たちは追われていたんだが……追手を振りきれたかどうか自信がない」

「え?」


 すると、何かの激しく燃焼するような轟音と共に、一瞬の振動が格納室を揺らした。

 見れば、閉じようとしていた下部昇降扉(ハッチ)と開口部の縁に何かが挟まり、閉鎖を妨げていた。

 各部が流線型をしつつも、人間の形状を残した巨大な物体。輝ける勝利の(オリア)名を持つ霊剣(フィアマ)が叫ぶ。


(自動巨人――空戦用の可変形式か!)


 それが右手に構えた巨大な多砲身砲と本体の爆弾庫からの破砕榴弾(はさいりゅうだん)の雨。

 格納室が破壊され尽くす直前、複数の術が先行して(はし)った。


「脅威ならば他所へ」

「受け止める力を!」


 アリシャフトとキルシュブリューテの魔法術だ。

 両者いずれも、濃密な念動力場を面状に生成して大型の弾頭と破砕榴弾を全て受け止めている。

 高硬度の単なる防御障壁では跳弾で被害が出るという判断なのだろう、二人が念動障壁を解除すると、ごとごとと指ほどもある重金属の弾丸が格納室の床に落ちた。

 そして、深海の色の鎧と多数の魔具剣を身にまとったままのタルタスが、左右の肩から伸びた鎧の付属肢で掴んだ巨大な剣を構えて突進する。

 叩き落とそうと多砲身砲を振り下ろす自動巨人だったが、砲は右腕もろともタルタスの鎧の腰や肩からの魔具剣に切り刻まれた。


「消えろ」


 巨剣による二撃が、武器を失った自動巨人を格納室の外へと弾き飛ばす。

 下部昇降扉(ハッチ)が待ち構えていたかのように再び閉じ始め、今度こそ閉鎖された。グリュクの出番は無かった。


(極めて意外(なり)

『侵入した敵の排除を確認しました。排除行動に感謝します』


 意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)だけでなく、その人物を知る者全てがタルタスの行動に驚いていると、トリノアイヴェクスがそう放送する。

 一方、当のタルタスはグリュクたちの目の前で鎧の結合を解除した。

 二十はあろうかという魔具剣を全身に帯びた深海の色の全身具足が、妖王子の体から剥がれ落ちて幻のごとくに消え去る。

 武装解除ということだろうか、そもそも全身から突き出た魔具剣のために極めて近づきがたかった印象が和らぐ。

 それでも、やはり敵意は拭えないのか、グリゼルダが呻いた。


「……投降する気じゃないでしょうね」

「こうなっては、既に乗った船だ。お前たちの目的は既に記憶の共有で知っているから――私も出来る限りの協力をやる。異論は無いな」

「調子に乗っ――」

「いいでしょう、タルタス王子」


 少女を遮って答えたのはカトラだった。短時間で少しばかりやつれたようにも見えたが、操船室からここまで飛んでくる元気はあるらしい。

 タルタスから十歩ほどの位置で立ち止まると、啓蒙者は更に告げた。


「私はカトラ・エルルゥク。エンクヴァルへの残り少ない時間の道すがら、答え合わせと作戦会議にご協力くださるかしら?」

「構わん」


 啓蒙者とこうして直に接するのはさしもの妖王子といえど初めてのはずだが、彼が動揺した様子はない。


「今は諸君の敵ではない証に、私が話せることを私なりに語ろう。あの限られた時間では、認知に限界もあろうしな」


 内部のグリュクたちには分かりにくかったが、トリノアイヴェクスは加速を続けていた。

 窒素と酸素との混合気を主体とする濃密な惑星の大気を暴力的に切り裂きながら、天船は一条の光となって高度一万メートルを飛んでいるのだ。

 エンクヴァルまで、一時間とかからない。











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