第八話 運命の汐
――人々がようやく、王の死を現実として受け入れ始めていたその頃。
五十人程が集まる集会場、その隅にディランは立っていた。
これが何の集会かといえば、移民の犯行とされた王族殺害事件の無実を訴えるという、逮捕者の親族などからなる決起の集いである。
では何故ディランが、そんな場所にいるのか――
ディランは最近、療養方針についてルミナリアと不調和が続き、鬱屈していた。彼女が起きているだけでもつい、「大丈夫か?」と何度も声をかけてしまうため、
「そう心配されては、本当に大丈夫ではない気分になってしまいます……」
とルミナリアに嘆かれだ。
ディランも自分の過度さを自覚してはいたが止められない。苦しめたいわけではないが、心配する気持ちがどうしても勝ってしまう。悶々とし、研究も手につかない状態であった。
そんな時、以前に月死病コミュニティで面識のあった老人から、この集会に参加しないかと連絡を受けたのだった。ディランは、その誘いに非常に興味を持った。
もし本当に冤罪であったらなら、移民への偏見に苦しむディランたちにとってこれ以上ない吉報である。
そんな事を考え、興奮しながらルミナリアに参加する旨を伝えたが、当の本人からは、
「それよりも研究に力を入れるべきでは……」
と、つれなく返されていた。
懸念はある。このような集会に参加していたことが学者連中に知られれば、明確な移民への肩入れだと指摘され、学会での居場所をいよいよ失ってしまう。
参加していたことが知られてはならない、と、ルミナリアのスカーフを頭に巻き付け、父親が残していった大判のグラスをかけるという少し奇妙な変装をし、会場の隅で異様さを漂わせていた。
◇ ◇ ◇
集会では、次のような主張が繰り返されていた。
「犯行の証拠品は捏造されたもの」
「移民を受け入れてくれた王を殺害する動機の欠如」
「逮捕に対する王家への不信」
異口同音に、それらの主張が繰り返されていた。
彼らにとって今一番必要なのは、真犯人の追求である。反証を構築できるような決定的な証拠は一向に示されない。
(これではうねりは起きまいな……)
移民の妻を持つ身として、彼らの苦しみや不満は理解できる。だが、確証なき怨嗟は対立へのさらなる火種となるだけ。ディランは涙ながらに訴える参加者たちの主張を、自身でも不気味に思うほど冷静に、他人事のように分析していた。
その中で一点だけ、気になる情報があった。
逮捕された者たちには、移民受入れ機関の不正を調査していた者たちが多く含まれていたという。彼らが言うには、移民受け入れ時の賄賂要求、不正勾留、拉致など――組織的に、継続的に、これらの不正が行われていたという。過去、移民受け入れ関連の不正に対し、王が厳しい処断を行った、という知らせはディランも聞き及んでいた。
その調査を忌々しく思っている人間たちが、移民をテロリストに仕立て上げた。いや、もしかすれば、その人間たちが王を……そんな筋書きさえ成り立ってしまう。
(そのような不正を組織的に行えるような権限を持っていた者たちが実行犯であったというなら……その機関の上位組織は政府や王家のはず。ということは、王族内の人間が王の暗殺を企てた……?)
そんなおぞましい考えすら、ディランの脳裏をかすめていく。
そのように思案していた時、
「……あの」
と不意に声をかけられた。ディランは身体を硬直させた。全身が警戒と怖気に満ちる。
(何だ? 変装は完璧なはず……)
恐る恐る声の方へ首を回す……と、視界の下方にフードを深く被った少女の姿があった。
「少し、確認したいのですが……」
ディランは思考を巡らせた。何を聞かれる? 言い逃れすべきか……そんなことを一瞬考えたが、それよりもその人物の眼差し、その声には何か覚えがあった……
やがてその正体に気付いた彼は刹那、思わず喉から漏れ出そうになる声をなんとか抑え込んだ。
「……何故っ、あなたがこんなところに……?」
それでもその声は結局上ずった。無理もない。
背後からのささやき声の主は、なんとファニ王女であったからだ。月の宝石と言われた亡き王妃の面影を写したような淡麗な容姿。フードを目深に被ったとて、その気品は隠しきれていない。
「あっ!」
ファニは驚きの声を出す。ディランに気づいたのか、目を丸くして口をおさえた。
「…お静かに」
大柄な男が二人の間へと体を滑り込ませる。この身のこなし、王女の警護のものであろう。
ファニはたじろぐディランを一瞥すると、警護の男に手招きをした。男が身をかがませると、彼女が何かを耳打している。
するとその男は、
「では……場所を変えましょう……」
と静かに発した。
◇ ◇ ◇
ディランは言われるがまま、二人の後に付いていく。王女が何故こんなところにいるのか……いや、そんな事よりまず、自分が何故ここにいるのかを釈明することが先か――歩きながら、様々なことを考えていた。
親である王、そして王妃を失った王女が、その事件に関する集会に忍び込んでいた。ディランがいくら思索を試みても何故かはわからない。ディランは何より、あの月死病の研究の話は今どうなっているのかを気にかけていたが、そんな事を聞けば嫌でもあの事件を想起させてしまうだろうと思い悩んでいたのだ。
