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霊剣歴程  作者: kadochika
第02話:灰の雪、降る
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4.黒体牢獄











 ゾニミアのいう“手伝って貰いたいこと”とは重い金属の杭を何本も使う作業らしく、彼女は“お清め”と呼んでいた。

 それをグリュクに手伝わせるため、最初に彼を“お清め”を執り行う場所である大岩の元へと運び、次に数度に分けて杭を運び込むと説明をされていた。

 だが、異変が起きていた。


「ちょっと、どういうことなの、これ……!」

(これは……!)


 上空を飛ぶゾニミアの箒の後部から見ただけでも、岩場の周囲は樹が切り倒され、十分な空間が広がっていた。

 広さは重機を複数運び込んである程で、履帯型や歩行型など、計三台が置かれていた。村にも重機が置いてあったことを思い出すと、グリュクには関連付けずにはいられなかった。

 その中心に、地表から突き出た高さだけでも15メートルはありそうな、巨大な岩石が突き出していた。

 根元の断面の直径は10メートルも無く、地面の下の形状は窺えないが土壌に突き刺さっているのかも知れない。

 表面は風雨に削られて長いのか比較的滑らかで、根元の部分や深くなった雨筋の部分には苔さえ生していた。

 そんな大岩に既に何人かの安全帽を被った男たちが取り付き、削岩機を突き刺してヒビを入れている。

 ゾニミアは彼らの視界に入らなさそうな位置で箒の前進を止めると、その場に滞空したままグリュクに問いかけてきた。


「グリュクくん、何とか、作業してる人だけでもあの岩から引き剥がす方法はない? あの大岩、壊されると物凄くまずいんだけど。私の使える術じゃ、ちょっと心当たりが……」

「ミルフィストラッセ、あれを……」

(うむ、しかし少々範囲が広い。心せよ)

「わかった。ちょっと、下ろしてくれるかな」


 ゾニミアに言うと、彼女は箒を下ろし、森の只中へと降り立った。

 密生した枝葉がバサバサと顔だけでなく全身を叩く。

 今度はバランスを崩さずに箒から降りると、意識を尖らせ術を構成した。


「……安らげ」


 密やかな魔の手がこの場の全体を緩やかに包み込む様子をイメージし、そこに力を与えて解き放つ。

 霊剣から放出される穏やかな力場が付近に広がり、森の中からで遮蔽物も多いものの、それでも大岩の周囲の男たちに影響を及ぼした。

 森の中で術を行使しているグリュクには効果を発揮した対象の全体は見えなかったが、魔女の知覚で見ると、予備の発電機を点検していた者、大岩の根元で削岩機を扱っていた者、仮設便所を設置していた者など、作業者はその内容を問わず次々と倒れていった。

 術者から離れた場所に焦点を置いているため、傍らのゾニミアにはほとんど影響が無い。

 夜明け前に、霊剣が手本を見せて野外強盗たちを昏倒させた術と同じものだ。

 作業者たちは一様に、脳の神経電位を強制的に低下させられて眠りに就いている。

 作業機器を作動させたまま昏倒させるのは当然危険であるし、目覚めた時には弛緩して広がった血管によって脳神経が圧迫されて頭痛を覚えるだろうが、我慢して貰うしかない。

 村民ではないのでゾニミアやグリュクの存在を知られる訳には行かない彼らに、姿を見せず、かつ傷つけることなく作業を中断してもらうには最善に近い手段だ。

 ただし、野外強盗たちの時に数倍する範囲に力場を発生させたため、神経に蓄積した疲労はやや大きかった。

 先ほどの薪採取を兼ねた練習からさほど時間が経っていないこともある。

 だが、まだだった。


「……まだいるみたいね」

「あぁ……」


 グリュクとゾニミア、両者魔女であり、魔女特有の変換小体を含有した神経細胞によって、五感と異なる第六の領域を知覚することが出来る。

 森林のような環境ではやや感覚が撹乱されるが、グリュクは霊剣の補助、ゾニミアは経験のある魔女として集中すれば、昏倒させた者たちと同程度の人数がこちらに接近しているのが分かる。


