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霊剣歴程  作者: kadochika
第13話:神廟、開く
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08.ゲット・バック











 その聖女は、彼の母。

 半年以上前に、廃墟でそう聞いた。

たわごとだ。動揺してはならない。

 だが、目の前で大地を蹴って突進してくる、彼と同じ髪色をしたその女が、自分のために腹を痛めたのが事実だとしたら。

 廃墟のサリア、リァツゴーの貧民街に続いて三度目の邂逅となれば、斬って捨てるべきはずの妄想に、性懲りも無くグリュクの切っ先は鈍った。


「(お前ならどう言ったかな、ミルフィストラッセ)」


 またも、剣先に感傷が混じる。

 出陣に際して携えたのは、貸与された高硬度鋼剣と、塔の刻印の盾(グエシルト)――及び、今は一言も発せず眠りについたままの相棒、意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)

 物言わぬ霊剣も、今は眠っているだけだと分かっている。

 だが、彼はその棺でも引きずりながら戦っているような、情けない違和感が手足にまとわりつくようにも感じていた。

 それでも突き出された長剣を弾き、這うかのように態勢を落として散弾銃の連射を回避した。


「(やっぱりサリアの時より速い……!)」


 何故そんなことが起きるのかと考えれば、それは目の前の女が、医学的、工学的、生物学的に、人為による強化加工の手術を受けたからに他ならないのだろう。

 それがただの女だったならば、グリュクにとっては哀れを催すだけに終わったかも知れない。

 しかし、そうではない。


「(それが俺の母親の体と心を、弄んだっていうことなら――!!)」


 絶対に許さない。

 無論、自分の肉親だという保証は無い。

 あるのは、間者ギリオロックの語った胡散臭い逸話と、髪色が同じという傍証にもならない共通点だけ。

 だが、霊剣を受け継ぎ戦った者として、短期間とはいえ染み付いた数十人分の剣士の経験と記憶、そしてそれらがもたらす洞察が、その女が彼の母親だった者の成れの果てだと、告げていた。

 助けたい。


光陰(こういん)よ!」


 彼を取り囲む複数の聖者の内の三人が、魔法術――星霊教会では秘蹟(ひせき)と言い換える超常現象を行使し、神経の交感間隔を増加させる。

 元々肉体の強度の高い聖者が使えば、その身体能力を限界まで引き出した、亜音速域での運動が可能となるだろう。グリュク一人がいかに剣の技に優れようとも、一瞬で背後に回り、反応する前に至近距離の射撃でばらばらの肉塊に出来る筈だ。

 しかし、そうはさせない。


「溢れよ!」


 グリュクは必殺の魔法術を高速で解放した。

 厳密には、直接の殺傷力は無い。

 更に言えば、破壊力など微塵も持たない術だ。

 だがその術で、山道の付近には大量の液体が出現していた。

 陸の上だというのに、膝の上まで浸かり切る大量の水――正確には、水に極めて近い性質を持つ魔法物質だ。

 これが、主観的な加速に突入した者にとってはどんな攻撃よりも効く。

 加速して高速運動を行う術者には、普段は気にならない空気抵抗すらもが爆発的に増加し、皮膚にまとわりつくようにさえ感じられる。

 このような液体となれば、足を引き抜くのも困難な、接着剤に似た強力な拘束になるのだ。

 水に近いとはいえ形状はある程度グリュクの側で維持しており、斜面になっている山道にひどく潰れたような水の塊が、飛び散ることもなくふよふよと揺れて聖者たちの加速を阻んでいる。

 自分も擬似水(ぎじすい)に腰まで浸かりながら、グリュクは女の名を叫んだ。


「アダ‼︎」


 その瞬間、聖者たちの包囲の外にから何かが姿を現した。

 グリュクの目でも捉えがたい速さで殺到した影が、それに気づいて重厚な小銃を構えようとした聖女――外見は年若い、少女といっても差し支えない長髪の娘を強かに打ち、魔法術で生じた液体の中へと蹴り飛ばす。

