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霊剣歴程  作者: kadochika
第13話:神廟、開く
100/145

07.捧神司祭










 飛行爆弾に積まれた爆薬や燃料なのだろう、それらはドリハルト周辺に生成された防御障壁に阻まれて目標に届かず爆散しつつも燃焼し、黒煙となって島の東の海上を覆い尽くしつつあった。

 小さな体躯を礼服で包んだ、巨大な石造の剣らしき物体を携えた少年が、東の海を見下ろす山道に佇んでいる。

 狂王の息子、狂王位第八の継承権者(けいしょうけんしゃ)、ヴィルヘルム・ヴェゲナ・ルフレート。

 今は飛行爆弾の猛烈な弾幕も弱まり、こちらまで届く轟音も小さくなっていた。

 彼は陽光に煌めくドリハルトの東の海を守る薄紅色の障壁と、それを包む黒煙を観察し、ひとりごちる。


「あまり長くは持ちそうにないな……」


 それは独り言のつもりだったが、横合いから反応があった。


「腹の調子でも悪いのかい、お兄ちゃん?」


 こちらは巨大な煙管(キセル)を携えた、左目に眼帯をした女。

 上背は平均的で――その時点で少年のような姿のヴィルヘルムより大きい――、肌の露出した四肢には炎のような文様の刺青が描かれていた。ウサギのような白く長い耳が、癖の多い金髪をかき分けて揺れる。

 タルタスの呼びかけに応じて隕石霊峰(ドリハルト)に集まった彼の異母兄弟の一人、第十位継承権者、フランベリーゼ・ヴェゲナ・ルフレート。

 ヴィルヘルムは、彼女に出来るだけ煩わしげに答えた。


「障壁の話だ……それとお前にそう呼ばれるのは正直な話気味が悪い。やめてくれ」

「仲良くしないといけないわ、ウィル。マナルース姉さまもそうおっしゃっているわ」

「ハナルース姉さまもこうおっしゃっているのに、分かってくれないなんて寂しいわ」


 更に彼の後方から、からかうような二つの同じ声。

 最も著名な双子の継承権者、第五位と第六位のハナルース・ヴェゲナ・ルフレート、マナルース・ヴェゲナ・ルフレート。

 ヴィルヘルムは嘆息して、手にした”(いしぶみ)”を軽く振った。

 巨大な永久魔法物質を成形して作られた石碑が、山道の傷んだ石畳を細かく砕く。


「あなた方もだ。僕たちは狂王節(きょうおうせつ)で家に集まった一般妖族のように、和やかに世間話などしていていい間柄じゃないだろう」

「僕はそれもいいと思います、ヴィルヘルム兄様」

「……アルツェン、君くらいは空気を読んで何も言わないでいてくれると思っていたが」


 左右の側頭部から、湾曲した大きな角を生やした温和そうな青年。

 第十四位継承権者アルツェン・ヴェゲナ・ルフレートに向かって、ヴィルヘルムはやはり嘆息しながら抗議した。

 タルタスの呼びかけで集まった継承権者は、この五人だけだった。

 彼は裏で下位の継承権を持った弟妹達にかなりの圧力をかけていたらしく、そうした継承権者たちはタルタスの罠を恐れてか、姿を見せなかった。

 この場にいるのは、タルタスに罠にかけられてもそこから抜け出す自信がある者だけだろう。

 セオあたりならば、自慢の天船を駆って現れるかも知れないと思っていたが、来ていない。そもそも、あのような風来坊のことなどは当てにすべきではないが。

 ヴィルヘルムは、隙あらばドリハルトの採掘体勢を破壊さえするつもりでここにやって来ていた。啓蒙者指揮下の人類艦隊が攻撃を仕掛けてきた時は本当に罠にはめられたと思ったが、彼が実際に切り札の精霊万華鏡でドリハルトを守ってみせたことで、少なくとも彼は少し、考えが変わった。

