第八十五章 傭兵と襲撃の”真実”
それは夜空を見上げていた妖夢の目の前に突然現れた。宙に境界が走り、紫が飛び出して来たのである。紫はそのままロクに受け身も取らずに落ちてきた。
「あぐっ…っ!」
「…紫?」
「…っつぅ…。シュウ、あいつがくるわ…」
紫はふらふらと立ちあがると自分のでてきたスキマを―正確にはそこからこちらを見下ろすもう一人の紫を―睨みつけながらそう言った。今にも倒れそうな紫を見て妖夢が心配そうに駆け寄ってきた。
「紫様!?だ、大丈夫なのですか?」
「妖夢じゃない…そうね、幽々子の所にでも逃げていようかしら」
紫はそう言いながらシュウに目配せをした。要するに「ここは任せていいか」と聞きたいのだろう。
「逃げるならついでにそこの早苗も連れてってくれ。動けないんだ」
「そう、わかったわ」
「妖夢はどうする?残るか?」
「もちろん。私は何があってもシュウの隣にいるよ」
「…わかった。それじゃあ紫、頼んだ」
シュウの言葉にうなずくと紫は早苗とともにスキマに消えていった。するとそれまで沈黙を保っていたもう一人の紫が地面に開いたスキマから現れ、ふちに腰かけた。
「いいのかしら?彼女を帰さなくって」
「俺は妖夢の意思を尊重しただけだ」
「そう…。本当は二人で話したい事があったのだけど」
そう言うと悲しげに眉尻を下げた。妖夢とシュウの頭に疑念が生まれる。
「…何がしたい」
「そうね、これ以上は無駄でしょう。流石にもう―――疲れたわ」
紫はスキマから腰をあげ、倒れている藍の隣に膝をついた。その様子にシュウと妖夢は顔を見合わせ、ると二人の所に近寄り、様子を見る事にした。すると紫は藍と話をしているようだった。
「藍、ごめんなさいね…。本当は叶うはずもない夢だって分かっていたのに…。付き合わせてしまって」
「紫…さま…。謝らないで、ください…。私は、貴方の式、です…から…」
「……っ」
藍が紫の声に反応して起き上がろうとしていた。しかし上手く力が入らないのかその足は地面を掻くだけだった。その様子を見て紫は泣きそうになっていた。
「藍、今は休みなさい。動けないでしょう」
「主の前で、寝そべる…訳…には…っ」
「よしなさい。もう…いいのよ。終わったの、終わったのよ」
紫は藍の頭な撫でながら繰り返し、繰り返し呟いた。藍はその言葉に誘われるかのようにゆっくりと目をとじる。
「終わりなのよ…。もう…」
「なぁ、ちょっといいか」
シュウは話についていけないので説明を求める事にした。もっとも、紫としてもこれだけで通じるとは思っていなかったようで、藍が意識を手放したのを確認すると懐から一冊の手帳を取り出した。
「これは?」
「日記、みたいなものかしらね。私たちの体験してきた真実がそこには書いてあるわ」
シュウは一言断ってからその文面に目を通した。その中で横から覗きこんでいた妖夢がある言葉を見て息をのんだ。
『幻想郷跡地』
「これって…」
「あぁ、そういうことだろうな」
つらつらと綴られている日記の中には幻想郷でのある異変―。いや、決定的な変事から幻想郷の崩壊、そして今回の襲撃に至る経緯が書かれていた。それはいつかの日にこちらの世界でも始まっていた事、そして知らず知らずの間に見逃していた事実。そしてその最後はこう締めくくられていた。
『
覚悟は出来ている。
彼の示す決断に従いましょう。
それが私の死であろうと。
』
「解ったでしょう、シュウ」
「つまりお前は俺に殺されたくて来たのか?」
「それが貴方の決断ならば、従うわ」
「そうか、じゃあ帰れ。ここに管理者は二人もいらない」
「逃がすの…?…そう、甘いのね。帰るわ。ただ―」
紫はそこで言葉を詰まらせた。その場に沈黙の帳がおりる。気が付くと戦闘音もやみ、あれほど響いていた萃香が暴れる音もぴたりとやんでいた。妖夢は耐えきれなくなって続きを促す事にした。
「ただ、なんだっていうのよ」
「ただ……このままだとこの幻想郷も同じ末路を辿るわ」
「つまりここもじきに崩壊する、と」
シュウの言葉に紫はゆっくりと頷いた。そこに焦った様に妖夢が割り込んできた。
