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霊剣歴程  作者: kadochika
第13話:神廟、開く
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11.断空






 不意に、島とその周辺を包んでいた光る粒子の世界が、途切れた。

 風も、雨も、花も、超常の媒介粒子たちによる束の間の未来視の空間は消え失せ、元の隕石霊峰(ドリハルト)の麓の森林地帯の光景が戻っていた。


「……!? グリュクさん!」


 アダの肉声――彼女の声帯も機械で出来ていると聞いたが、改めて、そうは思えなかった――に振り向くと、粒子の暴走に驚いて撤退しようとしていた聖者たちが、まだそこにいた。

 グリュクが昏倒させたマグナスピネル以外も、頭を抑えて膝をついていたり、倒れていたりした。


(……恐らく大規模に暴走した記憶共有と過去抽出……限定的な未来視とで、制限されていた記憶に刺激を受けたのだろう。

 記憶を共有して御辺(ごへん)も理解したであろうが、彼女たちはやはり、元は魔女。様々な人体改造と、精神制御などによる記憶の制限を受けていたようだ)

「もしかしたら、記憶を戻せるのかも知れないな……」


 金色の粒子は、封鎖された記憶までもを強制的に露出させた。

 確かに、赤い髪の聖女は彼の母だったのだ。封鎖されていた記憶の終盤は苦痛に満ちていたが、その直前の、彼の父との間に一児を授かり幸福の絶頂だった記憶も共有することが出来ていた。

 裁きの名を持つ霊剣(レグフレッジ)の因果抽出により、断片的ながら実父の記憶も蘇っている。

 彼の誕生を喜び、彼の未来を夢見てくれたという夫婦の思い出を垣間見て、自然、グリュクは呟いていた。


「……ミルフィストラッセ、急ごう」

(うむ。まずは天船(なり)


 宣教師マグナスピネル――グリュクの母、アイディス・カダンは生きていた。

 トリノアイヴェクスに連れ帰って、可能であれば彼と家族としての関係を取り戻せるような処置を取り計らってもらうよう、カトラやトラティンシカに頼んでもみたかった。

 だが、粒子の見せた滅亡の未来視は、恐らくごく近い未来だ。

 急がねばならない。フォレル・ヴェゲナ・ルフレートとの決着の後に見せた、意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)の変形と、そこから放つ光。

 保証などどこにもないが、あれがもう一度出来れば、あるいは極長音速で到来する飛翔体を撃墜することも、可能かも知れない。

 トリノアイヴェクスも今は万全なのだから、巨人の形態に変形し、先日使ったという特殊砲を撃つことも出来る筈だ。


「(そうだ……俺と霊剣と――俺たちに協力してくれる人達の力があれば、あんな未来も回避できる!)」


 グリュクは背後から飛んできた短剣を、体を半歩だけ右にずらして避けた。

 聖者用対物投擲短剣(ファルグリオン)は彼の正面の妖樹の成木(せいぼく)に刺さり、幹を爆破する。

 振り向けば、白い鎧を着た聖者たちの指揮官――確か、アッシェンブレーデルという名だった――が立ち上がり、足元がやや覚束(おぼつか)ないながらも戦闘姿勢を取ろうとしていた。

 彼女は息も荒く、告げる。


「待ちなさい、汚染種……!」


 構えた重機関銃の照準は、定まっているとは言いがたい。

 今の彼女の不安定さであれば、グリュクは魔法術を用いずに徒手で制圧してしまえるだろう。


「アンネラ・スタンテさん。俺はあなたとはもう戦いたくない。戦わないで済むと思っています」

「何を……!」

「見たんでしょう? 魔女の血を引いていることが分かって、捕まって……聖女として生きることになった。それが自分の本当の過去だと、思い出してしまった」

「わ、私は、宣教師だ……! 汚染種の言葉には……耳を許さな――」

「眠りを」


 そこに、聖者たちやアダとはまた別の、女の声。

 素早く構築・解放された魔法術は聖女の後頭部を直撃し、脳に深く浸透した催眠電場を受けて、白い鎧を纏った戦士は力尽きて昏倒した。


「……邪魔をしちゃったかな」


 グリュクとアダは、木陰から出てきた女を警戒した。

 肩口に届く長さの赤みがかった金髪(ピンクブロンド)を、髪留めを使って後頭部で軽く編み上げている。服装は、野外探索に向いていそうな頑丈な繊維の服をまとい、その上からマントを羽織る格好だ。年齢はグリュクより多少上か。しかし、すぐに彼女一人ではないと分かった。