 グリュクにも増して特殊な経緯で霊剣の主となった、人工の身体を持つ娘、アダ・オクトーバ。

 加速して今まさにグリュクに殺到しようとしていた聖者たちは、彼が最初に放った爆裂魔弾の爆煙に紛れて近くに隠れていた彼女に反応が遅れた。

 加えて、通常の人間とも、魔女とも妖族とも体の作りが違う擬人体であるアダは、彼女たちの知覚では発見しにくかったこともあるだろう。

 一人を蹴り飛ばした反動ですぐに他の敵へと飛び、もう一人、またもう一人と、浮き船を次々に跳び移りながら戦う伝説の英雄のように蹴り倒していく。


「(このまま全員が擬似水の中に沈んだら、凝固(ぎょうこ)させて閉じ込める!)」


 そうすることで、聖者たちを無力化、拘束する。

 グリュクはブラットやギリオロックたちから、戦場で聖者に会った場合のことを聞いていた。

 彼らが言うことには、


「拘束して連れ帰ることが出来れば、過去に拉致された魔女たちの個人情報から身元が分かるかも知れない。

 元の人格や記憶を取り戻す方法を調べるには、いずれにせよ生きた聖者が必要になるしな。可能ならば捕獲して連れ帰って欲しいというのが、連邦の立場だ。連邦政府の指揮下にあるフォンディーナにも、協力が要請されてる」


 そうした話を事前に聞いていたこともあって、グリュクは島に展開していた聖者たちの部隊に対し、この作戦を採ったのだ。

 その判断に、私情を挟んでいなかった――とは決して言えないが。

 だが、


「うっ!?」

(やばい!)


 指揮官らしい白い鎧をまとった金髪の聖女が、アダの跳躍の軌道の先に長剣を投げ付けた。

 超音速の艦砲に匹敵する初速が出ていたかも知れないその一撃を、しかし加速しているアダは剣の腹を蹴りで弾いて回避する。

 だがその反動でわずかに速度が落ち、空中で出来たその隙に赤い髪の聖女――確か、サリアではマグナスピネルと呼ばれていた――が反応、直撃の寸前でアダの蹴りを受け止めていた。

 体重が90キログラムを超えるアダは聖女の両腕で右足の飛び蹴りを固定され、左足の蹴りでそれを振り払う前に自身も液体中に叩き落される。


「烈火よ!」


 グリュクとアダの奇策にも翻弄されず、彼と年頃も近そうな青年の聖者が破術――魔法物質や念動力場を分解する――を発動し、周囲に溢れ続けていた擬似水を急速に分解する。

 グリュクはすぐさま擬似水の維持を中止し、複合加速の魔法術を構築、解放した。


「研ぎ澄ませ給え!」


 神経の交感間隔を速める魔法術と、身体構造の強度を細胞と細胞の結合に至るまで大きく増加する魔法術が一繋がりになって発動する。

 身体的にはただの魔女にすぎないグリュクも、短時間ではあるが神経加速の状態にある聖者に伍する状態になり、そのまま彼は突撃した。

 母親は助けたかったが、だからといってアダを犠牲にする訳にはいかない。


「(仕方ない――!)」


 まだ擬似水は完全に蒸発しきらず、残っている。地面に叩きつけられて大きく隙の生じたアダへと銃撃を集中させようとしていた聖者たちに斬りかかり、強制的に乱戦状態に持ち込めば。

 敵は連携を取り戻そうとしており、カトラの言う通り、聖者同士ならば声や有線の通信を介することなく意思の疎通が可能なのだと理解出来た。

 言わば、全体で一つの意思を持っているのに近い状態。

 もしもこの時、何らかの手段でグリュクかアダが彼女たちの通信の内容を覗き知ることが出来たなら、次のようになる。


『宣教師マグナスピネルより聖アッシェンブレーデルへの提案』

『許可』

『感謝。

 私が汚染種を引きつけます。聖アッシェンブレーデル以下七名は擬人体を追い詰めてください。既に報告した通り、あの擬人体の加速機能と腕部の自由変形能力は熱負荷が大きく、連続してそれらを使用させることで短時間で制圧が可能になるはずです』

