第七十四章 傭兵と火蓋
「それで、今日はどうしたのかしら?」
紫はその笑みを崩さぬまま白々とそんなことを言ってのけた。
「とぼけるなら、もう少しマシな事を言えるようになってからにしたらどうだ」
「とぼけるつもりなどないわ。一応用事だけでも確認しておこうと思ってね」
紫の発言にシュウは顔をしかめた。それこそ確認するまでもないだろうに。
「紫を返せ。ついでに還れ。じゃないといろいろと面倒なんでな」
「私も紫なのだけれど―」
紫が茶化すような笑みを浮かべて言葉を返している途中で、姿がかすんだ。それは一瞬の出来事だった。現にシュウは違和感を感じた程度であった。が、紫は苦虫を噛み潰したかの様な表情を浮かべた。
「藍。いい加減目覚めた様だわ」
「流石に一カ月も経ちましたし、そろそろでしょう」
「そんなことは分かってるわ。少し、黙らせてくるわね」
「それではここは私に」
「そうね、任せたわ」
「おい待て!」
シュウが立ち去ろうとする紫を呼び手目るが、こちらを見据えたままスキマに消えていった。そして藍がゆっくりと台座の前に移動し、シュウの前に立ちはだかる様に睨んできた。
「悪いとは思わない。シュウには私たちの世界に来てもらうからな、力づくでも」
「異世界人だったか」
「検討はつけていたのだろう?」
「あぁ、予想通りだ」
「そうか…。何はともあれこっちの世界に来てもらう」
「断る」
即答したシュウと藍の間に暫くの沈黙が流れた。そして二人はニヤリ、と嗤った。
「そうか、交渉決裂だな。残念だ」
「とても残念そうには見えないが?」
「そういう君こそ、随分と愉しそうじゃないか」
「あんたほどじゃないさ」
直後―二人は妖気を解き放ち、互いから感じる圧力に笑みを深めながら戦いを始めた。
今回は前話で書き忘れた分なんですが、地味に多かったので短い一話として投稿させてもらいました。