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霊剣歴程  作者: kadochika
第13話:神廟、開く
103/145

10.冥府未来








 青い空の色をした粒子は隕石霊峰(ドリハルト)を中心としたドリハルト島の、生物以外の固形物を無差別に覆ってゆき、そこから更に草花を象った、ひざ下程度の高さの構造を無数に成長させた。

 目の覚めるような色の植物のような物たちは、柔らかな光を放ちつつも透き通っており、これが尋常の物質で出来てはいないことを窺わせる。

 そしてその岩肌や砂地の多い荒れ野がちな地勢を隈なく埋め尽くした超常の草原は、数分と経たずにタルタスのいる海岸とは別の場所で戦っている者達の元へと広がっていった。

 美しくも異様な光景に、アダがうろたえる。


「グリュクさんっ!? この光る花、何なんですか!?」

「分からない……でも、もしかしたら!」


 グリュクは言葉を濁した。

 断言は出来ないが、実の所は思い当たる節がある。

 暖かな氷のような草花からは、蒼い粒子が、花粉か、はたまた綿毛で風に飛ぶ花の種子のように空中へと放出され続けていた。


「(……色は違うけど、霊剣の媒介粒子……!?)」

(…………!)


 腰の鞘に収めた愛剣から意識の流れが伝わってくるのを感じて、彼は震えた。

 半年前に、もはや永久に別れたものだと思い込んでいた彼の相棒、意思の名を持つ霊剣が、産声のごとくに、音ではない声を上げる。


(う、があ……あ、主よ! 何が……今、何が起きて……いるのだ!)

「ミルフィストラッセ!!」


 そして、再会の挨拶を交わすまもなく、意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)の剣身から黄金の旋風が溢れだした。











「これは……啓蒙者の兵器か何か……なのか!?」


 今まさに聖者の部隊と交戦しようとしていたその時、グリゼルダとセオは、背後からやってきた空色の波に飲まれたことに動揺を隠せずにいた。


「(花……!?)」


 聖者たちも把握していない事態なのか、優美な鎧と火器に身を包んだ娘たち――中にはグリゼルダと大差のない年頃に見える者もいた――も一様に歩調を乱し、後退しようとしているようだ。


「逃がさない――っ!?」


 蒼い粒子に覆われた大地は見る間に、同じ色をした花々や麦畑のような様相を見せ、グリゼルダたちの足元を覆ってゆく。

 そして、その先端の、花弁や穂のような形の部分から放出される、眩い青い色の粒子の群れ。

 それを警戒して防御しようとするも間に合わず、だが、グリゼルダは腰の鞘に収められた曲剣から伝わってくる覚醒の鼓動に思わず目を(みは)った。


(グリゼルダ……私は……?)

「レグフレッジ……!?」

(眠っていたのか……しかし……長い夢を見ていた気がする。長い……悪夢を)


 グリゼルダは、相棒に次に掛ける言葉に迷った。

 だが、軽口を叩く前に、その刀身から空に向かって、人体を巡る液体と同じ色をした赤い粒子が迸り出て。

 それはすぐに、赤い雨となって彼女たちに向かって降り注ぎ始めた。











 ドリハルト上空に浮かぶ、天船トリノアイヴェクス。

 島に覆いかぶさるように滞空し、障壁を張って東の沖合の艦隊からの飛行爆弾の射撃を防がんとしていたが、今やその船内も、島に上陸した者たち同様に混乱を来していた。

 操船室で多数の鮮やかな画面に囲まれていたトラティンシカも、船体下面の撮像機器から送られてきた島の様子を見て、上陸した夫の様子を案じていた。

 だがどちらかというと、今や太陽にも負けずに光り輝いている島の様子が、(おそ)ろしかった。


「何なんですの……あれは!」


 今やドリハルト島は、黄金の旋風が吹き荒れ、赤い雨が降り注ぎ、青い草花が咲き乱れる異様の大地となっていた。

 トリノアイヴェクスの観測機器が最大限に使用できるようになっていれば、その現象の意味は理解できただろうか?