一行が駐車スペースに差し掛かると、やがて、王女が乗るとは思えないような無骨な旧型車両の前に立ち止まる。
「後ろに乗れ」
男がディランへ声をかける。有無を言わさぬ物言いだった。
「ぷはあぁ、驚いた!」
助手席に座ったファニが解き放たれたように息を吐いた。ディランも変装を解き、観念したように王女の言葉を待っている。
「……申し訳ありません……」
ファニから発せられた言葉は謝罪であった。それは想定していない言葉だった。何に対する謝罪だろうかと、ディランは考えた。ファニが続ける。
「月死病の研究、思うように進んでいないのです。そのことを伝えなければと思い……」
ディランは鼻の奥がツンと痛んだ。約束通り月死病の解明に向け取り組んでくれていたこと……その事実が言葉から汲み取れたからだ。
状況が状況である。王女を咎める気など毛頭ない。それより、自身も大変な状況でありながら、なぜこのように民を思いやれるのかと、その志にディランは唇を震わせた。ファニの目を見つめ返し口を開いたが、しかしすぐにつぐんでしまう。
――その時ディランが言いかけたのは、哀悼の言葉。
大切な人の死は容易に受け入れられるものではない。他人から死を悼むようなことをいってしまえば、それは遺族に対し現実を受け入れよと宣告するようなもの。軽い気持ちで言ってはならない。彼も大切な人を失った時、そう感じていたのだろう。
ディランは喉の奥でこらえる様に力を入れ、眉間にしわを寄せていた。
ファニはそんな彼を見て、まるで機嫌を伺うように話しかけた。
「先程は失礼しました。危険人物であったら大変なことになると思い、声をかけさせていただきました」
すると、運転席に座った男がその言葉を遮るように大きなため息をついた。
「……確かに私は彼を怪しいと言いましたが、あくまでも王女に注意を促すため……まさか声を掛けるなどと想いもしませんでした。軽率な行動は控えていただきたいものです」
「怪しい人を放っておいて、暴れ出したりしたら皆さんが危ないでしょう?」
「危ないのはあなたの身です。少しは弁えて下さい」
その壮年の男性が発する、その特徴的な深く渋い声。ディランは記憶の片隅に、顔も知らないはずのその男の声を、どこかで聞いたことがあるような奇妙な感覚を覚えた。
「……ところで、あなたはあそこで何をしていたの?」
ディランに向け、王女から真っ直ぐな質問が飛んできた。ディランはしばし思案し、重々しく口を開く。
「……私の妻はヴィスペラ星の出身。あの事件以来、移民たちは世間からの冷たい目に堪えております。これがもし、冤罪であったなれば……そのような、すがるような思いであの場におりました」
彼なりに恩義ある王女に隠し事などしたくはない、本心で向き合うべきだと思ったのだろう。何の飾りもない、質問への誠実な答えだった。だが、運転席の男は息を飲んだ。王女の前で無配慮に平然と、例の事件に言及したからだ。
ファニは毅然と返す。
「あなたは、移民たちが犯人ではないと考えているのですか?」
「いえ、まだそこまでは。しかし今日、逮捕されたものの中に移民受け入れ時の不正を追求していた者たちが含まれていたという話を聞き……彼らを陥れるために犯人へと仕立て上げた、そのような可能性は考えられると」
「つまり?」
「……どうかお気を悪くしないでいただきたい。あくまでも推測の域を出ませんが、彼らの訴えが本当であるなら、役人の不正を暴いた王を逆恨みした、王家に近しい人間の企てという可能性が……」
王女の耳に入れるには、あまりにもおぞましい話である。例の事件は王女に近しい人間の犯行だという推理。なによりファニはまだ少女であり、両親の死からはまだ月日が経っていない。
ファニはディランから視線をそらし、体を前に向き直す。
そして静かに話し始めた。
「……私も当初から、違和感がありました。あれほど厳戒な警護や警戒をすり抜け実行された犯行。とても移民の方たちのコントロールが及ぶ範囲ではない」
「事故であったとは……?」
「それも考えにくいのです。民間機の操縦席には銃痕のある遺体が見つかっていますから」
ディランは確信した。王女が会場に現れたのは移民を監視するためではない。事件の真相究明のために、自らの足、目、耳で、情報を集めようとしていた。きっと、そういうことだろうと。
「無理を言って即位への猶予をいただいたのも、真犯人を突き止めるまで表に出るべきではない、と思ったからです。私が倒れれば次はアンにこの重責がのしかかることとなる……」
ファニが膝の上で、両手を固く握りしめ、言葉をつづけた。
「いや、これは欺瞞ですね……私は……仇を取りたい……きっと、お父様とお母様は望まないでしょう。復讐よりも民の事を優先せよと……しかし、私は、このような志のままでは、治世をなせない」
その声は、少し涙声が混じっていた。
彼女の心は、真っ二つに引き裂かれていたのだ。




