第八十三章 傭兵と剣士と月と
―走る―
―走る、走る、走る。―
―風よりも早く―
妖夢は竹林を駆け抜けていた。竹林に入ってから結構な時間が立っているように感じていた。どこまでも同じ景色だけが続いている。
(ウサギがわいてくる…だっけ?生物の気配すらしないんだけど…?)
走りつつ周囲に気を配ってみても遠くで戦闘の気配がしているだけで、すぐ近くには何の気配も感じられなかった。その事が余計に時間を遅く感じさせていた。ただ、確実に戦闘の気配が近づいているのだけは分かっていた。そして、その気配が弱まり始めている事にも。
(戦闘が終わった…?いや、気は抜けないよ。もしかしたら、何かが起こったのかもしれない)
妖夢は前方に開けた場所を確認した。嫌な胸騒ぎがした。なぜかわからないが、とても悪い予感がしたので速度を上げる。開けた場所にでて、上を見上げる。すると月をバックにシュウが捕えられているのが視界に映った。藍が妖力を込めた手を喉に延ばそうとしている。
(このっ!)
妖夢は何かを考える前に飛び出していた。二刀を抜刀する。全速力で翔けるが、このままでは藍の手が伸びる方が早い。もどかしかった、早く飛べない自分が。
(間にあえ…っ)
それは祈りにも似たある種の願望。その瞬間閃光が迸った。藍の腕は一瞬で消し飛び、彼女の表情は驚愕で染まり、身体は驚きから硬直している。
(これは好機!)
月に向かって高々とスペルを掲げる。それは絶対の自信を持った最後の宣告。
「待宵反射衛星斬」
妖夢は勢いを殺さず飛び上がり、藍の上に陣取った。妖しく光る欠けた月が二本の刃に写り込む。白楼剣の刀身越しに月が視界に入った。突如妖夢は時間が引き延ばされる様な錯覚に陥る。藍が妖夢の気配を感知し、上空を仰いだ。その表情は憎悪にも似た狂気をはらんでいる様に見えた。藍が迎撃に移ろうと動き始めた。妖夢はゆっくりと流れる時間の中で自分もまた狂気に墜ちていると感じた。観楼剣に自らの姿が、赤い瞳の狂気が映っていた。
―絶対に仕留めるッ!―
妖夢は藍に向かって突撃しながら全身全霊をもって刀を振り下ろした。それは一瞬の出来事。振り下ろす瞬間、月明かりにあてられて刀身が輝いた。その輝きは銀閃の煌めきとなって夜空を埋め尽くす。その弾幕は場違いながらも満天の星空を想起させる様な輝きを持っていた。それらは刹那の間に藍の身体へと吸い込まれていった。藍の身体に幾千もの切創が走る。突然の激痛に藍の動きが止まった。そこへ振り下ろされた刃は藍を掻き落とした。
藍はもの凄い勢いで落下していき、地面に叩きつけられた。その衝撃で地面に皹が走り、すぐ近くで動けない早苗(気絶継続中)を吹き飛ばした。直後、シュウに纏われていた網が消えた。それまで宙を彷徨っていたシュウの視線が妖夢を捉え、その眼に意識が戻った。
「妖夢…」
「シュウ!大丈夫!?」
「あぁ、なんとかな。悪ぃな助けて貰っちまって」
シュウは「飛び疲れたから降りたい」と断ると、ゆっくりと地上に向かいながらバツの悪い表情でそう言った。
「うぅん。いいよ、シュウ。だって今まで私ばっかり庇ってもらって、気遣ってもらって。そんなの対等じゃないよ。だからいいの。お互い様」
「そっか…」
地面に降り立つと藍が何か言いたげにこっちを睨んでいた。ただ、声を出すだけの余裕はないようだ。そしてその脇にはスーツがうつぶせに転がっていた。早苗はレールガンを撃った体勢のままビクともしない。シュウは妖夢とアイコンタクトをとって早苗の救出に向かった。
あとがき。
どうも。
僕です。
今回を読んで貰った時に違和感を感じるかもしれない所があるので補足をば。
問題の個所はこちら
『観楼剣に自らの姿が、赤い瞳の狂気が映っていた。』
です。
赤い瞳の狂気って言うのは別に優曇華じゃないです。
で、解説を致しますと、永夜抄の妖夢のラストワードが今問題に上げている「待宵反射衛星斬」なんですが、その時の立ち絵が
”妖夢の目が赤い”
んですね。寝不足でしょうか。違いますか。
閑話休題。
で、赤い瞳、月のスペル、さらに「東方元ネタwiki」様のこの文章。
「•月の力を利用
◦狂気の瞳状態なこと?」
と言う部分です。
以上の事からこのような表現をさせていただきました。
いやぁ、カッコいいですよね、このスペル。