 ひとまずは防衛に協力をすることで、ヴィルヘルムたちの意見は一致している。


「タルタス兄様の呼びかけですけど、上位の僕たちがこうして集まったのは意義のあることだと思います。互いに父様の跡を襲う役目を争い合っているけれど、ドリハルトを守るっていう目標のためには協力も出来るっていうこと……タルタス兄様も、ドリハルトの危機を餌に他の兄弟を殺そうとするほど向こう見ずじゃなかったっていうことも、分かりましたし」


 アルツェンの言葉を聞いて、フランベリーゼが小さく吹き出す。


「けけ……確かにあの陰謀マニアにしちゃ、やけに真剣に仕切ってるみたいだが」

「どうせ採掘事業のためでしょうに?」

「ドリハルトを掘り返す権益を誰かに渡したくないから、私たちに守らせようというのではなくて?」


 ”聖地の破片を売りさばく不敬な兄”の金汚さを非難する双子だが、ヴィルヘルムはどうも、そうした従来の見方は少し違っているように感じていた。


「僕も以前嗅ぎまわってはみたが……どうも思われているほどには彼は自分の地元には金を入れていないようだ。どちらかというと、霊峰結晶ドリハルト・ヴィジウムを妖魔領域の各地に拡散させたがっているような節さえ……」


 だが、彼がすべての推測を口にする前に、状況に変化が生じた。

 新たな爆音が周囲に響くと、黒煙を遮っていた薄紅色の半透明の障壁から、内側であるこちらに向かって何かが突き出ている。

 猛烈に回転する、円錐状の棘のような物体。

 がりがりと耳障りな騒音を歌いながら、障壁を突き抜けて次々に岩だらけの海岸に落下してきた。

 葉巻の化け物のような形状で、前後の長さは10メートル程もあるか。

 波打ち際の岩肌に突き刺さったその数は、20を越えている。


「(障壁を砕いて突入するための兵器か!)」


 そうした兵器も、啓蒙者ならば作りうるのだろう。

 しかし、彼のような狂王の息子娘や、それに匹敵する強力な戦士ならばこそ、妖術の性能に物を言わせて突破出来るであろう障壁を、機械の力で貫くというのか。


「!?」


 だが、衝撃はそれだけに留まらない。

 障壁の貫通を果たして力尽きたようにも見えたその物体は、中程がばくりと開いて虫の眼を思わせる宝玉の列が顔を出した。


「破壊しがたき防護よ!」


 ヴィルヘルムがとっさに防御障壁の妖術を発動すると、大量の宝玉から発散されたエネルギーが半透明の障壁を炙った。


「(熱線兵器……!)」


 エネルギーが拡散しないように細工を施した光線を照射することで、対象を()く武器。

 理論の上では、そのような存在は予測されていた。啓蒙者の技術供与を受けたことで、星霊教会も実用化していたのだ。


「(だが、これほどの出力は長時間は保たない)」


 突入した先で大威力をばら撒き、つゆ払いを行うための兵器なのだろう。

 やや離れたところにいた妖族の部隊は防御が間に合わずに炎上し、急いで障壁を張って体制を立て直そうとしている。だが、突然の超高温で眼球などが沸騰・破裂してしまった者の治療は困難だろう。

 ヴィルヘルムの展開した障壁以外の、何もない岩肌や潮溜まりまでもが無差別かつ猛烈に加熱されていた。照射が始まって数秒で付近の海水は蒸発し、岩石は高熱のあまり発光し始めた。