『あなただけはどちらとも交戦の経験がありましたね。採用とします。以後、アッシェンブレーデル分団は聖マグナスピネルの案に基づき制圧を行う。最初の御方の御加護あれ』

『最初の御方の御加護あれ』


 以上のやりとりは、実際には極めて記号的かつ一瞬で行われ、味方であっても彼女たちが送信した記録を文面に起こさなければ理解できないものだった。

 だが、その迅速な決定に従ってマグナスピネルはグリュクに、白い聖別鎧の隊長アッシェンブレーデルは残る聖者たちを率いてアダに、それぞれ襲いかかっていった。


「――!?」


 既にくるぶし程度にまで目減りしてしまっていた擬似水ではさすがに足止めにならず、グリュクは母かも知れない聖女の放った散弾を回避して体勢を崩しつつも、続いて突き出された長剣を霊剣ともう一振りの剣で弾いた。

 グリュクは、聖者たちの動きにわずかに動揺した。

 他の聖者たちが体勢を立て直したアダに対して殺到しているのに比べ、その一方で赤い髪の聖女()()が、彼に向かってきたという事実に。


「(まさか、バレてる…?)」


 彼がこの聖女を自分の母親かも知れないと、思っていることが。


「(あり得ないことじゃ無い、けど)」


 グリュク・カダンがその聖女に対して思い切って攻撃を加える事が出来ない、ということが、何らかの筋から――あるいは彼の動きなどを通じて知られてしまっているというのか。

 だとしたら。


「(クソッ!)」


 グリュクは胸中で毒づいて、聖女マグナスピネルを迎撃した。











 上、後ろ、左の三方向から立体的に、逃げ場を奪うよう放たれた榴弾を、かろうじて回避する。


「(直撃だけは!)」


 直撃を受けてしまえば、たとえ非晶質(アモルファス)高マンガン鋼の内骨格を持つアダといえど、無事では済まない。

 だが逆に言えば、直撃さえしなければ、生身の人間が破片で大量の裂傷を生じて出血死するような被害であっても、擬人体は動きを損なわれることはない。

 全身の皮膚と衣服に細かな傷を作り、乱雑に扱われたぼろ切れのように吹き飛びながらも、右手の復活せし名を持つ霊剣(エスティエクセラス)を土に突き刺し、念じて唱える。


「対空機関砲に、なぁれっ!!」


 土がその色や質感を失い、灰色の液体となって生きているかのように、受け身を取って転がるアダの右腕にまとわりつく。

 そこに形成されて行くのは砲身、薬室、弾丸……

 一瞬にして彼女の右腕の先に、砲身長125センチメートルの対物砲が形成され、発砲した。

 塗料弾ではなく実包(じっぽう)が発射され、アダ自身の目視照準に従い、弾丸は一人の聖女を直撃する。

 手の平よりも分厚い圧延鋼板(あつえんこうばん)を喰いちぎる威力の徹甲弾が複数発。

 大きな音を立てて聖女の甲冑と血液が弾け飛び、装備を含めた体重も200キログラムに満たない身体は大きく後退する。

 アダは反撃を回避しつつ、血しぶきとともに滞空したまま――加速中なので、一度空中に浮いてしまうとすぐには着地できなくなってしまう――動かなくなった聖者のことがが気になった。


「(……死んじゃったかな)」

(私たちだって一度死んでるでしょ! しょうがないことは気にしない!)

