122 出発に向けて その3
いよいよ出発の前日、今日もお昼までは宿のお手伝いをして、それからあいさつに回ろうかって思ってたんだけど、市場の人たちにもあいさつしておいでってクルトさんに言われて、朝から注文のお使いのついでにあいさつに回らせてもらうことにした。
まずは酒屋さんから。
「リュートさん、おはよーございます。」
「ああ、ミアちゃん、おはよう。
久しぶりですね、注文ですか?」
「はい、うちも明日から営業再開です。」
「そうですか、それは何よりです。
いつもの分でいいですか?」
「はい、それでお願いします。
あ、おじさんは?」
「親父は今、配達に行ってますよ。
何かありましたか?」
「えっと…実はあたし、明日からしばらく旅に出ることになったんです。
それで、お世話になった方々のところをあいさつに回ってるんです。」
「旅に?こんなときにですか?」
そういえばそうだよね、悪魔が増えたって噂があって、街が襲撃されてっていうこの時期に旅に出るなんてやっぱり変だよね…
「あ、でも1人じゃないです。
フェリックスさんたちと一緒なんです。」
「フェリックスさんって言うと、『白を継ぐもの』の?
なるほど、それなら安全そうですね。」
んー、やっぱり有名人なんだね。
どこで名前出してもみんな知ってるような気がする。
「この後他にもあいさつしに行く予定なので、おじさんにもよろしく伝えてください。」
「ああ、安全な旅になるように祈ってますよ。
また帰ってきたら顔を出してくださいね。」
酒屋さんを後にして、市場のお店を何軒か回って注文とあいさつを続けていった。
旅に出ることを告げると、みんなリュートさんと同じように驚いてたけどね。
気がつくと、おひさまもだいぶ高くなってて、お昼が近づいてきてる。
そろそろ白枝亭に戻らなきゃ。
「ミディ、そろそろ戻ろ。」
(昨日会えなかった治療士の方はお訪ねにならないのですか?)
「あ、ユーリさんとこね。
お昼からにしようかと思ってたけど…そだね、ちょっと遅くなるかもだけど寄っていくね。」
ユーリさんのお店は、今日は扉が開いてた。
よかった、2日連続会えなかったらどうしようかって感じだったし。
「こんにちはー、ミアですー。」
「ああ、ミアさん、いらっしゃい。」
と返ってきたのは男の人の声?
明るい外から入ってきて、少し薄暗く感じるお店の中にいたのはゼル先生だった。
カウンターには誰もいない…けど。
「先生、こんにちは。」
「はい、こんにちは。」
「あの…ユーリさんは?」
「今、奥に行っているだけですよ。
すぐに戻ると思います。」
はあ、びっくりした。
これでまた会えなかったらどうしようかと…
「ところで、旅に出るそうですね。」
「はひっ?!
どうして先生が知ってるんですか?」
「それはあの『白を継ぐもの』と『赤に認められしもの』と一緒に行くってことで、魔法士ギルドでも噂になってますよ。
冒険者ギルドのほうでもきっと噂されてると思いますが。」
噂に…なってるんだ…
あ、でも有名なのはフェリックスさんたちと…『赤に認められしもの』ってフィランダーさんたちだよね。
うんうん、あたしじゃない、あたしじゃない。
「あら、ミアちゃん、いらっしゃい。」
「あ、ユーリさん!
こんにちはー。」
「ちょうどお茶を淹れたところだから飲んでいって。」
「わーい、ありがとーございます。」
たぶんゼル先生が来たから淹れたお茶だと思うけど、ポットにたっぷり入ってるみたいであたしもにお茶会に参加することになった。
一緒に出してもらったハーブ入りのクッキーもいい香りがするんだよね。
「ところでミアちゃん、旅に出るんですって?」
「ひっ?!ゴホゴホ…」
「あらら、そんなに驚かせたかしら?」
とりあえず首を縦に振って返事する。
うん、まさかユーリさんまで知ってるとは思わなかった…
「結構みんな知ってるわよ。
だって、いろんなところにあいさつに回ってたんでしょ?」
「あ…そっか。
ユーリさんとこも昨日のお昼から寄ってみたんだけど、お出かけしてるみたいだったから…」
「あら、ちょうど出てる時だったのね。
それで、いろんな噂が回ってるけど本当のところは何しに行くの?」
「え、えっと…」
思わず足もとのミディアドーレのほうを見たけど、そっぽ向いて丸まってる…
んー、何て答えればいいんだろ?