 異母兄弟たちは彼の障壁の内側でこの焦熱の地獄に驚いていたようだが、フランベリーゼが不敵に笑う。


「しゃらくせぇ……我が炎こそが、より激しく熱い!」


 彼女が呪文を唱えて妖術を解放すると、火炎のような魔法物質の奔流が、熱線を発する複数の突入物体に向かって疾った。

 フランベリーゼの得意とする炎の妖術は、溶岩さえもが蒸発する温度の熱を発する。

 熱線の宝玉がどれほど耐熱性に優れていようが、彼女の火は障壁の向こうの忌まわしい突入体を消し飛ばすはずだった。

 しかし、


「氷雪よ!」


 ばくりと音を立てて突入体が放射状に変形し、その中から女の声がした。

 すると、そこから凄まじい冷気が巻き起こって付近の熱を中和する。

 ヴィルヘルムの障壁はこれにも耐え、中の五人は凍結を免れたが、既に周囲には霜とガラス質にまみれた無残な海岸が広がっていた。

 そこに花のように展開した多数の突入体の有り様は、妖族の神話に登場する冥界の花のようだ。

 そして、その中の一つから飛び出した、冷気の術を放った使い手と思しい、赤い髪の女。


「く……!」



 それが目にも留まらぬ速度で――戦闘能力においても地上の生物に並ぶ者のない、狂王の息子の動体視力に、だ――彼に向かって飛びかかってきた。

 彼女の持つ獲物がすさまじい速度で自分に向かって繰り出されるのを、ヴィルヘルムは咄嗟に”(いしぶみ)”で受け止める。

 だが、赤い髪の女の獲物はただの刃物ではなかった。

 それに付属している筒状の部品が、彼の顔面に向かって照準されている。


「(銃剣――!)」


 発砲音。

 だがヴィルヘルムはこれをすんでのところで回避、自分の体躯よりも巨大な”碑”を大剣のように操って、その腹の部分を盾代わりに飛び出した。

 女はきらびやかな甲冑をまとい、背中には機械の翼、そしてそこにも多数の銃火器を懸架しているが、その重量を感じさせない速度で”碑”の腹を両足の靴底で受け止め、反動で後ろに大きく飛び退く。

 こんなことが出来るのは生身の人類ではありえない。

 そう、あり得るとすれば敵に降った魔女か、もしくは。


「星霊教会の改造宣教師……!」


 啓発教徒の間では、聖者だの、聖女だのと呼ばれている存在だろう。

 彼らを目がけて発射される弾丸を”碑”で弾くと、ハナルースとマナルースの連携妖術が発動し、赤い髪の女を更に退ける。


「雨の降る――」

「されど水平に荒れ狂い!」


 海に向かって投射された魔弾の雨は急激に範囲を増し、展開した他の突入体から飛び出していた他の改造宣教師たちをも狙っているらしかった。

 だが敵も戦闘に長けており、複数名で重層の障壁を貼ることでこれを防ぎきる。

 脳に至るまで人間の肉体を加工して、魔法術を扱えるようになった兵士。

 前の大戦で啓蒙者が新たな技術を解放したために出現した、強敵であった。

 それが約二十人、突入体一つにつき、武装込みで一人が入っていたといったところか。


「(熱線兵器を搭載した突入体で露払いを行い、それが済んだら内部の改造宣教師が出て行って残った戦力を排除、占領に移行する――そういう段取りをするための戦術か!)」


 そして恐らく、上陸を果たしたのは彼らの目の前にいる者たちだけではあるまい。


「高温のみが、敵を払い得る!」

「虚無よ!」


 フランベリーゼの火炎の妖術が再び灼熱地獄を作り出す前に、複数の聖者が発動した破術がそれを消し飛ばした。

 彼女は巨大な煙管(キセル)で飛びかかってきた聖女の槍を受け止め、弾き飛ばした。

 魔法術の構築も発動も隙が小さく、手練であることを伺わせる手際。

 そんな敵が他の地点にも上陸しているのだとしたら、彼らより戦力的に劣る部隊では対抗しきれるのか?


