105 悪魔と死神と
悪魔はゆっくりあたしの方に向き直る。
剣を胸元に構えて一瞬集中すると、傷ついた羽がきれいにくっついた。
「我を傷つけたるものは全て滅ぼす…次は貴様だ!」
悪魔はマリーさんを刺したその剣で斬りかかってきた。
その一撃を、あたしは両手で持った鎌の柄で受けた。
ちょっと押されたけど、今度は飛ばされない。
「馬鹿な…」
自分の一撃を止められたことがよっぽど信じられなかったのか、悪魔が固まる。
鎌と剣が触れ合ってるその状態のままで、あたしは魔法を使った。
「《破魔爆光》!」
「くっ!」
光が集まるよりも一瞬早く、悪魔が飛びあがる。
空へ…逃がすわけには…いかない!
そう思ったとき、背中が熱くなった。
こんな感覚、どこかで…そう思いながら地面を蹴ると、あたしの体も悪魔を追いかけて空中に飛び出した。
「翼だと?!
貴様…人では…」
そんなことどうでもいい、ただマリーさんを、みんなを傷つけたことが許せない。
空中で鎌を構え直して悪魔に突っ込む。
飛んでいく勢いのまま、悪魔に斬りつけてみたけど、悪魔も剣を使って受け流す。
そのまま何度か攻撃したり、悪魔が反撃してきたりするけど、どっちの攻撃もお互いに防いでる。
そのうち、だんだんと悪魔の動きに追い付けなくなってきた…
「ハッハッハ…動きが鈍っているぞ。
そろそろ限界と見える。」
「うー…」
(主よ、もう持たないでしょう…
まだそこまでの力を取り戻す準備はできていなかったのです…)
でも、このままじゃ…
せめて今のうちに攻撃決めなきゃ…
そう思っても、どうしても悪魔の動きに置いていかれてる。
悪魔はだんだんと余裕を取り戻してきてるし…
どうしようか、って思ったときに下から何かが飛んできて、悪魔をかすめた。
さっきも見た大きなつらら…ってことは…
「ごめんなさい、外してしまった…」
「〈真白き輝き、滅する力、世界に仇為す邪悪を打ち砕く刃となれ…《聖光刃》〉!」
レイアさんに続いて、アリサさんが魔法を使う。
光の筋が悪魔の目の前に伸びて、悪魔が思わず止まった。
(主よ、今です!)
「うん!」
悪魔が下がったことであたしは追いついた。
そして振り下ろした鎌の先が悪魔の右腕に当たって、強い光を放った。
「グウゥ…
この光、この力…貴様…」
光が消えたとき、悪魔の右腕は、肘から先がなかった。
そして、あたしはゆっくり落ちていく。
下を見ると、フェリックスさんとフィランダーさんも立ちあがってた。
「今この体を失うわけにはいかぬ…」
そう言うと、悪魔は消えてしまった。
何とか…なったのかな?
(どうやら退いたようです…
主よ、お体は…)
ミディアドーレに言われて気付いたけど、もう体にあんまり力が入らない感じった。
ゆっくりと地面に降りた瞬間に、背中にあったものが消えた感じがして、倒れそうになった。
あわててフェリックスさんが駆け寄ってきて支えてくれたから、倒れずにすんだけど。
「ありがとです…」
「いや…俺たちこそ助かったよ…
ミアちゃんがいなきゃ、みんなダメだった…」
「あ、マリーさんは?!」
マリーさんは、まだ倒れたままだった。
クルトさんがマリーさんの手を握ってて、アリサさんとエメットさんが魔法を使ってる。
その後ろにきれいな鎧姿の見慣れない女の人がいた。
「…もうしわけー…ありませんー…」
「そうか…」
アリサさんの言葉に、クルトさんがうなだれた…
それってどういうこと…
って聞こうとしたときに、後ろにいた見慣れない女の人が、ミディアドーレとそっくりな鎌をどこからともなく取り出した。
「あなたは…?」
「ミアちゃん?
どうしたんだ?」
「え、あの女の人…」
「どの女の人だよ?
アリサのことじゃないよな?」
女の人に声をかけたのに、フェリックスさんには見えてない…?
