終章 だってそれが、八雲紫だから。
~今回の異変関係者の皆様へ宴会のお誘い~
今回の異変首謀者である八雲紫・永遠亭主宰の宴会を明日、博麗神社にて執り行います。
みなさんふるってご参加ください。
今回の異変の概要に関しましては同封の別紙をご参照ください。
追伸
なお、今後の幻想郷を考え、明朝より博麗大結界に対して改修の儀式を行います。
不特定因子を除くため、関係者以外の立ち入りを禁止させていただきます。
宴会への参加者の皆さまについては昼以降にお越しください。
――119季9月28日 侵略者・八雲紫
*****
少しずつ空が白み始めたころ、二人の紫とシュウ、そして霊夢が博麗神社に集まった。三人はそれぞれ真っ白な、「死に装束」を想像させる様な衣服に身を包んでいた。紫いわく「生と死の境界をあいまいにするための特別な衣装」である。それも不確定因子を除くためなのだろうか。その様子はさながら切腹をする集団に様にもみえた。霊夢は三人を神社の本殿の奥深く、最奥部に位置する地下の祭祀場へと通した。二十畳はあるかと言う祭祀場の一番奥の台座の両脇に篝火の火が灯される。そうして霊夢が火種を消すのを確認してから紫―侵略者の方の紫である―がゆっくりと口を開いた。
「霊夢、こんな時間にごめんなさい」
「…いいのよ。私情は関係ない。博麗の巫女としての仕事を成すまでよ」
「そう…。……それでは、これから博麗大結界の再編成を行います。手順は事前の通りに。…開始します」
そう言って彼女は台座に刻まれた文字をなぞり、中心の陰陽図に沿って境界を開いていく。その先には一見何もないように見える。しかし、膨大な神力と妖力が絶妙なバランスをもって術式として存在しているのが視えた。
「「………っ」」
人知れず霊夢とシュウは生唾を嚥下していた。つーっとシュウのこめかみに冷や汗が伝う。人間である二人はその場に居るだけでも意識を刈り取られそうなほどの禍々しく、神々しい力の奔流に必死に耐えていた。
「霊夢、シュウ。しっかりなさい。幻想郷そのものが掛かっているのよ」
「…わかってるわよ」
「…充分に承知しているつもりだ」
そう言うと霊夢は台座の右にある陣の中心で座禅を組み、印を結び始めた。その手も心なしか震えているが、きっちりと一つずつ確実に結んでいく。シュウも左の陣に立つと陣の中心から台座寄りの位置に立つ棒に手を伸ばし、博麗大結界の術式の中へと意識を滑り込ませた――。
*****
どれほどの時間が経ったのか内部からは分からなかったが、永遠にも思えた時間が過ぎた。四人は誰一人として言葉を交わそうとしない。そしてゆっくりと、台座に開かれたスキマが閉じていって―完全に消えた。同時に霊夢が後ろ向きに倒れ、シュウが崩れ落ちた。二人の足元は流れおちた汗でしっとりと湿っていた。それほどに厳しかったのだろう。
「…お疲れ様」
「これで結界の改装は終了ね。ただ、彼にはもうひと働きしてもらわなきゃいけないのだけど」
「貴方の削除…かしら」
「えぇ。…と言ってももう少し時間を置かないと、彼は動きそうにないわね」
二人は横向きに倒れ、肩を上下させつつ意識を失っているシュウに一瞥をくれて、異なった溜息を洩らした。
「こちらに来てから二年ちょっとしか経っていないのよ?無理もないわ」
「…そう、それもそうね。私はその間に藍を連れてくるわ」
侵略者の方の紫はそう言って祭祀場から出て行く。彼女が完全に見えなくなってから、一人残された紫は、苦しげに一人ごちた。
「幻想郷は全てを受け入れる…。でもこうして幻想郷から去らねばならない存在がいる。かといって存在させることは出来ない。悩ましい問題ね」
「…なぁ」
ふと、後ろから声がして紫が振り返るとシュウが方膝を立てた体勢でこちらを見据えていた。息が上がっているからか単語単語を一つずつ区切る様に話し始めた。
「全てを、受け入れるん…だろ?」
「…そうね」
「こう考えたら、どうだ?『消え去りたいと言う意思を受け入れる』、って」
