101 目覚めのとき
今回から戦闘に係わる描写があります。
ご注意ください。
広場を抜けようとしたとき、あたしたちの前に小さな悪魔が降りてきた。
しかも3匹も…思わず足が止まってしまう。
あたしの前にアリサさんが飛び出した。
「インプですかー…とはいえこの数ー…
ミアちゃんー、離れないでくださいねー。」
「は、はいっ。」
あたしが返事するよりも早く、アリサさんは集中に入っていた。
そして、普段のアリサさんからは想像もつかないくらいの速さで魔法を使う。
「〈真白き輝き、滅する力、世界に仇為す邪悪を打ち砕く刃となれ…《聖光刃》〉!」
アリサさんが突き出した手からまぶしい光がインプめがけて飛んでいった。
そして、光に当たったインプはそのまま消えてしまう。
「ふぁ…」
「ミアちゃんー、急がないとー、どんどん降りてきますー。
行きますよー。」
あまりの早技にびっくりして、あたしはちょっと固まってた。
目の前で手を振りながら、アリサさんが急かす。
「あ、すみません…」
「大丈夫ですかー?
…まずいですねー、中にー、大物もー、いるようですー。
できればー、戻るまでー、鉢合わせはー、したくないですねー…」
アリサさんが見つめる方には、インプよりもずっとおっきい、もっと恐ろしそうな悪魔の姿も見える。
確かにあんなのに会っちゃったら…ううん、とにかく今は急がなきゃ。
「ミアちゃんー、後ろー!」
「ふぇ?」
振りむいたときには、インプが飛びかかってきてた…
思わず顔を手でかばって目をつむったときに、聞きなれた、でもちょっと場違いな声が…
「にゃー!!」
「ギャッ!」
インプが飛びかかってきたと思って予想してた衝撃はきてない…
おそるおそる目を開けて手の隙間から見えたのは、空に逃げてくインプと…
「ネコくん?!」
「にゃっ。」
「すごいー…ネコがー、悪魔をー、追い払うだなんてー…」
アリサさんもあたしもただただびっくりしてしまった。
でも…助かった…
「ネコくん、ありが…」
「にゃにゃっ!」
あたしがお礼を言う間もなく、ネコくんが走り出して、少し進んだところでこっちを向いて鳴いた。
何だかネコくんが急げって言ってるみたい。
「アリサさん!」
「はいー、いきましょうー。」
あたしたちが走り出したのを見てネコくんが案内するように先を走っていく。
大通りでは、衛兵さんたちが街の人たちに、建物の中に入るように呼びかけながら、たぶん冒険者の人たちと一緒に降りてきたインプを追い払ったりしてる。
でも、インプはすぐに空に逃げたりして、なかなかやっつけることはできてないみたいだけど、おかげであたしたちはインプに襲われることなく大通りを進んでいく。
あと少しで白枝亭に続く道へ入れるというところで、ネコくんが急に止まった。
「にゃにゃ!」
「どうしたの…?」
そう問いかけたとき、あたしも感じてしまった。
強い悪意がそこにいるのを…
足が固まったみたいで進むことができない…
角から出てきたのは、あたしの倍以上もありそうな大きな悪魔だった。
たぶん広場から飛んでるのが見えたやつ。
その悪魔があたしたちを見降ろしてた…
「脆弱なる者どもよ、この奥では我らが主、様が我らのために使命を果たさんとしているところ。
様の手を煩わせるわけにはいかぬ、ここで滅ぶがよい。」
「ミアちゃん!」
悪魔が、あたしの体よりも太そうな腕を振り上げ、振り下ろそうとしたときに、アリサさんの声がして、あたしは突き飛ばされた。
地面に投げ出されて、腕とひざを擦りむいたみたいだけど、痛いなんて感じてる場合じゃない。
「っくぅ…」
振り返ると、アリサさんも地面に倒れてた。
アリサさんの左腕にはおっきな傷が見える…
けど、腕の傷なのにうめいてるだけ…どうして…?