「スタッカート、ピアーチェ!」


 アルツェンが腰の剣を抜き、その刃がまとった超常の切断力を、別の聖者に向かって叩きつける。

 黒髪の青年は、つや消しの重厚な盾でそれを防御するはずだったが、盾もろとも胴体までを両断されて吹き飛び、即死する。


「(あれがアルツェンの切り札か……?)」


 恐らくあれは、異母兄弟たちとの戦いに備えた、誰にも見せなかった切り札に違いない。

 見せてしまえばこの戦いのあと、ヴィルヘルムたちに対して不利になるにもかかわらず。

 無論、あれが最奥の手だという保証もないが。


「出し惜しみしている場合ではないな……」


 ヴィルヘルムも、体内に隠していた背中の翼と尻尾を展開した。

 表皮を持たない内臓のような質感をした、彼の美観に照らし合わせても極めて醜悪な器官だ。

 だがこれを隠さず体外に展開することで、妖術を用いずとも飛行が可能になる他、地上での運動速度も上がる。変換小体の活動で生じる毒素の分解能力が高いため、気兼ねなく大妖術を連発することさえ可能になる。


辯別(べんべつ)しがたき幻よ!」


 彼の呪文と共に”(いしぶみ)”から爆発的な勢いで煙が噴出し、聖者たちが強風を起こしてそれを吹き払う。

 煙が晴れる直前、そこから何人ものヴィルヘルムが飛び出してきた。


「兄ちゃん、あんな術まで使えたのかよ!」


 浴びせられる弾丸の雨を防御障壁で弾きながら、フランベリーゼが驚嘆する。

 ハナルースとマナルースも互いの死角を補いながら、群がる聖者たちをさばいていた。

 アルツェンは必殺の威力を持つ絶対両断の妖術を警戒されてか、火器で距離を開けられている。

 その全員に、ヴィルヘルムの妖術で生成された分身たちが加勢した。

 乱戦状態を作り出して連携をさせないことで、個々の戦闘力に勝る彼らが聖者部隊に対して有利に立つ。


「(恐らく突入部隊は、今はこれが全て……増援が来るまでに僕たちが全て撃破すれば、次からはあんな鈍重な突入体は侵入直後に破壊できる)」


 そうすれば、隕石霊峰(ドリハルト)ごと蒸発させてしまうような大威力の兵器を使いたくないらしい啓蒙者たちに対して、この島に集まった少数の妖族たちだけでも対抗しうる。

