107 事情を説明(あたしが?)
幸い、厨房の外壁は壊れてなかった。
問題なく使えそうだね。
「それではー、手分けしてー、準備しましょうかー。」
「はい。
食材見てきますね。
アリサさん、火をお願いしていいですか?」
「わかりましたー。」
アリサさんなら[火結晶]の使い方、わかるもんね。
薪を1束運びこんでから、倉庫に行ってみる。
今日はお買いものなんてできる状況じゃなかったけど、ちゃんと蓄えはあるんだよね。
野菜と…豆、ハム。
スープならあたしでもできるかな。
パンは朝の分が残ってたらいいんだけど…
とにかく使いそうなものを持って厨房に戻る。
厨房に戻ると、アリサさんがきっちり火起こししてくれてた。
お鍋にお水も張ってくれてる。
「あー、おかえりなさいー。
やっぱりー、火をー、つけるのがー、楽ですねー。」
「ほへ… あたし、[火結晶]以外でつけたことがないからよくわかんないです。」
とにかくアリサさんに手伝ってもらいながら材料を切って、お鍋に入れていく。
ハムからでもスープのお出汁がでるってクルトさん言ってたし、いつもみたいに難しいのは無理でもだいじょぶだよね。
スープが一段落してから、パンを探すと、ちゃんといつものところに絞った布巾をかぶせて置いてあった。
そのまま放っておくと、表面がカチコチになるんだよね。
「後は、何ができるかな…」
「とりあえずはー、これでいいかとー、思いますー。
マリーさんのお食事はー、目を覚まされてからー、もう一度ー、様子を見てー、考えましょうー。」
しばらく待っていると、みんなが順々に戻ってきた。
アリサさんのアイデアで、桶に少し温めたお湯をためて、汗を落としてもらえるようにして渡していく。
一度部屋に戻って、着替えた人から順番に食堂に戻ってきてもらうことにした。
「はぁ~…っと、みんなお疲れさん。」
「リック…おじさんっぽいよ…?」
最後に降りてきたフェリックスさんが、思いっきり伸びをしながら漏れた言葉に、エリカさんがこそっと一言。
なぜかみんなクスクス笑ってしまった。
テーブルをくっつけて、みんなで一緒に座れるようにしたから、何だかすごく広い。
順番に、フィランダーさん、レイアさん、エステルさん、エメットさん、クレメンテさん、レックスさん、エリカさん、フェリックスさん、アリサさん、そしてあたし。
いつもならもうすぐ夜の食堂営業が始まる時間だけど、今日は状況が状況だから、表にお休みしますの看板を立ててる。
食堂の壁は、ちょっと壊れちゃってて、今は隙間が空いてる。
日が落ちて涼しくなってきたから、風が入ってきたらちょっと寒い。
後でクレメンテさんが応急処置してくれるって言ってくれた。
「それじゃ、品数少なくて寂しいけど、どうぞ。」
「いやいや、温かいものがあるだけでもありがたいよ。」
みんなそろったところで、アリサさんにも手伝ってもらってスープとパンを配膳する。
いつものご飯に比べると品数どころか、味も全然だと思うけど、みんなおいしそうに食べてくれてる。
「ミア、アリサ、任せっきりで申し訳ないね。」
「クルトさん!」
「マリーが目を覚ましてね。
さっきアリサに見てもらったのもあって、具合もまずまずみたいだよ。
まだ動けるほどではなさそうだけどね。」
クルトさんの報告に、みんなほっとする。
ほんとによかった。
「ミア、鍋のスープ、少しもらうよ。
それから、飲み物も自由に出してもらっていいからね。」
「はーい。」
ということで、飲み物も出しつつ、しばらくはご飯を食べながら、みんなで街のようすの報告をしていく。
アリサさんは途中でクルトさんに呼ばれて、もう一度マリーさんのようすを見に行った。
結局、あたしたちが戦ってた悪魔がいなくなったら、街の他の悪魔たちもみんな逃げていったみたい。
それでも建物が壊されたり、ケガをしたりした人もたくさんいるみたいで、施療院や教会、治療士さんは大忙しになってるってことだった。
