第六十四章 傭兵と血の匂い
放置されてたあの人、出てきます。
―シュウ・妖夢side―
「やっぱりこの時期になると夜は冷えるな…」
「そうだね。私もちょっと寒いかな…」
屋台を後にして永遠亭に向かって飛んでいるとき、シュウが唐突にそんなことを言い始めた。妖夢も特に異論はないようで、腕をさすっていた。妖夢はシュウがじっとこっちを見ている事に疑問を覚えた。
「シュウ?どうしたの?」
「温かそうだな」
「へ?」
シュウは妖夢の前に回りこみ、正面から抱きしめた。
「え、ちょ、ちょっと?」
「あ~。やっぱりあったかい」
「ね、ねぇ。ちょっと離し…誰か見てるかも―」
「こんな真夜中に空飛んでる奴なんてそうそういないって。それにあったかいだろ?」
屈託のない笑顔でそう告げるシュウに妖夢はさらに赤面した。
「それは…うぅ…。あったかいけど…恥ずかしいし…」
「誰も見てないってば。あったかいし、可愛い妖夢も見られて一石二鳥」
「かわ…。うぅ~…」
妖夢は照れと恥ずかしさでシュウの顔が直視できなくなった。だからシュウに乗っかり、首元に顔をうずめて、恥ずかしそうに呻くのがせいぜいだった。
そうこうしているうちに二人は人里の近くにやってきていた。二人がある事に気が付いたのはその時だった。
「…ねぇ、シュウ」
「血の匂いか?」
「あ、うん。やっぱりするよね」
「満月の夜に大量虐殺なんて話は創作で充分なんだがな…」
「…笑えない冗談だよ、それ」
「笑わせるつもりで言ったんじゃないんだけど…なっ、と」
シュウは里の中央通りに降り立ち、妖夢も腕を解いて周囲を見回した。里の中は平和な夜そのもので、家が壊されてることも、ガラスが血塗られている事もない。
「特に変わった様子はないが…?」
「でも、血の匂いはすぐ近くだよね」
「…つまりは里の人間のものではない…のか?」
「とりあえずこの匂いの元を探そうよ。もしかしたら怪我した誰かが動けなくなってるのかもしれないし」
「そうだとしたら、生きてるといいな」
「さっきから縁起でもないよ、シュウ…」
そっけなく、不機嫌そうに顔をしかめて毒を吐くシュウをたしなめながら妖夢は里の門がある方へ歩き出した。夜も深まっているからか、里の人々に気が付いた様子はない。門に近づくにつれ、匂いは強まっていった。妖夢は匂いに顔をしかめ、シュウは表情を険しくした。門をでて暫く歩いた頃になって、里のそばの堀の中で血だまりに浸かるように倒れている慧音を発見した―。