89 湯浴み場
「この建物だよね?」
「ええ、そうよ。
それじゃ行きましょうか。」
今日は湯浴み場に来ることになったの。
ちょっと涼しくなってきたから、あったまるのが目的の人が増えてくるんだって。
あたしたちは、午後の休憩時間を利用して来てるんだけど、街の人たちがよく使う時間は、お仕事が終わってからだから、その前に来れるのは、人も少ないみたい。
クルトさんはお留守番してるって言ったから、マリーさんと2人で来ることになったんだけど、割と普通の建物っぽい…?
白枝亭くらいの大きさかな?2階はないみたいだけど。
よく見たら入口が2つある。
「男、女…」
「それじゃ入りましょうか。」
「え、うん。」
マリーさんの後に続いて建物に入る。
もちろん女って書いてある方に。
入るとすぐにカウンターがあって、おばさんが座ってた。
「いらっしゃい。」
「2人分と、棚は1つでお願いします。」
「はい、それじゃ銀貨3枚と半ね。」
マリーさんがお金を払って、小さな鍵と服みたいなものを受け取ってた。
そのまま奥へ進むマリーさんについていくと、少し段になってるとこがあって、そこでサンダルを脱いじゃった。
あたしもまねしてサンダルを脱いで、持って入ったところには、扉のついた棚がずらっと並んでた。
「えっと、65…あ、ここね。
ミア、ちょっと鍵開けてくれる?」
そう言って、マリーさんはさっき受け取った小さな鍵を渡してくれた。
扉の鍵穴にその鍵を差し込んで回すと、カチャッと音がして扉が開いた。
中は結構大きいんだ。
「それじゃ、これに着替えて、脱いだ服と荷物は棚に入れてね。」
「着替えるの?」
「そうよ、これはお湯に入るときの服なんだから。」
お湯に入るのに服を着るなんて、変な感じ。
とにかく受け取った服を広げてみたら、袖がなくて丈の長い、羽織るだけって感じのものだった。
「前に紐があるでしょ。
それで結んでとめればいいのよ。
ほら、こんな風に。」
マリーさんを見ると、もう着替え終わってた。
ほんとだ、合わせる部分と脇の部分に紐があるから、前を少し合わせて紐を結べばいいんだね。
…と、こんな感じかな?
「大丈夫みたいね。
髪をまとめてあげるからちょっと後ろ向いてね。」
そいえば、マリーさんも髪をまとめてアップにしてる。
後ろを向いたら手早くマリーさんが髪の毛をまとめてくれた。
「ありがとです。」
「どういたしまして。
それじゃ行きましょう。」
マリーさんが棚の扉の鍵をかけて、首から下げた。
あと、小さなカゴに何か入れて持ってるけど…
棚があった部屋の奥の扉に入ると…あれ、外?
建物に囲まれてる中庭みたいなとこに、屋根だけの部分があって、その下にお湯が貯まってるところがあった。
「まずは体を流してからね。
かけるわよー?」
「は、ひっ…あー…あったかいー。」
マリーさんが、手前に貯めてあったお湯を桶で汲んであたしにかけてくれた。
ちょうどいいあったかさで、何だかほっとする…
マリーさんは自分にもお湯をかけてる。
あたしがすればよかったかな…
お湯が貯まってるところは、きれいな石作りになってる。
階段みたいになってて、そのままお湯に入れるんだね。
「滑らないように気をつけてね。」
「はいー。
ひあっ!」
ジャポン、と足がお湯に入ると、さっきかけてもらったお湯よりちょっと熱かった。
でも、ゆっくり入ればだいじょぶかな…
そのままお湯の中をじゃぼじゃぼ進んでく。
「ここでいいかしら。
壁際に段があるから、座れるわよ。」
マリーさんと並んで座ると、肩の上くらいまでお湯につかっちゃう。
最初はちょっと熱いかなって思ったけど、体全体がじわーっとあったまってくるこの感じ、結構いいかも。
でも、しばらくおしゃべりしながらお湯に使ってたら、ちょっとポーッとしてきた。
「ミア、大丈夫?
もしかしてのぼせちゃったかしら?
少し縁に上がって横になるといいわ。」
「はーい。」
お湯から上がってごろんとすると、風がとっても気持ちよかった。
何だかこのまま眠れそう…
「のぼせはよくなった?
あんまり外にずっと出てると、体が冷えすぎるから、もう一回入ってね。」
「ふぁ、はいー。」
そういえばちょっと体が冷たくなってる気がする。
あわててお湯に入るとまた熱かったけど、やっぱりすぐになれちゃう。
「さ、ちょっと上がりましょ。
頭も流さなきゃね。」
今度は長くならないように気を付けてくれてたみたい。
お湯がたまってるところの横に、入ってきたときとは別の建物があって、そこに入った。
「ここは洗い場よ。
その樋にお湯が流れてて、必要なときに栓を抜けばお湯が流れてくるのよ。
はい、それじゃここに座って。」
小さな腰かけに座ると、マリーさんがカゴから何かを取り出した。
豆くらいの小さな粒、それを少しお湯をためた桶に入れてかき混ぜてる。
「その粒って何ですか?」
「あれ、ミア使ったことなかったかしら?
うちにも置いてあるんだけど…」
…あったっけ?見たことない気がする。
あたしが気づかなかっただけかなあ…?
「これは頭を洗うためのものよ。
普通のセッケンだと髪が傷むけど、これなら髪を傷めずに洗うことができるのよ。」
「ほえ…あたし、お水かお湯で流してるだけだったよー。」
「ごめんね、気づかなくて。
帰ったらどこにあるか教えるわね。
それじゃ目をつむって…」
あたしが目をつむると、頭にお湯がちょっとだけかかった気がした。
たぶんさっきお湯に混ぜてたのだよね。
マリーさんが頭を優しくなでるように洗ってくれてる。
「流すわよー。」
という声の後、頭にお湯がかかってきた。
何度かお湯で流した後、水気を切ってまた髪をまとめてくれた。
「わたしも洗っちゃうから、ミアはその間に体を洗っておいてね。
あ、体を洗うときは、いったん脱ぐのよ。
そこにかけておけばいいからら。
セッケンはカゴに入ってるからね。」
「はーい。」
あたしが体を洗ってる間に、マリーさんは自分の髪も洗って、体も洗い始めてる。
マリーさんが早いのか、あたしが遅いのか…きっと両方だよね…
そのあともう一度、お湯につかって体をあっためてから出ることになった。
髪はまだちょっとしっとりしてるけど、乾くとさらさらになるんだって。
ちょっと楽しみかも。
初めての湯浴み場は、ほっこりあったかで大満足。
でも、ちょっと急いで戻らないと、宿の準備が間に合わないかも…?!