「(何かそれは違うような……あなたホントに私の分身?)」


 早くも別々の人格として、分化が進んでいるのかも知れない。

 呑気なやり取りをしながらも、残った聖者たちの射撃を避ける。


「!」


 そこに一瞬、切れ間が生じた。

 ひときわ鋭利そうな翼を装備した聖女が、突撃してくる。

 アダも含めて、その場の全員が加速状態にあるが、聖女たちは背中の機械の翼である程度飛行が可能のようだ。

 その中でも飛翔能力に秀でているらしい彼女の突撃は非常に低い位置を狙っており、しゃがんだ程度では両断されてしまうだろう。

 これを回避しようと跳躍すれば、加速中でも重力の働きだけは強まらないため、宙に浮いて身動きが取れなくなってしまう。

 機関砲を撃つが、障壁を形成されて防がれた。

 アダは右腕の対空機関砲の維持を解除して、土くれに戻った機関砲を振り捨てる。

 同時に左腕を展開、復活せし名を持つ霊剣を再び大地に突き刺した。


「鉄塔に、なぁれっ!」


 次の瞬間、アダの眼前に出現した合金の(やぐら)が、飛来した聖女の胴を下から強打し、甲高い衝突音と共に上空に弾き飛ばした。


『聖チェルベール!』


 続いて、巨大な斧を携えた小柄な聖女が彼女に襲いかかる。

 合金の(やぐら)を紙細工のように切断してアダに迫るが、速度と運動力、加速の度合いでは擬人体とはいえ軽装のアダが上回っていた。

 得物を再び振り上げる直前を狙って斧の頭を踏みつけて抑え、そのまま左肩に右足の蹴りを浴びせると、小柄な聖女は地面に跳ねて宙に浮いた。


「(この斧、使わせてもら――)」


 だが、柄を握って構える前に、斧の刃の部分に取り付いた別の聖者が、そこに付いているらしい()()を弄る手つきを見せる。


(!?)


 嫌な予感を覚えて左に跳躍すると、一瞬前までアダがいた場所を、巨大な爆炎が飲み込んでいた。

 ただの火ではない。柄の先端から徹甲弾か何かを射出したのか、彼女の後方に生えていた妖樹が10本以上まとめて吹き飛んだ。


「(斧と狙撃砲を組み合わせた、複合武器!?)」


 どうも先ほど合金の柱で吹き飛ばした聖女の持っていた剣のような翼といい、妙な武器が多い。

 まだ威力を見せていない幾つかの物も、見た目だけのものでは無いのだろう。

 警戒を強めつつ、しかしアダはそこで、己の体内にかなりの熱が溜まっていることにも意識が向いた。

 再び斧の柄から発射された弾を(かわ)して、姿勢が崩れる。その隙を突いて、二度目の一斉攻撃の気配がした。


「防空退避殻に、なぁれっ!!」


 唱えた時には、既に半球は完成している。

 だが、退避殻を襲ったのは弾丸ではなく、更なる高熱だった。


火宅(かたく)よ!」

「灼熱よ!」


 三人の聖女が高熱の魔法物質の奔流を吹き付け、アダの立て籠もる球殼を焼いている。

 融点の高い合金で形成された殻は簡単には破れないと見越した上で、加速と自由変形で蓄積されたままのアダの体温を更に上昇させ、活動不能にするつもりなのだ。

 エニレンメ市で発覚した弱点が、敵にも見抜かれている。


《啓蒙者や聖者なら、見抜かないまでも推測くらいはするんじゃないかな》

「(……!)」


 球殼内部の温度は、既に500度を超えていた。融点の低い一部の金属が溶け落ちるほどの熱で、足元の土はとっくに干からびて、雑草が発火している。

 カトラが見繕ってくれた彼女の戦闘用衣服も、高温にさらされ続けて熱分解を起こしかけているようだ。通常の化学繊維の衣服ならば、とっくに熱分解を起こしてぼろぼろになっている。

 擬人体のアダは、人間と異なり汗腺を持たない。彼女の体の放熱は、比熱の低い特殊な繊維素材で作られた毛髪と、腕部分に霊剣と共に内蔵された放熱櫛によって行うようになっている。