「脆弱なる者どもが庇い合ったところでどうなるものでもない。
我が爪の麻痺毒が回ってきたか。
もはや碌に動けまいが…」
「ぁ…アリサさんっ!」
もう、何が何だか分かんない…
アリサさんのとこに行きたいのに、足が言うことを聞いてくれない…
「おとなしくしていればよいものを…
死に急ぐのであれば先に始末してやろう。」
悪魔の声に振り向くと、また腕を振り上げてる。
もうどうしようもないみたい…
目を落としたとき、そこにいたネコくんと目が合った。
ごめんね、せっかくさっき助けてくれたのに…
そう伝えたかったけど、口も動いてくれなかった。
せめて気持ちだけでも…そう思ったとき、ネコくんがこっちに駆け寄ってきてあたしに飛び付いてきた。
手を広げてネコくんを受け止めた瞬間、目の前が真っ白になった。
気がつくと、あたしは真っ白な世界に立っていた。
そして、その白い世界にあたしともう1つ白くないものがあった。
確かにさっき受け止めたはずのネコくんは、なぜかあたしから10歩くらい離れたところに座ってこっちを見ていた。
これって、夢でも見てるのかな…
ネコくんに近づこうと思って、足を踏み出そうとしたとき、ネコくんがしゃべった。
「動かないで、落ち着いてよく聞いてください。」
「ネコ…くん?
どうしてしゃべれるの?
やっぱりこれって…」
「夢ではありません。
そして我々には時間がない。
できることならば、人として平穏な一生を過ごしていただきたかった。」
夢じゃ、ない…?
ネコくん…いったい何の話をしてるんだろう…
やっぱりこれは夢で、夢の中で夢じゃないっていう話をしてるのかな。
「主よ、あなたはとても優しいお方だった。
故に大きな罪を犯してしまわれた。」
「おっきな…罪?」
「そのことに関しては、私から伝えることは禁じられています。
そして、その罰によって、あなたは力と記憶を失って、人の体に封じられた。」
罰…?力と記憶を封じる…?
あたしの記憶…もしかしてそのせい?
「私はあなたの使い魔として、あなたを見守ることを許されていたのですが、あなたの身に危険が及ぶようであれば、その力を解放するという使命も同時に与えられています。」
「あたしの…力?」
「そうです。
あなたは既に封じられたその力の一部を、自ら取り戻してしまうほどの強さを見せておられます。
ただ、今のままではあの程度の悪魔にも敵わない。」
あの程度…ってアリサさんだって勝てないのにあたしが勝てるわけないよ…
「大丈夫です。
あなたは非常に強い力をお持ちだった。
そのすべてを今すぐ解放することはできないかもしれないが、それでもあの程度の悪魔には負けないくらいの力があるはずです。
それに…今はあなたの心の中で、時の流れを歪めて話をしていますが、あなたがやらなければ、あなたを助けてくれたあの女性も…」
アリサさん!
そうだ…あたしのせいでアリサさんがケガをして…だから動けなくなって…
どこまでできるかわからないけれど、できるところまでやるしかないんだ…
「ネコくん…あたし…」
「わかっております。
あなたなら、親しき方を見捨てたりするはずはないと。
力の封印を解くためには、私をもう一度使えばよいのです。」
「もう…一度?」
「失礼しました、その記憶も封じられていましたね。
私は使い魔であると同時にあなたの武器でもあった。
ですから、私の名前を呼んでいただければ、あなたを助けるための姿を取ることができます。」
「名前…ネコくんの?」
「私の名前はミディアドーレ…
さあ、強く念じてください。
力を取り戻したいと、親しき方を救いたいと!」
深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
あたし、やってみるよ。
助けてくれたアリサさんのために。
大好きなみんなのために。
「お願い、ミディアドーレ!」
「かしこまりました、我が主よ。」
ネコくんの…ううん、ミディアドーレの声が聞こえた瞬間、光に包まれて、体がふわっと浮き上がるような感じがした。
そしていつの間にかあたしの両手には何か棒のようなものを持っている感覚がある。
(主よ、先程の瞬間に戻ります。
おそらく悪魔めの一撃が来ますが、落ち着いて防いでください。)
ミディアドーレの声が聞こえたとき、体が落ちるような感じがしてあたしは地面に降り立った…