「護り給え!」


 グリュクは即座に魔法物質を生成し、障壁とした。

 直後に、発砲音が山間に響く。彼自身は銃砲については詳しくないが、霊剣は発砲音を施条銃(ライフル)弾のものと判定した。

 魔女も通常の状態における身体の耐久性は人間と全く差がなく、連射式の小銃などで用いられる同種の弾丸ならば、手足などでない限りは直撃は致命傷となる。

 同時に何発放たれたか分からないが、前面に構築された強固な魔法物質の壁が、飛来した超音速の弾丸を全て防ぎ、或いは弾き飛ばした。

 弾丸と魔法物質が衝突して発生した爆音が鼓膜を叩き、思わず眉を顰めた。

 これも構成している魔法物質が“蒸発”しているため半球状の障壁が明るく輝いているが、魔法物質はそもそもが、その性質を術者がある程度自由に決定できる擬似的な物質だ。

 その本質こそ不安定だが、短時間であれば非常に強固な性質を持たせて生成、構築することも出来た。

 アニラに別れを告げて最初に霊剣から教えられた戦闘的な魔法術が、障壁を生成するこの術だった。


(主よ、さすがに分が悪い。ここは一時退くのだ)

「分かってるよ!」


 どのような術者であっても、二つの魔法術を同時に開放し、維持することは出来ない。グリュクの場合においては例外的に、霊剣と彼自身のものとで二つの意思が存在するが、魔力を出す体はグリュクのそれ一つしかないため、結局はその原則に習う。

 霊剣が術を行使している時はグリュクが魔法術を発動することは出来ないし、その逆もまた同様だ。

 グリュクは呻くと、蒸発と破壊が進んできた障壁を内側から修復し――障壁を消して再び展開するよりも隙が無いが、その分神経の疲労が重い――、そこで障壁の維持を放棄すると魔弾を投射する術を念じ始めた。

 一旦制御を離れると、魔法物質の蒸発の速度は指数関数的に加速するが、あと数秒は稼いでくれるだろう。

 人体には威力過剰な打撃魔弾も、威力を抑えること位は出来る筈だ。

 だが、その時、銃声とは異なるやや軽い音が響いて、地面が揺れた。


「!?」

(炸薬の音か)

「あ……!」


 ゾニミアの小さな悲鳴に振り向くと、彼女は大岩を見上げて愕然としていた。

 気づけば、銃声も止んでいる。

 大岩を見ると、既に亀裂に炸薬でも仕掛けてあったのか、大きな破片がいくつも崩れ落ちようとしていた。

 所々、光沢を持った紫色の欠片が見えるが、そういった岩石なのだろうか。


「護り給え!」


 呪文を発してグリュクが障壁を展開したのは自身の周囲ではなく、岩の周辺だった。平たい環状の障壁を大岩の中腹に展開し、根元に昏倒したままの作業者たちを落石から守る――はずだったが、いつの間にか彼らの姿はなくなっていた。

 既に誰かが動いて救助したということか。

 障壁を解除し、ゾニミアに呼びかける。


「どうする、戻ろうか」


 少々自失していたらしいが、声をかけるとゾニミアはこちらに駆け寄り、後ろに隠れた。


「君の安全を考えればそうしたいんだけど……」

「おいコラ魔女ォ!」


 聞こえてきた機械的な雑音の混じった声の出所に目を向けると、安全帽を被った作業服の男が、拡声器と、何やら大型の長方形をした金属の盾を構えながら叫んでいる。

 四十代前後だろうか、金髪碧眼の中肉中背。

 全体的に体毛が薄く、下顎から生やした薄い髭は、あれでも精一杯伸ばし放題にしているのではないかと思えた。

 風体を見るに、ゾニミアの言っていた“夏に王都から来た金持ち”だろうか。


「何が楽しくてこんな岩を大事にしてたか知らんが、もういいだろう!