 タルタスが呼んでいるらしい増派が来るまでの時間を稼ぐことも、出来るかもしれない。

 突入体に多数の穴を開けられた防御障壁も、穴が塞がりつつある。

 だが突然、轟音と共にそれは粉々に破壊され、岩だらけの海岸に再び何かが炸裂した。

 岩盤の破片が飛散し、狂王の子たちも、宣教師たちも、全員がそちらを向いて動きを止める。


「………………」


 大きく破壊された薄紅色の障壁の破片が、きらめく粒子となって蒸発しつつ周囲に漂う。

 そこには、仮面で顔を覆った人型が佇んでいた。

 仮面は鳥の広げた両翼を象っており、視界を得ているらしいグラスの部分は血のように赤い。

 紅の染料と黄金の装飾が施されたゆったりとしたマントで全身の体型は隠れているが、相当な長身だ。

 その背中から黄金の色の翼が、彼の頭上に円を描くように広がれば、そこにいるのは信仰の化身――啓蒙者の司祭、その最上位の一人だと分かる。


捧神(ほうしん)司祭、ロメリオ・バルジャフリートが到着した。宣教師諸君はこの場を放棄し、採掘場を占拠せよ」

「……来やがったか、特攻隊長が」


 フランベリーゼが唾と同時にそう吐き捨てるが、彼女たち及び多数に分身したヴィルヘルムと戦っていた聖者たちは、命令を受けてか急に一箇所に固まるように動く。

 そして彼らには目も暮れず、ドリハルト山体の麓を目指して跳躍を始めた。


「逃すか――」

「それは私の台詞だ」


 捧神司祭ロメリオがそう呟くと、霊峰の麓に飛んでゆく聖者たちを追おうとしたアルツェンの足に、鎖が巻き付いた。

 じゃらりと彼に向かって伸びたそれは、包帯か何か、帯状の白い布で覆い隠された司祭の腕から伸びており、それは瞬く間に何条にも枝分かれしてアルツェンの四肢を絡めとる。


「う……!?」

「邪悪な生物は許さない――捧神司祭、ロメリオ・バルジャフリートは、お前たちを評定し、確かに滅ぼす」


 鎖はそれ自体が大蛇のように強い力を持っているらしく、手指にまで巻きつかれたアルツェンが、手にしていた名剣慈閃光(じせんこう)を取り落とす。

 更に鎖が伸びて、今度はフランベリーゼにハナルースとマナルース、そしてヴィルヘルムの分身全てに襲いかかった。

 フランベリーゼは巨大煙管で、ヴィルヘルムと分身は”碑”で、双子は素早く連携妖術を発動して障壁で、これを防いだ。


「ぬん」


 ロメリオが一声そう唸って腕をひねると、アルツェンの体が空中に舞い上がった。


「!!」


 そして、動きの取れない彼に向かって跳躍。

 天空に向かって飛び蹴りを放つ格好だ。


「アルツェンッ!!」


 ヴィルヘルムは分身と共に飛び出し、二つの分身が振りかぶった碑で鋏のようにアルツェンと司祭を結ぶ鎖を切り飛ばす。

 そして本体はアルツェンの側の鎖を全力で引っ張り、彼を引き戻した。

 結果として司祭の珍妙な飛び蹴りはアルツェンの体を貫くことに失敗して空振り。

 ロメリオ・バルジャフリートと名乗った上位啓蒙者は、勢い余って空中にまだ残っていた障壁に衝突する。

 耳を引き裂く爆音が聞こえると、天を覆っていた薄紅色の障壁の全体に亀裂が入り、次の瞬間崩落が始まった。

 魔具による制御を失った障壁の破片が、きらきらと光って妖族の聖地に降り注いだ。


「……なんて化け物だ……!」


 先程も障壁を蹴り砕いてやってきたようだが、信じ難い異常な身体能力を目の当たりにして、さしものヴィルヘルムも驚愕した。

 大量の飛行爆弾による一斉射撃を何時間繰り返しても破壊されなかった、タルタス特製の障壁を、ここまで破砕するとは。

 あのフォレルでさえ、飛び蹴り一つでここまで野放図な破壊力を出すことは出来なかったはずだ。

 隕石霊峰(ドリハルト)全体を覆っていた防御障壁も、ここまでされては復元が間に合わず、崩壊するだけだろう。

 復旧まで何時間かかる? 復旧するとしても、島の各所にある障壁発振の魔具を、上陸した聖者たちが放置するはずがない。

 数百メートルの高度から黄金の翼を広げ、悠々と降下してきた司祭が、宣言する。


「妖魔諸君。お前たちは力の限り抵抗することだろう。私はお前たちを殺害する以外に、それを止める術を知らない。よって――絶滅せよ」


 前の大戦でも、啓蒙者の司祭は前線に出てくることはなかった。

 妖族とは違い、指揮系統の上位者だからといって戦闘能力まで高いということはないのだろうと、思われていた。

 だがそれは、間違っていたのだ。

 ロメリオ・バルジャフリートが、マントに覆われていた両腕を掲げ、構える。

 ヴィルヘルムは、覚悟を決めて迎撃の妖術を構築し始めた。










 異界の島の空を覆う赤い壁が、東から西に向かって崩落を始める。

 かなりの質量と硬度を持った仮想物質の防壁が、自然崩壊によって虚空へと還ってゆくのだ。

 聖マグナスピネルはそれを見て、勝利を確信した。

 彼女の体を包む聖者用聖別鎧(アノインテッド)は、騎士用聖別鎧(ヴィグセル)よりも数段高度な技術で製造されており、防御性能も起重力も、運動能力も遥かに上回りながら、容積と重量は小さい。