 グリュクよりいくらか年下であろう少年が、その後ろから現れたのだ。


「やっと会えましたね、霊剣を持つ人。相方さんは……ミルフィストラッセですね」


 その台詞は発音もはっきりとしていて、見た目の年齢に似合わず精神はかなり大人びていることを窺わせた。浮世離れしたような雰囲気を漂わせる灰色がかった黒髪で、隣に立つ少々胡散臭い女と似たような服装をしていた。

 確かなことは、島が粒子であふれている間にも、グリュクたちには彼らの存在は分からなかったということだ。


「もう一人のお姉さんは……すみません、よく分からない」

「わたし?」


 自分を指して尋ねるアダだが、グリュクは問答を打ち切って魔法術を構築した。

 上空に浮かぶ天船(トリノアイヴェクス)へと戻る、座標間転移だ。急がなければならない。


「アダ、君は彼らに詳しい事情を話しておいて欲しいんだ。

 俺は何とか、()()を防ぎに行く」

「え、グリュクさん!? あの、わたしよく分からないんですけど……!」

「時間が無い、ごめん!」


 自然界に解放された魔法術は空間に格納されていた微小な次元を展開し、グリュクの身体を飲み込んで高度1500メートルほどで吐き出した。

 そこは、天船トリノアイヴェクスの操船室内。


「トラティンシカさん、緊急! 今すぐトリノアイヴェクスを巨人の状態に!」

「ど、どういうことですの……?」


 粒子の嵐は島を覆いこそしたものの、上空の天船には届いていなかったらしい。

 グリュクはもどかしさを覚えながら再び霊剣を抜き、粒子を発動した。


「え!?」


御無礼(ごぶれい)(つかまつ)る!)


 操船室に黄金の旋風が溢れて、フェーアにカトラの他、トラティンシカやその部下たちに襲いかかる。

 彼女たちにも強引に記憶を共有させ、状況を説明したのだ。

 隕石霊峰に迫る脅威と、それに対処するグリュクの考えなどが、一息に共有される。

 ここまで粒子を道具のごとくに利用してしまったのは初めてだったが、言葉や身振りに表情を用いて意思の疎通を行うヒトや魔女、妖族の生物としての在り方を急変させてしまうものであるようにも思えて、グリュクは自戒した。


「何てこと……トリノアイヴェクス、セオさまの許可はありませんが緊急形態遷移!

 特殊砲発射準備! 方位は直上、随時(ずいじ)観測、射線修正!」

「よろしくお願いします!」


 グリュクはトラティンシカにそう告げると、急な変形命令で慌しくなった操船室から今度は、隕石霊峰(ドリハルト)山頂に転移すべく集中した。

 トリノアイヴェクスの甲板に出た程度で霊剣の光を撃つことは、余波で被害を与えてしまう可能性や、変形に伴い船体が激しく動くことを考えれば避けるべきだった。


「グリュクさん!」

「!」


 不意の妻の声で、張り詰めた思考が和らぐのを感じた。

 振り向けば、不安に耳を大きく垂らしたフェーアの姿。

 僅かに迷って、グリュクは告げた。


「心配かけます」

「お願いします。私たち全員、滅ぼされてしまわないように」

(吾人が付いている)

「当てにしてる。じゃあ、また後で。フェーアさん!」


 二人は隕石霊峰(ドリハルト)に降下する前に、散々に一時の別れの言葉を交わし合っていた。

 金色の粒子による意識の一時的な共有で、互いの感情や思考などは馬鹿馬鹿しいまでに赤裸となってもいた。

 字句通り、言うまでもなく、彼にはフェーアの気遣いと愛情が心で直接感じられており、彼女にも、グリュクのそれは同様に伝わっている。

 それでも彼は、妻の言葉が嬉しかった。


(この期に及んでまだのろけるか! いい加減にせよ!)

