第三十章 傭兵と九つの尻尾
これから八雲との邂逅篇に突入です。
七月の半ば。
幻想郷は連日快晴続きでからっとした陽気である。実に小さな子供なんかが駆け出して遊びそうな青空だ。
シュウはどこまでも突き抜ける青空を見て、幻想郷に来たばかりの頃を思い出していた。いろんな経験をしたなぁ…。なんて思いながら。
「あの一家」と邂逅したのはその頃だった。
シュウは人里に来ていた。以前寺子屋に下宿していた頃に子供たちにサッカーと野球を教えたのだ。その頃は棒きれとお手玉だったりヤシの実みたいなものだったりで代用していたんだが、物質化が上手く使えるようになったからは作ってあげた用具で遊んでいたようだ。しかしこの前慧音に会った時にボールが無くなったり空気が抜けて転がらなくなったりしている、と聞いて作り直しに来たのだ。
「あっつぅ…」
天気がいいのは嬉しいが、暑いな…。そんなことを思いながら歩いているとキツネの尻尾を束ねたような何かがゆらゆらと揺れているのを見つけた。どうやらそれは人型の妖怪についている尻尾の様なんだがその人は里のはずれの用水路に頭を突っ込んでもぞもぞと動いていた。
「…なんだあれ?」
「…くっ…もう少しなんだが…」
どうやら何かを落としてしまったようだ。声をかけてみることにした
「おーい何してんだ?」
「ん?私か」
彼女は用水路から顔を出すとこっちに向き直った。端正な顔立ちで聡明かつ柔和な印象を与える獣耳の妖怪だった。尻尾からして九尾の妖孤ってとこだろう。
「いや、帽子を落としてしまってね。大事なものなんだ」
「帽子って落ちるのか…?見たとこ野球帽でもあるまいし」
「…いや、油揚げを落としそうになってな。慌てて掴んだらその拍子にそこに私が落ちそうになってしまったんだ。なんとか踏ん張ったんだがその時に帽子が、な…」
やっぱり油揚げには目が無いのか…。こんなに聡明そうなのに。…ドジっ子?
「とりあえずその帽子を取ればいいんだな?」
「あぁ」
俺はマジックハンドを創り出してひょいっと摘まんで回収した。
「すまないな」
「驚かないんだな、これ」
そういってマジックハンドをかき消してみせると、言わんとしていることが通じたようだ。
「私は幻想郷の守護者の式をしているんでな、結構いろんなことを把握しているつもりだ。…とくに危険な能力や強大なチカラを有する者なんかは、な。シュウ、君もその対象だ」
「俺は危険因子ってか?」
「そうではないさ。紅い霧のときも解決に乗り出していたし、この前の長い冬に至っては首謀者側の者だろう?君は自分が思っている以上に有名なんだぞ?」
「有名、ねぇ」
そんなつもりじゃなかったんだがなぁ…。
「それでは失礼するよ。空腹にはうるさい主なものでね」
「ははは、そいつは大変だ」
「お宅ほどではないさ」
そう言って彼女は飛び立っていった。
これが八雲藍との、お互いに名を知っているのに会った事のない二人の、邂逅だった。
藍って…かわいいよね…