第六十五章 傭兵と手術
「慧音さん!」
「ああ、シュウか。どうしたこんな時間に」
「どうしたは慧音さんだろうが…なにがあった?」
慧音は横向きに倒れていて、声もかすれてどう見ても大丈夫には見えなかった。よく見ると流石は妖怪というべきか、出血は止まっているようだった。
「ちょっと弾幕勝負で負けてな」
「ちょっとじゃないだろ、その傷」
「はは…違いない。…と言うかここは?」
乾いた笑みを浮かべるその姿は血だまりの中でなければ自然だっただろうが、この状態だと無理をしているようにしか見えなかった。
「里の横手の堀の中だ」
「なに…?そうか、能力が途切れてたんだな。里を隠さないと」
生乾きでべっとりとしている血に顔をしかめながらも、もう一度起き上がって能力を行使しようとする慧音。しかし、それは出来なかった。
「ぐっ…」
「まだ動ける状態じゃない。とりあえず落ち着くんだ」
「しかし、この月だ。異変が起こっているのだろう?里に何かあってからでは遅いんだ」
そう言って動こうとする慧音をシュウがたしなめていると、今まで会話に参加してこなかった妖夢が堀の上から険しい声で割り込んできた。
「シュウ。血の匂いに反応した獣が集まってきてる。流れ出してる妖気に怖気づいて数を集めてたみたい。いまじゃだいたい三十ぐらいは視界に居るけど…」
「そうか…拙いな。慧音さんは動かせる状態じゃないし、動かせても里に逃げるわけにはいかない」
「シュウ、身体の構成を弄って治せないの?」
「簡単に言うけど人体は複雑なんだ。ちょっと弄って戻せるものでもなければ、弄り方を間違えれば何が起こるか分からない。障害が出るかも知れないしな。…と言ってもそれしかないよなぁ。…妖夢」
「分かってる。時間稼ぎでしょ?」
「頼んだ」
「焦らないでいいから」
「分かった、と言ってもあまりゆっくりもしてられないがな」
妖夢は一つ頷くと、獣の群れに突撃していった。シュウは獣たちが戦闘に意識を切り替えたのを肌で感じると、慧音に向き直った。
「慧音さん。これから簡易的に手術をする」
「手術…だと?」
「と言っても傷をふさいで、動いても激痛が走らないように神経をつなくだけで、傷が治せる訳じゃない。…と言うかそれが限界だろう」
「能力で精密作業が出来るのか?」
「構成を読んでからじゃないと断言出来ないが、今はそれしかないからな」
「そうか…安静にしていた方がやりやすいだろう?」
そういって慧音は瞳を閉じた。直後全身から力が抜けて小さな呼吸音だけが聞こえる様になった。疲れて寝てしまったのか、或いは出血が多い中で気を抜いた事による失神か。
(原因は分からないが身体を弄られる時の不快感を与えずに済むのはよかったと言うべきだろうか…。)
シュウは頭上で妖夢が獣を屠る音を聞きながら慧音の「手術」を始めた。
「手術」が終わると空が白んでいた。途中で上での戦闘の音が止まっていたが妖夢は降りてこなかった。シュウが気を散らさない様にと言う彼女なりの配慮だろう。
「ふぅ…」
「シュウ、終わった?」
「あぁ。一応これで大丈夫なハズだが…。まぁ、結構感覚も掴めたしな」 シュウが妖夢と話していると、慧音が目を覚ました。
「ん、うぅ…」
「慧音さん、大丈夫か?」
「あぁ、違和感はない。それに、月も元に戻っているようだな」
「え?」
シュウには分からないが妖夢も戻っていると感じているようなのでそうだろうと判断した。もとに戻したのは魔理沙か、霊夢だろうと予想しつつも今は慧音を優先することにした。
「誰にやられたんだ?さっきのキズは」
「紅魔館のメイドの十六夜だったきがするが、知ってどうする」
「…咲夜が?とにかくカタを付けないとな」
「私の為なら無用だぞ?」
その咲夜と、咲夜が同行していたレミリアが異変解決に向かったまま帰っていないと聞いたのはしばらく後だった。
はい。
レミリアと咲夜が失踪です。
いったいなにがあったのか!?
はっきり言って決めてません!←(え