「消え去りたい意思…」
「あいつは、自分の全てを…俺に委ねた上で……。消え去りたいと。自らの物でなくとも、幻想郷で全てを終えたいと」
「…いかにも私らしいわね。どんな形であれ、『自分が愛した幻想郷で全てを終えたい』。私も同じ考えだわ。そう言う意味でも彼女は何処までも八雲紫なのね」
紫はそう言って霊夢を担ぎあげると振り返らずに外に歩きだした。そして数歩歩いたところで、ふと立ち止まり、小さな声で、しかししっかりと通る声で告げた。
「ありがとう。完全に納得出来た訳じゃないけど、幻想郷は『彼女の意思』を受け入れることにするわ」
「………」
「……でも私はその場には立ち会わない。ただ、管理者として視てはいるけど。しばらくしたらアイツが帰ってくるわ。たぶん、私と同じ考えならこの祭祀場で最後を望むはずよ。だからそこで待ってなさい。後は任せるわ」
今度こそ紫は祭祀場の階段へと姿を消した。
*****
シュウは灯りの消えた祭祀場の前で一人考えていた。彼が思いめぐらせているのは、これから行うイレギュラーの排除。もとい八雲紫・八雲藍の分解であった。
(思えば幻想郷にやってきて二年。誰かの命を手に掛けるのはその日以来だ。それまで誰かを殺す事に対して考えることもなかったな…。でも、ここは戦場じゃない。誰かを殺める必要もなかった。無かったんだが…)
シュウはフッと小さく笑った。そうして目を開けているのかさえ不明瞭な程の自然の暗闇に視線を向ける。
(随分と錆びついたものだな。傭兵としての気概は忘れない様に過ごして来たつもりだったんだが、こんなにもためらいを感じている。…俺はもう、傭兵じゃない)
コツ―。コツ―。
何処までも反響している様な足音で、シュウは意識を現実へと引き戻された。こちらにやってきた紫は片手に松明を、もう片方にぐったりとした藍を抱えてやってきた。紫は松明を傍らの篝火にくべると藍の身体をゆっくりと横たえた。
「……」
「お待たせ、と言うべきかしら?」
「いや、そうでもないさ」
「そう。…一応、貴方にはこれから『幻想郷の大黒柱』として生きて貰う訳なのだけど、これを渡しておこうと思って」
そう言って紫は一冊の手帳と一挺のハンドガンを取り出した。それは異変の最終日に妖夢と共に読んだ紫の手記と、シュウが幻想郷に落とされたときに抜き取られたハンドガンだった。
「…これは、例の手帳?」
「えぇ、これを持っていて欲しいの。私が存在した証として。ただ、こっちの私には見せないでよね?たとえ違う結末になると判っていてもネタばれはつまらないじゃない」
「ネタばれって…。小説か何かとまざってるんじゃないか?」
「どっちも同じようなものよ。少なくとも私にとってはね」
「あと、この銃は…」
「…私が持っていても仕方無いでしょう?ニ、三回ほど使わせてもらったから弾はないけど」
紫はやけに明るく藍の元へと戻っていく。そして、くるりと振り返ると「あ、そうそう」とわざとらしく呟いてから扇を取り出して口元に添えた。
「ちょっと、目をつぶってくれるかしら?」
「…なんでまた?」
「いいからいいから」
シュウは若干の疑問を抱きつつ瞼を下ろした。暫くの間、完全な静寂がその場を支配する。その静寂を打ち破ったのは紫の声でも、篝火の爆ぜる音でもなく、「風が木々を揺らす音」だった。
「……え?」
「驚いたかしら?」
目の前にあるのは見覚えのある様で初めてみる景色だった。場所としてはシュウが初めて幻想郷に来た時の草原。しかし、そこから見えるのは、「煉瓦造りの人里」、「人里から妖怪の山に延びるゴンドラ」、「魔法の森に続く鉄道」…。
紫はパチリ、と扇を閉じると人里を背に大きく両手を広げた。その表情は晴れやかで、とっておきの宝物を見せる様だった。
「ここが『私の』幻想郷。ちょっとばかし文明が進んで、人間にとっては便利になって。それでも妖怪を恐れ、怯え、畏怖している。それなのに人は妖怪や神との繋がりを何よりも大事にする。妖怪も神も人間との繋がりを何よりも大事にする。そんな人々がすむ世界。……といってもこれは私の記憶。記憶と認識の境界を曖昧にしているだけなんだけど」
