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霊剣歴程  作者: kadochika
第13話:神廟、開く
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09.花は風雨に揺れ踊る








 聖者には、可視波長の外側、すなわち赤外線や紫外線といった、通常の人間の視覚では捉えることのできない波長の光線も、図像として認識することが可能だ。

 赤外線の波長は熱の強弱として捉えられ、聖者たちの視界には今、数千度に加熱された仮想物質の球殻が映し出されていた。

 内部は推定で1000度近く、このまま断続的に秘蹟で炙り続けて、蒸し焼きになって人格の吹き飛んだ擬人体を回収するはずだった。

 しかし、秘蹟の火焔を放射する要員を聖ルミーレから聖フォルトゥナに交代しようとした時、球殻を内側から破壊して、擬人体が飛び出してきた。


『熱状況は平常、加熱の効果が見られず』


 聖者の心理として、人間の兵士のような驚きや疑問、恐怖の感情は低く設定されている。

 しかしもし、彼女たちに普通の兵士と同様にそうした感情があったとしたら、大きく混乱していただろう。

 加速は擬人体にかかる負荷が大きく、使えば使うほど、熱が蓄積して機能が落ちる。

 短時間とはいえ高温で蒸し焼きになっていたならばなおのことだ。

 なのに、なぜ活動できる?

 なぜ、なおも加速して、彼女たちを翻弄できるのか!


「(頭が……冴える!?)」


 アダもまた、驚いていた。

 際限なく加速できるかのような、己の自由さに。

 それも、ヒルモア博士から渡されていた、紙巻(かみまき)煙草(たばこ)の箱のような物を咥えて吸ったためだ。

 彼の言葉を、思い出す。


「……これは?」

「聖女の前では言えないが、いずれ君にとって大切になってくる。持っておきなさい」


 カトラによれば、それは、冷却強化剤。

 擬人体に人類で最も精通した男が作り出した、強力な冷媒作用を持つ化合物だった。

 それはアダの体と頭脳を急速に冷却し、より速い加速を可能にする。

 見た目は本当に、まるで紙巻きタバコを吸っているようではあったが、その効果は本物だった。

 経口で体内に取り込まれた冷媒は籠っていた熱をあっという間に駆逐し、今は代わりに冬の空気のような透明感と羽を思わせる軽やかさが、アダの体に漲っている。

 方や聖女たちの動きは、先ほどまでと比べて明らかに鈍化していた。

 いや――


「(私たちが、限界を超えて加速している!)」


 圧倒的な速度差に罪悪感さえ覚えながら、宣教師たちに肘を打ち込み、蹴りを浴びせ、そして武器を奪って破壊する。

 ゆっくりと吹き飛んで行く聖女たちに無数の打撃を与え、もうこのくらいでいいだろう、というところで加速を解除すると、彼女たちは装備を撒き散らしながら四方に転がった。

 さすがに四肢までばらばらにしてしまうことは無かったが、まさに蹴散らすという表現こそが相応しい、圧倒的な逆転劇。自分には不相応な力だというのが、加速を解除して最初の感想だったが。


「……!」


 ヴィットリオを守る力というものに対して、彼女が考えていたのは、こうした暴力的な在り方では無かった。


(でも、私たちの考えが甘かっただけで、力を手に入れるっていうのは、本当はこういうことなのかも知れないね……)


 霊剣の呟く言葉に自分の選択の意味を示唆されたように感じて、アダは気後れを自覚した。

 戦って勝利する、相手を退けるというのは、こういうことなのだ。


「アダ、無事かい!」


 声のする方を振り向くと、赤い髪の聖女を背負った青年がやぶの向こうから姿を見せる所だった。


「無事です」


 答えはするものの、同じ髪色の女を背負う彼の事情が気になり、アダはやはり、尋ねてしまった。


「グリュクさん、その人……」

「魔法術で昏倒させた。君は無事か。他の聖女は……君だけに任せる格好になっちゃったみたいだね。ごめん」

「いえ、それより……その人背負ってて危なくないのかなって」

「……俺の母親らしいんだ、この人」

「……!」


 今、アダはどんな表情をしただろうか。

 母親を恋しがる子供の顔を、あるいは目の前の青年を羨ましがる目をしていたのかも知れない。

 グリュクが、目を伏せて謝る。


「ごめん、君はお母さんと一緒に働いていた屋敷を追われていたんだったな」

「いえ、その……誰でも、家族は大事にすべきだと思います」

「ありがとう。戦争が終われば、君のお母さんに会える可能性が増えると思う。俺も、君とヴィットリオに協力するよ」

「ありがとうございます……」

(まーそろそろその辺にして、わたしたちが蹴散らしちゃった聖者、逃げられる前に動けなくしときましょ。グリュクさん、その気絶の魔法っていうの? 他の聖者にもかけときましょうよ)