「で、でも、シュウの能力があれば大丈夫なんでしょ?」
「…貴方分かっているの?彼は所詮は人間。その命は持って数十年よ。そのあとはどうするつもり?」
「それは…っ」
「しかも時間が経てば身体は老いて力は衰えていく。そうすればどんなにその力が優れていても幻想郷全体をカバーする事は出来ないわ」
妖夢は言葉を失った。それは絶望から来るものであり、普段暮らしていく上でどこかで考えない様にしていた寿命の違いに関係していたからでもあった。シュウは震える妖夢の拳を握った。少しでも和らげてやるために。
「………」
「…一応、解決策がない事はないのだけど」
「それは?」
「シュウを人柱として博麗大結界に組み込むの」
「「は?」」
あまりに唐突な、予想を大きく外れた返答に二人は気の抜けた声を出してしまった。続いて二人の頭に疑問符が駆け巡った。
「そんなこと出来るのか?第一、部外者のあんたにここの結界が弄れるのか?と言うか言ってる意味が―」
「シュウはどうなるの?生活は?それに人と結界なんて干渉できないんじゃ―」
「ちょった貴方たち、落ちつきなさい。言い方を変えるならば、シュウと博麗大結界にラインを作って結界のほうでも物質化が出来るようにするってことよ。さらに言うと結界が崩壊しない限りは命もまた守られる。つまりは不老不死ね。ただそれだけよ。他に変わりはないわ」
「…可能なのか?」
「一応は。ただ、私はもう能力を使えなくなるでしょうね。余力もあまりないのよ」
「帰れない、と」
「そういう事。だから藍と一緒に分解して頂戴。せめて、幻想郷で全てを終えたいの。たとえ、私のものでなくとも。従うとは言ったけど、願望を告げるぐらいいいわよね?……それで、どうするかしら?」
「シュウ…」
二人の目線がシュウに集まる。シュウは考えている様だった。目を閉じて空を仰いでじっと思いにふけっていた。そして暫く魔があってから目を開く。するとその眼には意思が宿っていた。
「永遠の命なんてまっぴら御免だ」
「え?」
二人が唖然とした表情になった。紫に至っては声も出ていないほどに。それを見たシュウは軽く吹き出し、一息つくと意地の悪い笑みを浮かべてこう続けた。
「――と言いたいところだが、あんたの言う人柱とやらも悪くはないだろう。やりたい事はいくらでもあるさ」
「…びっくりさせないでよ」
「…随分と意地の悪いこと」
「褒めるな褒めるな」
「「褒めてない」」
こうしてシュウは人柱となる決意をしたのだった。
やぁやぁ。どうも、僕です。
今回はちょっと解説&感想をば。
まずは解説。
読んでいて妖夢の言動に疑問を抱いた方もいるのではないでしょうか。
問題の台詞がこちら。
「で、でも、シュウの能力があれば大丈夫なんでしょ?」
…はい。分からない方々もいらっしゃると思います。
なぜシュウの能力があれば崩壊が防げるのか。
以前にも一応触れているのですが戻ってもらうのもなんですし、結構前なんですよねぇ。…布石を張るのが早すぎたか(チッ
第一に気になる方もいるかと思うので、次回は作中で出てきた「紫の日記」の内容をうpしたいと思っています。妖夢たちが読んだこの手記を皆さんにも読んでいただいて、この言動への符号としていただければと思います。
この様な面倒な形を取ってしまってすいません。自分がいかに未熟者かを痛感させられます。
お次に感想。
まず、この作品を書き始めるに当たって「予想を裏切る作品」を目指しておりました。その中で「ありきたりであっても、もしかしたらこんな結末があることを忘れてるんじゃないか。」そんな落ちにしようと考えました。その結果がこの方向性です。ですから「人柱として組み込む」と言うのはプロローグで紫を出した時点で考えてありまして、ようやくここまで来たか、といったところです。
…とか言ってますが、これ、最終回じゃないんだぜ。
と、言う訳であと2,3話ありますがどのような結末になっていくのか。残り少なくなっていますが、拙作をよろしくお願いします。それでは、乞うご期待です。
あとがきでの長文、失礼しました。