第九話 王女の命
――場面は集会所の駐車スペース、車中。
王女の心中を晒され、ディランは自身のふがいなさを歯噛みしていた。
彼女にかけるべき言葉があるのだろうか。誰が伝えればいいのだろうか――
そんな重い沈黙の後、運転席の男が口を開いた。
「王女、民間の者に対して少々話が過ぎます。自重なさいませ」
不意にその男は振り返り、少し微笑む。
「久しいな。まさかこんな場所で会うとは、相変わらず危うい」
ディランの困惑した感情が、その頂点に達する。男は自分を知っている。顔に見覚えはないが、しかしその声に覚えがある。
「ニコスも彼と面識があったの?」
ファニが発したニコスという名に、ディランの記憶が一気に蘇った。結界に触れた日。焼けるような痛み。そして、自分を救った男の声。
「ニコス、殿!!! あなたが!!!」
ディランが突然、自身でも驚くほど大きな声を弾けさせた。
その直後、周囲の車両の扉が開く。屈強な男たちが車を取り囲んだ。しかし、ニコスが手のひらを左右に振ると、その男たちは車へ戻っていった。
「そのように大声を出すな……」
「申し訳ありません…すぐに気付けず……」
「無理もない。よく考えたら君は私の顔を見ていないものな」
「いえ……ずっと礼を言いそびれて」
「構わん。それに、礼なら君の父親から何度も……」
突然の大声から始まったコミュニケーションに呆気に取られていたファニであったが、会話を聞いてもこの二人のつながりが全く理解できない。会話の外に追いやられたようで、不満げに頬をふくらませている。
「あの? 二人がどういう関係か、私にも教えてください」
王女の問いに対しニコスはハッとした表情を浮かべ、
「いえ。この者が驚きすぎなのです。以前に少しだけ……単なる顔なじみです」
と、ディランに目配せしながら言った。
(どういう意図だ? 私から説明をせよということか?)
ディランは大きく頷き話し出す。
「はい、以前私が結界に触れた時、危険なところをニコス殿に助けていただいたのです」
「へっ!? ほ、ほんっ――!」
ファニがディランに向け身体ごとねじり、大きな瞳を見開き、口を震わせている。
……ニコスは目をつぶり、頭を抱えた。
ディランが何事か、と問おうとした瞬間、
「本当ですかっ!」
と、絶叫のような声が耳をつんざく。
駐車場全体に響き渡るその声にまた周囲の車の扉が開きかけるが、ニコスがすぐに手振りをする。
「けっ、結界に、触れたっ、のですか!?」
「はい、ニコス様に助けていただかなければあのまま……」
「す……ごい! すごすぎます!」
ファニのつぶらな瞳がいよいよ張り裂けんばかりに見開いた。
「……もしかして、その顔の痕は!?」
「はい……これはその時に」
興奮気味に質問を繰り返すファニの横で、ニコスは大きく頭をうなだれている――
ファニからディランへの、結界に関する質問攻めが続く。助手席から半身を乗り出し、食い入るように説明を聞いている。
一体いくつの質問に答えたのだろうか、ニコスは大きく咳払いした後に、
「……王女、時間がなくなります。早く本題を」
と、制すように言った。
そうするとファニはまるで頭から冷や水をかけられたかのように、その表情を落ち着かせた。
(『本題』……)
その一言に、ディランもまた身構えていた。
彼も気づいていた。王女がわざわざ、ただの民間人である自分を連れ出し、このような話をしたかったわけではないはずだと。では、本来の狙いとは……
(王女は移民犯人説に違和感を持っている。その真相究明が、本来の望みのはずだ。)
ディランは言った。
「微力ながら、私もなにか情報を掴めば報告いたします。」
移民たちに近しい自分の情報は有用なのかもしれない。今後も集会に参加して情報を集めよと、そんな命を下されるのでは。ディランはそう考えた。
しかし、ファニの反応は彼の予想を裏切る物だった。
彼女は大きく首を振った後にディランを見据え、
「いいえ、あなたにはなすべきことがあるでしょう?あの研究。引き続き取り組んで下さい。あの力は悪用されかねない。争いではなく平和的な利用によって技術が発展する。私はそれを望みます」
