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霊剣歴程  作者: kadochika
第01話:霊剣、誘う
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1.東部への列車

挿絵(By みてみん)


 大陸東部の妖魔領域(ようまりょういき)は、有史以前から存在していました。

呪われし不朽の身体と、人類が持たない超自然の魔力に対して、父祖たちがささやかながらも力の限りの抵抗を続けてきたことは、誰もがご存知の通りです。

 神の遣わした天使たちの教えで、人類は暦と銃と聖典を手にしました。戦いは続きます。

 どうか国民の皆様、信徒であられる皆様。

 彼らの導きの下に、更なる輝かしき勝利を、後の世代へ。


――国王即位演説より抜粋。










 

 思い起こしてみれば、しばしばまともな時間の感覚を見失っていたことに気づく。

 人だった頃の記憶は残っていた。戦友との思い出も。今ではこのような有様なので時間の感覚こそ曖昧になったが、幸い、さほど長くこのままだった訳でもないらしい。

 この先の保証はないが。

 いつの頃からか……少なくとも、この世に存在を命じられた時から。

 ひたすらに待っていた。

 出会うべき主を。











 列車に乗せられて三日目の朝。

 東部に向かう選抜訓練参加者を乗せた騎士団の列車は、森の中の鉄軌の上で朝日に向かって気の抜けた突進を続けている。

 目覚めてみれば、伸びが目立つ己の髪がグリュクの目に入った。そろそろ切るかまとめるか。髭も剃れないのでそろそろ鬱陶しい。

 車中の匂いは昨日よりやや強まっている。自分も含め、車内に敷き詰められたようになっている男たちは、衛生については濡らした雑巾で体を拭くことしか出来ないのだから当然だ。シャワーの付いた鉄道など、彼は見たことが無かったが。

 着替えなどもなく、ほぼ全員が初日から着のみ着のままの私服で乗車生活を送っていた。彼を含めて、乗っているのはそのような男たちだ。


「うぅ……」


 生来寝覚めは良い方だったが、グリュクは配布された薄手の毛布をどけると、上体を起こして背を伸ばした。

 赤みの強い髪に、深い色の碧眼。垂れた目尻だが弱弱しくは無い。

 貸与されていた薄い毛布はやや小さく、身長は180cmを越えて筋量も少なくは無い彼にとっては物足りない大きさだった。

 列車の車内には王都圏の旅客車に備わっているような椅子などは無く、家畜用車両の製造過程に少し手を入れて転用したものらしい。

 洗面所については各車両の前後に二つあるので用足しについては問題ない(清潔さが保たれているとはいえないが)。

 乗車密度は詰め込まれたと辛うじて表現できるかどうかといった程度で、体躯の大きいグリュクでも膝を曲げれば横にはなれた。

 騎士はどうなのか知らないが、従士では選抜訓練の時点で既にこの扱いだ。

 選抜訓練が終われば、いつ戦闘地帯となるか分からない東部のどこかの基地で任務に就くのだろう。

 見渡せば周囲の男たちは殆どがまだ眠っており、近い場所で気の合う時間に目覚めた何人かが小声で何かを語り合っている。

 年齢はややバラつきがあるが、募集要項には28歳までとあったので、それが上限だろう。

 立って窓から手を出し煙草を吸っている者、ボリボリと懐に忍ばせていたらしい固形糖を齧っている者もいた。

 車両後方の扉が開くと、配膳の台車がやってきた。

 2メートル近い高さの台車が何台も、鉄道局の制服に前掛けを垂らした年配の係員たちに押され、車両の通路を無造作に進行していく。

 はみ出した足はこれまた無造作に押しやり(車輪が小さく、はみ出した就寝中の男たちの足がひき潰されることは無かった)、二台が車両の大体中間の地点に止まると、ぶっきらぼうな係員二人の声を合図に配食が開始された。

 眠っていた者たちも体を起こし始める。

  床に足を畳んで黙って順番を待っていると、誰かが声を上げて嘆いてみせるのが耳に入った。


「まぁた挟むのを変えただけかよ!」


 笑い声とも溜息とも取れない呻き声の輪が車中に広がる。

 配食係たちは慣れたもので、そんな呆れたような罵声に顔色を変えることも無く、盆を配ってゆく。

 彼らとの付き合いも早三日目ということになる。

 渡された盆の彩りは、最近グリュクの故郷でも普及し始めた紙のカップに注がれた熱いスープと、切れ目を入れて肉を挟んで紙で包んだパン。これが朝食だった。パンのボリュームだけはちょっとしたものだが、配食用の盆も、予算が無いのか目に見えて古びたものが多い。