「よし……アダ、ちょっとこの人を頼むよ」


 グリュクはそう言うと、背負っていた聖女をアダにゆっくりと引き渡した。

 腰の鞘から霊剣を抜いて構え、立ち上がろうとしていた聖者に向かって注意深く歩き始める。

 だが、その時グリュクとアダと、復活せし名を持つ霊剣(エスティエクセラス)の感覚に大きな揺れが走った。


(……!?)

「……地震、じゃないな」


 島の何処かでは、未だに戦闘が続いているのか、断続的に爆音や噴煙が上がっていた。

 だが、それとはまた異なる、大気が鳴動しているかのような感覚は、アダも感じていた。

 擬人体の感覚装置では、そのような振動などは検出していないのだが。


「――いや、これは……ドリハルト自体が揺れてるんだ。山の奥底で、何かがうごめいてる感じがする……アダはどうかな」

「わたしは……」


 歴戦の魔女であろう彼にそう尋ねられても、体が超人級の機械になっただけの小娘であるアダとしては、所感を述べるにさえ困るというのが正直な感想だ。


「そんな気がするだろうと言われればそんな気にもなりますし……気のせいだったと思ってしまえばそうなんだろうとしか」

「……そんなもんだったよ、俺も」


 彼がそういうと、その背後に見えていたドリハルトの山の向こうから、大地が青空の色に染まったかのような輝きが押し寄せてきた。











 弾丸以上の速度となって襲来する捧神司祭の暴威は、あっという間に海岸を形成していた岩盤を粉砕し、岩礁地帯に変えてしまった。

 高速で繰り出される秘蹟に、原理は不明ながら意志を持つように動く無数の鎖。

 戦闘能力においてはあのフォレルすら上回るらしいこの啓蒙者一人を相手に、ヴィルヘルムたちはいつの間にか防戦一方となっていた。

 巨大煙管に体重を預けるようにして防御障壁を解いたフランベリーゼが、呻く。


「本当の……化け物か!」


 翼を象った仮面の宣教師は、悠々とその発言に返事をしてみせた。


「人類に教義をもたらし、次なる階梯(かいてい)へと携挙(けいきょ)せしめる使命を帯びたる我が身は、お前たちから見ればそれにも等しかろう。信仰と布教の化身者を阻むことは出来ぬ。選択せよ、汚染種たち。

 退くか、滅ぶか」


 汚染種と会話をしてはいけないという教義は無いのか、捧神司祭ロメリオ・バルジャフリートはやたらと饒舌だった。

 実際には選択などさせるつもりもないらしく、ヴィルヘルムたちには司祭が呪文のように語り続ける言葉の裏で秘跡を構築しているのが理解できた。


「(何の――どういう術だ!?)」


 科学においても進んだ啓蒙者は、妖術のような超常の力を完全に理解し、妖族にも魔女にも理解できない次元の超越的な効果を持つ術――秘跡を扱う事も出来ると言われている。

 ヴィルヘルムも、恐らくはフランベリゼもハナルースとマナルースも、アルツェンも、それが恐らく危険であることは理解できた。

 そうした時に定石となる対処法を、ヴィルヘルムが先んじて実行した。


「名状しがたき(なにがし)かよ!」


 破術(はじゅつ)

 魔法術や妖術、秘跡そのものを破壊する術。間に合いさえすれば、大抵の未知の術を打ち消すことが可能だ。

 だが、


「(打ち消せない!?)」


 正確には、構築された術の原型が複雑で巨大なものだったため、ヴィルヘルム一人の、即効性を重視した中規模の破術では破壊できなかったのだ。彼らの知り得ぬ事実ではあったが、捧神司祭は機械化手術によって強化されており、秘跡の構築・発動の能力においても彼らを大きく上回っていた。

