第五十五章 傭兵と鰻屋台
戦闘シーンでもないのに長い…だと…ッ!?
―シュウ・妖夢side―
迷いの竹林を通り過ぎて暫く立つ頃、二人は落ち着きを取り戻したものの道に迷っていた。
「シュウ、ここどこ?」
「…さぁ?」
「もとはと言えばシュウが変なあだ名をつけようとするから―」
「それを言ったら妖夢が…いや、止めよう。この話を続けても道が分かる訳でもないしな」
「むぅ…。自分だけ大人ぶって…」
妖夢の機嫌はあまり直っていないが、追いかけ回すでもなく並んで飛んでいるのはシュウの説得と謝罪のたまものだろう。
二人が並んで飛んでいると、前方に小さな赤い光が見えた。
「…敵、かな…?」
「あれ…提灯じゃないか?」
一瞬刀を抜きかけた妖夢だったが、シュウの言う通り、その光は屋台の提灯だった。妖夢は先ほどとは別の意味で訝しげな視線を向けている。
「こんな夜中に里の外れで屋台だなんて…。妖怪に襲われでもしたらどうするつもりなのかな?」
「一応注意がてら覗いてみるか。もしかしたら道を教えてもらえるかもしれないし」
そうして二人はその屋台の暖簾をくぐった。
「いらっしゃい」
そう明るい声で出迎えてくれたのはミスティアだった。中は案外広くて、五人ぐらいならば落ち着いて料理を広げられそうなぐらいにはスペースが取ってあった。そして中には先客もいた。とりあえず二人は空いてる席に腰かけた。
「あ、シュウさんと妖夢さんじゃないですかぁ」
妙に上機嫌で間延びした声を掛けてきたのは早苗だった。その顔は赤らんでいて、いかにも酔っているようだった。
「早苗…呑んでるのか?」
「えへぇ、まぁ呑んでますよ?お二人もどうです?」
そう言って御猪口と徳利を差し出す早苗。その間も「にへらっ」と笑っていた。早苗って笑い上戸なのか?と二人は思っていた。口には出さなかったが。
「いや、今はいいや」
「うん、今度ね」
「むぅ…。つれませんねぇ」
「まぁ、屋台引いてるのが里の奴だったら注意しようと思ったんだが、心配し過ぎだったみたいだな」
シュウがそう言うと鰻を返しながらミスティアが笑った。
「まぁ、最近じゃあそんな事する奴はいないよね」
「それもそうか。それじゃあ―」
シュウが道を聞いて帰ろうとすると「おや?」とミスティアが首をかしげた。
「ホントに呑んでいかないのかい?」
「そうだな…。ちょっとくらい」
「だめだよ。シュウ」
シュウが旨そうに呑んでいる早苗を見て揺らいだが、妖夢に釘を刺されていかにも「仕方ない」と言わんばかりに肩をすくめた。
「だよなぁ」
「んー。せっかく良いモノが入ったからと思ったんだけど。用事があるんじゃしょうがないね」
「折角なのに呑まないんですかぁ?」
「今なら”ご奉仕”できるんだがね」
「なんだって?」
「シュウ…」
幻想郷では聞きなれない言葉にシュウが反応すると、妖夢が横からジトーッとした視線をよこした。その光景をみてきょとんとしていたミスティアだったが、合点すると今にも吹き出しそうになっていた。
「そっちじゃないよ。”ご奉仕”ってのは安くしとくよって意味で言ったんだけど、そっちの意味がよかったかい?」
「なんだったら私もやりますよぉ?」
「え、いや…」
「シュウ…断らないの?」
自分の勘違いが恥ずかしいやら突然の展開についていけないやらでシュウが曖昧な答えしか返さないでいると、妖夢がさらにジトッとした視線をよこしていた。
「いや、今のは不可抗力だろ?急な展開についていけなかっただけで」
「今はどっちも断るべきだと思うんだけど」
「屋台に入って何も注文せずに出てくのは無粋かなぁ。なんて思ってるんだが」
「無粋も何もないよ。もう行くよ!」
「だって勿体ないぜ?折角の上物が」
なおも食いつくシュウにだんだんイライラし始める妖夢。
「だったら取っておいてもらいなよ!用事が終わってからって思えば早く終わらせる気になるでしょ!?」
「そんなことしたら早苗に飲み干されちまうぜ」
「とにかく!お酒もご奉仕も帰ってから!」
妖夢はいつまでも屋台に居ようとするシュウに業を煮やしたのか、そう叫んでいた。とくに考えなしの発言だったが、内容にちょっと人前で言うのは憚りたいものが混ざっている事に気が付けなかったようだ。現にミスティアと早苗の二人はきょとんとしたのちにニヤニヤとした視線をシュウと妖夢に向けていたし、早苗は肘でシュウを突いたりして冷やかしていて、シュウも困った表情を浮かべていた。
「妖夢…そういうことはなるべく二人のときにだな」
「熱いねぇお二人さん」
「見せつけてくれるじゃないですかぁ」
「え?」
そこで妖夢は自分の言った事の内容に気が付いて赤面し、話題をそらすことにした。
「と、とりあえず今は異変が優先だよ…」
「そうだな、早いとこ解決しないといけないし…」
「異変ですか?」
シュウ達が話を締めに掛った時に「異変」と言う単語に早苗が反応した。その瞳は真面目さを帯びていて、さっきまでの間延びした酔っぱらった早苗とは別人のような切り替えだった。(ちなみにまだ顔は赤らんでいる)
「あれ?早苗は気が付いてなかったのかい?」
「…屋台にこもってたのに気が付いたの?」
「気が付かない妖怪は居ないよ。それに屋台を引っ張ってるときは外に居るしねぇ」
「……。異変って一体なにが?」
「満月が欠けたんだとさ」
「月食?…なにはともあれ、異変解決は信仰のもとになりそうですし、ついていきます!」
そう言って力強く立ち上がり宣言する早苗。それをみたミスティアは気遣わしげに水をさしだした。
「一応酔いを醒ましときな。気休め程度だけど」
「ん。ありがと」
礼を言って受け取ると水を一気飲みした。幾分かしっかりした顔になったがテンションは未だに上がり続けているようだ。やる気に満ちた顔になっている。
「異変と言えば戦闘!つまり、パワードスーツ実戦投入の好機!取ってきますんで鰻でも食べて待ってて下さい!」
早苗はそう言って飛び出して行った。どうやらあのスーツ(この前の戦闘後さらに改良した)を早く動かしたかったようだ。ちなみにお勘定を置いていくあたりしっかりしていると思う。
「早苗も帰ってくるまで時間あるし、ちょうど焼きあがったから鰻でも食べなよ」
「それじゃあ食べよう」
「シュウ、なんか嵌められた気分だよ」
「うまそうだし良いだろ?」
結局二人で仲良く鰻を半分ずつ分けて食べることにした。ミスティアは「やっぱり熱いねぇ」なんて事をしみじみ呟いていた。
早苗は笑い上戸で甘え上戸なイメージがあるんですよね…