と諭すように話した。
――ディランも、今の研究が実際には、兵器への応用が一番容易であると気づいていた。秩序を乱したいなら、あの力を少し暴走させてやればいい。だが、もしそんなことになれば、ルミナリアが深く傷つくことになる。
……いや、ルミナリアはとうに気付いているのかもしれない。
技術を人々の安寧のために、平和的に利用する。それは、研究者として最大の栄誉ともなり、責任ともなるのだ。
だからこそ、それを実現している結界は素晴らしい。
「いずれ女王となるものとして、命じます。あなたは専心して技術の平和的実用に努めてください。ここにいるべき人間ではない。何より……」
ファニが柔和な微笑みを浮かべ、続けた。
「彼女もそれを、望んでいるはずです」
図星である。研究に専心すべきというのは、常日頃からルミナリアから言われていること。ここにきてディランは初めて、ルミナリアが熱心に自分へ研究への取り組みを促す真意に触れた気がした。
「お願いしますね。何か困ったことがあれば私を、私に万が一があった時はこのニコスを頼ってください」
「なっ……縁起でもない……それに、いくら王女でもそのような……」
「いいでしょう? どのみち、あなたは目の前の困っている人を放っておけないでしょうから」
「そんなことはありません。私は団長として月の都、いえ、広く星間の治安を守ること使命」
「そうですか? 先ほどの話では危険を顧みず身を挺して救ったと……」
「あれは行きがかり上。瞬時に最善の判断をしただけです。それに……」
「あら? そういえば以前、結界測定値異常の報告書がありましたが、あれは何事もなかったと……」
「なっ……!」
ニコスはあの出来事の際の報告を、異常なしと報告書に書くよう指示した。自身の保身のためではない。あくまでもディランが批判されることの無いように配慮した形だ。ファニも話を聞き、その意図には気づいていたのかもしれない。
「いえ、報告書の記載ルールには、人が触れようとしたという記載ルールがなかったためで……」
王女は苦しげな弁明をするニコスを、勝ち誇ったような釣り眉で見抜いていた。やがてニコスも観念したか、意を決したようにうなずく。
「もはや言い訳はすまい。王女の命令だ。ディラン、何かあれば王女ではなく私を頼れ。ただ、科学のことなど専門外。力になれるかはわからんがな」
ディランはすっかり意気消沈し、申し訳なさそうに口を開いた。
「申し訳ありません、ニコス殿。私のせいで」
「気にするな。それより、その研究とやらの件、私からも頼んだぞ。人の命を奪う技術など悪夢、お前の命を救った私にも責任がある」
「心します。王女、そしてニコス殿。ここに誓います」
「こう言っておりますが、王女?」
ニコスの言葉に、ファニが静かに頷く。
「……王女もお認めになった。私も信じよう。それと、この件は口外無用だ。王女は今、第四師団を表敬訪問されていることになっている。わかったな……?」
「わかりました、誰にも」
「よし、ではこれで、時間を取ったな」
「いえ、こちらこそすみません。それにここは王女の席ですよね」
「気にするな、単なる軍用車だ。それに……」
ニコスがファニを一瞥すると、彼女は視線を逸らした。
「王女が助手席をご所望されたのだ。前列に乗ったことがない、との理由で、強引にな……」
ファニは頬を膨らませ、
「仕方ないでしょう。いつも後ろに座っているのですから」
と返すと、そっぽを向いてしまった。
「まったく……今回の視察もそうです。少しは自身の身を案じて……っとすまん。こんな話をしている場合ではない。ディラン、ここで降りてもらえるか。すぐにでも行かねばならぬ」
ディランを残し、一行はすぐさま出発していく。
駐車場から退出していく車を見守りながら、ディランは複雑な表情を浮かべていた。
後書き
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