 まるで風を吹き込まれて燃え上がる炎のように、正体不明の術は完成して司祭の誓文と共に威力が解き放たれる。


「倒れた、大権の国が倒れた――そしてそこは悪霊の住処、あらゆる汚れた霊、あらゆる汚れた忌まわしい獣の巣窟となった!」


 口早に聖典の一節が唱えられるのと、破術が効かないのを悟ったヴィルヘルムたちが座標間転移の妖術を発動するのは、どちらが早かったか。


「沈黙する大気よ!」


 いや、そのどちらよりも早く、空間を操る妖術がその戦場に介入し、未知の秘蹟を打ち消す。

 司祭が、狂王の子たちが、その場に現れた妖術の使い手の方に目を向けた。

 捧神司祭ロメリオ・バルジャフリートが、黄金の翼を揺すりながら吐き捨てる。


「――汚染種の王の子がまた一人」

「タルタス兄上……!」


 そこに現れた男は、ヴィルヘルムたちの知るタルタス・ヴェゲナ・ルフレートではなかった。

 慇懃無礼な、礼服の陰謀家ではなかった。

 無骨な青い色の全身鎧に、無数の剣を携えた、完全武装の出で立ち。

 それどころか両肩には特に巨大な、2メートルを越えようかという長く重厚な剣がとりつけられており、ヴィルヘルムたちはタルタスの正気を疑った。

 兜まで被っており、面を下ろせば顔すら見えなくなる状態で、まさか、彼自身が戦うというのか。


「諸君、ここは私に任せてもらおう」

「言いたかなかったが……正気か、タルタスお兄ちゃんよ」


 フランベリーゼが、司祭の動向からは目を逸らさずに呻く。


「精霊万華鏡を破られ、天蓋も奴の一撃でご覧の有様だ。こうなっては、私も意趣返しと洒落込む他はない。柄にも無いことにな……それに何よりも」

「……!!」


 再び動揺が走る。

 捧神司祭が今一度、未知の術を構築し始めたのだ。


「破綻する変革よ!」


 タルタスの周囲に何かの力場が揺らいだかと思うと、司祭が再び構築していた巨大な秘蹟はやはり、跡形もなく消え失せていた。


「司祭閣下の秘蹟は空間に干渉し、問答無用で敵を破砕してしまう様式のようだ。多少なりともその手の術を研究していた私でなければ、対抗は難しかろう」


 タルタスはそう言うと、青い兜の面を下ろす。

 元々常に薄笑いを浮かべているような男ではあったが、それが鉄面の下に隠れてしまうと、声音は真剣そのものだった。


「何より、試してみたい。私と私の集めた魔具の武力が、啓蒙者を相手にどこまで通用するものなのかをな」


 そこで言葉を終えると、深海の色の鎧と多数の魔具剣に身を包んだタルタスは足場の岩を激しく蹴って、捧神司祭へと突撃して行った。


愚挙(ぐきょ)


 そこに殺到する、無数の鎖。


「舐めるな!」


 似つかわしくない雄叫びと共に、タルタスが両腰の魔具剣を一振りずつ振り抜く。鎖の奔流は次の瞬間ばらばらに砕け散り、その勢いのまま二条の剣閃がロメリオを襲った。

 司祭は切り裂かれることなく、逆に包帯に推し包んだ両手でそれぞれの刃を掴み取って見せるが、しかしタルタスの纏った深海色の鎧(カテナ・デストルエレ)には両肩の副腕があった。

 いや、両肩だけではない。両の腰にも二本ずつ、背部と膝の部分に一本ずつ、タルタスが腕を通しているもの以外に五対の腕が伸びて、その全てが魔具剣を握っていた。

 妖族の神話に登場する十臂(じっぴ)――十本の腕の怪物を模した形態だ。実際にはタルタス自身の腕を合わせると十二本だったが。

 吟巨人(ぎんきょじん)の剣――哲巨人(てつきょじん)の剣――硝鬼の剣状器官(ヴォルヴァルドル)――世界樹の種子エディアカラルグレイン――諸刃(もろは)魔笛(まてき)――霜の刻印の剣(ジノウァトカ)――黒い炎の剣(クセノゲニク)――剣なる灯火(ともしび)――繋ぎ結ぶ剣(ゾワウ)――如意震天戟(にょいしんてんげき)――十二柱艦隊の指揮剣(ザッツェルイクス)――そして道標の名を持つ霊剣(パノーヴニク)