きっとユーリさんも大忙しだね…
明日から地区ごとで協力して片付けや建物直したりっていう作業が始まるみたいで、大工さんたちにも召集が掛ってるみたい。
ほんとにいろいろ大変だ…
「あ、もうみなさん、食べ終わりましたよね。
お茶の準備して来ますね。」
「わたしたちも手伝うよー。」
片付けようと思ったら、エステルさんとレイアさんが協力を買って出てくれた。
その間に、クレメンテさんが壁を直してくれることになって、レックスさんもそっちを手伝ってくれることになった。
食器の方はエステルさんとレイアさんが洗ってくれるって言ってくれたから、あたしはお茶の準備に取り掛かる。
食器の片付けが終わって、お茶の準備ができたから食堂に戻ったんだけど、びっくりすることに、壁の穴はもうふさがってた。
クレメンテさんもレックスさんももう座ってるんだもん…
「とりあえずの応急処置ですから、また本職の方に見てもらってくださいね。」
「はい、ありがとーございます!」
アリサさんとクルトさんも戻ってきた。
マリーさんは少しだけ食事してまた寝ちゃったみたい。
アリサさんのお見立てでは、2、3日もあれば回復できるはずってことだった。
11人に増えたお茶会。
何となくみんなが黙ってる…
「にゃ。」
「あれ、ミディアドーレ…そいえばいつの間にどっか行ってたの?」
(ずっとあそこにいましたよ。)
ひょこっとテーブルに飛び乗ったミディアドーレの視線の先は、隣のテーブル…
うん、ぜんっぜん気づきませんでした。
(さて、みなさん、お待ちのようですが?)
「あ、そだね。
えと…何から話せばいいのかな…?」
(主のお好きなように。
わからないことがあればフォローしますので。)
「ん…
えっと、みなさんに聞いてもらうことがあります。」
あたしが話し出すと、みんながこっちをじっと見た。
う…何だかすごく緊張してきた…
「あたしは…死神…なんだよね?」
「いや、聞かれても困る…」
ミディアドーレの方を見たつもりが、その向こうにいるフェリックスさんと目が合っちゃった。
(死神、というよりは戦乙女といった方が、わかりやすいかもしれません。)
「そっか、えと、戦乙女らしいです。」
その一言でみんなが固まっちゃったんだけど…
「あれ…何か変なこと言っちゃったかな…?」
(まあ、普通は信じられないでしょう。)
「えー…?!」
(ただ、あなたの力は皆がみておりますので。)
しばらく固まった状態が続いて、静かだったけど。
一番最初に口を開いたのはエステルさんだった。
「戦乙女って…勇者の導き手っていうあれよね?」
「え、え、エステル…失礼よ!こと、こ、言葉遣い!」
「へ?あ、えっと…ございますわよね?」
「ああ、もう…」
レイアさんと2人、何かおもしろいことになってるけど…
言葉遣い?
「ミディアドーレ、どういうことかな?」
(戦乙女は神族の中でも8大神に次ぐ力を持ったものという認識があるはずですから畏敬の念を持った、というところでしょうか。)
「えー?!それ…何かやだ…」
(あなたの思うように振る舞えばよいでしょう。
正確に言えば、人の肉体に封じられた時点で、神族そのものではありませんし、何よりあなたは、神族としての記憶を封じられていらっしゃいます。
多少……力を取り戻しはしましたが、人と変わりないと言えます。)
多少、ってところで詰まったミディアドーレ。
何か引っ掛かるけど、まあいいや。
「エステルさん、レイアさん、今まで通りでいいですよ。
あたし、神族としての記憶は封じられてるみたいだから。
体も人と変わりないって言ってるし…」
エステルさんもレイアさんも、周りのみんなもポカンした顔になっちゃった。
とにかく分かってることを伝えてしまおう。
「それで、このネコくんが、ミディアドーレって言って、あたしの使い魔で、今日もいろいろ助けてくれたんです。
あ、そうだ、鎌にもなるんです。」
(姿を変えた方がよろしいですか?)
