49 ふくらむ不安
結局、あのお話のあと、あたしはずっと厨房にいることになった。
1つには、食堂でのお話がなかなか終わらなかったから。
もう1つは、休憩時間だけど、外に行きたくないし、1人にもなりたくなかったから。
さすがにクルトさんにずっと手をつないでもらってるのは無理だから、手は放したけど。
一度だけクルトさんは、食堂に新しいお茶を運んだ以外はずっと一緒にいてくれた。
夕方の準備が始まるときにはだいぶ落ち着いたから、ちゃんと準備に加わったの。
マリーさんもクルトさんも、休んでてもいいよって言ってくれたけど、さすがにそれは悪いし…
部屋に1人で休んでたくなかったから。
ということで、マリーさんと食堂の準備中。
「テーブル全部できました!」
「準備完了ね。
クルトの方の様子見てきてくれる?」
「はいっ!」
厨房をのぞくと、クルトさんはお鍋のようすを見たり、野菜の仕込みをしたりしてた。
すぐにあたしに気づいて、声をかけてくれる。
「あ、もしかして食堂は準備できたかな?」
「はい、だいじょぶです。」
「了解。こっちももうだいたい行けてるから、いつでも開けてもらっていいよ。」
「わかりましたっ!」
食堂に戻って、マリーさんに伝えたら、玄関のプレートを、営業中に替えて、営業開始。
今日もお客様たくさんくるといいな。
食堂を開けてすぐは、まだちょっと早いから、お客様もちらほらしか来ない。
けど、いつもこの時間に来てくださる常連さんもいるんだよね。
だんだん増えてくるから、今のうちに、クルトさんの準備で手伝えることをやっておかなきゃね。
「いらっしゃいませ!」
「お、ミアちゃん、今日は一段と威勢がいいねぇ。」
「ありがとーございます!
あちらのお席が空いてます!」
お客様もだんだん増えてきて、今日も食堂は大盛況。
マリーさんやクルトさんはもちろんいつもどおり、てきぱき動いてお客様の対応や調理に取り掛かってる。
あたしも食堂と厨房を行ったり来たりで大忙しだった。
「ごちそうさま。
お勘定、置いてくよ。」
「ありがとーございました!
お気をつけてお帰りください!」
最後のお客様を見送って、扉のプレートを外してしまう。
あとは片付けだけ、っていっても、運ぶのは大体終わってるから、洗いものと、食堂のお掃除に取り掛かる。
お客様がいなくなると、急に食堂が広く感じる。
今までそんなこと思ったことなかったのに…
「ミア、テーブルからお願いね。」
「はいっ、布巾しぼってきますね。」
厨房ではクルトさんがも片付け始めてる。
邪魔にならないようにさっと布巾をしぼって、小さな桶に水を汲んで一緒に持っていく。
マリーさんがカウンターから、あたしはテーブルから、いつも通りにきれいにふきあげる。
それが終わったら、食堂はマリーさんに任せて、今度は水場で洗い物。
クルトさんがもう始めてたから、横に並んでどんどん洗っちゃおう。
気のせいか、いつもよりも早く片付けもすんでしまって、お茶の時間になった。
最近、ちょっと夜が涼しくなってきたから、お茶のあったかさがほっとする。
いつもと同じはずなのに、何だか今日のお茶会は静かに過ぎていく気がする…
「ミア…大丈夫?」
「え…はい、だいじょぶですよ?」
「そう…ならいいけど。」
マリーさんが気にかけてくれたけど、だいじょぶだと思う。
そろそろお開きにすることになったから、みんなでお片付け。
クルトさんがやっとこうかって言ってくれたけど、すぐだしお手伝いしたいって言って、一緒に水場で洗い物をしちゃう。
「はい、じゃあこれで終わりっと。」
「お疲れさまでしたー。」
「もう食堂の方は明かりを落としてるから、気をつけて戻るんだよ。」
「だいじょぶですよー。いつもちゃんと戻れてるし。」
明かりをつけてた厨房から食堂に入ると、真っ暗で何も見えなくなる。
けど、ちょっと待ってればぼんやり見えるようになるんだよね。
食堂の明かりが消えるまでに進めるだけ進んでおくと楽になるから、階段の近くまで行っちゃおう。
ちょうど階段の下にたどり着いたくらいで、食堂の明かりも消えて真っ暗になる。
手すりを伝えば階段は上れるけど、もしこけたら大変だし、いつもどおり、目が慣れるのを待とうかな。
真っ暗な中でじっとすると、風の音や床か何かがきしむ音がやけに大きく聞こえてくる…
どうしてか、今日はそんな音が怖くなってきて、あたしは我慢できずに階段を上ってた。
上がった先の廊下も、真っ暗な闇に吸い込まれるような感じでどんどん怖くなってくる。
そして、ぴっとひらめいた。
「《光》」
淡い光があたしの周りを照らしてくれる。
少しほっとするけど、廊下の先はさっきより暗く見えてしまう。
できるだけ変なことを考えないように、足もとを見て前に進んでくと、突き当たりのあたしの部屋の扉が見えた。
「よかった…何も起きるわけないよね。」
そこで明かりがとぎれてちょっとドキッとしたけど、魔法が切れただけだった。
中に入って着替えると、テーブルにペンダントを置いてベッドにもぐりこんだ。
でも、不安ばっかりがおっきくなっていく…
どうしよう…眠れそうにないよ…
そのとき、コンコンって音が…
誰…こんな時間に…
「ミア、まだ起きてる?」
「マリーさん?!今開けます!」
マリーさんの声を聞いてちょっとほっとしたから、慌てて鍵を開けに行った。
扉を開けると、明かりを持ったマリーさんが立ってた。
「ミア…ちょっと入っていいかしら?」
「はい。」
入ってきたマリーさんが、明かりをテーブルに置いてベッドに腰掛けて、あたしを手招きした。
扉を閉めて、マリーさんの横に座ると、マリーさんがぎゅってしてくれる。
マリーさんにひっついたほっぺたが冷たかった。
いつの間に涙なんて出てたんだろう…
「ごめんね、ミアにも少し知っておいてもらった方がいいかと思ってたんだけど、不安にさせちゃっただけになっちゃったわね。」
「え…?」
マリーさんはあたしをぎゅってしたまま、背中をとんとんと叩いてくれる。
それだけで、今までの不安だった心がちょっとずつ落ち着いてきた…気がする…よ。
「本当にごめんなさい。
ミアの力が、万が一のときにミア自身のことを守ってくれるって、そう思ったから。
どんな万が一があるかは分からないけれど、今、この世界で起こっている異変を知っておいてもらおうって…」
「マリーさん…」
やさしくぎゅってしてくれてるそれ以上に、マリーさんのあたしを思ってくれる気持ちが痛いくらいに伝わってくる。
あたしのことをこんなにも心配してくれてる。
それだけで十分です。
あたしはだいじょぶです。
マリーさんとクルトさんがいてくれるから!
でも今夜だけは…マリーさんと一緒におやすみなさい…