「金色と、赤色の光は……見たことがあります」


 転移の妖術でいつでも味方を天船に回収できるようにしておくために情報の集まる操船室に待機していたフェーアが、意見を言った。


「でも、あの青い苔のようなものは……ミルフィストラッセさんやレグフレッジさんから出たものでないとすれば、タルタス殿下のパノーヴニクのものなのかも。そうだとしたら、どんな状況になってるのか全く分かりませんね……」


 不安げな声にトラティンシカは、彼女もまた、今や夫の無事を案ずる妻の身であることを思い出していた。

 ただ、証言などを聞く限り、特異能と称する粒子状の魔法物質が放出される現象は、いずれも霊剣の意識が顕在化している時にしか生じていない。

 眠りに就いていたという霊剣たちの意識が復活したのか、あるいはその精神が死んだままでも、粒子の生産自体は起こりうるということか。


「フェーアさん。必要な時にはいつでも転移して、上陸班を連れ戻せるよう用意を忘れずに置きなさいまし」

「はい」


 フェーアは貴婦人にそう促され、万に一つも失敗しないよう座標間転移の妖術を構築しては解くことを繰り返した。

 彼女は今普段着ではなく、トラティンシカが自領の魔具職人に作らせたという戦闘用の衣服を着ている。

 "魔闘衣(まとい)"と通称される全身を覆う魔具で、靴から上着と指先を覆う籠手までが一揃いになった、布製の甲冑とでも呼ぶべき形状だ。装甲された面の付いたフードを被ってしまえば全身が覆われ、威力の低い魔弾や火器ならば完全に遮蔽するという。

 これならば、救助にために転移した先でもある程度は安全に立ち回れようとの、トラティンシカの配慮だった。


「(グリュクさんも他のみんなも……無事にいてくれますように)」


 何かに祈るように念じると、自分の耳が、不安で前後にはたはたと揺れ動いているのが分かった。

 フェーアの耳は木の葉の形状をした、白い産毛に覆われた大きなものなので、ゆっくりと左右を煽っているような状態になってしまっているが、彼女は真剣だった。












 歴史上おそらく最初の、三振りの霊剣による三種の特異能が同時に発現した場所が、霊剣の原料の産出した地であるこのドリハルト島となったのは、果たして偶然だろうか?

 それとも、何らかの存在によって故意に引き起こされた出来事なのだろうか?

 あるいは、啓蒙者や狂王にも理解できない不可知(ふかち)不可思議(ふかしぎ)の巡り合わせといったものの作用した結果か。

 いずれにせよ、そこにはかつて移動都市ヴィルベルティーレで引き起こされた、黄金の旋風と赤い雨の相乗作用だけでなく、そこに更に蒼い草花による媒介作用が加わり、無数の記憶情報が入り乱れる特異点となっていた。


(吾人の粒子は、範囲内にいる知性体同士の記憶を共有させてしまい……)

(私の粒子は範囲内の過去の因果を抽出し、見せるものらしい)

(そして余の、霊剣パノーヴニクの粒子は、未来を見る!)

(どうなってるの、これ……!?)


 グリュクの持つ意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)と、グリゼルダの持つ裁きの名を持つ霊剣(レグフレッジ)、そしてタルタスの持つ道標の名を持つ霊剣(パノーヴニク)――及びアダの両腕に格納された復活せし名を持つ霊剣(エスティエクセラス)の音ではない言葉が、粒子の媒介を通じて島の全体に響き渡る。

 肌に感じるような風圧を伴うわけではないが、グリュクは(まばゆ)い粒子の風雨に呻いた。


「(またかよ……! ここまで大勢を巻き込んじゃ、何がなんだか……!)」

(許せ主よ、やはり止めること(あた)わぬ! 他の霊剣の粒子を拒むこともだ……)

「(グリゼルダも……止められないみたいだな)」

「(ごめん!)」


 島の反対側に降下したグリゼルダたちも同じ状況になっている。それが島を覆う粒子の力で分かってしまうどころか、実際に彼女の意識が謝るのが伝わってきてしまう有様だった。


「(ていうか、この青い花と粒子……タルタスの仕業でしょ ! あいつの霊剣のこの粒子に反応して、レグフレッジもミルフィストラッセもだだ漏れに!)」

(だだ漏れっていう表現は変えてくれないかな……)


