20 眠れない夜に
その日、あたしはなぜか寝付けない夜を迎えてました。
今日も1日、いっぱいがんばったから、体は疲れてるのに。
ちょっとお水を飲もうかなって思ったけど、水差しにお水を汲むのも忘れてたみたい。
しょうがないから、厨房まで行くことにした。
キキィ…
部屋の扉が音を立てて開く。
お客様もお休みだし、マリーさんもクルトさんももう寝てるはずだから、静かに行かなきゃダメなのに。
扉の音は意外と大きく鳴っちゃう。
あたしの部屋は2階の一番奥の、廊下の角を曲がったとこにある一番小さな部屋。
マリーさんとクルトさんがここを買い取る前に、やっぱり従業員の人が使ってた部屋だっていってた。
お客様が泊まるには、ちょっと小さすぎる部屋。
その奥の部屋から階段までは、お客様の部屋の前を通らなきゃいけない。
できるだけ音をたてないように、そろり、そろりと足を踏み出す。
無事廊下を通り、階段に差しかかる。
ギシ、ギシ…
普段はあんまり気にしてなかったけど、階段を踏み出すたびに音が鳴る。
真っ暗な食堂は、それでも窓の隙間や、扉の隙間から、わずかに差しこむ外からの光で、ぼんやりとその景色が見えてる。
イスはテーブルに全部上げてあるから、引っ掛けることもないはず。
テーブルの間を抜けて、カウンターの脇から厨房に入る。
厨房の扉から出た廊下の向かいには、マリーさんとクルトさんのお部屋や、物置のお部屋が並んでる。
音をたてないように…
お水をためてるかめは…これだよね。
ふたを開けてみると…
「あれ?からっぽ…?」
思わず口から言葉が出ちゃった!あわてて口を押さえてじっとする…
だいじょうぶ、誰かが起きた気配はないみたい。
それにしても、お水使いきったのかなぁ…
どうしよう…っていっても、すごくのどが渇いてきたし、お水なしでは眠れそうにない。
やっぱり井戸まで行くしかないよね…
厨房に水差しを置いて、代わりに桶を持ってお勝手口に向かう。
カチャ。
よかった、鍵はしっかり油も差してあるみたいで、そんなに大きな音もならなかった。
「ふわぁ…」
扉を開けると、よく晴れた空にたくさんの星と、少し欠けてるお月さま。
思ったよりも明るくて、これならあんまり怖くない…かな…
でもでもやっぱり、ちょっと走って井戸に向かう。
夜の街は、お昼と全然違う表情で、まるで別世界のよう。
淡い明かりの中を1人、すこし寂しいような、そんな気持ちも感じながら。
井戸をこぐとお水が出てくる。持ってきた桶に半分くらい。
そんなにもいらないかもしれないけど、こぼしたらやだし、半分くらい。
よぉし、それじゃいそいで帰らなきゃ。
桶を持ち上げようとしたとき、不意に強い風が吹いて、寝間着の裾がひるがえる。
慌てて押さえて、目をつむる。
風がやんで、目を開けると、あたりは暗くなっていた。
「あ、れ?」
急に不安が押し寄せてきた。
見上げると、空に黒い雲がかかってる。
さっきまで晴れてたはずなのに…
お水を汲んだ桶を持って、あたしは走り出した。
宿のお勝手口が見えたところで、やっとちょっとほっとした。
そうだ、あんまり音をたてないようにしなきゃ…
…あれ?扉閉めなかったっけ…ちょっと隙間が開いてる。
そっか、たくさんの星とお月さまを見て「ふわぁっ」ってなって…閉めるの忘れてた、かも?
厨房に入って鍵を閉める。
カチャリ。
部屋の中は外よりずっと暗い。しばらく目が慣れるまではじっとしなきゃ。
ぼんやりと部屋の中のようすが見えてきた。
桶からゆっくりと水差しにお水を注ぐ。
早く部屋にもどらなきゃ。
食堂を抜けて階段を上がってく。
やっぱり曇ってるせいかな、行きより暗い気がする。
ゆっくり、ゆっくり…ギシ、ギシ…
できるだけ音が立たないように。
あとは廊下を渡りきれば、部屋に帰れる。
そろり、そろりと進んでく。
角を曲がればあたしの部屋だ。
無事に部屋の前にたどり着いた。
あれ、扉閉めてなかったっけ…こんなのばっかりだ。
中に入って扉を閉める。
少し音が出たけど、きっとだいじょうぶだよね。
隅の台に置いてたコップにお水を注いで飲む。
汲んできたお水は、まだ冷たくて、のどにしみこむみたい。
ふぅ、満足できたかな。
ちょっと動いたからかな、眠れそう…かも?
台に水差しとコップを置いてベッドに向かう。
ベッドに入ろうとしたとき…
あたしに向かって…
何かが飛びかかってきた…
生あたたかい何かが…
「ミア、遅いわね…?」
いつもならもうとっくに降りてきているはずなのに、今日はどうしたのかしら?
ちょっと見に行きますか…
コンコン。
「ミア?起きてる?」
返事がない…あら、鍵がかかってないわね。
ガチャ。
そこでわたしが見たものは…
床で寝てるミアと…
ベッドにちょこんと座ってる黒いネコでした…
せっかくなので怪談っぽく…
しようと思ったけれど難しかったですTT