「このくらい良いだろ!?」


 霊剣の叱責に抗弁しながらも隕石霊峰(ドリハルト)の山頂の座標に転移すると、そこには荒涼とした山肌を中心に、やや静けさを取り戻したドリハルト島とそれを取り囲む周囲の小島、そして海が一望できた。

 多数の祭壇らしきものもあり、ここが本当に妖族たちが唯一信仰する場所なのだということを実感する。

 ただし一方で、彼の頭上では既に合体天船(トリノアイヴェクス)が彼のために上空への射線を開けつつ変形を始めていた。

 グリュクは霊剣を抜く前に、背後の気配に振り向いた。

 赤みがかった金髪の女と、灰色の髪の少年。


「始めましょう、グリュク・カダンさん。僕はアリシャフト・エントリア。こちらのキルシュブリューテ・ソウトリィともども、素性については察しがついていると思いますが」


 先程まで島には大量の粒子が溢れており、程度の差こそあれ、誰もが互いにどこにいるのかさえもを知ってしまえる状況だった。

 にもかかわらず、グリュクはこの二人の存在だけは感知できなかった。アリシャフトと、キルシュブリューテ。

 それがどういうことなのか、彼は概ね正しく理解している筈だが、そこはやや曖昧に、名前を明かした少年に答える。


「そうだね……後でゆっくり話そう」

(それもこの危機を乗り越えることが前提(なり)!)


 グリュクが構え、意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)がそう言うと、鞘から抜き放たれたその刃が鋭く光輝を放つ。

 剣身が基部から二つに分かれて開き、右手に握られた柄が角度を変え、弦の無い弓のような形状へと変形した。

 意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)が休眠していたため、あれ以来一度も試したことが無かったことに不安もあったが、今度は熱に浮かされるような感覚も無い。


「出来た」

(撃てるか、当たるかは断じ得ぬ!)

「やらなきゃならないことじゃないか」


 危ぶむ相棒に言うと、弓の形になった霊剣を握る左手と、架空の矢を架空の弦につがえるように構えた右手の先とに、意思を込める。

 そして直上に向かって右手を引き絞り、僅かな光点を探す。既に捧神司祭の記憶も共有しているので、遥か東の啓蒙者の大陸から放たれた巨大な飛行爆弾が弓なりの軌道を描いて飛来することは分かっていた。

 三振りの歴代の主人たちに、島に集まった妖族や聖者たちの記憶が集積されたことで、未来視の光景に映しだされた突入の角度も、見当が付いている。


「大丈夫、当たるよ」


 視界の端では、トリノアイヴェクスが変形を終えようとしていた。そこから更に特殊砲というらしい兵器を準備するのに、今少し時間が必要に思える。

 数千キロメートル彼方から極超音速――音速の10倍以上の早さで飛んでくる、直径はせいぜい数メートル程度の標的を撃つのだ。

 トラティンシカとも記憶を共有したが、砲の準備が間に合いってもトリノアイヴェクスが照準を外さない確証は無い。


「させぬ!」


 そこに黄金の翼を広げてやってきた捧神司祭、ロメリオ・バルジャフリートを、グリュクは無視した。相手にする必要がない。

 何故かといえば、


(抗う名の下に、我が銘、ヴェクテンシア!)

「その主、アリシャフト・エントリア」

(輝ける勝利の名の下に、我が銘、オリアフィアマ――)

「そしてその主、キルシュブリューテ・ソウトリィ!」


 二人の霊剣使いが名乗りを上げて司祭に斬りかかり、その攻撃を遮ってくれたからだ。

 司祭相手に名乗る必要はないはずだが――グリュクも名を明かしてはいない――、そこはグリュクに対して素性を教えてくれたと受け取るべきだろう。

 柄の部分が刃ほどにも長い片刃の剣と、意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)より長大だがやや細身の直剣が、司祭の腕から高速で伸びた鎖を斬り払う。