 腰にはなおも抜いていない魔具剣を残し、十条の攻撃が司祭に殺到する。


「――!!」


 さしもの捧神司祭もこれは素早く後退して回避し、異形の戦士と化したタルタスは迷わずこれを追撃する。


「……ここはタルタス兄さんに任せよう。空間に干渉する妖術に長じた彼でないと効果的な対応が難しいのは、恐らくその通りだ」


 ヴィルヘルムは司祭に挑むタルタスの戦いを見て、他の異母兄弟たちにそう提案した。


「……そうかも知れねえな」

「異存ないわ」

「マナルースに同じく」


 王女たちは、タルタスの戦いに半ば目を奪われたようになりながらも頷く。


「…………正直、タルタス兄さんがああいう風に戦うってことをする人だというのが、この目で見ても信じられません」


 感嘆したように呟くアルツェンに、ヴィルヘルムは同意した。

 恐らく、彼らだけではないはずだ。タルタス・ヴェゲナ・ルフレートが、ああして貴重な魔具で過剰なまでの完全武装をまとい、敵に向かって正面から戦いを挑むという、天変地異よりも遭遇が難しい事態。

 目撃したのは、この百年ではヴィルヘルムたち五人が初めてかも知れなかった。

 それほどまでに、タルタスという王子は戦いを忌避する卑劣な男だという認識は、妖魔領域(ヴェゲナ・ルフレート)では支配的なものだった。


「そうだな……フォレル兄さんが死んで、思う所があったのかも知れない。彼は否定するだろうけど」


 五人はその場を離れ、他の妖族の義勇部隊も撤退していることを確認すると、破砕された岩とガラス質とで変わり果てた海岸を後にして、隕石霊峰(ドリハルト)山体の中腹にある採掘場へと向かった。

 敵もそこを目指しているはずだ。












 足場は悪い。

 元々は岩礁などの多い岩がちな海岸だったが、改造宣教師たちの突入体が熱線兵器で焼き払ったことで岩の表面はガラス化し、異母弟、異母妹たちがそれらと交戦した余波で更に破壊された。

 あまつさえ捧神司祭などという啓蒙者側の戦術兵器級の戦士が送り込まれ、数千年の年月の間を波にさらされて波打模様を描いていた岩盤は、今や砕けた岩やガラス質が散らばり海水で洗われるだけと化してしまっていた。

 それどころか、今度はその捧神司祭と完全武装をしたタルタスがぶつかり合い、荒れ果て具合に拍車をかけようとしている。

 両肩から伸びた副腕がそれぞれ保持している大剣――哲巨人(てつきょじん)の剣と吟巨人(ぎんきょじん)の剣を昆虫の足のように支えにして、接地性の劣悪な足場をタルタスは跳ねまわる。

 だが、縦横に鎖を張り巡らせてはタルタスを寄せ付けないよう動き回っていた司祭は仮面の奥で何事かを呟いたかと思うと、空へと向かって爆発的に飛び出した。


「(的になるつもりか――いや……!)」


 魔弾や熱線を投射できる魔具剣を七振り、その先端を司祭へと照準し、投網で鳥を落とすように狙い撃とうとしたその時。

 啓蒙者は急速に反転して飛び蹴りを放ってきた。


「フンッ!!」


 慣性偏向による、減速なしの急反転による飛び蹴り。威力は”天蓋(てんがい)”を破壊した時と同等かそれ以上、それをタルタスは両肩の副腕(ふくわん)で握った巨剣――哲巨人(てつきょじん)の剣、吟巨人(ぎんきょじん)の剣を前方に交差させ、防ぐ。反動で岩塊や海水が大きく後ろへ跳ねた。

 しかし、巨大な二振りの伝説の魔具は司祭の災害的な蹴りの威力を減殺した。

 タルタスは青い兜の中で小さく、安堵の息を吐く。


(油断大敵。このまま火力で圧殺するのだ)

「元よりそのつもりだ!」


 タルタスが世界樹の種子エディアカラルグレインを振れば岩盤が鋭い剣山となって急速に隆起して司祭を襲い、硝鬼の剣状器官(ヴォルヴァルドル)からはガラスの砕片のような魔弾が無数の煌めきとなって(ほとばし)る。

