38 切るの?切られるの?
「…………」
「ミア、息が止まってるよ。」
「っ!ひゅぅー…はぁー…」
とんでもない強敵を前に、あたしは息をするのも忘れていたみたい…
右手には、包丁。ただし一番小さいの。
左手には、じゃがいも。あたしたちのご飯になる予定。
もっとお手伝いできることが増えた方がいいって、前から思ってたの。
今日はちょっと朝の食堂が忙しくて、クルトさんも大変だったんじゃないかな。
そこで、あたしも料理ができるようになればお手伝いできるかも、ということで、クルトさんにお願いしたのが、朝の食堂営業後。
早くも心折れそうです…
「ミア、集中して…包丁が先に行かないように。」
「ん……」
「じゃがいもの方を動かす感じで。」
たまに力が入りすぎて、包丁がサクッと動いちゃうと、もう冷や汗出まくりです…
何とか1つめの皮むきが終わったけど、包丁を置いたら、くたっとなっちゃう。
向けたじゃがいもを、クルトさんが手にとって見てる。
離れて見たって、やっぱりでこぼこかくかく。
クルトさんが向いたらまるっこくてきれいなのに。
「一番最初に包丁使ったときに、クルトさんがあわてて止めたのを思い出しちゃった。
あたし、やっぱり向いてないのかもしれません…」
「まぁ、最初からうまくできるなんてことはないからね。
何度もやっているうちに上達するはずだよ。」
「何度もしなくちゃダメなんですね。」
「私だって、最初はぜんぜんダメだったんだからね。」
「えー、クルトさんが?何か信じられない…」
もう1つ、やってみようかな…
次のじゃがいもを手に取ると、クルトさんがなでなでしてくれた。
よっし、がんばるぞっ。
「包丁をそんなに握りしめてはいけないよ。」
…
「もう少し肩の力を抜いて…」
……
「うー、やっぱり難しい…」
「大丈夫、さっきよりはずいぶん早くなってるよ。」
って言ってるクルトさんの目の前にはすでに4つのきれいなじゃがいもが…
あたしのようすを見ながらでもその早さですかっ!
…練習しかないよね。
「ま、6つもあればいいかな。
ミア、そのじゃがいもを適当に小さく切ってくれるかな。」
「適当って…」
「小さくなればいいよ。
あ、こっちの大きな包丁を使いなさい。」
そう言って、朝のメニューのスープが残ってるおなべを火にかけてる。
よし、切るぞー。
まな板にじゃがいもを置いて、包丁を当てると、コロンと転がった。
「きゃっ!」
「左手でじゃがいもを押さえて。」
「は、はい…」
「こんな風に軽く指を曲げて、包丁を添わせるように。
指を切らないように注意するんだよ。」
注意深く包丁を進めていったおかげで、ケガはせずにすんだけど、何かとっても疲れちゃった…
小さく切ったじゃがいもをまな板ごとおなべのとこまで持っていくと、クルトさんはそのままおなべにじゃがいもを投入した。
「あとは…スープにじゃがいもを使ってしまったし…あ、あのパンが残っていたはずだね。」
「もしかして、この前食べたおっきいやつですか?」
「うん、あのパンは割と日持ちするけど、早めに食べることにこしたことはないからね。
ちょっと取ってくるから、鍋の方は頼んだよ。」
「はーい。」
おなべのようすを見るのは、何度も手伝ってるし大丈夫。
ぼこぼこ泡ができるようになったら、ちょっと火を弱めてあげればいいんだし。
まぁ…クルトさんはすぐに戻ってきてくれたから、あたしが火を調節することもなかったけど。
戻ってきたクルトさんは、おなべの様子を見ながら、パンを切り分けてる。
「ミア、マリーを呼んできてくれるかな。」
「はーい。」
厨房から食堂に入ったら、マリーさんはいつもどおりカウンターでお仕事してた。
あたしに気付いてマリーさんが顔を上げる。
「あら、ミアどうしたの?」
「ご飯できましたー。」
「そう、すぐ行くわ。先に食べててね。」
「はーい。」
厨房に戻ったら、もうパンが用意されてた。
入ってきたあたしの顔を見て、クルトさんがスープをよそってくれる。
「マリーさんもすぐ来るっていってました。」
「ミアは先に食べてていいよ。」
「はい、いただきまーす。」
これも実はいつものこと。
あたし、ちょっと食べるの遅いんだよね。
だって、おいしいから急ぐともったいない気がするんだもん。
「おまたせ。ごめんね。」
「全然待ってないよ。
今日はミアも手伝ってくれたからね。」
「じゃがいも切っただけだけど…」
「がんばってるじゃない。
そのうちミアの手料理が食べれるのかしら?」
「うー…がんばる…」
でもいつかほんとにちゃんと料理して食べてもらえたらいいな。
ちょっとずつやってみなきゃね!