(おのれ)!」


 ロメリオが、鳥の両翼を象った黄金の仮面の奥で歯噛みしている。

 聖者部隊は恐らく先程の粒子で記憶の封鎖が解かれて戦意を失いかけており、他の部隊もグリゼルダたちや狂王の子たちの抵抗で大きく弱まっていた。

 啓発教義連合の艦隊もカイツとレヴリスの撹乱で支援能力が低下しているのだろう。

 そこに、更に。


「グリュク! タルタスが――」

「司祭を追って来れば、ここまで霊剣が集まっているとはな」


 裁きの名を持つ霊剣(レグフレッジ)とその主であるグリゼルダ・ジーべ、道標の名を持つ霊剣(パノーヴニク)及びその主タルタス・ヴェゲナ・ルフレート。

 五つの霊剣と五人の継承者が、霊剣のもう一つの故郷に集結したことになる。

 これは以前グラバジャ伯アルベルトから聞いた、彼の地で打ち出されて旅立った霊剣の数と一致する。

 アダの持つ復活せし名を持つ霊剣(エスティエクセラス)を含めば、六振り。

 連打を浴びせるアリシャフトとキルシュブリューテの霊剣を、ロメリオが腹部分を狙って弾いた。

 その隙を狙って爆発的に飛び出す鎖を、しかし少年の懐から飛び出したもう一つの影が弾いて散らす。

 それは剣だった。抗う名を持つ霊剣(ヴェクテンシア)でも、輝ける勝利の(オリア)名を持つ霊剣(フィアマ)でもない。

 その剣は更に、音ではない声を発した。


(俺を数えれば、実に七振り。太陽の名の下に――我が銘、ウィルカ!)

(ウィルカだと!?)

「兄上……!?」


 裁きの名を持つ霊剣(レグフレッジ)とタルタスだけでなく、その場に居合わせた中で太陽の名を持つ霊剣とその主のことを強く記憶に残している者は、その出現に驚愕した。


(ルフレート宮殿での戦いに居合わせていたのか!)

「ビーク・テトラストール以外の手によって、ここまで彼を真似て作られた霊剣というのは実は、他に例がありませんので……回収させてもらいました」

(感謝していないこともない!)


 原人格(オリジナル)の死が嘘のように軽口を飛ばす太陽の名を持つ霊剣(ウィルカ)抗う名を持つ霊剣(ヴェクテンシア)を携えたアリシャフトの連撃を、司祭は黄金の翼で弾く。

 しかし尋常ではない強度らしいその翼も、霊剣に斬られては無視できない傷が生じるらしかった。

 乱舞する鎖と金色の羽毛を、二人は霊剣使いの資格に恥じない剣捌きで斬りつけ、弾いてゆく。


「……!」


 ロメリオが呻く。

 アリシャフトとキルシュブリューテは互いに隙を補い合い、司祭の手や懐から飛び出す鎖をなおも斬り飛ばし、大規模な秘蹟を発動する隙を与えない。

 そして、アリシャフトが突然太陽の名を持つ霊剣(ウィルカ)を宙に放り出したかと思うと、


「はい!」


 それをすかさず横から掴み取ったキルシュブリューテが、僅かな戸惑いを生じた司祭の隙を叩く。


「うりゃあ!」

「う、くぅっ!?」


 輝ける勝利の(オリア)名を持つ霊剣(フィアマ)太陽の名を持つ霊剣(ウィルカ)で同時に斬りつけられて、翼での防御が間に合わなかったロメリオは胸郭を大きく切り裂かれた。

 赤い血と、恐らくは体を一部機械化しているためか、乳白色の液体が小さく噴出する。


「くっ……させぬ!」


 万全の状態であれば、彼は雄叫びを上げていたかも知れない。

 司祭は全方位に向かって念動力場を放出し、とどめを刺す体制だった二人の霊剣使いを牽制した。

 そしてその挟撃から一時抜け出すと、弾道弾を迎え撃とうとしているグリュクへと突撃する。


「させない!」

「今はまだ!」


 グリゼルダだけでなく、何とタルタスまでもが、彼を守るべく司祭の前に立ち塞がった。

 だが、


「汚染種!!!」


 ロメリオの気迫はそれらを突破した。

 グリゼルダに右の翼を破壊され、金色の破片を後ろに撒き散らしながら。

 タルタスの魔具剣を二本、左の胸郭に突き刺されたまま彼を振りきって。

 島を消滅させる威力が着弾すれば、彼とて蒸発する他ないというのにだ。

 アリシャフトとキルシュブリューテが司祭を背後から念動力場で拘束しようとするが、司祭は即座に逆位相の力場を解放して――二人分の、波長の異なる力場を同時にだ――それを中和してしまう。