 黒い炎の剣(クセノゲニク)は光を吸収する漆黒の炎を猛烈な勢いで散布し、如意震天戟(にょいしんてんげき)からは荷電粒子線が青白い電光となってロメリオに殺到した。

 一種類の防壁では防ぎきれない多様なエネルギーが集中し、重砲艦すら爆沈する威力が隕石霊峰(ドリハルト)の海辺の岩礁に炸裂する。

 だがタルタスは司祭の状態を確認することはせず、荷電粒子線で蒸発した岩石の煙と漆黒の炎とが燃え盛る最中を敵のいるであろう位置に向かって突撃してゆく。

 タルタスは聴覚を選択的に――つまり聞こうとした音だけを増幅する作用もある兜の力で、司祭が高速で空間を破壊する秘蹟を構築し、誓文を唱えるのを聞いた。


「主は敵を私の前で、水が堤防を壊すように打ち破ってくださった!」


 次の瞬間秘蹟が発動し、海岸一帯の空間が大きく急激に爆縮(ばくしゅく)した。

 そこにあった全ての物体を巻き込んで、爆裂的に縮んだ空間は刹那にも満たない時間で復元する。

 空間は復元されるが、物質は全て、分子や原子、時には素粒子のレベルで破壊される。

 その時同時に壊れた一部の原子核から飛び出した大量のエネルギーが、光と熱、衝撃に爆音となって二次的に周囲を破壊した。

 むしろ被害の範囲はこちらの方が大きく、爆煙は島全体を飲み込んで大きく広がり、隕石霊峰(ドリハルト)の山体よりも高くにきのこの傘のような形状の雲を舞い上げてゆく。


(だが、そのような黙示録的破壊的秘蹟も、術者が巻き込まれないように発動した)


 爆心で再び司祭を捉えたタルタスは、両腕と一対の副腕で握りしめた道標の名を持つ霊剣(パノーヴニク)による渾身の一撃を受け止められながらも、不敵に呻いた。

 自分を巻き込まないように術を発動したであろう司祭の懐に飛び込み、更に空間破砕の威力が自分に及ばないよう、空間を変形から保護する妖術を使用して備えたのだ。

 既にヴィルヘルムやアルツェンたちが、爆縮の範囲の外へと出て別の敵を阻止しに向かったことは、深海色の鎧(カテナ・デストルエレ)が増幅してくれる知覚の作用で察知している。


「啓蒙者もまた、自己の被害を惜しむ一つの生命ということ。そこに付け入る隙はあるな、捧神司祭閣下(ほうしんしさいかっか)!」

不埒(ふらち)!!」


 仮面の啓蒙者は不愉快そうに吐き捨てると霊剣を握るタルタスの手を蹴って弾き、拳と翼、懐から飛び出す無数の鎖による乱打を見舞い始めた。


「消え去れ、(けが)れし本質よ! 生まれ変わらなくては、お前たちを救うこと(あた)わぬ!」


 懐から繰り出す無数の鎖を除けば、包帯らしき布で覆ったロメリオに武器はなく、徒手だ。徒手空拳で以って、タルタスの繰り出す21本の魔具剣の群れの猛攻を(さば)いている。

 ぶつかり合う魔具剣と拳、魔具剣と翼、魔具剣と鎖。


「貴様達に救ってもらうべき苦しみなど無い!」

「救う! 歩く人々と、世界に(あまね)く動く物と、()わりし物と、汚染種とをだ!」

「世迷い言を――貴様達啓発教義(けいはつきょうぎ)の信奉者どもこそ、この地上を去って”真の国家”とやらに逝き、勝手に救われるがいい! 妖魔と人の領域は、兄上こそが統べるべきだったのだ!」


 敵の能弁が感染したか、タルタスも不思議に、自ずと舌が回った。

 自分の中に滞留していた感情が、毒を吐き出そうとする肉体の働きのごとくに、口から這い出続けているかのようだ。

 古色蒼然、一見錆びて朽ち果てたかのような異形の剣――壊毀剣(デモリカ・ロムタミナ)の剣身の周辺に陽炎が発生し、強烈な指向性を持った念動力場が大量の貫通念糸となって司祭を貫こうとするが、前方に展開された黄金の翼の表面を削るに留まった。強い。