 それが、使えない。


『このまま加熱を続行。熱暴走で人格を吹き飛ばし、行動不能にして回収します』

『了解』


 聖者たちの熱攻撃は、途切れる気配を見せなかった。











 隕石霊峰の上空には巨大な天船トリノアイヴェクスが滞空し、全長1200メートルの巨体は島に大きく影を落としていた。

 比較的低い高度を流れる雲が島の上空に差し掛かり、薄紅色をした半透明の壁に阻まれて流れを変える。

 破壊された島の障壁に代わって、東の沖合いからの飛行爆弾の攻撃を防ぐためだ。

 もっとも、今は聖女を始めとした上陸部隊がいることもあるのだろう、艦砲や飛行爆弾による攻撃は止んでいたが。

 物言わぬ相棒を構えつつ、グリゼルダ・ジーべは妖族の王子と共に隕石霊峰の中心からやや西寄りの山腹で、自動巨人の部隊と交戦していた。


「邪魔!」


 小柄な少女が、自分の身長と大差のない大剣を振るう。

 巨神の針に両腕と胴体を横から輪切りにされて、全高5メートルあまりの戦闘兵器は斜面に生えた木にぶつかりながら転がり落ちていった。

 他の自動巨人が、彼女のような小娘を消し飛ばして余りある炸裂擲弾を撃ってくる。山の斜面を覆う林という狭苦しい地形でありながら、長さ150センチメートル余りの長大な剣を半ば引きずるようにして跳ね回る彼女は、爆発の余波を見切って接近、魔法術を使うことなく有人の装甲ロボットを破壊してゆく。


「7台!」


 少し離れた所では、セオが巨人の胴殻を、やはり長大な騎兵槍めいた魔具で刺し貫く。血液と駆動液が付着した穂先を抜き取って振り抜くと、それがその場の最後の一台だった。


(2台離脱したね……歩行騎士達を逃がすのを優先したのか)


 そんな声が聞こえた気がして、グリゼルダは我に返った。

 無論、そんなものは彼女の無意識の願望が生み出した幻聴にすぎないのだが。

 既に敵は周辺から撤退しており、グリゼルダ、及びセオは隕石霊峰を占領しようとする敵の別隊を探さなくてはならない状態だった。


「本当だと思うか」

「何がですか」


 グリゼルダは、話しかけてきたセオにそっけなく尋ね返す。


「タルタス兄上の秘書が語った、彼の霊峰採掘の目的だ。霊剣の戦士の感想を聞いておきたい」


 それを聞いてグリゼルダは、チェフカ・マリの台詞を思い出した。


「タルタス・ヴェゲナ・ルフレートが隕石霊峰から霊峰の結晶を採掘する理由は、それを妖魔領域全土に拡散することです。

 今回のように敵に攻められ、そしてもしドリハルトが陥落し、啓蒙者たちのとりことなった時……それは強力な兵器の源を明け渡す結果を見るだけと、我が主は懸念しておりました」


 隕石霊峰から産出する霊峰結晶は、記録が残っているだけで過去に何度か公式に採掘されている。

 代表的なものが、まだ技術レベルが低かった頃の啓発教義の国々が聖戦と称して攻勢に及び、そして妖族や魔女たちの強力な術に為す術もなく撃退された時。

 こうした時、戦勝をもたらしたとされる狂王――当時の魔女たちの目には、その妖魔たちの神が何かをしたようには見えなかったそうだが――と戦士たちに捧げられるものと称して、遥か太古の妖族の祖先たちが眠るとされる隕石霊峰(ドリハルト)から神秘の結晶、即ち霊峰結晶ドリハルト・ヴィジウムが発掘され、分配されたのだ。

 そして700年前のその時、その一部が剣匠として名を知られていた魔女、ビーク・テトラストールの手に渡り、意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)を始めとする霊剣たちが生まれたのだ。