 伸ばされた包帯包みの右腕から迸った必殺の鎖がグリュクの頭蓋骨を叩き割るその前に、彼は身を翻してロメリオに向かって跳躍し、その体の脇をすり抜け、

 

「射抜け!」


 そして霊剣の光を放った。

 輝轟(きごう)

 天と地上の光り耀(かがや)く物の全てを集めて(きら)めかせたかの如き閃光が、しかし山頂にいる他の霊剣使いたちの目を()くこともなく(はし)る。


「――――!?」


 爆光は射線上の至近距離にいたロメリオを飲み込み、東の空へと伸びていった。

 司祭の姿はまばゆい輝きに吹き飛ばされてすぐに消失したが、霊剣から迸る粒子の嵐は止まらない。


(主よ! 粒子を止めるぞ!)

「いや、このまま……!」


 このまま、飛来する弾道弾を撃墜する。

 内部に水を流したホースのような慣性力が働いているのか、反動は小さいのだがなかなかに重い。

 だが。


「このまま落とす! ミルフィストラッセ!」

(よく言った!!)


 彼の闘志が何らかの影響を及ぼしたのか、弓になっていた意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)は再び変形し、元の形状に戻った。

 しかし、切れ間なく放たれ続ける矢のようだった光の奔流は、そのまま切っ先から放出され続けている。

 剣士が東の方角に向かって掲げた霊剣の切っ先から生じている、光の河とでも呼べそうな耀く流れ。

 右手も添え、肺の底から声を振り絞り、全身の気力を肩と足先とに込めて、グリュクは相棒を振った。意思の名を持つ霊剣ミルフィストラッセも、吼える。


「でぁああぁあああぁああああ!!!」

(とあぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁ!!!)


 トリノアイヴェクスからは、大きくしなって海を横切る、全長300キロメートル以上の光の鞭が観測されていた。

 鞭はそのまま急速に起き上がり、大気と雲と電離層(でんりそう)とを切り裂き、秒速7000メートル以上で再突入を開始しようとしていた弾道弾に命中、これを見事なまでに破壊した。

 その有様が目に見えたわけではないが、外殻を、弾頭と推進剤を、姿勢制御装置に観測用機材を打ち砕く。

 その実感、手応えがあった。

 ただ、鞘に霊剣を納める事こそしなかったが、全身から力が抜けるのを感じ、グリュクは膝をついた。


「ほら……出来ただろ」

(うむ……よくぞ成し遂げた)


 霊剣も頷く。

 それは霊剣とそれを手にした魔女が、経験の継承の繰り返し果てに成層圏から飛来する極長音速(きょくちょうおんそく)の飛翔体を単独で撃墜する力を手に入れたということをも意味していたが。

 そこに、一人と一振りとが発した可能性を見届けるまで待っていたかのように、島の大地や周囲の浅海の底から光が吹き上がる。


「!?」


 それはあたかも、グリュクと意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)の放った光に触発されたかのように。