 彼女自身に施された戦闘用強化も技術の開放によって更に洗練され、障害物の向こうに潜んだ敵汚染種(おせんしゅ)の形態を輪郭線で表示、更に脅威度もより正確に示してくれる。


「救済よ!」


 誓文に応じて秘跡弾が出現し、放物線を描いて岩陰の向こうへと着弾、攻撃をしようと隠れ潜んでいたらしい汚染種を肉片にして救った。

 汚染されてしまった生命は、殺すことでしか救い得ぬ。

 そう示すのが、啓発教義。

 そして啓発教義を実践にて遂行するのが、聖者であった。

 突入直後の戦闘で二名を失ったが、二隊に分かれて制圧行動を開始した。

 彼女の隊には指揮宣教師である聖アッシェンブレーデルの他に、聖フォルトゥナ、聖エインステルツ、聖ルフェウ、聖キュルガン、聖チェルベール、聖ルミーレが参加している。

 採掘場と予想される地点まではおよそ700メートル、脱落はない。

 防衛の拠点としても機能しているらしい、島の中心に近いそこを押さえることが出来れば、汚染種たちは動揺する。

 更に味方が苦戦している前線があれば、そこから打って出て敵の背後から援護することも出来る。野生動物を利用した敵の通信に対しては、味方の妨害が働いていた。

 こうした状況下ならば、聖者の機動力と火力は完全に発揮することが可能だ。


破砕榴弾(はさいりゅうだん)!」


 聖アッシェンブレーデルが凛々しく命令を発すると、聖フォルトゥナが両足を踏ん張り、”林檎の樹”と呼ばれている長大な榴弾砲を構えて大口径の榴弾を発射した。

 山道に土嚢(どのう)を積み上げた簡素な防御陣地(トーチカ)は一瞬で中の汚染種ごと破砕され、寸前に箒に乗って空中に飛び出した汚染種も、聖女用の空戦型聖別鎧(アノインテッド)に身を包んだ聖チェルベールの切断翼(せつだんよく)であっさりと輪切りになった。

 救済は着々と進行している。

 汚染種たちは間違った信仰を是正され、最初(さいしょ)御方(おんかた)のおわす清浄な(ところ)へと旅立つのだ。

 旅立て、汚染種。

 救われよ、哀れな生命たち。

 しかしその時、その神聖な行いを否定するかのように、世界が暗転した。

 いや、陽光が遮られたのだ。

 何によって?