そう言って紫は悲しげに笑うと、足元の草を『コツ、コツ…』と叩いた。その硬質な音はかすかに響いて、風の音に消えた。
「たとえ記憶であろうと、私は『自分が愛した幻想郷で全てを終えたい』の。だってそれが、八雲紫だから!」
シュウは突然変わった景色や、突如としてテンションが上がっている紫を前に絶句していた。そんな様子を見て紫はコロコロと笑い声を転がしている。なんだか自分がバカにされている様で、シュウはかすかに眉を顰めた。
「…さってと、そろそろこの幻想も限界ね…」
「…それじゃあ、始めるぞ」
「えぇ、風が止む前にお願いね。最後に『私の』幻想郷を翔け巡らないと」
そう言うと紫は藍を抱えあげてシュウの前に立った。シュウは一発の弾丸を創りだすと、先程受け取ったハンドガンへと装填した。そして、その弾丸へと紫を分解するための術式を組み込んでいく。
(俺は、これからこの二人を殺す…。いや…三人、だな。この一撃は、この弾丸は、二人を苦しみから解き放つ弾丸…。そして、俺を。傭兵だった俺を殺す弾丸…。すべてを終わらせるための、弾丸…)
次第に銃口から仄かな光が溢れ出してきた。おそらく、銃弾に書き込める術式の許容量を超えて、非物質化が始まったのだろう。そして術式を組み込み終え、しっかりと二人に照準をあわせる。しかし、その手は震えてなかなか狙いが定まらない。
(…引き金が…引けない…っ。傭兵としてではなく、普通の人間として命を奪うことは、こんなにも恐ろしいのか…)
汗でグリップがすべり、頬を一筋の汗が伝う。紫はその様子を相変わらずの微笑で見つめていた。
「さぁ、シュウ…」
「あ、あああぁぁぁぁ!!!」
叫び声と同時に引き金を引く。放たれた弾丸は真っ白な光の尾を引いて、音もなく、静かに紫の左胸に溶けていった。直後、そこを中心に術式が開いていく。間もなく紫と藍の身体からさらさらと粒子が溢れだしてきた。紫は自分と藍の身体からこぼれおちて消えていく「存在」を見て、儚げに笑った。次第にその量は増していき、最後に沢山の粒になって弾けた。最後まで紫は微笑んでいた。その粒子は風に乗って消えていき、粒子が遠ざかるにつれて世界は色彩を失っていく。
そうして光さえも失って真っ暗な祭祀場が再び現れる。十数歩ほど離れたところで篝火の火が爆ぜる音がする。しかしその火は小さく、あたりを照らすには不十分な灯りでしかなかった。その所為もあってか、シュウの心音は落ちつくことはなく、奇妙な感覚に囚われていた。
―ひらり―
真っ暗な世界に淡い、青紫の光を湛えた最後の粒子が、シュウの視界を横切るようにゆっくりと落ちて。…地面にふれる前にどこへともなく消えた。
最後に残ったのは、開きかけの一本の扇だけだった―。
fin...
はい。
いかがだったでしょうか。
これにて「弾丸と幻想郷」はひとまずの、終わりを迎えます。
と言ってもおそらくこのように明確な(?)終わりを設けない形での第二期、或いはスピンオフなどであいまみえる事があるかと思います。
スピンオフは「幻想郷の百番さん」(仮題)、第二期は一応の予定では地霊を考えています。緋想と花映の可能性も捨てきれませんが、そのあたりはゆっくり時間を置いてからまた考える事にします。
<閑話休題>
作品を終えた感想として、何やら物悲しい感覚と、少し曖昧な達成感に包まれています。
しかし最後の方は説明不足、伏線不足などあった様にも思われます。
この反省を生かし、次回の完結型長編では計画的な伏線などを心がけたいと思います。
それでも自分が今現在持てる力、技術、想像力などをありったけ詰め込んだ作品ですので、皆さまに楽しんでいただけたのなら幸いです。
それでは、また何かの機会に。願わくばこの様な形での再開を祈って。
全94話、最後までご愛読ありがとうございました!
2012年1月
雪の降り頻る横浜にて
紀璃人