 また、他の時代に分配された霊峰結晶ドリハルト・ヴィジウムも、それぞれがグラバジャの時計塔や、レヴリスの所有する移動都市ヴィルベルティーレの原型などに使用されたと考えられる。


「(……もしかして、カイツが東ベルゲの地下の虫の巣で呑み込んだ結晶って)」


 グリュクと何度か記憶を共有したグリゼルダは、魔人カイツ・オーリンゲンが以前、妖虫の住処の奥底で永久魔法物質(ヴィジウム)の結晶を摂取したのを知っていた。

 今なら、あるいはそれが何らかの手段でそこまで運ばれたものだったのかも知れないと分かる。

 そして、霊峰結晶ドリハルト・ヴィジウムを妖魔領域全体に拡散し、啓蒙者に抑えられるのを阻もうとしたタルタスの仕業なのではないかということにも、思い当たるのだった。


「(つまり、ここにはあたしとグリュクとアダ……タルタスのそれぞれの霊剣に、カイツの体の中の結晶までが集まってることになるのか)」


 それも、タルタスの要請によってだ。

 そこまで深まった思索だが、グリゼルダはセオを無視した形になっているのに気づいて顔を上げた。


「……秘書の言葉は嘘ではないと感じます。ただ、彼女も騙されてる可能性があるから、やっぱりこの目で確かめる必要はあるでしょう。採掘場を防衛することで、彼が本当に霊峰結晶を啓蒙者に渡さないようにしていたのかどうか、記録を遡ることが出来るかも知れないですよ」