 かくも強靭な啓蒙者に挑むとあらば、無数の魔具に保護された狂王の息子であるタルタスといえども、勝つことは困難だろう。

 その実感とは裏腹に彼の血液は温度を増し、心地よささえ感じさせる脳内の分泌質がじわじわと頭の中を満たしてゆく。そんな気がしていた。

 あるいはそれは感情に侵された、論理を欠く思考だったかも知れない。

 タルタスは無根拠な直感で得てしまった答えを信じるのは好まない男だったが、しかし、凍てついた氷が陽光を浴びて溶け崩れるが如く、彼の精神は更に昂揚(こうよう)する。


「(私は……ずっとこうしたかったのだな。強く、激しく、暴れまわってみたかった。それが自分にはできないと、やるべきではないと。兄上にこそふさわしいと――そう思い込むようにして、自分を押さえつけてきたのか)」


 戦いを恐れていたのか、血生臭さを疎んでいたのかは分からない。

 だが、彼もフォレルもまだ若い時分から、啓蒙者の科学力の脅威を知っていた。


「(故に……啓蒙者との生存戦争に打ち勝つには、偉い者が強いだけの社会では足りない――そう思っていた)」


 武力に優れた個人がそれに比例した権力を占めるにもかかわらず、戦いとなれば指導者としての役割など忘れ、一人の戦士として敵を血祭りにあげようとする。

 そんなことで、神威の如き科学力を操る啓蒙者たちに対抗できるはずがない。

 タルタスとフォレルはそう考えて、矛盾するようだが力をつけて狂王位を襲い、妖族の社会を変えようと企んでいたのだ。


「然るに貴様はどうだ、啓蒙者!」

「…………!?」

「捧神司祭ロメリオ・バルジャフリート……私の情報が間違っていなければ、啓蒙者の軍区の一つを管轄する、最上位執政者の一人の名だ! そんな指導的役割を担っておきながらノコノコと前線にやってきて、こうして殴り合い、斬り合いにうつつを抜かす!」


 タルタスの罵声と共に、吟巨人(ぎんきょじん)の剣と哲巨人(てつきょじん)の剣を握った両肩の副腕が、二振りの大剣の切っ先を司祭へと向ける。

 その切っ先の間に電光が走り、念動力場と魔法物質の中間状態の存在で形成された球状の”揺らぎ”が形成、極超音速で前方に射出され、翼で前方を覆って防御の態勢を取った司祭を直撃した。

 司祭は粉砕された瓦礫の海岸線をなぞって南へと100メートルほども吹き飛び、黄金の翼の防御を解いて態勢を立て直そうとする。

 タルタスはしかし、深海色の鎧(カテナ・デストルエレ)の背部の推進装置を起動し、そこに追いすがって各種の魔具剣から魔弾とエネルギーの雨を降らせた。

 

「私は飛んだ間抜けだ! 貴様ら啓蒙者が、指揮や政治をやるべき統率者でさえ前線にやってくる愚かな種族だとも知らずにッ! これからは知略が肝要だの、権謀術数の大切さだのといった寝言に血道をあげていたのだからなぁッ!!」


 唾棄(だき)すべきことだが、べらべらと余計な言葉を吐き出すほどに、力が漲った。

 恨み節を魔弾に乗せて放つごとに、気が晴れていった。司祭は、にわかに猛り始めたタルタスを見て動揺の一つもしているだろうか?

 深海色の鎧(カテナ・デストルエレ)の兜で頭部全体を覆っているので相手からは彼の表情は見えないはずだが、もしそうだとしたら、痛快なことだ。

 道標の名を持つ霊剣(パノーヴニク)は、今は黙して何も語らない。

 だが、タルタスがこうして敵の真正面から全力を尽くして戦っている姿に、否定的な感情は持っていないらしい。

 それどころか、タルタスの戦意に呼応して、内部に蓄えられた記憶が活性化しているように思えた。

 そして昂ぶる霊剣がタルタスに更に力を与え、剣と剣士が互いの記憶と意識を増幅しあって行く。

 タルタスは吠えた。


「私は今すこぶる機嫌が悪い……私と兄上が多大な労力を払って開発を進めたドリハルトに土足で踏み込んできたお前たちのこと、ただでは済まさんと心得ておけ!」


 その瞬間、道標の名を持つ霊剣(パノーヴニク)の剣身から、輝く奔流が迸り出る。


「何……!?」


 怒涛の勢いで放出され続け、周囲に溢れかえった粒子は大地を覆って広がり、まるで植物を象った結晶のように成長していった。


(これが、これが余の……霊剣パノーヴニクの特異能か……!)


 澄み渡る青空の色をした草花が、隕石霊峰(ドリハルト)の大地を覆ってゆく。











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