 上空で変形を完了したトリノアイヴェクスの乗員たちはともかく、島にいる面々にはまるで、世界全体が発光を始めたかのように感じられたことだろう。


「我々と意識を共有して未来を知ったドリハルトが……今の光を見て昂ぶっているとでもいうのか!」


 光はなおも、強まってゆく。












 隕石霊峰(ドリハルト)から40キロメートルほど東の海上。

 矢じりのような形状をした超高速の新型らしき空戦飛行機に手こずっていたカイツとレヴリスは、突如高空を東西に走った光の筋を見た。


「何だ?」

「分からん、啓蒙者の新兵器か……」


 なおも生き残った艦艇は対空射撃を続けており、2機で彼らを襲う新型の飛行機も、切り落とされたような形状の尾部から炎を噴きつつ、機関砲や誘導爆弾を見舞う。

 それに当たって動きが止まれば、さしもの魔人と銀灰色の鎧(シクシオウ)とはいえ危険が大きい。

 動き続けなければならない。

 だが、敵も味方も、太陽とは異なる異様な光に目を惹かれていた。

 しかもそれは彼らの目の前で、何かに弾かれたように角度を変える。

 西の海に突き立った光は細い柱となって、天を支えているかのごとくに立っていたが、程なくして消滅した。

 どこから発した光だったかと自問すれば、レヴリスの頭に思い浮かぶ場所は一つ。


「(西の方角……グリュクくんたちのいるドリハルトか!?)」


 しかし、異変はそれだけに留まらなかった。

 今度は光の消えた方角から、やや太い、色味の異なる光柱が立ち昇った。


「(何なんだ、一体……)」


 それに対する確証を得る前に、今度は彼の近くから何か、彼を眩く照らすものがあった。


「ん?」

「な、何だ……!?」


 魔人だ。

 魔人の姿となっいるカイツ・オーリンゲンの全身から、理由は不明だが光が溢れている。

 夜の雨上がりを照らす街灯から放射されているかのような、ほのかな虹色の輝き。

 それは、西の海上から噴き上がる閃光に似てもいた。










 そこから更に西に500キロメートルほど、海上を進んでいた移動都市、ヴィルベルティーレでも、隕石霊峰(ドリハルト)の状況に呼応するように、中枢動力炉、通称"心臓"が唸りを上げていた。

 長径9キロメートルの浮遊島のような状態となった移動都市の心臓にも、2000年ほど前に採掘された霊峰結晶ドリハルト・ヴィジウムが使用されており、魔力線を放出して動力に変えている。

それが今まさに、炉の隔壁すら貫通する光を放っているのだ。


「き、機関長!これってどうなるんですか!?」


 まだ幼い機関員であるシロガネ・アルジャンは甚だしく狼狽えてしまっていたが、彼女の50倍以上の年月を生きてこの魔力炉を見守ってきた妖族である機関長ですら、この状況は初めてだった。

 いや、強いて言うなら、似ているものをつい最近見ていたか。


「(復旧のために、二人の霊剣の戦士と"心臓"が同調した時……!)」


 彼らには知る術もないが、移動都市の心臓は、今まさに神代(かみのよ)の記憶を思い出そうとしていた。











「師父!どうされたのですか!!」


 銀髪痩躯の紳士が、動揺も露わに尋ねる。

 彼がいる音楽堂(コンサート・ホール)のような広い空間では、中心に祭壇のように設けられた高台の上で、巨大な白い篝火(かがりび)のような像が激しく揺らめき、踊っていた。

 更に西方、妖魔領域(ヴェゲナ・ルフレート)西部はグラバジャ辺境伯領。

 そこに聳え立つ未来予知装置"時計塔"の地下では、己の人格を装置に写し込んで予言装置になろうとした妖族と、その弟子とが未来予知の検証を繰り返していた。

 使い魔からの速報によれば、大陸戦争が再び勃発するという予知は、日付が二日ずれたものの、大陸中部決定的境界地域クリティカル・ボーダーでの衝突を的中させた。

 ならば、同日に起こるであろう隕石霊峰(ドリハルト)への攻撃も、実際に起きているに違いなかった。

 フレデリカや部下たちには現在その情報を集めさせてはいるが、何分遠洋に浮かぶ隕石霊峰《ドリハルト》まで展開させている使い魔はおらず、確証は無い。

 そう思っていた所に、師ーー時計塔中枢に生じた異変が、今のこの有様だ。

 白い予言の炎は悶え苦しむようにぼうぼうと暴れ、知らない者が見れば延焼を懸念しただろう。

 アルベルトは師の意識を確めるべく尋ねた。


「お気を確かに!苦しいのですか、師父!?」

(うぐああぁぁぁぁぁぁ……!)


 彼の師、デオティメス・クオ・セイニの記憶を持つ炎の影は、何かに慄くが如く、うわごとじみた思念を発した。


(記憶! 我が深層の更に下層に隠されていたのだ……星霜の彼方の想い出!)


 感極まったか、白い炎は風にさらされた自然のそれのように、激しく膨れ上がる。

 そして、予知室に溢れる光。アルベルトは眩しさに、思わず目を覆った。

 その光は昇降機の通る通路から地上にまで達し、時計塔を光の柱で包み込む。

 他の妖魔領域の内陸部でも、過去に放出された霊峰結晶ドリハルト・ヴィジウムを使用して製造された魔具や、下賜品として祀られていた無垢の塊を収める施設などでそうした発光現象が相次いでいた。

 一部を除いたその大半が、タルタスによって妖魔領域と魔女諸国に流出させられたものだ。

 大陸東部に散らばった霊峰の欠片が、その出自を思い出そうとしていた。











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