「うん、お願い。」
そう答えると、ミディアドーレがあたしの方へ近づいてきた。
そして白い光のようになってあたしの方へ飛んできて、気がつくとあたしの手には鎌が握られている。
「こ、こんな感じです。
いいよー戻ってー。」
邪魔になるといけないから、すぐに戻ってもらうようにお願いすると、鎌は一瞬黒くぼやけて影みたいになって、その影が集まってネコくんに戻る。
んー…不思議。
「あと、何を説明したらいいのかな?」
(皆に聞いてみてはいかがですか?)
「そっか…
えと、他にどんなことを話せばいいですか?」
「ミアちゃんはー、体はー、大丈夫ですかー?
今日1日でー、とんでもない量のー、マナをー、使ったようにー、思ったのですがー…」
アリサさんは、あたしが1つめの悪魔を倒したときから見てるんだよね。
そういえば、いっぱい魔法使ったけど…
戦いが終わったときはちょっとふらふらしてたけど…
今はもうだいじょぶだよね。
「はい、平気です。」
「そうですかー。
それならー、よかったですー。」
そう言って笑顔をくれるアリサさん、心配してくれてありがとです。
次に口を開いたのはレイアさんだった。
「ミア…さん…」
「えと…前と同じでいいですよ?」
「う…ミアちゃん?」
「はい!」
「…[揺らめく赤]と契約してしまったのは…その力の…?」
えっと、これはよくわかんないや。
ミディアドーレの方を見てみる。
(おそらく、封じられているとはいえ、あなたの力に反応したとみて間違いないのではないでしょう。)
「ミディアドーレは多分そうだって言ってます。」
「そうですか。
もう1つ…たくさんの色の魔法を使ってましたけど…」
(ふむ、人族、魔族は白か黒かそれ以外か、でしか使えないのでしたね。
白と黒、あるいはさらに他の色を使うことができるのは神族の力です。)
「白と黒と、さらに他の色を使うことができるのは神族の力、っていうことです。」
「では、わたしたちでは《死者蘇生》のような魔法は使えないということですね…」
(白と黒の合成は、主よ、あなたの得意とする分野でしたので…
神族でも使えない者がたくさんおります。)
「何か、白と黒の合成って、神族でも使えない人が多いみたいです。」
「わかりました、ありがとうございます…」
何だかちょっと落ち込んだ感じのレイアさんをエステルさんがよしよしってしてる。
もしかして何かあったのかも…わかんないけど。
「他にはありますか?
…特にないなら…」
「ミアは…この後どうなるんだい?
どこかに帰らなければいけないとか…」
特にないなら、お片付けしてお開きに、って思ったときに、最後に聞いてきたのはクルトさんだった。
帰る、っていっても…
「ミディアドーレ、どうなのかな?」
(先程も申し上げた通り、あなたは神族としての記憶を封じられていらっしゃいます。
ですから、天界へ帰る術はありません。
人としてこの先も進んでいくことになりましょう。)
「ん…えっと、あたしは天界へ帰ったりはできないみたいだから…」
そこで言葉に詰まっちゃった…
だって、他に行くところがないんだもん…
迷惑、掛けることになるかもしれないんだよね…
「ということは、ミアさえよければ、これからもうちにいてもらえるっていうことかな?」
「え…?」
「私は、それにきっとマリーも、ミアがうちに来てくれてからとても素敵な日々を過ごすことができているから。
それに、今日は返しきれないくらいの恩を受けたからね。
ミアがこれからもうちにいてくれるならば、私たちは嬉しいんだけど、どうかな?」
「……」
(主よ、せっかくのお申し出ですよ。
しっかり返事を。)
あたしは頭の中がしびれちゃったみたいに、うまく考えることができなくなってた。
自分でも、よくわかんないような子なのに、クルトさんはいてくれるなら嬉しいって言ってくれた。
ただもう嬉しいっていう気持ちが、びっくりするくらい強くて、涙が止まらなくなってしまった。
そんなあたしをクルトさんがぎゅってしてよしよししてくれる。
みんなが拍手してくれるのが聞こえた。
明日も、明後日も、あたし、ここにいていいんだね。
そんな心の声に答えるかのように、誰かが返事をしてくれた。
「にゃー。」