「やはり、このまま敵を遊撃しつつ、採掘施設を守る。落ち着いて話をするにしても、敵はいない方がいい」


 狂王の息子は愛用らしい黒い魔具のマントを翻すと、生き残った敵が撤退した方向を睨む。

 島はさほど広くない。急峻で行軍に不向きなドリハルト山体を除くと、意外なほどだ。

 グリゼルダは、先んじて駆け出すセオの後を追った。











「光陰よ!」

「研ぎ澄ませ給え!」



 グリュクと聖女の戦闘は、山道を外れた森の中へと場所を移していた。

 妖魔領域の森の筈だが、このドリハルトと呼ばれる島の植生は、彼にも見慣れた緑の色だった。

 やや急な斜面を覆うその木々の間を縫って、二条の赤い稲妻が走る。

 聖女が放った閃光榴弾が炸裂し、腕の骨肉などで覆い隠しても容易に透過して網膜を焼く強烈な光が溢れる。

 グリュクはこれを霊剣の刃で防ぎ、その隙に浴びせられた散弾銃の乱射は横に跳躍して回避。

 霊剣と高硬度鋼剣を振り回して即席の土ぼこりを巻き上げ、その余波で切り飛ばした大振りな木の枝を聖女に向かって投げつける。

 互いに主観が加速している状態では、こうしたものの直撃さえも打撃になる。

 回避しようとも、斬り飛ばそうとも、銃撃で叩き落としたとしても隙が生じるはずだ。

 だが、その狙いは外れた。

 低い轟きと共に、土ぼこりの向こうから金属片が多数飛来したのだ。


「(爆発して攻撃を相殺する鎧を、自分から爆破した!)」


 サリアで一度、聖女の脇腹に致命の一撃を放ったはずの彼を返り討ちにした装備だ。

 だが、霊剣から受け継いだ700年の戦闘経験を持つ霊剣使いには、そうした手段も効果を減じる。まして一度受けた攻撃に、傷を負うグリュクではなかった。

 加速していない状態では以前同様に直撃を受けたかも知れないが、複合加速が使用できる今は、飛散する破片全ての軌道を見切り、最低限の二刀流さばきでこれを回避する。

 続いて殺到した散弾の雨は、左腕に装着した塔の刻印の盾(グエシルト)に当てて弾く。

 榴弾の連射は、近接信管が作動する前に二振りの刃のきらめきが両断してその機能を奪う。

 聖女は複合加速を使用する魔女を相手に爆風の余波で逃げ場を与えない戦術を取ったのだ。

 グリュクが今の連続砲火を切り抜ける可能性をかなり低く見積もっていたのだろう、爆炎をくぐって姿を見せた彼を迎撃する速度が、先程よりわずかに遅かった。

 グリュクは気迫とともに、迎撃の銃剣を銃身ごと霊剣で切り飛ばし、既に鎧を失っている聖女へと、体全体でぶつかって行った。

 加速したままの親子が、聖女と魔女が、ぶつかり合って空中へと飛び出す。

 崖の近くまで来ていたのだ。

 上から下まで30メートルほどの突き出した岩盤の(へり)から、二人は落ちた。

 飛んで逃げられないように、またそこに残っている武器を使えないように、霊剣と高速度鋼剣を振り下ろして、聖女が背中に装備した機械の翼を切り落とす。

 そして――互いに空中に投げ出されてしまえば加速状態を維持する意味が無いので、グリュクは複合加速を解除した。

 聖女も武器を奪われたからか、加速を解除し秘跡で彼を攻撃しようとしている。

 夢中で魔法術を構築し、そして聖女に先んじて、放つ。


「安らげ!」


 脳機能を弛緩させる電磁波がグリュクの指先の空間から発生し、聖女の額を直撃した。ここ最近は使う機会が少なかったが、至近距離で直撃をさせれば、意思の強弱などは無関係に昏倒させることが可能だ。


「(効いてくれ……!)」


 そう祈るグリュクだが、聖女はやはり改造の効能で常人より耐性があるのか、表情を苦悶に歪めつつ、受け身を取ろうと身をひねる。

 両手の剣を一旦放り出し、グリュクは聖女に組み付き、再び魔法術を構築した。


(すく)(たま)え!」


 そして二人が崖下の地面に激突する寸前、彼は重力作用を低減する魔法術を解放し、聖女と共に着地に成功する。


「うう……!」


 よろめきながらも、聖女マグナスピネルは彼の腕を力なく振り払い、数歩後退した。


『宣教師マグナスピネルより……聖アッシェン……ブレーデルへ……』


 味方に状況を教えようとする伝達文は途切れ途切れで、彼女の脳の活動が低下していることにも影響を受けていたため、他の聖者たちに伝わることはなかった。

 そうした事実はグリュクには感知できていなかったが、ともあれ彼は術の効果を認め、歩み寄って距離を詰める。


「!」


 やや動きが鈍っているが、それでも彼の首を()ね飛ばそうと、聖女は一太刀を浴びせてきた。

 だが、グリュクはそれを素手で弾く。その隙を狙って放たれた拳銃は、そもそも照準が外れていた。

 そこに、追撃。


「更に安らげ」


 再度の催眠電場の作用で、聖女はついに体の平衡感覚を失ったか、膝をついて崩れた。

 そのまま彼女が谷底の草の中にうつ伏せに倒れこむ前に、グリュクは機械や鎧の部品を殆ど失った聖女の小柄な体を受け止める。

 グリュクが大柄なこともあるが、こうして腕の中に収まってしまうと、それは不安を覚えるほどに小さく感じられた。

 目覚める様子はない。

 睡眠よりもさらに深い、昏睡、あるいは深昏睡と呼ばれる状態なのだろう。

 二振りの剣を回収し、母親の体をゆっくりと抱き上げると、剣士は呼吸を整えながら、自分の耳でも聞こえるかどうかという声量で独り言を呟いた。


「……見ててくれたか、ミルフィストラッセ」


 こういう時に、相棒が健在であれば何を言ったか、いまひとつ想像がつかないのが少しだけ悔しい。

 だが彼はすぐに、一人残してしまったアダや、島の他の地点に上陸しているグリゼルダとセオのことが気になった。


「飛ばしめ給え」


 グリュクは今度は重力の作用を反転させると、元来た崖の上へと谷底の土を蹴った。

 二人分の体重だが、今なら支えて飛ぶことが出来る。











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