 空を見上げる聖者たちの視界を覆う、巨大な影。

 そこから、何か小さなものが降下してくるのを、聖女である聖マグナスピネルの視覚は見逃さなかった。

 同時に、彼女の聴覚にも、上空からの声が届く。


「砕けろッ!」


 聖者たちは急速に接近する危険を感知して一斉に散開し、その直後、彼女たちのいた場所を巨大な爆轟(ばくごう)が呑み込んだ。


『警戒せよ』


 聖マグナスピネルの脳裏に、聖者たちの間で共有している情報網が流れてくる。

 彼女たちの頭上で太陽を覆い隠したのは、時折観測網にひっかかっていた、汚染種の気圏巡航艦である、と。

 それが東の沖合に展開している人類艦隊に妨害されずにここまで、極めて大きな速度で到着した。

 あのようなものを作り出す技術は本来、汚染種には無い。どのような兵器が搭載されているのかも、不明だ。

 聖マグナスピネルは、爆轟の跡、彼女たちの隊の眼の前に降り立った汚染種を睨んで、体の何処かがざわざわと騒ぐのを感じていた。

 ()しきことに、彼女と同じ赤い髪の、長身の青年。

 そんな姿をした汚染種が、口を開く。


「そこまでです。今度は、俺の手であなたを……止める!」


 その腰に収められていたのであろう二本の剣は、既に彼女たちに向かって抜き放たれていた。











 隕石霊峰(ドリハルト)を中心とする小さな群島から、東へおよそ40キロメートルの海上。

 そこを更に東に向かって飛翔する、二条の銀星があった。

 一つは、大気を切り裂いて飛ぶ、細身の銀色の怪物。

 その名も、アルクース。七色に――いや、今は八色に姿を遷して戦う、異形の超生命体である。

 この姿になる以前は学士の見習いとして身を立てており、その本名は、カイツ・オーリンゲンといった。


「おっさん、手筈(てはず)に変更は無いな!」


 彼が大気の流れに負けないよう大声で呼びかけるのは、同じく銀色の飛翔体。

 ただこちらは、全身具足(ぜんしんぐそく)だった。

 屈強な魔女の男がまとった、妖族の名匠の傑作の一つ。

 鎧の名はシクシオウ、内部の男はレヴリス・アルジャン。

 彼はやはり大声で抗議する。


「おっさんじゃない! このまま突っ込むぞ!!」


 二人の目的は共通していた。

 島の東に展開する星霊教会の艦隊に、打撃を与えること。

 しかし、異形に異装とはいえ、たった二人で何が出来るだろうか?

 数千門の機銃と砲と飛行爆弾射出架(ミサイルランチャー)を備え、総排水量が数百万トンにも及ぼうかという大艦隊と数百翼の航空機部隊に対して、彼らはどうするというのか?

 二つの銀の流星は途中で別れると、一方が海中へ没し、もう一方が対空射撃を開始した前衛の艦隊へと突入していった。

 海中に消えた一方は、カイツ。

 海面にぶつかる直前に、青い体色の形態(ギオ)へと変化している。

 水中環境への適応と、水による冷却能力の拡大で、魔弾と熱線の魔法術を乱発することが可能になった状態だ。

 その恩恵を受けてカイツは、水面下に晒された艦艇の急所(はら)に向かって魔弾と熱線を乱れ撃った。

 魔弾はその衝撃の圧力差で生じた大量の気泡の中を超音速で飛翔し、熱線も熱で海水が気化して出来た僅かな空間をくぐり抜けて船底に食らいついた。

 手応えが複数。爆音は水中を空気中に数倍する速度で伝わってきて、魔人となったカイツの耳をくすぐる。

 同時に、何かが急接近する音。

 アルクース・ギオは海中で魚のように素早く、大きく身を翻し、魚雷を回避した。


「潜水艦ってやつか!」


 軍事には無知だが、魔人と戦場で出会った敵には変わりない。

 彼は魚雷の来た方向へと泳ぐと、魔法術で水中に高音を発生させた。

 水中を行き交う音の跳ね返りの具合で、その巨大な、クジラのような潜水機械の場所を探しだし、急行する。


「凍り付きやがれ!!」


 潜水艦から数十メートルという距離まで接近したカイツは、そこで再び形態を変化させる。

 黒い魔人、アルクース・ノクティス。最後に習得した、負のエネルギーを操るための形態だ。

 既に彼の体から放出されたその低温に晒された海水は凄まじい勢いで凍りついて行き、海中に出現した巨大な氷塊は、潜水艦の周辺の海水も巻き込んで凝固、更に巨大化してゆく。

 密度が減少して体積を増した海水に急速に包み込まれた潜水艦は、周囲の氷が膨張する圧力には耐えた。

 だが、重力下で氷が水に浮く性質にまでは抗いようがない。

 船内の貯水槽(バラストタンク)に注水することで浮力を制御することも、スクリューで移動することも出来なくなったため、船体は急速に浮上する。

 そういったことを一時間半ほども繰り返して、最終的にカイツの探知できた潜水艦は28隻全てが強制的に浮上させられた。

 一方、彼が最初に海中から行った攻撃で一瞬対空攻撃を乱された水上艦艇には、銀灰色の鎧を纏った魔女が着艦を果たしていた。

 レヴリスが周囲を確認すると、艦橋の戦闘指揮室すら見えることに軽く驚く。

 対空機銃や艦載の砲は強烈な火力を持つが、一方で、甲板にあるものを攻撃するようには出来ていない。もし出来るようになっていても、乗組員はそのようなことをする訓練を受けていない。