 少女の思念の語調は激しかった。どうでもいいことだろうが、恐らく実際に声に出して喋っている。

 だが、こうしている間にも大量の記憶が、彼らの中に流れ込んできていた。

 高層建築と溢れる人々、大地を覆い尽くす爛熟した都市圏。

 そこを行き交う、翼を持った人々。

 赤い空とそれを反射する波打ち際。それ以外には風化した荒涼の大地に降り立つ、背の低い塔。

 意見を(たが)えたのか、物理的に存在する訳ではないらしい奇妙な空間で、激しく論を戦わせあう人々。

 暗闇に浮かぶ、粉砂糖をまぶした青い宝石のような球体の周辺から、きらめく無数の光点が離れていった。


「(これは……もしかして、ドリハルトの記憶!?)」


 ドリハルト島と、そこにいる者達全ての抽出された因果が、記憶と共に共有され、一人の記憶よりも立体的かつ鮮やかな過去として蘇る。

 何千年、何万年。あるいは何億年も前の記憶。


「(遥かな太古、宇宙の果てからこの地に飛来した永久魔法物質の塊が、長い時間をかけて地殻変動に巻き込まれ、岩盤もろともに海上へ隆起したのだ。

 それが星々の世界を彷徨っていたのがどれほどの期間かは知らんが、そこに蓄積された記憶は、霊剣の奥底にも眠っている)」


 そう言って補足したのは、タルタスだった。


「(タルタス……!)」


 グリゼルダが、粒子の作用で島の東側にいるタルタスの存在に意識の焦点を向け、年頃の娘とは思えない狂犬じみた表情をしたのが分かった。

 敵意を向けられてタルタスからは、鬱陶しげな思念が発せられる。


「(既にこの島にいる全ての者が、何もかもを曝け出された状態だ。お前たちも、私の推測を理解していよう)」

「(偉そうに言うな! あんたもまともに状況把握できてないんじゃん!!)」


 グリゼルダはなおも吠えるが、それよりも、霊剣たちの動揺が大きい。

 意思の名を持つ霊剣ミルフィストラッセが、金色(こんじき)の粒子を噴き出しながら呟く。


(ドリハルト自体を含めたこの地にいる吾らに……魔女、妖族、聖者、啓蒙者……全員の記憶が吾人の粒子によって記憶を共有されている……)


 裁きの名を持つ霊剣レグフレッジが、赤い粒子を振りまきながら続けた。


(私とグリゼルダの赤い雨が過去の因果を抽出し、記憶同士の隙間を補強する……!)


 道標の名を持つ霊剣パノーヴニクが、空と海の色をしら粒子を放ちながら音ならぬ声で叫ぶ。


(本来であればごく近い未来しか見せぬであろう青い花々は、それらの膨大な過去情報を元に、高い精度で未来を見せるというのか!)


 三色の粒子たちが、輝きを増してゆく。

 誰も想像しなかった、忌むべき未来を視せるために。











 記憶は、そこで終わりではなかった。


「(……!?)」


 見えたのは、青空。

 海もあり、島々が群れていた。

 中心にあるのは、印象的な形状をしたドリハルト島だ。

 島には黄色の葉を付けた木々が茂っており、粒子に包まれた奇妙な場所にこそなっていないが、トリノアイヴェクスが上空に滞空している。これはごく近い過去か未来の、ドリハルト島の姿。グリュクにはそう思えた。

 だがそこに、天から雲を散らして突入してくるものがあった。

 極超音速でやってきた、巨大な矢のようなそれ――超長距離を弓なりの軌道を描いてやってきた飛行爆弾の一種――は隕石霊峰の上空で破裂、いや、消滅した。

 そして、そこを中心に異変が始まる。

 隕石霊峰(ドリハルト)とその上空に滞空していたトリノアイヴェクスが、次いで周囲の海の水とドリハルト諸島の島々が、大気に溶け込むようにさっと消え去り、次の瞬間には直径数キロメートルの巨大な火球となって、熱と光、音と衝撃波を発散させた。


「(フェーアさん――!?)」


 妻の乗っていたはずの天船が、一瞬で幻のように消滅したことに戦慄する。離れたところにいるセオも同様の光景を見ているのか、彼の感じた衝撃が伝わってきた。

 だがそんなことに遠慮をすることも無く、閃光は、地上に出現したもう一つの太陽のように、青白く鋭い閃光で見る者の目を射抜く。

 その光が収まると、巨大な爆炎の直下、ぽっかりと半球状に抉られた海に周囲の海水が流れ込もうとしていた。だが大量の海水はそこに殺到した破壊的な熱を受けて一気に蒸発、急激に体積の膨張した水は爆発の勢いを更に強める。