すぐ近くにいるクルトさんたちも気がついてないんじゃなくて、見えてないってこと?
(ほう…私の姿が見えるというのか…)
心の中に声が響いた。
ミディアドーレが話してくれるみたいに。
でも、女の人の口がそれに合わせて動いてるから、きっとその人の声だよね。
(稀有な者に出会ってしまったものだ。
私の名はセルヴィアナ、彼女の魂を導きにきた者…
戦によって命を落とした勇者は、死神の中でも我ら戦乙女によって導かねばならない。)
「えっ?そんなのダメっ!」
「ミア…?」
クルトさんが驚いて、あたしの方を見てる。
他のみんなも…
でもそれどころじゃない…マリーさんが連れて行かれちゃったら…
(駄目と言われても、私にはどうすることもできない。
ただ、気高き魂を導くことが私に与えられた使命だから…)
「でも…でもダメなの!
マリーさんが連れていかれたら…連れ…て…」
涙が止まらなくなって、途中で言葉が出なくなってしまった…
何とか…できないの…?
(主よ…望みなさい…
あなたにはできます、その望みをかなえることが…
いや、あなたにしかできない…)
(今の声…)
ミディアドーレの声は、セルヴィアナさんにも聞えたみたいだけど…
そんなことより、望む…って…
つまり、マリーさんが生き返るように…?
それにあたしにしかできないって…
とにかくミディアドーレの言ったことを信じて望む。
「あ…」
(見つかったようですね…)
「うん!」
(一体何をしようというのだ…)
あたしの返事は自分で聞いててもわかるくらい弾んでた。
セルヴィアナさんが少し目を細めて不思議そうに尋ねてくる。
フェリックスさんの支えを離れて、あたしはマリーさんの横に座った。
周りのみんなには、あたしは1人でしゃべってる変な子に見えたかもしれない。
でも、そんなことはどうでもいいんだ。
今はただマリーさんのために…
(その鎌は…?!)
マリーさんの体に、右手で持った鎌を軽く触れて、その上から左手を重ねた。
その鎌を見てセルヴィアナさんの表情が固まったような気がするけど…
「〈白と黒、世界の礎にして両翼、互いに相反する力にしてその根源は1つなり。すべての命を生み出す力よ、戦乙女が一柱、ティスミアの名に置いて、今ここに再び重なりて、放れし御魂を呼び戻せ…《死者蘇生》〉」
(まさか…そんな…)
魔法を唱えると、あたしの手元から白い光と黒い影が噴き出してマリーさんを包む。
そして、光と影はあっという間に薄れてしまった。
「う…うん…」
「マリー?!」
マリーさんの口からうめき声が聞こえた。
クルトさんが手を握って呼びかける。
「あ…れ…?
クル…ト…」
「マリー…よかった…本当に…よかっ…」
クルトさんの言葉が涙で詰まってる。
よかった…うまくできたみたい…
(主よ、マリー殿を宿に運ぶように、皆にお伝えください。
まだ休養が必要です。)
「え、あ、うん…
クルトさん、みなさん、マリーさんを宿の中へ…まだ休んでないとダメみたいです。」
「あ、ああ…」
クルトさんがマリーさんを抱き上げて連れていく。
フェリックスさんたちはあたしの方を見てるけど…
(主よ、後で行くとお伝えください。)
「あたしは後で行くから、先にマリーさんを見ててください…」
「…わかりましたー、わたしはー、マリーさんについてますねー。
リックとー、そちらのみなさんはー、もしよかったらー、街の方をー、見てきてあげてもらえませんかー?」
「ん…了解。
フィランダーさんたちも、体に問題なければ一緒に回ってもらえませんか?」
「ああ、付き合おう。」
アリサさんがこっちみてウインクしてる。
気を利かせてもらっちゃったみたいだね…
あたしたち以外、みんながこの場を離れて行ってくれた。
(主よ…お疲れだとは思いますが少し時間をいただくことになりそうです。)
「うん、だいじょぶだよ。」
(一度姿を戻します。)
そう言うと、あたしの手から鎌が消えて、足元にネコくんが現れた。
ネコくんはあたしの前に座って、前にいる人の方を向いた。
(さて…セルヴィアナ様、お待たせしました。)