 なので、前衛の艦に着艦を強行したレヴリスの敵は、甲板の兵士しかいなかった。

 何が起きたのかと近くにやってきた水兵に素早く近づき当て身で戦闘不能にして、次に(けん)なる灯火(ともしび)を発振して近くの艦砲の砲身を手当たり次第に叩き切った。

 破壊の音を聞きつけて殺到してきた兵士たちも、艦上を混乱をきたす。


「何事だ!」

「鎧が暴れています、味方の空戦鎧(ヴィグセル)なのでは!?」

「あんなカタは無いはずだぞ!」


 混乱が生じた軽砲艦ノルトロディニアが、全ての砲と機銃、飛行爆弾の射出架に加えて舵まで破壊され、完全に戦闘不能になるのに二分とかからなかった。

 対人用の拳銃や小銃程度では銀灰色の鎧(シクシオウ)の装甲は傷つけることも出来ず、乗組員たちは指揮官も含めて脱出用のボートで退艦していく。

 彼らを尻目に、早くも味方から砲撃を受け始めたその艦からレヴリスが離脱すると、取り付こうと目星をつけた次の軍艦は、海の中から浮き上がってきた巨大な氷塊の直撃を受けて破損・転覆してしまった。


「カイツ君か!」


 何隻かは壊しに行くまでも無さそうだ。

 目標をかなり離れた航空母艦――爆弾を搭載した航空機や、空戦が可能な聖別鎧(ヴィグセル)兵士を搭載、離着艦させるための軍艦――に定めると、しかし、その方向から機影が飛んでくる。

 数は複数。

 よく見れば、飛行機ではなく、もっと小さい形状をしていた。


「あれが科学で聖別された鎧――ヴィグセルか!」


 直線的な最大速度や積載量こそ翼のある航空機に劣るが、鎧の補助で強力な対物機関砲や飛行爆弾を装備し、回避運動の性能や空中格闘ならば大きく上回る。

 レヴリスはそのような兵器と直接戦闘を行った経験はないが、負けたくないという感情が沸き起こってきた。父と祖父と、狂王に連なる先祖から受け継いだこの銀灰色の鎧(シクシオウ)を駆って、魔女や妖族を滅ぼそうとする人々が創りだした兵器に打ち勝って見せたい。

 そんな子供、いや、向こう見ずな未開の戦士めいた心情だ。

 レヴリスはそれに無理には逆らわず、しかし移動都市(ヴィルベルティーレ)に残してきた家族のことを思い出しながら、冷静に空中で構える。


「負けたくはないよな、たった二人の殴り込みになんか!」


 三機一隊、それが四。射出架(カタパルト)や滑走路を使用する飛行機と違って、空戦用の聖別鎧(ヴィグセル)は即応性が高く、すぐに数を揃えて対応してくる。


「(十二体、後続もすぐに追いつく……カトラ女史の助言の通りだな)」


 超音速の対物弾を回避し、すれ違いざまに斬りつけようと振りかぶられた槍のように長い獲物を剣なる灯火で破壊し、次に挑みかかってきた聖別鎧の騎士に至近距離から拡散魔弾の魔法術を叩き込む。


「海へと還る雨水となれ!」


 相対速度も加わった至近距離での直撃を受けて、騎士は砕けた推進器内蔵装甲と共に海へと落ちていった。

 海抜にして百数十メートル、そこから海面に激突して死なない人間はいない。

 レヴリスは銀灰色の鎧(シクシオウ)の背部推進器をなおも噴かせつつ、吠えた。


「殺してでも抗うさ……そう簡単に絶滅してはやれないんでな!」











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