第八十四章 傭兵と休息の一時
倒れていた早苗のスーツを仰向けに起こすとゴーグルにひびが入っていて中の様子が確認できなかった。スーツには電源が入っていないようだ。
「シュウ、大丈夫そう?」
「いや、全く様子が分からない」
「覗きこんだら皹の間から見えないの?」
「試してみるか」
シュウはスーツにまたがり、ヘルメットを両手でつかむと至近距離で覗きこみ始めた。しかし、中に誰か―といっても早苗以外にはいるはずもないのだが―がいるのが見えた。しかし、様子までは確認できなかった。
「よく見えないな…」
「暗いからかもねー。照らしてみたら?」
シュウは懐中電灯を創り出し、中を照らして見たりした。が、光を当てると皹に反射してしまい、かえってこっちが眩しいだけだった。
―早苗side―
早苗は叩きつけられたかの様な衝撃で目が覚めた。目の前には地面があり、横の方で皹の隙間から亀裂の入った地面と、その中心にいる藍が視界に入った。
(あれ、どう言う事?私はたしか、攻撃をはずして、スーツの漏電にやられたはず…。なんでうつ伏せ?っていうかあの妖孤はだれが?)
早苗は気絶していた間に起こった事が見当もつかず、考え続けていた。
(そう言えば、最後にちらっと白い何かが見えた様な…)
するといきなり視界が反転し、一面の星空をバックに覗きこむシュウと妖夢の顔が見えた。
(あの白い影は妖夢さんだったのね…)
一人合点し、ふと前を見るとシュウの顔が視界いっぱいにうつっていた。
(え?ええっ!?なに、どう言う事?待って、シュウさんには妖夢さんがいるのに、そんな)
幻想郷に来てから男性に触れ合う機会が少なかった早苗にはこの距離で覗きこまれるのは初めてで、かなりテンパっていた。
(あああ…どうしよう。なにがどうなってて私はどうしたら…)
スーツ内部の酸素が減ってきていた事もあり、冷静な判断など下せるはずもない早苗はぐるぐると結果の出ない思考を続けていった。
―シュウside―
「駄目だ、全く分からん」
シュウ達は未だに思考錯誤していた。安否確認をするだけにこんなに苦労するなんて誰が思っていただろうか。
「シュウ、一つ気付いたんだけどさ」
「ん?」
「ヘルメット取ればいいんじゃない?」
「…………だな」
シュウは再びヘルメットを両手でつかむとするりとヘルメットをはずした。すると中にいた早苗は真っ赤になっていた。
「大丈夫か?」
「あ、はい…」
「…とても大丈夫には見えないよ。スーツってそんなに暑かったの?」
「だ、大丈夫ですから!」
早苗が真っ赤なまま叫ぶと二人は「なにをそんなに必死になっているのだろう」と疑問符を浮かべた。が、それを口には出すようなまねはしなかった。
「とにかく、だ。早苗、立てるか?」
「…無理です。スーツが壊れてしまって動かないんです」
「うーん。組みなおせるように分解してやろうか?どうせ修理するんだろ?」
シュウの提案に早苗は心底困った表情を浮かべた。その表情には何割かの羞恥が含まれている様に見えた。
「この下が…何と言いますか。特殊なんです」
「プラグスーツか?」
「だったらいいんですが…」
「もっと特殊?」
「えぇ、なんと言うか」
早苗はとても言いづらそうにしていた。それもそのはずで、このスーツは「肌に直接着るタイプ」なのだから。うら若き乙女に「裸なので」なんて台詞は口にはだせなかった。
「巫女服?」
「巫女服プレイなんて柄じゃないです!」
「ボケだったんだがなぁ」
「…早苗さん。普段着じゃないですか…」
「へ?あぁ!外の世界のノリで失言を!」
早苗は動かないスーツでじたばたともがこうとしていた。たぶん頭を抱えようとして身体が動かず暴れているのだろう。
「…で?バラしていいか?スーツ」
「だ、ダメです!」
「なんでだ?理由が分からんことにはどうにも…」
「このスーツは肌から信号を読み取って動くので…」
「…つまり何も着てないの?」
「えぇ、まぁ」
「じゃあ諦めよ?いいよね、シュウ?」
「俺はべ…あぁ、しょうがないよな…」
シュウが「俺は別に構わないけど」と言おうとしたがそれを遮る様に妖夢が断念を促して来たので、中途半端な受け答えになってしまった。女性陣からの痛い視線が突き刺さり、何とも言えない表情を浮かべるしかない。
「じゃあ関節だけバラすとか出来ませんか?」
「俺は改良には参加してないからなぁ。設計書が無いと構成の書き換えでは何ともならねぇな」
妖夢は自分には分からない方向に話がシフトしたと判ると、そわそわと周囲に気が散り始めた。おそらく自分が分からないのに早苗が分かると言う状況を面白く思わなかったのだろう。
「せめて駆動部だけでも直せませんか…?」
「そもそもその駆動部が違うんだろ?俺が関わってた時点では脳から出力して動かしてたからな。直せない以上は異変解決までそのままだ」
シュウのその回答に早苗はげんなりした表情を浮かべた。シュウはその様子に苦笑いである。手持無沙汰な妖夢はシュウの腰に手をまわしてくっついてみたり、空を見上げて意味のない言葉を吐いてみたりしていた。
「そんなぁ…。いい加減その体勢も疲れましたよぉ」
「いいじゃないか、一年戦争の最後みたいで」
「…そう思ったらなんか、満更でもなくなってきました。異変解決まで耐えられそうです」
「頭も左手もあるけどな」
「そこは妥協ですよ、不死身じゃないんですから」
早苗とシュウは暫くお互いに凝視してから笑いあった。…しかし、戦場の真ん中での緩やかなひとときに、”それ”は突然やってきたのだった――。