 大洋に屹立していた隕石霊峰(ドリハルト)は消滅し、天の果てを目指して伸びる樹木のような形状の雲が出現、ドリハルト諸島の他の島々や近海の広範囲の海上は海水に由来する霧に飲み込まれた。

 強烈な上昇気流で爆心地の気圧が下がり、一度広がった霧の海は時間を巻き戻したように戻る一方、球状に広がる衝撃波は海を同心円状に押し広げてゆく。

 意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)の、悲嘆の混じった驚愕が伝わってきた。

 天を覆う伝説の怪物のような爆炎はあまりに巨大すぎるためか、気味が悪いほどにゆっくりと膨張しているように見える。


(――!)


 空を見上げれば――霊剣たちの粒子が複合した作用で未来の光景を垣間見ているグリュクたちだが、どこに立った視点でそれを見ているのかは、何故か曖昧だった――、何か丸いものが見える。

 月や太陽ではない。見た目の大きさは似ているが、それは空色で、輪郭()()()()()()

 まるで、巨大なレンズが彼方に浮かんでいるような。

 そして、その()()()()の透明な円から天を衝く巨大な傘状の雲に向かって、光芒(こうぼう)が差した。

 それによって、明確な閃光や爆音が生じたわけではない。

 だが、飛来した一本の巨大な飛行爆弾によって消滅したドリハルト島のあった筈の波間に、大量の海水を割り、巨大な何かがせり出してきた。

 流れ落ちて滝壺の霧のように沸き上がる海水と、陽光を浴びてきらめく滑らかな表面。

 グリュクたちの眼下には、標高何万メートルはあろうかという巨大な地形――いや、害意で出来た圧倒的質量の怪物が姿を現そうとしていた。

 噴煙が風に流され、全ての海水が流れ落ちるのを待って、その実体を確かめるまでもない。


「(……今なら分かる)」


 粒子の力と、記憶を共有した無数の意思とが交差して生み出す洞察。

 あれは、この世界の終わりを告げるものだ。


「(ドリハルトと周辺の海水が、あの飛行爆弾の弾頭の力で()()()()()()()()()……

 それを材料にして、あんなものを作ったっていうのか!)」


 魔法術や妖術、そして秘蹟と呼ばれる超常の力は、魔女や妖族、聖者や啓蒙者の体内にある”変換小体”と呼ばれる細胞小器官の働きがあるためと言われている。

 魔女諸国の技術では顕微鏡で何とか観察できるといった大きさの代物だが、啓蒙者によれば、これが天から降り注ぐ魔力線からエネルギーを取り出し、魔法術や妖術、秘蹟に変えているのだという。

 そうした術というものは全て、「何らかの物質、もしくはエネルギーを生み出す作用」という形態を取る。

 それは射撃のための弾丸――魔法物質であったり、照明のための光であったり、あるいは念動力場に高圧電流、そしてあるいは重力の偏向作用や、空間を変形させる次元対称性の一時的な遷移であったりする。

 そして、魔法術であろうと妖術・秘蹟であろうと、これら全ての変換小体の作用による超常の現象は、全てが、ごく微小ではあるものの、維持を止めればすぐに崩壊してしまう魔法物質とは異なる、水素や遊素(ヘリウム)といった通常の物質を跡に残す。

 これはつまり、非常に効率は低いものの、魔力線が通常の物質に変換可能であることを示す。

 逆に言えば、万物の根源は魔力線であり、然るべき理論とそれを実現する技術が確立していれば、全ての通常物質は魔力線へと「還元」が可能であるということでもある。

 広範囲の物質を、魔力へと「還元」してしまう兵器が、使用されたのだ。

 巨大な爆発は、「不完全な還元」をされた物質が、光や熱エネルギーに変わったために生じたのだろう。

 大量の天然永久魔法物質(ヴィジウム)の鉱脈――ひょっとしたら無垢に近い塊であるかも知れない隕石霊峰(ドリハルト)をそれによって()()する。

 それほどの科学技術を使って、啓蒙者は世界を滅ぼす怪物を創りだしたのか。


(怪物が……盲目の鷹が!)