 これ以上私の事業の邪魔をするな!」


 誰が起爆したのかは分からないが、既に遠隔爆破できる仕組みが整っていたのだろう。

 彼の周囲を、武装した男たち――袖をまくった毛深い男は見覚えがあった――が固めている。

 こちらが殺傷力を伴う反撃を仕掛けてこないと踏んだのだろうか。


「うっさい! 何てことしてくれんのよこのドボンクラッ!!」

「ドボンクラとか言うな!」


 ゾニミアの罵声に、盾の男はやや大人気ない声音で応戦してきた。


『村の連中も何やら化け物が入ってるみたいなこと言ってたがなぁ、そんな脅しで守るほどのモンかこれは! お供え物一つ無いんだし良いだろ!?

 ここに鉱山開いたらその分ガッツリ稼いで、村にだってちゃんと利益が出るようにするんだから――』

「村長たちはやるなら別の場所にしろって散々言ってなかった!?

 それをよく分かんないオカルト方位学でどうしてもここがいいとか言い出して強行してんのはどこの誰よこのスケベ髭!

 ワイセツ髭!!」

『わッ……言わせておけば魔女の分際でお前ッ!

 俺は別に啓発教義なんて大して信じちゃいないがなぁ、こうまで邪魔するなら国に提訴するぞ国に!!』

「知ってるのよ、税金誤魔化しまくってるからまともな騎士団には頼めないって!

 だから傭兵雇ってこんなことしてんでしょうが!!」

『むきぃぃぃぃ!! ああ言えばこう言う生意気な魔女を宗教裁判で根絶やしにしようとした先人はやはり正しかったかッ!!! やっぱ再洗礼受けよっかなチキショー!!!!』


 男とゾニミアの言い合いにグリュクと討伐隊の男たちのどちらもが閉口しつつあったが、それを遮るものがあった。


(主よ、岩が……!)

「!?」


 そうなる要因は無かったはずだが、岩が大きく崩れ、紫色の、石とも金属ともつかない質感が姿を現した。

 炸薬の威力が及んでいたものか、既にその紫色の部分にも亀裂が走っており、更にその亀裂の中からは黒い何かが覗いている。

 何とも断じようが無いが、どこまでも黒く、夜闇でももう少し他の色が混じっているだろうと思わせるほどに暗い。


(あれは“黒体”か? あれを使った魔具について聞いたことはあるが……)


 何かの影なのかとも思えたが、どうやら、光をほとんど反射していないだけらしい。

 ゾニミアも、討伐隊も、スケベ髭も――名乗っていないのでとりあえずそう呼ぶことにした――、一様にそれに目を引き付けられていた。

 その楕円体状の黒体が覗く亀裂が広がり、紫色の材質は乾いた音を立てて崩れ落ちた。

 現れたのは、縦に長い黒体の半球といったところか。

 そして、それがグリュクたちの見ている前で変形を始めた。

 地面も、微弱だが揺れているのが分かる。

 ただ、黒体ゆえか反射などによる表面の形状は全く分からないので、視覚においては輪郭の形状が気味の悪いほどにうねりを繰り返していることしか分からない。

 だが、事情を知るゾニミアと、事情は知らないが魔女であるグリュク、その下僕たる霊剣は違った。


(非常に強い怒りの心……あの黒体は恐らく、高度な術法によって命を一時的に魔法物質に変換したもの……! あれを覆っていた紫色の物質も、恐らく術法の維持に必要な特殊な素材か何かだったのだろう)