嘘はつきたくないし…
「えとね…[根源たる色彩]っていう武具を探しに行くの。
あたし、それがある場所が何となくわかるから…」
あたしの返事に、ミディアドーレの耳がぴくっと動いたけど、別に注意されたりはしなかったしだいじょぶだよね。
「[根源たる色彩]ねぇ…それで『白を継ぐもの』っか。
すごいわねー…でも、大丈夫なの?」
「ユーリエくんの心配はもっともだと思いますが、あの『白を継ぐもの』と、『赤に認められしもの』が同行するわけですから、それなりに安全なのではないでしょうか。」
「そっか、そうよね。
それだけ強い人たちが一緒なら心強いわね。
でもミアちゃん、十分に気をつけて行ってきてね。」
「うん、ありがとです。」
まさか、その人たちと同じように戦ったとは言えないし、ユーリさんの心遣いに感謝。
あまり遅くなるとクルトさんにも迷惑かけちゃうし、そろそろ帰らなきゃ。
これでだいたいお世話になった人たちのところも回れたし、あとは明日の準備かな?
ユーリさんにお茶のお礼を言って、行ってきますのあいさつをして、白枝亭に戻ることにした。
「ただいまー。」
白枝亭に帰ると、他のみんなはご飯をすませたあとみたいで、ゆったりお茶の時間っぽかった。
おかえりって言葉が大合唱になってこっちに向かってきてちょっとびっくりしたけど。
「ミア、お客様が来ているよ。」
「ほへ?」
クルトさんが指した方を見ると、冒険者ギルドのオットーさんが右手をあげてる。
そういえば必要なものをそろえてくれるっていってたっけ。
結構待たせちゃったかな…?
「お待たせしてしまってすみません。」
「いやいや、そんなことはありませんよ。
先日お話したものを持ってきたので、確認をしてもらおうかと思いましてね。」
「あ、ありがとうございます。」
オットーさんが、別のテーブルの荷物を広げていろいろと説明を始めてくれたんだけど、いろいろあるんだね…
保存のきく食べ物に、飲み物をいれる水筒、簡単な食器、雨避けの外套、頑丈そうな靴、ほんとにどうしてこんなにうまくまとめられてるのっていうくらいにたくさん出てきた。
「後は、魔法士ギルドからお預かりしたものが…これですね。
分かれて行動することがあるなら便利ですよ。」
そう言って、上等な生地の袋から出したのはイヤリングだった。
同じデザインのものが3つ、何だかちょっと中途半端な数だよね。
「これは、離れている相手と会話ができるものだそうです。
片耳につければよいとのことなので、3組に分かれても意思疎通が可能ですね。
使い方はこれに記してあるとのことです。」
オットーさんが差し出してくれた紙には、使い方の説明みたいなのが書いてあった。
後でちゃんと読まなくちゃ。
「まあ、荷物の方は皆さんと相談して必要な分を持っていってもらえればと思います。
各支部で、足りない物などを申告していただければ、用意させていただきますのでご安心ください。」
「えと、いろいろとありがとうございます。」
「いやいや、礼には及びません。
それでは私はこれで失礼させていただきます。
旅のご無事をお祈りしておりますよ。」
クルトさんと一緒にオットーさんをお見送りして中に戻ると、みんながさっきのイヤリングの説明を見てた。
「意外と簡単そう。
ねね、レイアつけてみてよ。
わたしもつけてみるから。」
「もう、エステルったら…
ミアちゃんが借りたものなんだから勝手に使っちゃダメでしょ。」
「みんなで借りてるものだから、いいですよ。」
「さすがミアちゃん、話がわかるぅ!」
横ではフィランダーさんがやれやれって顔してるけど、いいよね。
イヤリングをつけたエステルさんが宿の2階に走っていった。
みんなが見守る中、しばらく待つとレイアさんが反応した。
「すごい、ちゃんと聞こえてるわ。
……………。
そう、じゃ、戻ってきて。」
パタパタと走ってくる音が聞こえて、エステルさんが階段を駆け下りてきた。
「すごいよー、部屋の中で扉閉めてるのに、レイアの声がちゃんと聞こえるんだもん。」
「わたしの方もエステルの声がちゃんと聞こえてたし、さすがは魔法士ギルドの道具よね。」
あたしをふくめて周りのみんなは、感心してしまった。
でも盛り上がりそうになったときに、みんなは聞いちゃったんだよね。
「レイアさん…独り言みたいで何か怖かったッス…」
っていうレックスさんの一言を。
当の2人は聞こえてなかったみたいだけど、周りのみんなは思わずうなずいてた。
…確かにそうだよね。
あんまり人前では使っちゃダメかもしれないなぁ。