104 衝撃
走り出したあたしに、一番に気付いたのはエメットさんだった。
よく考えれば当たり前のことだったんだけど、あたしが魔法で戦えるのを知ってるのは、今はアリサさんだけだから、他の人にとってあたしはただの宿屋のお手伝い、悪魔に向かっていくなんて変だもん。
その結果が…
「危ないぞっ!
来るんじゃないっ!」
その声に、悪魔を含めたみんながこっちを見た。
一番驚いてるのはきっとマリーさんとクルトさん…
一番落ち着いてたのは…悪魔だ。
もっと考えて動けばよかったよ…
(主よ、初歩の魔法でよいので、彼奴の気を引いてください。
できれば役に立たないくらいのイメージをつける感じで…)
「うんわかった……《聖光》!」
ミディアドーレの意見に従って、白色の一番初歩の攻撃魔法を使う。
差し出した左手のずっと先、悪魔の頭上でふわっと真っ白な光が広がった。
悪魔がマリーさんたちと戦いながら、ちらっとこっちを見て鼻で笑う。
ミディアドーレの作戦、成功かな…?
(おそらく彼奴は、こちらへの関心を少し失ったでしょう。
実力差があるとはいえ、3人相手に斬り結びながら、後ろからの魔法を捌いていますし、何より主は見た目が幼いので…)
うーん…何だか複雑…だけど、これでもう一度チャンスがあるかもしれない。
その場から動かずに、でもいざってときに左手がすぐに動かせるように、右手だけで鎌を持つ。
今さらだけど、この鎌ってとっても軽いから、片手でも振りまわせそう…
戦いは、フェリックスさんたちがだんだん押されてきてた。
フェリックスさんたちが疲れてきてるのは、あたしにだってわかる。
なのに悪魔にそんなようすは見られない。
「そろそろ終わりが見えてきたようだ。
我が分身の相手とはいえ、なかなかの戦いぶりだ。
では受けるがよい…」
「いけないっ…」
いつの間にか起きてたレイアさんが、悪魔の動きに反応してあわてて杖を構えた。
そして、レイアさんの魔法と悪魔の魔法がほぼ同時に完成する。
「《業火殲滅》…」
「《広域保護》!」
悪魔の前に真っ赤な炎がまき上がって、レイアさんを中心に青い光が広がった…
(まずい…主よ、行きましょう!
こちらには彼奴の魔法の影響は出ないようです。)
「うん!」
ミディアドーレの声に、あたしは飛びだした。
炎と青い光がぶつかったのは一瞬のことで、白っぽ煙のようなものが上がってる。
近づくにつれ、煙が薄れていって、人影が見えた。
手前に1人、奥に3人…
悪魔に近かったフェリックスさんたちが倒れてる!
「ほう…さすがは赤の神器…
我が炎に耐えるとは…
しかし、我の傍にいたものは耐えられなかったようだな。」
悪魔が、後ろで立ってたレイアさんたちの方を見てそう言った。
まだ疲れたようす何てまったく見えない悪魔に対して、立ってるレイアさんたちは、疲れきってるし無傷じゃない…
倒れてるフェリックスさんたちやレイアさんたちにこれ以上悪魔の攻撃を向けさせるわけにはいかない…
できるだけ悪魔の真後ろになるように近づいて、あたしは鎌を振り上げた。
「何っ?」
「ふぇっ…?」
もうちょっとのところで悪魔が気づかれてしまった。
振り下ろした鎌が、悪魔の剣に止められる。
悪魔が剣でぐっと押し返してきた勢いで、あたしは後ろにちょっと飛ばされてしまった。
「大人しくしていればよいものを…
よほど死に急ぎたいと見える。
望み通り始末してやろう!」
急に割り込んだのがよっぽど気に障ったのか、悪魔の口調は強くなってた。
そしてそのまま剣で斬りつけてきた。
(魔法で!)
「うん、《絶対防御》!」
「何だとっ?!」
悪魔の振り下ろした剣は、あたしの左手の前のわずかなきらめきに止まる。
衝撃はぜんぜんない。
自分の剣が止められたことにびっくりしたのか、悪魔が目を見張った。
(今です!)
「やっ!」
ミディアドーレの声に、あたしが一瞬だけ早く動くことができた。
あたしが鎌を振り下ろしたのを見て、悪魔も避けようとした。
だけど、その動きは少しだけ遅れてた。
あたしの鎌は、今度こそ悪魔に当たった。
「くっ、こんなひ弱そうな輩に…」
当たったのは悪魔の左の羽の部分、おっきな傷をつけることができた。
悪魔の顔が怒りに歪んでいく。
「調子に乗るな…《火球連弾》」
「きゃっ!」
悪魔が魔法を使うと、火の玉がいくつもあたしに向かって飛んでくる。
何とか避けようと思うけど、いくつかが体をかすめていった。
これじゃ、近づくことも魔法を使うこともできない…
(何とか魔法の切れ目を狙いたいですが…)
「そんな…こと言って、もこれ…じゃ…痛っ!」
うっかりミディアドーレと話してたら、火の玉が腕に当たってしまった。
大きなケガにはなってないと思うけど腕が痛いよ…
でもそんなことを考える間もなく、悪魔の攻撃は続いてる。
ほんとにどうしたら…
「ぐあっ!」
急に悪魔の攻撃が止まった。
悪魔の後ろに誰かが立ってる。
「ミアに…手出しは…させないわ…」
「マリーさん!」
「一度ならず…人如きが我に傷をつけるなど、断じて許せぬ!」
振り返りざまの悪魔の剣の一撃が…
マリーさんの体に…
深く突き刺さった…
「マリー!」
クルトさんの声が響く。
悪魔が剣を引き抜くと、マリーさんの体はそのままその場に崩れ落ちてしまった…
「マリー…さん?」
うそ…そんなこと…
絶対にだめなんだから…!
(主よ、落ち着いてください…
まだ亡くなったとは限りません!
…いけません、今、力をすべて解放してしまうとあなたの体が…)
ミディアドーレの声は聞こえていたけど、あたしにはもう何が何だか分からなくなってしまった。
倒さなきゃ、助けなきゃ、どっちから…どうしたら…
そのとき…
プツン、と…
体の中で、何かがはじけたような気がした…