 黒体の変形は激しくなり、変動を繰り返しつつも何か特定の形を取ろうとしているように見えた。


「……あの真っ黒な丸いボタ山が、生き物に戻るのか!?」

「……二人とも、まずは逃げるわよ」

「そんなに危ないのか……?」

「いいから早く!!」


 ゾニミアの真剣な表情に思わず飲まれ、それ以上は何も言わずに彼女の箒の後部に便乗する。箒は高度を急速に上げて、黒体が瞬く間に離れ、小さくなっていった。

 

「あれはね、兵器なのよ……昔の戦争で、魔女たちが撤退する時の置き土産に残していった、罠!」

「罠……?」

「ベルゲの魔女たちが過去の戦争で、妖魔領域の妖族たちと同盟を結んだのは知ってるわね……その時、妖族の一部が魔女たちに提供した戦力、それがあの“黒体牢獄”。

 妖族たちの中でも手のつけられない強さと凶暴さだった罪人や、妖族の王侯ですら持て余した妖獣を、何とか魔法物質の形に封印しておいたもの……それに遠隔装置でも付けて進出してきた敵の只中で破壊すれば、あとは敵だけに無慈悲な破壊をばら撒く兵器になってくれるっていう具合よ」

(だが、何故そのようなものを御辺が管理していたのだ?)

「実家が、元を辿れば管理者だったみたいでね。権利書と一緒に、ここの保守のやり方の書かれた古い本も出てきてたのよ……巡り会わせっていうのかな。

 こんなのがもし万一解き放たれたら、ソーヴルみたいな村はひとたまりも無いはずだから……もうその万一が起こっちゃったけどね」


 自嘲しているのか、ゾニミアが俯く。

 箒の速度はそのまま、ただしやや高度が下がってくるのがグリュクにも分かった。

 そのような兵器が存在しているのなら、彼が魔女となるきっかけを作った妖獣・アヴァリリウスも、ああいった牢獄の枷が外れてこの地上に再び生まれてきた存在なのかも知れない。

 妖獣の必要とする食物がこの地域にはないのだから、むしろそう考えるのが自然か。


(しかし、それにしても……)

「そうだ、その妖獣……具体的にはどう危険なのか、分からないのか?

 用途から考えるに、相当なのは間違いないみたいだけど」

「分からない……権利書の他に見つけた本には、杭と釉薬を使った保守のやり方しか書かれてなかったし……こういう事態になったら、逃げろとしか!」

(…………主よ、これは試練だ)

「……試練?」


 突然脈絡の無い単語を持ち出す霊剣に聞き返すと、


(哀れなアヴァリリウスは体躯こそ大であったが、神経ガス以外の点を措けばただの巨大な獣であった。御辺にとっては異なるやも知れぬが、奴を倒した行為は戦いではなく、害獣の屠殺よ。

 今こそ吾等は、牙無き人の牙となる戦いの資質を、試されているのだ)

「……俺は、食い詰めずに済みそうだから騎士団を志願したって程度で、お前が知恵を貸してくれなきゃ何も出来ずに死んでた雑兵だぞ。正確には雑兵にすらなれなかった食い詰め者」

(今は吾人がおる。過去の主たちの全てが、御辺の味方となるのだ。例え万軍が敵となろうと、負けはしない)


 霊剣に巧妙におだてられているような気もしたが、ゾニミアとソーヴル村、どちらも守り抜き、更に両者の間の交流も維持するとなれば、たとえ妖獣を何とか出来ようとも、スケベ髭や彼に雇われた討伐隊が障害となるだろう。容易なことではない。


「……ゾニミア、君は村の人たちを避難させに行くんだろ?」

「それはもちろんだけど……君は?」

「俺は……まぁ、こいつに人生拾われた身だから」


 ゾニミアが、グリュクと彼の帯びた霊剣を下ろすべく、箒の高度を落とす。森に没する前に大岩のあった方向を見遣ると、何と火の手が上がっていた。


「こいつと、こいつが助けてくれた俺の命に恥じないことを、やろうと思う」


 グリュクは鞘の上から軽く霊剣を叩くと、木々の向こうの炎に向かって歩き出した。











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