第五十八章 傭兵と冷酷な”悪魔”
再び目の前に立った咲夜に慧音は血を拭う事もせず(拭える量ではないのだが)訝しげな視線を向けた。
「まだやるのか?そんなに何に拘っているのかは知らんが、この先は通せんぞ?」
「その先に用事はないわ」
その答えに尚更眉間にしわを寄せる慧音。
「だったら引き返したらどうだ?わざわざ傷つけあうこともないじゃないか」
「これは私の誇りの問題よ。お嬢様の従者として、紅魔館のメイド長として。そして私そのものとしての誇りのね」
「私が割と一方的にやられてた気がするんだが?」
「立ちはだかる者を地に臥させる事が出来なかった。それがいけないのよ」
そこで慧音はある事に気が付いた。自分が思っているのと相手が思っているので、目的に違いが出ている事に。
「つまり目的は私を倒すことか?」
「それで構わないわ」
「…それならば何も今ではなくても良いだろう」
「何を言ってるのよ。今こうして戦った。その結果として相手が立っている。それが気に食わないって言ってるの」
「戦闘狂め」
「人間を守護するものならこの程度の我が儘聞いてくれてもいいんじゃない?」
「人里を守護するものだ。力をある人間は自立するべきだろう」
「…とにかく私は貴方を攻撃する。貴方がどうするかはご自由に」
そういって咲夜はナイフを取り出す。表情こそ飄々と嘯いて見せているものの内心は雪辱戦(あくまでも咲夜の主観でだが。)に燃えていた。慧音はそれを見て呆れたようにつぶやいた。
「やはり幻想郷で力をもつ奴らはどこか荒っぽいな」
慧音はスペカを取り出した。その眼には諦めと闘志が燃えていた。
「それは自虐かしら?」
「…さぁな。…おしゃべりはここまでだ。いくぞ」
二人は再び戦い始めた。
先に動いたのは慧音だった。その手に握るスペカを発動する。
国符「三種の神器 鏡」
慧音が宣言すると彼女の頭上に鏡が出現した。その鏡は月の光を浴びて怪しく光を湛えている。その光が一層強くなったと同時に満月を模した巨大な弾幕が列をなして咲夜に襲いかかる。その弾幕の軌跡には小さな弾幕が尾を引き、それらもまた嵐の様に降りかかる。
咲夜は大玉な弾幕に複数のナイフをクロックアップさせて突き立て、嵐の薄いところを潜り抜けて慧音へと迫る。クロックアップの際に空中に待機させておいたナイフを再起動させて自らの背後から援護射撃を行いつつ慧音まであと三メートルのところまでくぐってきた。
それと同時に慧音の鏡の中に剣が写り込む。そして直後、さらに小さく、鋭いかたちの弾幕が溢れだすように現れ、弧を描いて咲夜に殺到する。
「次から次へと…ッ!…クローズアップマジック!」
咲夜がそう叫ぶと同時に咲夜の周囲に大量のナイフが展開し、咲夜を中心に高速回転を始める。これらのナイフで剣の弾幕を弾き飛ばす。
「…あと少しッ!」
「効かない…!?それならば、これでどうだ!」
慧音はそう叫ぶと剣と月を同時に写した。すると月型弾幕が大量に隙間なく現れ、帯状に軌跡を辿る小粒弾幕から剣の弾幕がスプリンクラーの様に飛び出して迫ってきた。
「なんて濃い弾幕…ッ!タイムパラドックス!」
叫ぶと未来軸の咲夜が現れて突撃していく。そしてそのもう一人の咲夜は全ての弾幕を”身体”と”手に持ったナイフ”の両方で蹴散らしていく。そしてその背後に続いてさらに肉迫する。その手にはスペルカードが握られている。
「これさえも凌ぐ…ッ!?」
「喰らいなさい!歴史喰いの妖怪め!」
「デフレーションワールド」
咲夜はスペカを起動するとナイフを超至近距離で複数放ち、そのまま突撃し自らの手でも突き立てた。
スペカの効果で放ったナイフの時系列が圧縮され、過去の、現在の、未来のナイフが一斉に襲いかかり、突き立てられた。
「ぐ…ッ!?」
「これで終わりよ」
突き立てられた衝撃で出たうめき声など気にもかけず、咲夜はナイフを一斉に抜き去る。すると身体の支えを失って慧音は前のめりに倒れて血だまりに臥した。
「お嬢様、お待たせいたしました」
「随分えげつないのね」
「成すべき事をしたまでです」
そう言って微笑む咲夜。レミリアは咲夜の手を取ってその手についた血を舐めとった。そして、その血を味わうように目を細め悪戯な笑みを咲夜に向ける。
「手が汚れたままだったわ」
「申し訳ございません」
口では謝っているものの、その目はあまり真摯とは言えなかった。
「まぁ、いいわ。それよりアイツは放っておいていいのかしら?」
「大丈夫です。すべて身体を動かすのに問題ない場所を攻撃していますし、仮にも妖怪ですので」
「ワーハクタクだけどね」
レミリアは呆れ気味にそう返した。
「人間でないのなら同じでしょう。月に宛てられるぐらいですし」
あくまで、悪魔で冷たくそう言って二人は月人のもとに向かった。
最後の「あくまで、悪魔で」って言うのは誤りじゃないです←