 意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)が声を上げる。

 盲目の鷹というのは、恐らくその形状が、眼窩のない猛禽のようにも見えるからだろう。

 名付けの好きな意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)の独特の表現だが、その盲目の鷹の山脈じみた巨躯の表面に、無数の光点が出現していた。

 それらは膨れ上がったかと思うと急激に収縮し、そして無数の閃光のシャワーとなって天へと昇り――

 そして数秒と経たず、滅びの豪雨となって世界に降り注いだ。

 一筋一筋に、一国を消し飛ばしてしまう威力が秘められていた。

 大地は地下数キロメートルに渡って掘り返され、海は海溝よりも深く抉り取られた。

 水陸を問わず、惑星の全表面を覆う閃光の嵐。


「――!!!」


 世界に、破壊あり。

 グリュクだけでなく、彼以外に粒子の作用でこの光景を視ている者全てが戦慄していた。

 そして、少し時間が飛び、光が消えて闇が現れる。


(否、闇ではないな……)


 道標の名を持つ霊剣(パノーヴニク)が呟くと、彼の言う通り、グリュクたちの見ている光景は闇一色ではないことが分かった。

 黒い空、赤い海。

 惑星の空は舞い上げられた粉塵によって太陽光が遮られ、果てしない黒に覆われている。

 地殻を数十キロメートル、時には数千キロメートルに渡って抉られたため、核から流出した鉄が酸化して海に溶け、海の色は赤く染まっていた。

 ただしその海も、地表の7割を覆っていたかつてのような広さは無い。幾度と無く傷つけられた地殻の隙間に吸収されてしまい、大きく面積を減じていた。

 今や、液体の水はかろうじて残った海溝の底などに幾ばくかが残っている程度だ。

 太陽も月も星も、天の光は全て奪われ、大地に灯っていた文明の光も消え去っている。

 細かな種の差異も含めれば億を超えたであろう多様な生命も、既に一つとして残っていない。

 ただ、溶岩流が川となって地表から熱を放ち続けているため、そこから放射された光で、世界は少しだけ赤く照らされていた。

 全て、滅ぼされてしまった。

 だがもし、何らかの意思と知覚のための器官を持つ存在がこの惑星に残っており、赤く煮えた大地と星明かりすら無い暗闇に包まれた哀れな惑星を、隈なく探査したならば。

 かつて大洋に浮かぶ高山島のあった地点に、標高100キロメートルを超える巨大な構造が佇んでいるのを発見したことだろう。

 その名前のない怪物だけが、滅び去った世界を睥睨(へいげい)し、存在していた。

 表面は遠目には滑らかに見えるが、近づいて見れば紋様らしき無数の線や図形に覆われた素焼き粘土のような質感だと理解出来る。

 もし(たと)える者がいれば、それを、翼を畳んで佇む猛禽になぞらえたかも知れない。

 眼窩(がんか)の無い巨大な鷹が見守る、熱死の世界。

 それが、グリュクたちの垣間見た隕石霊峰(ドリハルト)の、そしてこの地上の未来の姿だった。


(これは……盲目の鷹の佇む冥府……!)


 その表現は、妙に似合っている気もした。

 だが、そんな関心も眼下の圧倒的な光景にかき消されてしままう。


「(……あれが、俺たちの今いる世界の未来の姿ってことなのか!?)」

「(この島の跡地に生まれる怪物が……世界を焼き尽くす……!?)」

「(こんなことが起きて、わたしたちだって無事じゃいられませんよね……?)」


 グリゼルダとアダからも、島の生態系を満たす粒子を通して動揺が伝わってくる。

 グリュクも無論していたが、グリゼルダもまた同じく。

 アダに至っては無理もないことだが、泣きそうですらあった。

 意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)が唸る。


(分からぬ……このような未来、信じたくはないが――)


 輝く地獄は小さな世界を天体レベルで痛めつけ、そこにへばりついた哀れな生態系とささやかな文明とを、埃をはたいて落としたかの如くに駆除し尽くしてしまった。

 残るのは、燃え(かす)のような無味の箱庭だけ。

 そんな呆気無い世界の幕切れが、これから起きる。

 黄金の旋風と赤い雨と青い草花たちが、そう伝えているのだ。











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