 人工肉サンドを手で掴んでようやく気づいたが、三日目に至ってもこのようなメニューばかりなのはフォークやスプーン、皿すら省く為らしい。盆があるだけ善良な処置か。

 別に受刑者を輸送している訳でもないのにこの待遇は、この先の選抜訓練に合格しても食生活には期待はしない方が良いということだろうか。


「(そもそもこの盆だってまともに洗ってるのかも怪しいもんだ……)」


 グリュクも一通り心中で毒づくが、中々に空腹でもあった。

 特に悪く匂う訳でもないので、パンを齧り、スープに口をつける。決して、口にした途端に吐き捨てたくなるような酷い代物ではない。

 だが、ややとろみのあるスープは具が全く無く、また無理矢理栄養素を添加されて混沌とした味を更に塩と香料で誤魔化しただけで、滋養は確かなのだろうが積極的に飲みたいものでもなかった。

 パンに至っては生産性最優先の無発酵で、肉は啓蒙者(けいもうしゃ)たちが工場で生産した合成食肉だ。昨夜は同様のパンに魚の切り身のようで少し不自然に線が入った何かが挟んであり、昨日の朝はすこし筋みを増して鳥皮のような膜状のもので包んだ肉――それぞれ魚肉や鶏肉を再現したつもりなのだろう――が挟んであった。

 昼だけはチョコレートから甘みをすっかり抜き取ったような固形の板状の食品も一緒に配られた。どれも同様、味が悪い。

 味を大目に見たとしても、人間には満足な食事が続くと同じメニューには飽きが来るということを啓蒙者の司祭たちは想像したことも無いらしい。彼らはあくまで善意でやっているようだが。

 食料の生産はその啓蒙者たちによるものだが、実際の配給、調理や配膳など、それ以外はほぼ全て人間がやっている。

 意欲に乏しい担当者がやっているのか、何度か味わった合成食肉の調味加減には酷いむらがあった。スープの方もあまりのんびりと啜っていると添加された神聖な香料とやらでむせ返るので、グリュクはパンを片付けると意を決して、やや冷め始めた(冷めてしまうともっと飲みづらい)スープを食道に流し込んだ。

 じわじわと喉を上ってくる僅かな吐き気から注意を逸らすように、改めて車内を見回す。

 車内の左右各側で、彼を含めた志願者達は全員、空間の許す限りに思い思いの姿勢で座っている。

 短い毛の生えた方形の断熱マットを敷き詰めた安物ではあったが床は剥き出しではなく、洗浄もそれなりにされたようだった。

 家畜車両同様に窓を小さく取った作りが、申し訳程度の強さしかない冬の朝の光を更に弱めていた。

 飢えは無いことと、暖房だけはそれなりのものが機能していることとが救いだ。

 誰かが、自嘲気味にぼやく。


「まぁ、最初はこんなん寝れっかって思ったけどなぁ。慣れってこえーな」


 初日は皆強張っていたが、既に談笑する者さえいる。

 列車の関係者を除けば(いや、彼らもそうなのかも知れないが)程度の差こそあれ、恐らく全員が食い詰めた失業者なのだ。

 選抜といっても、ただ地上騎士団に入団して騎士より下の階級である従士になるだけなら並の基礎体力さえあればいい(というのが、非公式ながら知れ渡っている王立地上軍の方針だった)。

 そして、従士だろうと着任すれば最低限の生存は保証される。

 慢性的な不況に喘ぐ王国にあって、不人気ではないという程度の志望者はいた。

 例え選抜会場への列車便がこの程度の代物だったとしても、まだまだ下があるのだ。それが、宗教軍事王国スウィフトガルドの社会の一断面だった。

 時間が過ぎると、訓練期間が始まるまでは楽な時間が続くと見込んでいるのだろう。選抜参加者はみなそれぞれに、朝食を終えてまた眠っているか、馬の合う相手と郷里の愚痴や他愛も無いゴシップに打ち興じていた。

 王国政府は公式には否定しているが、啓蒙者たちが今次の聖伐軍についてかなり真剣に最終戦争だなどと意気込んでいるのを、多くの巡礼者たちが目の当たりにしているらしい。

 自分たちが選抜に参加するのも厳しい前線で欠員が多く生じた(もしくは生じる見込みが高い)からだということはさすがに誰もが意識しており、日中はそれなりに喧しい車内にあってもそこだけは話題に上がることがなかった。

 グリュクに関して言えば、率先してその手の話題に参加する性分ではないので、結果、暇になる。

 特にやることも無いので、もう少し眠ることにした。











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